~~本筋とは関係ない話~~
エゴサしてたら、改行後は空白を開けてほしいという人がいました。個人的にweb小説において空白を入れるかについて調べてみましたが、表示媒体によって変わったりと色々あるようで、正直どうすべきかよくわかりませんでした。
ひとまずはめんどいので空白なしでこのまま進めますが、気になる方は「小説表示ページ -> 閲覧設定 -> 文章整形」をONにすることでいい感じの表示になると思うので、それで対処をお願いします。(それでも読みにくい場合は感想欄か作者向けメッセージで言ってください。)
雄英体育祭第一種目
オール・フォー・ワン捜索は全く進展していない。
片っ端から怪しい場所を回っているけど、やっぱりそう簡単にあたりを引くわけがない。というか、何もないことが多かった。この世界の日本の警察とヒーローは相応に仕事をしているらしく、本当に怪しい場所にはとうに捜索を入れているのかもしれない。念のために、
ただ時々、本当に監禁やら違法薬物やらの現場に出くわすときはあった。……効率を考えれば見て見ぬふりをしてさっさと次に行くのがいいのだろうけれど、私の心はそう単純にことを割り切らなかった。悪いことを見過ごしていいのかという心の引っ掛かりがあった。私は、自分にまだこんな人間性が残っていたことに驚き、わずかに安堵してしまった。なんとなく、私はまどかを守るだけの機械のような魔法少女なんじゃないかって、それしか考えてこなかった同じ時間を何度も繰り返し経験したことで人の心を持たない何かに変貌してしまったんじゃないかって、心のどこかで思っていた。
……結局私は停止した世界の中で、違法薬物は蹴っ飛ばして川や海や下水に捨て、監禁された人がいたら適当に解放してしまっていた。あと、女性に乱暴しているのを見たときはあまりにも気色悪かったので、とりあえず加害者の股間を全力の魔力で蹴り上げておいた。そいつは多分死んだけど全く後悔していない。……まあ、こんなのはたいてい一分もすれば終わるはずなので、ほとんど時間と魔力のロスにはなっていない……と信じたい。
そんな私の捜索事情はともかく、今日は体育祭当日。
特にこの日に向けて何かしてきたわけでもなく、私たちは中学の時の体育祭と同じ気持ちで選手控室にいた。俗に表現すれば、テキトーに楽しんで終わりにする、という感じか。
ただ、中学の頃とは違うところが一つある。
「はあ……なんで俺たちも出場させられるんだろうなあ……」
「どーせヒーロー科の独壇場だろ。」
「今朝ニュースサイト見たけど、襲撃を受けたA組のことで持ち切りだもんなあ。」
「…………」
(うえー、今日は一段とヒーロー科への悪口がひどいなあ……)
(マミさんの言ってた通りだね……)
マミさんから事前に聞いていた通り、ヒーロー科への怨嗟が聞こえることだ。最近は、普段のおしゃべりの中でも雄英のヒーロー科偏重への不満を露骨に口に出すようになってきており、いよいよ四六時中ヒーロー科の悪口が耳に入るのかと思うとちょっとうんざりする。私はヒーロー科が好きというわけではないけれど、単に悪口で盛り上がるのは個人的には好きじゃない。……普段の私の話がどうかは棚に上げておくとして。
ちなみに心操君は、特に何か言うでもなくひたすら深呼吸を繰り返していた。ただ時々私の方をチラチラ見てくる。
……今になって思い返すと、あの時は私も彼に向かってムキになってしまったかもしれない。昔の私だって人生設計なんてロクに考えずに魔法少女を目指していた節がある……正直あまり覚えていない昔の話だけれど。それでも、彼のヒーローへの憧れの話を聞いていたら、どうしようもなく否定してしまいたくなってしまったのだ。今後は……私はもうヒーローの話はなるべく避けた方がいいだろうか。あの後、ことの経緯を聞かされたまどかにまた心配とお説教じみた話をされてしまったし。
「一年ステージ、生徒の入場だあ!」
まあ、今はこのことを考えるのはやめよう。プレゼントマイク先生のアナウンスで我に返った私は、息を一つ吐いて競技場へ歩みを進める。
「う、うわあすごい人……」
「緊張するなあ……」
前の世界でいえば、東京ドームを一回り小さくした程度の競技用施設に人がミッチリ詰まっていた。当然それは私たちに緊張をもたらすが、目線をよく見れば私たち普通科にはほとんど向いていないので、少なくともヒーロー科よりはマシだ。
「選手宣誓!」
司会っぽいミッドナイト先生が前でそう言った。
(……ミッドナイト先生、マジであの格好で人前に出るんだ……)
(ゆ、勇気がある人なんだね……多分!)
