個性『魔法少女』   作:Assassss

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高評価、誤字報告、感想ありがとうございます。


第三回戦

 

ここは選手用の控室。入れるのは雄英の生徒と許可をもらったプロヒーローだけ。先ほどまでまどかは他のクラスメイトと話していたが、試合前なので集中したいという言い訳で人を部屋から出してもらって、コッソリ私達を入れてもらった。

 

「もうここまで来たら優勝狙っちゃいましょう、鹿目さん!」

「いやー、まさか昔からの親友がこんな大舞台に立つなんてねえ!」

「私もなんだか夢みたい……今から緊張してきちゃったよ……!」

 

準決勝に進出したまどかに、マミさんやさやかはテンションが上がっている。まどかも、戸惑いはありつつも学校行事として純粋に楽しみ始めている。

特にさやかは、昔からの幼馴染が全国レベルで有名になっていることに少なからずワクワクしているらしい。魔法少女の力が世間に晒されたリスクについては、「もう過ぎたことだし、受けいれるしかないよね。それより、今はまどかのことを応援しようよ!」だそうだ。この切り替えの早さは正直かなり羨ましい。私はまだ少し引きずってしまう。

 

「鹿目さん、地面に仕込んだ矢のトラップはナイスだったわ。隠れてしてた特訓の成果がまさかこんな風に実を結ぶなんて思ってもみなかった。私も嬉しいわ。」

「いやー、魔法少女代表のまどかがこんな風に活躍するなんて、私もいち魔法少女として鼻が高い!」

「だ、代表ってそんな……」

「いや、なんかほむらによると、過去の世界……ていうか、ループ?ではまどかめっちゃ強かったって言うじゃん?なんか因果を束ねたとか何とかで。やっぱり一番強い子が代表、っていうのが自然じゃない?」

「そうかもしれないけど……ここまで来られたのは、マミさん、杏子ちゃん、さやかちゃん、ほむらちゃんが、一緒に戦って、頑張って来てくれたお陰だよ。本当にありがとう、みんな。」

 

私達を見渡して心の底からのお礼を言うまどか。私も魔法少女としての訓練で色々まどかに教えたけど、教えられたことを一生懸命活かそうとしていた形跡が見られた。頑張っている姿を見ると、こっちも嬉しくなってくる。

 

「次の相手は、えーと、轟焦凍君か。個性は氷結だったけど、炎熱も使えるかも?みたいな感じになってたよね。」

「緑谷君との戦いで何か吹っ切れた感じがあるけど、実際に次で使ってくるかは……どうかしら。でも、警戒はしておいた方がいいわ。」

「エンデヴァーの息子らしいから、個性関係ない戦闘能力も純粋に高いと考えていた方がいいわよ、まどか。」

 

……言ってから気が付いたけど、私もまどかが勝つための助言に頭を回し始めている。

私もこの状況にいい加減慣れたということ、なのだろうか。

 

「あ、そうだ!鹿目さん、試合直後に大きい一撃を放てるように準備しておいた方がいいわよ。」

「ええと、どういうことですか?」

「飯田君の時もそうだったけど、始めに変身する瞬間を狙って後ろに回り込まれたでしょう?多分轟君も同じことをやってくるわ。なら裏をかいて、最初に大きいのを一発打ち込んであげればきっとビックリするわよ!」

「なるほど、さすがマミさん!」

「まどか、どうせなら打つときに技名叫ぼうよ!」

「わ、技名!?」

「うん!ほら、スターライトアロー!とか、トゥインクルアロー!とか、色々マミさんと一緒に考えたやつあるじゃん!せっかくだからあれ叫ぼうよ!」

「そ、そんな、美樹さん、なんだか恥ずかしいわ……」

 

マミさんが頬に手を当てて恥ずかしがっているけど、実のところまんざらでもなさそうに見える。

マミさんが必殺技に名前をつけてカッコつける癖は、刺さる魔法少女も結構多かった。彼女の真似をして、自分の技を仰々しくしたりする魔法少女に時々出会ったのを思い出す。

 

「でも……本当に、希望に満ちた元々の『魔法少女』になれたって気分なの、私。」

「え、どういうこと?」

「ほら、例えば、これ!」

 

まどかが持っていたスマホを見せた。映っていたのは、話題沸騰の体育祭でのまどかの姿だ。個性の考察をしているコメントが多いが、それ以外にもかわいらしいとか、見ていて元気が出るといったコメントがついている。

まあ……魔法少女の実態を知らなければ、そういう感想にもなるのだろう。ループ中で魔法少女の真実を知らないまどかやさやかは基本的に出る感想が「魔女と戦うマミさんがかっこいい!」だったし。最後のループ中でも、まどかの最初の魔法少女へのイメージはそんな感じだった。

 

「魔法少女の姿が表に出ちゃったのは複雑だけど……私の姿を見て笑顔になってくれる人が多くて、やっぱり私嬉しいの。こんな私でも、魔法少女で絶望じゃなくて希望を与えられるんだって!私達が魔法少女になったことが間違いなんかじゃないって、そう信じられる気がするの!」

「まどか……」

 

マミさんとさやかが感嘆して息をつく。やっぱり「化け物から人を守る魔法少女になったと思ったら、実はその化け物は元魔法少女でした」というのは重い事実になっていた。私はもう魔法少女になった事が間違いかどうかなんてあんまり気にしないけど、それでもまどかのことが無ければ魔法少女になるべきだったかと考えるとならない方が明らかに幸せだったと思う。

そういう悪いイメージを仮にでも払拭できるというのは、悪くない話だ。

 

「キュゥべえのせいで魔法少女って聞くと身構えちゃうようになっちゃったけど、この世界の人々にはもっと明るく楽しい存在として認知してほしいわね。」

「うん……魔法少女が絶望と隣り合わせだなんて、やっぱりおかしいよ。『魔法少女』からそんな悲しい意味を消すためにも……私、頑張る!」

 

温かい気持ちでまどかの所信表明を聞いていると、突然まどかが私の方を向いた。

 

「だから見ていてね、ほむらちゃん!」

 

決意の籠った目で、まどかは私を見る。大昔の過去のループで、契約してしまいワルプルギスの夜に立ち向かう時のまどかに少しだけ似ていた。

 

「え……私?」

「私、いままでずっとほむらちゃんのこと心配させちゃってた。だから……この試合で、ほむらちゃんの不安をすこしでも取り除けたらって。」

 

