個性『魔法少女』   作:Assassss

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侵食

翌日。さやかは普段通りまどか達と、ではなく雄英が秘密裏に用意した車に乗せられて登校した。一昨日のことがあり警察から「しばらくは厳戒態勢にする」という連絡が来たのだ。

迎えに来たという車は、これも外から内側が見えない構造であり、さやかは自分がテレビに出て来る容疑者になった気分になった。

 

それでも、昨日よりは多少マシだった。一晩寝て多少精神が回復したさやかは、その日は通常通り学校生活を送った。元気が無いことを心配したクラスメイトが声を掛けたこともあって、時間が経つにつれ元気を取り戻していった。

 

しかし、午後5時頃。もう帰らなければいけない時間。普段ならば特段学校にいる理由もないので友人と共に帰る時間だったが、この日は周囲の人々を引き留めぐずぐず会話を続けた。

それでも、相手にも事情があることから引き留めは限界になり、さやかは下校の準備をする。

しかし校門の前で、さやかは立ち止まってしまう。

 

「下校の時間……かぁ。」

 

下校に関しても、警察や雄英からは必ず車で送ってもらうか友人と一緒に帰るよう言われており、絶対に単独行動をしてはいけないと言われていた。

 

しかしこの日、そのどちらもさやかはしたくなかった。

 

「私、まだ一人で帰れるよね……?」

 

一人で下校するのが寂しいからできない、という理由ではない。珍しいことだが、友人の予定が合わず一人で下校することはたまにあった。

 

美樹さやかは、自分がみなと同じ女子高生として生きていることを信じたかった。

 

武装された車両で送迎されるなど、あの事件のように変な大人に突然縋りつかれるなど普通は体験しない。さやか自身、知り合いがそうなったと聞いたら「何があったんだろう?」と好奇の目で見てしまう、その自覚があった。だからその立場に今自分が置かれていることが耐えられない。さやかが軽蔑されることは無いだろう。しかし例えば「え、さやかちゃんなんでそんな生活になってるの……?」と、まるで住む世界が違う人間を見るかのように言われることは容易に想像ができてしまう。それがさやかには恐ろしいことだった。

 

自らが日常に帰れなくなってしまうようで恐ろしい。それを否定するために、今日はまどかとすら一緒に居ない。一人で下校くらいできる、ということを自分に言い聞かせるためだった。

聞いたところによると、護衛は倍程度に強化してくれているらしい。だから、何があっても大丈夫なはず。事件の日まで護衛してくれていたヒーローは、失敗の責任を取り辞任。今はより評判のいいヒーローが周囲をパトロールしているらしい。

 

「…………」

 

意気揚々と「高校生が一人で下校できないなんてありえないでしょ!」しかしいざ門を目の前にして、再び怖気が走る。校門から少し顔を出して周囲に不審者がいないかを確認し、それらしき人影が見当たらず安心するが、しかし前に踏み出す勇気が出ない。

あの事件の時の夫婦二人。おそらく戦闘力的には恐れるものではなかっただろうが、しかし与えた恐怖は魔女以上のものだった。まるで恫喝するように懇願されたとき、さやかは初めて道徳的に逃げ道をつぶされるという経験をした。一切対処法が分からないということは、誰しもが強いストレスを感じるのだろう。

 

「い、いや、そもそも一人で帰るなって言われてるんだよね私。何してんだろ……」

 

親に電話で迎えを頼もうかとスマホを取り出すも、それはそれでプライドに似た感覚が出てきてタップする指が止まってしまう。

 

そうして数分モジモジと立ち尽くしていると、声を掛けられる。

 

「あれ?さやかちゃん?どうしたん?」

「あ……美樹さん。」

「美樹君?どうしたんだい?」

 

麗日、緑谷、飯田の三人組が声をかけた。さやかが独りでいるところを見るのはこれが初めてだった。

 

「え?あ、みんな。……な、なんでもない。今帰るとこ。」

「まどかちゃんはどうしたん?いつも一緒に居るよね。」

「え?えーっと、ちょっと用事があるみたいで、まだ学校にいるんだ。」

「……大丈夫?いつもより元気ないよ?」

 

