蛇腔総合病院は関西地方の都市部から少し外れた場所にある。ここまで行くのに、いつも新幹線を使っていたから交通費にはそこそこ苦しめられた。
とはいっても、まだ一桁に満たない回数しか往復はしていない。回数を重ねたら、お気に入りの席が出来るのかとふと思った。
私とマミさんは、並んで座っている。私が窓側。二人とも無言で座っているので、傍目から見ると仲が悪い、もしくは他人同士とさえ取られるかもしれない。でも、よく見ればこの二人は時々何の脈絡もなく表情を変えたり、視線をそれぞれに向けることに気が付くだろう。
テレパスでこの後のことを話し合っているのだから、当然だ。
(確認ですけれど、グリーフシードやグリーフストーンは余分な量持ってきましたか?マミさん。)
(ええ。ほら、ずっしり。)
マミさんがお洒落なハンドバッグを軽くたたく。その部分は軽く膨らんでいる。
(それよりも……暁美さん。私と約束したこと、覚えているかしら?)
(あそこまでしつこく言われたら……流石に覚えます。)
私は最初、単にAFOがいるときに病院の地下を爆破すればいいと言ったのだけれど、マミさんに「そんな乱暴なことはダメ!」と猛反対されてしまった。
いわく、病院の中には動けない人たちがいるだの、万が一建物が崩壊したら大変だの、そもそも強大な相手に近付く必要はないだの、そんな感じだった。後で聞いた話だけれど、まどかやさやかから私が無茶しないように色々説得を受けていたらしい。
長い話し合いの結果、マミさん自身がついて行くことと、3つの約束を必ず守ることを条件に合意してくれた。それは、
・自分の身の安全が最優先
・病院の人たちが傷つかないようにすること
・敵を深追いしないこと
私がこの3つを復唱すると、マミさんは少し安心した顔になった。
(ちゃんと覚えてるみたいね。本当に、自分の身の安全を一番に守って頂戴ね?暁美さんは鹿目さんを大切にしているけれど、鹿目さんだって暁美さんの事が大事なんだから。)
(……そう、ですね。)
マミさんの言葉が本当だということは、まどかの言動の節々から感じ取れる。でも、時々私に無理して構っているのでは、と疑ってしまうこともある。自分でも、私がよくできた人間じゃないことくらい分かっているから。魔法少女の私たち以外で、私と喋っている人はまどか達より明らかに笑顔になることが少ない。
……それでも、今日の襲撃が上手くいけば幾分か私に価値が出るというものだろう。
(そうよ。暁美さんが見ていないところでも、鹿目さんはずっと暁美さんの事を心配しているのよ?多分、あなたが思っているよりも何倍も、ね。)
(…………ありがとうございます。でも、今日は気を引き締めないと。)
私がマミさんの言葉を信じ切れていないことを察せられたのか、マミさんが念を押してきた。聞いていると思わず甘えたくなってしまうような話だが、今日はそういうことを考える日じゃない、少し無理に思考を切り替えた。
(そうね……暁美さんは、準備は大丈夫かしら?)
(もちろんです。みんなに手伝ってもらった爆弾、無駄にはしません。ほら、これとかまどかが)
(ちょっと、暁美さんそれをここで出さないの!)
盾の中に収納していた爆弾を、マミさんにだけ見えるように出したけれど、マミさんは大焦りして私を止めた。
角度的に、他の人にも監視カメラにも見えないはずだけれど……まあ、よく考えたらわざわざ出す必要も無い。まどかが手伝ってくれた記念の一品だからちょっと浮かれてしまったかもしれない。
(……他にも、銃とか破片手榴弾を数えきれないくらい持ってきています。この世界にもAK-47があってちょっと驚きました。それと、使えそうなサポートアイテムもいくつか。……マミさん、念のために何か持っておきます?)
(要らないわ。せっかくだからもうちょっと魔法少女らしい戦い方をしたいわ……。それに私、そういう物の使い方もそんなに詳しくないのよ。あと、その話はくれぐれも表にしないでちょうだい。本当にね?)
マミさんが頭痛がすると言わんばかりにかぶりを振った。呆れているのだろうか?せっかくこんなにあるのに。
持ってきた大量の武器は、私が
◇
約二時間の新幹線の旅の後、私たちは駅を出た。大きな駅の周辺ということで、お洒落なカフェなどはしゃげる様な場所が多い。
まあ今そんなところに行く理由はない。さて次は直通バスで30分くらいか、とバス乗り場に向かおうとすると、マミさんが私の手を引っ張った。
「暁美さん、見て!『スウィーツ・パラダイス』の3号店よ!クラスの人がみんな新メニュー食べたいってすごく話題になっていたの!せっかくだしちょっと寄り道しても」
見ると、これまたお洒落なスイーツ屋があった。何やらヒーローとコラボしているらしく、「新発売!Mt.レディの超巨大パフェ!」と、透明なパフェグラスのくびれ部分が重量で割れないか心配になるほどに山盛りのパフェが売り出されていた。
でも、今はどう考えてもそんなことをしている場合じゃない。
「ダメですよ。ほら、後10分くらいでバスが来ますから。」
「も、もうちょっとゆっくりしても……せっかく新幹線で来たのに。鹿目さんのお土産にも良いんじゃないかしら?ほら、この通りとかとってもきれい。写真とか」
「そういうのは全部終わってからでいいでしょう?」
「……仕方ないわねぇ。」
かなり名残惜しそうにバス乗り場に向かうマミさん。
私だってせっかく来たんだから観光名所とか見てみたい気持ちもちょっとあるけれど、いつも我慢している。時間を無駄にするわけにはいかないのだから。
でもマミさん、思っていたよりもかなり観光気分だ。バスに乗っている中で私はちょっと心配になった。さっきからスマホで外の景色をパシャパシャとっていて、服装も結構気合を入れてお洒落してきている。それで迷惑というわけでは無いけれど、どうしても気のゆるみを感じてしまう。私は緊張していてそんなことをする気になれない。
敵の危険性が伝わっていないのかもしれない。マミさんに、何か言い忘れていたことがあったっけ?そう思って、私は最近手に入れた情報を頭に思い浮かべてみる。
しばらくすると、心当たりがある情報を思い出した。
(マミさん……言ってませんでしたっけ?)
