弊まどドラには杏子がいません。恒常入りするとはいえいつお出迎え出来ることやら……
美樹さやかは、セントラル病院のとある一室にいた。そこにはヒーローや医師が多く同席している。センサーやカメラといった機器が所狭しと並んでいて、別室ではそこから入力される信号を興味津々で待ち構える個性研究者が待機していた。
まるで取り調べでもするかのように、さやかの行動には注目が集まっている。取ってつけたように年若い女性の看護師が、彼女の緊張を和らげるために隣に居るが、効果は薄そうだ。美樹さやかは居心地悪そうにじっとしている。
「では美樹さん。このヒーローさんに個性を使ってくれるかな。」
「……よ、よろしくおねがいね?えーと、美樹さん。」
横にいる研究者兼医師の男がさやかに向かってそう言った。
彼は非常に優秀であり、プロヒーロー免許も持っている個性研究者。専門は治癒系の個性であり、まさに彼女の個性を調べるのにうってつけだった。しかしその頭脳とともに倫理観も尖っており、時折常人とはズレた感覚で物を言うことがある。決して悪人ではないのだが、この部屋にいる人々は、本当に彼を女子高生と会話させていいのかと心配している。
彼自身は当然彼女に興味津々だが、さやかはその態度にうすら寒いものをかんじてしまう。
そしてそれ以外の要素もさやかを困惑させていた。
「……あのー?」
「どうしたのかな?」
「この人、怪我してないじゃないですか。」
さやかがここに連れてこられた理由は、治癒個性の性質を調べるため。不測の事態に備えて、沢山の医療関係者が同席している。
そう聞かされていたさやかだが、目の前にいるヒーローは特に怪我をしているようには見受けられなかった。何やら物々しいコードや機器が装着されているために並の様子には見えなかったが。そのヒーローはただ申し訳なさそうにさやかを見るばかりだ。
しかしこれは、個性を調べるうえで必要なステップだった。
「いや、とにかく個性を使ってみて欲しいんだけれど、難しいかな?」
「難しいとかじゃなくて、そもそも怪我してないじゃないですか。」
「つまり、使うことが出来ない……ってことかい?」
「いや出来ますけど、やっても意味ないっていうか……ほら、なんも変わらないですよ。」
投げやりな態度で治癒魔法をヒーローに軽く発動するさやか。部屋が一時、薄く青い光に包まれた。しかし当然、連れてこられたヒーローの様子は何ら変わりなかった。
しかし研究者の男は、実に楽しそうにヒーローの袖をおもむろに捲る。健康そうな腕をしげしげと興味深そうに眺めた。
「……さっきから何なんですか?」
「おお、痣が治っている!」
「……へ?痣?」
医師は説明を始めた。マジックの種明かしをするようだった。
「いやあ、今ので分かったことがあるよ!美樹さんの力は、治す部位がどこかを認識する必要が無いんだ!まずそのことを検証したくて僕は事前に何も伝えずに君にお願いしてみたんだけど、大正解だったよ!これだけで本当にすごい個性だと言えるね。」
「は、はぁ……?」
悪意は感じられないが、騙された気分になったさやかは少し態度が刺々しくなる。
「……っていうか、なんで痣なんてのを私の所に持ってきたんですか?普通に絆創膏かなんかを張ってればいいじゃないですか。私必要ないですよね?」
「いやいや、検証というものは段階を踏んでやらないと。小さなステップで一つ一つ仮説を踏んでやるのが筋だよ。疑問があったときに原因を切り分けられなくなってしまうからね。個性研究は『テスト』が出来るのが本当に醍醐味だよ!君だって、オールマイトの個性の秘密を調べるために彼に全力で海を割ってみてくれなんてしたらバカバカしいと思わないかい?」
「はぁ……」
さやかにはなんとなく分かるようには感じられたが、それ以上にとても無駄なことをしている気分になってしまった。
だがこの目の前の医師はそうではないようで、通信機器で他の部屋の研究者と会話を始める。
「で、どうだった?」
『そうですね……内出血は確かにきれいさっぱり治っています。』
「血液はどこに行ったかわかるか?」
『いえ、それが、超音波撮影の様子だと段々消えて行っているようで……どこかに固まって移動しているようではないようです』
「質量変化は?」
『……ありませんね。1mgの変化もありません。おそらく血液は体内に吸収されたものかと。』
「なるほど。内出血と認識していないにも関わらずそのような理想的な回復経過が起こるとは。個性によっては出血部分を丸ごと『削除』するなんてこともあるのに。君の個性、本当に優秀だね!」
「どうも……。」
目の前の男はさやかの個性を褒めるが、さやかにとっては全く共感できない話であり、自分はこのまま何分この場で我慢できるかが気になった。
「彼の話は一旦終わりにしよう。次行ってみようか。」
「な、なんかごめんね。こんなどうでもいい怪我の為に……」
ヒーローはなんとも気まずそうに退出する。
そして次の自称負傷者のヒーローが入ってきた。が、こちらも全く健康そうに見えた。
「……いや、この人も怪我してないじゃないですか……。」
「ああ。今回は先に言うけれど、彼は右前腕の尺骨に罅が入っている。」
「…………しゃ、しゃっこつ?」
「ああ。正確に言うと尺骨の上部から2.2cmの所に深さ3mm程度の亀裂骨折がある。他に何か聞きたいかい?」
美樹さやかは一瞬日本語を喋っているのかを疑った。
「ミリって……いやだから、そんなの私に頼まなくてもいいじゃないんですか?普通の病院に行けば……」