前々から思っていたが、あのいかがわしい衣装は何なのだろう。マミさんみたいな体のラインをこれでもかと際立たせる全身タイツ。さやかとまどかはドン引きしている。……魔法少女にも奇抜な格好をする子はちょくちょくいたし、私の女子の知識が少ないだけで案外ああいうのが好きな女の人もいるのだろうか。
「18禁なのに高校にいていいものなのか。」
「いい」
「静かにしなさい!」
ヒーロー科から見ても、あの衣装はきわどいものらしい。18禁ヒーローが世間に許容されているのを見ると、前の世界とヒーローという言葉の定義がかなり緩いと感じてしまう。実績的には、あの人はヒーローに値するのだろうけれど……
「選手代表!爆豪勝己!」
ヒーロー科から一人の男子が、ステージ上に上がってマイクの前に立つ。USJで中心部にいた男子だった。……ポケットに手を入れていて結構態度が悪い。
「せんせー。俺が一位になる。」
次の瞬間、私たち普通科を中心にブーイングが巻き起こった。ヒーロー科の……飯田君だったか、その男子すら「なぜ品位を貶めるようなことをするんだ!」と憤っていた。それに対し、爆豪勝己は「せいぜい跳ねのいい踏み台になってくれ」と、全く反省する気がない。
「……あ、あはは……」
「…………ぎゃ、逆に面白いね!うん、普通はコンプラとか何とかで絶対見られない宣誓だよ!さすが自由が売り文句のヒーロー科!」
これを聞いた、まわりにいた普通科の人たちはもはや不快感丸出しになってしまった。そんな周囲の怨嗟がひどかったからなのか、まどかとさやかが無理やり擁護のようなことを言った。
「さーてそれじゃあ早速第一種目行きましょう。いわゆる予選よ!毎年ここで多くの者が
これまた改変前の世界だと一億円以上しそうな電光掲示板に、クリエイターにわざわざ依頼したようなコミカルな映像で示されたのは、「障害物競走」だった。
「計11クラスで総当たりレースよ!コースはこのスタジアムの外周約4km!わが校は自由さが売り文句!ウフフフ……コースさえ守れば、何をしたってかまわないわ。さあさあ位置につきまくりなさい……!」
障害物競走……単純に考えれば、上位数十人が次の種目に進むということか。まあ私たちは、まわりをしらけさせない程度に走って半分以下の順位でも収めればいいだろう。
私たちはスタート地点に集まった。……のだけれど、やたらゲートが狭い。これ、危ないんじゃないんだろうか。私たちのようにやる気なく後ろの方にいる子たちはともかく、前にいるヒーロー科を中心とした人たちはギラギラした目でゲートを見据えている。彼らがそのままスタートと同時に突撃したら、ゲートの密度は大変なことになるだろう。しかもこの競走、個性ありだし……
そうこうしている間に、ゲート上部のランプが点灯し。
「スタート!!!」
と同時に、人々がゲートへ殺到した。
「……ね、ねえこれ危なくない?」
「うん……すごいぎゅうぎゅう状態……」
「危ないわね。ヒーロー志望じゃなくてよかったわ。」
案の定、ゲートの密度は半端ないものとなり、「押すなー!」という悲鳴じみた声が聞こえてくる。なんでこんな構造にしてしまったのだろう。ヒーロー科なら問題ないのかもしれないけれど、肉体的にあんまり強くない子が入る可能性もあるのだし、競技の一部として故意にやっているのなら正直やめてほしい。
「ってぇー!!なんだこれ!動けん!」
「寒みー!!」
「んのヤロオオオオ!」
『さーて実況していくぜ!解説アーユーレディ!?ミイラマン!』
誰かの個性で、足元に冷気のようなものが走り、凍結させることで集団を足止めした。そしてプレゼントマイク先生の実況からしてこれは特に違反行為ではないらしい。……この競技、本当に大丈夫なんだろうか。とりあえず凍傷が心配だ。一応この体育祭で大きな事故が過去にあったなんて話は見つからなかったから、多分本当に危なかったらストップが入ると信じたい。というか、そうじゃないとクレームを入れたくなる。
「はぁー……なんだよこれ。俺には無理だわやっぱ。」
「ヒーロー科の引き立て役なんかごめんだってーの。棄権しまーす。」
普通科、そして経営科やサポート科の一部の生徒が棄権を始めた。……この危険度を見ると、彼らがそうしたがるのも当然なのかもしれない。
……まどかを、万が一のことを考えて棄権させるべきだろうか。