……まどか、自分が弱いから私に負荷をかけていると思っているらしい。そんなこと、気にしなくていいのに。元をたどれば、殆ど私が勝手にやってるだけなんだから。

 

「まどか、何度も言っているけど、あなたはそんなこと気にしなくても」

「ほむらちゃん、これは私のわがままなの。」

 

珍しくまどかが私の発言を遮ってきた。

 

「私、ほむらちゃんに、みんなに守られるだけの魔法少女にはなりたくない。守られることはあっても、私も守ることができる、そんな魔法少女になりたくて、私は契約した。世界が変わっちゃうなんてことがあって、有耶無耶になっちゃった願いだけれど……この場で、ほむらちゃんに、認めてもらいたいの。」

 

まどかは、何かに備えるために少し息を吸った。

 

「『今』の私でも、ほむらちゃんの隣に立てるって!」

 

…………私と、まどかが肩を並べて戦ったことはとても少ない。いつも、私が見上げる憧れの存在か、私が何に代えてでも守るべき存在だった。

まどかは、私と対等になりたいらしい。今のまどかは決して弱くないと思うけど、そもそもこの世界で戦うこと自体少ないから実感が湧かないのだと思う。

私はまどかを守りたいと思っているけれど、同時にまどかに幸せになってほしいと思っている。正直嬉しくないけれど……彼女が次の試合で目立つようなことをしても、もう事態は大して変わらない。

 

「爆豪、決勝戦進出!次の試合は轟バーサス鹿目だ!こっちも大注目の対戦カード、期待しながら待っててくれよ聴衆(リスナー)!!!」

 

どこかのスピーカーから、プレゼントマイクの実況が聞こえてきた。もうすぐまどかを呼び出しに人が来るだろう。

 

「さあ、気張っていきましょう鹿目さん!私達の代表として頑張ってね!」

「まどかのこと、信じて送り出すからね!」

 

さやかとマミさんがまどかの肩をおして部屋の外まで連れ出す。

 

まどかを送り出す……か。

 

「……楽しみにしているわ、まどか。頑張ってね。」

 

気付けば、まどかを駆り立たせる言葉を私は発していた。

 

 

「お前、なんなんだマジで。」

 

轟焦凍は、目の前の鹿目まどかにそう尋ねずにいられなかった。

 

「えーっと……その、何から言えばいいのか……」

「……悪ぃ、漠然とした質問だった。……いや、でも、『なんなんだお前』って言葉しか見つからねえ。」

 

彼の前に立つ鹿目まどかは、体育祭以前にも一応面識があった。暁美ほむらという普通科の生徒から質問を受けた際に同席していた。だがそれ以上のことは無く、彼が以前まどかと出会ったことを思い出すのは騎馬戦が終わってからだった。

その時は、興味のないただの他科のいち生徒だったが、今の彼女はまったく油断ならない相手だ。障害物競走や騎馬戦で見せた彼女の個性は、『強い個性』とよく言われる彼をして『強え個性』と思えるものだった。増強系並の身体能力、ホーミングする光の矢、そして見た目可愛らしいコスチュームに変身する能力。ヒーローとして必要なものが一通り都合よく用意されているかのようなのだ。

さらに加えて、飯田天哉に勝利したことも衝撃だった。彼にとって飯田は、客観的に見て自分が上だと一応思っているが、油断すると負けるという相手だ。決して雑魚ではない、むしろA組の中でも上の方だと思ってすらいる。世間一般に見ても彼はヒーロー科生としてエリートで、そんな彼に普通科が勝ったということで、SNSは大盛り上がり、ヒーロー科の生徒間でも彼女は大いに話題になっている。

 

彼が試合に関わらない身であれば、皆と一緒に野次馬のように彼女の美しい個性を眺めるだけだったかもしれないが、今の彼女は対戦相手。呑気に見とれている場合ではない。

推薦合格者らしく、彼は洞察力にも優れる。試合前までに、彼女の昨日までに申告されていた個性の性質、今日の障害物競走や騎馬戦での映像など、集められる範囲での情報から一体どんな個性なのかという情報収集や考察は怠らなかった。

が、それにより導き出された結論は。

 

(……何をしてくるか予想出来ねえ。)

 

というなんとも役に立たないものだった。

 

(おおよそ身体強化と弓矢がメイン攻撃……だが、飯田の時には弓を、なんだアレ、ステッキ?に変化させてた……弓矢だけじゃ説明できねえ事が多すぎる。何ができるかより、何ができないかで考えた方が筋がよさそうか。)

 

そう考えることにより、彼はかなり自信を持てる作戦を頭に入れる。

 

(どの戦いでも、最初はあの姿になる時間を要している。つまり初撃で決めることを考えるべき、か。飯田もかなりいい線行っていた作戦だ。あれよりもさらに短い時間で、勝負を決めるしかねえ。)

 

ひとまず考えるべきことは一通り頭に入れた轟焦凍は、最後に気持ちをしっかりさせるために口を開く。

 

「色々おかしなことはあったけどよ、俺にはこんなところで負けられねえ理由がある。普通科相手だからって容赦はしねえからな。」

 

緑谷との戦いで、あれだけ嫌悪していた自身の左側の個性を使うことに、大きな迷いが生じていた。虐待するクズの父親の個性なんて使わずに一位になる。それが彼の体育祭の目標だった。だが、彼は『オールマイトのようなヒーローになる』という幼いころから持っていたもう一つの目標を思い出す。氷結だけで一位になって、それが本当になりたい自分なのか。忌まわしい力だとしても、それを使わない、全力を常に出さないことが本当にヒーローなのかと。かつてのオールマイトが「個性のつながりは大事だが、それを自分の血肉にすることが大事」だと言ったことを、緑谷との戦いで思い出した。しかし彼の頭の数々の虐待の記憶が、それを素直に飲み込むことを拒む。

 

そんな迷いをいったん割り切る為にも、比較的強い語気でまどかにそう言い放った。事前に調査した限りではそこそこ大人しい性格らしい彼女は、少し怖がると予想した。

しかし、予想外の反応が返ってくる。

 

「うん!私も全力を出す!だからお互い、よろしくね!」

「……あ、ああ。」

 

迷いのない返事をされ、なんとなく気圧されたように感じてしまう轟。飯田の時よりも、というより今日時間が経つにつれ徐々に吹っ切れたような様子を見せていた。

 