「ご、ごめんなさいね美樹さん。こんなことに付き合わせちゃって。でも、あなたの個性が本当に人に使っても大丈夫なのか確かめるためにどうしても必要なの。こんなことやるのは今日だけだから、我慢してもらえないかしら?」
段々男へ態度が刺々しくなるのを見かねた別の看護師らしき女性が、宥めるようにさやかに声を掛ける。
同時に彼の無線機から何か言動に注意が行ったようで、男は面倒くさそうに応答していた。
「えー……はあ、わかりました……治せばいいんですね?」
「ああ、是非頼むよ。骨組織がどんなプロセスで元に戻るのかがとても楽しみだ。これが終わったら試したい損傷パターンが後23あるんだけど、時間内にどこまで終わるか……」
「…………」
ワクワクしている男とは逆に、さやかは今すぐにでも帰りたい気持ちになっていた。
◇
病院の検査のことも、口外しないよう一応言い渡されていた。
しかし彼女は守る気が全く起こらなかった。不愉快な体験を友人に愚痴りたくなってしまうのは当然の流れだった。
「ってことがあってさー!マジでだるかったよ、あれ!」
「さ、さやかちゃん声出てるよ!」
「えっ?あっ……ごめん。」
それまでテレパスで会話していたところに、感情が昂り口に出してしまったさやか。指摘され、慌てて口に手を当てた。
ここは大食堂で、周囲の目もある。特にまどかは体育祭の件からチラチラ見られるようになり、人前での会話には一層気を付けねばならず、しかしテレパスで全てを済まそうとすると不自然。
ほどほどにお喋りしつつ、隙を見てはテレパスで秘密の情報を交換するというテクニカルな会話がいつの間にか常態化していた。
「あっ、まどかちゃんたちや!やっほー!」
「あ、お茶子ちゃん!みんな!」
現れたのは、麗日、緑谷、飯田、轟、蛙水、葉隠の6人という中々の大所帯。見知った顔が現れ、美樹さやかの精神は軽く回復した。
特に言葉を交わすことなく、周囲の机を彼女たちは寄せ始める。即席の大テーブルが自然に出来上がった。
「久しぶり!……って言うほどでもないかな。職場体験前は放課後よく一緒に訓練してたもんね。」
「ああーそうだったね。色々あってすごく前のことみたいに感じるよ。」
「……珍しいね。いつもは暁美さんと巴さんも一緒に居るのに。」
「あー……いろいろ忙しいみたいで……」
ここにいたのはさやかとまどか。ほむらとマミは前にも増して忙しくしている。今回は具体的に何をしているのかを教えてはいない。
がしかし、ほむらが人目につかない所に行こうとした所へ巴マミが現れ、肩に手を置きなにか止めようとしたのをまどかは目撃していた。無理をしないようまどかはほむらに何度もお願いしているが、本当にそのお願いを守ってくれるのかをまどかは心配している。
「……あっ、まどかちゃん。職場体験、洗濯ヒーローウォッシュの所に居たんだっけ。偶然あの日、保須に行ってたって聞いたんやけど、大丈夫だったん?」
「ああ、全然大丈夫だよ。脳無はウォッシュさんが何とかしてくれたの。私たちは避難しただけなんだ。」
「え、傍に脳無来てたん!?」
「あ、あはは……まあ、ちょっとね。」
守秘義務がある部分も多い話になってしまい、まどかは最近機会が多い誤魔化しが上達していることを願った。
「でもさでもさ、まどかちゃんの個性なら脳無だって倒せそーだよね!」
「私も思わず攻撃しちゃおうって思ったんだけど、ウォッシュさんに止められたなあ……」
「対抗できるつもりなの?やっぱりまどかちゃんの個性はすごいわ。私も逃げられるなら逃げたいような相手だったのに。もしかして、個性で精神面も強化されるのかしら?」
「あはは、ほ、本当に個性に恵まれて嬉しいよー。神様に感謝しないとね。」
あの場に居た脳無はUSJに現れた個体ほど強くないのだが、それでもプロヒーローが複数相手でも負け得る相手だった。
その実力に加え、実際に相対しないと分からない脳無の不気味さ。それに怖気づくことなく立ち向かえることも、彼女たちの評価点だった。
「あっ!そうそう。これ、相澤先生から聞いた話なんやけど。」
「ん?どうしたのお茶子ちゃん?」
「えっと、まずね。ヒーロー科には期末試験に学科と実技があるんやけど。」
「へー……そうなんだ。普通科は学科だけだよ。ヒーロー科って本当に大変だね……」
「その実技試験の日、まどかちゃん来ない?だって!」
その言葉に、さやかとまどかは一瞬何も言えなくなった。
「えっ?どういうこと?」
「なんとなんと!ヒーロー仮免試験にまどかちゃん来ないかって、お誘いがきてるんだよ!」
「え、えーっ!?私がヒーロー仮免許!?」
彼女の強力な個性があれば推奨が来ることは納得できるものだが、まどか本人には驚くべき話だった。取るにしても、高校在籍中の話だとは夢にも思っていなかった。
「まあ、驚くのも無理は無いわよね。詳しい話はあとで相澤先生からあると思うから、そこで聞くのが良いわ。」
「で、でも気になるよ!」
「そうよ。なぜこんな早い時期からまどかが免許を取るの?」
「それだけまどかちゃんの力をみんな認めてくれてるってことだよ!」
「え、えー?私、そんな大したことしてないよ。」
まどかはほぼ癖のように謙遜するが、A組の6人はいやいやと否定しだす。
「そ、そんなことないと思うよ鹿目さん。体育祭の時とか、かっちゃんにあそこまで対抗できるなんて本当にすごいことだとおもうよ。僕はあの時別の場所で戦っていたから見れていないんだけれど、あとで録画を見返してみて本当にビックリしたんだ。羨ましいよ、僕。」
