本章においては、キャラがイメージにそぐわない言動を取る可能性、話の内容が好みに合わない可能性が高いです。
感想を見る限りシマカンの誘いに乗った有馬かなのような違和感があるようです。
私はこの章の内容を普通に妥当な言動&普通に面白い内容のつもりで書いていたので、内容の修正は筆者には不可能と判断しました。
というわけで、本章は読み手を強く選ぶ章となっています。
今後、この章の内容はなるべく後に出さない形で執筆予定なので、もしキャラに違和感などを持ったら読み飛ばすことを強く推奨します。
高評価、誤字報告、感想ありがとうございます。
水着マミが10連で来たので初投稿です。
※追記 7/29
最後の方の展開を改変しました。
ありえない、魔法少女の私がそんなことを……!
「いち、じゅう、ひゃく、せんまんじゅうまんひゃ……うぇへへ、へへ……」
「さやかちゃんあんまり人前でそういう顔はしない方がいいよ……」
「ごめんって~まどか。だってほら、これ……」
「う、うん……」
とある大病院の一室。美樹さやかと鹿目まどかはヒーロー公安委員会に呼び出され、正式に「依頼」として治癒個性を行使することになった。
今回の相手は、以前のような検証のための怪我人ではない。過去に大怪我を負い引退したヒーローだ。その個性「識眼」は、意味ある文章ならばどんな言語でも読み解ける強力な個性。
彼はある時期までは警察の捜査に多大な貢献をしていた。しかし
しかしそんな彼の目も、美樹さやかの個性にかかれば元通り。久しぶりの色に感涙の涙を流す彼にいい気になっていたさやかに、公安委員会の人間から報酬に関する書類が渡される。
そこに記載された金額は、高校生に渡す小遣いとしてふさわしい金額よりも桁が2、3ほど大きい金額だった。
下品な笑みを浮かべるさやかに、同伴していたまどかは本当にこんな金額を受け取って大丈夫なのかと逆に不安になってしまう。
これは少し後の話となるが、この金額を受け取ったさやかの両親、特に父親は少し意気消沈した。自分の月収を娘が一日で稼いでしまったからだ。
稼いだお金はひとまず親が大半を管理するということになっている。さやか自身はすぐに使うわけでもないため特に文句はなかった。そしてその親も、その金額をどう活用するかなどまったくアイデアは持っておらず、もっぱら金額の大きさを見て今後の人生への安心感を高める程度にしか使っていない。
「ねえねえまどか、このお金入ったら何買おうかな?」
「え、え~っと……」
「あ、そうだ!私、一度やってみたかったことあるんだよね!『ここからここまでの服、全部ください!』ってやつ!これだけあれば余裕でできるよ!あ、それとマミさんもお金に困ってるって言ってたよね?なぎさに良いもの食べさせてあげたいって言ってたし。」
「ちょっとうるさいよ君たち!ここは病院だ、静かにしろ!」
突然怒鳴られ、ヒッと悲鳴を上げるさやか。まどかは戸惑いの方が大きいため静かだったが、さやかは金額の大きさにハイテンションだった。
見ると、監督責任者の医師の男がさやかを見下ろしていた。眉に深い皺を作り、表情は歓迎の様相ではない。
「あ、す、すいません。静かにします……」
「ったく、こっちはお前のせいで仕事が最近増えてんだよ、クソ。」
吐き捨てるようにいう男。単にさやかを叱るために言ったのではなく、本当にイライラしていたために声を荒げたことが感じ取れる。
「……その、ええと……」
「とにかく、これからは彼の経過観察をするから。ここで君がすることは無いはずだ。だからもう帰って問題ない。」
「あ、は、はいわかりま」
「おい、本当に見えるようになったのか!?」
突如としてスーツを着た男が部屋に入ってきた。当然さやかは知らない人間だが、今回の患者と親しげに話し始めたことから、仲の良い仕事仲間だろう程度のことは分かる。
やれお前とまた一緒に仕事ができて嬉しいだの、今後の生活も何とかなりそうで嬉しいだのと言う話を、さやかは二人を眺めながら聞いていた。
(……うん、これがやりがいってやつだよね、まどか!)
(そうだね、やっぱり喜んでいる人を見ると、私も嬉しくなっちゃうな。)
お金のことを抜きにしても、やはり自分の力で人が笑顔になるのは良いことだと感じるさやか。
(魔法少女になったときのことを思い出すなあ……こういうことがしたくて、キュゥべえと契約したんだったっけ。)
(うん……やっぱり魔法少女が絶望を生み出すなんて、絶対間違ってるよね!)