「まどか、どうするの?私としては、頑張っても仕方がないと思うから棄権した方がいいと思うのだけれど。」
「え、いや、まあせっかくだしちょっと走ってみようかなーって。」
「あー、私も。まあせっかくだしね。」
「……わかったわ。入口の人が捌けるまで待ちましょう。」
『さあいきなり障害物だ!まずは手始め……第一関門!ロボ・インフェルノ!』
先頭はもう第一の障害についたらしく、実況がはるか先の話をする。それを聞いたまどかが、ますますそわそわしだした。
まどかはおそらく、このままやめてしまうことに何となく罪悪感を感じているのだろう。先頭の方にいるヒーロー科の生徒の必死な姿を見たせいだと思う。……まあ、後ろの方を走るだけならさすがに大丈夫か。まどかの望みは、まどかに危険が及ばない範囲でかなえてあげたい。
しばらくすると人が捌けてきたので、私たちはまどかに合わせて走り出した。
「見てみて―!疑似スケートリンク!」
「あ、わっ、おっとと……結構、楽しいかも、これ……!」
誰かの個性で凍らされていた地面はツルツルになっていた。さやかは逆にテンションが上がって、スケートごっこを始めている。まどかもそれに合わせて滑っていく。まあ、このくらいなら学生の身分として相応な娯楽なのだろうと思った。ちなみに、周囲に転んでいる生徒は全くいない。魔法少女でもないのによく事故が起こらなかったものだ。さすが雄英の生徒といったところなのだろうか。
しばらく走っていると、何やら人だかりが見え出す。そしてその向こうに、巨大な鉄の塊が見える。
「あ、あれ!入試の時の巨大ロボット!」
「ほえー……これが。すっごい男子が好きそう。……え、これが動くの?マジ?」
「うん、ただの置物じゃなくて、漫画みたいに動いてたよ。」
「……マジで雄英って大金持ちなんだなー……」
改変前の世界だったら、何億円する代物なのだろうか。それを体育祭という場で使う贅沢に、さやかとまどかは驚きあきれている。
私たち以外の生徒は、この鉄の塊を四苦八苦しながら登っていた。機動力のある個性の生徒はもう先に行ってしまったんだろう。
「さーて私たちはこんな鉄の山ひとっ飛びで」
(あ、だ、ダメだよさやかちゃん!)
(え?……あ、そうか。ごめんごめん。)
(迂闊よ。やめて頂戴。)
つい魔法少女の力を使おうとしたさやかをまどかが止め、さやかがてへぺろとでも言わんばかりに舌を出してこちらを見た。私たちの個性の申請は増強系じゃないんだから、変に力を使っては怪しまれてしまうだろう。
まあ、そんな感じで私たちは巨大ロボットをアスレチック気分で上り、またしばらく走り第二障害物へ来た。ここまでくると比較的やる気のある生徒が多く、スタート直後のようなやる気のない生徒はいない。
それで、第二障害物なのだが。
「えぇ……なによこれ……」
「……これ、落ちたら、死ぬんじゃ……?」
「な、なんか大丈夫ってわかってても怖くなってくるよ……」
いったいいつの間にどれだけ労力をかけたのか、底の見えない深い深い穴が掘られていた。ところどころに残された地面が、掘られた奈落からそびえたつように残されていて、それが島のようになっている。その島の間がロープでつながれていて、一部の生徒がそれにしがみついて必死に向こう岸へと渡っていた。
「……なによこれ。おかしいわよ。」
「ほ、ほむらが本気で呆れてる、珍しい……」
……本当になんでこれを高校生の私たちにやらせるのだろう。前の世界の常識が残っているから、これほど違和感を感じてしまうのだろうか。下に落ちても死にはしないと信じたいが……周囲を見渡してみても、「落ちても死にません」という旨の案内書きのようなものは見当たらない。以前のUSJ襲撃のこともあり、雄英の安全対策が信じられなくなってきた。
「まどか。もうさっさと棄権しましょう。こんなものに付き合う必要はないわ。」
「……うーん……」
「まどか?」
「ほむらちゃん、あそこ見てよ。」
まどかが指さした方を見ると……前方の方で、緑谷出久がロープにしがみついて必死に移動しているのが見えた。表情がかなり鬼気迫っている。
「緑谷君とか、ヒーロー科のみんなは多分今、必死に前を走ってるんだよね。それなのに、私こんな遊び気分でいていいのかなって……」
「私たちは普通科だし、いいのではないかしら?」
「……でも……ん?あれ、心操君?」
まどかが横にいる誰かに声をかけた。見ると、心操君が何やら焦った様子で周囲を見渡していた。
