個性『魔法少女』   作:Assassss

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ヒーロー専用特殊病棟侵入事件(後編)

「だからその、110番。できました。」

「え、ええ……?」

 

緑谷は一時的にスマホを耳から離し、少し困惑しつつも報告した。そして素早く耳にスピーカー部分を当てなおす。

 

「はい、はい。というわけで、この病院まで……はい。お願いします。……というわけで、警察に通報しました。」

「私も通報しました。普通にできましたよ。」

「な、なんだと……?」

 

目良と八木は信じられないとばかりに顔を見合わせる。

 

それを見届けたリデスは、勝ち誇ったように宣言する。

 

「ほら見たことか。あなたがたの通信機器が壊れているだけなのでしょう。」

 

リデスは目良を睨みつけ、そしてさやかに改めて申し出る。

 

「美樹さん。公安委員会とはどうも思い込みが激しい組織のようです。今みたいにね。」

「思い込みとは決まっていませんよ。あなた方が3人の携帯端末だけにハッキングを仕掛けたとか……」

「何故そんなことをしなければならない?今彼らは警察に通報した。これを妨害しない理由は?」

「それは……繋がった先が偽の警察だとか……」

「ご存じですか?美樹さん。例えばスマホから電話をかけると、その電波は最初に各キャリアが持つ基地局というところに繋がります。その後、現代ではNGN局というところに繋がりまして、110番の場合はそのまま管轄の警察の通信指令室へつながります。この二つのセキュリティは極めて強固。個性を除けば、過去にハッキングなど許した例はここ数十年ではありません。個性を入れても片手で足ります。目良さん、あなたはわざわざこの場の為にそんな大仰なハッキングを我々がしたというのですか?」

「確かに考えにくいですが……しかし前例がないわけでは……」

「まだ食い下がるのですか。どうです?美樹さん。この目良という男の言うことは妥当だと思いますか?」

「うーん……」

 

理屈はともかく、このリデスという男が公安委員会が大嫌いだということを、さやかは今のやり取りで理解した。

 

彼らの間抜けな様子は確かにさやかに不信感を植え付けた。警察につながったということはリデスの話の強力な説得材料になってしまっている。

しかし怪しさ勝負では、いまだに被り物をしたリデスの方に軍配が上がっていた。

 

未だに向けられる疑惑の目を感じ取ったリデスは、まだ足りないのかと演説を続けた。

 

「もう一度、一からちゃんと説明しましょう。ヒーロー公安委員会がいかに横暴かを、ね。」

 

リデスは、八木俊典の順番の割り込みの話を一から彼女に聞かせた。

 

途中目良は反論していたが、正当性を確保するにはやはり根拠が乏しかった。ディベート勝負だったならばリデスに天秤が傾くであろうものだった。

 

さやかは黙って話を聞いていた。話の要所でも表情はあまり変わらなかったために、話を理解しているのか怪しい様子だった。ただ、時々目良に対して微妙な目つきをすることから、説得力のようなものを感じている様子だ。

そして聞き終えると

 

「……そう、なんですか。」

 

と落ち込みながらつぶやいた。そしてそんな彼女の様子に目良を始めとした彼らは悔しさを覚える。やはり失望されただろうと。

 

それを見たリデスは、ついに傾いたであろう天秤をさらに傾けるために彼女に問いかけた。

 

「どうだい?これでもまだ彼らに正義があると?こんな奴らの元で搾取されてもいいと?」

「私……その……」

「うむ!なんだい?」

「なんかもう……別にいいかなあって。」

 

一同は「えっ」という顔をした。

 

リデスはしばらくあっけに取られていたが、しばらくするとわざとらしく咳払いしてから彼女に慎重に問いかける。

 

「いい、とは?話が分からないから教えてもらってもいいですかな?」

「正直もう面倒くさいというか……。まあ、こんなことするなんてがっかりしましたけど、別にいいかなって。『いい』っていうのは、その……こんなの本当は悪いことなんだと思いますけれど、社会ってそんなもんなんだって思っているってことです。」

 

緑谷、飯田、八木からしても「どうでもいい」は予想外だった。彼らは(ヴィラン)の言葉とはいえ、ヒーロー公安委員会のしたことはれっきとした不正だと考えていた。どうでもいい問題ではない。

 

「……本当に、か?先ほども話した通り、公安委員会は君が受け取るべき報酬金を9割ピンハネし、不公平に治癒の順番を決め、助けを求める人々に横暴に接し。これらを、君は許すのか?」

