この世界線では、クソホストの会話を聞いている時にほむらの策略によって居合わせたマミとまどかが「そんなこと言うなんてサイテー!」と言ってさやかを庇ったことによりギリギリ魔女化を防いだことになっています多分。
「……ええとさ。隠しごとにズカズカ突っ込んじゃう感じで悪いんだけど……え、み、美樹さん、本当に他者への治癒、できるのかい?」
しばらく沈黙が場を支配していたが、ふと我に返ったマニュアルが改めて問いただす。
さやかはどう反応すればよいのか分からず、困り顔で友達の顔を窺うばかりだった。
「…………」
「ご、ごめんな。その、意地悪で言ってるつもりじゃないんだ。でも、この状況だといつかバレることだと思うよ。今回の件で、もし本当に治癒が出来て、実際に二人を治したっていうならね。実際、警察の人たちは疑っていただろう?そもそもこの事件はステインが逮捕されたっていう大事件だから。多分徹底的に。」
「え、そ、そうなんですか……?」
「……まあ、私から手を抜く事件はあるなどとは言えないが……今回は優先度が高いことは認めるんだワン。」
「えー……」
「君が今後、固い意志で使わないっていうつもりなら話は別かもしれないけれど、多分、友達が怪我してるのを見たらつい使っちゃうだろう?今回みたいに。」
「…………」
「ええと、うるさい奴って思うかもしれないけど、治癒ができる個性っていうのは本当に珍しくて、需要が高いんだ。大事になる前に、ちゃんと言っておいた方が絶対いいと思う。黙っていたらいろいろと面倒なことになると思うよ。」
マニュアルが、嘘偽りなく本心から忠告していることをさやかは感じ取った。
だが、大人たちからの話だけではさやかは信じきれない。彼女はほむら達にテレパスで相談する。
(ほ、ほむら、まどか、マミさん……どうしよう……?)
(……ちょっと待ってて、さやか。)
ほむらがそう言うと、さやかは魔力の発生を感じ取る。直後、ほむらの髪の位置などが少しズレた。時間停止を使ったのだ。
(…………軽く警察署内の捜査資料を見てきたけれど、確かにあなたのこと、色々と疑われているみたいよ。それに、この事件を重く見ているのも事実の様ね。この事件を調べるための部屋がかなり取られていたわ。)
(ま、まじ……?)
この時点で、客観的に見るとさやかの表情は突然一層困惑が深いものになった。
(……私、もう言ってしまった方がいいと思うわよ?)
(マミさん!?)
(さっきの反応でもう確信に近いレベルで疑われているようだし……ここで無理矢理否定しても、多分警察署内で美樹さんのことは共有されてしまうわ。美樹さん、今後治癒魔法を使う場面だって普通にあると思うのよ。それと……正直この三人、特に緑谷君、嘘がすごい下手そうだし……)
巴マミは少し残念なものを見る目をした。
マミから緑谷への評価は、「性格は良いが言動が微妙、というより尖りすぎ」になってしまっている。今回は、緑谷の正直さが仇となった形だった。
(まあ、面倒そうなことになったら可能な範囲でサポートはしてあげるから。ね?暁美さん。)
(結局私……まあ、可能な範囲でなら良いですけれど。)
(ほむら……!)
なんだかんだ助けてくれるほむらに、さやかは感動の涙を出しそうになった。
(まったくもう……この貸しは重いわよ?)