「ん?お前たちか……」
「えーと、どうしたの?」
「俺のまわりに、アピールになる個性持ちがいないか探してた。」
……なんだそれ。体育祭で上位に食い込みたいのではなかったのか。
「あなたは何がしたいの?結局、個性で目立ちたムグッ」
「ストーップほむほむ!それ以上この件で喋んない方がいいよ!!!」
さやかが突然私の口に手を当てた。……前みたいなことになると思ったのだろう。
「……いや、もういい。プロへのアピールになるかと思ってたんだけど、自分で走る。……てか、お前たちは何してんだ?」
「いや、その、私は進みたいんだけど……」
「ああ……怖いのか?まあ普通そうだろうけどよ。」
「うん……でも、前に進まなきゃって思ってて……」
「へえ?どういうことだ?」
「だってほら、前のヒーロー科のあの子とかすごく頑張ってるのに、私だけこんなフラフラ走ってていいのかなって……」
まどかは語りだす。胸に手を当てて。こういう時、まどかは自分の心との対話をしながら話すのが常だ。
「私ね、今までその、今までいろんな人に大事にされてきて、でもほとんど何にも返せてなくて……だから時々、『このままでいいのか』ってなんにも根拠なしに思っちゃうの。でも、結局今まで大したことできてない。ヒーロー科の入試は落ちちゃったし、今の障害物競走だって多分もう順位的に次へは進めないし……ヒーロー科の人たちと比べると、努力とか実力とかが全然足りないのはわかるけど、それでももうちょっと私、頑張れるんじゃないかなって、そう思っちゃうの。」
「まどか……」
私は……もう少し、まどかに活躍の場というものを用意してあげるべきだったのかもしれない。ワルプルギスの時は大いに世話になったとはいえ、それ以降は確かにまどかは活躍していない。私はそれで全く問題ないと思っているけれど、この姿を見ると、まどかにずっとなにもさせないのも彼女の精神に負荷をかけるのかもしれないと感じた。オール・フォー・ワン捜索の件でまどかに集めた資料関係の手伝いを多少してもらってはいるけれど……放課後休日にずっと飛び回っている私と比べたら、その負荷は雲泥の差だ。私がまどかの立場だったら、確かに落ち着いては居られない、と思ってしまった。どうすれば解決できるのかは全然わからないけど……
そしてこれを聞いた心操君は、心なしかうれしそうな表情を見せた。
「物は試しだ。俺の応援……要るか?」
「え?あ、うん。応援してくれてありが……」
その瞬間、まどかが何も言わなくなる。心操君が洗脳をかけたらしい。
…………え、ちょ、ちょっと待って心操君何する気なの???
◇
俺にとって、暁美さんたちのグループはかなり特別な存在だった。
ヒーロー科の入試に落ちて数日。俺は燻っていた。入試に向けて、やれることはやったはずだった。でも、入試当日に俺の個性でロボットを操れないかをいろいろ試していたのが災いして、ポイントが稼げなかった。今から思い返すと、非増強系なりに鍛えた体で一心不乱にロボットを壊していた方がポイントが稼げていたと思うけど……入試の時にそう都合よく最適解を打てるわけもなく、俺は落ちた。
俺は、ヒーローに憧れた。でも、俺の個性は『洗脳』。
それでも、俺はテレビとかでヒーローを見ているとどうしても心が躍ってしまう人間だった。個性を使って人を救けたり、
ヒーローという職業自体は、難易度はともかくとして免許を取れば制度上は誰でもなれる。だから、別に雄英に入る必然性は俺にはない。でもヒーローの登竜門って呼ばれる雄英の入試で活躍すれば、
入試後数日は、落ちたのは自業自得だろとか、入試方式が攻撃力を重視しすぎだろとか、そもそもヒーローになれないと決まったわけじゃないとか、とにかくいろいろな感情が頭の中をめぐって、ずっと悶々としていた。雄英に入ったこと自体は歓迎できた。中学の頃と違って俺の個性を悪く言う人がいなかったし。でも結局、ヒーローっぽい個性だって言ってくれる人もいなかった。
