ヴィジランテアニメが4月から放送開始です。楽しみですね。
今日、剣を得物とするヒーローは少ない。
なぜなら、この武器はあまりに容易に人を殺し得るからだ。元々殺傷目的が起源なのだから当然だろう。
勿論、相手が武装していればそれを破壊するために使えるし、災害救助などでも瓦礫を切断したいといった場面は時々ある。
だが、使い慣れるものにするには習熟のコストとリターンが釣り合っていない、というのが大半の現役ヒーローの意見だ。その理由として、必要以上の残虐行為の禁止が挙げられる。例えば万引きを捕まえる場面であっても、拘束までならともかく個性を使って顔をボコボコにし始めたら確実にヒーロー免許ははく奪されてしまうだろう。人質を取り立てこもる
そのような夢の体現者でなければならない職業において、剣というのはいささか使いにくい。誤って首の大動脈に当たったり、刺してしまったりしまわないように気を付けながら攻撃しなければならないからだ。ビルボードチャート上位のヨロイムシャならばその達人的な剣捌きでうまく相手の武器だけを破壊することも出来るが、大抵のヒーローはやろうとしないし、できない。そして、剣は相手を怖がらせることはできるが、拘束することは難しい。わざわざそのような武器を使うくらいなら、頑丈なロープ、捕縛用ネット、殴打用の武器を使った方が断然楽と言える。
以上の理由から、剣というのは今でもフィクションの武器、そして
だが、美樹さやかは違った。
彼女の振る美しい剣は、振る度に青色の軌跡を宙に残し、まさに悪を断つ怜悧な裁きの剣だった。
ステインと緑谷、轟、さやかの攻防。しばらく続いていたが、今のところ彼らは危なげなく時間を稼げている。この戦いで最も貢献度合いが高いのは、OFA継承者の緑谷でもなく、雄英推薦入学者の轟でもなく、ただの普通科生徒のはずの美樹さやかだった。
ステインが刀を上から振るえば、さやかの剣は力強く迎え撃つ。その直後に棘付きのスパイクでさやかを蹴ろうとするが、それに反応したさやかがそれ以上の速度で先にステインを蹴り飛ばす。仕方なく離れるステインを、後ろにいた緑谷が追撃。しかしその間ステインはさやかから目を離さない。次の瞬間には轟の炎が襲うが、これを避ける間にもステインはさやかを第一に見ていた。しかし今の一連の攻撃でステインはほんのわずかに意識が彼女から逸れた。その瞬間を狙ってさやかがまた剣を振るう。ステインは苦々しい顔をしつつも、予想していたとばかりに今度は隠し持っていたナイフで受け止める。彼女の攻撃に、ステインは全く驚いていない。
つまりステインは、さやかを第一の脅威と認識していた。
これはステインのバトルスタイルとの相性が要因だ。ステインは個性ゆえにほぼ近接必須。ナイフ投擲という遠距離攻撃は出来るが、数には限りがあるので何度もできない。当然ステイン自身もそれは認識しているので、彼は近接戦闘能力を極限まで鍛え上げている。
言い換えれば、近接戦闘で互角にでも戦えれば、数で勝っているこの状況は有利に働く。そして、それを可能にしているのが美樹さやかだった。
轟、緑谷は先ほどまで半信半疑だった。いくら個性が強いとはいえ、ステインと正面切って戦わせて本当にいいのかと。しかし、杞憂だった。美樹さやかはステインの攻撃速度に本当についてきたのだ。どころか、単純な力やスピードならば勝っているらしく、ステインが磨き上げた技術で対抗しているような状況だった。
そこに二人の援護があれば、状況はほぼ盤石となった。
「そら、二本目もおしゃかだよ!あと何本持ってるのかなあ!?」
「…………ック!」
さやかが剣を振るう。目にもとまらぬ早さで、見る者に青い軌跡を写すものだった。ステインも超人的スピードで反応する。だが、徐々に不利な状況になっていた。
受け止めた瞬間、バキィン!という甲高い音と共にステインの持っていた刃が叩ききられた。元々ろくに手入れがされておらず、刃こぼれだらけの刀。それにそもそもが、一般人向けに売られている刀だった。彼なりの信条で違法サポートアイテムを使っていない。しかしそれゆえに戦闘で長時間用いるには不向きだった。対して、さやかの持っているサーベルは個性産だからなのか、今まで刃こぼれすらしていない。
結果、ステインの持っているナイフや刀は数本折られ、使い物にならなくなっていた。彼は体中に刃物を隠し持っているが、このまま行けばやがて戦えなくなるだろう。
刀を叩き折られたステインは、しかし折られたという状況に瞬時に反応する。バックステップで回避し、さやかの振るった刀は胴に軽い切り傷を作るだけで終わった。
だが、それでダメージがないという結果に終わったわけではない。
「SMAAAAAAASH!!!」
ステインが避けた方向に緑谷がいた。OFAを許容上限まで発動させた拳が、ステインの頭を捉える。これにもギリギリ反応したステインは無理矢理体をひねり、当たる位置を肩にさせることに成功するが、ダメージは地道に蓄積された。
「緑谷!美樹!避けろ!!!」
「……クハッ……」
そうして体勢が崩れた隙に、轟が炎を放つ。流石にこの状況で回避はできないと思われた。しかしステインは壁を殴ることで無理矢理位置を変える。直撃は免れたが、片腕は炎にあぶられた。
本当にコミックのように凛々しい姿でステインを追い詰めていくさやかに他の二人は驚きの連続だった。
特に緑谷は羨望の念を抱いていた。
(あれが……あれが常に身体能力を引き上げることで可能な戦闘なんだ!この人の動きが、10%も出せないOFAを扱う上での理想的な戦い方なんだ!)