事件の日よりは遥かにマシになっているが、それでも普段さやかは快活である分落ち込みが目立ってしまう。

そして3人の中で彼女の個性の事情を知らないのは麗日だけ。このままでは面倒なことになると感じた緑谷は、可能な範囲での説明をする。

 

「麗日さん。美樹さんは、えーっと、数日前下校中に不審者にあっちゃったんだ。被害とかは無いんだけど、ちょっと怖い思いをしたみたいで……それで、帰り道に抵抗があるんだと思う。」

「そ、そうなん!?大丈夫!?ていうか、なんでデク君知ってるん!?」

「あ、うん、大丈夫だよお茶子。」

 

唐突にさやかは手を握られる。戸惑いは大きかったが、それと共に安心感も覚えたのだった。

 

「知ってるのは、その日偶然近くにいたからで……ごめんね麗日さん、隠すみたいな感じになっちゃって。警察からあんまり言いふらさないようにって言われてたんだ。」

「……ちなみに僕も知っている。すまない、麗日君。最近は警察に口止めされることが多くてね……」

「うーん、そういうことじゃあ仕方ないけど……でも!なんかあったらすぐに言ってね!私たちヒーロー科だもん!」

 

満面の笑みで麗日は宣言する。緑谷、飯田は強く頷いた。

 

 

時間を巻き戻し、事件翌日の夜。

まどか、マミ、ほむらと別れ、緑谷、飯田、轟は最寄りの駅までの道を歩いていた。3人とも帰宅の為の電車に乗るためだ。

 

決して仲の悪くないこの3人ならば、集まれば他愛もない雑談でもし笑うのが常だ。しかし、この時はしばらく誰も口を開かない時間が続いていた。

 

「…………僕は、どうすればいいんだろうか。」

 

口を開いたのは飯田だった。

他二人は、最初は沈黙に耐えられなかったのだろうと思ったが、しかし飯田の様子をよく見るとそうではないようだった。

 

「そうだね……正直、こういう場合どうすればいいのか分かんないや。僕は今までヒーローが直面する困難……(ヴィラン)退治と人命救助、それからマスコミ対策をどうすればいいのかをずっと考えてきた。でも、世の中にはそんな単純な話ばっかりじゃなかったんだ。相手にするのはヒーローでも(ヴィラン)でもない。そういう相手にどう対処していくか、それも僕たちは考えて行かないと。まずは」

「すごいな緑谷君……」

「へ?すごい?」

「あ、いや……」

 

いつもなら、ここで緑谷はブツブツ癖が出てしまったことを自覚して「ごめん!」という場面だった。しかし今回は違う。飯田が何かに本気で驚いている事を感じ取ったのだ。

 

どういう意味なのかと、続きの言葉を緑谷と轟は待つ。しかし飯田はしばらくの間、何か言おうとしては口を開きかけ、その言葉は寸前で留まり、推敲でもしているのかしばらく視線を二人から外し、そして改まって言おうとするがやはり止まってしまう、というサイクルを繰り返した。

 

「……飯田。別に無理して言う必要はねえぞ?」

「轟君……」

「友達ってのは、何でもかんでも穿って聞き出そうとする関係だとは思わねえ。お前ん家は色々あるみてえだし、俺にだって簡単に言いたくない過去のこととかあるしな。それに、緊急性がある話じゃないんだろ?それなら、俺はいつでも構わねえ。……でも、それで頭がおかしくなっちまうのは無しだ。」

「頭がおかしく……?」

「例えば体育祭の時の俺だ。……飯田には言ってなかったか。俺の親父は父親としてはクソで、俺はずっと親父を憎んでいた。そのことばっか考えていて、なりたいヒーローってもんが見えてなかったんだ。あの時の緑谷の行動は、そういう事情があるんだ。」

 

轟は、大雑把にだが飯田に家庭事情と緑谷との会話を説明した。

 

「そ、そんな事情が……あのエンデヴァーが……」

 

エンデヴァーが裏でそのような行為をしていたことに対し、飯田は驚愕と失望に飲まれた。しかし轟は、それは今考えることではないということを強調するために畳みかける。

 