同様に微笑ましい気持ちでその様子を眺めていたまどかは、ふとその思いを漏らす。
「本当に……治って良かったですね、二人とも。」
しかしここで、悪態のような否定が返ってくる。
「はぁ?そもそも俺がだな……」
「えっ?」
監督の医師からだった。
余りにも不似合いな言葉に、感動していた二人もぎょっとして話を止め、その医師の方を向く。
しかし医師は言葉の途中で失言を悟り、慌てて口を手で覆った。
「……あ、いや、目が治って何よりだ。本当に良かったよ。」
取り繕うようにそう言う医師の男だが、その言葉に中身を感じる人間などこの場に居なかった。
「…………」
少し非難するような視線が彼に集中する。耐え切れなくなったのか、程なくして「では私は、次の仕事の場に行かせていただく。」と言って足早にこの場を去ってしまった。
医師がいなくなったことで、さやかはあの失礼な医師に遠慮なく悪口を言い始めた。
「何あれ?感じ悪!まるで治ってほしくないって言ってるみたい!信じらんない!」
「うん……どうしちゃったんだろう、なにか嫌な事でもあったのかな?」
「あ、もしかしてその二人の仲が悪いとか?何か心当たりあります?」
「い、いえ、こっちには何も。」
「そっかあ……じゃあもう、気にしてもしょうがないよ。時々意味もなく怒るって人いるよね。」
「いや、まあ……あの人も人間だし仕方が無い部分もありますよ。」
声を上げたのは、今回の治癒対象の男。おずおずと手を挙げていた。
「どういうことですか?」
「あの人はずっと私の担当医でしたし。私が言うのもなんですが、やっぱりこう、あっさり治されると思うところがあるんじゃないですかね?ずっと私の為に調べものとかしてましたし……」
「へ?なにそれ?」
さやかは、今回の治癒の相手の発言を全く理解できなかった。なぜ患者が治ったら嫌なのだろうか、たくさん努力するほどに患者のことが大切なのだから治って嬉しいのが当然のはず、と。一緒に彼の目が見えるようになったことを喜ぶのが普通というのがさやかの考えだった。
「騒いだこと以外私たち何も悪いことしてないもん。さっさと出ようまどか。」
「うん。じゃあ、えっと、お大事に。」
「ああ、どうも。改めて、治してくれて本当にありがとう美樹さやかさん。この恩は決して忘れない!」
「ふふーん!どういたしまして!」
お礼を聞いて気分を持ち直し、まどかとさやかは部屋を出る。男二人は笑顔で見送ったが少しぎこちなく、先ほどの件で思うところがあるようだった。
今回、さやかが治癒に来たことは秘密にされていない。なのでわざわざ公安ヒーローが護衛をしつつ裏口からこっそりと出る、などというサスペンスめいた事はなく、普通に患者や職員の目がある道を通って歩いた。
それならば、道すがらこの病院所属の医者とすれ違うことは不自然なことではないだろう。普通ならば意識すらしない事実だ。
しかし、今回に限ってはすれ違う医者に対し、さやかは注目せざるを得なかった。
(なんか……睨まれてる?)
(え?そ、そうなの?)
そこまで深刻なものではない。例えるなら、クラスの仲の悪いグループと廊下ですれ違ったような不愉快さ。しかし間違いなくすれ違った医者の人々はさやかに視線をよこし、そしてそれは決して歓迎のものではなかった。
普段ならば気のせいで済ませるかもしれないが、今回はさやかに酷い想像を起こさせることとなる。
(……もしかして、私に敵意あるのあの医者だけじゃ、ない?)
改めて推測を言葉にして、さやかは顔をしかめる。
そして今のはまどかにテレパスで伝わっていたために、慰めの言葉をさやかにかける。
(で、でもさやかちゃん何も悪いことしてないし……)
(……そ、そうだよね!別に誰かが不幸になったとかじゃないもん。と、とにかく、早く出よう、まどか。)
さやかとまどかは足早に病院を出た。すれ違った人々の顔は、なるべく人々の表情を視界に入れないように下を向きつつ歩いていたために分からなかった。
◇
「ゼロが6個並んでる!すごい!すごいよねこれ!」
「美樹さん、ここ食堂だよ!あんまりそういうのは見せない方がいいよ!」
「え、あ、ごめん。つい……」
翌日、大食堂で久しぶりにA組の緑谷、麗日、まどか、ほむらと一緒に昼食を取る機会が来た。
最近の事件のゴタゴタで、さやかたちはあまり治癒の話をしないよう神経を尖らせていたが、正式に発表されたためにその心労からは解放された。
人付き合いの多いさやかは、この件を周囲の友人に話したくてたまらなかった。言いたいことがあるわけではなく、ただただ話を聞いてもらいたかったのだ。
周囲の人間は好奇の目でさやかを見ている。彼女にとっては不愉快な視線だ。周囲の人間に悪意があるわけではなく、非常に強力な治癒の個性を持っているということで誰でも興味が引かれることだった。そのことはさやか自身も自覚があるために、この程度は仕方ないと諦めている。
この空間の中で治癒の依頼の話をするなど明らかにさやかを平穏から遠ざける行為だ。しかしそれをわかっていながらも、さやかはこのことを友人に言わずにはいられない。
さやかは、本人の素性以外のことは口止めされていないことをこれ幸いと、昨日の治癒のことをペラペラしゃべっていた。
「でもすごいよねこれ!これが公安パワー……!」
「……た、確かに、僕も見たこと無いお金だな。」
「ね、ねえお茶子ちゃん。さっきから動いてないけど大丈夫……?」
麗日は前方、さやかの出した報酬金額が掲載されている画面を見て硬直していた。持っている箸も空中に固定されて、掴まれた麵がボトリとスープの中に落ちた。
驚きのあまりなのか、瞳孔が開きっぱなしになってしまっている。
「…………三途の川が金でできとる……とーちゃんが万札を振ってるよ……」
「麗日さんそれどういう走馬灯なの!?あと金は流体じゃないよ!戻ってきて!」
緑谷が軽く彼女の肩をゆすると、麗日はハッと目を覚ます。
慌てて箸をトレーにおいて、居住まいを正した。
「……!ご、ごめん私、ちょっと驚きすぎたみたい。いやあすごいよねさやかちゃん、一日に1万円も稼ぐなんて!」
「え?全然金額違うけど……?正しくは」
「デ、デク君ごめんストップ!お願いだから私に許容範囲外の金額を見せないで!」
掌で牽制して、必死に目をつぶり情報を頭に入れまいとする麗日。彼女の心理は理解できないが、彼女の必死さはここにいる皆が理解した。
「……とりあえず、これはしまっとくねお茶子。」
「ありがと……そ、その……人の目がすごいし、外に持って行って食べない?さやかちゃん。」