職場体験でフルカウルを身に着けたとはいえ、まだまだ慣れが足りない緑谷。動きに硬い部分は多かった。フルカウルを習得してから何日も経っていないのだから当然であり、ここは3対1とはいえステインと戦えていることを褒めるべきだろう。
対して、美樹さやかは常に身体能力が高い状態で動くことに、明らかに慣れていた。ステインの振るう刀を半歩避けて回避したかと思えば、一気に加速してステインの懐に剣を差し込む。その動作を、バックステップにより体勢が後ろのめりになっている状況から無理矢理地面を蹴り体を前に押しのけながらやるという芸当を以て成していた。
緑谷としては時々思いっきり急所を狙っている事が気がかりだったが、ともかく無個性以上のコントロールで、無個性以上の身体能力を、無個性には想像がつきづらい動きを駆使して戦っている。反射神経や継続戦闘能力など細かい点が違うために完全にお手本と言えるものでもなかったが、それでも緑谷にとって参考にできる部分は多い。
そんなことを頭に浮かべつつ、緑谷は得意の柔軟な思考を重ねる。
(やっぱりこの人、鹿目さんと似た何かの個性なんだ!得物は剣だから、近距離で戦う能力が高いんだ!いろいろ気にはなるけど……ともかく、今重要なのは美樹さんがいることで何が出来るのかってことだ。ヒーロー科として情けないけど……今この場でステインをこの場に縛り付けることが出来るのは間違いなく美樹さんだ!近接戦闘で抑え込めるのがこの戦いにおいてプラスに働いている。そこに僕と轟君の援護が合わさって、今までかすり傷程度しかおっていない。ステイン相手にこれはすごいぞ……!でも、舞い上がってちゃだめだ。この状況から誰か一人でも欠けたらどうなるか分からない。冷静な判断だけは心がけないと!)
ここまで上手くいっていることを喜びつつ、彼は戦局のことを考え続ける。そして、最低限だが必要なコミュニケーションをとる。戦闘中の様子を知らない相手との連携であるために、発言にはかなり神経を使っていた。
「美樹さん!あとどのくらいその調子で戦える!?」
「ええと、一時間ぐらい!」
「そ、そんなに!?でも、ありがたい!このままヒーローが来るまで戦っていれば」
しかし、美樹さやかは彼の発言を遮る。
「緑谷君さっきから消極的だよ!二度と立ち上がれないくらいボッコボコにしてやるんだから!轟君ももっと火力上げられないの!?」
「左はまだ慣れてねえし、これ以上火力を上げると建物が燃えるかもしれねえんだ!美樹も少し落ち着いてくれ。さっきから前に出すぎだ!」
美樹さやかは、先ほどから自身をステインと二人の間に割り込ませるように戦っていた。二人を守ろうとする思いもあるが、今の彼女は他の感情も少しあった。
「でもまだコイツ全然動けてるし反省してないじゃん!もう二度と人を殺せないようにしないとさあ!」
この状況において問題があるとすれば、美樹さやかの頭にかなり血が上っていることだ。
もともと飯田の兄の話に共感したことが切っ掛けではあるが、実はステインとの戦いで彼女はますます怒りを募らせていったという経緯がある。
というのも。戦いの中で鍔迫り合いでお互いの目が合った時、美樹さやかは純粋に気になった疑問をステインにぶつけた。
「そもそもなんで飯田君のお兄さん傷つけたの!?なんも悪いことしてないじゃん!」
インゲニウムは、後ろ暗いところなく人々に愛され活躍する
それに対しステインは、淀みなく常識外れの考えを述べる。
「ああ、インゲニウムか。奴は贋物だった。だから粛清対象とした。ただし、世間に伝聞させるために生かしたがな。」
「なにそれ、仕事サボってたとでもいうの!?」
「ああ、サボっていた。いや、奴は本物のヒーローたる素質が無かったのさ。奴が俺と戦ったとき、途中までは俺も奴が本物かと信じかけた。だが、しばらく戦うと『俺の個性はコイツには相性的に不利だ!』などと言い出し、俺と距離を取りつつ他の奴に応援要請を始めた。」
「……それが?」
「それこそがまさに贋物の行動だろう!つまり奴は、俺がこのまま他のヒーローを殺しに行く可能性を許容したのだ!
