今回、人によってはグロテスクな話があります。
大丈夫だとは思いますが、気になる方は◆◆◆で囲った部分に気を付けてください。
それは、美樹さやかが下校途中の時だった。
鹿目まどかと談笑しつつ歩いていると、どこからか走ってくる2人の男女があった。率いているのは女の方で、彼女は個性により手から鎖のようなものを出し、男を無理矢理走らせていた。
まるで彼女たちの居場所が分かっているかのように一直線に走ってきた二人は、まどかとさやかがその存在に気が付いたと同時に一気に頭を下げる。
「お願いします!どうか私達を助けてください!!!」
「おいふざけんな引っ張んなよ!」
「アンタは黙って!」
突然大の大人に異様な勢いで頭を下げられ、美樹さやかは状況を飲み込めずどうすればいいのか分からない。
道行く人々も何事かと足を止めこの場面に注目する。
「え……え?何?」
「こちらの夫が前に頭に怪我を負わされて、社会的行動障碍を患っているんです!治癒の個性を持っているんですよね?どうかこの夫を!」
「ふざけんじゃねえ!俺はこんなガキに頭下げたくなんか」
「いいから黙って!!!」
「ンググ……!」
女の方が、個性らしき鎖を手から出し、文句ばかり言う男を拘束し口を開けないようにしてしまう。
まどかとさやかはその様子を呆然と見るばかり。怪我を治してほしいということは理解したが、男の態度が治癒を求める人間にはとても見えなかった。
「お、お願いします!夫がこうなったせいで借金が大変で……!」
「えと……その、私、勝手に治しちゃダメって言われてて……」
混乱しつつも何とか言葉をさやかはひねり出した。しかしその言葉は、人を助けるためのものではなく、この状況を切り抜けることを優先する為だけのものだった。
状況に飲み込まれたさやかは、そもそも何故目の前の二人が治癒の個性のことを知っているのかという疑問を持つ余裕が無い。
しかしその拒否を聞くと、女はわずかな怒りと多大な焦りを見せ、さやかに詰め寄った。
「そ、そこを何とか!このままだと私たちは破滅してしまうの!ちょっとこの男に個性を使うだけでいいの!別に失敗しても怒ったりしないから!ね?いいでしょう!?」
「ちょ、あの、声が大きいです!」
女は必死な様子でさやかに頼み込んでいた。その必死さに比例した声の大きさは、道行く人々の注目を集め少しづつ人だかりが形成されていた。
突き刺さる好奇の視線を感じ取ったさやかは、とにかくこの場から逃げ出したくてたまらない。
目の前の女は30前後の年に見えた。敬語を途中で止めたのはそれほど切羽詰まっているからなのかもしれないが、この馴れ馴れしさはさやかにますます不安や不快を与えていた。
「お願い!個性で治癒さえしてくれればいいの!私達をどうか救って!」
「ス、ス、ストップストップ!止めてください!」
ついには恥を捨てた土下座を女は敢行した。人前でそんなことをする女に周囲の人間はさらに興味を引かれ、ますます人だかりが大きくなってしまう。
さやかはまどかに助けを求めチラリと見たが、彼女も同じくどうすればいいか分からず、さやかに視線を合わせることしかできなかった。
「お、お願い、やめて!そういうのは、えーと病院とか、警察とか」
「行ってもダメだったの!お願いします、どうか!どうかぁっ!」
何を言っても、女は「お願いします!」の一点張りでさやかの言うことを聞かない。恥も外聞もなく頼み込む女の声は涙交じりになってきていて、向き合わないことに酷い罪悪感を覚えさせるものとなった。
そして助けて欲しいという男は、何が不満なのかますます拘束を解こうと暴れており、さやかに対して敵対的な視線を向けている。
ますます人だかりは増える。まるで自分たちが「頭のおかしい人」にカテゴライズされているようで、さやかの恐怖は加速度的に増大していった。
周囲はこの異様な状況に、
「人前で土下座するやつ初めて見た……」
「え、なんか治癒とか言ってなかった?この人」
「なんであの子大人に土下座されてるんだろう?なんかしたのかなぁ……」
などとヒソヒソ噂し始める。
まるでこちらが悪いことをしているかのような空気。美樹さやかの感じる不快感は我慢の限界を迎えてしまった。
「や、やめてくださいホントに!これでもう帰って!」
「さ、さやかちゃん!?ちょっと待って!」
まどかの制止も待たず、さやかは治癒魔法を拘束されている男の頭のあたりを意識して発動させた。
それに伴う楽譜のような青い模様が現れ、しかしこれまでと比べ一瞬で消えてしまう。さやかの魔法少女生の中で最も迅速に治癒をした瞬間となった。
光が収まると、拘束されていた男は身を捩るのを止める。しばらく呆けていたが、やがて全く怒りを含まない声で話し始めた。
「……あ、あれ?俺、さっきまでなんで……?」
その言葉に、女は立ち上がり男を抱きしめた。目からは大粒の涙がこぼれていた。
「…………治った!治ったんだね!本当に良かった!聞いた話は本当だったんだね!ありがとう、本当に!」
感動の場面らしきものが目の前で流れるが、さやかとまどかは嫌な状況からの解放感程度しか感じられない。怪我が治って喜んでいることは頭では理解できるが、感謝されても何も感じることができないでいた。
「おいお前たち!何をしている!?」
女が狂喜乱舞し、まどかとさやかが呆然としているところへさやかの護衛をしていたヒーローが駆け付けた。
彼女はさやかに向かって、
「まさか、個性使っちゃったの!?と、とにかく二人とも今日はもう家に帰りなさい!」
と言って、二人をこの場から離れるようにジェスチャーする。
少しすると、その男女はやってきたヒーローや警察に拘束されることとなった。女は、パトカーに乗せられるまでさやかに感謝の言葉を叫んでいたが、さやかは恐怖しか感じられなかった。
まどかとさやかはその場を任せ、言われるがまま早足で家に帰った。帰る途中は妙な緊張感が抜けず、お互い無言だった。最後まで自分たちが何をしたのか、あの男女は何だったのかを理解できず、漠然とした不安感と不快感を抱えたまま。
◆◆◆
さやかが治癒した男は元ヒーロー、女はその妻だった。
ヒーロー名「ピーラー」。個性は「剥ぎ取り」。手を触れずに対象に張り付いている物を剝ぎ取ることができる個性だ。対象は「剥ぎ取る」という概念が適用できるならば何でもよく、例えば大根に使えば皮むきを簡単にできるし、汚れた壁に使えば「汚れを剥ぎ取る」ことができる、なかなかに便利な個性だった。
彼はヒーロー科志望だったが、しかし「剥ぎ取り」には非常に苦労させられた。生まれてこの方ずっと
人間から「剥ぎ取る」ことができるものとは何か?