「ああ、うん。わかったよ。」
慣れてしまったさやかとは違い、A組の2人にとっては少々痛すぎた視線だった。外に出ても人の目がなくなるわけではないが、解放感からかなりマシになるだろうと考え麗日はその提案する。ただ実際には、彼女が大声を出してしまったことを気にして人気のない所に行きたかったためだった。
反対する理由もないために、彼らは外に食事のトレーを持ち出す。良い塩梅に開けた空間を見つけ、そこに腰掛け話の続きを始めた。
「で、でもすごいね美樹さん。まさか失明も治せるなんて。」
「いや~それほどでも~。」
「ほ、本当になんでも治せるんやね……すごいなあ。相澤先生から話を聞いた時は、正直半信半疑だったよ。」
治癒の件が発表された日、A組においても相澤から正式に説明がなされた。ステイン事件は、エンデヴァーが功労者として立てられているためにすべてを正確に話されたわけではなく、一部ぼかされた形での説明だった。そのために緑谷達がステインと直接戦闘をしたことは伏せられ、偶然居合わせたさやかが、これまた偶然居合わせステインから傷をもらってしまっていた緑谷達につい個性を使ってしまった、という形となった。
緑谷達の性格を知る一部にこの説明に違和感を覚えた者もいるが、A組の大半は彼女の個性の強力さと深刻さに驚かされていた。ステインと本当に戦ったのかを気にしている者はもういない。
「えっと、聞いてもいいかな?実は」
「そんな気にしなくてもいいよお茶子。私別に隠したくて隠してることなんてほとんどないんだから。」
「そうなん?じゃあ遠慮なく聞いちゃうけど……飯田君のお兄さんを治す話ってどうなっているのかな。」
「あー、それねえ。今のところ何も聞いてないよ。どうなんだろう。……そういえば飯田君は?」
ここにいるA組のメンバーは緑谷、麗日。大抵は飯田もいるのでなかなかに珍しい組み合わせだとさやかは感じた。
そしてこの話題を振られた緑谷と麗日は、少し沈んだ表情になる。
「飯田君……やっぱりちょっと気にしているみたいなんだ。」
「気にしてる?なんかあったの?」
「えーっと、何かあったというか。ほら、自分のせいで美樹さんに迷惑が掛かっているって思っているんだよ。それで顔を合わせづらいみたいで……。」
職場体験で保須を選択したのは飯田自身。そこにステインが出没していたこともすぐわかることだった。以上から、飯田が復讐のために保須へ行ってしまったことは公然の秘密となっており、ステイン事件にかかわっていない麗日がいる前でもこの話をすることに抵抗はなくなっている。
「……でも、飯田君最近なんか焦ってない?」
「やっぱり何かあったの?」
「うーん……」
麗日と緑谷は顔を見合わせ、言うべきかどうかをかなり迷っているようだった。
さやかとしても飯田がひどい状態かもしれないと考えると不安になるために、突っ込んで聞きたがる。
「ま、まさかまた家族が襲われたとか?」
「そういう話は聞かないから、大丈夫だと思う。でも、確かに心配になる様子だったんだ。さっきも一緒に食べようって誘ったら、なんでもお兄さんのことで電話しなきゃいけないからって言って人気のないところへ行っちゃった。」
「理由は……わからないの?」
「うん、話してくれないんだ。」
「飯田君真面目だから、また一人で悩み事を抱え込んでいるんじゃないかな。ほら、保須に行くときもあんな表情だったし……」
「……多分、アレとはまた違うものだと思う。」
「え?そうなの?」
確信を抱いている言葉に、まどかはは素っ頓狂な声を上げた。
「最初は僕もそう思って、飯田君に言ったんだ。友達だろ、なんでも相談してくれって。保須のことを忘れてないよね、って。そしたら。
『すまない、緑谷君。正直僕も君たちに言うべきなのだと思っている。しかし、ヒーロー公安委員会から直接通達が来てしまったんだ。兄の治癒の件はしばらく言えない。保須で失態をさらした僕が言っても説得力がないのは承知している。でも、いつか必ず相談する。相談できるように尽力する。だから今は、見守っていてくれ。』って。
あの時の飯田君は、僕の目をまっすぐに見て言っていた。言えることは本当にあれだけなんだと思うよ。」
彼が精神的な成長があったことは間違いなかった。自分で問題を抱え込んでしまおうとせず、周囲と相談して解決しようとする姿勢は友人たちに安心感を与えるものだった。
しかし同時に、公安の名前が出たことで別種の不安を掻き立てられてしまう。
「言いたくないんじゃなくて、言いたくても言えない……って感じなの?」
「そうみたい……なんだよね。でもどういう事情なんだろう。さやかちゃん、飯田君から何か聞いてる?」
「さっきも言ったけど、なーんにも。どーしたんだろう?もしかして私が嫌ってるって思ってる?別にそんなことないのになぁ……あ、そうだ。メッセ送ってみよ。『飯田君、お兄さんの件は……』っと。」
飯田のトーク画面に「兄の件は何か聞いているのか」「保須の件は気にする必要はない」ことを含むメッセージを送信した。その画面のまま5秒ほど待ってみたが、既読もつかなかったためにさやかは持っていたスマホをポケットにしまった。
「いやー、それにしても『勝手に治しちゃダメ』てめっちゃめんどくさいよ。昨日は始める前に何枚もよく分かんない書類に名前書かされたんだ。」
「あはは、まあ気持ちはわかるよ。僕も考えなしに飛び出しちゃうことってよくあるし、これは実際悪いことなんだけどそれもヒーローの資質だって言ってくれる人もいて、そういうときにこらえるのはやっぱり難しいよねって最近」
「緑谷君、めっちゃ癖が出てる。」
「あ、ごめん美樹さん!」
緑谷にいつものブツブツが出始めたのは、オールマイトを思い出してのことだった。『考えるより先に、体が動いていた』と、過去の素晴らしいヒーローたちは語ったという言葉。もし彼らがさやかのような治癒の力を持っていたら、ついついその力を使ってしまうのだろうと思ったのだった。
(……そういえば、オールマイト、といえば。)
ふと緑谷の頭に
(美樹さんなら、オールマイトの傷も癒せる……のかな?いや、そう考えるのが自然だ。だとすれば、警察からしてもオールマイトの回復は重要な問題だろうし、ヒーロー公安委員会としても……流石にヒーロー公安委員会がオールマイトの活動時間や傷のことを知らないわけがないよな?だとすれば、最優先で治癒してほしいと考えるはずだ。というか、オールマイトが最優先じゃないのか?)
