個性『魔法少女』   作:Assassss

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高評価、誤字報告、感想ありがとうございます。

CHAOS:Childプレイしました。めっちゃよかった。


後に託す

「だ、誰か、た、た、助け……!」

「さて弔、問題だ。この惨めなヒーローの個性を当ててごらん。」

 

ヒーローの救いの手など絶対に届かないであろう薄暗い部屋。2つの部屋、そして計3人の男がいた。片方には2人、もう片方には1人。

部屋の間には一枚の透明で大きなガラスがあった。そのガラスの片面、1人がいる方は酷く汚れている。その汚れは只の汚れではなく、血、肉、皮膚片といったものが付着して数時間経過した、不潔で恐ろしいものだった。その生体組織は、中の1人の男が由来だ。彼は数時間、そのような肉片が部屋中に付着してしまうほどに暴れたのだ。

それを通して、もう片方の部屋にいる2人の男が、その1人を眺めている。並の倫理観を持っている人間ならば通報するなりその男を連れ出そうとするなりするかもしれないが、そんな素振りは全く見せない。この状況は、彼らが意図してセッティングしたのだから当然だ。

2人がしていることは、血まみれで苦しむ男をじっくり観察することだった。

 

「……分かんねえよ、先生。」

 

そのうちの一人、死柄木弔はうんざりしたようにガラス越しに男を眺める。

 

「何度も言ってんだろ。コイツの個性は『回復』とかじゃねえの?」

「ぼくこそ何度も言っているけど、不正解だ。それは、彼の個性の一面でしかない。」

「薬を打った。腕を切り落とした。炎を浴びせた。ヤケクソになって髪の毛を毟った。でも、結局何しても元通りだったぜ、先生。」

「ヒ、ヒッ……!」

 

弔が話している相手はここにはいない。設置されたスピーカーから、少し弱弱しく感じる声が話し相手だ。

その喋りに反応し、怯える男は部屋の隅で丸くなる。恥を知らない子供のような怯え方であり、彼の触れた場所は汗で濡れる。

 

「まだまだ、データが少ないんだよ、弔。人の思い込みというものは、自分の想定の3倍あるってのが通説なんだ。もっと想像力を働かせて、色々試してみようぜ。君の考えることを、出来る限り試す。そのために、僕がいるのさ。」

「めんどくせえなあ……なんでこんなこと俺がやんなきゃいけねえんだよ。」

「弔。君は、君が思っているよりも大いに才能に恵まれているんだ。一流の(ヴィラン)となる才能があるのさ!大丈夫、君ならできる!」

 

陰気臭さのせいで正の感情が分かりにくい死柄木弔だが、この声に気を悪くしたそぶりは見られない。

スピーカー越しの声の主は、彼の「先生」を名乗るAFOだ。狡猾なうえに用心深い性格の彼は、直接面を合わせずに通信等で会話で用件を済ませることも多い。

ただ現在、顔を合わせない期間は過去最長を記録していた。

 

「……ッチ、じゃあ……血を抜いてみる。」

「ほう。ちなみに、どういう意図か聞かせてもらえるかな?」

「回復し続けるなら、血がいくらでも抜き取れるんだろ?って思ったからだ。物質を永久に取り出せるかもしれねえだろ。」

「良い発想だ、弔。行き当たりばったりじゃなく、キチンと検証したい仮説を持っているんだね。黒霧、頼むよ。」

「承知しました。」

 

弔の横にいるもう一人の男、黒霧は個性を発動。スピーカーの向こうにいる男と、怯える男がいる部屋を繋げる。

その途端、その男は極度の怯えを見せる。爪が剥がれる勢いでコンクリの壁を引っかき、皮が破れる程にガラスを殴る。しかし、力に関しては無個性並みである彼はこの状況を打開することなど不可能だった。

 

「あ゛、あ゛、ああああああ!!!やめろ!止めてくれ!なんでもする!金でも何でもやる!だから、もう許してくれ!!!」

「おいおい、ヒーローが(ヴィラン)に対して『許してくれ』だなんて情けないこと言うなよ。」

 

スピーカーから響く声に乗せられていたのは、ヒーローに対する失望ではなく愉悦。上機嫌に、黒霧のゲートから赤い槍のようなものが出てきた。

中の男は、伸びてくる悪魔の指のようなそれを必死に避けようとする。だが、彼がいる場所は独房のような四方が塞がった扉すらない部屋。天井にある換気口しか外界との接点が無い。その中で彼が出来ることは、ゲートから出て来るそれに捕まるまでの時間稼ぎだ。10秒ほど、ヒーローとして培った身体能力で避けていたが、あえなく捕まってしまう。

脚に赤い槍が突き刺さった瞬間、男は痙攣しだす。足を刺されたのだから痛がるのは当然だが、彼の場合むしろそんなに動いたら余計に痛みが増してしまうであろう程に暴れだした。

 

「あ゛ああああ!い、痛い!痛い!やめてくれえええええ!」

「さあ弔。君の言う通り血を抜いてみようか。観察しやすいように見やすくね。」

 

それは男の腕に突き刺さる。暴れさせないためか、複数の赤い槍が男の他の腕や脚にも突きさされた。そして、腕の一つに刺されている赤い槍が傷口を大きく、見やすいように広げる。

 

「やめろ、ヒ、ヒ、ヒイイイイイィィィ……」

 

その傷口から、赤い槍を伝って血液が抜かれていく。抜いている間、赤と黒の槍は赤一色となり、抜き取られていることが分かりやすく示された。

その男にとって、自分の命の蠟燭が急速に短くなっていく様に見えた。

 

怯える男を無感情に観察する弔。しかし、やがて一つの気付きを得る。

 

「……何だ、衰弱し続けてる?回復してないのか?」

 

彼の予想に反し、男の抵抗は少しずつ弱まっていった。個性を発動し、抜き取られる血液を補填し続けるだろうというのが彼の予想だった。

実際、一時は個性を使ったらしき瞬間があり、血の気が少し戻った様子があった。しかしそれ以降は、無抵抗に弱り続けた。

 