「だから……委員長、しっかりしてくれよ?俺みたいに孤独に悩んじゃいけねえ。原点(オリジン)が分からなくなっちまう。特に飯田は委員長なんだから、しっかりしてくれねえとな。」

 

それを聞いた飯田は、決意を固めた。

 

「…………言わなきゃいけない、今。」

「いいの?飯田君、無理しなくても……」

「ステインの件での僕の失敗は、誰にも相談せずに抱え込んでしまったことにある。誰にも言わなかったことで視野が狭くなり、マニュアルさんを始めとした周囲の人々に迷惑がかかること、君たちに心配をかけてしまうこと、すべて頭から抜けてしまっていた。だから、僕がおかしな考えに走らないためにも、言うべきなんだ。僕に負うべき責任があっても。」

「責任……?」

 

飯田は足を止め、それにつられて二人も止める。彼は大きく息を吸い、吐き、二人を見据えた。

 

「僕は、もう……美樹君と関わるべきじゃないのではないか、と思っている。」

「なっ!?」

「は!?」

 

それは凛としたまなざしだったが、その奥で何かがせめぎ合うことによる苦しみがあった。言い終わった後は口をきつく閉じていた。

 

「……説明しろ飯田。そんなことしても誰も幸せにならねえはずだ。」

「ああ、もちろんだ。」

 

再び彼は深呼吸をし、理路整然と話し出す。

 

「改めて。今回の美樹君の状況、元を辿れば僕の愚行に責任がある。だから、僕は彼女の状況を元に戻す義務がある。学生である僕の身に出来ることは限られるが、それでもできることをしなければ。」

「……飯田の非がゼロとは言わねえけど、背負いすぎだろ。昨日のは護衛のヒーローのミスだし、そもそも手続きを無視して来たあの二人が悪い。それにあの場で個性使ったのは美樹自身の意思だ。」

「ありがとう轟君。まあ、そういう面もあるのだろう。……それに、そもそも僕は、あんなことをしてしまったがヒーロー志望だからな。困っている美樹君を助けたい。緑谷君もそうだろう?」

「…………うん。僕も放っておけないって思う。」

「そうだろう、僕はそうあるべきなんだ……しかし!」

 

飯田はより一層苦し気に顔を歪め、そして叫んだ。

 

「……事件を起こしたあの迷惑な二人を、一瞬『羨ましい』と思ってしまったんだ……!」

 

緑谷と轟は、このカミングアウトに一瞬失望に似た感情を覚え、そして納得してしまった。

 

「……飯田、お前、それは」

 

飯田が兄をどれほど慕っていたかは普段の自慢話から十分すぎるほど伝わってきている。規則違反行為とはいえ、治してもらったことを羨ましがるのは心情的におかしくない。しかし、彼はヒーロー志望。特にその兄は規律を重んじることで有名であり、飯田自身も兄の美点だとよく話していた。だからその羨ましさは、ヒーロー志望として抑え込まねばならず、そして兄もおそらくはそう望むだろうと飯田自身は言っていた。

 

また感情に流されそうになっているのかと、轟は戒めのような何かを言おうとしたが、堰を切ったように飯田から溢れ出した言葉に遮られる。

 

「分かっている!轟君!僕は、分かっているつもりなんだ!あの二人の、美樹君自身のことを考えない行動が、美樹君に、警察に、雄英に、どれほど迷惑をかけたか。だが、思ってしまったんだ!ああすれば、兄は簡単に助かるのだったら!他者の迷惑にならないのなら、僕は兄の為に土下座だってなんだってやってやるさ!」

「…………でもほら、前、飯田君自身が言ってたじゃないか。美樹さんの個性はまだ詳細が分かっていないから、まずは検査を終わらせてからだって。だからまだ数ヵ月は待たないとって……」

「確かに言った。……だけど、正直に言おう。アレは本心じゃない。ステインとの戦いで見た美樹君の個性。紛れもなく、あれは『治癒』だった。疑いようもなく。緑谷君も轟君も、「彼女は本当に『治癒』をしたのか?」と、疑っていなかった。二人も、何かそういう確信があったんじゃないか?」

「……確かにな。あの署長に言われるまで正直頭から抜けてた。」

「言われてみれば……僕もそうだったよ。彼女の個性が『治癒』だってことを全然疑わなかった気がする。」

 