「美樹さん。僕もちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「ん?どうしたの緑谷君?」
「オール……あっ!ええと……」
(しまったあ!美樹さん達はオールマイトが衰えていることを知らないはずだ!なにをやってるんだ僕は!?何とかして誤魔化さないと!?)
オールマイトの「オール」の部分だけだったので、普通の相手ならばここからごまかしは出来たかもしれない。
しかしさやかは、緑谷の普段の言動を知っているので、彼が何を言おうとしているのか察しがついてしまった。
「オール……オールマイト、かな?それが、どうかした?」
「あ、その!違って、ええと……」
「でも緑谷君って大体オールマイトの話するじゃん。他に何かある?」
「ええと、その、そう!美樹さんみたいなすごい個性を持っているなら、オールマイトから何か言われたりしないのかな?って!ええと例えば、今度ヒーロー活動を手伝ってほしい、とか!」
「別に何もないよ。会ってもいないし。」
あっけなく言うさやか。声の調子からして嘘をついているようには思えなかったが、さすがに何か言及があるだろうと予想していた緑谷は一瞬発言を受け入れられなかった。
「え?ホントに?」
「本当だよ。……なんかおかしい?」
「ご、ごめん。疑っているわけじゃないんだ。……あ、そうだ!もう一つ、これからの治癒予定の人に八木って人はいた?」
「八木?えーっと、聞いたことがないかな。」
「そ、そうだよね。ごめんね、細かいこと聞いちゃって。あ、八木ってのはええと、ヒーロー関係者で、僕の知り合いの知り合いの知り合いなんだ!」
「まあ、このくらい全然いいよ。」
この話題に興味が無いさやかは、油断すれば冷めてしまいそうな昼食のご飯に口を付けた。
緑谷もそれに倣って口を付けるが、頭の中は疑問で埋まっていた。
(どういうことだ?オールマイトは本当に治癒の予定に入っていないのか?いや、オールマイトが弱っていることは秘密の話だ。変装して受けるって可能性もあるか。最初から最後までトゥルーフォームならバレないだろうし。……いや、でも僕が前にオールマイトに会ったのはつい昨日だ。その時は治癒のことは何も言っていなかったぞ?そういう明るい話が来ているんなら多少なりとも話をしてくれるんじゃないか?それとも確実に治ってから言ってくれるつもりなのか?う~ん……)
食べ物をひたすら口の中で咀嚼し続ける時間がしばらく続いた。だが、最終的に納得のいく答えは出なかった。
考察の世界へ沈んでいると、緑谷が予想だにしない声がかかる。
「あら、緑谷さん達。珍しいですね、こんなところで会うなんて。」
「ふぇ!?ご、ごめんなさい!」
現れた人物は、八百万百。
緑谷が昼食の時間で出くわすのは初めてであり、緑谷は思考に没頭していたことも相まって危うく食事トレーを落としそうになった。
「え!?ど、どうしましたの?」
「あ、八百万さん、ごめん、なんでもないんだ。」
「デク君このお昼の時間ですごい謝るねえ。」
「ご、ごめん!?」
「ブフッ!そ、それ持ちネタなんデク君!?」
その一言に、一同に笑いが巻き起こる。笑っていないのはほむらと八百万だけだ。
「えーっと、緑谷さんは新しい芸を始められるのですか?」
小首をかしげそう問いかける八百万に、ますます笑いがこらえきれなくなる。
「ちゃうちゃう!気にせんといて八百万さん!」
「そうですか?しかし私、何の話をされていたのか気になりますわ。緑谷さんの今後の話ですわよね?」
「全然違うよ!?美樹さんの話だよ!」
「あら、そうでしたか。いったいどんなお話をされていたのですか?」
「私の治癒の個性の話。ほら見てこれ。昨日も依頼をこなしたんだけど、これすごくない!?」
さやかは先ほど緑谷達に見せた、大金が表示される画面を見せる。
八百万はしげしげとそれを覗き込むと、なるほどという表情になった。
「なるほど、これが美樹さんの治癒の報酬なのですね。」
うんうんと頷く八百万。
さやかを始めとした彼らには予想外の反応だった。高校生には縁のないであろう大金があるのだから、多少なりとも驚きがあるだろうと考えていたのだ。
しかし直後に、緑谷と麗日はその理由に思い至った。彼女の実家は大金持ちだということに。
「あ、そっか。八百万さんの家ってお金持ちだから、あんまり目新しくないんじゃないかな。」
「ああ、そう言えばヤオモモの家ってそうらしいね。でも、さすがにこんな大金を持ったことは無いでしょー?」
さやかがニヤニヤと勝ち誇るが、八百万は全く動じない。
「え?ええと、そうですわね。私も一時期お父様がこの倍程度の金額を私に預けてきましたの。お小遣いとして。最近はこの半分くらいですわね。まあ、たいていは学術書籍の購入に充てているのであまり使えていないのですけれど。」
「……へっ?」
美樹さやかをはじめとして、彼らはこれから彼女が違う世界の話を始めることを予感した。
「あれはたしか中学生の頃でしたわ。確か、入学したての頃はもっと少ない額でした。でも私、その頃はヒーローになるための勉学に励むばかりで世の中に貢献できていませんでしたの。ノブレス・オブリージュ……将来ヒーローとして人々を導く身として本当にこれで良いのかと疑問に思った私は、せめて自分にできることをと、創造系の個性のお友達を集めて材料系研究機関の依頼を承る事業を興しましたの。」
「事業……へ?じぎょ……う?」