「はあああああああああ!?意味わかんない!もうお前の言葉なんか聞きたくない!とっとと死んじゃえ犯罪者!」
まともにステインの言葉に耳を傾けたさやかは、その意味不明さに怒りを募らせた。ステイン自身は彼女を怒らせたくて言ったわけではないが、少なくとも常人には理解できない論理であり、そんなもので友人の関係者を傷つけられたとあっては怒りも増すものだろう。
それからというもの、彼女の攻撃は容赦が無くなった。首や胸など、当たれば殺してしまう可能性がある部位への攻撃を躊躇なくしている。殺意があるのかは判別しづらいが、緑谷や轟は故意でも偶然でも彼女が本当に殺してしまうのではと、先ほどからヒヤヒヤしている。状況的に正当防衛は成り立つだろうが、彼女は勝手に個性を使って戦闘をしている身だ。問題なしとはならないだろう。
このような問題はあるが、しかし思っていたよりこの状況は悪くないと、轟も緑谷も思えていた。もともと、生きて帰れるか分からないとさえ感じていたのだから。
「緑谷!お前も見たことねえ技を使ってるけどよ、あとどのぐらい戦える!?」
「僕の体力が続く限りだ!まだまだ行けるよ!あとこれは『フルカウル』って名付けた!」
「よし!ステインは俺が想定していたより遥かに強い
「うん!僕らがやるべきことは、美樹さんがやりすぎないように注意しつつプロの応援が来るまでステインに何もさせないことだ!」
「ああ。飯田とヒーローの人は……連絡が来てねえ、解けてねえか。どうやったら解けるのか分かんねえけど、今は三人で守るぞ!」
事前に、個性が解けて逃げた場合はスマホに一言連絡するようネイティブと飯田に伝えていた。飯田が素直に逃げるかは二人も不安だったが、逃げた場合は彼の性格ならば必ず連絡を入れるはず。
しかしそれが無く、なおかつこの場に飯田が戻ってきていないということは、まだ個性が解けていないということだ。
「ちょっと!やり過ぎないようにって一言余計じゃない?あんなやつになんで情けかけるの!?」
さやかが不満を漏らす。自分のしようとしていることが何故心配されるかをそもそもあまり理解していないのだ。
彼女が考えていることは至極単純で、「向こうが殺しに来ているのだから、こっちが勢い余って死なせてもまあ見逃されるだろう」程度。さやかはステインを強い魔女のような何かと捉えていた。この世界でヒーローが
飯田の話を聞き、さらにステイン本人の理解不能な話を聞いて、「こんな頭のおかしな奴は飯田君と同じく半身付随にしてやんないと絶対反省しない!」とさやかは思っている。少なくとも、そうしても彼女の良心は全く痛まないだろう。
だがヒーロー志望の二人にとってはやはり急所狙いのさやかの行動は心配だ。
「み、美樹さん、ステインに情けをかけてる訳じゃないんだ。君の今後を心配してるんだよ!」
「……それは嬉しいけどさあ……って!」
「戦闘中にお喋りとは、全く舐められたものだな。」
ステインが斬りかかってきたことで会話は中断された。がしかし、彼の言う通り3人は戦闘中にこのような会話ができる程度の余裕があることもまた事実だ。
さやかがステインの注意を常に引き、緑谷がその補助。ステインが空中に飛び上がったときなどは轟が炎で牽制。
非常に安定した戦闘。時々切り傷が出来る程度の損傷で済んでおり、対してステインは息が切れ始めている。
このまま行けばきっと勝てると思うのは当然だった。
しかし、この均衡は少しずつ崩れ始める。
望ましくない方向へ。
最初は、美樹さやかが今までと同じように刀を振るったときだ。
パキィン!と、それまで聞かなかった音が発生した。
「うわっと!?」
ステインがさやかの剣筋を見切り、受け止めるのではなく剣を
さやかは少しだけ体勢を崩し、そこにステインの返し刀が襲い掛かる。しかし、尋常でない反射神経を持つ彼女はバックステップで回避。腹は斬られたが、目立たない程度に魔法で回復した。
だが、これによりさやかの顔は曇る。
(ソウルジェムじゃなくてその上部分を狙ってくれて助かったあ。ただの硬い宝石の装飾だと思われたのかな。それにしても、私の剣が真正面から見切られるなんて……)
「美樹さん大丈夫!?腹から血が!」
「かすっただけ!全然動けるよ!」
「ハァ……手ごたえはあったはずだが……何故動ける。」
「お前のボロい剣なんかで私は倒せないよ、ざまあみろ!」
「貴様はやはり……現実の見えていない愚かな小娘だ。如何に力があろうと、貴様はその器ではない!」
「また意味不明なこと言い出す気だね!?」
しかし、追い詰められているはずのステインは落ち着いた様子で語りだす。
「簡単な話だ。人間とは学習する生き物。貴様は確かに戦い慣れているが、技術が無い。敵の攻撃を全て見てから回避することに全力を出す。そういう動きだ。」
「え……?」
てっきりまたカルトじみた思想を聞かせられると身構えたところに、唐突な分析を聞かされ面食らった。
しかし事実だった。美樹さやかは、敵の攻撃を予測するということを殆どせず、最初から全力の一撃を叩きこむか、相手の隙を見抜いてから手を出す。
これは、彼女の魔女との戦いの経験が理由だった。人間の精神の具現化と言われる魔女。そんな存在が何をしてくるかなど、考えるだけ無駄というものだ。魔法少女の対魔女の戦闘は、相手の事を把握してから倒すのが基本。「この魔女は今までの経験からしてこんな動きをするから」なんてことをする魔法少女は、ほぼいない。
魔法少女同士で時々戦闘訓練をしているが、それは身体的な能力を落とさないようにしようという趣旨で、「このタイプの
しかし、敵が
「俺が背を向けたときも即座に攻撃せず、一瞬の躊躇があった。貴様は対人戦闘経験が少ないな?いや、そもそも敵の攻撃の予測そのものを諦めた戦い方だ。」
「だ、だから何なの。」
「だが、俺は違う。貴様の動きを観察し、おおよその動きのあたりをつけた。今、俺が攻撃を弾いたのもその証拠だ。」
つまり、ステインはこれからさやかの動きに慣れていく、ということだ。
流石にこれがマズいことはさやかも理解しており、焦りを生み出した。
「……緑谷君、轟君。やっぱヒーローの到着を待つなんて悠長なことしてらんない!攻めるよ、協力して!」
この反応に、緑谷と轟も焦る。先ほどまで上手くやれていた、彼女がやりすぎないように補助しつつステインの動きを牽制し続ける戦法を変えざるを得ないからだ。
「クソ、俺達は悠長にしすぎてたってことかよ。緑谷、ステインをもっと能動的に攻めることは出来ねえのか!?」
「ごめん、多分轟君の個性に頼るしかないんだ!すこし戦っただけだけど、僕にはステインがどれほど戦い慣れているのかが身に染みて分かるんだ。今は下手に攻めていないから僕は攻撃を殆ど貰わずに済んでいるけど、これ以上となるとかなりリスキーだ。悔しいけど、僕はサポートに徹する!」
「つってもよ、俺の氷だって叩き斬られるんだ!これで拘束するんだったらまずは動きを止めねえと!」
「でも、って危ない!」
轟の氷結側の個性は、出力は素晴らしいがこの場面ではスピード不足だった。ステインの異常に鍛え上げられた身体能力では、氷結が届く前にその温度変化を感じ取られてしまい避けられてしまうのだ。届きさえすれば、氷結による体温低下で行動阻害もしつつ拘束できるのだが。
そんな会話のさなかにも、さやかの刀はまたしても見切られていた。今度はそれを織り込んでいた緑谷がステインを妨害することに成功する。ステインが距離を取ったところで緑谷は会話を再開する。
「轟くん、仕掛けるタイミングが重要なんだ。今、僕たちには絶対に警戒しなきゃいけない相手のカードが一つある。」
「なんだ、それ!?」
「個性だ!ステインはまだ僕たちを一回も行動不能にしていない!その発動条件が分かるまでは下手なことをするべきじゃない。僕はずっとステインが何か妙な真似をしないかってずっと見てきたんだけど、まだ見当をつけられていない。何か隠しているのかも。だから、それが分かるまでは!」
「なるほど、確かにな……」
緑谷がその話をすると、ステインは目を細める。それを見て、緑谷は自分の失態に気付いた。
(バ、バカか僕は!?