答えは、服か皮膚だ。
それはどちらもヒーローとしてしてはいけない部類の行為と言える。まず服を対象にする場合、何も考えずに個性を使うと服は全て剥ぎ取られ、対象の人間は全裸になってしまう。いくら
次に皮をはぐ行為、これはもっと良くない。彼が個性を人皮を対象として使うと、まるで拷問を受けたような、一部だけグロテスクに肉が覗く状態になる。そして、剥ぎ取られた部分は対象のその後の人生においても分かりやすい傷跡になる。よほどの緊急事態でも無ければ許容されない攻撃方法だった。
このように、他人から見れば彼の個性を活用してヒーロー活動をするなどほぼ無理に思える。少なくとも彼は、ヒーローらしい行為をしようとして失敗しかしてこなかった。大真面目にヒーローより食品の皮むき工場で勤務することを彼の担任からは勧められた。
だが、それでも彼はヒーローになりたかった。
努力を重ね、「剥ぎ取り」の対象を精密にコントロールできるようになった。暴れる
結果、彼はビルボードチャート入りを果たすまでに昇りつめ、人々からも尊敬される素晴らしいヒーローとなった。今の妻が結婚を決めたのも、彼の素晴らしい人柄に惹かれてのことだった。
正しくヒーローとして、人々を救け、
ある時点までは。
転落の始まりは、とある
生物に使うとこちらもグロテスクなことになる。昔、近所の川にいた蛙に全力で個性を使ってみた『結果』の気持ち悪さは、長い間生物に対して個性を使うことを彼にためらわせた。
字面を見ると強力に見えるが、実際のところかなり穴を開けるスピードがとても遅い。対象が穴あきチーズのようになるまでには何分も必要。即効性の無い、戦闘には不向きの個性だと自身は思っていた。
その後、不幸が重なり彼は
銀行強盗を起こした日。決死の想いで実行した強盗は失敗に終わった。事件の近くに偶然いたピーラーが突撃し、痛みによる気絶に成功させたのだった。
しかし、完璧な仕事ではなかった。
だが彼は気にも留めなかった。
通常ならば彼は然るべき検査を受けるべきだったが、その日は普通にパトロール活動に復帰してしまう。「念のため」にいちいち病院に行くほど、彼は暇ではない。結婚や出産の予定があり、相応に資金が必要という事情もあった。
そこで、転換点となる悲劇が起きる。事件発生数時間後、パトロール中に彼はちょっとしたヤジを投げられた。「さっきの強盗の時は手間取っちまったな!ピーラー!」と。以前の彼ならば適当に流すところだったが、当時の彼はまるで親の仇が現れたかのように、そのヤジを飛ばした人間に詰め寄り口論を始めてしまった。
周囲の人々は、まさかヒーローがヤジに対して暴力を振るう訳がないだろうと見物していた。しかし、止まらなかった。言い争いはヒートアップしていき、ついにはカッとなってヤジを飛ばした相手に個性を使ってしまう。相手の顔の皮は剥がれ、大量の血、悲鳴が出て大騒ぎに。ついには他のヒーローが駆け付け彼を拘束した。
その後詳しい検査により、彼の脳の後遺症の詳細が判明したのだった。
彼の外見には影響がなかった。しかしMRI検査の結果、彼の前頭葉の一部が消失していることが分かった。黒い小さな空洞が複数映ったMRI画像が出たときの本人の衝撃は計り知れない。
加えて、彼の個性の対象のうち、よりにもよって人間の脳は最も効果がある対象だった。「多孔化」の効果は、対象によってまちまちだが硬いものほど効きにくいというわけではなかった。本当にただ運悪く、脳には効果覿面だった。
彼の脳は、前頭葉を中心にぼろぼろになってしまった。結果、彼は高次脳機能障碍を負ってしまうこととなる。主な症状として出たのが易怒性。美樹さやかと会ったときに怒っていたのもそれに原因があるだろう。
悪いことに、その口論の様子はネットに上がってしまっていた。余りにもヒーローらしからぬ言動に多くの者が非難の声を上げた。さらに傷つけられた男自信もネット上で動画を公開した。「ヤジを飛ばしたことは謝りますけど、でも俺の顔をこんな風にしなくても……!」と、グロテスクな顔で涙交じりに語る男の様子は同情を呼び、ピーラーへの批判はさらに過激化した。
結局ヒーローを続けることは出来なくなり、ピーラーはヒーローを辞した。ヒーローとなる為に費やした努力の年数はおよそ10年、ヒーローとして活動していた時間は約3年であった。
不幸が重なった彼はますます怒りっぽくなり、その評判も相まってロクな就職先も見つからない。さらに追い打ちのように、運動障害などの後遺症もあることが判明した。家庭内でも喧嘩が増え、常に険悪な空気が流れるようになった。口論の事件で支払った治療費や慰謝料も、彼の後遺症による減額を経ても大きな額となってしまい、高給取りのヒーローをしていた人間とは思えないほどの経済事情となってしまう。超人社会なのである程度回復させる技術もあるにはあるのだが、高額だった。今後の彼の治療費を支払うには二人で協力して働かなければならないだろう。そして、その時の二人の関係で「協力」など土台無理であった。
あらゆる方面から追い詰められ、ドン底にいた二人。離婚話が出始めたのも必然だろう。彼女が好いたのは、今の怒りっぽいピーラーではなかったのだから。しかし彼女にも情というものがあり、なかなか離婚に踏み切れないでいた。
そんな折、彼女は美樹さやかの件を聞いた。曰く、まるで魔法のように何でも治せる個性を持った少女がいるという。あくまでそれは又聞きの話で、聞いた当時は本当にそんな個性が持っているか半信半疑だった。
しかし実際に藁にもすがる思いで彼を連れて、聞いた場所に行ってみると、本当に美樹さやかがいた。限界ギリギリの彼女は、藁にもすがる思いで彼女に個性を使うよう懇願。