(何かしら?)
(前その病院に潜入したときに、まどかのことを調べていたらしき資料があったことです。)
(えっ……!?)
やっぱり、このことを私は言い忘れていたみたいだ。
この件は、まどかには言っていない。心配かけさせたくないから。じゃあ、さやかやマミさんに言おうか?という話だが、もしかしたら何かの拍子に口を滑らせてしまうかもしれないし、そもそも
ということでマミさんにも言ってなかったのだけれど、今回は危機感を煽るために伝えた方がよさそうだった。今回殺害に成功すれば、無用な心配となるのだし。
私は前にここに下見に来た際に、殻木の持っていた書類の中から引っ張ってきて撮影した画像をマミさんに見せる。
(ほら、これですよ。)
(…………か、鹿目さん!?)
マミさんは私のスマホ画面に釘付けとなっていた。画像を拡大して中を読み込んでいる。
しばらくするとスマホを私に返した。そして、目つきは明らかに真剣みを増した。
(ごめんなさい、暁美さん。私、ちょっと危機感が足りなかったみたい。)
(分かってくれて嬉しいです、マミさん。)
(ええ。こうもダイレクトに大事なお友達が狙われているとなれば……黙っていられないわ。)
心なしか、マミさんの魔力が強く大きくなった気がする。
そしてそれに、私は一種の頼もしさを覚えた。もう大昔の記憶だけれど、初めて魔法少女の姿で出会ったマミさんから感じたもの。経験値的にはもう肩を並べてしまうはずなのに、今になってそれを感じるのはマミさん自身の魅力、なんだろうか。
(本当に、そうです。あ、ちなみにですけど、こいつやっぱり個性を持った人間を誘拐して人体実験しているらしいです、裏で。そんな感じの資料も、はい。)
私がついでに撮影した別の資料も見せると、マミさんはさらに真剣みを増す。見せたのは脳無の実験記録だ。偶然取りやすい場所にあったのでスマホで撮影しておいたものだ。
(暁美さん。正直私、半信半疑だったわ。いくら何でも人体実験なんて、って、心のどこかで思っていたわ。)
……ふと思う。この話、ループ中の頃の、特に初期だったら絶対信じてもらえないのだろう、と。
(…………私が説得が下手なのは、今に始まったことじゃないです。)
(ごめんなさい、疑っていたわけじゃないの。でも、実感が湧いていなかったの。どうしても、伝聞だけじゃ、説得力が無かったというか……。とにかく、今日は気合を入れるわ。)
キリッとした目で私を見るマミさん。こういう目をするときは、あのループ中だと大抵まどかやさやかを守るためで私は敵だったのだけれど、今日はまごうことなき味方。
久しく忘れていた彼女の頼もしさを嬉しく思いつつ、私はバスに揺られた。
◇
蛇腔総合病院は、裏はともかく表向きは普通の大きな病院だ。入院している人、手術を受ける人、ちゃんとした資格を持ったお医者さん……つまり、善良な患者と善良なお仕事をする人がいる善良な病院だ。
私は初め、そんな人たちの事を殆ど考えていなかった。怪我人が出たとしても、私が地下でAFOを倒せさえすれば、そうでなくても地下にいる大量の脳無を抹殺できれば、最終的にメリットの方が大きいと思っていた。
多分、それは間違っていないと思う。けれど、マミさん的には受け入れがたい被害らしい。せめて彼らが傷つかないようにするべき、と言って譲らなかった。そんな面倒なことをしている間に、
結局私は折れ、最低限彼らが怪我をしないよう対策することになった。
その対策をするため、私たちはバスから降りたら病院に入……らずに、近くにある建物の裏手の路地のようなところに行く。ここに来る人は基本蛇腔総合病院目当てで、病院以外の所に行こうなんて人は物好きしかいなかった。
誰にも見られていないことを確認して、病院の正面から人が出た瞬間を狙って、私は時間を止める。ただしマミさんも一緒だ。そして病院内に侵入し、目指した場所は電気室。カードキーによるロックがかけられていたが、物理的に破壊した。
「さて、まずはこれでOKですね。」
「ごめんなさい……病院にいるみなさん。」
マミさんがとても申し訳なさそうにしている横で、私は爆弾を機器の一つに設置した。起爆ボタンを押した状態でそこに置く。時間が動き出せば、即座に起爆するだろう。
そうして私たちは病院内のトイレの個室に入る。色々下調べしたおかげでスムーズに作業でき、消費した時間は3分くらい。
病院内の電力網の主要系統の破壊、これが第一にやることだ。
なぜこんなことをするのかというと、病院内の人に外に避難してもらうためだ。
地下で大きな爆発が起きれば勝手に病院内の人は避難するかもしれないけれど、話はそう単純じゃない。地下で大規模な爆発が起きて施設に損傷が発生したら、おそらく停電する。どの程度かはやってみないと分からないけれど、場合によっては予備電源も動かず停電してしまうかもしれない。
例えば入院患者にALSの人がいて、自力で呼吸が難しいために常に人工呼吸器に繋がれていないと生存できない。そんな中、完全に停電したら命の危険がある。