実際失態であり、ステインは懐から何かを取り出す。
「フム、そろそろ仕掛ける頃合いか。」
「!!!み、みんな気を付けて!」
ステインが仕掛ける。3人がステインの挙動に集中する。
ステインがまず最初にやったことは、ナイフの投擲だった。3人めがけて3本同時に。正確かつ高速だったが、ただの一本だったためにさやかは剣で撃ち落とし、緑谷は回避し、轟は氷で防ぐ。
仕掛けると言った割には妙に大人しい攻撃だと3人の頭に疑問符が湧く。
そして緑谷はステインを再び見た。
「!!!ステインの妨害をッ!!!」
「遅い。」
ステインがナイフを複数手にしており、その刃の部分を舐めようとしていた。理由は分からないが、それを放っておけば不利になる。3人はそう直感したが、しかし投擲されたナイフに対処する間の一瞬の隙を突かれた行動だったので、対処が遅れた。
ステインのまるで捕食動物のような長い舌がナイフの刃を粘着質に撫でた。
そして、彼らが恐れていた事態が起きてしまう。
「
「か、体が……!」
さやか、緑谷、轟は突如体に力が入らなくなり倒れこむ。飯田やネイティブのように。ステインの個性に掛かってしまったのだ。
緑谷は、ステインが何故ナイフを舐めたのか、その理由にようやく思い至る。
「……そ、そうか。個性の発動に必要なのは、血か。ステインは走り回りながら僕たち3人分の血を集めておいて、一気に舐めて個性を発動したってわけか、ちくしょう……」
「ああ、その通りだ。しかし、今更見抜いても遅い。」
ステインは勝ち誇ったように悠々と歩きだし、3人に近付き始める。
「……!おい、個性の発動はできる!これでなんとか、グハッ!?」
「だがお前たちが圧倒的不利であることには変わりない。」
轟はそう言い、手から無理矢理氷結を繰り出す。しかし、コントロールが阻害されているのか威力は大したことは無く、ステインにやすやすと避けられる。そして腕部にナイフを刺されてしまう。
「轟君!」
「ハァ、お前たち二人は、良い。だが、美樹とか言ったか?お前は駄目だ。いずれその大きい力を傲慢に扱い、社会に混乱を齎すだろう。粛清対象だ。」
「や、やめろおおお!!!」
ステインは美樹さやかの所に向かっていた。明らかに殺すため。緑谷が叫び、そして自らの無力を、無理にでも彼女をこの場から逃がさなかったことを悔いる。
この誰もが行動不能になった状況、チェックメイトだと思われた。ステインと美樹さやかを除いて。
ステインは動けない彼女に向かって歩いている間、警戒を全く緩めなかった。
(……その目、光が失われていない。絶望してもいない、か。まだ何か隠しタネがあるな?)
過去の数々の戦闘経験から、なにか仕掛ける気であることを見抜いていた。
そしてそれは、距離が1m程まで縮まった所で起こった。
「隙あり、って!」
「ハァ!!!」
さやかの右手が突如として動き、剣を振るったのだ。
しかし、警戒していたステインはバックステップで回避に成功してしまう。
「も~~~!せっかく騙せると思ったのに!」
「……なんだそれは、貴様。個性、のなんだ?」
美樹さやかは、ステインの個性の影響下にもかかわらず立ち上がった。緩慢でぎこちない動きだったが、ステインに対抗することを全く諦めない動きだった。
彼女は、魔力を使っていた。ステインの個性では、個性の動き、さやかの場合魔力の扱いを封じることはできない。そして、魔法少女は身体能力を向上させるときに魔力を使う。普段と多少感覚は違うが、その要領で筋肉を動かしたのだ。
(この調子で、治癒魔法で個性の拘束も解けないかな……ううん、ダメだ。なんか効いてる感じはあるんだけど、時間かかりそう。これ『外傷』じゃないから効き目が悪いのかなあ……)
そのような思考の下、さやかは全身に魔力を張り巡らせる。魔力消費が少し大きいことを気にかけつつ、
その光景を見て、緑谷と轟は本日何度目か分からない驚きの感情に襲われる。
「み、美樹さんなんで立てるの!?」
「え?な、なんか個性で気合!」
さやかの個性に関する説明は、言い訳が思いつかなくなってしまったために段々と投げやりになっていった。
「どういうことだ……人によって拘束時間が違うのか?だとしたら考えられるのは、血液型、血の量、の二つか。美樹さん、轟君、血液型を教えてもらっても良い!?」
「な、なによ、ここで血液型占いするつもり!?A型だけど!」
「俺はOだ。」
「僕もOだ。」