「通常では構成不可能な元素構成を生み出す事業ですわ。個性利用系の事業はその監督ヒーローや研究者に支払うお金が問題なのですけれど、お父様が私にその分のお小遣いを上乗せしてくださいましたの。初期投資として。時期にもよりますがその頃は先ほど申したお小遣い、いやそれ以上の金額でしたかしら?ともかく私にお金を預けてくださいました。紆余曲折ありまして何とか黒字にすることはできて、それで雄英への推薦も頂けました。最初は合金系の方向で攻めていたのですけれどなかなかうまくいきませんでした。でも活路があったのは有機化合物系でしたわ!最初は仮想化学物質の生成による分子シミュレーションシステム性能評価のお手伝いをさせていただいていましたのですけれど、これでは事業がスケールしなくてこれで良いのかと悩んでいました。でもある時、お友達の発火系個性の子と一緒に観測用の磁気スペクトロメーターに触れさせてみたのですけれどその時妙な波長が出まして、詳細に調べた結果低温系発火個性は熱エネルギーの発生ではなく電荷の恣意的移動によるプラズマ発生こそが本質だと発覚しましたの。これによる高収率合成を利用した短寿命物質の研究で今合成界隈は大盛り上がりですわ!あ、これは有名なお話なので美樹さんはご存じかも知れませんね。ともかくそれで私はチャンスだと思いまして、低温系の発火個性を持つ方をお父様に集めていただいて各企業に提供する事業をしてみましたら黒字化に成功しましたの!最近では個性によるペンタセン誘導体の単純な合成方法が発見されまして、低温系発火個性の方々は大忙しだそうですわ!」
この時の八百万は緑谷を超える速度で喋っていたのだが、誰も何も言わずに聞いていたためにブレーキは一切かからなかった。
A組の緑谷と麗日は流石八百万さんだ、という感想であり、多少聞いたことがある話だった。しかしまどかとさやかには全くの初耳だ。
「……なに?プラズマ?事業?」
「ええと、ごめんなさい。雄英に入る際にその事業は売却してしまいましたの。ヒーローになるための学びに専念するために。個人的なお付き合いは続けていただいておりますわ。あら、もしかして美樹さんも自身の個性を生かした会社を立ち上げるご予定で?それでしたらぜひとも私に手伝わせてくださいまし。必ずお役に立ってみせますわ!」
「………………」
「あ、あら?皆さんいかがされたのでしょう?私の顔に何かついていますか?」
全く話がわからない、とさやかは叫びたかった。しかし、語るときの八百万の姿は本当に悪気なしの悦びに満ちたもので、決して自慢などではなく、先ほどさやかが昨日の治癒の状況をペラペラしゃべってしまったのと同様の気持ちなのだろうと感じ取れてしまった。
自慢しない分八百万の方が綺麗だっただろう。
「八百万さん、相澤先生が言ってたでしょ?さやかちゃんは個性のせいで色々大変な状況になってるって。事業とか考えている場合じゃないんじゃないかなあ?」
「え、ええと……あのお話はてっきり美樹さんの個性を使った事業立ち上げの人員集めに苦労されているという意味ではなくて?」
「どこをどう取ったらそうなるの!?全然違うよ!」
「ご、ごめんなさい私ったら。どうやら勘違いをしてしまったようですわ。」
ホホホと口に手を当て上品に恥ずかしがる八百万だが、庶民には理解できない方向への勘違いであったために、この場にいる誰もが茶化すことも諭すこともできなかった。
「んんっ!と、ところで美樹さん。そのお金の使い道は決まっているのでしょうか?」
恥をごまかすために咳ばらいを八百万はした。
「え?いや、別にすぐに使う予定は……」
「あら、そうですか。もしお金のことでお困りごとがあれば何でもおっしゃってください。私の実家には仲の良い弁護士や税理士がおりますの。少しくらいならお話を通させていただきますわ。」
「どう、も?ありがとう……?」
さやかは八百万の発言に心強さだけを感じた。なぜさやかの今後に弁護士や税理士が必要になるのかに関しては、全く想像がついていない。
「まあ、今後の使い道はともかく。ひとまず直近でのお困りごとは何なのでしょうか?護衛のヒーローの方とは仲良くできているのでしょうか。」
「付き纏われている件はちゃんと把握してるんやね八百万さん。」
「もちろんです!もし現状でも不安ならば、私の実家のボディーガードにも話をしてみますわ。」
「あ、ありがとうヤオモモ。とりあえず今のところはちゃんと仕事をしてくれているみたいかな……。」
「それは良かったです。他に何かお困りごとはありますか?」
「そんなこと急に言われても思いつかないよ……えーと、なんかお金関係の書類をたくさんもらって、かさばるなあって昨日思ったくらい、かなあ。なんか色々話されたけど正直わかんなかったし。」
「書類……ああ。おそらくアレに必要なものですわね。」
「……アレ?」
「確定申告ですわ!」
確定申告、という言葉をさやかはしばらく反芻した。
特に個人事業主の人間に日々呪詛を吐かれる税システムだが、もちろんさやかはそんなものとは無縁だ。「なんか大変そうな税金関係の何か」程度の認識しかない。ちなみにこの場にいるまどかとほむらも同様だ。さやかのことはなるべく手伝おうと考えてはいるが、確定申告などまったく手伝える気がせず、ひたすら八百万の話を聞く置物となってしまっている。
さやかの心には、遠い世界の苦しみが突然自分に降りかかった不快感だけが残った。
「…………え、え?確定申告?」
「ええと、美樹さんはどこかのヒーロー関係の法人と雇用関係を結んでいますか?」