手続きもさやかの事情も無視した「お願い」は功を奏し、ピーラーの脳機能は復活。悪評は消えないが、プロヒーローをしていた彼の能力ならば社会復帰して常人並みの生活は送れるかもしれない。本人達はさやかに感謝してもしきれないと言うのだった。
◆◆◆
事件の翌日に警察署へ連れてこられたさやかは、以上のような説明を受けた。彼女の前にいるのは、塚内直正警部、その他数名の警察官。
観葉植物なども置かれておりそこまで閉鎖的な部屋ではないが、部屋の空気は重い。美樹さやかは、普段の快活な様子を一切見せず、机の上に置いた自分の手の指を見つめるばかりだった。
「……というのが昨日の件の経緯だ。」
「………………」
女子高生の彼女には別世界のような重い話であり、咀嚼しきれず心に重いものが消えない。
自分の個性のことを大声で喋られ、さらに自分もその場の空気に流され個性を使ってしまった。さやかにとってはた迷惑な相手であったが、事情を知ってからは文句を言う気が失せてしまった。
「その、大丈夫かい?美樹さん。」
「あ、はい……。ま、まあ、治って良かったですね。」
と彼女は誤魔化すように言うが、前を向いたのは一瞬だけだった。
保須の件のせいでさやかは警察に苦手意識があったが、面構の時と違い、今回の話し合いは比較的冷静に行われた。塚内が喧嘩腰ではなかった事が大きな要因だが、彼女自身がやらかしてしまったと思っていることも要因である。
「ごめんな、こんな重い話を聞かせてしまって。普通だったら、君のような年齢の子にはもうちょっとぼかして話すんだけれど、今回のような事件はまた起きるかもしれないから、あえてオブラートに包まずに話させてもらった。」
塚内は、相手の年齢や性格を鑑みて可能な限り紳士的に接するようにしており、今回それが功を奏しさやかは今回の経緯や状況を飲み込むことに全力を費やすことができていた。
「え、え……?」
「怖かったかい?あの二人。」
「は、はい。怖かったです……人前であんなことされるなんて……。」
美樹さやかは、魔女の戦いを経て度胸がついたと思っていた部分がある。実際、初めて魔女と戦う時に尻込みしてしまう魔法少女は一定数いる。恐ろしい怪物に立ち向かい、実際に打倒した実績は軽いものではない。
だが昨日彼女が直面した恐怖は、人間の感情だった。大の大人が頭をこすり付けて本気で懇願する姿など当然さやかは今まで見たことが無い。その異様さはさやかに多大な恐怖を齎し、人前で個性を使ってしまうという結果に繋がってしまった。
「……2000万円。」
「へ?」
「あの男が君のと同等レベルの治癒を病院で受けようとする場合の値段だ。しかもお金を払ったからといってもすぐ治る訳じゃない。何年も病院に通う必要がある。稼金能力を失った状態では、大抵の人間は治療費として払うことを諦める金額なんだ。それほどの治療を一気に、あの場の恥という対価で受けられるんだったら、全くおかしな行動じゃない。」
「…………」
高校生の金銭感覚のままでいるさやかには、雲の上の金額だった。常人がそれを稼ぐのにどれほど苦労するのかなど全く想像がつかず、さやかは自分がしたことに対し、善行のはずなのに、みたび恐怖を覚えた。
「……君の力を求める人には、ああいった手合いが少なくないだろう。もう耳にタコができるくらい聞いていると思うけど、君の個性はそれくらい希少性が高いんだ。君は確か、個性でお金が稼げると喜んでいたようだけれど……利益ばかり齎すわけじゃない。その利益と引き換えに、君の人生は大きな制約を受けることになるだろう。わかったかい?」
「はい……すいません。」
これまでの楽観的な様子はどこへやら、彼女は本気で反省している。
過去にお金が稼げると浮かれていた自分をビンタしたい気分になった。
◇
しばらく沈黙が流れ、ずっとこの調子では彼女にとって酷だと思った塚内は別の話を切り出す。
「……さて、長々と話して悪いね。最後に少し話は変わるけれど、君はその個性のこと誰にも言ってないよね?」
「は、はい。多分……」
「多分?」
「あ、ええと、もしかしたら盗み聞きとか……されてるかも?」
「……まあ、意図して話してはいないと解釈しておこう。問題なのは、あの女性がどうやって君の個性の事を知ったか?ということだ。」
「え……わ、私あの人知りません!」
「ああいや、別に君を疑いたいわけじゃない。事情聴取した限りだと、君の話をしていた見知らぬ人間の会話を偶然耳にした、という経緯らしいんだ。その会話していた二人がどこの誰なのかは、今でも分かっていない。一応聞くが、心当たりはあるかい?」
「……全然無いです。」
「まあ、そうだろう。ここで重要なのは、既に君の話が外に漏れてしまっている……その可能性があることなんだ。」
「…………」
「情報がどこかからか漏れてしまったのは、本当にすまないと思っている。私たち大人がもっとしっかりしていれば。……だけど、漏れてしまったからには手を打たないといけない。近々、君の保護方針に関しては大きな変更があるだろう。そのことを頭に入れておいてくれ。」
「はい……。」
さやかは、終始反発することなく今回の事情聴取を受け、そしてトボトボと出て行った。
保護方針の変化というのは、緩くはならないこと程度は流石に感じ取った。
続いて警官も出ていくが、塚内は出て行かない。
別の人物と話す予定があるからだ。
少しして入れ替わりで入ってきたのは、一見するとやせ細った病人。しかし彼の名は八木俊典。オールマイトだ。塚内はオールマイトの秘密を知る数少ない人間である。
オールマイトが来ると、彼の素質によるものか空気が少し明るくなる。塚内は、軽く居住まいを崩した。