「クソ、流石に2つじゃ予想がつかない。……ともかく。美樹さん!ステインは美樹さんが狙いだ!さっきの発言からして僕たちは殺されない。だから、僕たちを置いて逃げて!!!」
「なんでよ!?やだよ!絶対、ここでコイツを倒してみんなを守るんだ!こんな奴に負けるもんか!」
「無茶だ!!!立ててるって言っても、戦闘能力の大幅低下は目に見えて明らかじゃないか!いいから逃げて!」
「やだ!絶対勝つから!!!」
「今勝ち負けとか関係ないだろ!いい加減冷静になってくれよ!逃げろよ!!!」
緑谷は、普段しないような粗暴な言動をしてでも彼女を逃がそうとする。どう見ても無謀で、次の瞬間には殺されてしまうだろうと思ったからだ。
しかし美樹さやかは、この状況でも自らの行動が無謀だとは微塵も思っていないがために引く様子が無い。
「ハァ、愚かな。感情に振り回され、自分を制御できていない。傲慢で、無謀だ。だから、死ぬんだ。」
そしてステインは、彼女を確実に殺すための一撃を放った。
一気に加速。刃が正確に彼女に突き立てられる。
「み、美樹さああああああん!!!」
「止めろおおおおおお!!!」
二人の悲鳴が重なったときには、既にその攻撃は終わっていた。
ステインはすれ違いざまに、右手の刀で彼女が武器を持っていた左手を斬り飛ばす。更に左手に持った剣で彼女の胸を突き刺した。そしてそのまま左手に力を込め、地面にさやかを縫い付けた。
数秒の後、彼女が仰向けに倒れている場所から血が滲みだす。
誰もが『終わった』と思った。
緑谷と轟は絶望が、ステインには少しの達成感が心に浮かぶ。そしてその達成を誇示でもしているかのように、左手の刀を地面に押さえつけ、右手の剣を振るった体勢で立ったままだった。
「ごふっ!」
だが、ステインは突如として血を吐き、崩れる。
培った戦闘センスで瞬時にその場から離脱するが、
彼の腹部には穴が開いていた。どう見ても刀傷。ステインにとってもかなりの痛手であり、傷口に手を当てるステインの表情はかなり青白くなっていた。
「さやかちゃんは、魔法少女はこんなんじゃ負けないってーの!」
響く声は快活だった。ステインの腹に刃を突き立てたのは、誰もが死んだと思った、美樹さやかのものだった。
「え……?いや、美樹さん?いや、え……?」
「いいから!今のは個性個性。ハイ終わり!それより、あんな厄介な能力持ってるなんて私も想定外だったよ。マジで気合入れないと!」
「いや、お前今、心臓を……」
さやかはさっさと戦闘態勢で立ち直るが、緑谷と轟は置いてきぼりだ。今見た光景が、全く信じられないものだったからだ。
二人は、確かにさやかが心臓に刃を突き立てられ、腕を切り落とされたのを見た。しかし倒れ伏した直後、まず胸部に青い紋様のようなものが現れた。青く輝くそれは、何かは分からない。だが彼女の肉体に何らかの正の効果を齎したらしく、直後に美樹さやかは半身を起こし、ステインを攻撃したのだ。突きさしていた方の刃はちょうどさやかの体に入っていた部分から折られていて、残りの刀身は彼女が居たところにあった。血を纏った残骸であったことから、確かにそれは人体に突き刺されていたと分かる。
それだけでも驚愕に値するのだが、それ以上に二人の目を奪った事象があった。
さやかが剣を持っていた腕。切り落とされていたはずだ。なのに、気が付いた時には何事も無かったかのように剣を振っていた。
そして腕には、青い光が残っていた。彼女の胸に現れていた光と同じだ。
(じゃ、じゃあ、腕を、あの一瞬で、つなげ直したって言うのか!?『強力治癒』なんてもんじゃないスピードだぞ!?ま、まるでUSJの時の脳無、いやそれ以上の『超再生』じゃないのか……!?)
二人は驚きのあまり、何もできない。彼らには今起きたことを処理する時間が必要だろう。
しかしここで、相対的にこの場で最も冷静な人間となった美樹さやかは、ステイン相手に何もせず倒れている二人のことが気にかかった。
「ていうか、二人とも起きれないの!?」
「え?あ、まだ動けねえ……けど、お前……」
「悪いけどコイツ相手に二人を守りながら戦う余裕ないの!いい?今からやること、絶対、ぜぇーーーったい他の人に言わないでね!」
「へ?み、美樹さん今度は何を……!?」
さやかは二人の傍によると、剣を地に突きさす。すると、地に青い魔法陣のような紋様が広がった。
かつて、ほむらなどに「基本的にやるべきではないわ。」と言われたこと。まさに奇跡と呼べる魔法を、今から実行する。
(なんかめんどくさそうなことになる気はするけど、このまま二人が死んじゃったら一生後悔するもんね!)