「ダメだとは思いますけど……多分、会社とかどうせどこも不正とかあるんじゃないですか?そういうのにいちいち目くじら立てても私にはどうにかできるとは思えません。だから、そういうのは私が考えても仕方がないかなって。」

 

そこで場は静寂に包まれる。

八木と目良は、内心ガッツポーズをしていた。ここまでの説得力で(ヴィラン)に演説されては、靡いてしまっても仕方がないと思っていた。正義感の強い人間ならば、ヒーロー公安委員会に対し怒り、この(ヴィラン)に手を貸してしまうだろう。

しかし彼女は、幸か不幸かそれほど政治的な話に熱心な人間ではなかった。むしろ面倒ごとに巻き込まれることへの不快感が勝った。

 

この状況はヒーローの勝利ではなく彼女の気質が偶然生んだ好状況だと自戒しつつも、八木と目良はリデスを追い出すチャンスをうかがっていた。

 

そのリデスは、しばらくさやかを見つめていた。自分の主張がこんな形で受け入れられないとは思ってもいなかったのだろうと、この場にいる二人以外の4人は感じていた。

 

 

 

 

しかしここで、リデスは突如としてなにもかもを変えた。

 

「いやあ、つまらん話を聞かせてしまって悪かったね、美樹さん!こういう政治的な話、私は大好きでね。つい熱くなってしまった。この話はここまでにしておきましょう。」

「えっ……?」

 

とても柔和な声。さやかは一瞬別人が話しているのかと勘違いした。

 

彼が発していた暗い怒りが鳴りを潜め、代わりに身近さを感じる空気がリデスから出てきた。最初からこの態度ならばつい(ヴィラン)であることを忘れてしまうような振る舞いだ。

 

「ああ、そうだ。私は訳あって今こんな被り物をしていたんだけど、実際はこんな顔をしているんだ。よろしくね。」

「あ、はい……?」

 

何の気兼ねもなく、スポッと。

 

リデスはさやかに向き直り、被り物のマスクをあっさりと取り払ってさやかに顔を見せた。おそらく無個性の中年男性に相当する顔を見せられているさやかは、どんな表情をすればいいのか分からない。

この行動には目良達もあっけにとられるしかなかった。

 

(何をしているんだコイツは?個人を特定されたくないから被り物をしているのではないのか?いや、よく見たらこちらには顔が見えないように気を使っている。あくまで彼女に対してだけか。しかし横顔は少し見えるぞ。私の頭に叩き込んだ(ヴィラン)の中には……該当者はいない。しかしなぜ今になって突然……?)

 

目良達は混乱で言葉が出ない。

しかし顔は確認しておきたいと、そっとリデスの前方に回り込もうとしたところで、感づかれたのかまた被り物を装着されてしまった。

 

「あの、さっきから何なんです?急に態度が変わったような……」

「いや、本当に済まないね。頭に血が上っていたんですよ、さっきまでは。改めてちゃんと話をするために、私なりに丁寧に話しているのです。」

「そ、そうなんですか。」

「しかし、やっぱり実際に治癒の個性を使ってバイトしてみると、想像以上に面倒くさいんじゃなんじゃないですか?ほら、意味不明な書類とか渡されて。私も会社勤めの人間なのですけど、初めの頃は文字を読むのも嫌になるくらい書類と格闘していたものです。」

 

この発言に、さやかは今までとは明らかに違う食いつきを見せた。

 

「あー、そうなんですよね。確定申告だの雇用条件だのといった書類に目を通してはみたんですけど、正直もう読みたくないですよあれ。あ、ご、ごめんなさい、公安委員会の目良さん。こんなこと言っちゃって。」

「い、いえ、お気になさらず……」

 

明らかに話の方向性が意図して変えられている。

目良はその目的を推察することに神経を研ぎ澄ませた。突如として重要情報を突っ込まれて失言でも誘うのではないかと。

 

しかし続く会話は、そのような重要性から程遠いものだった。

 

「やっぱり、個性を使うのにそんな面倒な手続きがいちいち要るなんて、本当に面倒ですよねえ。書類の山を後先考えずに吹き飛ばしてみる、なんてのはドラマとかでよくあるでしょ?あれ、私も一度やってみたいと思っているんですよ。」

「いやー、分かってくれますか?ああいうのは眠気との戦いで……必要なのはわかるんですけど、やっぱ面倒なんですよ本当に。」

「ああ。君の個性ならば制限なんてかけずに使わせるのが一番じゃないかと私は思ってるんです。」

「うーん、まあでも個性って危ない面もあるし仕方がないかも……いや、私分かんないやそういうの。でもまあ、やっぱり勝手に個性使っちゃいけないのは正直嫌だなあとは思いますね。」