「どういうことだ?個性の限界か?先生、量を減らしてみてくれ。」

「ふふ、もちろんさ。」

 

言葉通り、抜き取られる量は少なくなった。だが、男の顔色は優れないまま。

個性の限界とも考えられるが、しかし弔にはそれ以上に気になる点があった。

 

「個性を使ってすらいない?」

「良い着眼点だよ弔。その点は正解だ。彼の個性には、使用するのにインターバルを要する。けれど、それが全貌じゃあない。……さて、そろそろ使うんじゃないかな?」

 

しばらくすると、確かに男が個性を使う様子があった。最初に使ったときは、一気に時間が巻き戻ったかのように顔色が良くなった。

しかし今回は、確かに違和感のある肉体変化があったが、極軽微だった。

 

「……回復してねえな。なんだ?回復のための力が残っていないのか?……いや。」

 

個性の限界で回復しきれなかった、というのは一応筋の通る話だ。しかし、弔にはそれ以外のタネがあるのではと疑っていた。先生からも問題なのだから何かあるだろうというメタ読みもあるが、彼自身の直感が比重としては大きい。

 

「…………個性の限界、じゃないな。むしろ、『制約』か。」

「フフフ。一体どんな?」

 

弔はしばらく集中して考えた。普段の悪ガキの振る舞いからすれば非常に真面目な態度である。

 

「確かに、回復じゃ、ないな。コイツの個性は。」

「ほう、それで?」

「うっせ、人が考えてんだからちょっと待ってろ。」

 

そうしてさらに彼は思考を重ねる。

 

やがて彼は何かを思いつき、さらなる「テスト」を要望した。

 

「先生。コイツの血を抜いている部分の傷、塞ぐことはできるか?」

「完全にはできないけれど、無理矢理でいいならできるね。」

「それでいい。30秒くらい、コイツの意識を奪ってくれ。その間に傷を塞いでくれ。」

 

その指示に、スピーカーからの返答は一瞬間があった。

その間の後に出た声は、喜色を含んでいた。

 

「正解だ、弔。」

 

直後、赤い槍が男の頭に突き刺さる。ずっと薄く意識のあった彼は、ピタリと動かなくなった。その後、黒い霧から熱線のようなものが放たれる。それは男の傷口をジュウと焼き、彼の体にダメージを与えつつ塞いだ。

 

数分後、男は目覚める。動きは鈍いが、腕の傷が焼かれていることに気が付きそこを押さえてうずくまる。

それ以上彼は何もせず、ただただ丸くなるばかり。それは弔を苛立たせた。

 

「……は?何で個性使わないんだお前。」

「個性を使っても無駄だと思っているのかもしれないね。」

「…………おい先生、何とかしてくれよ。」

「やれやれ、ここをどうするかも良い教育になるのだけれど、今回はテンポ重視で行こうか。『個性強制発動』。」

「ウ、ウグアアアアァァァ……」

 

再び男に赤黒い槍が刺さる。それは先ほどとは質の異なる苦痛を与えているらしく、男は口から泡を吐いた。

 

個性は発動されたようだが、やはり男が回復した様子はない。

しかし、変化はあった。

 

「……腕の傷が開いてやがる。そういうことか。」

 

先ほど作られた爛れのような傷跡は、再び開き赤い血が噴き出していた。明らかに「回復」の変化ではない。

 

「さて弔。もうわかっただろう。答えを聞こうか。」

「ああ……コイツの個性は、回復じゃない。自分の肉体の状態を、特定の時点まで巻き戻す個性だ。名づけるなら、「肉体ロード」……かな。」

「君らしいネーミングセンスだ。おおよそ正解だよ。」

「お見事です、死柄木弔。」

「グ、ガホ、ア゛ァ……」

 

弔の声を聞き届けた声の主は、赤い槍を男の首に巻き付けギリギリと締め上げる。

そのまま宙につるし上げ、今にも首がくびり折られそうな苦しみに、男は弱り切った体でバタバタとなけなしの力を振り絞り抵抗していた。

 

「彼の個性の正式名称は「復元」。最大で10秒以内の好きな時点に、体の状態を戻せる。発動型の個性で、約30秒のクールタイムを要する。その間なら、意識さえ保っていればたとえ首が千切れても復活できるのさ。この個性を生かし、数多の危険な個性相手に体を張ってきたヒーロー。しかし、最後には(ヴィラン)の教育に力を貸してくれるとは!まさに彼に相応しい最期だ!」

 

瞬間、男の拘束が解かれた。ゴホゴホとせき込みつつ、彼がしたことは、彼のヒーローとしての尊厳を主張することだった。

 

「ふ、ふざけ、んな!俺は、(ヴィラン)に」

 

突如としてドンという音が響き、ガラスの片面は血まみれに。ガラス越しに様子を観察しにくくなった。直後に重いものが落ちる音が響いた。弔は、もう部屋の中のものに興味を失ったらしく、目線を中の男から外した。

 

「ごらん。もう復活しない。発動型個性なのだから、個性の使用には本人の意識が存在することが条件なのさ。これも勉強になるだろう?弔。」

「死んでんだから当たり前だろ。バカにしてんのか先生。」

「そんなことはないさ。「死んでいる場合には個性は発動しない。」これも大事な情報だよ。弔、僕は君に期待していると同時に、君には成長してもらわないと困るのさ。」

「成長……ハァ。」

 

弔はどっかりと地に座り込む。そして、子供らしく駄々を捏ねるそぶりを始めた。

 

「んで俺に期待すんだよ。最近になって。面倒くせぇ……」

 

AFOは、弔に対し「教育者」らしき行動がここのところ増えた。戦闘技術、個性の知識、そして(ヴィラン)としての心構え。いわば詰め込み教育に近い。弔は無理矢理勉強させられる生徒のようにうんざりしていた。

 