「……わかんないけど、記憶にないよ。」
「となると、そのお金は事業所得ですかね、年末調整はしてくれない……あ、いえ、このペースだと年収2000万は確実に超えますから結局申告は必要ですわね。」
「……そ、そういうお金関係のはママとパパがやってくれるって聞いてるんだけど……?」
「あら、そうですの?ええと、代理人の申請に関しては分かりかねますが、私の場合は自分でしましたわ。」
「…………え゛っ?マジ?」
自分でやらなければならないかもしれない、という話からさやかは大嫌いな食べ物を出されたような濁った声を上げてしまった。
「先生方やヒーローの方から説明があると思うのですが……?ああ、仮に契約を間違えてしまったとしてもある程度は大丈夫だと思いますわ。未成年の場合は法定代理人の同意が無ければ契約取り消しができますの。美樹さんの場合はお父様やお母様も一緒に説明を受けていると思いますわ。」
「そ、そーいえば、そんな説明を受けた……ような?」
さやかは記憶を辿ってみたが、ひたすら長ったらしい話を聞かされたという記憶以外は何も思い浮かばなかった。
実際のところ、さやかは彼女の両親とともに契約や税制関係の説明を受けている。紛失しないようにだけ気を使われた、彼女の家にある書類の山をひっくり返せば該当の書類はちゃんと見つかる。記憶が無いのは、当時さやかが舟をこいでいたせいである。
「えーと、つまり、私はその確定申告をしないと犯罪者になっちゃう、ってこと……?」
「申し訳ありませんが、確たることは言えません。でも、確定申告はきちんと把握しておかないと後々困ると思いますわ。」
「うわぁ……マジかあ。それ大変なの?」
「初めの頃は私も少々頭を使いましたが、それほど難しいわけではありませんでしたわ。」
「なあんだあそっかあ。じゃあ何とかなりそうだね。」
「あのー、さやかちゃん。安心してるところ悪いんだけど、八百万さんの「頭を使いました」だよ?知ってると思うけど、八百万さんってA組の中で一番頭が……ううん、頭脳系個性を除けば日本で一番頭がいい方なんじゃないかなあ。」
「………………はああぁぁああ……ああああ゛あ゛!!!!!」
まるで頭が割れてしまっているかのような叫び声をあげる美樹さやか。周囲の緑谷やまどか達はもちろん、遠巻きに見ていた生徒たちもその異様な声に肩をビクつかせてしまう。
「み、美樹さん!?大丈夫ですか?」
「やだー!ただでさえ最近頭の痛い話ばっかりなのにぃ!なんで魔法少女がこんなことしなきゃいけないの!」
「み、美樹さん落ち着いて!ほら、今すぐやらなきゃいけないって話じゃないから!」
「そうだよさやかちゃん!ほら、私達も手伝うからさ!私たちにとっても勉強になる話だし!」
「そうですわ!もし不安があるならば、いつでも相談に乗らせていただきますわ!」
「ほ、本当に!?うううみんなありがとう!」
さやかはまどか、麗日、緑谷の手をまとめて握って感謝を全力で伝えた。彼女にはできる自信が全くなく、将来彼女たちに絶対に頼ろうと決意していたのだった。
「さやか。あの契約書、ヒーロー公安委員会と取り交わしたものも多いわよね。確か秘密保持契約って書かれていたものが多いって、あなた自身が言っていたじゃない。そんな書類を、あなた以外の人間に見せても大丈夫なのかしら?」
「なんでほむらはここだけ発言するんだよおおおおお!!!」
この昼休み、さやかは子供のようにぐずってしまい、彼女たちはさやかの機嫌を取ることに終始するのだった。
◇
放課後。美樹さやかは再び大病院に来ていた。要件は、もちろん治癒の依頼だ。
「はあぁぁ……お金って本当にめんどくさいんだね……」
そこに向かう道中、さやかの口からは疲れと共にそのような愚痴が幾度も吐き出されていた。
昼休みの八百万の話を受け、美樹さやかは両親に彼女の話は本当なのかと聞いた。結果、さやかは話を聞いていなかったことを叱られることとなった。
悪かったと思いつつも、さやかは八百万とは今後仲良くしたいと強く感じた一幕だった。税金関係の話などを相談できる同年代の人間は、さやかの知る限り八百万だけだ。公安のヒーローや雄英の教員に税金の話を聞いてもさやかには馬耳東風だったが、八百万の話は強烈に残っている。自分に近しい人間の話がここまで大切なものなのかと、さやかは改めて実感した。
そして確定申告だが、調べたところさやかの両親が申告しても問題ないと分かった。一安心したさやかだが、さやかの親も確定申告はしたことが無い。現状では、必要な時に税理士の人に相談しよう、という話になっていた。八百万が親に任せず自分で確定申告をしていたのは、彼女が優秀だから苦も無く出来たに過ぎないのだった。
ただし結局のところ、大人になったときにも治癒の仕事をするときには必要になるであろうものだということも知り、さやかは完全に解放された気分になれなかった。少し調べた限りでも明らかにややこしそうな手続きだったのだ。
ちなみにこれは余談だが、さやかの両親は彼女が百と仲良く喋れているという事実を聞きひっくり返った。彼女の実家は日本最高レベルの資産を保有しており、そんな家の娘など絶対に怒らせないように、できれば仲良くしてくれ、と娘に懇願した。
彼女からすればそこまで彼女を特別扱いしなくても、という感想だった。そこまで八百万と親しくしていたわけではないが、話した印象は普通に仲良くできそうな人だった。
ところで今の発言は独り言ではなく、隣に聞いている人物がいる。