「爆豪ちゃんにあそこまで戦えるのはすごいことよ。言動はああでも、実力はA組のみんなも認めているわ。まどかちゃんはもっと自信を持っていいと思うわ。」
「そういえば……放課後の訓練であの人とあんまり戦っていないよね。あの人いつも遠くにいるし……」
爆豪は毎回相手として立候補するのだが、そもそもが全力バトルを目的としていない。彼には全力で戦わないようにできるか?の信用が無かった。
「……あれはね、意図的に遠ざけられてるんだよ。だって怪我しない程度に戦うのが趣旨なのに、多分かっちゃん全力出すと思うから……」
「な、なんかごめんね……?」
「気にしないで!鹿目さんは全然悪くないんだから!」
まどかが謙遜するように手を振り返すと、緑谷も振り返すという仲のいい光景が生まれる。
一通り手を振って気が済んだところで、思い出したように皆は食事に手を付け始めた。
「それにしても、みんないつもよく私に付き合ってくれるよね。みんな忙しくないの?」
自由参加という名目だが、結局放課後の訓練にはA組の皆が顔を毎回出すようになっていた。
「全然!まどかちゃんと一緒に訓練するの楽しいし、私たちの力にもなってるよ!」
「そ、そうかなあ?みんな私より努力家で優秀なのに、私ときたら個性の強さ以外大したもの持っていないし……」
「……さっき蛙水も言ったが、爆豪は強え。アイツにあそこまでできるんなら、お前も相当ってことだ。世の中……広いんだなって、最近は思い知らされた。負けてられねえな。」
彼はチラリとさやかを見た。さやかはその視線を受け取り、少し照れて頬を掻いた。
「うんうん、私もまどかちゃんと一緒にお話ししていると、いろいろ気付きがあるんだ!それになんか、まどかちゃんの個性を見てると元気が湧いてくる!」
「そんなぁ……えへへ、ありがとう。」
「それでね。あの放課後訓練はそろそろおしまいにして、正式にA組と一緒に授業を受ける機会を増やさないかっていう感じなの!私達もまどかちゃんと一緒に頑張りたいし!」
「え、ええ~!?」
「私は大賛成!やっぱりその個性、活かさないともったいないよ!」
葉隠はまどかの手を取り、見えない満面の笑みを向けていた。
「私もそう思うわ。これはまどかちゃんに限らず、ほむらちゃんとさやかちゃんとお話しする度に思うのだけれど……なんというか、個性に対する考え方が変わってるのよね。」
「あ、それ僕も思ったよ。」
緑谷は思い出したように言った。
「え?わ、私ヘンかな?」
「あ、勿論悪い意味じゃないよ。ほら例えばさ。暁美さんが前に常闇君にアドバイスしてたでしょ?」
「え?いつのまにそんなお話ししてたんだ。」
「ええと、もしかしたら覚えていないかもしれないけれど……常闇君に「どうして
「へ~……もー、ほむほむったら!コミュニケーション成功してたんなら教えてくれてもいいのに!」
「あー……ほむらちゃんと言えば。」
「ん?」
「その試験、普通科の人もいけるのかな?見学だけでもいいから。ほむらちゃん、多分ついて来たがるし……」
まどかとさやかはもう慣れたほむらの言動だが、A組の6人にとっては少々奇妙に聞こえてしまう。
「え、え?それ、授業中でも来たがるってこと?」
「多分……」
「実際時間被ってるよね、平日の午後だし。」
「そこまで一緒に居たがるの?マジで?」
「……まどか離れが必要なんじゃないかしら、あの子。」
蛙水がそう言うと、他の面々も同意する。ストーカーという単語が頭によぎってしまうレベルだった。
「まあ、気長にやっていこうよ!うちらの、A組パワーで話しかけまくっていればきっと大丈夫!」
「多分、今までまどかちゃん達としか交友関係が無かった事が原因なのよね、おそらく。」
「俺が話した印象だが、あいつは俺達のことを拒絶してねえ。今まさに、鹿目達以外の友達を作ろうとしている最中だと俺は思う。」
「うん、そうだよね!ほむほむ、これからだよ!まどかちゃん、さやかちゃん!心配しないで、じっくり友達増やそうね!」
「おおお……な、なんて心強い言葉……!」
あの冷たい態度にもまったく引かないA組の態度に、さやかは光明のようなものを強く感じた。
さやかが出会ってきたどんな人よりも明るくコミュ力のある集団がA組だった。ほむらの友人関係を丸投げしても良いかと思い始めている。
さやかがしばらくキラキラした目でA組の面々を見ていたが、まどかがふと湧いた疑問を口にした。
「……ところで、演習試験ってなにやるの?」
「と、突然話変わるね?」
「ほむらちゃんも気になるんじゃないかなあ……って。」
まどかが当然の疑問を口にするが、A組の皆は揃って困り顔になった。
「それが……当日まで公開されないんだ。」
「え、そ、そうなの?」
「うん。っていうか、ヒーロー科っていつもそんなんだよね。」
「普段からヒーローとなるための訓練を積み重ねていれば、テスト対策などというものは不要。そもそも試験を突破することがヒーローに真に必要なことではない。という意図なのではないかな。」
「き、きびしいなあ……流石ヒーロー科。私ついていける気がしないよ……」
「私たちにとっても厳しいよ。正直めっちゃ不安だなぁ。一学期にやったことの総合的内容……」
「としか言ってくれないんだもの、相澤先生。」
蛙水が珍しく愚痴を零す。優秀なA組の面々でも不安を感じているのだ。
「今までやったことって戦闘訓練と救助訓練、あとは基礎トレ……」