……少し話が変わるけど、俺のクラス、普通科C組には変わった人がいた。暁美ほむらさんだ。この人はクラスの中でも一目置かれた存在だ、正直悪い方向で。悪い人ってわけじゃないと思うんだけど……言動がかなりその、特徴的だ。彼女と同じ中学出身の鹿目まどかさんって人がこのクラスにいるんだけど、ある時彼女を「彼女は私の最も大切な人よ」とか、「まどかに害を加えないのであれば」とか言っていて、明らかに尋常じゃない感情を抱いているようだった。しかもその発言の後百合だのレズだの言いだす奴が現れて険悪な空気になった。そいつはすぐに謝ったけど、この件で暁美さんは「鹿目さんに対してとてつもなく大きな感情を抱くエキセントリックな言動をする人」みたいなイメージがついて、半分アンタッチャブルな感じになってしまっていた。雰囲気は妙に大人びていて、顔の造形も美形な方で、まわりの避け気味の扱いが大して堪えていなさそうということもあって、興味をひかれるけど同時に不気味に感じられてしまう人だった。
「あなた、確か心操君、だったかしら?」
だから、彼女が俺に話しかけてきたときはめちゃくちゃ驚いた。中学の頃は個性のせいで特に女子によけられてきたからなおさらだ。それまで、彼女との接点は全くなかった。
「あなたの個性、『洗脳』だったわよね」
また個性の話か……と、俺は身構えた。中学の頃はこういう時、続く話はどうすれば解けるのかとか、俺を洗脳しないでくれとかそんな話ばっかりだった。
だけど、次に暁美さんが言ったことは少し怒りを掻き立てるものだった。
「ちょうどいいわ。あそこで机に突っ伏してダダをこねている美樹さやかを洗脳してほしいの」
まさか白昼堂々と洗脳を要求してくるなんて……さすがに予想外だった。
暁美さんが指さす先には、確か美樹さやかという名前の女子が机に突っ伏して足をバタバタさせていた。青髪で、明るい性格だけど、かなり勉強ができない方らしく一時間目が終わった時点で周囲の助けを求めていたのを覚えている。彼女も暁美さんと鹿目さんと同じ中学出身らしい。……よくこの3人が同じクラスになったな、面白い偶然だ。
で、その美樹さんがうるさいから黙らせてほしいということか?でもそれができる個性なんてこのクラスに他にいると思うし、黙らせるだけなら『洗脳』の俺をわざわざ指名する理由がない。やっぱり何か良からぬことをさせたいのかと疑った俺は人目があるんだから悪いことをするんじゃないって抗議したけど、彼女は全く退かずに
「あなたは何を言っているのかしら。いいから、さっさと彼女を洗脳して頂戴。」
と言ってきた。……今思い返すと「あなたは何を言っているのかしら。」っていう発言、「つべこべ言わずに洗脳しろ」じゃなくて「お前の言っていることが分からない」って意味だったかもしれない。でもあの時は少しにらんできたのもあって全くそういう風に受け取れなかった。分かりにくすぎるだろ……。
まあともかく、問答の末にこのままじゃ埒が明かないと察した俺は、美樹さんを洗脳することにした。最終的に洗脳の命令をするのは俺なんだし、大事にはならないだろうと判断した。彼女には嫌われてしまうかもしれないけど、もう中学でそういうのはさんざん経験してきたし、ある程度はしょうがないと割り切った。
そうして彼女を洗脳し、暁美さんを見て言った。
「……洗脳したぞ。これで満足か?俺はもう帰るぞ」
「まだよ」
さすがにこの命令的な言い方にカチンときた俺は、声を少し荒げた。俺の個性を何だと思ってるんだと。
でも、次の発言で、俺の怒りは戸惑いに変わった。
「彼女に『集中して勉強しろ』って命令して」
今まで俺にそんなことを頼んでくる奴なんていなかった。今思うと、
俺だって試したことがないわけじゃない。例えば「紙に名前を書け」といった複雑な命令は俺の個性じゃ無理だった。ましてや勉強させるなんて当然不可能だと。……でも、またしても暁美さんに強引に要求されて、俺はダメ元でしぶしぶ美樹さんに「集中して勉強しろ」と命令してみた。
俺の高校生活が、進路が変わり始めたのはこの瞬間だった。
なんと美樹さんが持っていたシャーペンを動かし、ノートに問題の答えを書きだしたのだ。授業中で隠れてスマホをいじっていたらしいあの美樹さんが。
俺の個性が、人の役に立てることが証明された瞬間だった。
ただもちろんとんとん拍子にことが運んだわけじゃない。例えばその日は家に帰って、両親に協力してもらって同じような洗脳をかけてみたけどダメだった。個性の相性なのか知らないけど、美樹さんにしか通用しなかった(美樹さんの個性って『強力治癒』らしくて、全然関係なさそうだけど……)。それでも、美樹さんに
「いや~『洗脳』をキメないと私もうやってけないよ。これからもよろしくね心操君!でないと私成績不良で退学になっちゃうよ~」