「やあ塚内君。先週ぶりかな?」
「オールマイト……なんだ、もっと早く呼び出した方がよかったかい?」
「ははは、君なら歓迎さ。しかし大丈夫かい?最近仕事が忙しいそうじゃないか。」
「今日も徹夜さ。まったく、最近は事件が起きすぎだ。勘弁してほしいものさ。」
今日は徹夜明け、その前の日は残業4時間、その前の日はまた徹夜。仕事の合間に休息を取ってはいるものの、塚内はいい加減有給休暇を取るかと考えていた。
「……直近では保須事件、その次に蛇腔総合病院爆破事件、そして昨日と今日で彼女の個性の情報漏洩。妹にもいい加減休むように言われてるけど、俺が抜けたら仕事が回らんからなあ。それに、AFO関係は後回しになんてとてもできない。立場のある人間はつらいよ。」
「ははは、それだけ頼りにされているってことさ。しかしそんなに働いているなら、今日は仮眠でも取るかい?ああほら、これ。最近雄英の近くにオープンした菓子屋の物なんだ。今日はこれを食べてゆっくり休んで、また後日話し合いの場を設けても……」
「菓子だけもらうわけにはいかないよ。それに、今回の話を後回しにしたら捜査に支障が出かねない。今やらないとまずい。」
「そうか……わかった。」
弛緩した空気は消え、双方が緊張感を持った。
「さて。今回君にはAFOがどう関わっているか、を聞きたい。奴と戦い生き延びた君の意見をね。」
「……なるほどね。」
AFOと接触してまともに生きている非
「この前の爆発事件、今回の美樹さんの情報漏洩。AFOと……
「それは……私に言っても良いのかい?守秘義務というものがあるだろう?」
「残念ながら、今我々警察は、秘すべき情報というものを持っていないんだ。情けないことにね。そういう情報はもう表に出てしまったみたいだから。」
塚内は自虐的にそう言った。
さやかの個性の件は、誰に言って良いか、誰に言ってはいけないかがかなり明確にヒーロー公安委員会から指定されている。オールマイトは大抵の情報制限を受けない立場にあるが、塚内の発言はその確認のプロセスを飛ばしているように感じられたのだった。オールマイト自身は、今回の件を知ってはいるが公的に通達されてはまだいない立場だった。
「美樹さんの個性の話は、未成年ということもあって堂々と『まともな』メディアに対して報道規制をかけられる。そもそも彼女、多少の規則違反はあれど目立った問題行動はしていないからね。が、一部のヒーロー関係者、医療関係者、あの場にいた一般人には知られてしまった。彼らは口止めに一応協力してくれる……と言ってはくれているが、今後彼女の個性の情報漏洩が加速することは避けられない。」
「事前に聞いていた通り、か。」
雄英関係者の中では当然のように話されている内容であり、確かにこれを情報規制する意味はないとオールマイトは感じた。
「で、事件を起こしたあの被疑者が盗み聞いたという、美樹さんの個性の話をしていた二人。この二人に関する捜査は……全く進展していない。盗み聞きしたという場所は偶然監視カメラが少ない場所でね。被疑者が来たことは間違いないんだが、その二人に該当する人物は見つけられていないんだ。どの監視カメラにも、それらしき人影が無い。おそらく、何らかの個性を使った幻を見せられた、または監視カメラに映らない移動方法を持っている、そんなところだろう。」
「……まるで、美樹少女への嫌がらせのようだ。」
「ああ。こんなことをして、損をする人間は彼女を始めとして存在するが、得をする人間は全く思いつけない。で、だ。オールマイト、君に聞きたい。AFOは、こういうことをすると思うかい?」
オールマイトはしばらく考える。
AFO。かつて裏社会で悪の帝王として君臨した要因は、その強力な個性だけではない。恐怖により自身に従わせる人心掌握術、警察に痕跡をたどらせない証拠や手がかりの隠滅の完璧さ、手下が捕らえられても自分にたどり着かせないよう切り捨てる残虐な判断能力。
AFOは、そのような悪の才能を全力で生かしてヒーローにさんざん嫌がらせをしてきた。ヒーローが良かれと思ってした行動を善良な市民が犠牲になるよう仕組む、そういったことは彼の十八番だった。
思い出すだけでも腸が煮えくり返るが、オールマイトは事件の手がかりになるかもしれないと、怒りを伴う記憶を懸命に掘り起こした。
やがて頭の中で結論を整理し終え、ポツポツと話し始める。
「違和感はない、かな。」
「ふむ……?」
「正直、私も奴が何を考えているかなんて自信を持って推測できる訳じゃない。ただ奴は、狡猾で、慎重だ。目的の為に回りくどいやり方を幾重にも重ねる、そういう奴だ。今回、もし美樹少女への攻撃が目的としたら……奴のやりそうなことではある。まあ、どうして美樹少女を狙っているのかは分からないが……」
「そうか、意見をありがとう。しかし、美樹さんに関わる目的ならあるんじゃないかな?6年前の戦いで、奴は死んだと思われていた。死んだと思い込むぐらいの傷を君が与えた、そうだったな?」
「ああ。……そうか、奴自身の傷の治癒、か。」
「それが自然な発想だろう。しかし……だったらなぜ美樹さんを追い詰めるような真似を?ということになる。というか、そもそも直接誘拐しようとするんじゃないか?」
「まあ……その可能性もある。」
それ以降、余り実りのある話はなされなかった。塚内は「このような動機はどうか」とオールマイトにAFOの思考エミュレートを頼むが、曖昧な推測しかかってこなかった。そもそも思考回路が全く違う人間に頼むことが筋違いではあるのだが、AFOに直で対峙した人間が少なすぎたために今回のオールマイトの呼び出しがあった。