暁美ほむらは、仕方がないと言わんばかりにため息をついた。
他人から見ればここまで黙っているだけのさやかを、マニュアルが催促する。
「美樹さん……その、多分言いたくないんだと思うけど、俺としては……」
「いや、もういいです。ぶっちゃけちゃいますけど、確かに治せます、私。」
観念したように言うさやか。
その言葉に、予想していたとはいえ彼らは改めて驚きに包まれる。
「……そうか。ちなみに、このことを知っているのは誰かな?」
この中でさやかからの印象が最も悪くないマニュアルが、彼女とのコミュニケーションを取る立場にいつの間にかあった。
「ええと、まどかとほむらとマミさん、あとは今回知った飯田君と緑谷君と轟君です。」
「つまりこの部屋にいる人だけか……というか、ご両親はこのことを知らないのかい?」
「えっと、パパとママも知らないはずです。」
「ありがとう。ちなみに、どうして今まで隠していたんだい?」
「えっと、友達にそれ隠してた方がいいよって言われてて……というか、さっきから質問ばっかりですね?」
「あ、ああ。しつこくてごめんよ。ただ、ちょっとその力は本当に扱いに気を付けなきゃいけないからね。とりあえず質問はこの辺にしとくよ。」
質問に答えることが少し面倒に感じ始めたさやか。その不機嫌な感情を感じ取ったマニュアルは、あわてて質問を中止する。
「……で、私に何するつもりなんですか?個性の無断使用かなんかで逮捕……とか?」
「いや、それは問題っちゃあ問題なんだけれど、ちょっとそれどころじゃなくなったっていう感じかな……。」
「え……な、何するつもりなんですか?」
「我々警察としてもやるべきことがいろいろあるんだワン。まずは国への治癒系個性持ちとしての登録、個性の性質の調査、その他色々と……」
「そ、そうなんですか……?なんか私一人に大げさな気が……」
面構に敬語が戻ったさやかは、困惑気味にそう言った。
それに対し、グラントリノが口を挟む。
「いや、全然おおげさじゃねえよ、娘っ子。治癒個性がこの超人社会でもどれほど貴重で有用か、お前さん知らねえのか?」
「えーっと……?まあ確かに今までの人生で出会ってないですね。」
「そんなレベルじゃねえよ。日本全国でも片手で数えられるレベルだ。まあリカバリーの婆さんが雄英にいるせいで感覚が麻痺っちまってるのかも知れねえが……そのうえ、
「え、えへへ……どうも……。」
すこしだけ嬉しそうに笑うさやかだが、面構が釘をさす。
「とはいえ、それは君が表立ってその件を公表して、資格を得、使うことが前提なんだワン。将来公表して使うとした場合、単に君にメリットのみを齎す訳ではない。」
「そうですか……」
「……あの、さやかちゃんが被ることになるデメリットって、一体何なんですか?」
まどかがさやかの代わりに質問する。自分たちの常識にズレがあることを恐れてのものだった。
「ふむ。真っ先に挙げられるのは、君の個性が狙われる事なんだワン。」
「狙われる……?」
「治癒の性能にも依るが、治癒というのは需要が高い。高すぎるものなんだワン。超常社会になって、建物などは簡単に生やせるようになったが、例えば未だに切除された腕を生やすことはほぼ不可能だ。それはヒーローにとっても、
「ま、まさか美樹さんが
マミが叫ぶ。平和な世界になったのに、また身内に危険が迫るのか、と。
「ああ。まあ流石に君が腕を生やせるなんてのはたとえ話だが、それでも刃物の傷を治せるだけでも十分狙われるレベルと言える。もちろん我々警察はそのようなことが無いよう手配する。だが、そういうリスクがあることは承知してほしいんだワン。リカバリーガールが雄英にいるのは、
「……ただ、これは本当に申し訳ないことだけれど……使わないって決めて隠すとしても、この社会で君のような強力な個性を隠し通すのは無理があると思う。」
「まあ……そうだな。ステインが逮捕されたときの映像、お前さん少し映ってるぞ。」
「え?マ、マジですか!?あそこにカメラあったの!?」
上空にだが、現場中継用のヘリが来ていたのだ。そこに映ってしまった形となる。
「流石に画面の隅でチョロっと映ってるだけだがな。まァすぐにバレるなんてことは無いだろうが、いずれはお前さんの話が広まっちまうのがこの社会だ。こんな感じの情報漏洩が少しずつ重なって、いつか治癒の力がバレる、その時が来るだろう。これはこの社会を作った俺達の責任でもあるが……それでも言わせてもらう。腹は括った方が良いぜ、娘っ子。」
「……そう、なんですか……」
具体的な脅威を説明され、流石に怯えるさやか。
「ついでに聞きてえんだが、お前さんの治癒はどの程度のものなんだ?」
「え?」
「つまりは性能だ。流石に死人を生き返らせるなんて言わねえだろ?」
「さ、流石にそれは無理です……」
「ああ、流石にそうだろうな。そんな感じで、何が出来て何が出来ないのかを知りたい。細かい調査は追々するとして、まずはお前さんが知ってることを話してほしい。」
「えー、調査?それはちょっと……それに、そんな頻繁に使ったこと無いからわかりませんよ。」