そういう人たちを安全に外に運び出すにはどうすればいいのか?私が時間停止中に運び出して他の病院の所に連れて行くこともできるが、時間がかかりすぎる。そもそも私は、そういう人たちを動かすときに何に気を付ければいいか分からない。
それよりも、専門の人たちに動かしてもらう方がいい。つまり救急車などでそういう人たちを別の病院に運んでもらうのだ。
という目的で、病院の主要電源系統を破壊する。ただし、予備の方は破壊しないように。これで、救急車などが来るまでの時間までは重要な機器が動き続けるだろうし、爆発騒ぎと言うことで中の人たちも勝手に外に出る、はず。まあいざとなったら私が時間停止で無理矢理何とかするつもり。
周囲に変なカメラが無いかを確認して、時間を動かす。小さな爆発音、そして一瞬明かりが明滅した。すこしして、念のために再度時間を動かして予備電源が動いているかを確認する。想定通り動いてくれていた。
ここまでで、おおよそ10分くらい。
しばらく様子を窺っていると、サイレンの音が聞こえてきた。ついでにヒーローらしき人の声、救急車の音も聞こえてきた。
ちなみに聞き耳を立てると、こんな感じの会話をしていた。
「……はい。怪我人はいないことを確認しました。提携病院への搬出も完了です。……ええ、何故か電気室だけ爆破されたようです。」
「周囲に不審な人影は、今のところはありませんね。」
「
「外側から電気室の扉が破壊された痕跡があるから、事故じゃない。病院内の患者が狙いか?でも予備電源が破壊されていないのは妙だな。うーむ、単に知らなかっただけかもしれないが……。」
色々疑われてはいるけれど、ひとまず危なそうな人は外に出てくれたようだ。マミさんも一安心してくれた。
さて、ここからが本番だ。
◇
「それにしても、こんな立派な病院の地下にそんな悪の施設があるなんて、今でもちょっと信じられない気持ちだわ。」
「私も、初めて来た時はフィクションかと思いましたよ。」
「魔法少女になっても、そういう感覚って残っているものねえ。」
非常用電源のみで薄暗くなった病院内。見つけ出すのに3日分、合計3時間くらいかかった隠し扉のところに案内する。
「それで……ここかしら?ただの壁に見えるけれど……。」
「ええ、そうです。」
案内したところは、一階の長い廊下の中腹部分。見た目はただの壁なので、マミさんが怪訝な顔をしている。
私も最初はここに地下への道があるなんて知らなかった。怪しい動きをするであろう夜間に何回も時間停止して、ある時殻木がここの扉を開ける瞬間に立ち会えた事で気が付けた。あの時は、病院内のトイレの個室の中で何回も時間停止して殻木の動きをいちいち追跡した。本当に面倒な調査だった苦い思い出がある。時間を止めて、様子を確認するために個室と殻木の間を往復して、また動かして……をちまちまちまちまする作業。途中からは眠気が襲ったのを覚えている。
ともかく調査の結果、ここを開けるのはそこまで難しくないことが分かっている。
廊下の壁のある一部分。見た目は変わらないが、触ってみると少しへこむ部分がある。そこを指で強く押す。
……のだけれど、何も起きない。前やったときは上手くいったのに。原因が分からず焦ってしまう。前は謎の技術で突然壁に継ぎ目が現れ、扉を形成したはずなのに。
「あ、あれ?前は上手くいったのに。」
「時間を止めているからではないかしら?」
「……あ。」
ちょっと間抜けなことになってしまった。私は何も言わず人目につかない場所に移動しようとするけれど、マミさんはそれをちょっと笑いながら見た。茶化しもしてくれないので逆に恥ずかしくなってしまう。
トイレの個室に入って時間を数秒だけ動かして、元の場所に戻ってみたらちゃんと外向きに開いていた。明らかに工業チックな、人間に対して刺々しい雰囲気の通路が現れる。
そこに足を踏み入れた途端に、空気が変わった。
見た目の雰囲気が変わったというレベルじゃない。明らかに重みというか、負のエネルギーというか。立っているだけでソウルジェムが穢れていきそうな嫌な感じがするのだ。
「何なの、ここ……すごく嫌な感じ……。」
「多分、AFOの個性か何かだと思います。杏子も言っていた、恐怖のオーラを放つ個性、といった所だと思います。」
「ま、まるでワルプルギスの夜がいるみたいね……というかそれって、AFOがここにいるということかしら?」
「おそらく。前に来た時は、こんな感じじゃありませんでした。……ここから先、なにが起こるかわかりません。慎重に。」
……自分で言って気が付いたのだけれど、なぜAFOはわざわざ相手に恐怖を与える個性を持っているのだろう。交渉を有利に進めるためだろうか?AFOの能力ならば大抵の交渉は力押しでどうにかなってしまうだろうに。もしかして、悪の帝王だから威圧感を出したいとか?……いや、そんなファッションみたいな理由じゃないか。
ともかく、そのオーラが充満しているせいでマミさんも私も完全に精神が戦闘モード。時間停止中と言えども油断できないと、周囲に罠が無いかと慎重になりながらも進んでいった。
通路には明かりが設置されていなかった。もしくは、あるけれども主要電源が落ちているせいで点灯していない。途中からは病院の表の通路からの光も無くなり、完全に暗闇になってしまった。