最終的には、毒にも薬にもならない話がダラダラと続いてしまう。塚内はこの生産性の無さを申しわけなく感じた。
「……すまん、オールマイト。やっぱり情報が足りない。今のままじゃ、無駄に憶測を重ねてしまいそうだ。もっと情報を集めてから話すべきだったよ。貴重な君の時間なのに。」
「気にしないでくれ。トゥルーフォームの時間は結構余ってるのさ。」
「ははは、助かる。正直なことを言うと、最近は犯人の見当がつかない事件が多すぎてね。プライドに傷がついてしまった奴が多いんだ。」
塚内は疲れたようにそう零す。オールマイトの関心は、突如としてそこに向いた。その原因に自分が役立てる隙間があるのではと。
「……解決できない事件?」
「ああ。実は最近……あ、すまない。この話は情報漏洩になるかもしれないな。そもそも君に話しても仕方がないことなんだ。」
「そうか。気になるけど、守秘義務なら仕方がないね。」
「……ふむ……」
「塚内君?大丈夫かい?」
彼は少しの間口ごもっていた。それは誰にでもあるような口ごもりだったが、オールマイトは目ざとく心配し始めた。
「……俺は、少し反省しているんだ。」
「反省?」
「前に、AFO関係だからってあの脳無の話を君にしてあげただろう?あれ、後から思い返してみると、オールマイト相手だからって簡単に話しすぎたかって思っているんだ。勿論君相手なんだから許可はすぐに出る話だろうけれど、そういう手続きをちょっと飛ばしちゃったんだ。」
「そうか……。まあ、次から気を付ければいいんじゃないかな。私とて日本のいち国民なのだから、法律の適用対象だ。」
「手続き無視してヒーローしまくっていた君が言うことかい?」
「その節はスミマセン……。」
オールマイトはコミカルに反省した。彼の元サイドキック、サー・ナイトアイが離れてしまって以降そのような報告業務がおざなりになってしまった時期があり、その補助を塚内が申し出た経緯がある。
「もしかして、今回私に話したことで怒られた?」
「ちょっと小言を言われたけど、殆ど気にされなかったよ。オールマイト相手だからって。」
「……そ、それはそれで軽くない?」
「まあ色々バタバタしていたし、面倒ごとにはしたくなかったんだろうね、上も。……それで、その、情けない話なんだが、今また同じ轍を……踏みたい気持ちになっている。」
「ふむ……話せる範囲で話してもらえないかな?それだけで気が楽になるかもしれない。」
オールマイトは友人を純粋に心配していた。しかし塚内としては、どこまでこの件を話すべきなのかの判断が出来ずにいた。
爆発事件や保須事件以前に、警察の頭を悩ます謎の事件が連続発生していた。
共通しているのは、犯人は
最初警察は、一時的に意識を奪える個性を持った者の仕業だと考えていたが、すぐにその仮説は捨てられた。この事件の不可解さは他とは一線を画すものだった。「いつの間にか」は本当にいつの間にかで、直前まで煙草を吸っていたのに突然拘束され表に放り出された
やっていることはヒーロー活動だが、このような活動をしているヒーローは存在しないので犯人は法律的には個性の無断使用の罪に問われ、通称ヴィジランテと呼ばれる存在と扱われるだろう。ヴィジランテは社会的にも微妙な立場であり、場合によっては超法規的に見逃されることもある。しかしこの事件の犯人に関して言えば、警察は犯人を通常の犯罪者として逮捕したいと考えていた。
相手が何を考えてこの活動をしているのか分からない事が大きな理由だ。警察や
だが、警察としてはこのヴィジランテを認められない感情的理由もあった。ある時、警察署内で突如として
もしかしたら、日本の警察やヒーローが全力で事に当たれば犯人への手がかりが見つかるかもしれない。しかし今、そのようなリソースは
現在この事件の担当者は日増しにイライラを募らせることとなっている状況だった。
つまるところ、この件は警察の捜査能力の問題であって、オールマイトのパワーが必要な案件ではない。しかし平和の象徴の持つカリスマが、どうしても彼の口を軽くさせてしまうのだった。
「なんというかな。実害が出ているわけじゃないんだけど、個性の無断使用が明らか。なのに逮捕できない、犯人と話も出来ない、って感じなんだ。そのもどかしさが、どうしてもね。」
「なるほど。一方的なのは……辛いね。私も昔、ヒーローとして手を差し伸べたいのに敵と勘違いされて、話も聞いてもらえずに逃げられたことはある。」
「君のことだから、どうせ後で救ったんだろう?君のことを嫌う人間は
「HAHAHA!まあ苦い思い出ってやつさ。……で、君の言いたいことってのは、その謎の事件の犯人と話をしたいってことかい?」
「可能ならね。前の爆発事件と合わせて、最近はそういうもどかしい事件ばっかり起きていてね。プライド的にも、秩序的な意味でも困っている。」
「……君の話からの推測だけれど。最近ヴィジランテのような、個性を使って
塚内は目を丸くした。自分では、出来るだけ情報を絞って伝えたつもりだったのだ。
「……なんでそこまで具体的に分かるんだ?俺はそんな詳しく言ってないはずだぞ。」
「言っただろ?ただの推測だよ。君が情報漏洩したわけじゃないはずさ。具体的なのはまあ、
「君には敵わないな。いや、俺が言っちゃったのか?……はぁ、いつもだったらこんなこと無いんだけど、君相手はどうしてもなあ……」
塚内は部屋を出て、しばらく電話をした。数分もすると部屋に戻った。
「正式に許可を出してもらった。さっきから曖昧な話をしてしまってすまない。一から説明させてほしい。」
塚内は、ここ数ヵ月で発生している謎の事件に関し改めて詳しく説明した。