「……ステインと戦ったときはどういう感じで治したんだ?」
「どうって……なんか、治れ!って……頑張りました。」
むん!と、力んだ表情でポーズするさやか。だが、それで分かる訳がない。
「…………さ、流石にそれじゃわからねえよ、娘っ子。」
「えー……そう言われても……」
さやかは何を説明してほしいのかが分からず、彼らと同様に困惑顔になってしまった。「どうやって腕を動かしているんですか?」と聞かれているような気分だった。
「え、えっと、僕から説明していいかな?美樹さん。」
「え?うん、良いよ。っていうか是非お願い。」
説明の手間が省けることをさやかは喜び、緑谷に一任することにした。
「僕が見たことを話します。ステインの個性で動けなくなった所へ美樹さんが来て、剣を地面に突き立てたんです。すると、青い光を放つ魔法陣のようなものが現れました。そこから、何というか、エネルギーのようなものが入り込んでくる感覚があって、みるみる傷が治っていったんです。さらに、ステインの個性の効果も抜けていくのを感じました。」
「俺からも言いますけど、大体そんな感じです。俺の場合、ステインにナイフを腕に刺されていたんですが、それも治るにつれて勝手に抜けました。俺の感想ですけど、美樹の治癒の能力は相当強力なものだと思いますよ。」
「刃が勝手に抜ける……そ、それはとても強力で有用な部類の治癒個性なんだワン。……ちなみに、その青い魔法陣というのは一体何なんだワン?」
「いや、僕にも詳しいことは……」
「……その、娘っ子?説明を……」
グラントリノは説明を求めたが、やはり期待した答えは返ってこない。
「そんなこと言われても……何なんでしょう、あれ。個性を使う時になんか出るんですよね。力を使う時にせっかくなら見た目がかっこいいほうがいいから、的な感じじゃないんですか?」
「『じゃないんですか?』って、私に聞かれても…………さっぱりわからんワン。」
「ま、まあいい。で、その力を使う時のデメリットはなんだ?」
グラントリノは、仕方なく別の方面から情報を集めることにした。
「デメリット……?」
「例えばリカバリーガールの治癒は、被治癒者の体力を使うんだ。だから、それを使い続けると対象の体力が底を突き、逆に死ぬといった事が起こる。さらにあくまで活性化であるから、身体組織が消失した場合にはかなり無力だ。そうだね……例えば、君の治癒の力を使い続けるとどうなるんだい?」
「えー?考えたこと無いですけど……」
さやかは顎に手をあてて少し考え始める。
ただし実際は、またもテレパスで相談している。
(どうしよう?ソウルジェムが濁ることなんて言えないし……)
(こういうときいちいち言い訳を考えなければいけないのは面倒ね……。)
(……普通に、「疲れます!」って言えばいいんじゃないかな?)
(そうね……鹿目さんの言う通りだと思うわ。ソウルジェムの穢れを無視できるなら、実際それだけだものね。この世界の人々だって個性を使いすぎたら疲れるのだし、不自然さもないと思うわ。)
(わ、わかった!)
さやかは意を決したように言う。
「……私が疲れます!」
「え?疲れる?」
これなら不自然がられないだろうと思い、ドヤ顔で宣言するさやかだったが、彼らにとっては予想外だった。
「ほら、なんかエネルギーの使い過ぎみたいな感じで……なんというか、沢山走ると疲れる、みたいな?」
しかたなくさやかはさらに情報を付け加えるが、それは彼らの求めているものではなかった。
「…………他には?例えば対象の状態によっては逆効果になるとか……」
「状態は……関係ないと思いますよ……多分。」
「……ほ、本当か娘っ子?」
「う、嘘はもう言ってないですよ。」
「つまりお前さんの知る限りでは、疲れる以外のデメリットは無く、どんな怪我でも治せるって、そう認識してるってことか?」
グラントリノは、信じられないと言わんばかりにそう言った。
「ま、まあ……はい。流石にどんな怪我でもってわけじゃないと思いますけど……」
「どこまでの負傷具合なら大丈夫なんだ?」
「えー……限界とかはちょっとよくわかんないです……」
「あのー、僕からも良いですか?」
緑谷がまた手を挙げる。大人たちはぜひ続けて欲しいと目線を送った。
「この手、見てください。グラントリノなら気付いてくれると思いますけど……」
「手?……あっ!おい、これ!」
グラントリノは慌てて彼の手をとりしげしげと触り、眺めた。
そして今日何度目かの驚きの声で言う。
「腕がもとに戻っちょる!」
轟、飯田も彼の腕を見て、確かにと驚愕した。
というのも、緑谷は雄英体育祭で腕を大きく負傷していた。リカバリーガールに治してもらっていたが、破滅的な戦いをしてしまった戒めとしてその形は歪に変形したままで残されたのだ。緑谷自身も反省するべきことだと思っていたので治す気はなかった。
しかし今一度確認してみると、その形が元に近い形になっていた。
原因はさやかの治癒しか考えられない。緑谷は、彼女の治癒の力が本当に制限の少ないものではとますます思った。