「そ、そ、そうだね……僕もお金のことは不勉強だったって思い知ったよ。さすが八百万さんだって感じだ。将来ヒーローとして仕事をするうえで必須の知識だよ。僕も見習わないと……」
「偉いなあ緑谷君。私はずっとどうやったら勉強せずに済むか考えてるってのに。」
「あ、あはは、まあ辛い所も多いよね、ああいうの。」
緑谷出久だった。
今の彼は女子と二人きりで歩いている状態だ。最近彼女たちとの付き合いで、それなりに女子に免疫がついたと彼は自負していた。しかしこのような場面では異性を意識せざるを得ないようで、ところどころ声が上ずったりしてしまっている。
入学当初の彼ならば、もはや会話すらままならなかったかもしれない。
「……それで、緑谷君なんで私についてきてるの?途中から多分ついてこれなくなると思うよ。部外者禁止みたいな感じで。」
目的地の病院はお世辞にも雄英の近場とは言えない。緑谷がさやかについて来たのは明白だった。
残念ながら、さやかの方は殆ど意識していない。過去の諸々の影響もあるが、そもそも頻繁に接している上に、今回のような色気のない場所でドキドキする理由など皆無だ。
もし第三者からこの二人きりの状況について聞かれたならば、さやかはそう答えるだろう。
「え!?あ、いや。僕も偶然この病院に用があるんだ!」
「体のどこか悪いの?あ、前の体育祭とかで腕ボロボロになっちゃったやつかな?」
「そ、そうそれ!定期健診みたいなのがあるんだ!」
「ふーん……?まあ、緑谷君なら悪いことしなさそうだし、別にいいけどね。」
どうせ裏に目的があるのだろうとさやかは感じ取っているが、彼の善性を感じ取っているさやかとしては、悪いことにはならないだろうと考えている。彼の目的も興味はあるが、無理やり突っ込みたいほどではなかった。
実際、彼にはさやかに言えない目的がある。
オールマイトのことだ。
昼休みの話の後、緑谷はオールマイトに連絡を取った。美樹さやかの治癒の個性で、傷を治してもらえないのかと。
返答は特に隠すことも無く来た。なんと今日がその治癒の予定日だという。ただしオールマイトが傷ついていることは世間に秘密であるため、マッスルフォームのまま治癒を受けることができない。トゥルーフォームの八木俊典として何らかの理由を取ってつけて治癒をしてもらうらしく、今日はそのためにいったんさやかと会話する。という話らしいのだ。
会話したのはそれだけだが、緑谷はこの話を受けてさやかに付いて行こうと決めた。もし何らかの理由で、美樹さやかがトゥルーフォームの彼をオールマイトだと疑ったら、自然な形でごまかしをサポートできるかもしれないと思ったのだ。あとは単純に、彼がオールマイトと会いたかったという打算もある。
「はぁー、にしても勝手に個性使っちゃいけないの本当に面倒くさいなあ。使っていいなら今私がパパパーって治しちゃえるのに。」
「さらっとすごいこと言うね美樹さん……救助系ヒーローが羨むことだよ、それ。」
「どやあ!ってね。そして私はそうするだけでこのお金……う、うへへえええ……」
さやかはお金が振り込まれた通帳画面を見る。さやかにも厭らしい行為だという自覚はあったが、最近は暗い空気を払しょくするためにすることが多い行為だった。
「美樹さん、人の目があるところでそれは見ない方がいいよ?ほら、時々すれ違う人が美樹さんのこと見てるし……」
「え……マジ?ここ雄英から結構遠いよ?」
「でも目的の病院からは近い。ヒーローの関係者が多いんじゃないかな?」
「そ、そうか、そういうことかあ……」
現実に引き戻され肩を落とすさやか。
せめて余計なことは考えないようにと、前かスマホだけを見て歩くことを心がけた。
「はー……やだやだ、この画面見てテンション上げよ。……う、うひひ、緑谷君見てよ、治すだけでこのお金……」
「ちょ、ち、ちか……」
「地下?」
「あ、いや……」
さやかがスマホを見せる際に、かなり物理的な距離が近くなったために緑谷は慄いてしまう。
そんな緑谷の心境を知ってか知らずか、さやかは緑谷が数字を読み取ったとみるや距離を戻してしまった。
「でも、改めて見るとなんでこんなにもらえるんだろう?」
「えっと、どういうこと?」
「だって、私のやったことって個性使って治しただけだよ。正直私殆ど苦労してないもん。なのになんでこんなにお金貰えるのかなあって。」
「なるほど、うーん……」
言われてみると、確かにさやかの労力に対して報酬が過大という風に感じられるほどの金額だ。
しかし緑谷は、しばらく考えると比較的簡単に現実味のある仮説を思いついた。
「多分、相場破壊に気を使ったんじゃないかな。」
「うっ、また頭の痛くなりそうな単語……」
「超常黎明期の歴史の教科書に載っていた話だけど、美樹さん歴史は……?」
「歴史の授業なんて睡眠時間!」
満面の笑みでサボりを宣言するさやか。緑谷は人の笑顔が好きだが、開き直った笑顔に対してはどう返せばいいのかいまだに確固たる回答が無い。
「い、いちおう授業は真面目に聞いた方が良いんじゃないかな……?」
「……ごめん、サボってた私が悪いよね。できるだけわかりやすく説明お願いしてもらってもいい?」
緑谷はスマホで検索をかけつつ説明する。
「あはは、分かったよ。えっと、美樹さんがやったことを現代の医療技術でやろうとするとすごくお金がかかる、っていうのは聞いてる?」
「そうらしいね。詳しいことはよく分かんないけど。」
「例えば心臓移植だと数千万円くらい、海外だと億とか行くレベルで治療費がかかるんだ。保険が適用されれば安くできるけど、それでも一千万円くらい払う必要があるらしいね。」