「お、思っていたよりすごい規模だなあ。君たちが不安になるのもわかるよ。」
オールマイトは目をむいていた。彼のヒーロー活動の中でも群を抜いて大規模な事件だと感じた。
「ああ。特にマズいのが、警察署内にその犯人と思しき人物が侵入した、または影響を与えた点だ。当然防犯カメラは署内に設置されているわけだが、そのどれにも怪しい人間が映っていない。恐ろしいのは、ドアが開けられていないにもかかわらず部屋の中に物品が出現したことがあったことだ。おそらくは空間移動系の個性。それも……」
「少なくとも人に気が付かれない時間内で実行することができる。黒霧の超上位互換のワープ系個性、ってところが妥当か。でもそれなら、あの病院の地下に大量の爆弾をワープさせた、という可能性が考えられるな。」
「ああ。今のところその線が有力だ。そんな個性持ちが
「確かに、強力だな……私でも不意打ちで頭に爆弾をワープさせられたら怪我しちゃいそうだ。」
「……怪我で済むのかよ。」
呆れながら言う塚内にオールマイトはHAHAHAと流しつつも考え込む。
「……それで、それを私に言ったのは。」
「ああ……どう対処するべきか、俺達にはさっぱり分からないんだ。改めて、是非君の意見を聞きたい。犯人の情報が少なすぎてプロファイリングもロクに出来ないんだ。犯人は、正義感に燃えるヒーロー気取りなのか、自身の個性の強力さに酔って警察のプライドに傷をつけることが目的の、斜に構えた人間なのか。まるで神頼みするみたいだけど、君の
塚内はまるで神頼みだなと心の中で自虐した。
実際オールマイトはヒーローの神様と言われても納得する人間が多い。実力面でも、人格面でもだ。塚内もその意見に反対しない人間だ。欠点が無いわけではないが、ヒーローという枠組みで言うならば誇張抜きで非の打ちどころが無い人間だと評価している。
しかし同時に、塚内は普段オールマイトとはファンではなく友人として振る舞えていた。それだけでもオールマイトにとってはなかなかに希少な人間だった。その彼がこうして「神頼み」に来たのだ。その悩みの大きさをオールマイトは感じ取った。
「うーん……」
腕組みしてしばらく考え込んだオールマイト。蛍光灯を見つめて黙り込む。
彼の頭の中で何が行われているのか、塚内は知る由もない。しかし、大抵のヒーローが地味に苦労する状況把握という作業を、いつも「大体わかった!」だけで完璧にこなす彼ならば何か返してくれるのではと期待していた。
「とりあえず、そのどっちでも無いような気がするな。」
「どっちでも……ない?」
「ああ。なんというか……私たちヒーローや警察に対して、強い悪意を感じない。とりあえず嫌がらせじゃあないと思うよ。」
塚内は、この考えを無価値な物ではないと直感していた。「嫌がらせじゃないと思う」と明確に言ったのは、オールマイトが初めてだ。
「……強い悪意、か。」
「とりあえず警察署内に証拠品を置いたのは、単に要らないから、とかじゃない?」
「うーん……そ、そうかなあ?そんな単純か?」
この発言で、塚内は犯人の行動に無理に意味を見出そうとしていると反省するべきではと少し思った。
「……その犯人は、何か目的があるのだと思う。発生規模からして、少なくともバイタリティは高い。もしあの爆発事件の犯人が同一人物なら、AFOを倒すことがパッと思いつく理由かな。恨みなんて星の数ほど買っているだろうしね。そうでなくても、その所業を知ったら殺したいと考えてもおかしくない。その手掛かりを求めて、全国の
「いいや、それは考えにくいだろう。ならなぜヒーローや警察と協力しない?仮にワープ系個性だと仮定して、警察と協力してくれればもっと殺傷力の高いサポートアイテムを貸し出せる。AFO相手ならその程度はタダで許可が下りるだろうさ。ヒーローと連携してくれるなら、それはもう心強いことこの上ない。爆弾でどうこうするよりもずっと成功率が上がっただろう。」
「……塚内君。そこなんだけどね。」
オールマイトは、思考の為に上に向けていた視線を彼に戻した。
「その犯人、
「……慣れ?戦闘経験が少ない、と?」
「いや、それもあるかもしれないけれど。何というか行きあたりばったり感が……いや、違うな。うーん、頑張っているんだけど……なんというか筋が悪い、って言えばいいのかな。個性は強いけど成績が悪いヒーロー志望を見ている感じなんだ。」
「なんだ……それ?」
「まあ、私も色々とヒーローとして活動してきたわけで、その中でプロヒーローとしてヒーロー科の子供達にアドバイスをしよう!みたいなイベントがあってね。その時にいた子なんだけれど、個性の使い方が……その、効率的じゃなかったんだ。その子は周りでちょっと孤立気味で、努力はしてるけど人の言葉に耳を傾けるのが苦手、みたいな感じだったなあ。私が周囲と協力すると言っても、その子は周囲とコミュニケーションを取って戦うこと自体がどうすればいいか分からない、みたいな感じだったよ。それに近い印象を受けた……気分かな。」
「……じゃ、じゃあ警察やヒーローと協力しないのは、単に犯人が未熟だからってことか?」
「あくまで勘だけれどね。未熟というか、協力の仕方が分からない、ということかな。仮にAFOを倒すために全国回って
自分の頭に浮かんだシナリオを一通り話し終え、そこでまたしばらく沈黙が流れた。しかし塚内の抱える閉塞感は少しだけ薄れた。
今までは推理がカオスに入り乱れるばかりだったが、オールマイトとの会話で一つの仮説という形で一本の線に出来たのだった。
「…………じゃあなおさら、犯人の動きは予測ができないな……」
「いやそもそも私の勘だよ?私、警察の捜査とか素人よ?」