「……というわけで、僕の腕が治ってるんです。おそらく彼女の個性で……」
そのあたりの事情を、緑谷は大人たちに説明した。彼らは顔を見合わせて話し出す。
「流石にちょっと信じられませんよ。彼女が知らないデメリットがあるんじゃないんですか?」
「自らのエネルギーを譲渡するタイプなら、本当に大変だぜ、こりゃ。良くも悪くもな。話を聞いた限り人一人治した程度じゃ全然平気らしい。しかも限界までやったことねえってんなら、もしかしたら鍛えれば『伸びる』んじゃねえか?いずれ本当に腕を生やせるようになるんじゃ……」
「彼女がヒーローとなれば、戦闘面でも救助面でも八面六臂の活躍は間違いなしなんだワン。と、というか無理矢理上に引き出されるんじゃと少し心配になってきたんだワン……」
そんな会話を聞いていた飯田。
治癒に縛りが殆ど無いと聞くと、ずっと彼女に問いたかった一言を投げかける。
「な、なあ、美樹君……」
「飯田君?」
飯田は伏し目がちにさやかを見た。
「君は……僕の兄を……治せるのか?」
「あー……」
この場にいる誰もが多かれ少なかれ頭に浮かべていたことだった。
実際、彼女は治せると思っている。というのも、そもそも彼女が元々願ったのは、恭介の腕の治癒だ。彼は事故で腕の神経を傷つけられたために動かなくなってしまった。
そして、彼と飯田の兄インゲニウムの怪我の状態はよく似ていると言える。半身不随となった原因はステインから受けた傷によるもので、脊髄を負傷したからだ。つまり、神経の損傷という面では二人の状態はよく似ている。
「うーん、まあ、やってみないと分かんないけど、可能性はゼロじゃないかなって」
「本当か!!!?」
「うわ!?」
さやかの言葉を聞くなり、掴みかからん勢いで飯田はさやかに詰め寄る。
「本当に、兄さんを治せる可能性があると、そう言うのか!?」
「あ……うん、その、黙っててゴメンね?」
今まで治せるかもしれないのにそれを言わなかったことで怒ってるのではないかと少し申しわけなくなったさやかは、控えめに肯定した。
だが、飯田にはそんなことは全く関係ない。
「いや、それは君にも色々事情があったのだろう。だが、とにかく、その可能性があるなら今すぐにでも試すべきだ!早速兄のいる病院へ」
「待て待て、それは見過ごせないんだワン。」
面構が割り込み、飯田の肩に手を置く。さやかは「また邪魔する気?」と睨むが、今回正当な理由があると確信する彼は臆せずに続けた。
「個性の許可のない使用は、当然君たちも知っての通り違法だ。」
「それはそうですが、し、しかし!」
真面目の体現者の飯田が規則違反を許容させようと口を開くという異常事態に、轟も緑谷も目を見張った。だが、止めはしなかった。飯田がどれだけ兄を大事に思っているかは、今回の件でよく知っている。
「それに今回の場合は、法律違反以上にそれをしてはならない理由があるんだワン。下手に個性を使えば、君もインゲニウムも不幸せになるんだワン。」
「ど、どういうことですか?」
「個性の違法行使の罪のうち、人体に影響させたものは特に厳しく処罰される。その意味がわかるかい?」
「それは……」
勤勉な飯田は、ここで彼が何を言おうとしているのかを察した。
「…………過去に治療を意図した個性の使用が、かえって悪い結果になった例が多いから、です……」
「その通りだワン。人体というものは極めて複雑。そんなものに、未だに不明点の塊である個性を使おうなどとすれば、当然事前にその性質を調べ、医療関係者の協力の下に慎重に様子を見つつしなければいけないんだワン。少なくとも、初めのうちはね。例えば過去、頭に手をかざすと頭痛を解消できる個性持ちの人がいた。その人物は、良かれと思って頭痛に悩む人々を『治療』していった。しかし数年後、その人物の『治療』を受けた人々に次々と脳障害が発生してしまった。細かく調査したところ、その人物の個性はなんと「痛みを発する神経を麻痺させる個性」だったんだワン。つまり頭痛の原因を解消する個性ではなく、痛みを発する神経を攻撃する個性だったのだワン。
……すこし過激な例を出したが、同じようなことが君の個性に発生しないとは言い切れないんだワン。美樹さやか、彼女の個性は本当に『治癒』をしていると言い切れるのかワン?」
「う、うむむ……確かに、それはそのとおりです……」
面構は話せばわかってくれると信じ飯田に諭すように話した。彼はこの話に渋々納得する。ステインと戦っていた時のような非常事態ではない今、よく分からない個性を安易に使うべきではないというのは同意するほか無かった。治癒しようとしてかえってインゲニウムの傷を悪化させてはならない。
しかし、美樹さやかはあまりピンと来ていない様子だった。
「……でも、実際に3人は検査して大丈夫だったんですよね?」
「そうだね。僕たちは大丈夫らしいよ。」
「じゃあいいんじゃないですか?いくら何でも心配しすぎですよ……」