「……ヒーロー科生が赤点取ったらどうなるの?」
「とりあえず日曜日の補講は確定かな。でもそれ以上に、ヒーローからの評判とか指名にも影響がでるだろうし」
「う、うわあ……今から将来が関わるマジ話があるんだ……ヒーロー科こわぁ。」
「まあ、この程度は乗り越えれねえとトップヒーローなんてなれねえからな。普通にやることやってりゃ赤点は出ねえはずだ。」
「普通に……やってれば……」
ヒーロー科の「普通」は一般人にとっての「難しい」である。
「試験勉強に加えて、体力面でも万全の準備をうっ!?」
突如うめき声をあげる緑谷。B組の物間寧人がわざと肘を彼の頭にぶつけたのだ。
「ああ、ごめん。頭大きいから当たってしまった。」
「B組の!……ええと、物間君!よくも!」
「君ら、ヒーロー殺しに遭遇したんだってねえ。」
緑谷の発言に、物間は被せるように言った。
明らかな挑発姿勢に、かれらは身構える。
「体育祭に続いて、注目加えていく要素ばかり増えていくよねえA組って。ただその注目って、決して期待値とかじゃなくて、トラブルを引き付ける的なものだよねえ。」
挑発に対し、A組の面々はなにか堪えるような表情になる。特に保須の事件に関わった彼らにとっては、否定したいことも耳が痛い部分もあった。
そこへ追い打ちをかけるように、彼の黒い笑みは深くなった。
「あぁ怖い!いつか君たちが呼ぶトラブルに巻き込まれて、僕らまで被害に遭うかもしれないなあ。疫病神にたたられたみたいに。ああこわッ」
ここで突然バシッ!という破裂音とともに物間が膝を突く。
後ろには拳藤がいた。煽る物間を見かねて手刀で黙らせたのだ。
「物間、洒落にならん。飯田の件知らないの?」
「拳藤君!」
「ごめんなー、A組。コイツ、ちょっと心がアレなんだよ。」
「心が……!?」
彼の態度相応に酷くなってしまう紹介に、緑谷達は狼狽えていた。
しかしその間、拳藤はA組の他にも人がいることに気が付く。
「ん?あれ、もしかして鹿目まどかさん?」
「え?あ、はい。鹿目まどかです。」
「改めて、私は拳藤一佳。よろしくね。ねえ、鹿目……って呼んでいいかな?」
「うーん、みんなはまどかちゃんって呼んでるよ。」
「そう?じゃあ失礼して、遠慮なく。まどかちゃん。放課後A組の皆と訓練しているって本当なの?」
「う、うん。そうだよ。」
「それ、私達も交ぜてくれないかな?」
「え……つまりB組の人と?」
次々と自分が頼られる展開に、まどかは全く免疫がなかった。
最近の彼女はこのような場面によく直面するが、いつもいつも照れと謙遜で忙しくする。
「その通り。どうかな?」
「あーっ!A組が先にまどかちゃんの才能に目を付けたんだもんね!そんなに簡単にうちのまどかは渡さないよー!!!」
「お、大げさだよ透ちゃん。」
葉隠はそう言うが、しかしまどかが高く評価されていることを嬉しく感じていた。彼女を身内と見なし始めている。
「というか、B組の人みんななの?」
「うん、そうなんだ。悔しい話だけどさ、体育祭でA組の皆とは差をつけられちゃった。少なくとも成績的にはね。もちろんヒーローを目指す人間が、A組打倒が最終目標なんて小さいことを言うつもりはないけど、それでもやっぱり悔しいものは悔しいんだ。まずは一回お試しで、どうかな?」
「す、すごいねヒーロー志望って……」
モチベーションの高さにまどかは驚く。まるでコミックのような上昇志向だと感じた。
「……バカなのかい拳藤。」
しかし、水を差すように物間の声が上がる。
「こういうのはA組との差を埋めるために……彼らに秘密で彼女に協力してもらうものだろう! そのためにはまず彼女をどうやって買収ゥ゛っ」
再び拳藤の手刀が炸裂。物間は気を失ってしまった。
「品格が無いっつーの。ごめん、アタシコイツを連れて行かなきゃ。まどかちゃん、この件はぜひ前向きに考えて欲しいな!」
そういって拳藤は物間を引きずりつつ出口へ向かう。
「あ!期末の演習って、入試の時みたいな対ロボット戦らしいよ!これ、物間のお詫びなー!」
そう言い残し、二人は去っていった。
突然現れ突然制裁を下された嫌味な人間に、特にまどかとさやかはあっけにとられるしかなかった。
◇
職員室。オールマイトは職員の一人として自然な態度でデスクワークに励んでいた。世間ではオールマイトは一体雄英内でどのような特別扱いをされているのだろうかと様々な憶測が流れているが、実態はこのように映えない絵面で仕事をしている。
特別扱いされているという憶測の主な理由は、あのヒーロー然とした姿であるマッスルフォームのままで仕事をしていると思われているからだろう。個性的なプロヒーローがいるとはいえ、あの筋骨隆々の存在感の塊が居れば、否応なしにも目立つ。それが世間のオールマイト仕事風景の想像図だ。
しかし今のオールマイトはトゥルーフォーム。マッスルフォームの時の力強さは一目見て感じ取れるものではない。傍から見れば、普通の中年男性が仕事の話をしているだけだろう。
さらにしかし、そんな一見冴えない二人はヒーロー社会の今後に関わる重要な話をしていたのだ。
「オールマイト、彼女の治癒個性の話は結局どうなるんですか?」
相澤の発言を聞いたオールマイトは遠慮がちに否定を出した。
「いやあ……私もしばらく考えたのだけどね。やっぱり彼女の個性のことがよく分かっていない間は……ね。」
かなり迷っている様子のオールマイト。本人的には断る方向に気持ちが傾いているようだった。