青い光が二人に到達すると、何かエネルギーのような物が流れ込んでくるのを感じる。一体次は何なのかと二人は様子を見た。
先に気が付いたのは轟だ。ナイフを腕に刺されていたから分かりやすかった。メリメリという生体的な小さい音と共に、突き刺されていたナイフが少しずつ抜け始める。
やがてカランという音と共にそれは完全に抜け落ちた。直後血が流れ出るが、明らかに自然治癒以上の速度で、それは止まった。やがて、完全に穴まで塞がり、痛みさえ引いた。
彼女が何をやったのか、誰が見ても明らかなことだった。
「まさか、美樹さん、轟君を、『治癒』した……!?」
治癒系個性。この超人社会でさえ極めて貴重な存在だ。強力な個性が集まるヒーロー科でさえ、リカバリーガールを除けば緑谷達は治癒系個性持ちなど聞いたことが無い。ましてやステインと戦えるほどの戦闘能力と複合しているなど、オールマイトレベルに驚愕に値するレベルの強力さだ。
さらについでのように、二人からステインの個性の効果が抜け始める。だが、二人は驚きの余り体を動かすことを忘れている。
彼女がこれを今まで隠してきたことには、きっとさまざまな事情がある。余裕があるときにこれを知れればもう少し落ち着いて対応できただろうが、先ほどから驚愕の現象を連続して叩きつけられた二人は口を開けて見ているばかりだった。
「レシプロ、エクステンドオオオォォォ!!!」
さらにそこへ、効果時間が切れた飯田がステインに攻撃を仕掛けた。二人はもはや別の意味で戦闘不能状態である。
◇
さやかによって離れた位置に移動させられた飯田。視線が通らないため、音だけで状況を把握することになっていた。
緑谷のフルカウルや炎を使う轟、美樹さやかの戦いぶりには驚いた。しかしそれよりも彼の頭にあったのは、ステインへの憎しみ、兄への申しわけなさだった。
(僕は、僕は何をこんなところで寝転がっているんだ!奴を、ステインを討たねば!くそ、この個性はいつ解ける!?動け、動いてくれよ僕の足!)
飯田は脚の筋肉細胞に全力で運動命令を出しているつもりだが、やはりピクリとも動かない。普段自分はどうやって体を動かしていたっけ、と頭のどこかで考えた。
そうこうしている間、音でなんとなく戦況は伝わってきた。
「そら、二本目もおしゃかだよ!あと何本持ってるのかなあ!?」
「SMAAAAAAASH!!!」
「緑谷!お前も見たことねえ技を使ってるけどよ、あとどのぐらい戦える!?」
このような会話と共に、轟の炎や氷結を放つ音、緑谷の地を駆け回る音、そして金属同士がぶつかる音。会話内容から察するに、どうも美樹さやかも鹿目まどかと同じように隠された個性を持っていたらしく、彼女の場合はあの剣による戦闘が得意なようだった。特にさやかはステインを上手く抑え込んでいるらしく、緑谷と轟の驚く声が聞こえてきた。
確実に言えることは、ステインに対し互角以上に戦えていること。気になる点は多いが、ひとまず簡単に彼らが殺されることは無い。飯田はそのことを認識してほんの少し落ち着くが、やがてふつふつと煮えたぎるような黒い思いが湧き上がる。
(何故、僕があの場に居ない……なぜ、僕は戦えないんだ。一番戦わなきゃいけないのは、僕だ!どうして僕に敵討ちをさせてくれないんだ、この世界は!なんで、関係のない3人が奴と戦って、直接手を下せるんだ!)
苛つきのような感情。ステインに直接手を下せる状況にある3人への羨ましさ。様々な負の感情が彼の心に渦巻く。
そんな中で飯田の頭に、先ほどの美樹さやかの言葉が頭に浮かぶ。
『飯田君のお兄さんがコイツのせいで下半身不随になったっていうんだよ!?このまま逃がしたらめちゃくちゃ悔しいじゃん!』
さやかは、飯田の私刑を加えようとする行動を全く否定しなかった。平常時の彼なら「いや、私刑を行うヒーローは僕の目指すヒーローなのか?」とほんの少しでも考えるだろう。だが彼女に私刑行為を肯定され、そんなことは全く頭に浮かばない。緑谷と轟が、さやかにやりすぎないように忠告する声は聞こえるが、今の飯田にとっては「そんなことを言わないでくれ!」と言いたくなってしまう。
それが殺人をすることへの後ろめたさのせいだとは、彼自身は認めることはできなかった。この行いは兄の為だと飯田は思っているが、実際のところ自分の憎しみをぶつけるためといった方が正しい。その証拠に、彼自身プロヒーローに連絡して助けてもらおうというという考えは全く浮かんでいないのだ。
今倒れている飯田の表情はひたすら負の感情を表していた。ここには他人の目は無いが、もし誰かが見ていたとしたら誰かの為に動く人間だとは思わないだろう。もしかしたら自分へ彼の暴力が及ぶかもと、逃げ出してしまうような顔。それほど
そしてもう一つ、彼は美樹さやかに対して考えていることがあった。
(もし彼女がステインを撃破したとしたら?殺したとしたら?)
あくまで声を聞く限りでの判断だが、ステインはこのままいけば撃退出来ると、3人には思われていたようだった。
しかも美樹さやかは時折ステインに対して「死んじゃえ!」などと言っている。彼の異常な思考を聞かされ頭に血が上っていることは飯田にもわかる。流石に飯田程怒っているわけではないようで、本気で殺意があるのか判別しづらいが、殺すことになっても不思議ではないと思われた。
(もし、美樹君が僕の代わりに奴に手を下したら……)
飯田にとっては、自分の手でステインを下すのが理想だ。だが現実問題として、彼女がステインを倒す可能性は大きい。
もしそうなったら、と仮想の状況を飯田は頭の中に浮かべてみた。
勿論、自分が手を下せなかった悔しさはある。彼女が罪に問われないかも心配だ。正当防衛で片付けてもらえるように、自分もなるべく擁護しよう。
だが、一番心に浮かんだのは。
(……ステインが、この世から消えてよかった、と思うだろう……僕は。)
ステインがこの世に存在するという事実は、今の飯田には何よりも耐え難い。自分の手で下せなかった場合よりも何百倍も嫌だ。
論理的に考えても、ステインの今後の被害者は消える。間違いなく良いことだ。奴の早急な死を願うことは、ある程度理のある話のはず。
だから、彼は心のどこかでこう考えた。
(…………もし可能なら、俺の代わりに奴を殺してくれ、美樹君。)
自分でも自覚しているかどうかわからない思いだった。しかし普段のヒーローを目指す彼を知る人がこれを知れば、平手打ちして目を覚ましてやりたくなるような話に違いない。他者に手を汚させるなど言語道断と。そしてさやか本人が聞いたのならば、殺すかはともかく「任せて!」と言いそうなことでもあった。
そんな中、ピクリと、彼の指が動く。
(指が少し動かせたぞ!効果切れか!?)