建前上、今は「美樹さやかの個性が本当に『治癒』なのかを調べている」ということになっている。しかし、試験的に治癒を受けた者達は一様に「私は美樹さんに治癒されたんですね」と声をそろえる。そこに疑義を挟んだ者はこれまで一人として存在しないのだ。実際、これまで治癒が失敗した例は無く、その認識自体は正しい。しかし、あの青い光を伴う個性行使を特に疑いもなく『治癒』であると認識している事実があるのだ。

彼女の個性は「『美樹さやかの個性には治癒の力がある』という認識を植え付ける効果がある」のではと、一部の研究者は仮説を立てている。

実際彼女の件に関わる者の中には、「なぜこんな分かり切った事を調べているんだ?さっさと彼女を治癒して回らせるべきだ。」と、検証プロセスを無意味だと考える者も少なくない。

 

「で、でも、その数か月が過ぎれば美樹さんに治癒してもらえるって事じゃないか。どうして、そんなに焦って……?」

「……警察の方も、雄英の先生も言っていただろう。彼女の個性を求める人間は、沢山いると。」

「…………そうだな。だから色々バタバタしてんだろ。」

「僕は……恐れているんだ。そんな人々に阻まれて、僕の兄がいつまでも治癒されないことを。」

「ど、どういうこと?」

「これは合理的に導き出したことじゃない。でも例えば、美樹君が治癒をすることに嫌気が差してしまうとか、どこか別の国に行ってしまうとか……なにかの理由で結局兄を治してくれないことになるのではと、恐れている。そう、僕は……」

 

飯田は自らの抱える負の感情を順に整理していった。

 

「僕は、焦っているんだ。早く美樹君が兄を治癒してくれないか、と!」

 

懺悔のように吐き出す飯田。緑谷と轟は、飯田が全て言葉を吐き出しきるまでただひたすら見守る。何が出てきてもまずは受け止める構えだった。

 

「自分で言っていて、なんて傲慢な願いなんだと思っている。美樹君に多大な迷惑をかけておきながら、こんな欲を持つなど。だけど、君たちには、言った。僕が一人で悩んでいたら、またあの時のように暴走するかもしれないから。だから、信頼する友達の二人に、言った。こんな醜い人間が同じA組なんて失望しただろ、本当にすまない……」

「いや、むしろ話してくれてありがとう。やっぱり飯田君はいい友達だよ。お兄さんの事がそれくらい大事なんだね。」

「……委員長なんだから、他人に冷たい奴じゃ困る。だから、俺は嫌いにならねえ。」

「それで、思うんだ。僕はもう美樹君に近付かない方が彼女のためではと……」

「そういうことか……」

「僕は距離を置く必要なんかないと思うよ、飯田君。」

 

緑谷ははっきりと宣言する。飯田は多少反論されるだろうとは思っていたが、ここまで強く断言されるとは想定していなかった。

 

「そうか?しかし……」

「あくまで、僕が美樹さんの立場だったらだけど……」

 

彼女と比べると特に苦しくもない立場の自分が彼女の心情を考察することに引け目を感じつつも、緑谷は自分の考えを話す。

 

「そういう考えで、友達じゃなくなってしまうことの方がよっぽど嫌だと思うな。確かに美樹さんだって、友達が治して欲しいって言ってくることに何も感じないわけじゃないと思う。でも、美樹さんって芦戸さんみたいにすごく人間関係を気にする性格だから。そうやって気を使われる方が嫌だと思うな。」

「……一理あるが、しかし僕は……」

「大丈夫、今の飯田君はそんなことしないって思えるから!それに、万が一飯田君がおかしなことを始めたら、僕たちが止めるからさ!」

「……!」

 

緑谷が宣言し、轟がそれに同調し頷く。

 

「委員長だからって、何でもかんでも完璧にしろってのは間違っているって思う。俺もこの間まで……ヒーロー志望だったくせに全くヒーローらしくないこと、してたからな。欠点を補ってやるのは普通だろ。飯田には毎日委員長として世話になってるからな。」