何を断るのかと言えば、美樹さやかの治癒個性だ。治癒の力をオールマイトに使う、という話がヒーロー公安委員会から出ていた。オールマイトは数年前、AFOという強大な
ならば一刻も早くオールマイトに対して治癒の力を使ってもらおう。オールマイトの健康状態を知っている人間は当然のようにそう考えていた。しかし、オールマイト自身は乗り気ではなかったのだ。
「では、調査の結果問題ないという判断が下されたら受けるんですか?」
「いや、それも……良くないんじゃないかなあって。」
「なぜ。」
「なぜって……そりゃ、本人に負担が掛かるんじゃないかなあ……とか?」
「負担?」
個性の調査中とはいうものの、実際のところさやかの個性を調べている者の見解は「本当にほぼデメリット無く大抵の治癒ができる」だった。今のところ、治癒できなかった外傷の例がないらしく、また彼女自身に負荷がかかっている様子も見受けられないらしい。
このことを知らないオールマイトではあるまい。相澤はオールマイトの言葉に首をかしげた。
しかしオールマイトが心配していたのは別の方面だった。
「いや、ほら。いくらか美樹少女の事を教えてもらったけれど、性格的には普通の少女なんだよね?」
「ええ。明るい性格だとは聞いています。」
「ついでに言えば、私のファンでもないらしいじゃないか。」
「らしいですね。聞いた話では珍しくオールマイトに対してあまり何も感じていないようです。」
「そんな少女のところにズケズケと『私が治癒されに来た!』ってするのは、ちょっと迷惑かなって。」
「えぇ……」
なんとも繊細なことを考えるものだと相澤は呆れる。彼ならば、そんなこと関係なしに全て救ってしまうだろうに、と。
「いいですか、オールマイト。あなたの影響ってのは大きいんですよ。日本一。あなたが一秒長く活動するだけで、何人も救われるかもしれない。そんなふざけた
「あ、ありがとう相澤君。君からそんな評価を貰えるなんてね。」
「だからこそ、より沢山の人々を治すために、まずはオールマイトさんに元気になってもらいたい。そして元気になったオールマイトが多くの人々を助ける。これが合理的判断ってやつです。」
多くの人を助ける為の手順としては全く合理的だろう。しかし、オールマイトはどこか納得しない。
「それは……まあ、勿論、元気になった分私は頑張らせてもらうけどね……」
「一体何がおかしいんです?」
「……私より、彼女の力を求めている人が、美樹少女が救うべき人々が沢山いるんじゃないかなって。」
「は?」
相澤は、彼の言うことに全く共感できなかった。なぜいきなり「救うべき人の順序」が出て来るのかと。
「いや、なんですか?より救われるべき人って。」
「そうだね……例えば、ターボヒーローインゲニウム。彼はステインに負わされた傷の為にもう自由に動けない身だそうじゃないか。」
「まあ確かに彼には必要でしょうが、別にあなたの治癒を優先しても良いでしょう?」
「うーん……」
「個性の話を聞く限り、時間がかかるものじゃないそうです。それならば問題ないでしょう?」
「まあそうなんだけれど……」
オールマイトは、相澤の言うことに反論を持たない。しかしどこまでも納得できない部分があるようだった。なぜか彼女の治癒個性を受けずに済むような言い訳を考えていた。
「だって……私はそもそも元気だよ?相澤君。」
「臓器が半分くらい無くなっている人間のどこが元気なんですか。」
「いやでもさ、短い時間とはいえ、私歩けるし、走れるし、ヒーローやれてるし。このとおり、フンッ!」
オールマイトは立ち上がり、一瞬マッスルフォームになった。しかし相澤は暑苦しい言い訳、いや奇行に見えてしまう。
「そうですが、もっと元気になっても良いでしょう。」
「うむむ……」
「そんなガリガリなのに何を……」
オールマイトは元のガリガリ姿に戻った。そもそもその姿の印象からして介護が必要な人間に見えなくもない。
彼はしばらく悩み、やがてある考えを口に出し始める。
「……そもそも、彼女は私を治したいと思っているのかな。」
「はい?」
「つまり、彼女はどんな思いで個性を使うのか?っていう話さ。」
オールマイトはスマホを取り出し、とあるニュースサイトを開く。美樹さやかが隅で映っている画像が出された。
「……美樹さやかには、これから多くの試練が降りかかることだろう。」
「……」
意図せず彼女が映ってしまったニュース画像。否応なしに、彼女の事が明るみに出ると感じられてしまう一枚だ。
「彼女の力は、強大だ。多くの傷ついた人々が、彼女の力を求めるだろう。強く強く、ね。そんな荒波に、押し寄せる救いを求める手に、彼女は耐えきれるだろうか?ハッキリ言って、難しいと思うよ。」
「珍しく諦めたようなことを言うんですね。」
「これでも人生経験長いからね。追い詰められた人々の感情がどれだけ重いか知っているつもりさ。相澤君、君だって、人を救う現場が泥臭いものだって知っているだろう。」
「ええ、まあ。口が裂けても夢がある場所じゃありませんね。」
追い詰められた人間は、助けたお礼を言うような行儀のいい言動をとらない。それは人間性が腐っているのではなく、追い詰められて余裕がないからそうなってしまう。
そのような醜い人間を助けることが、ヒーローとして「大人になる」のに必要な能力だと、相澤は持論を持っていた。
そして、美樹さやかはその「大人」になるには精神が未成熟だった。