少しずつ動き出す飯田の身体。じわじわと可動範囲は広がっていき、おおよそ半分ほど動かせようかというところで飯田は立ち上がることに成功する。
そしてさやかがわざわざ安全な所に置いてくれたことなど忘れ、当然のように戦闘領域に歩みを向けた。
◇
ところで、この間飯田は体を動かすことに必死で、あまり戦闘の音に集中していなかった。歩みを進める途中、妙に静かであることに気が付く。話し声は聞こえてくるが、内容は聞き取れない。
(……まさか、戦闘が終わった?ステインの拘束に成功したのか?……僕が手を下すのが本望だったが、ともかく一安心……かもしれないが……)
もし拘束に成功しているのならば、ステインを殺そうとすれば流石に3人に止められてしまうだろう。つまり、飯田はもう戦闘で「勢い余って」ステインを殺すことは出来なくなり、ここからは明確に殺意を持たなければステインは殺せない。法律的にも、心理的にもだ。
この状況を残念に思う飯田。しかし、彼はその思い自体を嫌悪することは無かった。
引きずるように体を動かし、やがて角の所まで辿り着く。そして顔を覗かせ様子を窺った。
飯田が思い浮かべていた光景は、ステインが抵抗できない程度にまでボコボコにされ、ロープや轟の氷などで拘束されている光景だった。自分に気が付いたさやかなどは「飯田君!お兄さんの仇は取ったよ!」と言ってくれるかもしれない。ステインの命は結局どうしようか、いや落ち着いて考えればそもそも死刑になるのか、といったことが頭にあった。
「みんな!心配かけた。ステインは………………は?」
だが、現実は真逆だった。
「み、みんな……?」
立っているのはステインだけ。他の3人は地に伏せ、ピクリとも動かない。おそらくステインの個性に掛かったのだろう。
ステインの勝利、そして自分たちの敗北という現実がそこにあった。
「……はは……」
ステインの足元に倒れているのは、美樹さやか。服装がやはり変わっていたが、髪の色が唯一無二なので判別は容易だった。
彼女は。心臓に刀を突き立てられ、片腕を斬り飛ばされ、赤色を広げていた。
「ぼ、僕の、せいで……」
美樹さやかが、死んだ。
飯田が逃げて、その連絡をよこせば彼らは退散できただろう。拘束が解けたのは何分も前のことで、特に彼の個性ならばその間全力で逃走していれば簡単にステインから見つからない場所へいけた。ネイティブがどうかは不明だが、あの人数差ならステインを抑えつつ逃げる事も十分考えられた。
彼らがここに留まって戦っていた理由は、飯田が個性で拘束されずっと動けないと考えていたからと言える。
「う、あ、ああああぁぁぁ……!」
さらに言えば、美樹さやかがここにいるのは自分の為だ。
これも、飯田が兄の話をせず「敵討ちのことはいいから、逃げるんだ!」とでも説得していれば。強い個性を持っているとはいえ、そもそも
彼が感情的に語り掛けたせいで、彼女は巻き込まれたせいで死んだ。
そして、これから緑谷と轟も死ぬかもしれない。飯田が全力でここから攻撃に行ったとしても、妨害を受けないステインに敵うわけがない。先ほど証明されてしまったことだ。元々賢い飯田にはすんなりと理解できることだった。
もはや彼には、二人が傷つけられる事を見ているしかできない。
緑谷と轟を見て、ふと体育祭の二人の戦いが頭に浮かぶ。詳しい事情は飯田も知らないが、自身の炎の個性を嫌っていた轟に対し、緑谷は自分の体をボロボロにしてまでその悩みに風穴を空けようとした。
真っすぐに、ヒーローを目指す二人の姿は飯田にも眩しく映ったものだ。
だが、翻って今の自分はどうだ?兄のためと言いながら、人の命を犠牲にしてまでステインを殺す事を目指していたのか?
違うと彼は一瞬否定するが、しかし現実に彼女が死んだという結果がある。飯田は、自分が如何に愚かしい事をしていたかを急速に自覚し始める。私欲で人に取り返しのつかない迷惑をかけながら復讐しようとしている存在。まさに、ステインが言った通りヒーローから最も遠い存在。それが今の彼だ。
そんな存在がヒーローになれるか?これから反省して改めてヒーローを目指す?現実的にも無理だろうし、何より飯田自身が「向いていない」という事を自覚してしまう。
「はは、僕は君たちみたいなヒーローになれない、なる資格なんて、無いんだ……」
もはや彼は諦め、体に力を入れる必要も無くなった。必然的に、絶望により膝を折った。
だが突如、バキン!という妙に非現実的な音が聞こえる。
見ると、美樹さやかが青い光に包まれていた。そしてステインに剣を突きさす。ステインは即座に退避するが、流石に予想外の攻撃であったために大きな傷を負ったようだった。
「……は?」
飯田は信じられないものを見た。腕部分に魔法陣のようなものが出たかと思うと、斬り飛ばされた腕が結合。そして即座にステインに攻撃したのだ。
驚くべきはその速度。腕の結合に1秒も掛かっていない。「強力治癒」などというレベルではない、USJの脳無のような「超再生」と呼べるレベルの再生だった。
さらにその後、緑谷と轟の下へ彼女は歩き、剣を地に突き刺し再び魔法陣のようなものを出す。
すると、轟の腕に刺さっていたナイフが抜け、傷口が塞がっていく。
飯田も唖然としてそれを見ていたが、ふと彼の脳裏に彼女が言った「ていうか、二人とも起きれないの!?」という言葉が浮かぶ。
(僕は……起きている。二人は……まさか治癒したのか?だがまだ立つことは難しいようだ。)
そして飯田は気が付く。
(……今立てているのは、多分僕だけだ。)
驚愕により停止していた頭が稼働を始める。
そして、ここでようやく重要な事実を認識する。
(美樹君は、死んでいない。死んでないんだ……!)