懐中電灯を取り出そうとすると、マミさんが「待って」と言った。
「こういう時こそ、心が温かくなるものを作るべき、よね。」
マミさんがリボンを使って、ハートを模した光るものを作ってくれた。見ているだけで心が落ち着く、あたたかな黄の光。魔法少女は本来こうあるべきよね、と自信をもって言える暖かさだ。
そのマミさんのリボンだけれど、明かり以外にも進んでいる間に偵察のような役割を果たしてくれた。それぞれが蛇のようにうねりながら、死角になっている部分を突っついていたり、怪しげなカメラやセンサーがあったら先んじて破壊してくれたり。私一人だと不安に思いながらも進むしかなかっただろう。特に、時々出くわす下り階段などではありがたい。構造的にどうしても死角が多くなってしまうから。
本当に久しぶりの感覚だ。いや、もしかしたら初めてかもしれない。マミさんとこんな風に肩を並べて進むなんて。ループ中はいがみ合うことが本当に多かったものだ。ループを脱した後は流石に仲が悪くなくなったけれど、マミさんと二人きりで戦う機会は無かった。いつもまどかやさやかや杏子が隣にいた。
……これで良いのだろうか。私が口下手なせいで迷惑をかけていないか、ちょっと不安になる。今はほぼ無言で警戒しながら進んでいるけれど、もしかしたら雑談とかしながらの方が気が楽になるのだろうか?マミさんは魔女結界にいる時、時々冗談を言ったりするタイプだった。私は周囲の警戒で何もいう気になれなかった。……でも、何を言えばいいのだろう、こういう時。
「……助かります、マミさん。私、そういうのは出来ませんから。」
「いいのよ。ね、協力して戦うって心強いでしょう?これからもどんどん頼って頂戴ね?私だけでなく、鹿目さんや美樹さんにも、ね!」
私、そんなに一人で突っ走る人間だと思われていたのか。協力してもらえる時にはしてもらっているつもりだったのだけれど、マミさんから見ると頼るという行動がまだまだ少ないらしい。
自分の振る舞いに不安を覚えた私は、思わず聞いてしまった。
「あの……マミさん、私、この場で……」
「あら、どうしたの暁美さん?」
「……何かほかにするべきこと、ありますか?」
「そうねえ……」
マミさんは口に指を当ててしばらく考えていた。
少しすると、私に答えをくれた。
「私たちは魔法少女なんだから、もっと幸せな気分で戦いましょう!」
「幸せな、気分ですか?」
「今日の暁美さん……いえ、最近の暁美さん、ずっと怖い顔をしているもの。私たちの精神状態がソウルジェムに影響するのは知っているわよね?なら、私たちは幸せに戦うの。それが私たちの為であり、魔法少女の運命を否定する。それってとっても素敵なことだと思わないかしら?」
ね?とウインクするマミさん。
私は何も言えなくなってしまった。落ち込んでソウルジェムを濁らせないように、とは考えたことがあるけれど、幸せな気持ちで!というのは考えたこともない。
「戦力的な面で言えば、暁美さんは本当に頼りになるわ。むしろ、私が頼りたくなっちゃうくらい。でも、幸せに戦うっていう面では、まだまだ私の方が先輩ね。暁美さんの言う悪の親玉のAFOに立ち向かうためにも、もっと笑顔よ、笑顔!」
お手本と言わんばかりにあたたかな笑みを浮かべるマミさん。私はそれを受け止めきれずに、顔をそらしてしまった。
笑顔……自分で笑おうとしてみるけれど、どうやってもぎこちなくなってしまう。鏡は無いから上手くできないのかもしれない。……でも、改めて私が笑っている時はどんな時かと思い返してみると、言葉が出てこなかった。
私は、思っていたよりも心が追い詰められていたのかも知れない。
◇
そうしてしばらくすると。不意に前方に紫に近い光が見える。見方によっては美しいと捉えられるかもしれないが、この先に何があるか知っている私達には毒々しく映る。
「……紫の光、いよいよかしら?」
「ええ。脳無の製造工場、そしてAFOがどこかにいます。」
そして数秒後、私たちは通路を抜ける。
同時に、マミさんが息を呑んだ。
私も、改めて見てもとんでもない場所だと思う。地下空間のくせに天井までの距離が10m程もある。学校の体育館をはるかに超える広さの秘密の空間が、病院の地下にあるだなんて殆ど信じてもらえないだろう。
ましてや、そこには所狭しと脳無用の培養カプセルらしきものがある。それも半端な数ではなく、100は超えている。多くは空だが、いくつかは中身が入っている。
「なんて大きい……ほ、本当に脳無を作っているの……!?」
マミさんがこの施設の規模に圧倒されている。魔女結界以外でこんな現実離れした光景は初めて見たのだろう。脳無が入っているカプセルの一つに近寄ってしげしげと観察しているが、しばらくすると倫理を投げ捨てた所業への嫌悪感が出てきたのか顔をそらした。
それらも脅威ではあるけれど、最優先目標ではない。
「マミさん。この嫌な感じは大体あの方向から感じられますよね。」
「え、ええ。そうね、私もそう感じるわ。」
「行きますよ。本命がいる場所です。」