「ああ。私でさえ、死がそこまで迫っている人間を怖く感じることがある。いつも笑みを浮かべなければ耐えられない程にね。それが、まだ高校一年生の少女の身に降りかかったとすれば……」
「……俺たちが懸念していることです。しかし、彼女は今のところお金を稼げるとかで逆にウキウキしている有様で……俺もどうなるか、正直分かりませんけどね。」
実際さやかが今後どうなるかについて、相澤には予想がつかない。さやかのような事例は初めてだからだ。彼女のような非常に需要の高い個性は、幼少期の頃から国から管理される傾向にある。そして大抵の場合、ヒーローやそれを活かせる職業につくことが前提で教育プログラムを組まれる。このヒーロー社会、何もしなくても大抵はヒーローを志望するが、そうでなくてもどこかの誰かが将来の進路をそそのかす。それがもたらすものは、一種の洗脳的教育でもあるだろう。しかし実際にそうすることで本人は少なくとも社会的地位を手にして生きることになるのであり、この善悪の判断は難しい。
しかし美樹さやかの場合、その教育を受けていない。何歳から治癒の力を自覚していたのかは不明だが、ともかく並の個性持ちと同じ人生を送る心持で生きていた。そのため、他の治癒個性持ちと認識の差異があることが予測され、彼女が何をするのかが予想がつきにくい。彼女の個性を使った人生設計が余りにお粗末であることから、その点が最大の不安点だった。さやかが期待する「個性が有用だからお金沢山稼げる!」という話は、余りに短絡的だろう。
「当然の反応だろう。まだまだ社会を知らない年齢。そんな彼女を、私たち大人が導いてあげなければならないんだ。聞いたところ、彼女は私たちを遠ざけるきらいがあるそうじゃないか。」
「露骨なものではなく、すこし壁を感じる程度ですけどね。」
「ああ。どうして私たちヒーローに頼る傾向が無いのかは……気になるけれど、今は良い。考えるべきことは、このわずかにでも残っている信頼というものを大事にすることだ。これは、私たちが正しい振る舞いを出来るかという試練でもある。もちろん大人というものは自制ができるものだと信じているが、残念ながら中にはそうでない者もいるからね。」
「……ええ。そうですね。その為に色々と調整が入っている状況です。」
彼女の個性の件に関しては、既に事情を知っているヒーローに関しては口外するなという指示が出ている。これからも公には出されないだろうが、一部の有力なヒーローに対しては先んじて情報公開が行われるだろう。
また、彼女の扱いに関しても相応の話し合いがヒーロー公安委員会においてされていて、特に彼女と接触する機会がある相澤はその話し合いに参加していた。
その限りでは、彼女の力の行使に関してはヒーロー公安委員会がガチガチに規則を固めるだろう、とのことだ。彼女の個性に頼りたければ、まず上に話を通せということになる。治癒を望む者達に取っては面倒な話だろうが、彼女を守るために必要なことだと相澤は感じていた。彼女の力を求める者は多いだろう。そんな者達が大挙して彼女に押し寄せるようなことがあってはならない。そのためのルール作りである。
「……その、これからどうやっても大変なことになるであろう少女の力を、私たち大人社会の都合で使うって、ちょっと気が引けるかなって。」
この遠慮がちな発言に、相澤は怒りに似た感情を覚えた。
「オールマイト、贅沢ですよ。」
「ぜ、贅沢?」
真正面から目を見ての発言に、オールマイトは戸惑う。失言をした自覚はない。
「あなたに救えて俺たちに救えない人間がどれだけいると思っているんですか。」
「……」
相澤とて、救えなかった人などたくさんいる。むしろ、そもそもかつて友人を救えなかった事が相澤の
そんな今の相澤ですら、「自分には救えない」という場面に出くわす。オールマイトでもなければ何とか出来ないような場面が。USJ事件こそまさにそれだろう。
「彼女に負荷をかけてしまうのはまあ分かります。がしかし、その程度の『濁り』は飲み込んで欲しいものです。俺達一般ヒーローは、そういう汚さを受け入れてきた……はずです。世界はそう綺麗なもんじゃない。そうしなければ救えないことだってあります。まあ中には自分の為に迷惑をかける人間だって居ますがね。」
「うむ……」
相澤は佐倉杏子の件を念頭に置いて言ったのだが、オールマイトはそれに思い至っているのか分からないような態度の変わらなさだった。
「そういう苦さを飲み込まずヒーロー出来ているのはあなたくらいなものです。……ああ、いや。すみません、無神経でした。俺は、あなたがどんな思いで、具体的にヒーローとして何をしてきたか全部知ってるわけじゃありません。ただあなたには……多少は他人に迷惑をかけてしまうことを覚えてもらいたい。というのが俺が言いたいことです。」
「……すまない。君たちの気持ちも知らずに。」
オールマイト自身、今の話には多少当てはまる部分があると感じてしまう。確かにオールマイトはそのような大人社会の汚さに手を染めずとも人を救える素晴らしい最強のヒーローだった。
対して相澤は、
「いえ、ただの醜い嫉妬なので、気にしないでください。」
「そうかい?私は今の話をよく覚えておこうと思ったけれどね。」
「いや……普通に忘れてください。」
「ハハハ、そうかい。だが相澤君のヒーローとしての意志がよく分かったよ。」
オールマイトのややコミカルな笑みを相澤は一瞬見たが、すぐに顔を背けた。
そして気を紛らわせるために止めていた作業を再開する。
「……意志があっても、まだまだ未熟です。」