「私のようなおじさんにはよく分からないけれど、やっぱりTikt〇kで流行ってるこの「ダンシング☆解放!」とやらも、心の底では個性を思いっきり使いたいということなんでしょうかねえ?」

「へ?いや私は知らな……あー、これ、流行っているっていうか、流行りに乗っているんですよ。えーと、シンガーソングライターの〇〇〇……ってわかりますか?」

「ああ、テレビで名前は聞いたことはありますよ。」

「その人が作った歌を改変してるんですよ。替え歌って言えばいいんですかね?バズってる歌を踊ってみた動画を投稿するみたいなの。そういうのがTikt〇kだとよくあるんですよ。」

「そうだったのか!いやあ、私の勤めている会社の新卒君がこの動画のことを話していて、一体何がなんやら分からなかったのだけれど、少しだけ理解できた気がしますよ。」

 

突如として生まれる軽い雑談の空気に、この二人以外は何がしたいのかさっぱり分からずひたすら困惑しながら見守ることしかできなかった。

 

この中で最初にリデスの狙いに気が付いたのは目良だった。

 

「そうか!美樹さん!このリデスという男に耳を傾けてはいけない!その『共感』は演技だ!」

 

本当にこれが雑談だったならば非常に興ざめな行為だろうことを、目良は意識して行った。

 

(余りの変わりようにしばらく呆けてしまいましたが……この男のしていることは高校生をターゲットにした犯罪組織への勧誘手法そのもの!しかも、身振り手振りを見ればわかる。勧誘という行為にあまりに慣れている。あのシンガーソングライターの話も事前に準備していたものに違いない!

!美樹さやかは雄英に在籍しているから、元ヒーロー志望だというアタリを付けて喋っていたんだ!しかし実際に話してみると、社会正義に、ヒーローに、関心が人並にもない高校生だということが分かり、強引にでも態度を変えたということか!しかし、これはまずい、まずいですよ……!)

 

目良は談笑に近付き始めた二人の会話を睨みつつ、必死に頭を回転させる。

しかし目良の必死の叫びに、さやかは不釣り合いな軽さと困惑を返してくる。

 

「え?す、すみません。でもちょっと待ってください、話がまだ終わっていなくて。それでですね……」

 

雑談でさやかが笑うたび、目良の焦りは募っていった。

 

注意して聞いてみれば、このリデスという男は自分と程遠い人種であろう女子高生と雑談を成立させている。流行りの音楽、ファッション、芸能人。仕事でも無ければ触れもしないであろう話題に平然とついて行っている。対人コミュニケーションが相当に強い人間であることがありありと分かる会話だった。それこそ、大企業の社長でもあり得そうなほどに。

 

さやかは先ほどまでの緊張感など忘れ、雑談に夢中になってしまっていた。

 

「いい加減にしてください!先ほどから関係ない話ばかり!」

「えー?っていうか、目良さん、ヒーローのコスチューム作ってる会社からもっとこういう感じの可愛い服出すようにできないんですか?私絶対買っちゃいますよこんなの!」

 

さやかはスマホのネット通販のページを開いて目良に見せる。最近デトネラット社がヒーローコスチュームの製造技術に関して一般向けアパレル会社と事業提携をしたということが記載されており、人気ヒーローのコスチュームに似た服が新発売されたという話だった。

まったく世界が異なる話をされ、目良は頭が痛くなるばかりだ。こんなことならば公安所属の人間の訓練課程に一般人向け会話術でも入れておけばと後悔する。

 

「私に聞かれましても、ファッションのことなど……そ、というか、そんな話をしている場合では」

「もー、話を合わせてくださいよ、警察が来るまでの間のちょっとくらい。リデスさんが言ってたリューキュウのコスチュームを一般向けにするやつ。絶対売れますって。」

「そうですよ。私たちは警察が来るまでおしゃべりしているだけです。そのくらいいいではないですか。」

 

マッチポンプ野郎め、と目良は毒づきたくなったが抑える。品の無い行動をして彼女の好感度を下げることを恐れた。

 

何もできないままひたすら声を上げるだけの時間を、目良はひたすら耐えることとなる。

 

 

一方その頃。

飯田と緑谷と八木は、なぜか雑談をするリデスに注意しつつ、離れたところで二人に聞こえないように小声で話していた。

 

「たしかに妙だね……飯田君のスマホ、起動はするけれど通信はできない。それも全部じゃなくて、飯田君のスマホから情報を発することだけ出来ないようになっている。オ……八木さんも同じ感じなんですね。」