「……ええ。」
太いチューブが無造作に敷かれて歩きにくいことこの上ない通路を進む。段々と嫌な感じが強くなっていく。マミさんは、周囲にある脳無を恐怖と嫌悪が混じった目で眺めつつ、言葉少なに私の傍にいた。……心なしか、ちょっと距離が近くなった気がする。
嫌な感じを辿っていくと、ドーム状になっていた空間の端に辿り着き、やがてさっきのような狭いチューブだらけの通路が見えてきた。奥にはかすかな光と、人影。その暗く狭い通路をさらにしばらく進むと、前方に少し開けた場所が見える。モニターなどが大量にあるので、何かの作業をする場だと分かる。
その人影は2つ。どちらも座っている。
それを認識した瞬間、絶対に体の不調などではない、吐き気に襲われる。
「……うっ。何なの、こいつ……!」
「…………間違いありませんね。こいつです。」
口を押さえるマミさんに私がそう言うと、言葉を発する余裕が無いのかマミさんは大きく首を縦に振ることで返答した。
目の前にいるのは、白衣の男と、スーツ姿の男。白衣の方は殻木だろう。モニターに向かい合って何か操作している。電気室が映っているので、何故爆破したのかと原因を調べているのだろう。
そして、その隣に座っているスーツ姿の男。
もう、見るだけで不快になる。
首から下はビジネスマンのような格好だが、上は趣味の悪いマスクのようなものを被っている。口部分には管がつけられており、近くにある何かの機械に繋がれていた。
それだけなら気味が悪いで終わるだろうけれど、感じる印象の悪さはそんなものじゃない。この世の絶望や、死のイメージを凝縮させたかのような恐ろしさ。ワルプルギスの夜の威圧感がここ一点に集中したかのような感じ。恐ろしい魔女との戦いを経験していれば、恐怖で一歩も動けなくなってしまうであろう程の威圧感。
それが目の前の男、AFOから放たれていた。
「……ほ、本当に人間なの?これ……」
「人間も、化け物になりえるということでしょうね。……私たちのように。」
「ちょっと暁美さん、冗談でもこんなのと一緒にしないで頂戴。」
普段言葉遣いには気を遣うマミさんが、人に向かって「こんなの」呼ばわりするの、初めて聞いた。それにも納得してしまうほどの嫌悪感だった。
AFOを始めとした二人の様子を観察していると、ふと殻木の傍に乱雑に置かれていた書類が目に入る。
前は、位置の変化に気付かれることを恐れて慎重に扱ったけれど、今日は遠慮する必要が無いので雑に手に取る。
中身は、この二人の醜悪さを裏付けるものだった。
内容の醜さに私は顔を顰めたのだろう。マミさんが私の顔を見て怪訝な表情をした。
「暁美さん、そこには何が書かれているの?」
「……これからの犠牲者の予定です。」
「何よそれ……!?」
マミさんに書類を渡す。読み進めるマミさんは、表情が怒りにみるみる染まっていった。
中に書かれていたのは、脳無の素体候補や、有用な個性保持者のリスト。やれ個性が「耐久」だから素体に適しているだの、「散弾」だから「身体細分化」とちょうどいいだの。人間が個性という価値の下カタログのように羅列されていた。ユーモアのつもりなのか、ところどころ「代替個性としておすすめじゃ!」だの「多分○○の下位互換」だの、身勝手極まる感想が添えられている。
そこで突然、バン!とマミさんはそれらを机に叩きつけた。
「こんなところ、今すぐ爆破しましょう!これ以上この世に存在させちゃいけないわ!」
「ええ。それでは……これが、爆弾です。お願いします。」
「任せて!全力で手早く済ませて来るわ!」
持ってきた爆弾の半分くらいをマミさんに渡した。両手で持ちきれない量だけれど、リボンを使って器用に持ち歩いていた。
そして手分けして、爆弾をそこら中に貼り付ける。まずは脳無のいる装置のあたりを重点的に。ピンを抜いて、時間停止を解除したら即座に起爆するようセット。
5分もすれば、めぼしい場所は一通り設置し終えた。
私とマミさんは、AFOがいる位置に再度合流する。
「さて、暁美さん。爆弾は後どのくらい残っているかしら?」
「40個くらいです。」
「オーケー。じゃあ、少しだけ残して全部ここに突っ込んじゃいましょう!」
二人で、爆弾を起爆して殻木とAFOの近くに配置する作業が始まった。
起爆時のカチャ!という信管に衝撃が加わる音が一定のリズムで続いた。普通なら、直後の爆音で聞くことができない音だ。軍隊で実際に戦闘行為をする人でも滅多に聞けない音だろう。
あっという間に、殻木とAFOの周りは爆弾で埋め尽くされた。どうせならマスクを外して口の中に突っ込みたかったけれど、マスクの構造的に外せなかった。でも、殻木の方はそうできた。バカみたいに大口開けて、爆弾を突っ込まれている様は、悲惨であり滑稽でもあった。……殻木の個性は何なのだろう?個性届では無個性だった。それならいいのだけれど。
ついでに、調合した強酸性の液体をドバドバとAFOの頭からかける。さらについでに持ってきたアサルトライフルで100発ほど頭に弾を叩きこむ。もっとついでに