「そんなことないよ。そんなことを言い出したら、私だって教師としては未熟もいいところだ。」
「自覚あったんですか。」
「最近、こっぴどく自分の欠点を指摘されてしまってね。いやあ、恥ずかしいばかりだ。あ、そうだ。」
オールマイトは、最近気になっていたことを思い出した。
「鹿目少女をA組に絡ませようというのはどういう判断なんだい?」
この問いに一瞬相澤は手が止まったが、すぐに作業を再開した。
「……絡ませよう?正式なことはなにも決まってないですよ。」
「ははは、そんなこと言っちゃって……前、ブラドと『どうしてB組とは訓練させてくれないんだ!』って話しているのを見たよ。放課後鹿目少女とA組の皆が訓練しているのは聞いているけど、実際見たわけじゃないからね。教師の先輩として、相澤君がどんな考えなのか知りたいなあって。」
含みの無い視線を向けられ、相澤ははぁとため息をつき、あまりそれに意識を割かずに済むよう手を動かしつつも答える。
「彼女との関りが、A組にとって有益だからですよ。」
「有益?……つまり、ヒーローとしての能力や技能を伸ばすことに役立っているってことかい?」
「そうです。」
「ふむ……君から見て、鹿目少女はどんな人物なのか聞いてみても良いかな?その様子だと、どうも個性の強さだけの話じゃなさそうだね。」
「……そうですね、彼女は……」
相澤は手を止め、10秒ほど虚空を見つめこれまで見てきた彼女の言動を反芻した。
「……人の為に、力になることができる人間です。」
この簡潔な表現に、相澤は自分でかなり納得できた。
彼女の個性の面での貢献も勿論ある。高い威力の矢のような攻撃、身体能力、頑丈さなどなど、大抵の強個性に対抗できる存在であるために、あらゆるタイプの練習相手が務まるタイプだ。勿論状況によりけりではあるが、A組の全員が「まどかちゃんと実りある訓練ができている!」という感想を述べている。個性を使った動きに本人が慣れているが為に、素人対玄人の戦いにもならずに済んでいた。
だがそれ以上に、彼女との会話で気付きを得た生徒が多いことに相澤は注目していた。
例えば八百万百。体育祭で常闇に完敗して以来自信の喪失が見られた。さらに鹿目まどかとの戦闘訓練においては創造系個性という点にすら負けるのではという疑念を抱いてしまった。勿論彼女はまどかと比べ、弓に限らず生物以外の様々な物を作り出せるというのは唯一無二の強みだが、それでもその場面で注目を集めたのはまどかの生み出す弓だった。
しかしこのところ、八百万からその陰りが消えた。個性の使い方に劇的な変化がある訳ではないが、ヒーロー科の訓練において卑屈さが鳴りを潜めた。
それとなく話を聞いてみたところ、どうも鹿目まどかが中心となって彼女の話に親身に寄り添ったらしい。
「ええ。私が……その、お恥ずかしい話ですけれど、実戦の成績が出ずに落ち込んでいたところに、鹿目さんがお声をかけてくれたのです」
「百ちゃんが自信無くす必要ないよ!」
と。とはいえ、それだけで慰めとなったわけではなかったのですが、続けてこう言ってくださったのですわ。
「し、しかし実際私は、体育祭で負けてしまいました。万能ではあっても攻撃性能はない個性。その自覚が足りませんでしたの。今のままではどうしても、前線ではそのような戦闘向きの個性に遅れを取ってしまうことは確実。そしてヒーローにとっては重要な能力なのです。……はぁ、自分で言っておいてなんですが悲しい話ですわ……。」
「え、えーと?化学エネルギー、も生み出せているんだから、もっと色々なことができる……と思うんだよ!」
「化学エネルギー?……いえ、私の個性は物を生み出す個性でして、エネルギーを生み出すわけでは……」
「えっと……前に、せんこう……手りゅう、弾?を作れるって言っていたよね?」
「え?ええ。内容物としてはマグネシウム系化合物の粉末ですので、分子構成としては特に難しいことは無く……はっ!」
「う、うん。その、百ちゃんって物質だけじゃなくて、化学エネルギー、も生み出せると思うから、その方面から攻めてみると良いんじゃないかな!…………これで合ってる?」
鹿目さんからこんな兵器関連のお話が出るのは驚きでしたが、この点は私が全く気に留めていませんでしたの。ずっと質量の変換効率ばかり気にしていましたが、化学エネルギーに関しての考察は全くしていませんでした。私考えてみましたの。私の個性の真髄は、望みの物体を生み出す点だけではない。望みの安定状態で生み出せることがポイントではないのかと。考えてみればそうですわ……今まで私は、電池や、生き物ではない食料を生み出すことは出来ましたのに、どうしてここに気が付かなかったのでしょう?いえ、安定状態という括りで言うならば、そもそも固体のみしか生み出せないことも思い込みだったのかもしれません。創造元の脂質はそもそも液体ですものね。例えばミッドナイト先生のように特殊なガスを生み出すことも可能……!?私、今一度自分の個性の限界を探ってみるんですの!」
おおよそこのように八百万は話していた。鹿目まどかがそのような化学関係の話を持ち出すのは少々意外だったが、ともかく八百万はこの方面から攻めることを始めたようで、放課後雄英の高耐久実験室の貸出許可を毎日のように申請するようになった。
この話で好感が持てるポイントは、彼女が柔軟な発想により八百万に助力したことではない。至極当然のように、八百万が立ち直るにはどうすれば良いのかを考えた点だ。A組の他の女子と交ざって、至極当然のように。そして、そこに躊躇いは全く感じられなかったそうだ。