「轟君まで……」

「そもそも、お前美樹本人の意思を聞いてないだろ。俺は最近、クラスメイトとはちゃんと話をしようって気を付けてる。飯田もそうした方が良いんじゃないか?美樹はお前のことを嫌ってるように見えなかった。今のままじゃ、話も聞かずに一方的に飯田が離れてるだけだぞ。」

「…………!」

 

そこまで言われ、飯田は頭を無理やり下に向け、乱暴に腕で目元をこする。

そしてバッと頭をあげ、絶対にこの言葉は二人に届けようという思いから大きな声を出した。

 

「…………うん!僕は素晴らしい友人を持った。本当にありがとう!」

 

ここで飯田は、爽やかに笑うことができた。目元にうっすら涙が溜まっているが、それをぬぐうことよりも、その表情で感謝を伝えたかった。

 

しばらく温かい時間が流れたが、轟が表情を引き締める。

 

「俺達の意志を再確認したのはいいけどよ。実際俺たちは美樹の為に何をするべきなんだ?」

「……そうだね。やっぱり、昨日の二人みたいな人が出てきたら間に入って、説得して身を引いてもらう事じゃないかな。流石に昨日の件で護衛が強化されているからそうそう昨日みたいな事にはならないと思うけれど、もしああいう場面に出くわしたら、場を収めることくらいは出来るんじゃないかな。」

「僕たちが……か?その、自分の醜態を掘り起こすようだが……ステインと戦っていた時の僕のように、冷静ではない人もいるだろう。あの二人などまさにそうだったじゃないか。初めはなんて迷惑な二人だと思ってしまったが、境遇を聞くとあまり責める気にもなれなかった。そんな人々を、僕たちが説得出来るのだろうか?」

「やってみるしか……ねえ。どの道、プロヒーローとしてやってく上で冷静じゃねえ人と接するなんてよくあることのはずだ。」

「……そうだな。やる前から出来ないと決めつけるべきではないな。例えば……」

 

その後3人は、どうやって説得するかを真剣に話し合いながら歩き続けた。

警察やヒーローに比べればほとんど何もできないに等しい彼らだが、その真剣さは彼ら以上だったかもしれない。

 

 

その話し合いの成果を出す場は、今のところ来ていない。

 

さやかの帰宅に、麗日、緑谷、飯田は同行することになった。さやかは「この年になって一人で帰れないなんてないよ~」と最初は強がっていたが、やはり恐怖が抜けなかったことと、そもそも安全対策の面から集団下校が推奨されていることを指摘され、結局彼ら3人と帰ることとなった。

 

事件が起きないに越したことは無いのだが、飯田と緑谷は常に事件が起きたときのシミュレーションを頭に描いていた。

 

怯えと緊張に襲われているさやかを見かねて、麗日は彼女が明るくなれるよう積極的に話しかけていた。効果は十分で、校門にいたときのさやかの様子が嘘のように話を続けられていた。

 

「へ~、そう言えば演習試験の時に合宿がどうとかって言ってたような……?」

「うん。そいでね、三奈ちゃん達がもうだめだ~って感じで『土産話楽しみにしてるから』って言ったんよ。すごい悲しそうやったわ……」

「流石にあり得なくないそれ~?いくらなんでも合宿に置いてきぼりはひどーい!相澤先生やっぱパワハラするっぽくない?」

「私もちょっとどうかなって思ったんやけど……そしたら先生、『従って林間合宿には全員行きます!』ってどんでん返ししてきたの!私それを聞いてすごいホッとしたわ……」

「え、え……?なにそれ?嘘ってこと?」

「追い込む為の『合理的虚偽』だって。体力テストの時みたいな感じだったんよ。」

「そ、それはそれで大丈夫……?クレーム来るんじゃ……?」

「どう、なんやろねえ……?私はそういうの聞いたことが無いけど……」

「あー、でもいいなー合宿!え、なになに、ヒーロー科って毎年そういうのあるの!?いいじゃんめっちゃ楽しそう!中学の頃の修学旅行は、先生にバレないようにどれだけ夜更かしして話せるかってやってたなあ。いいなー、私も行きたいなあー!仮免受けるんだし訓練の名目で入れてもらえないかなあ?」