(……なんだか知らねえが、決意という面で負けるわけにもいかねえ。緑谷に発破かけられた分、情けねえ戦いはないようにしねえと。)

 

「さあさあ準決勝!対戦カードはいろんな意味で注目の二人!ヒーロー科、轟焦凍!バーサス!普通科がここまで勝ち上がって来るなんて前代未聞だ!普通科、鹿目まどか!」

「さあ試合を始めるわよ!二人とも、用意は良いかしら!」

「あ、ちょっと待ってくださいミッドナイト先生!」

 

王道に盛り上がる実況を経て試合が始まろうかという時に、まどかの方から声がかかった。

 

「あら、何かしら?鹿目さん。」

「ええと……私の個性のことなんですけど!」

「おおう、その不可思議な個性がどうした鹿目?」

「私の個性、『魔法少女』に改名しようと思っています!」

 

その宣言に、会場から納得の声が出る。個性が存在する現代においてもこの手の姿はいちジャンルとして受け継がれている。容姿的にも、能力的にも文句は無いという感想が殆どだった。

 

「なるほど。俺っちは良い個性名だと思うぜ鹿目GIRL!」

「ありがとうございます!魔法少女は……絶望を打ち破り、希望を振りまく存在です!私は、そんな魔法少女として、相応しい戦いをしたいと思います!!!」

 

会場から穏やかな拍手が起きる。ほぼすべての観客が、お手本のような演説だと感じた。絶望を打ち破るというのはこの場では少々オーバーな表現だが、気合を入れるには十分なものなのだろうと感じられた。

 

「HEY!魔法少女GIRLの所信表明を終わったところで、改めて試合を始めさせてもらおう!用意は良いかァ?二人とも!」

 

轟は、いつでも最大出力の氷結を放てるように個性の準備をした。

 

「準決勝、第二試合!スタートオオォォォ!!!っていきなり轟の大氷結があぁぁぁ!?!?!?」

 

実況の言う通り、轟は瀬呂との戦いで見せたような大氷結を放つ。もしもの場合に備え、あれよりは余力を残したものであったが、それでも並の生徒なら簡単に呑まれてしまう威力だ。

これだけで終わってくれと願いつつも、彼は相手の動向を注視する。ただし、自身の生み出した氷によって視界は塞がれ、鹿目まどかの姿は確認できない状態だ。

 

そして、その警戒状態は一秒もせずに終わることとなる。

 

(……!!!っぶねえ!)

 

氷の中から桃色の光を見つけて、彼は反射的に横に回避行動を取る。

それは大正解で、彼がいた場所を大きなエネルギーを持つものが通過した。スピードは出ていたが、風を切る音よりも熱を感じるものだった。前を見れば大氷結は豪快に砕かれ、一拍遅れて後ろから爆発音が聞こえた。

 

「……変身しなけりゃその弓使えねえんじゃねえのかよ。」

「あ、あはは、どうなんだろ……」

「どうなんだろってなんだよ……」

 

早くも個性の派手なぶつかり合いが起こり、会場は大いに盛り上がる。

 

「ああーっと!両者、試合直後にデカいのをブチかましたァーーー!というか、鹿目は最初変身が必要なんじゃねーの!?」

「……変身と同時並行で淀みなく弓を構えたのが見えた。おそらく試合開始直後に撃てるよう何かしらの準備をしておいたのだろう。」

 

彼女の変身の隙を突く作戦は失敗した。流石に二度も試合開始直後を狙われたことで学習したらしい彼女は作戦と言えるものを立てていたようで、彼女は少し恥ずかしがりつつもしたり顔になっていた。

 

(……弓って武器がある以上、遠距離での攻撃手段は向こうが上か。向上している身体能力は脅威だが、それでも接近した方が勝機がありそうだ。)

 

轟は鹿目まどかに向かって走り出す。まどかは当然矢を撃って迎撃する。

 

しかし彼とて無策で距離を縮めるわけではない。矢が彼に当たる寸前、少しだけ彼は留まり、氷による壁を生成。それが矢で砕かれた瞬間、再び走り出す。

 

「轟、律儀に毎回氷の壁を生成して防ぐ!進みは遅いが、着実に鹿目まどかとの距離が近付いてるぞ!」

「遠距離では轟は不利でしかないからな。近付けば相性的には平等程度にはなる。しかしまあ、個性の能力だけで言えば、ハッキリ鹿目まどかの方が上だよ。」

「……うるせえ。」

 

試合中にそんなことを言って集中を乱さないでくれと轟は内心舌打ちする。

 

「ハッキリ言うなイレイザー!試合中にそこまで言っちゃっていいのかあ!?」

「山田お前がそれ言うのかよ。まあ褒められたものではないのは俺でもわかってる。がしかし、昨今のヒーロー活動においてはこのような無遠慮な声が活動中に投げかけられることも多い。雄英体育祭の趣旨を鑑みれば、この程度の外部の声は成長の糧にして欲しいと思ってるよ。」

 

イレイザーの恨みごとのような発言に、一部観客がギクリとなり、逆にプロヒーローの一部は少しだけ笑顔になった。

 

「ナァルホド!しかし、推薦入学者よりも上とか、マジでやべーなあ!」

「とはいえ、一つ一つの行動を見れば轟にも十分勝機はあると言える。彼女も慣れてはいるが、しかし洗練されていない部分も多いからな。独学めいたものを感じるよ。その点、エンデヴァーを始めとしたプロヒーロー達から合理的な戦闘技術を学んでいたであろう轟の方が、動きに無駄や隙が無い。」

 

轟だけでは不公平と感じたイレイザーがまどかの解説もする。それを聞いた当の本人は、大して表情を変えなかったが少しだけ興味深そうな顔をしていた。

ほんの少しだけ気が晴れた轟は、再び壁とした氷が破壊されるのを確認した瞬間に一歩踏み出す。

 

しかし彼の目に、今までとは異なるまどかの姿が映った。

弓矢を上に向け、ちょうどひときわ大きい桃色の矢を撃ち出す。

この会場にいる者の殆どに見覚えがある姿だった。そして轟はその高い判断力により、咄嗟に氷を屋根の形に生成する。

 

「アロー・レイン!!!」

 

障害物競走の時のように、上空から矢が降り注いだ。あれよりは低威力で、魔法陣ではなく空中にある桃色の光る玉から矢がいくつも降り注ぐ形となっていた。

それでも直撃をためらわせる程度には衝撃があった。氷の屋根の下にいる轟は、ドン!ドン!という重低音を何度も聞いた。

 

(……って、このままじゃ氷が砕けて潰される!)