その観点でまどかの行動を改めて見てみれば、確かに彼女は人の為に個性を使う傾向があった。弓を見たいと言われればあっさり貸し出すし、個性が見たいと言われればその美しい光を安売りする。
それはヒーローの
トップヒーローにはなれないが、ヒーロー免許には値する人間。それが相澤の評価だ。
「……最近だと、鹿目が特にA組の女子と談笑している光景を見ます。そして衝突しているところを今のところ見ていません。そういう……なんでしょうね。人の良さのようなものを、彼女は持っていると感じます。愛されて育ったのでしょう。」
「ハハハ、良いことを聞けたね。相澤君、そういう側面はあんまり口に出さないのに。」
「なんですかそれ……。ま、ともかくこれが俺の評価です。参考になりましたか?オールマイト。」
「大いになったよ。ありがとう相澤君。」
「そりゃよかったです。」
「鹿目少女に仮免を受けさせるって話も、その評価故かい?」
再び予定の話を切り出され、相澤は調子を崩された。
「ああすまないね。これは君が話していたのを偶然聞いちゃったんだ。」
「……まあ隠す話でもないです。そうですね、今後の成績次第では。」
「成績と言うと……」
「ええ。鹿目には期末試験の実技に参加してもらう予定です。」
「ほぉ……どんな感じで?」
オールマイトは興味深そうに身を乗り出す。相澤は努めてその姿勢変化を気にしないようにした。
「まだ細かいところは詰めている状態ですが、おおむね一通りの試験が終わった後に結果が芳しくなかった、もしくは上手く評価が出来なかった生徒と組ませてみようかと。前提としてヒーロー科の実技試験ですから、もちろんA組生徒優先のスケジュールですよ。」
「今年はペアを組ませてやることになったね。鹿目少女も、見知った顔が居れば心強いだろう。それで、そこでいい結果が出れば……!」
「まあ……学校側としても仮免試験にGOサインを出せるかもしれません。まあ……彼女はヒーロー基礎学を受けてませんから、別途ペーパーテストを受ける必要も出て来るでしょうし。それにそもそも救助活動をどうするかって話もあります。まあ……その辺の知識不足に関しては、上が便宜を図ってくれることでしょう。」
「上……つまりヒーロー公安委員会が、彼女に免許を与えたがっていると?彼らにもそんなに彼女は評価されているのかい?」
「さあ。俺が聞いたのは、彼女のような特例の場合には、知識が重要となる試験に関しては猶予を与えてもいい、という話だけです。」
オールマイトは相澤の話を聞いている間、ずっと笑顔だった。それが相澤には居心地が悪い。だが不愉快ではなかった。
「相澤君。」
「今度は何です?」
「鹿目少女のことも伸ばしてやりたいと思っているんだね。」
「…………」
「そんなに顔を背けなくてもいいじゃないか?私ちょっと傷ついちゃうよ?」
「全然傷ついているように見えませんよ。」
相澤はまた顔を背けた。
実際、A組ではない彼女の力を伸ばそうという意図は図星だった。そしてそれが、彼女をA組の為に利用していることへの罪悪感を無くすためだったことを、指摘されたくなかったのだ。
「私はね。彼女は良いヒーローになるのではと思っているよ。なんというか……例えば緑谷少年と似た
「緑谷、あなたのお気に入りでしたね。」
なんとかオールマイトをこの話題から逸らせないかと相澤は試みた。
「え゛っ!?ま、まあ確かに精神面で気に入っているよ、彼のことは。」
「…………まあともかく。彼女がヒーローになることに関してはそういった側面だけじゃ上手くいかない世の中です。入試の時もそうだったでしょう。彼女はヒーローに向いているかもしれないが、トップヒーローには向いてないってことで落とした。」
「ああ……私も覚えているよ。あの時でも可能性を少し感じたものだけれどね。」
「雄英で提供するのはトップヒーローになるためのカリキュラムです。普通のヒーローになるための物じゃない。A組のカリキュラムをそのまま彼女に当てはめればきっと彼女は潰れてしまうでしょう。」
「しかし、彼女をヒーローにすることは問題ないんだ?私はそれが聞けて嬉しいよ。」
「……ともかく、鹿目の進路をどうするかは一度他の教師も巻き込んでキチンと考えないといけません。そもそも今までの話は彼女のやる気があること前提。時々聞くんですが、鹿目はヒーローという職業のことを「やることが多くて大変そう」と認識しているようです。実際他職と比べ、その通り。そこで足がすくんでしまうようでは、現代社会で重要な意味を持つヒーロー免許を与えることにはためらってしまいますね。」
「……そうだね。個性の行使というのは責任が常に問われる。それに関する知識も。その点、彼女のやる気は見定めなくてはならないね。」
「まったく、A組以外のことでの仕事が多くて困りますよ、最近は。美樹さやかの件も合わせて。」
次は、どうせバレるであろうA組や普通科C組の女子たちに美樹さやかの件をどうやって先んじて教えるか……を考えようか。と、相澤は再び手を動かし始めた。
オールマイトも自らの仕事に集中し始めたために会話は減ったが、それを嬉しく感じているのかを、相澤は後になって自信を失った。
というわけで次は期末試験編。あんまり長くしないつもりです。
・さやかの治癒魔法
組織の欠損や不可逆変化というあらゆる理屈をすっ飛ばし、「治った」という「結果」だけが残るッ!