なんて冗談を交えての笑顔で言われたときは、感じたことのない温かいものが胸に広がった。
「まったく、俺の個性はドラッグじゃねえっての。少しは自分で頑張りなよ。」
「精神安定剤みたいなもんだよ多分!それないと発狂する!」
「結局常用しちゃダメだろ。」
なんて、俺の個性関係で冗談じみたことを言えたのもこの時が初めてだったっけな。
それで、次にやってみたことはクラスメイトに協力してもらっていろんな人に「集中して勉強しろ」を掛けさせてもらって、他に通用する人がいないかを探すことだった。幸いにも、C組には気のいい奴が多くて協力してくれる人が多かった。……というか、やけに俺に良くしてくれる人が多い気がする。理由はよくわからないけれど、まあ「集中して勉強しろ」が効くなら日々の勉強に大いに助けになるということだと思う。でも、なかなか見つからない。ほかのクラスの人にも協力してもらっても、見つからなかった。本当に美樹さんの件はすごい偶然だったって思う。
そんなことをしばらくしてると、また転機があった。俺と良く喋る、明るいというか暑苦しいというか感じの男子だ。聞いた限り、知らない先輩の女子に突撃告白をかまして撃沈するというバカみたいなことをしてて、それで勝手に落ち込んでいた。で、俺がちょっとしたじゃれあいのつもりで『落ち込むな、シャキッとしろ!』ってやってみたら……なんと上手くいった。
その後、色々と俺にとってうれしいことが出始めた。まず、「集中して勉強しろ」が効き出す人が出始めたんだ。今まで効かなかった人にも、少しずつだけれど効く人が出始めた。なんでこうなったのかよくわからなかったけど、いろいろな人に意見を聞いているうちに、なぜかリカバリーガールを紹介された。そこで、俺の個性が度重なる使用により伸びたこと、そして俺の個性が精神医療系のヒーローに向いていることを告げられた。
つまり、俺の個性でヒーローになる道ができたってことだ。
もちろんヒーロー免許を取らないといけないし、そのための勉強がドッサリ増えてしまったけれど、そんなことで諦めるつもりはない。せっかく降ってきたチャンス。あのリカバリーガールが直々にサイドキックとして紹介してくれると言ってくれたんだから、頑張らない理由はない。
そうして今俺は、毎日受験の時以上の勉強に追われつつも、人の役に立てる未来を夢見て頑張っている。
はっきり言って幸せだ。でも、それとは別にヒーローになるためにやらなきゃいけないことがある。
雄英体育祭。数多のヒーローの目が集まるここで活躍できれば、俺はヒーローとしてさらなる活躍ができる。精神医療としてのヒーローもいいけど、例えば
でも残念ながら体育祭は、その名の通り増強系といった物理的な攻撃力が物を言う競技が多い。俺が活躍できるかは微妙なところだ。もちろん基礎的な体力作りとかはしてるつもりだけど、増強系には遠く及ばないし。
どうしたもんかとクラスメイトに相談してみると。
「うーん……あ、そうだ!暁美さんなら何かいいアイデア持ってるんじゃないかな?」
なるほどなとその時は思った。暁美さんが俺の個性に対して偏見を持たずにフラットに接してくれたおかげで、今の俺の状況がある。そんな彼女なら、また俺に何かをもたらしてくれるのではないかと思った。
それで、俺は教室に入ってきた暁美さんと、今までの経緯を説明して、俺の個性が体育祭で役立てられないか聞いてみた。
だけど、その答えは。
「じゃあ言うけれど。心操人使。あなたは体育祭で活躍するべきじゃないわ」
俺の期待を180度ひっくり返すものだった。
まず話してみて驚いたことだけど、彼女はまったくもってヒーローに興味がないようだった。というか、鹿目さんと美樹さん以外にほとんど興味がないのだった。俺が個性をいろいろな人に試していたのも知らなくて、そこまで筋金入りだったとは思わなかった。自分で言うのもアレだけど、これわざわざHRの時にみんなの前でお願いしたことだからな。
体育祭で活躍するなって話も驚きだったけど、俺が嫌いとかじゃなくて暁美さんなりに考えてのことだった。俺の個性は、対