 

崩れ始める氷から退避する轟。防壁の役割も兼ねて、氷の生成元はまどかと自身の間にあったために距離を縮める事は出来ない。案の定、退避する瞬間前方にあった氷はまどかが撃った矢に破壊された。これが無ければ、彼はどうあがいても爆発によるダメージは避けられなかっただろう。

 

まどかから目を離さず後退する轟。弓を構えこちらを狙っているまどか。集中する轟の脳内には、攻撃と防御、勝ち負けという二極しかなかった。

しかし実は、この戦いを構成するのはそれだけではなかった。最初に彼がそれに気が付いたのは、会場から妙な歓声が湧き上がったことだった。

 

「うわあああ……!」

「き、きれー……」

「おおお!こりゃすげーなあ!こういう派手さも全然アリだ!雄英体育祭、こういうのが個性のぶつかり合いの醍醐味だァ!」

 

感嘆の言葉を妙に思った轟は、警戒しつつ周囲の様子を伺う。

感嘆の声の理由はすぐに理解できた。まどかの光の矢と、轟の砕けた氷。それが宙に舞い、ダイヤモンドダストのような美しい光の演出となっていたのだ。

 

(……なんだ、綺麗ってだけか。警戒して損しちまった。ったく……)

 

心の中で悪態を吐きつつ、この状況下でどうやって彼女を倒すかに思考のリソースを回す。

 

(……体に少しだけ霜が降りてやがる。まだ戦えるが、無駄打ちは出来ねえ。攻め方を変えねえと……)

 

そう考えたとき、轟は左手を見た。氷ではなく、炎を生み出す、そして因縁の手だ。

 

(緑谷と戦って……あいつ、俺が抱えていた色々なもんをぶち壊してきやがった。)

 

緑谷は、確かに前の試合で彼のわだかまりを壊した。だが、そこから先はまだだ。粉々に砕けてまっさらな状態。轟は、自身がどうあるべきなのか『構成』できていない。だから、自身の炎の個性に対してどう立ち向かえばいいのか分からないのだった。

 

(……いや、そもそも氷だけじゃ勝てねえと決まった訳じゃねえ。試していない手はある。)

 

一種の逃げのような答えを生み出し、この場を乗り越えることを選択した轟は、再び氷結をまどかに向かって走らせる。

ただし、使い方は先ほどと異なる。

まどかに向かっていく氷結は、氷を生成しなかった。ただ地面を凍らせるだけの冷気がまどかに走っていく。彼女は、それが何なのか分からないためか黙って様子を見ていた。最初に数発氷結に向かい撃ってみていたが、地面を威力相応に砕くだけだった。轟の身体能力なら矢が避けられる可能性が高いとまどかは判断しているようで、無闇に撃つつもりはないらしい。

 

氷結がまどかまで数mというところで、突如としてドン!という音が響いた。

 

「……そのピンク色のやつは何か知らねーけどよ、暴発でもすりゃ痛てぇんじゃねえのか?」

「轟、氷結で鹿目まどかを一瞬で拘束ぅ!並の(ヴィラン)ならこれでイチコロだろ!やっぱ轟の個性も強えな!推薦入学は伊達じゃないってか!」

「氷を一気に生成出来るよう冷気を『溜め』、近付いたところで一気に放出した、という形だな。」

 

ドォンという擬態語が似合う威容の巨大な氷が、まどかのいた場所に生成されていた。そしてまどかは、その氷の上部の方で氷に埋められる形で拘束されていた。

 

「……ッチ、後ろに押し出せないか、流石にコントロールが難しい!」

 

轟としては、氷を生成するついでにエリア外に押し出せないかと狙っていたようだったが、残念ながら距離が空いた状態では難しかったらしい。氷の発生源は、氷結を地面に走らせるようにしたために地中を起点としていたので、垂直以外の方向に動かすことは難しかったのだ。

それでも今のは明らかに有効打。隙を作ることに成功したのだ。

もちろんまどかもただやられている訳ではない。個性による桃色の発光がおこり、氷に罅が入り始める。

 

「出させねえよ……!」

 

しかし轟はさらに氷結を行使し、氷をさらに氷で覆い始める。一見すると、完全に彼女は氷に閉じ込められてしまうのだった。

 

「轟、間髪入れずに氷結で追撃!鹿目まどかを完全に閉じ込めたァー!!!まさにアイス・プリズン!なんかアレだな、鹿目まどかが綺麗な琥珀に閉じ込められた虫みたいだな!」

「もう少しマシな例えは無いのか。……救護班、いつでも動けるように準備頼む。」

「轟君、ちょっとストップ!」

「おおっと、主審ミッドナイトのストップが入ったァ!流石に鹿目は絶望的な状態かァー!?」

 

主審ミッドナイトが試合を中断させる。そしてどこからともなく現れた足場用のロボに乗り、まどかが閉じ込められた高さまで上昇した。

 

今の鹿目まどかは、氷という宝石に閉じ込められた姫の様だった。抵抗している姿のままピクリとも動かない。

神秘的な光景であるが、教員たちは少し焦っていた。並の生徒ならもはや動くことはかなわず、それどころか慎重に氷を溶かさなければ命の危険がある。リカバリーガールがいるとはいえ、下手に凍傷にさせる訳にはいかない。

試合を終了させるには鹿目まどかの戦闘不能を確認する必要があるが、彼女の個性が正体不明ゆえに確認が難しい。全身を完全に凍らせられているために、声をあげてもらう事もできない。

 

「……ミッドナイト先生。もう彼女が動けないのは一目瞭然でしょう。彼女の行動不能でいいじゃないですか。」

 

律儀に確認しようとするミッドナイトに焦らされる轟はそう言うが、ミッドナイトは首を振る。

 

「こういう時は目の動きで行動不能を伝えてもらうのが決まりなのよ。それで目が動いてなかったら即行動不能扱い。昔はもうちょっと緩かったんだけど、ある時行動不能宣言後に『Plus Ultraaaァァァ!!!俺はまだ、負けてねええええ!!!』って自力で脱出しちゃった子がいて、問題になったことがあるのよ。」

「そうですか……」

 