オールマイトは自身の発言が与える影響力にすこし怯え、塚内をたしなめた。
◇
およそ午後6時。警察署内には場違い感のある子供が6人集まって座っていた。学生らしからぬ行儀のよさでひたすら待っていた。
彼らは一人の少女が出てきたのを見つけるや否や、一気に立ち上がる。
「あ、さやかちゃんやっと出てきた!大丈夫?疲れたよね。」
「まどか、ほむら、マミさん、緑谷君、飯田君、轟君……み、みんな揃って迎えに来てくれてたの?」
6人は事件の翌日、さやかの秘密を知る者として学校に呼び出され、今回の事件の概要を説明された。彼らはさやかを心配し、警察署内の待合室でさやかが出て来るのを待っていたのであった。
「美樹さん、大丈夫?すごい疲れてる顔してる……」
「あはは、さ、流石に疲れちゃった。せっかく来てくれた所悪いけど、今日はもう早く帰りたいな……」
心なしか目に隈が出来ているさやか。彼女を見て、飯田は猛烈に罪悪感が湧いた。
「そうか……そうだ、オレンジジュース飲むかい?今回の件、元を辿れば僕の愚行が原因だ。僕にできることがあれば何でも言って欲しい。」
「え、なんでオレンジジュース持ってるの?……あ、そっか、個性で使うんだっけ。うん。ありがたくもらう。」
「さやかちゃん。私はクッキー買ってきたよ。食べる?」
「ありがと~まどか。……ハァ~生き返る!」
甘いものをリスのように一気に口にし、多少は疲れが取れたように思われた。
食べ終わるのを見計らって声を掛けようと全員が様子をうかがっていたところに、無遠慮に投げかけられる声があった。
「……誰か迎えに行くだろうとは思っていたが、お前たち全員来てたのか。」
「あ、相澤先生?どうしてここに?」
「美樹の活動について警察の人と諸々調整するためだ。仮免試験に向けて鍛えるつもりだったが、こうなった以上少し予定変更せざるを得なくなったからな。雄英所属のヒーローとしての連携も話し合わなきゃいかん。」
「な、なんかすいません先生。」
さやかは、自分の為にここまで動いてくれる人間がいることを申しわけなく思った。
そして、自分の迂闊な行動に怒っているだろうとも。だが、相澤は怒りを見せない。それどころか、声は心なしか優しげだった。
「まあ、聞いた話じゃ反省してるようだし、見た感じ今日はもう疲れただろう。俺からとやかく言うつもりはないから、早く帰りな。バスを借りておいてあるから、それを使うといい。」
「え、バスですか?」
「物のついでだ。運転手は雄英所属の人間だから安心しろ。じゃ、俺は行く。美樹、何かあったときはすぐ連絡しろ。これだけは忘れるなよ。」
「わかりました……」
そうして相澤は去る。7人の生徒たちも、バスを待たせるわけにはいかないと長居せず警察署からぞろぞろ出た。
そのまま彼ら7人はバスに乗った。彼らには見覚えのあるバスで、期末試験の時に使用された車両だった。しかしガラスは特殊加工がされ、外から内部が視認しにくい構造になっていた。その用心深さは、さやかにまだ自身が日常に戻れていないことを教えていた。
彼らを乗せ、バスは動き出す。運転手は彼らが時々雄英内で目にする人間で、身内がいることに彼らは安心できた。
「………………」
安心はしたが、それでも車内で雑談は生まれない。彼らの中で最も沈黙を嫌うのはさやかだろうが、その彼女が元気を無くしていたことで空気は必要以上に暗くなっていた。
しかし結局彼女は沈黙に耐えられず、とにかく何か言おうと口を開く。
「……あ、え、えーとさ。飯田君と轟君。」
「ああ、どうした美樹君?」
「なんだ?」
「二人って確か、家族がプロヒーローなんだよね?あ、飯田君は……」
「僕に気を使う必要はない、美樹君。その通り、兄は元プロヒーローのインゲニウムだ。父も、引退したがかつてヒーローだった。」
「ああ、親父はエンデヴァーだ。それがどうかしたのか?」
「……今回みたいなことってよくあるの?」
「今回みたいな、ってどういうことだ?」
「ほら、家族が偉い人だから、エンデヴァーにお願いしてくれ、みたいな。」
彼女の問いに、二人はしばらく記憶を反芻した。
「…………たまにあった。けど、今回の美樹の件みたいに露骨なことは無かったな。多分、下手なことをして親父に訴訟でも起こされるのが怖いんだろ。エンデヴァー事務所の抱える弁護士は優秀だからな。遠目にヒソヒソ俺を見て話をしているってのは今でもよくあるけど、もう俺は慣れた。」
「僕も、声を掛けられることはあった。でも、それで困ったことは無かった。その……ここではちょっと配慮が足りない発言になってしまうが、大抵は前向きな言葉だった。兄に伝言を伝えてくれって話をされたことは無かったな。インゲニウムの事務所は優秀だったから、直接依頼すれば大抵用が足りたんだ。」
「そうなんだ……。」
それきり、再び彼女は黙ってしまう。
それは、彼女の欲していた回答ではなかった。さやかは、もしかしたら彼等が自分と同じ境遇に立つことがあったのではと期待したのだ。しかし実際のところ類似の経験は無いらしく、それ以上相談することを彼女は諦めてしまった。
次に沈黙に耐えかねたのは緑谷だった。さやかの不安を察し、何か言わなければならないという使命感が生まれた。
「だ、大丈夫だよ美樹さん!」
緑谷はオールマイトを意識した笑顔を作った。
「緑谷君?」
「えーっと、これだけ警察の人とか雄英のヒーローが動いてくれているんだから、きっと実害が出ないように守ってくれてるよ!これはヒーロー談義で時々出る話なんだけど、ヒーローの家族をどうやって守るかっていう問題は議論が進んでいて、年々対策が進んでいるんだ。例えば逆恨みした
「み、緑谷君ごめんちょっとストップ。」