でもそれ以上に……暁美さん、ヒーロー志望が体育祭で活躍することの意義を全く感じていないようだったんだ。隣にいたクラスメイトも加勢して体育祭の重要性を説いてくれていたけど、全く彼女に響かない。流石にオールマイトなら、見ていて多少はすごいとか憧れるとかいう気持ちがあるものかと思っていたけれど、それすら全くないようだった。俺がヒーローになりたいと言うと、『つまり免許がほしいの?』って、なんかズレたことを聞いてくる。オールマイトがかっこいいっていうと、オールマイトはかっこよく見せる「演出」が上手い、なんて言い出す。事実かもしれないけど、それ以上にあの人を救け
彼女はどういう人生を過ごしてきたのかなんて俺は知らないけど、問答の末に俺が理解できたのは、彼女はヒーローという概念が全く分からないということだった。現実のヒーローたちを全然良いものだと思ってない。暁美さんはリアリストだから、現代のショービズ化しているヒーローに嫌気がさしている……ということなのか?……話してみた感じ、それもなんか違う気がする。ヒーロー自体をうっすら嫌っているような感じさえした。暁美さんがヒーローに対してどう感じているかよくわからないけれど、とにかく彼女がヒーローというものをわかっていないということが分かった。
……そんな態度を取られたら、俺だって見返してやりたくなってくる。あの澄まし顔を驚かせてやりたくなる。具体的にどうするかって言われるとわかんないけど……少なくとも見返すって話は、一定以上の成績がないと話にならない。だから少なくとも体育祭で最終決戦に行くことは最低ライン、そして可能なら優勝って目標を持っている。……どうやったらそんなことができるか全然わかんないけど。
でもとりあえず、やれることはやっておこうってことで、クラスの増強系のやつに付け焼き刃の格闘術みたいなことを学んだり、個性でもっといろいろなことができないかって頑張ってる。
で、ガチバトル対策として実際に増強系で格闘術やってる奴に教えてほしいって言ったら、
「ハァ、ハァ……どうした心操!お前のヒーローへの憧れはそんなもんか!?」
「ガハッ……ゲホッ……」
「まだ胃の中のものを全部出しただけだろぉ!立て、立つんだシンソー!」
「うるせえな……言われなくても……」
「んんんッ!!!もう、好き!!!♡青春の過剰摂取でイキそうになるわ!!!」
俺にはよくわからない、体育会系のノリ?みたいなのに付き合わされて、時々仲良くゲロを吐きながらひたすら雄英に設置された訓練場で殴り合いをする羽目になっちまった。そいつは元ヒーロー志望で、自分の意思を継がせたいとか何とかで張り切ってるらしい。あとなぜかミッドナイト先生がいつも監督してきた。いつも絶頂みたいな感じになってるし、なんなんだあれ。
まあこんな格闘術だって、空飛べる個性相手には無力だし、遠距離攻撃されたら避ける以外には役立たない。ヒーロー科の個性を知っときたいけど、さすがにそう簡単に教えてくれるわけない。宣戦布告しちまった手前やりにくい。
実を結ぶかって言われたら結ばない努力が大半なんだろうけど、それすらやんないで負けるのはダサいもんな。
◇
で、今日がその体育祭当日。
第一種目は障害物競走。最初のギッチギチのゲートを抜けて俺が最初にやったことは、氷の上でも安定して走れる個性を持ったやつを洗脳することだった。レース開始直後、誰かが冷気の個性をぶっ放しやがったおかげで足元はツルツルでうまく走れやしない。俺は、事前に把握していた普通科の『スパイク』の個性を持つ奴をはじめとした数人に、「おい、足のひもがほどけてるぞ」なんて言って洗脳を掛けた。こいつらには悪いが、俺も四の五の言ってられない将来のかかった本気のレースだ。
でも第二障害物のところで、俺の足は止まった。馬鹿みたいに深い穴の掘られた中にいくつかの島があって、それらがロープで接続されている。これを渡れってことなんだろうけど……雄英も無茶苦茶するな。落ちたらどうすんだ、これ。まあさすがに死なないようになってると思うけど。
ともかく、この状況下で洗脳すべき対象を考えてみたけど、いい個性を持ったやつが見つからない……って考えていたところに、声を掛けられた。
「……心操君?」
声の方を見ると暁美さん、美樹さん、鹿目さんがいた。……しまった、悠長に他の奴らを伺いすぎた。
「ん?お前たちか……」
「えーと、どうしたの?」
「俺のまわりに、アピールになる個性持ちがいないか探してた。」
「あなたは何がしたいの?結局、個性で目立ちたムグッ」
「ストーップほむほむ!それ以上この件で喋んない方がいいよ!!!」