「ダメだ!治療行為は確固たる知識、調査を元にしなければならないんだワン。大昔に水銀を飲ませていたような馬鹿げた治療法が、個性社会に入ってからは頻繁に個性持ちによって自己中心的な治療法が『宣言』された。調査もなしに、まるで万能薬でもあるかのようにだ。それで命を落としたり、二度と治せない障碍を負った人の数は大変なものなんだワン。」
面構は叱るような声を出した。命に関わる話なので、厳しくせざるを得ない。ここにいる魔法少女以外の人間は、その手の話を小さいころからよく聞いていたために、彼の態度は当然だと感じた。
「……しかし、ならば次は彼女の個性を調べること、ですね。」
「ああ。というわけで、これから君には個性の詳しい検査を受けてもらいたいのだワン。」
「えっ?それはちょっと……」
美樹さやかが否定的な様子を見せた。この反応は、大人たちは予測していないものだった。
「ちょっと……なんだい?」
「個性を調べられるのは、なんかちょっと気持ち悪いかなって……。」
ソウルジェムの事がバレるのは怖い、キュゥべえがこの世界の個性は魔法少女の力が元で出来たとか言っていた、などの不安材料があり、個性のことを詳しく調べられるのはやはり避けたいものだった。鹿目まどかが大丈夫だったからと言って、さやかの場合も無事に終わる保証はない。
「……しかし、先ほど述べた通り、個性の詳細を把握できなければ個性の使用許可など到底」
「じゃあ私この治癒の個性人に向かってもう使わないです。」
これをあっさり言えたことに、さやか本人がかなり驚いた。
「えっ!?」
周囲の反応に、実はこっそり友達に使っちゃうかも、という言葉を心の中でさやかは続けた。
彼らの反応は当然だろうが、魔法少女の中でも驚く者がいた。
(……驚きね。正義感で突っ走ってたあなたがそんな判断するなんて。)
(ほむら?ちょっと、私のイメージどうなってんの!?)
(そうね……自分の正義感……いえ、「善意」に振り回されるじゃじゃ馬。)
(なにそれ!?)
(前にも言ったけれど、あなた別の世界だと恭介に振り向いてもらえないからかよく魔女化してたわよ。せっかく魔法少女の願いを使ったのに!って感じで。本当に手を焼かされたものだわ。)
(…………しょ、正直なりかけたから否定できないぃぃ……)
(……まあ、魔法少女になった女の子であなたみたいなのって珍しくも無いのだけれどね。)
ほむらの言葉は嬉しいものではなかったが、しかし真実だとさやかは感じていた。
さやかはかなり顕著だが、彼女たちは大なり小なり人の為に無償で何かをしてもロクなことにはならないという感覚を持っていた。原因はキュゥべえだ。キュゥべえに騙され、想定していたよりも遥かに過酷な代償を負って戦う羽目になった。
さらに魔法少女一般に関して言えば、時々魔法少女同士の争いも経験することや、そもそも叶えた願いが本当に自分が欲していたものではなかった、想定していたものと違う形になってしまった、というような経験も多い。そんなシビアな経験から、他者に厳しくなる魔法少女も相応の数存在する。
さやかの場合もそうだ。特にこのよく分からない世界に関していえば、未だ別世界という感覚が残っている。彼女に他者を助けようという善意も無いわけではないが、今の彼女にとって、特にヒーローという存在は「外部の人間」という側面が強く、ゆえに
これに関しては、他の魔法少女達もそうだった。面倒ごとを遠ざけるために口を挟む。
「あのー……私も、美樹さんがわざわざそんなことをする必要は無いと思いますよ。」
「と、巴さん?」
「私も、美樹さんの力が大変なものだってことは分かってるつもりです。よくないことだってことは分かってますけど、私はそんなことに美樹さんが巻き込まれて欲しくなくて、今まで黙っていたんです。そうよね?みんな。」
彼女たちは当然とばかりに頷いた。
この反応に、彼女たち以外の人々、特にヒーロー志望の3人は驚く。
「で、でも……そんな力があって使わないなんて、あまりにももったいないんじゃないんですか?」
強い個性があるなら当然人助けに使うものだという、願望に近い先入観を持つ緑谷は、信じられないようにそう訊いた。
「美樹さんの力で助かる人が大勢いるのは勿論承知しています。でも昔、えーと、美樹さんが治したらすごく面倒なことになってしまったことがあって……ええと、人間関係の争い、に巻き込まれてしまったんです。それ以来人に使わないってことにしていたんですよ。」
「そうだったんですか……すみません、僕の想像が足りなかったです。」
「まあ、気持ちは分かるわ緑谷君。私だって美樹さんのような力があって『使わない』なんて言われたらびっくりすると思うもの。」
「…………」
ここまで聞いて、緑谷はチラリと横にいる飯田を見た。苦しそうな顔で何か必死に考えている様子だった。言葉をかけてやりたかったが、緑谷には何を言うべきか分からない。
実際飯田は、ただひたすら彼女の話を聞き残念に思い、どうにかして説得できないかと考えていた。
(僕に……僕に、美樹君にそんなことを頼む権利なんてない。ないが、しかし……!!!)