実際にあった例を出されてしまい、轟は下がるほかない。基本的にミッドナイトが言う例など日本全国で見ても一年に一度あるかも分からない奇跡だが、その奇跡を起こし得る人材が集まるのが雄英のヒーロー科なのだ。

ミッドナイトは、彼女が拘束された部分の近くまで寄る。氷をノックしながら声をかけた。

 

「聞こえるかしら、鹿目さん?動けるならまばたきを3回連続でするか、目を縦方向に3回上下させてみて欲しいのだけれど。」

 

会場の全ての人々が、彼女の審査を固唾を飲んで見守る。まどかがこのまま終わると考える者は少ない。

 

「…………鹿目さん、戦闘不の……うん?え!?」

 

あわや彼女の負けとなりそうな時、ミッドナイトが何かに気が付くと同時に、まどかのいた場所から桃色の爆発が起こる。

観衆は「やっぱりこれで終わらなかったか!」と歓喜の声を上げるが、次第にわずかな困惑と多大な感嘆を含むものになった。

 

その場所から、明らかに尋常ではない光の奔流が沸き起こる。糸のような秩序を持った何かが流れ出、そして内側から割られた氷の中から、鹿目まどかが立ち上がる。

 

天使。

 

会場の観客の印象は、殆どがそれになった。

そうなった理由は、彼女の姿だ。羽のようなものが、彼女の背中の後ろに浮かんでいた。

 

「か、鹿目まどか、復活ー!なんかすげえ神々しい事になってんぞ!おいおい、コイツはあと幾つの変身を残してんだァ!?」

 

余りの光景に逆に静かになる観客。注目の中心は、彼女一人だった。爆豪の時よりもさらに神秘的に見える光景。思わずカメラを向ける者は多い。

 

誰もが見とれる中、悠長にしていられない人物が一人だけいた。

 

「クソッ……なんでもありかよ!」

 

状況が悪くなる一方の彼の悪態にまどかは言葉を返さなかったが、砕けた氷の上に立って再び弓を構える。桃色の光が強くなっているように見えた。

轟は攻撃が来るものと構えるが、まどかは攻撃せずに彼に語り掛け始めた。

 

「轟君……知ってる?」

「……何がだ。」

「魔法少女のこと。どんな存在だと思ってる?」

「知らねえよ。アニメの話か?」

 

幼少期からエンデヴァーに過剰ともいえるほどに厳しく育てられた轟には、何を言いたいのかさっぱり分からなかった。

 

聞き届けたまどかは、今日一番の大声で、会場の誰もが聞こえるように宣言した。

 

「覚えておいて!魔法少女は、絶望を打ち破り、夢と希望を振りまく存在なの!!!」

 

まどかの弓が一段と光輝く。矢の周囲に、力強く、しかし安心感を覚えさせる光が集まる。

 

シューティングスター!!!

 

矢が放たれた瞬間、轟は全力で走り出す。矢が地面に着弾すると、先ほどよりも一段高威力の爆破が発生した。その余波ですら氷で防御しなければ吹き飛ばされてしまう威力。パワーアップしているのだから当然と言わんばかりに連発する彼女を尻目に彼は必死に走る。

 

「矢に爆弾でも詰めてんのかよ!?」

「爆弾じゃないよ!絶望を砕く希望の力だもん!」

「ふざけやがって……!」

 

先ほどよりも明らかに自信を得ているように答える彼女に、轟は悪態をつきつつも走り続ける。

 

(クソ、なんでパワーアップしやがった!?……いや、あの個性の仕組みを考えても仕方ねえ。それよりもどう打開するかだ。……チクショウ、体に霜が降りて走りにくい……!)

 

半ば強制的に氷結を使わされ続ける轟。体温の低下が激しく、運動能力が少しづつ落ち始めてしまう。

 

「鹿目まどか、第二形態、いやこれは羽がある分第三形態かァ!?可愛い顔してやってることはまさしくボンバーウーマン!爆発する矢とかどんなチートだよ!対する轟、氷結を使いすぎて霜が目立ってるぞ!このまま負けてしまうのかァー!?」

「……打開策はあるんだがな。緑谷の時と、どう心境に変化が出ているかが問題だが。」

 

実況の言う通り、轟は今の状況を少なくとも軽減できる。左の個性、炎を放出して体温を上昇させることだ。

左についてわだかまりのある彼だが、少しずつ使う意思が強くなる。

 

(緑谷があそこまでやってくれたってのに……俺は、このまま負けるのか?いや……!)

 

彼の左半身が熱を帯び始める、しかしその時だ。

 

「左を使え、焦凍ォォォーーー!!!」

 

威圧しているか鼓舞しているか判断がつかない大声が響く。

 

「焦凍、右の氷では有効打にならんのはお前ならわかるだろう!炎を使って体温を上げ、攻撃にも使え!!!実体を持たない炎ならば、ヤツの矢によって相殺されることは無い!左を使え、焦凍ォォォーーー!!!」

 

エンデヴァーは観客席の端から前のめりになり、凶悪な笑顔でそう叫んだ。

 

「HEY、フレイムBOY!!!試合中の生徒への情報提供はお控え願うぜ、YEAH!!!」

「マイク!貴様、先ほどは焦凍の個性が弱いと解説しておきながら今は控えろだと!?公平性を欠くぞ、貴様ァ!!!」

「へ?あ、いやあれはその……」

 

マイクとエンデヴァーが少し揉める中、轟焦凍は一転して冷静になってしまった。

エンデヴァーの言葉は、確かに息子への応援だった。色々とグロテスクな想いがあるとはいえ、息子に負けて欲しくないのは本当だ。

だが、今までの積み重ねが悪すぎた。轟が今左の個性について思い出しているのは、全く明るい部分が無い記憶。父から与えられた訓練課題は辛いものばかりで、達成できなければ暴行を加えられ。それを止めようとした母も殴られた。訓練以外のことに手を出すことは殆ど許されず、同年代の友達とも、兄弟とすら交流が少なかった。

 

父親の思いとは裏腹に、彼の脳裏に浮かんだのは炎を使わない理由となる思い出だったのだ。

そう考えている轟を、突如として衝撃が襲う。

 

「グハッ!……」

「……ど、どうしたのかな……?」

 

左の個性のことを考えていた轟は、ハッキリ言って間抜けにも立ち止まっていた。まどかはそんな彼の様子を不審がりしばらく様子を見ていたのだが、なにも動きが無かったのでひとまず撃った。

 

「……あー、エンデヴァーと話し中のプレゼントマイクに代わって俺が簡単に実況させてもらうが、鹿目まどかが棒立ちの轟を何の障害も無く撃った。ったく、何をやってるんだか。」

 

(な、何を突っ立ってんだ俺は、バカか!)