「すまないね、弔。僕はどうもこの先長くないと最近気が付いたんだ。だから、僕の知識、経験を弟子に継承させたいんだ、先生としてね。君には伝えていなかったかもしれないけれど、僕はこう見えておじいちゃんでね。そろそろ寿命が来そうなのさ。」

「ほざけ。前の襲撃のせいだろ、どう考えてもよ。」

「ははは、手厳しい。」

 

そこでいったん会話が途切れる。しかし双方言いたいことが無くなった訳ではなく、弔の方はしばらく何かを言うために言葉を探していた。

病院の襲撃によって被害を被ったのは、弔ではなくAFOだ。それ以降、AFOは一度も弔の前に現れていない。黒霧さえそうだった。

やがて、彼にしては珍しく遠慮がちに質問をぶつける。

 

「……で、結局体はどうなんだよ、先生。」

 

具体的にどのような怪我かを弔は聞いていないが、襲撃のあった日はゾンビのような声で話していたことを彼は覚えている。翌日から明瞭な声となったのは、おそらく何かの個性で声帯を代用したからだろう。

 

「おや、弔がそんなことを言うなんて珍しいじゃないか。」

「私も伺いたいです。今後の計画にも支障が出るでしょうから。」

 

声は穏やかだが、それが純粋に心配なのか、後ろ盾が被害を被ったことの自分への影響を気にしているのかは、第三者から見ると判断は難しい。

 

「ふむ。残念ながらもう健康な体には戻れないだろうね。肺は3つ潰れ、内臓の殆どは切除した。空気はマスクでフィルターしたものを吸わなければ体調を崩し、筋肉は動かせば痛みが走る。そしてついでのように全身複雑骨折。個性を使っても一ヵ月はしないと歩けないだろうね。」

「殆ど死体じゃねーか。」

「なに、もともとこの体はガタが来ていたからね。確かにドクターや脳無を失ったのは痛いかな。計画は後退させざるを得ないけれど、そんなに大きな変更はしないよ。」

 

弔は言葉に詰まる。彼は今初めて、現実に訪れ得る将来への不安を感じていた。

 

「……どーすんだよ、これから。俺らのパーティの中でメイン使いしか残ってないみてえじゃねえか。また仲間を集めだすのか?」

「弔、君は今まで通りでいい。」

「いいわけねえだろ。」

 

言葉では否定するが、弔は頭ごなしに否定したいのではなく、真意を確かめたかった。曲がりなりにも、先生と呼んでいた相手からの言葉は影響力があった。

 

「本当さ。以前からの計画通り、君はこの夏、雄英の林間合宿を襲撃すればいい。集めた仲間を上手く使って、ね。」

「荼毘、トガ……ったくあんなイカレ連中とやってかなきゃなんねえなんて……。こんなことして何になるってんだ。」

「弔、今君が目指すべきものは一体何か。わかるかい?」

「決まってんだろ、気に入らねえヒーロー共を、ヒーロー社会をぶっ壊すことだ。」

「ああ、いい目的だ。だが、より沢山壊すために、今君は何をするべきだろうか。例えば今の君が表に出て、個性を使って暴れたところでせいぜい10人壊して捕まってしまうだろう。もうこの先長くない僕の力無しで、より多くの人々を壊すには?」

「……知らねえよ。」

 

彼には、(ヴィラン)としての人生設計などまだない。頭が悪いわけではないが、人生経験は年相応であった。

 

「僕が思うにね、二つある。一つは、(ヴィラン)としてより大きな力を手に入れること。でも今の君には、もう一つの役割を期待してるんだよ、最近の僕は。僕の後継者としてね。」

「んだよそれ。」

「襲撃者の正体、個性。これを知ることさ。」

 

確かに襲撃者への対処は喫緊の課題。だが、それを知ることができるのならば苦労はない。

 

「先生にもわかんねーのに、俺が分かる訳ねーだろ。」

「いいやわかるさ。僕にはわからないことを、君は知ることが出来る。僕はそう確信している。」

「どういうことだよ先生。」

「僕は持っていなくて、君は持っているものがある。そして、敵の正体を明らかにするためのカギになるものだ。」

 

そこから、AFOは演説のようにひと呼吸おいて続けた。

 

「時間さ。」

 

AFOはその短いワードを咀嚼させるための時間を設けた。それは弔の心に確かに留まり、AFOの言葉と共に頭に刻み込まれていく。

 

「超常黎明期、個性は『未知』の塊だった。一つや二つだけなら既存の科学知識で説明しようという流れになった。だけれど、その『未知』の数が膨大になっていったとき、人々は突如として理解することを諦め、崇めるようになった。中世暗黒時代の停滞はこんな感じだったのかと思ったのを覚えているよ。そういう人々は個性を不可侵の何かだと考え、神の力だの霊の現れだのと言い出し、研究者を逆に攻撃すらした。個性は決して万能ではないのに、ねえ。流石に最近はそんな傾向は無いけど、今でも地方ではそんな感じの風習があるらしいぜ。ほら、血抜きとかの異形差別とかはその系譜じゃないかな?」

「……歴史は興味ねえよ。」

「弔。君は、そのような愚かな人間になってはいけない。どんなに分からない個性相手でも、決して考えることを止めてはいけないよ。必要なのは時間さ。個性の研究だって、時間によりデータが集まったことで、個性因子の存在が分かってきたんだ。僕には出来ないことだ。弔、考え続けるんだ。僕に出来ないことを、君が成し遂げるんだ!」

「…………俺は研究者じゃねえっつうの。」

 

口では拒否する弔だが、その演説に感じ入る部分があったのか、しばらく黙り込む。一人でブツブツと「いや……分かんねえよ……何からやりゃ良いんだよ……」と愚痴を零しているが、しかしAFOの言う通り考えることを諦めない姿勢であった。

 

だがしばらくすると、突然話題を変えた。先生の言う通りにしていたことを気恥ずかしく思ったのだ。

 