美樹さんが暁美さんの口に手を当てた。時々、彼女が暁美さんのコミュニケーションをフォローしているのを見る。クラス内では美樹さんは暁美さんの会話介護人とか言われていて、良く暁美さんの発言を補足したり、時には今みたいに無理やり口を閉じさせて変な空気にならないようにしてくれる。
……暁美さん、思ったことをそのまま言いすぎなんだよな。最近はやめるようにしようとしてるみたいだけど、入学したときは……例えば「この人何を言ってるんだろう?」って思ったら「あなたは何を言っているのかしら」って言う人だった。ま、まあ美樹さんのフォローもあるし、しばらくすれば改善する……と信じてる。
「……いや、もういい。プロへのアピールになるかと思ってたんだけど、自分で走る。……てか、お前たちは何してんだ?」
「いや、その、私は進みたいんだけど……」
鹿目さんは奈落を覗き込んでそう言った。
……まあ、悪い言い方をするけど正直バカみたいな催しだよな、雄英体育祭。例えば例年は最終科目は個性ありのガチバトルで、軽度のけが人が出る。リカバリーガールがいるとはいえ、いち高校の催しとしては結構無茶苦茶だ。体育祭って名前だけど、実際は超常黎明期以前スポーツの世界規模の祭典といわれたオリンピックに匹敵するものだとか言われてる。それですらここまでけが人は出なかったらしい。俺みたいなヒーロー志望にとっては、アピールの場としてありがたいし全力を出すべき場所だけれど、適当に楽しんで終わりにしたい普通科とかの生徒からしたら迷惑な話だよな。開始前、他のクラスメイトはヒーロー科の引き立て役にされたって愚痴ってたし。普通、こんなの突破しようなんて勇気はなかなか出ない。
「ああ……怖いのか?まあ普通そうだろうけどよ。」
「うん……でも、前に進まなきゃって思ってて……」
「へえ?どういうことだ?」
「だってほら、前のヒーロー科のあの子とかすごく頑張ってるのに、私だけこんなフラフラ走ってていいのかなって……。私ね、今までその、今までいろんな人に大事にされてきて、でもほとんど何にも返せてなくて……だから時々、『このままでいいのか』ってなんにも根拠なしに思っちゃうの。でも、結局今まで大したことできてない。ヒーロー科の入試は落ちちゃったし、今の障害物競走だって多分もう順位的に次へは進めないし……ヒーロー科の人たちと比べると、努力とか実力とかが全然足りないのはわかるけど、それでももうちょっと私、頑張れるんじゃないかなって、そう思っちゃうの。」
俺は競走中だってのに、その話に聞き入ってた。彼女、鹿目まどかさんは……普通の女子って感じだ。個性が俺と違って結構有用でヒーローっぽいって、入試会場で同じになっていたやつから聞いていたけど、そのぐらいしか情報を知らない。ただ、何回か暁美さんや美樹さんと話してるのを見た感じ、多少内気だけど友達思いという……まあ、よくある特徴を持つ女子だ。
俺の中学にも、彼女みたいな人は多分大勢いて、そういう人たちが何考えてるのかなんて俺は今まで全く気にしなかった。中学の時に俺が一緒にいたやつは、たいていヒーロー志望で、それに向かって努力する人たちばっかりだった。
考えてみれば当然なんだろうけど、ヒーロー志望じゃなくても何か成し遂げたいって考えてる奴はいるんだな。ヒーロー科以外の人間に、この手の親近感を抱いたのは初めてだった。雄英に入ってから、俺のことを「応援したくなる」って言う人がいて、なんだそれ……って思ってたけど、他の人から見たら俺はこういう感じに見えてたのかもしれない。
……そうか、こういう時にこそ、俺なら助けになれるかもしれない。この奈落という恐怖に抗い、彼女を一歩前へ踏み出させる手伝い。
それも、俺の憧れるヒーローの姿だと思えた。前例はないけど、まあやってみよう。
「物は試しだ。俺の応援……要るか?」
「え?あ、うん。応援してくれてありが……」
そうして俺は彼女に洗脳をかけ、こう命令した。
『前へ進め。全力を出せ。』
次回はきっと気弱な女の子が勇気を振り絞って障害物に立ち向かう姿が見られるんやろなあ(すっとぼけ)
・心操との会話
え?こんな長々と話してたら遅れちゃうんじゃないかって?ご都合主義により43位以下にはなりません。
ちなみに、個性に関してポジティブな出来事が多かったので、原作比でやる気や努力量が上がっています。