 

大慌てで体勢を立て直す轟。焦りと自分への失望が渦巻く。

 

その後も攻防は続くが、轟はますます追い詰められていく。まどかの能力向上もあるが、轟の肉体が問題だった。まどかの矢によって場外へ飛ばされることを防ぐために毎回氷を生成する彼は、もはや低体温症に片足を突っ込み始めた。度重なる氷結攻撃によって観客席に上着が配布され始めるほどに気温も低下し、A組の八百万は個性で毛布を作り配り始めた。

彼女を拘束するために轟が生成した大氷塊は、今や彼を高所から一方的に打つための足場となってしまっている。彼の右の個性で氷を消すことはできない。ならば逆に先ほどと同じように氷結で閉じ込めてやると氷結を放つ。

これに対し、まどかはある意味当然の対抗策を取った。

 

「と、飛んだァァァ!!!鹿目まどか、轟の地上からの氷結攻撃を避け飛び始めたァァァ!個性魔法少女じゃなくてマジで『天使』なんじゃねーのォ!?!?!?」

「翼があるから飛べるのは道理なのかもしれんが……それにしては実体がある翼には見えんな。エネルギーの塊か?」

 

危険な地に足を着ける必要などないと言わんばかりに、氷結が来る直前に鹿目まどかは空に足を踏み出す。そして投げ出した身は落下せず、重力に逆らいその場に留まりだした。

 

「て、てめえ飛べんのかよ!」

「今の私には羽があるもん!どこへでも飛んでいけるの!!!」

 

轟の個性は空中にいる相手に特段有利ではなく、そして彼の体力の限界は近い。氷を上方向に生成すれば届くが、届くまでの時間が長すぎるので簡単に避けられてしまう。轟という人間が、空から舞い降りた天使に挑むような戦いなのだ。

 

そしてもう一つ、彼を追い詰めていることがあった。

 

この会場には、多くのカメラがある。観客のカメラを始めとして、テレビ中継用のカメラ、ディスプレイ表示用のカメラ、判定用の高性能カメラなど多種多様だ。

基本的にはしのぎを削る生徒を納めることが役割だが、今に限ってはそうではなかった。

 

「おおーとォ!今度はハートマークが大量に空中に残るパターンだァ!!!さっきから鹿目の矢がめちゃくちゃ見ていて楽しいなオイ!おおっと、今度は花火みたいな感じで星が会場を彩るゥ!正直轟より目が行っちまうぜ!!!パワーアップしてからサービス精神旺盛で会場のテンションは爆上げだァ!」

 

マイクの実況は、先ほどから勝ち負けに関係無い話が多くなっていた。

 

「やべー、ずっと見ていたいなこれ……!まるでCGみてえだ!!!」

「あ!ね、ねえ今まどかちゃん手を振り返してくれなかった!?なんかいいことありそう!御利益とか!!!」

 

鹿目まどかは『演出』をしていた。

 

例えば矢を撃った跡に光のハートマークの模様が残ったり、爆発地点に星型の発光体が残っていたり。それらが何かしてくるわけではないが、しかし明らかに戦闘とは関係ないキラキラしたものがあった。まるでアニメのエフェクトを再現しようとしているようにすら見える。

 

そして、本人の態度も変化した。

 

「みんな!応援してくれてありがとう!こんな私でも、みんなのお陰でここまで来られたの!寒いのもへっちゃらだよ!」

「どんなに高い壁も貫いて見せる!トゥインクルアロー!!!」

「私は魔法少女だから!これはみんなに希望を届ける光!マジカル・スコール!!!」

 

アドレナリンでも出ているのか、明らかに熱の籠ったセリフを伴って攻撃していた。

 

(……明らかに戦い以外に気を向けてやがる。思い返せば最初からそんな兆候はあった。試合前の個性名宣言や、パワーアップ前のやたら光るあの矢だってそうだ。最初からコイツ、勝ち負けよりも演出が大事ってことなのか?舐めやがって!)

 

轟はいちいち突っ込まずに試合に集中する腹積もりだったが、いら立ちが募っていく。

 

ある時彼女がよそ見をしながら矢を撃ってきたのを見て、彼の不満は爆発した。

 

「おい!」

「ん、どうしたの?あ、さやかちゃん、マミさん!応援ありがとー!」

 

普通科の席にいる友人に手を振り返しつつ轟に応対するまどか。明らかに余裕が見て取れた。

自分はここまで氷結による苦しみに耐えながら戦っていたのに、向こうはある意味ふざけているようにすら見える。幼稚な怒りだとは思いつつも、彼は抑えきれない。

 

「試合中に演出までしやがって!全力出さなくても余裕ってか!?」

「え?いや……私は全力だよ?」

 

その答えに、煽りは全く含まれていなかった。

 

「何言ってんだ、試合中に関係ないセリフを言ったり、誰かに手を振り返したりしただろ、今も!俺相手は余裕だからふざけてるってか!」

「えー……?」

 

まどかは心底彼の反応が分からないという風に話し出す。

 

「だって私今、とっても満足してるんだもん。嬉しくもなるよ?」

「俺相手は余裕だからか!?悪趣味な奴め……!」

「え!?ううん、それは違うよ!私、ここにいるみんなが楽しそうにしているのが、とっても嬉しいの!」

「は……?」

 

まどかは、一通り会場を見渡しながら言葉を紡いだ。

 

「私、昔から自分の周りにはかっこいい人とか、強い人が沢山いて、そんな人達に沢山助けて貰いながら生きてきたの。でも、その……辛い目に合う人もいて、そんな人たちに私は何もできなかった。出来ないと思っていたの。」

 

そこでまどかは大きく息を吸い、そして希望に満ちた目で彼を、会場にいる全ての人たちを見た。

 

「でも、今は違う!魔法少女は、希望を与える存在だから!私を助けてくれた人たちに、私だって希望を与えてあげられるって教えたいの!だから今は、その第一歩!ここにいるみんなが笑顔になってくれていて、私はとっても満足してるの!」

 