「んで、先生はこれからどーすんだよ。」

「悪いね、言えない。」

 

途端、弔は露骨に大きな舌打ちをする。黒霧が諫めるが、彼は残念だという意思表示を崩さない。先生はいつも彼に悪として向くべき方向を指示してきたのに、今回は言ってくれないことが多かった。

 

「期待外れだ。結局ボロボロで出来ること無しってことなんだろ?」

「そんなことは無いさ。こちらのことは心配するな弔。」

「んな説明で納得できるわけねーだろ……!」

 

発言の途中、彼の前に黒い霧が躍り出た。人間であれば、手を伸ばして「待て」の意思表示をしているのだろう。

 

「AFO。もしや、スパイの存在をお疑いで?」

「ふむ……なるほどね。」

「なっ!」

 

弔はその可能性が頭に今まで無かったらしく、急速にその可能性を頭で走らせ始める。そして、見る間に納得と、憎悪を膨らませた。

 

「そうだ……そうだよ!蛇腔の地下アジトは限られた奴しか知らねえはずだ。いやむしろ、知っている奴は先生とドクターと黒霧の二人だけ……俺ですら教えてもらうまで知らなかった。そうだな先生?」

「ああ、その通りだ。」

「情報統制は徹底されていた、そのはずなんだ。あのアジトは何年もバレていなかった。にも関わらず襲撃されたってことは、先生かドクターとの会話を誰かが偶然聞いていた可能性がある。まさか、荼毘、トガ、アイツらスパイか!?ああ、あの義爛とかいうブローカーも怪しいぜ……!」

「弔、身内を疑うのは君にはまだ早い。」

「んだと先生……!」

 

バカにされたと感じた彼はスピーカーに向かって思わず立ち上がるが、黒霧に肩を押さえられる。

 

「確かに彼らが情報を漏らした可能性はあるが、そんなことを言い出したらキリが無い。ドクターが裏切ったのかもしれないし、黒霧が裏切ったのかもしれない。あの3人じゃなくて病院の人間がたまたまあの場所を見つけたのかもしれない。それにね、彼らに君の疑義を言ったら、そもそも君が漏らした証拠を出せなんて言われるだろう。こういうのはね、尻尾を出すまで泳がせておいて、準備万端に場を整え、乾坤一擲の証拠を突きつけるのが定石。今の君では、徒に仲間を減らしていくだけだ。」

「証拠?んな悠長なことしてる場合か!今も情報抜かれてるかもしれねえだろ!黒霧、早くあの3人のところへゲートつなげろ!ぶっ壊してやる!」

「なに、向こうはそこまで万能じゃあないだろうさ。現に今、この場所でヒーローが殺されても助けに来なかっただろう?」

「……でもよ……」

「それにね。向こうは警察やヒーローと連携していなかった。向こうも何か後ろ暗い部分があると言えるだろう。そういう手合いは、慎重に事を進めるものさ。表に自分たちの存在がバレないようにね。だから、仮にまた襲撃されるとしても、しばらくは猶予がある。」

「…………」

 

襲撃者がどのような手段であのアジトを突き止めたのか、どうやってあの大爆発を起こしたのかは、弔には全く見当がついていないうえ、AFOからも聞いていない。

ただし、何でもかんでも知ることが出来るわけではないだろうというのが共通認識だった。例えば神野の脳無保管庫はまだ襲撃されていない。

 

「実はね、犯人の目星は多少はついているのさ。」

「ハァ!?それを先に言えよ先生!」

 

突然の情報開示に、弔は今までのやり取りが茶番と化したと感じた。

 

「ふーむ、犯人捜しはまだ君には早いと思っていたが……まあいいだろう。弔、あの場で爆発の後にあった事を僕は話したね?」

「ああ。多分死亡確認のために二人ほど知らねえ奴が来たって話か。」

 

AFOは、爆発直後の状況を再び彼に話した。

 

 

大爆発後、AFOの五感はほぼ失われ、さらに崩落した瓦礫により生き埋め状態。命を繋ぐために個性をフル活用して何とか生存していた状態だった。AFOが初めにしたことは、生き埋めを脱すること。持っていた探知系個性を駆使し、部屋から通路へ「『空気を押し出す』+『瞬発力』+『膂力増強×2』+『腕部硬化』 + 『鋲突』」を使用し、脱出。

黒霧と『電波』でゲートを開くように通信していると、感知系個性の『赤外線』に二つの人影が引っかかった。手ひどくやられたが、逆に今が最も襲撃者に近い状況でもあったのだ。

肉体を個性で無理に動かして、通路を抜ける。精度は悪いが、『赤外線』により多少の状況が判明した。侵入者は個性か何かで壁を作っており、こちらを強く警戒していることが分かる。

 

黒霧の転送が発動するまでには少し間があった。ここから何をするべきかを、AFOは個性『加速思考』で導き出そうとした。

 

直後、口腔部が突然爆発。ただし先ほど程ではなく、個性『傷をツケる』で回避できる程度。AFOは、どうもちゃんとした限界がある爆破系の個性なのかと推測する。

 

だがそれより、襲撃者の個性を割り出すことよりも、AFOは個人につながる情報を欲していた。ここから逃げることは、黒霧の存在から成功率は高い。それよりも、あの襲撃者を特定するための情報が無ければ、今後後手後手に回ることは必至だった。

長年悪の帝王の座に就いていたAFOが、経験から導き出した最も確度の高い方法。それは、相手を怒らせる、または焦らせること。人間が要らぬことを口にするときは、決まって自身の心の根幹に触れられ、冷静さを奪われるときだった。

 

人の心の奥底に触れる最も効率的な方法。それは、人の名前を出すことだ。特に正義感が強く、人を大事にするヒーローにはいつも効果的であった。オールマイトに志村奈々をどのように殺したかを語ったときの怒りようは、AFOにとっての素晴らしい思い出の一つだ。

 