「その通りだ。私のものも発信できない。」

「やっぱりあのリデスという男は犯罪者、ということなのか?でも警察を呼んだから、直に解決される……と思う。八木さん。そんなに焦ることは無いんじゃないですか?」

「……そうだが、妙な胸騒ぎがするんだ。本当に待つだけでいいのか?とね。前、私はその……雄英で働いている時に、教員と通信が『つながらない』という事態を甘く見て、それで大事に発展させてしまった失敗があるんだ。だからってわけじゃないが……何かを見落としている気がする、というのかな。この事態を甘く見ることは決してできないんだ。」

「思ったのですが、八木さんはヒーロー免許を持っているのですよね?戸籍上は無個性だそうですが、先ほどの話を伺う限り何かしらの個性、もしくは力を持っているご様子。この状況でそれを発揮することはできないのでしょうか?」

「すまない、できないんだ。私の個性は、その……事前に私の個性がどういうものかを知っていないといけない、という制約があるんだ。この場では。ここには飯田少年に、美樹少女がいるだろう?さらにあのリデスという男はこの状況をどこかに中継、もしくは録画している可能性が高い。したがって、私が力を行使することは難しいんだ。本当に、本当に済まない。」

 

どこまでも申し訳なさそうに頭を下げる八木。飯田は、本当にこんな人が何故割り込みなどということをするのだろうかと疑問に思った。

 

「……八木さん。この3人のうち一人がコッソリ外の状況を確認しに行くのはどうでしょうか?」

「公安委員会所属の警備ヒーローがいないという話をしただろう。リデスの手下の(ヴィラン)が潜伏している可能性が高い。それも多数。おそらく病院のスタッフに紛れているのだろう。並の(ヴィラン)ならば、ここまで堂々と侵入しておきながら騒ぎを起こさせないなんてことはできないからね。同じ理由で、窓から外に出るというのも危ないと私は思う。」

「しかし、このまま行動を起こさないのもリスクではないでしょうか?八木さん。警察を呼んだとはいえ、いつ来るのかも不明瞭です。」

「この立地なら通報から5分もすれば来るはずだよね、飯田君。」

 

この病院の近所にはヒーロー事務所もある。警察に通報した以上、彼らも動くはずなのだ。

 

飯田は時計を見る。6分12秒経過しており、不安にはなるが異常と断言できるほどではない時間だった。

 

「……6分13,4秒経過か。やはり心配だ、緑谷君。」

「うん……やっぱり僕、窓から出てちょっと状況を確認してみます。あ、そうだ、飯田君ならもし襲われても振り切れるんじゃ?」

「待て、危険だ。ここは待つべきだ。USJの教訓から、公安委員会の人間は一定時間ごとに生存確認の応答を秘匿サーバーに送らなければアラートが出る仕組みになっている。そしてこの時間ならばすでに送信されているはず。じきに誰かが来るはずだ。」

「そうですが……しかし向こうは高度なハッキング技術を持っている様子です。その応答とやらも、何かうまいこと細工されるのでは……?」

「簡単に破られるセキュリティはしていないが……今の状況を考えると断言も憚られる、か。」

 

リデスに聞こえないよう気を付けつつ作戦会議をしていた彼らだが、それは突如として中断されることとなる。

 

「そーなんですよお!いやー、まさかリデスさんがこの再生数最強の人と会わせてくれるなんて!」

「いつも何故ダンスを撮影しているのかと思っていたが、なるほど君のような人間の為にしていたとは。良い友人になれるだろうさ。」

 

その後、目良がその会話を止めるように言うが、二人はそれを適当に流してしまう。飯田と緑谷からすれば、なぜそのように楽しく談笑するのか不思議だった。

 

しかし八木はこの状況に直感的にまずさを感じ、二人に説明を始める。

 

「まずい、心を許し始めている!」

「え、え?どういうことですか?」

 

確かに楽しげではある。だがその話題はどうでもいいものばかり。なぜそこまで焦るのかと緑谷は首を傾げた。

 

(ヴィラン)の恐ろしさは、個性がすべてではない。見てごらん、美樹少女は明らかにあのリデスという男と気安く話している。危険だ。」

「何故です?確かに緊張感が無いのは問題かもしれませんが……」

「超常黎明期以前からずっと存在していた手法だ。無垢な子供に付け入り、悪の道へいざなおうとする者は、あのように身近なところから『友人』を紹介する。そして徐々に『友達の誘い』として犯罪行為に手を染めさせるんだ。どこかで「これはマズいんじゃないか」と疑念を抱いても、人間関係が悪化することを恐れてついつい悪事を続けてしまう。君たちなら強い意志で断ることができるだろうが、彼女はそうなってしまう可能性が高い!奴はそのような勧誘手法に手を出している。それもかなり高度だ。」