それらが終わるころには、もうAFOの姿が直接見えなくなっていた。ハッキリ言って我ながらヤケクソだと思う。終わってからもっとスマートなやり方があるんじゃとちょっと恥ずかしくなった。
さて、時間停止は残り20分。余裕はあるけど、無駄にはできない。
「さてマミさん、外に出ましょうか。」
「ええ。……やり残したことはないかしら?」
「おそらく……。」
一応この書類関係や、持っているスマホとかをついでに頂戴しておこうかと思ったけれど、止めておいた。個性で罠が仕掛けられているかもしれないし、そもそもコイツらが持っていたものを余り持ちたくない。
「さあ、行きましょうマミさん。」
と、私たちはこの男二人に二度と会わなくて済むよう祈りつつその場を後にする。
しかし、少し進んだところで、マミさんが「あ!」と何か思いついた声を出した。
「なんですか?」
「久しぶりに、一発やりましょうか!暁美さんは私の後ろへ下がって。」
そういって、マミさんは私を遠ざける。マミさんももう少し距離をとって、先ほどの脳無が大量にいる広間に来た。
そして、AFOがいる通路に向かう。ここからよく見たら、遠くにAFOが見える。
マミさんは、おもむろにリボンを大量に出した。そしてそれは、久しく見ていなかった大型マスケット銃に変貌する。
それは重い音とともに、地面に設置された。銃口の先には、あの二人がいる。
「犠牲になった人たちの無念を、思い知りなさい!ティロ・フィナーレ!」
フリントが降り、まばゆく強大な光が放たれる。巨大マスケット銃自身を崩壊させるほどの衝撃で放たれたそれは、寸分狂いなく男二人の元へ飛んでいった。普通ならばターゲットを粉砕する威力だが、当たる直前にピタっと止まる。
マミさんは、それを見届けて息をついた。
「……倒すところが見えないんじゃ、張り合い無いわねえ。」
「いえ、心強いです。最近めっきり使う場面を見ないので、頭から抜けていました。」
「ちょっと、私の必殺技よ?忘れられるなんて寂しいわ。……もうちょっと撃ち込んでおこうかしら。」
ちょっとした思い付きという軽さで、マミさんは再度巨大なマスケットを出現させる。そしてティロ・フィナーレを発動し、止まっている光の弾が2つになった。
「……魔力には全然余裕があるし、もうちょっと……」
「まだやるんですか……?」
その後、マミさん曰く「なんとなく」で、ティロ・フィナーレが3発追加されてしまった。明らかに過剰火力だけれど、仕留め損なわなければ問題ない。……私がさっきヤケクソに弾を撃ち込んだのを思い出した。
最近発動機会が無かったから、ちょっとはっちゃけているように見えるのは気のせいだろうか。
「さあ、行きましょうか。」
「ええ。いよいよ、終わりますね。」
私たちはこの空間の入口に戻る。この後死亡確認をするのだから、余り離れた場所にはいけない。ついでに、マミさんが地下空間の崩落対策とかなんとかで、空間全体をリボンで覆うらしい。
念のために二人のソウルジェムの穢れを取っておく。流石にこの威力で死なない生物なんていないと思うけれど、念のため。
私は時計に意識を集中させ、やり残した事が無いかと自分の行動を思い返した。
……思えば、コイツのせいでとても面倒を被った。
私の休日の時間は丸々対策に当てていた。調査の為のお金だって、3人にいくらか出してもらったとはいえ、決して無視できる額じゃない。コイツの調査の為に非合法な組織の事だって調べたし、そいつらのやっていることを見るのはとても不愉快だった。
どれもこれも、このAFOという巨悪のせい。
でも、そんな忙しくて心労のかかる日々ももう終わり。
無事死体を確認出来たら、久しぶりにまどかとどこかお出かけしたいな。帰りに、マミさんが言っていたスウィーツ・パラダイスに寄るのも良いかもしれない。気分が良くなるだろうから、さやかにたまにはお土産でも買ってあげよう。杏子ももうちょっとしたら出て来るだろうし、前祝いで何かあげても良いかもしれない。
そんなささやかな楽しみを浮かべながら、いよいよその時を迎える。
「マミさん、いいですか?」
「ええ。やっちゃいましょう!」
「……じゃあ、いきます。耳を塞いでください。」
そして私は、耳を塞ぎつつ時間を動かす。
直後、爆音。
今まで聞いたことが無いレベルの大きさの轟音が耳に届く。耳を手で塞いでもなお耳が痛くなった。そして予想通り電力がやられたのか、あたりは真っ暗に。マミさんのリボンが再び暖かく光る。
すこしして、何か分からないけれど嫌な臭いも届いた。何かは分からないけれど、明らかに人体に有害そう。
私は再度時間を止め、あの広間に戻る。
脳無のカプセルは軒並み破壊され、ところどころ赤い肉片があった。体表は黒いのに中身は赤いのを見ると、あんな見た目でもやはり人間がベースなのだなと思い知らされる。一部形を保っているのもあったけれど、流石にすぐには動き出さないだろう。
土煙に惑わされつつも、先ほど歩いたルートを思い出して進む。そして、AFOがいた空間に繋がる通路の所へ行ってみると。
「……崩落しているわね。」
その通路は瓦礫で埋まってしまっていて、とても人が通れる道ではなくなってしまった。