さやかが手を彼に伸ばして話を止めさせた。いつもの
「あ、ご、ごめん美樹さん!」
「う、うん、ありがとね、気を遣ってくれて。みんな、私の為にいろいろとしてくれてるってことは分かったから……」
「美樹さん……」
さやかは緑谷の言うことに反論しなかったが、気分は一切晴れていない様子だった。
緑谷は、彼女を元気づけるために別の話をするべきだったと後悔するが、しかしどんな話をすれば彼女が元気になるか思いつけない。
そんな緑谷の様子を見て、逆にさやかはこのまま何も説明しないことを悪く思い、口を開く。
「みんなは、昨日の映像見たの?」
6人は一様に頷く。というのも、あの場には監視カメラがあり映像のみでだが一連の様子が記録されていたのだ。
美樹さやかは、懺悔するように言葉を絞り出す。自身の恥の部分を言うのだから余り顔を合わせたくなくて下を向いていたが、運悪くこの時は外の街灯がさやかの顔を良く照らしてしまっていた。
「私さ、その、正直言うと……ちょっと浮かれてた。この力でみんなを治しまくるんだー!って。」
「見れば分かるわよ、美樹さやか。」
「ちょ、ほむら茶化さないで真剣に話してるのに!」
しかし7人は、彼女の発言で逆に空気がマシになったように感じられた。顔は伏せたままだったが。
「それで、実際昨日助けを求める人を見て、どう思ったのかしら?」
「…………あんまりああいう人と会いたくないって思っちゃった。」
彼女がそのような情けなさを含む発言をすることに対し、納得できない者はいなかった。
あの映像だけでも、今回の男女の必死さは十分伝わってきた。そしてそれに恐怖を感じることも共感できた。特にまどかやマミは強く共感し、同情の念を抱いていた。「関わりたくない」というのは他者を救うことを諦めるという意味だが、魔法少女としての経験から、守る対象はある程度絞らなければ自分が潰されてしまうことを実感していた。
緑谷達のようなヒーローとしての精神があれば十分立ち向かえる恐怖かもしれないが、さやかはヒーロー科ではない。
「なんかごめん、こんな冷たいことを言っちゃって。今回の件、私でも迂闊なことをしちゃったって思ってる。でも、あの時すごく怖かったの。あのピーラーっていうおじさんは私の知らない人で、突然悪口言ってきた。かと思ったら、今度は逆に女の人が泣きながら私に縋りついてきて。暴力を振るわれたわけでもないのにあんなに怖くなったの初めてだよ。おまけに周りにいる人は私のことを「この人、この二人に何したんだ?」って微妙に責めるような目で見られたし。あの時は頭がグチャグチャになっちゃって、とにかくあの場から抜け出したくてたまらなくなっちゃった。走って逃げれば良かったのかもしれないけど、あんな風に頭を下げてる人を放っておくのも申しわけなくて。……いや、ていうか、逃げるのも怖くて……」
自分が如何に「治癒の力を使って誰もかれも治すヒーロー」に向いていないかを言葉にしていき、さやかの目元にジワリと光るものが浮かんだ。
「さやかちゃん……」
「私、改めてヒーローってすごいなって思ったよ。あんな怖い人たちの相手をしてるんでしょ?それとも、頑張れば慣れるのかなぁ……」
6人は、さやかにかける言葉が即座に出てこない。特に緑谷は、ここで言葉が出てこないのは最近の対人経験がヒーロー科に偏ってしまっているからではと感じた。
「……美樹君。」
「飯田君?」
「本当に済まない……君をこんな状況に置かせてしまって。力になれるか分からないが、兄にも相談してみる。インゲニウム事務所は尖った人材を適材適所に配置することで評判なんだ。きっと君の状況を改善できる協力者が」
「あれ、飯田君、お兄さんって私の個性のこと知ってるの?」
「……あ!そうか、すまない。僕としたことが。おそらく兄さんは知らないはずだ。……いや、もう君の個性のことは一部のヒーローが知っているはずだ。おそらく君のことを伝える許可は取れるのではないかな。」
「っていうか飯田君、お兄さんを私に治してほしいんじゃないの?」
「なっ……」
確かに飯田としては治してもらいたいと思っている。しかし今回の件があってその話を切り出す気にはとてもなれなかった。
自身があの映像で見た男女の側にいることを、飯田は自覚してしまう。無論あの二人のように迷惑をかけるつもりは毛頭ないが、同時に保須の時のように我を忘れてしまう瞬間が来るのではと恐れた。
「た、確かに治してほしいのはその通りだ。しかし、美樹君の身の安全が、そして決まりを守ることが第一だ。今回の件のように、無理矢理な手段を取るつもりは一切ない。おそらく兄もそう言うだろうさ。確か、君の治癒の力を調べて、ヒーロー立ち合いの下個性を行使できるようになるまであと3ヵ月の見込みだったはず。そのくらいは待つさ。」
「……でも、何か聞いた話なんだけど、私の個性を使って欲しい人って万単位でいるって警察の人が言ってて……流石に、昨日みたいな人ばっかじゃないと思うけどさ。」
「な!?」
「飯田君のお兄さんの番が来るのっていつになるか分かんないよ?それで、多分私の治癒の力を求めている人は必死な人ばっかり。私、昔の幼馴染がそんな感じだったから気持ちは痛いほど分かるんだ。あんな気持ちの人たちが万単位でいて、みんな私の力が必要で替えは利かないって……」
彼女は少し言葉を切った。そして、今度は絶対に顔が見えないように無理矢理下を向いた。
「私、この先一生『必死な人たち』に付き纏われるの……?」
誰もが返す言葉を見つけられない。まどかとマミは、横でさやかを無言で抱きしめることしかできなかった。
沈黙は、さやかの家の近くにバスが止まるまで続いた。
次回以降、ヒロアカ世界のクソ民度が火を噴くぜ