では、誰の名前を出すべきなのか。それを考えたとき彼の頭に浮かんだのが、鹿目まどか。個性は「ピンク・マテリアル」改め「魔法少女」。

 

体育祭で突如としてその特異な個性を発現させた彼女。化け物のように長い時間を生きてきたAFOにも、彼女のようなタイプの個性は見たことが無い。

興味が湧いて、ドクターに調べさせた。しかし、その個性の正体は謎に包まれている。個性なのだから不思議なのは元からだろうという見方もあるだろう。これは、AFOの直感だ。長年様々な個性を『扱ってきた』身から言えば、単純な個性と見做すには不可解な点が大量に出て来るのだった。

さらに最近は、新たに彼女の友人も似た個性を発現させている人物がいるという情報を、数多の情報筋から提供された。ますます、彼女たちの個性は謎が深まった。

 

しかし、これだけでは根拠薄弱。単に今一番謎が多い人物というだけで、襲撃者と結びつけるものなど全くない。

 

だがAFOは、目の前の存在に既視感があったのだ。なぜなら、鹿目まどかをじかに見たことがあったから。

 

見たと言っても、直接会話したりしたわけではない。あくまで偵察の範囲内。彼女がヒーロー事務所の職場体験に行っているという話を聞きつけ、自らの邪気を押さえるための隠密系個性と、情報収集の為に集めた感知系個性を持って、一般人を装い彼女に接近した。

実際にやったことといえば遠くから眺めていただけだが、それでもAFOの持つ数々の感知系個性がその特殊性を持ち手に伝えていた。「何かが違う」と。個性による第六感ともいうべき部分で、AFOはその特殊性を感じ取った。具体的に何が、というわけではないが、特殊であるという認識そのものが降ってわいたような感覚だった。これだから早くラグドールの「サーチ」が欲しいぜ、とその時はひとりごちた。

 

そしてそれに似た気配を、目前にいる襲撃者からも感じ取った。

 

だから口にした。「鹿目まどかの……」と。自身の直感を信じたカマかけだったのだ。

 

しかし、反応した。

 

一分の体温変化も見逃さない赤外線レーダーが、わずかに生きている片耳の鼓膜が、その動揺を捉えた。単に場違い有名人の名前が出てきた驚きとは異なる感情。敵の精神的な隙だった。

 

「……の、友達か!」

 

とでも言ってやれば、ますます心拍数が上がっていった。黙っているべき場面でこの失態、いやそもそも黙るという発想すらない反応だった。

明らかに訓練を積んでいない。このような修羅場においては素人だということが分かる。AFOにとっては大きな収穫となった。

 

 

その直後AFOは黒霧に回収された。これが事の顛末だった。

 

「おい、そんな会話があったなんて聞いてねえぞ先生!」

「悪いね。あんまりにも簡単に動揺を見せたものだから、僕の記憶に問題が無いか、精神操作系個性の影響がないかを調べていたんだよ。」

 

隠されたと感じた弔は苛立つが、現在が襲撃からそこまで日数が経過していないこと、そもそもAFOと直接話す機会がほぼ無かった事から、そこまでの不信とはならなかった。

ひとしきり文句を言った後、疲れた彼は追及を諦める。

 

「ボケ老人め……ッチ、もういい。黒霧、帰らせろ。」

「……よろしいのですか?」

「今日はもういい時間だ。弔、宿題用に後で新しいヒーローの『協力者』を送っておくから、課題を忘れないようにね。」

「…………っせえ。」

 

うんざりした様子の弔は、ゲートをくぐって去った。

 

ゲートが閉じられたが、しかし黒霧はその場に残った。(保護対象)には聞かせられない話があるのだ。

 

「……さて、何か用かい?」

「やはり、彼がスパイであることをお疑いで?」

「まぁ、確かにな。」

 

困ったようにAFOは笑う。黒霧は身を固くした。自分たちの最大の味方が、最重要の役割(死柄木弔を守る)に立ちふさがる障害に成り得る瞬間だった。

 

「勿論僕は彼を信用している。精神に関してはね。けれど、まだ未熟だ。その気が無くとも、彼が知らない内に情報を漏らしてしまうとも限らない。例えば個性……そうだな、『聴覚盗聴』なんてのはどうだい?『視覚コピー』なんてものもあるかもね。」

 

AFOの態度は変わらない。味方だと自称しているが、同時に自身を歯牙にもかけない事が感じられた。

それ以上の安心材料を得ることはできないと黒霧は悟り、素直に続きを促す。

 

「ふむ、なるほど。」

「まあ気にするな、黒霧。たとえそういう個性が仕掛けられていたとしても、僕は弔を捨てたりしないさ。大事な僕の『後継者』だからね。」

 

その説明には納得し、しかし不安は増大した。

勿論将来への不安もある。しかしそれ以上に、現在なくてはならない後ろ盾であるAFOからの支援が消えてしまうことへの恐れもあった。

 

「しかし、今後は本当にどうするおつもりで?」

「残念ながら、僕は本当に先が短い。黒霧。悪いけれど、君の力は今後ますます重要になるだろう。弔という、僕が知る限りもっとも歪んだ心を持つ(ヴィラン)を守ることができるのは、君さ。」

 

かなり絶望的な内容だが、しかし平坦な口調だった。まるでこの状況は想定内だとでもいうように。

もちろんこれはAFOの膨大な経験から、もしくは個性から来る経験によるものかもしれない。経験豊富だからこの状況下からの逆転の経験があるのかもしれないし、切り札となる個性を持っているのかもしれない。

 

だが一方、只の虚勢なのではという恐れもあった。今までのAFOの話には、これまでにない程具体性が無いのが原因だった。

 

「…………」

「まあ、そんなに深刻にするな黒霧。個性は常に不測の事態を生みだすもの。こういう事態が起きることだって、僕は常に考えていた。そしてその際の対策も。だから僕は今、事前に考えておいた行動をなぞっているだけなのさ。それにね、僕はタダではやられないよ。」

「ほう?というと?」

 