「困ったわ、これじゃ死体の確認が出来ない……」
「さ、さすがにあんな爆発だったのだから欠片も残っていないんじゃ?」
「分かりませんよ。『個性を奪える個性』ですから。何が起きても不思議じゃないです。」
「……まさかとは思うけれど、死んでも復活する個性とか持っているんじゃ……?」
「悪い予想はいくらでも出来ますけれど、ひとまず死体のようになっているかは知りたいですね。」
とは言ったものの、どうすればあの向こう側を確認できるか分からない。マミさんのティロ・フィナーレで瓦礫を吹っ飛ばす?と一瞬思い浮かんだけれど、多分上から追加で瓦礫が降ってくるだけだろう。
「……仕方ないわ。暁美さん、時間停止を解除して、しばらく様子を見て何も無かったら帰りましょう?」
「…………わかりました。」
ここで時間停止を解くのは怖いけれど、このまま停止の時間を無駄にするわけにもいかない。
私は渋々、停止を解除する。直後、周囲の煙が動き出し、嫌なにおいが鼻を突いた。
この空間が崩落しないかに気を付けつつ10秒くらい待ってみた。けれど、何も起きない。
しばらくすると、マミさんが口を開いた。
「もう、外に出ましょう?確認できないのは気がかりだけれど、仕方が無いわ。」
「……本当に、確認手段は無い、ですかね。」
「少なくとも今の私達には思いつかないもの。それに、こんな嫌な感じの場所からは早く出たいわ。」
「そうですね。こんな嫌な……!」
言いかけて、私は気が付いた。
この場所について以来感じていた嫌な感じは、おそらく個性由来。
そしてそれは、未だに感じられる。
それが意味することはつまり。
「暁美さん?」
「危ない!」
私は直感的に危機を感じ、時間を止める。マミさんは止まっているままだ。そして、位置を数mほどずらす。崩落した通路の正面に立っていないことを確認して、時間を動かした。
直後、通路を埋めていた瓦礫が弾けた。
そしてマミさんがいた場所に、黒い何かが飛来した。槍のようにも見える禍々しい何か。それは、通路の場所から放たれていた。
なにも刺せなかったと分かったのか、それはすぐに引っ込む。
「ま、まさか、あれで……!」
「暁美さん下がって!壁を作るわ!」
マミさんはリボンを大量に展開し、私たちの前に壁を作る。リボンには大量の魔力が込められていて、先ほどの槍攻撃程度なら十分防げる程度の硬さ。
私達から奴の姿が見えないのは不安だけれど、私たちの姿だって見られたくない。
少しすると、不規則だが良く反響する靴音、そして地獄の底からの怨嗟に思える声が響いてきた。
「………き、貴様ら、が、……よぐも……」
酷いだみ声。しかしこれだけ弱っていても、強い憎しみの意志を感じる声。
聞き取ることに集中力を要するが、意味ある言葉を放っていた。
AFOが、生きていて、向かってきている。
私はテレパスでマミさんと大急ぎで相談を始めた。
(マミさんどうしよう!?あれだけの攻撃で生き残っているなんて!私、奴を殺せる攻撃手段を思いつきません!とりあえず、もう一回時間停止で……)
(待って。こうなった以上、時間停止はなるべく残しておくべきだわ。いつでも発動できるよう準備して。大丈夫、いざとなったら時間を止めて逃げられるわ。)
(そ、それじゃダメです!ここで殺しきらないと!)
(約束したわよね、自分の身の安全が第一よ!……そうね、時間を止めて、奴の様子だけちょっと見てくれる?)
(わ、分かりました。)
マミさんに言われた通り、再度時間を止めて、私は壁の前に回った。
通路の出口あたりに、奴はいた。上半身の服は吹き飛び、あのマスクも無い。そして、首から上はまさに化け物だった。皮膚は爛れ、筋組織、骨はむき出し。口の部分は不気味な穴になっていて、歯が何本かむき出し状態。
それでも、損傷は脳には届いていないように見える。大けがではあるが、致命傷ではない。そんな状態だった。どんな個性で防御したのかは知らないが、生きている。間違いない。
私は、見たものを一通りマミさんに伝える。
(……ありがとう暁美さん。どうしましょう……停止時間はあとどのくらいかしら?)
(10分と、少しくらいです。)
(…………いったん停止を解きましょう。さっきは身の安全が第一、といったけれど、奴を生かすことで将来的には危険に晒されるものの、リスクをとることにも意味はあるわね。)
私はリボンの壁の後ろに回って時間を動かす。
奴は、また少し歩いた後に止まったようだった。
壁越しでのにらみ合い。マミさんは、周囲にマスケット銃を出現させた。私にも一丁渡してくれた。
もう一回、全力の火力をぶつけてみようかと提案しようとしたところ、壁の向こうにいる化け物が口を開く。
「……ぼ、ぼぐは、あぎ、らめない。ぎみだじは、ぼ、ぼぐを、む、む……でぎない。」
醜くこの世にしがみついているゾンビのような声はやはり聞き取りづらく、テレパスでマミさんと再び相談する。
(……なんて言っていると思います?)
(うーん……「僕は諦めない。君たちは、僕をむ……できない。」と聞こえたわ。ええと、聞こえなかったところは……)
(無視できない、でしょうか?)