「……多分、ヒーロー科だと旅行じゃなくて訓練メインになるんじゃないかなあ……?強化合宿って言ってたし。楽しいかもしれないけどさやかちゃんにはキツイと思うよ?実際の中身知ってるわけじゃないけど……」

「…………ヒーロー科の『キツイ』って正直怖い。ちょっと気持ちが揺らぐわー……」

 

麗日はさやかと楽し気に話している。しかしその間、男2人はあまり会話に入っていなかった。さやかが楽し気にしている様を微笑ましく思いつつも、「今自分たちに出来ること」を全うする。

それは、女子同士の会話に入りにくいということが原因ではない。平静を装っているが、2人はしきりにあたりを見渡し、不審者が現れないかをチェックしている。第三者がいれば、さながらボディーガードだっただろう。

 

現在はさやかの帰路の半ば程度であり、この日はその後も幸い何事も起こらなかった。

 

さやかと麗日にとっては。

 

 

「3人ともありがとう!じゃあ今日はバイバイ!」

「うん!また明日ね!」

 

無事にさやかを家まで送り届けることに成功。さやかの不安な表情は消え、元の快活な様子で家に入って行った。

 

ただいまという声を家の内部から聞き取り、3人は一安心。彼女が一人だったら一緒に帰宅してあげようという話もまとまった。

 

「いやー、さやかちゃんが無事に帰れて良かったよ。なんにもないのがやっぱり一番だよね!」

 

麗日はめでたしめでたしと笑顔になるが、男二人はそうではない。

 

「……見たかい?緑谷君。麗日君。」

「うん。やっぱりあれって……」

「美樹君目当てなのだろう、おそらく。」

「へ?何のこと?」

 

麗日はおしゃべりに夢中だったために気が付かなかったが、飯田と緑谷は気が付いた。

 

「やはり……先ほどのは。」

「うん、新しく護衛に来たヒーローなんだと思う。」

「……もしかして、なにかあったの?」

「……ああ、実は。」

 

歩いていた道の、背後の交差点。取っ組み合っている人影が見えたのだ。距離は遠く、片方がもう片方の口を押さえているためにさやかと麗日には気が付かれていない。

双方一般人の恰好をしているが、押さえている方はおそらく個性で髪の毛を伸ばし、もう片方の口を押さえていた。

 

少しすると警察がやってきたが、個性を使っている方を咎める様子はない。おそらくはヒーローなのだろう。そして彼らは警察に連れられて見えない所へ移動していった。

 

美樹さやかの身には、依然危険が迫っている。そのことを実感し、二人はより一層身を引き締める。

 

そして麗日は心配と同情に満たされた。

 

「そっか……そんなことがあったんだ。さやかちゃん、(ヴィラン)に狙われとるん?」

(ヴィラン)ってわけじゃないんだけど……。ごめん、その、詳しいことは……」

「やっぱり言えない理由があるんだね。……前の期末試験の時、先生が言っていたこと?」

「えーっと……」

 

最近秘密を抱えることが多くなった緑谷は、このような時に何を言ったらまずいのかが分からず、結果として友人相手とは思えないほどに口数が減ってしまう。

 

「緑谷君。思うんだが、麗日君には知ってもらった方が良いのではないかな?美樹君とは付き合いが長いから、許可はすんなり下りると思う。今回のような場面は今後増えるだろう。」

 

飯田がフォローのつもりでそう提案すると、緑谷はこれに乗った。

 

「……そうだね。飯田君の言う通りだと思う。後で先生に連絡を入れてみるよ。」

「ご、ごめんね2人とも。なんか気を使ってもらっちゃって。」

「そんな、気にしないで。」

「でもこれで、私もさやかちゃんの抱えている問題を何とか出来るかな?」

「…………うん。そうだね。」

「ああ。三人寄れば文殊の知恵。きっと改善のためのアイデアが出るさ。」

 

彼らのみならず、ヒーローや警察でさえも彼女のような状況は初めてだ。打てる手は打っているが、それでも後手後手に回っている感が否めないこの現状。

 

それでも、協力者が増えればそれだけアイデアが増えるはずだと二人は信じ、その日は学校にさやかの秘密を打ち明ける許可を出すよう依頼した。




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