心強く感じられる話が始まりそうで、黒霧の声に少しエネルギーが戻った。

 

AFOは、先ほど伝えていなかったとある話を一つした。

 

「……日時と場所の指定。なぜそのようなことを?」

 

ワープの直前に、まるで決闘の申し込みかのように、8月のある日時と場所を伝えたのだという。

黒霧としては全く不可解な行為であり、真意を問わずにはいられない。

 

「敵の行動を固定させるためさ。」

「固定……ですか。それほど価値があるのですか?」

「ああ。あるね。まず現状、僕たちは敵の能力の正体を掴めていない。そして厄介なことに、敵はなんらかの手段で僕らのアジトの位置を特定し、襲撃に成功した。もしかしたらもう奴らはここを特定していて、再び爆発を起こす準備をしているかもしれない。だが、僕らはそうじゃない。」

「鹿目まどかの関係者という話は?そこから見つかるのでは。」

「残念。もう一通り洗っているけれど、絞り込めていないんだ。交友関係が広いタイプらしくてね。個性届の範疇では、襲撃が可能そうな個性の人間はいなかった。個性を隠している筋を疑い始めたら、なかなか膨大な量となってしまう。」

「そうですか。……恐ろしいですね。敵の正体が分からない以上は……」

「おいおい、僕ら(ヴィラン)は怖がらせる側だぜ。」

 

冗談のように「君まで弱気になるなんて、勘弁してくれよ」と言われた黒霧だが、現状の情報を総合すれば不利な状況であることは明白であり、そしてそのような逆境に狂い笑って立ち向かうタイプではないことも自覚していた。

AFOは、逆転が無い状況下でもこうやって冷静に対処するタイプなのだろうかと黒霧はふと思った。

 

「しかしさっきも言ったように、おそらく敵もそう簡単に動ける立場じゃないんじゃないかな。僕らの場所を知っているなら、それこそオールマイトなり連れてくるはずだ。しかし奴は全てが終わった後に来たそうじゃないか。警察も今回の事件に関しては首をかしげているようだからね。」

「襲撃の日に偶然あのアジトを知った可能性は?」

「低い、と僕は見ている。あの日は、特に何のイベントも無い日だった。数日さかのぼってもそうだ。さて、これは警察の調査員の方々の労働の成果だけれど、あの爆発はおそらく個性に依存しない爆弾によるものだったそうだ。あれほどの規模の爆発、そのための爆弾を持ち歩いていたら相当に目立つぜ。そんな量、すぐに用意できるとも思えない。つまりね、敵は事前にあの場所を知っていて、入念な準備をして襲撃してきたってわけさ。なのに、オールマイト、その他ヒーローをあの場に連れてこなかった。つまりは敵も、胸を張って生きている存在ではないのさ。」

「……確かに。」

「でだ。もし仮に今も敵がここを、僕の居る場所を知っているとしたら、当然8月を待たず襲撃に来るだろう。まあ、その時はそれ用のプランがあるさ。が、もし把握できていないとしたら……僕らに付け入る隙が生まれる。」

「隙、ですか?」

「なぜなら、敵は必ずその日時、その場所に来るだろうからさ!」

「……なるほど、私たちが開戦の手綱を握れると。」

「ああ。そういうことさ。」

「では、その日時に事前に爆弾などの罠を仕込んでおいて、敵が来たところでそれにはめる、ということですか。自身が表に出ずに、ダメージを与えられますね。」

「いや、僕は表に出て、戦うつもりだ。」

 

黒霧の細長い光の目が、大きく丸くなった。まるで少年漫画の登場人物のような向こう見ずな作戦だと思った。

 

「なぜです?相手の個性が不明な以上、AFOといえども敗北する可能性を捨てきれません。それに、今度はオールマイトを連れて来るかも知れないのですよ。」

「黒霧。死柄木にも言ったけれど、僕はこの先長くない。」

「……あれは本当のことだったのですか。」

 

黒霧は、死柄木に危機感を持たせるための発言だと思っていた。何年も裏社会の王座に座り続けた男が、死期を口にするなど信じられないのだった。

 

「僕は長生きの為にいろいろと個性を持っているけれど、残念ながら完全な「不老」は無いんだ。年を取らなくとも、肉体へのダメージは蓄積してしまう。オールマイトとの戦いでの傷もあって、ガタが来ている。流石に8月までに寿命が来ることは無いだろうけどね。」

「しかし……その『決闘』での敗北の可能性がやはり高いのでは?」

 

AFOは余裕を崩さない。しかし、発言内容は余裕と正反対だった。

 

「確かに、死ぬかもしれない。」

 

ふざけているとすら感じられる発言。黒霧の追及が止まらない。

 

「そ、それは困ります。あなたが死んだら死柄木は」

「おおっと、早とちりしないでくれ。僕は確かに殺されるかもしれない。相手がヒーローといえども、そんな温情を僕にかけるかは怪しい。僕は決して負けるつもりで戦うことは無いけど、しかし現実というものはどうしたって立ちはだかる。だがね。死は、敗北とは限らない。」

 

元気づけられる話ではなかった。死が敗北ではない場合など、この超人社会においても聞いたことが無い。死んで復活する個性などは未だにフィクションの領域だった。

 

「……どういうことで?」

「8月の決闘に間に合ったのならばの話になってしまうけれど、僕には今、敵に対して二つのアドバンテージがある。それは、敵の出現日時と場所を決められたこと、そして僕に死までの「期間」が明確に設定されたことさ。」

 

それはアドバンテージではあるのだろうが、それを活かせるほどに戦力があると思えない黒霧だった。

 

「…………何か使える個性があるのですか?」

「黒霧。僕は『この個性で何が出来るのか』じゃなくて『これを成すために何の個性が要るか』って考えるんだよ。僕は個性に従うんじゃない、個性を従えて生きているのさ。ああ、そうだ。黒霧、ついでに見繕ってほしい個性があるんだ。切断系の個性、あるいは分離ができる個性が必要でね。でもあいにく今の僕は持ち合わせていない。それほど強力なものでなくていい、頼んだよ。」