下を向き震える飯田。そんな様子を見かねて、さやかも飯田に何かを言おうとするが、その前に面構が釘をさす。
「もし君がその個性を使わないというのならば、当然インゲニウムにも使ってはいけないし、緑谷、轟、飯田にも使ってはいけないんだワン。もしインゲニウムが回復したら、まず君から疑うことになる。」
「なっ……また上から目線で!」
さやかは実はこっそり彼の兄に使ってあげようかと思っていた。その矢先に言われたので、口調を荒げた。
しかしそんな彼女に構わず、面構は落ち着いて飯田に向き言葉を掛ける。
「君もだ、飯田天哉。この件は、最終決定権は彼女にある。そうだろう?」
「……そのとおりです。」
「そして、ヒーローならば自分の家族にだけ規則違反を認めるなんてしない。インゲニウムならばそうすると思うんだワン。」
「…………はい。」
長い沈黙の後、彼は絞り出すようにそう言った。インゲニウムが本当に家族の為でも認めないかは少し疑問が残ったが、それよりもその兄自身が規則違反をしてまで治療を望むことではないだろうと思ったのだ。
それを見届けて、面構はすこし安心して話を続ける。飯田に対して酷なことをしている自覚はあるが、しかし実際ここで規則を無視して治癒しても良いと言った場合、「俺のところも治してくれ!規則を無視していいんだろ!?」などと要求してくる輩が押し寄せてくることは目に見えている。
「まあ、君がスッパリ個性使用を諦めると言ってくれた点は感謝するんだワン。本音を言えば、世の中に役立てて欲しいと思ったけれどね。」
「え?なんでですか?」
「我々はこの件の情報が漏れないことと、君の身の安全だけに気を使っていればいいからだワン。こういうのは中途半端が一番困るんだよ。」
「はぁ……」
「……なあ娘っ子、本当にその力を使う気はもうねえのか?」
ここで声を掛けたのはグラントリノだ。
「……引っかかりはありますけど……そんなに面倒なことになるならいいです。人助けは諦めます。」
「そう言うってことは、助けたい意志自体はあるのか?」
「ま、まあ?怪我とかで苦しんでいる人を見たら、一応胸が痛みますし……でも、見ず知らずの人の為に、私はそこまで出来る人間じゃありません。」
「…………別に、お前さんに清廉潔白を求めてるつもりじゃねえぞ?キャパシティの範囲内でいいんだ。休日に一人だけでもいい。お前さんの力があれば、助けられる人間が大勢」
「グラントリノさん、ちょっとしつこいですよ。」
「……すまん、気がはやった。」
この中で最も彼女に力を使ってもらいたいと考えているのはグラントリノだ。流石にヒーローというだけあって、未成年の彼女にこのような重要な判断を急かさないように自省しているが、少し願望が出てしまっていた。
(俺の言動がロクでもねえってのは分かってる。でもなあ……俊典、お前の健康ってのは、そんなことも言ってられねえくらい重要なんだよ。)
彼が力を求めているのは、彼にとって大事な人物を治してもらいたいからだ。ただし、彼の場合個人的な願望にとどまらないごく正当な理由がある。治してもらいたい人物とは、八木俊典。他ならぬオールマイトである。一般人には公開されていないことだが、彼の体は既にボロボロなのだ。約6年前、宿敵オール・フォー・ワンとの戦いで、体に穴が開くほどの重傷を彼は負い、呼吸器官半壊、胃の全摘出といった一般人ならば労働することさえ怪しいほどの状態なのである。
彼の鋼のヒーロー精神により今もなお平和の象徴として各地を飛び回り人々を助けているが、実は活動時間が全盛期と比べ大幅に減っている。そんな彼の体の損傷を回復できれば、当然それだけ彼は働けるようになり、助かる人々も増える。その数は、そこらの一般ヒーローの比ではない。
今までどんな医療技術、治癒個性を使っても、彼の今以上の回復は出来なかった。だが、類を見ないほど特殊で強力な彼女の個性ならば、とグラントリノは考えたのだった。
残念ながらオールマイトの衰えの件は公にされていないために、今のグラントリノは遠回りな形で彼女を誘導することしかできない。だが事情を知っている人間ならば、さやかに治癒の力を使うよう誘導するのは自然なことだろう。まだまだ社会のことを知らない彼女を利用することは褒められないが、オールマイトの健康状態は外聞の良し悪しなど気にしていられないほど重大な問題なのだ。ついでに言えば、未だに生きているらしいオール・フォー・ワンとの戦いがあるかもしれず、奴に対抗する意味でも彼はなるべく健康でいるべきだった。