「ひ、ひえぇぇ……」
「そのくらいお金がかかる治療を、美樹さんは一瞬でやっちゃったんだよ。……あ、もちろん美樹さんが悪いことをしているなんて言う意味じゃないからね。でもそうすると、その治療のために働いている人はどう感じると思う?」
「え……?ど、どう思うんだろう?」
美樹さやかは自らが白衣を纏った女医になったイメージを作り上げ、その横で治癒魔法を使った魔法少女がいる場面の自分の気持ちを想像してみた。しかし結局何も思い浮かばない。自分は会社で働いたことも無いのだから当然だと、さやかは心の中で叫んだ。
「多分だけど、自分の仕事が奪われていくように感じるんだよ。」
緑谷の答えに対し、さやかはあまり納得できなかった。
「え……?そう、かな?でも私って一人しかいないんだから、私が治せない怪我の人なんていっぱいいるんじゃないの?」
「いるだろうけれど……。もし美樹さんが数千万円のところを一万円で治癒を請け負ったとしたら、その怪我人は医者にお願いする理由が無いよね?みんな美樹さんのところに行きたがるよ。」
「あー、それは分かるよ。でも、私だってその人たち全部治せるわけじゃないんだから、えーと、例えば一日に何人まで!って決めとけば、それに入れなかった人は仕方なく医者の所に行くんじゃ……?」
「その『仕方なく医者に行った人』って、すごい負の感情を持っていると思うよ。だって、その定員に入れなかっただけで数千万円お金を払うことになる。治療期間だって、一瞬で終わるはずだったところを年単位でかかるものになっちゃったかもしれない。その医者に『なんで自分が美樹さんじゃなくて医者にかかる羽目になるんだ!』って言いだすんじゃないかな。そしてそんな気分で来られたら医者の人も嬉しくないだろうし……」
「…………な、なるほど……」
ここに来て、さやかは昨日病院で医師に厳しく接されたことを思い出す。
(……え、じゃああれ、あの人が頭おかしいんじゃなくて医者の人が全員私のこと嫌っているってこと……?)
さやかは軽く身震いした。さやか自身医者と敵対したいわけではない。今後も健康診断などで医者の世話になることはあるだろう。そのたびに嫌な思いをしなければならないのか、と。
昨日の医師は感情を表に出しすぎた部類だが、しかし少なくない人間がさやかに負の感情を抱くことは想像に難くない。
(はあ……私いいことしてるはずなのに、なんで敵が増えるのかなぁ……これが大人の事情ってものなのかな。仲良くしたいけれど、どうすればいいのか全然分かんないよ……。)
利益相反状態の相手とどう付き合えばいいのかなど分かる訳もなく、さやかは漠然とした不安を募らせるしかない。
「………というわけで、超常黎明期の混乱を経て個性を用いる産業は国が価格をより厳密に管理するようになったんだ。……ってあれ、美樹さん、大丈夫?」
緑谷は変わらず説明を続けていたようだが、そんな話も頭に入らなかった。
心配の声で、さやかはやっと我に返る。
「え?あ、うん!平気平気。」
「だからその公安委員会からのお仕事も、国とその怪我人からすごい金をとったんじゃないかな。だから美樹さんの取り分も高額に見える、ってことだと思う。……いやでも、どうかなあ?別に美樹さんにたくさんお金を払わなくても、料金が高ければいいだろうから美樹さんにたくさんお金を払う理由は無いような気もするし、うーん……」
「あ、いや、別にそこまで深く考えなくても。今の話だけで十分分かったから。ありがとね緑谷君。」
緑谷は経済の専門家ではない、と取ってつけた理由を付けて、さやかは会話を打ち切った。
実際のところ、経済という巨大に見えるが実像が全く分からない相手の話をこれ以上聞かされると、どうしようもない不安が大きくなるだろうと感じたからだった。
◇
病院に入った二人は、クーラーの効いた空間でメンタルの回復を感じつつあたりを見渡す。
「えーっと、今日は8Fの812号室か。エレベーターどこかな?」
「あっちの廊下の手前じゃないかな?」
「お、あった、さんきゅ。……って、結局緑谷君ついてくるの?」
「え!?あ、まあまだ時間あるし、ちょっと興味が湧いてて!迷惑だったらごめん!」
「ついてきてもいいけど……多分すぐに追い返されるんじゃないかな?それでいいなら。」
「うん。それで全然いいよ!」
そうして二人はエレベータに入る。病院特有のストレッチャーが入るための大きなエレベータの中で、二人は手持無沙汰にしていた。二人きりという状況なので、緑谷は一瞬胸が高鳴るのを感じた。
無言であることに気まずさを感じた彼は何か言おうかと思ったが、その矢先に8F到着のベルが鳴る。ラブコメが入るには流石に時間が短すぎた。
しかし、たとえ時間が十分長くてもそのような空気は到着と同時に霧散してしまっていただろう。
「なんでコイツを先に治す必要がある!?治療費はこちらが多く出しているというのに!!!」
「何度も言っているだろう!これは公安委員会の決定だ!金額の問題ではない!」
大声で怒鳴り合うスーツ姿の男たち。
「み、緑谷少年……!?」
トゥルーフォームのオールマイト。
「み、美樹君!?どうしてここに?」
そしてあわただしく振り返る飯田天哉だった。
・八百万
この人普段どこで飯食ってんだろう……
あと彼女の言ってることは私がにわか知識でなんとかしてるので、間違ってたらサーセン
そういえば今回で50話ですね。皆様いつもありがとうございます。