「それは構いませんが……それで何をされるおつもりで?」

「悪いね、秘密だ。」

 

それ以上、AFOは事情を説明しなかった。

黒霧は、いわゆる上司が相手であるにも関わらず追及の手を緩められなかった。悪の帝王相手に追及するという行為は勇気が要る行為だが、彼の最重要使命に直接かかわる問題なのだった。まだまだ精神的に子供である死柄木の保護者は黒霧とAFOであり、経済的な側面ではAFOにほぼ依存している。AFOがいなければ、彼を最高の(ヴィラン)へ育てる以前に(ヴィラン)として生きて行けるかどうかから考えなければならなくなる。彼を(ヴィラン)の中の(ヴィラン)にする育成計画だ。そんな些事に時間を費やしていたら、(ヴィラン)としての精神性、純粋性が削がれると黒霧は危惧している。

その主張はAFOも認めている所だった。しかしどう質問してものらりくらりとかわされてしまい、最後にこう言い切った。

 

「師匠は弟子の独り立ちを応援するものだぜ?黒霧。なに、彼はもう一人でもやっていけるさ。彼には仲間もいることだしね。」

 

これ以上追及しても無駄であることを悟った黒霧は、「くれぐれも、彼の身に取り返しのつかないことだけは無いようお願いします。」とスピーカーに向けて言った。「ああ」という声を聞き届け、ゲートで戻ろうとしたが、ここで思い出したような声がスピーカーから響いた。

 

「ああ、そうだ。やられっぱなしというのも癪だからね。」

「?」

「せっかくだから、ちょっとつついてみようと思うんだ。尻尾を出すかもしれない。彼女の友人の一人にちょっとした『プレゼント』を、ね。」

「友人……ですか。しかし、ターゲットは存在するのですか?確か、彼女は友人が多くいるタイプだと。」

「これは最近出てきた話なのだけれどね。彼女の友人の一人に美樹さやかという人間がいる。」

 

AFOは、当然のように秘匿事項になっているはずのステインの事件のあらましを話した。

 

「確かに……彼女達の個性には何か秘密があるようですね。似ている……と言い切って良いのか分かりませんが、ともかく『魔法少女』と形容できる個性を持った人間が友人同士。2人には何かありそうです。」

「実は3人さ。佐倉杏子、彼女もおそらく、さ。僕の経験則からいえば、あれも同系統だぜ。交友関係があるかはまだ知らないけどね。」

「佐倉杏子……ああ、前に戦ったという。……それはともかく、何故彼女を?」

「美樹さやかは個性で他者の治癒ができるらしい。」

 

一瞬の間。場合によっては状況が一変する重大情報だった。

 

「……もし彼女の個性を使わせられれば、あなたの怪我も治る、ということでは?」

 

黒霧は、もしやそれを切り札にしているからこそAFOの余裕があるのかと勘繰った。

だが、それもすぐに否定される。

 

「彼女に協力を『お願い』することは当然考えたさ。だけれどヒーローに先手を打たれてしまってね。今の彼女には、政府の要人かというレベルで専属のヒーローが隠れて護衛している状況なんだ。さらに彼女自身の能力の高さ、僕の体の状況を考えれば、コストパフォーマンスというものをどうしても考えざるを得ない。護衛が消えない限りは、ひとまずサブ目標といったところかな。」

「うーむ……先回りして対策されている状況ですか。」

「だけどね、黒霧。」

 

もし体が自由なのならば、AFOは人差し指をピンと立てているだろう。

 

「どの程度個性が強力かは不透明だけれど、希少性が高く有用であることは間違いない。数多の人間が、彼女の力を欲するだろうし、数多の権力が彼女を狙うだろう。実際、その力のことは表に出されていない。一般人として守られているんだろうね。」

「…………」

 

粘着質に口が歪む音を黒霧は聞いた。

 

「だから、彼女にヒーローのように有名人になってもらおうと思うんだ。」

 

 

「なんであれで死なないのよ!」

 

不満を押さえきれず机をドンと叩く私を、マミさんは困ったように笑いながら眺めていた。

 

襲撃から失敗して帰った夜。私はマミさんの家にお邪魔していた。

お泊り会……なんて感じの楽しいものではなく、今後の方針を決める大事な話し合いをしていた。

 

「え、ええと、ダメージは負ったと思うわよ?」

「ちんたらしてたら回復されるに決まっています!相手は何をしてくるのか分からないのだから、一撃で仕留めないといけなかったのに……!」

「で、でも脳無はだいたい死んだみたいだし、戦力は削減できたんじゃないかしら?」

「他の製造拠点がある可能性だって捨てきれません。」

「あんな大がかりなのが他にあるなんて思えないけれど……」

「でも……向こうはまどかのことを知っていたんですよ!?」

「うーん……暁美さん、それなんだけれど。」

 

マミさんは、私を落ち着かせる口調で話す。

 

「AFOの発言、そんなに情報量が無かったと思うのよ。言っていたことなんて『鹿目まどかの友達か!』だけだったわよね。しかも『友達か!』の部分、暁美さんの動揺に呼応していたと思うのよ。」

「それは……」

 

思い返してみるとそんな感じだったかもしれないけれど……安心できるほどの確度は無い。

 

「だから……個性か何かで鹿目さんと同じ、個性の雰囲気?……みたいなものを感じ取ったのではないかしら。」

「…………否定しきれませんけれど、安心材料にはなりません。」

「そう……ね。少なくとも、鹿目さんと繋がっていることがバレてしまっているわけよね……。」

 

言っていて、マミさんも落ち込んでしまった。

私たちは可能な限りの準備をして、襲撃に臨んだつもりだった。それが通用しなかったことは、プライド的にもショックだった。さらに、大事な友達まで狙われていると来ている。

 