そんなことを考えていると、再び。
「ぁ、か、鹿目、まどか……」
「なっ……!?」
「の、ど、も、だじ、がああぁ……!」
顔は見えない。でもその口角が吊りあがっている事が分かる。奴は言った、「鹿目まどかの友達か!」と。
やはり、コイツはここで仕留めないといけない。でも、もう爆弾は殆ど残っていない。
どうすればいいか分からなくなった私は、時間を止めて、爆弾を一つコイツの口に突っ込んだ。そして、停止解除と共に起爆。
「!ガホッ、ゴホッ……」
……やっぱり、死なない。ちょっとせき込む程度の反応しか見られなかった。
また私は、物理攻撃力の低さに悩まされるのか。本当に嫌になる。
そして、奴がまた口を開く。
「――――――――――――、はじ、がづ、ぼぐは、いる。げ、……とうし、ようじゃ……か。」
それは、地名だった。そこに八月、「僕がいる」?その後に続くのは「決闘しようじゃないか」だっただろうか。
……要するにこれは、その場所で八月に戦ってやるから来い、ということだろうか。
怪しい。絶対に罠だ。AFOめ、何を考えている?素直にその場所に行ったら、地面に設置してある大量の爆弾がドカン、なんて感じに決まっている。
次に、壁の向こうからなにか音が聞こえてきた。ズオオとでも形容するべき、自然発生するとは思えない個性による音。攻撃かと思い、私とマミさんはすぐ避けられるよう構える。
「……馬鹿め!」
しかししばらくすると、罵倒と共に音は止んだ。
すこしして、突如体が軽くなったように感じられた。一体何が、と思考する。
しかし次の瞬間、私は失敗を悟り、地団太を踏んだ。
「逃げられた……!」
慌てて時間を止めて壁の向こうに回り込むと、そこにあったのはUSJの時と同じ、黒い霧。
悪あがきに発砲したけれど、それは霧の向こうの壁を穿った。
◇
蛇腔総合病院の地下にて発生した大規模爆発事件は数日にわたりニュースのトップを飾ることとなった。
それは、規模だけで言えばヒーロー社会始まって以来5本の指に入る規模の爆発だったと言われている。そして、この事件には大きく2つの謎があり、専門知識を有する者から只のインプレッション目当てのインフルエンサーまで幅広く考察をまき散らすのだった。
まずひとつは、この事件の被害の小ささ。驚くべきことに、死者一人、爆発の揺れにより軽いけがを負った者はいたが病院内で数名程度だった。
何故ここまで人的被害が少なかったのか?それは、事件直前にあったもう一つの爆発事件にある。大規模爆発の数十分前、病院内の電気室で爆発が発生。それにより病院内の主要電源のみが破壊された。しかしそれにより病院内の重症患者は大規模爆発の前に病院内から運び出され、結果的に当時病院にいたのは少数の医療関係者とその事件の調査をしていた警察関係者、ヒーローだけだった。爆発の規模は尋常ではなく、病院内のあらゆる所に罅が入り場所によっては崩落さえしている部分があった。事前の小爆発が無ければ、数多の一般人が犠牲になっていただろう。
そしてもう一つは、爆発が発生した地下空間の正体だ。
警察の発表によると、地下には大規模な施設があったという。それは半端ではない規模であった、という噂になっている。というのも、野次馬の一部がこのような証言をしたためだ。
「ああ。地震かってくらいデカい揺れがあった。俺はヒーローが好きだったから、『お!ヒーローが集まって来るぞ!』って少し離れた所から病院を眺めてたんだよ。実際いくらかヒーローが来て、俺は普通に良いなあって思いながら見てた。でも、爆発から1時間位した時だったかなあ。なんか途中からすごい数の護送車やヒーローが集まってきて、警察の特殊部隊も来たんだよ!オマケに最終的にはあのオールマイトさえ来たぜ!オールマイトだ!って近寄ろうとしたら規制線がめちゃくちゃ拡大され始めて、それで俺は病院を離れざるを得なくなった。いやー、アレ絶対裏があるぜ!」
これはとある動画配信者がアップロードしたインタビュー動画。既に一千万回再生されるほどの注目度となる。しかし、その地下空間の詳細に関して警察は「捜査の支障となるために回答は控える」の一点張りで、記者がどれほど
病院関係者は一貫して地下空間など知らないと答える。そして肝心の院長殻木球大は、死亡。様々な慈善事業に手を出していたことから多くの人々に悲しまれ、同時に表の人々が真実を彼に問いただす機会は永久に失われたのだった。
そう、表からは。
人々が想像する通り、この事件には裏がある。
いや、裏というには重すぎる、社会の闇だ。
その地下施設は、悪の帝王AFOの巨大なアジトだったのだ。そしてそこは、雄英や保須を襲った人造兵器「脳無」の製造工場だったのだ。
それらは悉く破壊され、中にいた脳無も殆どが死亡していた。一部、保須を襲ったレベルの脳無が手負い状態ではあるが生きていた。それらは駆け付けたヒーローを少々苦戦させたがその場にとどめられ、最終的にはオールマイトによって捕獲された。
その後の捜査で、脳無以外に一つの遺体が見つかった。ほとんど原形をとどめていなかったが、DNA鑑定により殻木球大と判明。さらに周囲にあった機器類のHDDからも、一部ではあるが情報の復元に成功。それにより、彼は裏で孤児院から有用な個性を狙って子供を誘拐していた、などの所業が判明する。
人々が慕っていた存在が悪魔の所業に手を染めていたなどとなれば、人々の猜疑心は大いに深まるだろう。ヒーロー公安委員会の判断のもと、社会に混乱を与えない目的でこの情報は秘匿されることとなり、殻木球大は表の顔である「積極的に寄付をする素晴らしい人格者」のまま、人々の記憶に残ることとなった。
だが、彼らとてこの事件の全容を完璧に把握しているわけではない。
まず、実行犯が不明。AFOに恨みや恐怖を持つ者など星の数ほどいるので、動機からは絞りづらい。ただ、捜査の結果爆発は個性によらない兵器によるものだったということが判明しているので、創造系の個性ではと噂されている。しかし、あれほど大規模の爆発を起こせる爆弾を生み出せる個性ならばとっくにマークされているはずだが、該当人物は見つかっていない。
その他、どうやってその爆弾を地下施設に運び込んだのか、事前にあった小規模爆発は同一人物のしわざなのか、規模的に病院が全壊してもおかしくないレベルだったのに何故崩落せずに済んでいるのか、謎は尽きない。
恨みを持った
・殻木球大
死にましたー☆
・調整途中の大量の脳無
死にましたー☆
・AFO
殺害失敗……