そう言いながらまどかは矢を撃つ。演出過剰な紋様を描きつつ迫るそれを轟は氷を生成して防ぐ。

しかし、膝をついてしまった。彼の低温による肉体へのダメージは深刻だ。リカバリーガールの治癒込みでも危険な領域が迫っており、いつの間にか厚着しR18成分が消えたミッドナイトはいつでも試合を中断できるよう轟を注視していた。

 

だが轟は、動けなくなっても怒りが収まらない。

 

「だからって、ストレートに勝ちに来ず相手を甚振るってか!」

「え?だって轟君も、なにか成し遂げたいことがあるんだよね?だから、私も全力で希望を振りまくよう頑張ってるの。」

「は?俺は勿論勝ちに」

「え、でも左側使ってないよね?確か、個性で炎も出せるって……」

 

見て見ぬふりを続けてきた自らの柔らかい部分を突かれた轟は、そこで何も言えずに止まってしまう。

 

(いや……そういえば、俺はなんで炎を……)

 

炎のことを思い出し、再び使おうとした。だが、出来ない。あの憎きエンデヴァーの声が幼少期の記憶をフラッシュバックさせてしまうのだ。

 

「私も最初どうして炎を使わないんだろうって思ってたけど……そんなにボロボロになっても使わないってことは、炎を使わずにやりたいことがあるからなんだよね?あなたの事情は知らないけど、苦しくても、そこまでボロボロになっても使わないってことは、あなたにも譲れない想いがあるって分かる。私はそんなあなたの想いだって尊重したい。だから、あなたの想いが悪いなんて言わないからね!」

 

そうしてまどかは再び矢をつがえ、放つ。

しかし、轟はそれを防御しなかった。当然命中し、吹き飛ばされ、そのまま起き上がらない。彼が何もしなかったことに矢を撃ったまどかは逆に驚いていた。

 

「おおーっと!轟、何故か矢を氷でガードしない!氷結の限界か!?彼はこのまま炎を出さずに終わってしまうのかァ―!?」

 

轟は悔し気にまどかを睨みつけるが、それ以上は何もしなかった。彼の体温低下が限界に近いこともあるが、避けたり防御することすらしない。

 

「……轟君、降参する?」

「…………待ってくれ。まだ……俺は……」

 

動かない彼を体力の限界と考えたミッドナイトがそう提案するが、轟は拒否する。

 

「……轟、何がしたいんだ?」

「降参しないって言ったけどよ、攻撃しねえじゃん。」

「やる気あるのかしら……?炎も使わないで……」

「個性の限界なんじゃねーの?体の方も、もう低体温症が来てるだろ。」

「これ以上やっても意味ないって。時間の無駄だからさっさと降参したほうがいいだろ、これ。まどかさんも困った表情してるぞ。」

 

降参せず苦痛に抗っているからといって、彼への評価は上がらず、むしろ下がり始めた。彼が個性で炎を使えることは既に知られている。それをせず、ただ未練がましくこの場にしがみつき、矢で撃たれ続けるだけの姿は、負けを潔く認められない情けない男に映るのは当然だろう。

 

(……この会場の、俺への評価は、間違ってねえ。今の俺がバカみてえってこと、分かってる。)

 

彼自身、現状のまずさは自覚している。顔すら俯きがちになってしまっている今の彼は、心の中では嵐のように負の感情が吹き荒れていた。

 

彼は、まどかとの問答で一つの確信を得ていた。

 

(コイツは……『なりたい自分』に、なってやがる……迷うだけの俺と違って!)

 

轟の数少ない幼少期における温かい記憶、その一つに、「個性は血のつながりではあるが、それ以上にそれが自分であると認識することが大切」と話すオールマイトを映すテレビ番組、そして「『なりたい自分』になっていいんだよ」という優しい言葉があった。オールマイトの言葉はまるで自分の炎の個性が憎い父親由来であることを気にするなと言ってくれるようで、彼がヒーローを目指す原点(オリジン)とも言える記憶だった。緑谷に発破をかけられたとき、真っ先に浮かんだ思い出だ。

だが今の轟は、とても『なりたい自分』になれているとは言い難い。まどかは彼が何かポジティブな決意で炎を使わないようにしていると勘違いしているようだったが、轟自身の自認では胸を張って言えるものではないのだった。

そしてその鹿目まどかは、『なりたい自分』になっている。あの満足げな表情を見れば一目瞭然で、それが個性に影響しているのかパワーアップまでしている。

 

(俺は……何も出来ず、ただ地に転がされるだけの自分に、なりてえとでも言うのか!?)

 

断じて違う、と頭では分かっている。

だが、頭で分かっているというだけでは何の価値にもならない場合が多い。

 

(俺は……俺は、何をやってんだ!緑谷にボロボロになりながらも背中叩いてもらって、結果このザマかよ!?クソ、なんで、なんで左を使おうって気になれねえ!?ここまで追い詰められておいて!こんなのヒーローじゃねえ!!!)

 

ただひたすら苦しくなるだけで、彼は何もできない。ふと見上げれば、鹿目まどかが次の一撃を加えようと構えている。

放つ桃色の光は神々しくて、それが自分に向けられている様はこの場の終わりを感じさせた。裁きにも似た何か。まるで、情けない自分を断罪するかのような。

 

(クソ、体、動かねえ……こんな、こんな終わりなのか……!)

 

轟は、場外ライン手前でただひたすら見上げるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張れ、轟君!!!」

 

突如として、空気が冷えていた会場に彼の声が響く。

 

「み、緑谷……!?」

「君の力だ!君なら、使える力のはずだ!だから負けるな、頑張れ!!!」

 

それを聞いた途端、轟の体にほんの少しの力が入る。

それと同時に、まどかの矢が放たれた、

 

「お、おおおおお!!!!!」

 

轟は湧き出た力をすべて使い、前のめりに突っ込む。直後、彼がいた場所は爆発しダメージを受けてしまうが、場外へ押し出されることは無かった。無理矢理位置を変えたことで、ステージの中心方向へ吹っ飛ばされたからだ。

どんなに不格好でも、彼は勝ち筋を残せたのだ。

 

「轟、さっきから全然動かなかったけど土壇場で回避ィーーー!!!でもこっからどうすんだ?氷は使えなさそうだし、炎は使う気配ないし!依然として絶体絶命だぞお!!!」

 

実況に煽られつつも、轟は再び立ち上がる。

彼の肉体は冷え切っていたが、心は再び緑谷によって灯り始める。

 