「次の日時の指定、あそこで何としても仕留めないと。罠でもなんでも、やるしかない。」

「……でも、どうすれば倒せるのかしら……。」

「マミさん。いつかの時間軸で、ワルプルギスの夜相手に巡航ミサイルや迫撃砲を突っ込ませた経験があります。それをすれば流石に死ぬんじゃないですか?」

「なっ……え、なに?ミサイル?私あんまり軍事に詳しくないのだけれど……本当にそんなことができるのかしら?」

「そうです。地下では場所の関係で使えませんでしたが、地上でなら撃てます。」

「うーん……」

 

マミさんは腕組みをしてしばらく考え込んだが、やがて私の考えをやんわりと否定する。

 

「正直、勝算は低いと思うわ。そのミサイルがどのくらい強力なのかは分からないけれど、あの地下でティロ・フィナーレも撃ったのよ?それでもダメだったとなると、やっぱり単純な火力で押し切るのは難しいんじゃないかしら?」

「でも、弱っているかもしれませんし……まあ個性で回復しているかもしれませんが……」

「うーん……個性が個性だから、悪い方向にいくらでも考えられてしまうわねえ。」

 

再び会話が途切れる。普通の魔女退治だったら、魔女の弱点とかを考えだすのだろうけれど、今回の強敵は「何でも出来ること」が強みだ。そんな相手の弱点なんて全く思いつけない。

 

「ねえ、暁美さん。私、思うのだけれど。」

「なんですか?」

「オールマイトに頼めばいいんじゃないかしら?」

「…………」

 

私は、何も言えずに下を向いてしまった。それをマミさんが怪訝な顔で覗き込んでいた。

 

考えていなかったわけじゃない。

 

実際、オールマイトは昔AFOと戦ったことがあるらしく、ある程度の手傷を負わせることに成功したらしい。彼を連れてくれば、大きな戦力となるだろう。

だが、あくまで「傷を負わせた」が成果だ。それは私達でも出来たこと。こちらの事がバレるリスクを負ってまで、わざわざ頼む必要はない。

 

という話をマミさんにした。だけど、返ってきたのは少し困惑した、残念そうな顔。

 

「……いや、そうじゃなくてね、暁美さん。」

「?」

「あなたがオールマイトと一緒に戦えば良いんじゃないかしら?ってことよ。」

 

嫌だ。

 

直感的にそう思ってしまった。しかし直後に、そうすれば確かにAFOに対して有効打を与えられるとも思った。彼のパワーは、近代兵器を優に凌駕する、私たち魔法少女ですら「まるでフィクション」と形容してしまうパワーを有する。具体的にどのぐらいかは分からないけれど、とりあえず地下で起こした爆発程度のパワーで殴ったりは出来ると思う。

 

彼と協力するのが合理的。だけれど、やりたくない。なんでダメなのかを考える以前に、とにかく、協力したくない。

私は、私が何故ここまで協力が嫌なのかということを考えることからすら逃げ、そうならないように済むような言い訳を並べた。

 

「…………一緒にいることで正体がバレるでしょう。」

「お面とか着ければ良いんじゃないかしら?服装も、最初から魔法少女の姿でいればとりあえずバレないと思うのよ。」

「声とかは……」

「魔法少女なんだから、声くらい変えられると思うわよ。ほら、こんな風に……い、嫌だわ。変な声が出ちゃった。」

 

マミさんは思い付きで変声をしてみたようだけれど、やたら低いけれどどこか女子らしさが残る歪んだ声になってしまった。慌ててマミさんは口を押え、目を少し逸らした。

 

「……ともかく、それはAFOが見つからなかったときの最終手段です。」

「でも、見つかるとは思えないわよ?今度は場所の手がかりが全然無いわ。あの病院だって、結局近付いても地下に入るまでなんにも感じられなかったじゃない。」

「うっ……」

 

ハッキリ言って、私はこれまでの行動にとても無駄が多かった。悪意の塊相手なんだから近付けば感知できるだろうと思っていたけれど、全然そんなことは無かった。日本全国を飛び回った時間は、殆ど無駄だった。失った時間やお金を思うとやるせない気持ちになる。

 

「今度こそ絶対に倒せるように、万全の状態で臨むしかないと思うのよ。バレるリスクは確かにあるけれど、AFOに殺されるよりは全然マシよ。そのためにヒーローとの協力を……」

「だから、それは……」

「暁美さん……何がそんなに嫌なの?」

 

私が否定ばっかりするためだろう。マミさんは理解できないといった感じだ。

 

「………………」

「暁美さん……?」

 

マミさんの言う通り。ヒーローと協力するのが一番可能性が高い。私たちの事がバレても、殺されるよりは全然いい。

 

私は何も言い返せず、下を向いて黙ってしまう。でも今は、肯定する気にはどうしてもなれなかった。

 

「そ、そんなにヒーローが嫌いなのかしら?」

「それは……」

「……私、学校の授業で何回かヒーローに会ったことはあるけれど、みんないい人達ばっかりだったわよ?中には汚職をするヒーローもいるのでしょうけれど、そこまで警戒しなくても」

「あんなにニコニコされていい気になる訳ないじゃないですか!」

 

思わず再びドンと机を叩いてしまう。すぐにやってしまったと思い居住まいを正した。

マミさんは私の変な怒りに対して何か言おうとしていたけれど、段々不愉快になってきた私は話を無理矢理切り上げた。

 

今後のことはまた今度話し合おうとなった。AFOとてあの様子ではすぐには襲ってはこれまいという共通認識はあったので、数日かけて方針を決めることにしたのだ。

 

でも、甘く見ていた。確かに直接襲われることは無かった。けれど、相手は悪の帝王であることを、武力以外の武器も当然持っているだろうということを、私たちは忘れてしまっていた。

 

事件が起きたのは、私たちの襲撃から約一週間が経過した日のこと。突然その知らせが舞い込んできた。

 

美樹さやかが、許可なく人前で治癒の力を使ってしまったというのだ。

 

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