しかしそんなことを知る由もない彼女は、治癒の力を使いたくない理由を話し始める。
「昔は確かに『人を助けるヒーローになるんだ!』みたいなノリで治癒したことがあるんですけど……えーと、色々あって、その人が私に全然感謝してくれなかったんです。」
「え!?な、なんで!?」
普通の人間ならば、治癒してもらったことに感謝するだろう。緑谷達はどうして感謝が無いのか分からなかった。
しかし面構は、少し考えた結果その原因を悟る。
「それは、個性のことを伝えられなかったから、かい?」
「あー……」
あ!と言わんばかりに緑谷達は面構とさやかを見た。
実際は事情がすこし異なるのだが、大体あっているからいいやとさやかは話を続ける。
「まあ、だいたいそんな感じです。それで、私嫌になっちゃったんです。えーと、その人が感謝してくれない!って感じで。それで、そんなこと考える私自身のことも嫌になっちゃって……。そんなことがあったから、私は見返りを求めずに何かをしてあげる人間じゃないって思ってる。なんで感謝してくれないのって思っちゃいます。だから、私は人に無償で何かをするつもりは無いんです。」
この場にいる誰もが、彼女の話に同情していた。誰もが見返りを求めないヒーローで居られる訳ではない、それは頭では分かっていることだが、実際そのような実例を前にして、思うところがあったのだ。
しかしここで、グラントリノは彼女の話に引っかかりを覚えた。
「……無償?」
「え、私なんか変なこと言いました?」
「いや、別にタダでなんかやってもらおうって話じゃねえぞ。」
「え?」
「ええ?」
一同がきょとんとする。グラントリノは、自分が当然だと思っていたことを念のために説明し始めた。
「……そ、そりゃそうだろ?さっき出してた状況と違って、これからはお前さんが治したってことを知るんだからな。ああ、勿論法律の範囲内での活動の話をする前提だぞ。」
「…………え、報酬?お金貰えるんですか?」
さやかの声色が明らかに変化した。
「まあ、そりゃあな。例えば医療ヒーローとして治癒するんなら、当然国から給料が出るわけだ。修善寺の奴、ああこれはリカバリーガールの本名だ、あいつ若いころに治しまくって稼いだ金がたんまりあるんで、最近はもうボランティアに近い形で治癒してるような感じだぜ。教員やってるのも殆ど道楽だよ。」
「へー、あのおばあちゃんああ見えてお金持ちなんだ。……え、じゃあもしかして、私も?」
人として当然の欲が覗く。簡単に大金が手に入ると知った人間が見せる、著しく知能指数が下がったような反応だった。
「まあ今のは君がヒーロー免許を取得した場合の話だ。単に個性の使用許可ってだけならそれよりはもらえる額が下がるだろうが、それでも君の個性ならまあ相当な額がもらえるだろうさ。」
「グラントリノさん、ちょっと話がいやらしいですよ。」
「ん?あ、すまん。これは君の将来に関わる話だからな。もっと腰を据えて説明するべきだな。」
「お金……ホントにお金沢山もらえるの?治すこと以外の仕事せずに生きていける?」
「治すだけでって……ま、まあ、その通り。というか、ちょっと考えれば分かる話だろう。君、今までそれを考えたことが無かったのか?」
「いや……私将来の進路とか考えるの苦手なんです。」
そういうさやかの顔は少しにやけていた。大人たちは、話がよくない方向に行き始めているのではと感じる。
言ってみれば、人生一発逆転の情報商材を買ってしまう浅はかな人の状態。実際、トラブルさえ起きなければ人生が良い方向に変わることは確実なので否定しにくい。
「それで、どのくらい貰えるんですか?」
「……それは君が治す人数や能力次第なんだワン。」
面構は今の彼女に情報を渡すべきではないと感じ始めた。
「た、例えば一週間に一人治したら?」
「…………ま、まあ、人として生きていける程度には……」
調子に乗り始めたさやかを見て、面構は早く釘を刺して冷静にさせねばと焦る。
「とにかく!先ほど述べた通り、君が狙われるというリスクもあるんだワン!君の人生に関わる重要なことだ。そう簡単に決めていい話じゃない!」
「えー?でも私そんじょそこらの
これも事実だった。勿論彼女の家族や友人が人質に取られる可能性もあるが、彼女自身が強い分被害に遭わなくなる可能性は上がる。