彼の目に再び光が灯る。折っていた足に鞭打って、再び力を込め始める。
(僕は……なにをやっているんだ?ただ絶望して膝を折っているだけだ。それでいいのか?いや、断じて、よくない!彼女はまだ死んでいない!ならば、僕には彼女を危険に巻き込んでしまった責任がある!緑谷君と轟君にもだ!)
飯田は、刺されて痛い思いをしたはずの美樹さやかが再びステインに立ち向かっているのを見た。
彼の心に、対抗心にも似た反骨の意志が宿る。
(飯田天哉!お前がやるべきことは、ここで突っ立ってることじゃないだろ!罪悪感に足を止めるな!これはきっと神様が僕にくれたチャンス。僕にヒーローとして、もう一度成すべきことをしろというチャンスだ!ならば、目的は決まっている。彼女を助けるんだ!)
吐き気と激情に襲われ涙を流しながらも、彼の明晰な頭脳が回転を始める。
(そのために僕は何をするべきか?今度こそ逃げる?……いや、先ほどの会話的に、彼女一人ではステインの荷は重い!緑谷君はたしかプロヒーローに応援を呼んだはずだが、もう時間はかなり経過している。プロヒーローの皆さんは他の事件に手を取られているのか?なら、彼女にこれ以上ステインの相手をさせれば負ける可能性が、つまり放っておけば殺される可能性が高い!なら、僕が取るべき行動は……!)
飯田の個性『エンジン』のギアが上がる。ラジエータの熱は炎が噴き出ると思えるほどに温度が上昇。排気口から青い光が、飯田の曇りのない意志に呼応して噴き出る。
そして、日頃ヒーローとして鍛え上げ、体育祭で見せた超加速を発動した。正しく人を助けるために。
完全に背を向けていたステインに対し、飯田は一気に加速しステインに接近し、腹の部分にエンジンの勢いを乗せた蹴りを入れる。ステインはさやかに全集中を向けていたらしく、飯田の攻撃は完全に奇襲となり、壁にひびが入る勢いで蹴り飛ばされた。
隙を晒したステインに飯田は追撃、するのではなくそのまま緑谷と轟を抱え離れた所に持っていく。そして美樹さやかに向かって叫ぶ。
「美樹君!僕が轟君と緑谷君を運ぶ!だから、逃げてくれ!もう君は、戦う必要はない!」
内心これは言いたくないことに分類されるのではと飯田は思っていたが、飯田はすんなりとさやかに呼びかけることができた。
「え、え?飯田君?」
「飯田君……!」
さやかは困惑で、緑谷は喜びの声で彼の名を叫んだ。轟も笑みを浮かべている。
「い、飯田君突然どうしたの?お兄さんの仇ってさっきあんなに……」
「美樹君!僕の為に戦ってくれて、ありがとう!でも、待ってくれ。僕はさっきまで、とんだ大馬鹿者だった。他者の事を考えず私欲を満たそうとし、あわよくば君がステインを殺してくれればとさえ思ってしまった!本当に、すまない!」
二人を抱えながらも土下座せんばかりの勢いで頭を下げる飯田に、さやかの困惑は増すばかりだ。
「え、あ、うん……で、でもコイツムカつくしもっとボコさないと」
「僕は、ヒーローとして責任を取らなければならないんだ。いや、お願いだ、取らせてくれ!そうでないと、兄さんに、緑谷君に、轟君に、追いつけなくなってしまうんだ!」
「ど、どうしたの飯田君?さっきから様子が……あっ!」
飯田の豹変ぶりに、さやかは戸惑うばかり。
その隙をついてなのか、ステインが飯田に向かって飛び出す。腹部から致死量に近い血を出しつつも、殆どスピードを落とさずに飯田に向かって走る。
「に、贋も、のめ……人の、本質には、そう簡単に……グフッ!」
「そうだ、僕は心の奥底ではヒーローに向いていないかもしれない。でも、たとえ贋物でも、僕にはなりたいものが、やらなきゃいけないことがあるんだ!」
飯田はそれを、避けるでもなく静かに見据え、ステインの言葉に答えた。
このまま狩れるとナイフを構え、使命のような何かを口にするステイン。しかし彼の言葉は途中で止まった。
「今のはまるでヒーローみたいだったよ、飯田君!」
動けるようになっていた緑谷が、ステインの視界に入らないように上空へいったん飛び上がっていた。そして飯田に向かうステインに対して不意打ちでフルカウルによるパンチを放つ。既に意識朦朧だったステインは正確な対処が出来ず、あえなく地面に伏せる。
方向的にステインは二人が飯田の傍を離れる場面を見ることが出来たはずだが、気付けなかった。それほどにダメージが蓄積していた。
「……飯田、少なくとも今のお前はヒーローになれると思う。なぜならお前は、ヒーローになりてえって思えてるみたいだからな。」
そこへ轟の氷結の個性が放たれ、ステインは氷漬けになった。
ステインは気を失い行動不能。こうして路地裏の戦いは終結した。
後に残されたのは、後悔に苛まれつつも前を向く飯田、この場を凌ぎ切ったことに力が抜ける緑谷と轟、ステインをボコボコに出来ず不完全燃焼気味のさやかだった。
ステインバトルは終わりですが、さやかちゃん編はまだ続きます。
・傍に寄るさやか
シリアス補正によりパンツは見えません。