「轟君!頑張って!」

「轟君、戦闘訓練の時私と尾白君のこと溶かしてくれたでしょ!なんだかよく分かんないけど、個性使えないなんてことないって!頑張って!」

「轟!このまま負けたらドンマイコールじゃ済まねえぞ!頑張れよ!」

「お前才能マンだろお!?舐めプして負けたなんてなったら見てるこっちも恥ずかしいんだよ!」

「このままじゃA組どころかヒーロー科全体が普通科より下ってことになるんですけどぉ!?それはちょっと違うよねええ!?A組はB組より優秀なんじゃないんですかああああ!?」

「轟君!物間がA組を応援するなんて超レアなんだよ!だから頑張れ!」

 

ヒーロー科のA組もB組も、緑谷に当てられて彼を応援しだす。緑谷の声により、彼が劇的に勇気づけられたことを悟り、彼に当てられたのだ。

 

(み、みんな……!俺の為に……!)

 

轟はノロノロと立ち上がる。遅いが、しかしこれ以上後ろに下がらないつもりだ。

 

そして少しずつ鹿目まどかに近寄っていく。

 

(みんなの期待に、俺も、応えて見せる……!目の前のコイツがそうだというように!)

 

彼の熱を帯びた目に、鹿目まどかも熱いものを感じ取り、油断なくしっかりと彼のことを見つめ続けた。

 

轟は、今の彼と同じようにボロボロになった前の試合での緑谷の様子を思い出していた。

 

(あの時、アイツはどうしてたっけか……そうだ。なるべく近づいて、最大火力を叩きこんだ。俺も、緑谷に、追いつくために……!)

 

彼はフラフラになりながらも鹿目まどかに歩み寄る。そして、彼女がいる氷塊の根元まで来た。距離が近く、まどかの矢が放たれれば避けられないだろう。

 

「……鹿目まどか、悪かった。」

「え?」

「俺は、今まで全力で勝負してなかった。お前と違ってな。」

「そ、そうなんだ?」

「だけど、こんなバカみてえな迷いをようやく無くせそうなんだ。」

「……よ、良かったね?」

 

少し戸惑うまどかを置いて、轟の左半身と意志が一気に熱を帯びる。

 

そして、彼は今日一番の笑みを浮かべた。

 

「俺はなりてえ自分になる!だから、こんなとこで負けられねええええ!!!」

 

 

 

傍に控えていたセメントスは彼が何をしようとしているかを察してコンクリートで衝撃を和らげようとしたが、遅かった。

 

会場が爆発した。

 

そう表現するしかない猛烈な衝撃が会場を襲った。観客席の人々は吹き飛ばされた。実況用の機材は悉く破壊され、その瞬間何が起こったのかを正確に映した映像記録は無くなった。

 

轟は、あの一瞬で彼が出せる最大出力の炎を一気に解放した。緑谷戦以上に冷やされた大気、そして彼の心の熱の大きさ、そして緑谷の真似をして一気に熱を解放したことにより、空気が緑谷戦の時以上の勢いで爆発したのだ。

 

「……いったあ、ええと、観客席の皆さん!お怪我はありませんか!?」

 

観客席にまで飛ばされたミッドナイトは、ヒーローとしての経験則から怪我人が出ているかもしれないと感じ、真っ先に安全確認を行った。

 

「こちらは大丈夫です!軽傷の方はいますが、命に関わる怪我の人はいません!」

「こちらも大丈夫です!ただ、耳をやられた人がいますので、リカバリーガールに連絡を!」

「今点呼を取っていますが、重症の方はいないようです!」

 

例年以上の警備が敷かれていただけあって対応は極めて迅速に行われ、ひとまず雄英の失態と再び言われるような事態にはならなそうだった。

 

「よかったわ。……そ、それで、試合は、えーと……?」

 

ミッドナイトは、傷だらけになった観客席の手すり前に寄る。そして、煙が晴れたステージを確認した。

 

 

 

 

 

 

 

「……!鹿目さん!場外!轟君の勝ち!!!」

 

鹿目まどかはステージ外で立ち上がるところだった。頭をさすってはいるが、余力はまだあるように思われる。負けを宣言されると、すこし残念そうに元の姿へ戻った。

そして落ち着いて状況を把握し始める。

 

「!と、轟君大丈夫!?」

 

轟焦凍は、ステージ中央で倒れていた。明らかに傷だらけで、ピクリとも動かない。心配して駆け寄るまどかにゆすられても、何の反応も返さない。

 

それでも、彼はなりたい自分になるために、前へ進むことができたのだった。

 

 

この後は決勝戦の予定だが、それは行われなかった。

 

轟にドクターストップが掛かったのだ。

 

氷結による低体温症もあったが、最後の炎熱の解放が彼の肉体に多大な負荷をかけてしまった。低温から一気に高温へと、体温が変化したことによる負荷だ。例えば季節の変わり目で寒暖差が激しくなることで風邪を引いてしまう人がいるだろう。それの非常に重いものが彼の肉体にかかった。治癒したリカバリーガールによれば、命に別状はないが数日入院しなければならないだろうということだ。

 

鹿目まどかは準決勝敗退。従って、優勝は不戦勝によって爆豪勝己となる。

 

かくして、波乱万丈となった雄英体育祭は全競技が終了した。




というわけで、これにて体育祭は終了です。爆豪と戦わせようかとも思ったけど、騎馬戦でもうやってるし、同じことの繰り返しになると判断してここで終わりにすることにしました。楽しみにしてくれた人いたらごめんね。

・羽付きまどか
アルまどと魔法少女まどかの中間のような姿。羽が生えただけで髪の長さとか服とかは変わってない。神とは比べ物にならないがちょっとパワーアップしている。彼女がこの姿になったのはちゃんとした理由がある。
それが書けるまでエタらないように頑張ります……

・そんなあなたの想いだって尊重したい
まどかは直前の緑谷戦を見ていない。「炎を出さないなんて不自然だけど、人に言えない事情があるんだろうな~」としか思ってません。

・独学めいたもの
魔法少女達の技術って魔法少女達でしか培われないだろうし、洗練されているかと考えると微妙だと思う。少なくとも現代の集合知のレベルではないはず。

・物間
A組に負けるのは嫌だが、普通科にヒーロー科が負けるのはもっと嫌だったらしい。
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