「ひ、ひとまず!君の個性はいったん学校と家族、警察と国に報告させてもらう。いいね?」
「もー、しょうがないですねえ。」
「え!?いいの?さやかちゃん……」
「ま、まあ、どうせバレることだし?」
「そうだけど……」
この変わりように、マミ、まどかはかなり心配そうにさやかを見ていた。ほむらに至っては呆れかえった顔をしている。
「……すまん。まだまだ青い娘っ子に言う話じゃなかった。」
「まあ、グラントリノさんが言わなくても誰かがいずれ吹き込む話ですよ。しかし不安だなあ、この子大丈夫かな……」
「……ひとまず、この話は無闇に言いふらさないように。何かあったらすぐ警察か学校に連絡すること。いいね?」
「はーい。」
面構とマニュアルとグラントリノは、これから山積みになるであろう仕事を片付けるために部屋を出て行った。
それを見届けて、飯田と緑谷は不安そうに尋ねる。
「み、美樹さん。本当にいいの……?」
「いやー、まあ、悪くない話だし?せっかく使える力があるなら使わないともったいないし?」
「でもお前、さっきはあんなに消極的だったのに、すごい変わりようだぞ。」
「いや、だってさっきは見返りなしでやるもんだって思ってたからね。見返りあるんなら話は別でしょ?」
あまりの変わりように、緑谷と轟も声を掛けたが、さやかは浮かれる自分を止めきれなかった。
「さやか、今のあなたはかなり愚かに見えるわよ?」
「えー?なんでよほむら。もうバレるの時間の問題だったしさ。それなら先のことを考えた方が建設的ってやつでしょ?」
「で、でも、平穏な生活が……それに、何が起るか分からないわ。」
「でもこの力で、誰かの役に立てるのは事実でしょ?」
「あなたがそれを言うの!?」
ほむらは怒ったように言った。まどかがよく言っていたセリフをこの状態のさやかが言うのだから、不快に感じてしまったのだ。
「み、美樹さん。私も、少し落ち着いた方がいいと思うわよ。お金が沢山貰えるって、そんな美味い話は無いと思うのだけど……」
「そうですか?でも、さっきの話は事実みたいでしたよ?別におかしな話じゃないよね?緑谷君、飯田君、轟君。」
「ま、まあ、一応……。」
彼らはあまり嬉しくなさそうに肯定した。
「でも、美樹さん元からお金持ちになりたいとか言っていなかったでしょう?普通に学校を卒業をして、働くだけじゃダメなの?」
「それでも良いかもしれないですけど、お金沢山稼げれば、私マミさんの役に立てる!」
「え!?わ、私!?」
突然自分のことを言われ、巴マミはたじろいだ。
「マミさん時々「税金が~」とか、「なぎさの学費が~」って言ってましたよね?いいですよ、私がその分稼ぎます!」
「で、でも悪いわよ、そんな……」
「だって私、いつもマミさんには助けられてばっかりだったんですよ?ようやく恩返しが出来るんです!そりゃあやる気になるってもんでしょ!」
「嬉しい話だけれど……そんなに気にしなくてもいいのに……」
さやかがやる気になっているのは、魔法少女仲間に貢献できる点も大きい。
実際、美樹さやかは仲間に対して何かしてやれた自覚が無い。実のところ暁美ほむらのコミュニケーションを下支えした実績はあるのだが、本人にとってはマイナスをギリギリ0にまで戻したような感じであり、自身の功績だと思っていない。
それ以外の面では、彼女はほむらに時間停止でずっと助けられっぱなしだった。助けられっぱなしで言えば、巴マミに対してもそうだった。魔法少女の先輩として様々な面で教えられ、助けられてきたマミに対して恩返しをしたいとは常々思っていたのだ。
(魔法少女視点でだが)平和になったこの世界でマミを助ける機会など殆ど無いと思っていた。その矢先に今回の話が舞い込んできて、美樹さやかはこれ幸いとばかりに飛びついてしまっている。
「まあ気にしないで!さやかちゃんがガンガン稼いじゃいますからねー!」
元気づけるように手を広げる美樹さやか。これからのことなど確かに分からない。魔法少女の3人は、ひとまず様子を見ることにした。何かに騙されているように見える彼女を不安に思いながら。
実際、大人たちがこの場で何を言おうが、彼女の力を知ったどこかの誰かが美樹さやかに接触しただろう。その点で彼女の運命は決まってしまっているのだ。
見返りがあるな!ヨシ!
・さやかの今後
ヒーロー社会「お嬢ちゃん……とっても良い個性持ってるねぇ……こっちにおいでよ、お金も地位もたんまりあげるよぉ(ニチャア」