「ど、どうすればいいんでしょうか!?」

「……今のところ、リデスが決定的な犯罪行為をしたという証拠が無いために力で押さえられないのが厄介だ。せめて彼女の心に警戒心を植え付けられればいいのだが……」

 

頭をひねる緑谷と飯田。彼女にかけるべき言葉が見つからない。明らかにさやかは楽しそうに話してしまっている。二人から見れば異様ともいえる光景だ。だが会話をよく聞いてみると、確かにリデスという男はさやかの発言に相当上手く対応しているように見えた。彼女のどんな話題に対しても理解を示し、演技に見えない『共感』を示していた。年齢差がない飯田と緑谷さえできないほどに。

そこに妙な口出しをすればかえって不快にさせてしまう可能性はあるだろう。

 

どうすればいいのかとしばらく頭をひねっていた飯田。しかしふと思いつく。

 

「……そうだ!メッセージだ!」

「ん?」

「僕はここに来る途中、美樹君からのメッセージに返信したのです。内容がこんな感じでして。」

 

といいつつ、飯田はスマホのSNSアプリを開いて八木と緑谷に見せた。

 

『飯田君、お兄さんの件は私気にしてないからね!気にされる方がむしろ困るって感じ。あんまり深刻に考えなくていいよ!』

『ありがとう美樹君。迷惑をかけてしまっているのに、気を使ってもらって申し訳ない。今日の依頼も応援している。

ああ、これは別件だが。君の向かう病院には僕も向かっている。兄の治癒の件で、ちょっとした用事があるんだ。もしかしたらまた顔を合わせるかもしれないから、その時はよろしく頼む。』

 

「……なるほど。しかしこれが……?」

「ここに来た時のことを思い出していただきたい。

 

『どうしてって……そもそも私、呼ばれて来たんだよ。八木っていう人を治しに。飯田君こそなんでここにいるの?』

 

と彼女は言ったのです。」

「……そうか!これならいけるな!飯田少年、お手柄だぞ!」

 

話を理解した八木は、でかしたとばかりに飯田を褒めた。

 

 

飯田はさやかの前に歩み出る。

談笑しているところに水を差すことをほんの少し申し訳なく感じるが、努めてそれを無視して声を掛けた。

 

「美樹君。ちょっといいかな。」

「えー何飯田君?ちょっと今いいとこだから」

「スマホで僕からのメッセージを確認してくれないか?」

「え、メッセージ?あー、私が送ったものの返信?いいけど……?」

 

さやかは疑問を感じつつも素直にスマホを取り出す。

 

「ええと、飯田君は確かこの辺の……これかな。これがどうかした?」

 

さやかはトーク画面を飯田に見せた。

内容を確認した飯田は、なるほどと言いつつ自身の画面も見せる。

 

「僕の画面と見比べてみて欲しい。何かに気が付かないか?」

「えーっと……?」

 

さやかの画面に表示されていた文章は飯田の予想通り、飯田の知らない内容だった。

 

『……ああ、これは別件だが。君の向かう病院には知らない人がいる可能性がある。僕の知り合いで、治癒を求めているがなかなかヒーロー公安委員会への申し込みが受理されないらしい。そのせいで、少々熱くなってしまっているかもしれないが、悪い人ではないんだ。以上のことを、よろしく頼む美樹君。』

 

飯田の画面の文章を読み終えたさやかは、ここで初めて緊張感のある疑問を感じる。

 

「え、え?なにこれ?内容が違う……?」

「おそらく、(ヴィラン)が君にこのリデスという男への警戒心を持たないようにするための工作だろう。つまりこれは、ハッキングの証拠だ。」

 

黙って見比べていたさやかだが、少しずつ顔が恐怖に染まっていく。

 

「……マジ?」

「その通りです!つまりあなたのSNSでの会話はすべて(ヴィラン)に筒抜けだったのです。これが非常事態だという証拠。ご理解いただけたのならば、このリデスという男と呑気に会話している場合ではないこともわかっていただけますか?」

 

目良はここぞとばかりにさやかを煽る。嫌悪感を不必要に煽ったことに負い目を感じるが、それ以上にさやかがリデスに絆されないことが重要だった。

そしてそれは効果覿面だった。

 

「…………~~~っ!き、キモッ!ストーカーじゃん!」

 

腕で自身の体を掻き抱き、リデスから逃げるように離れる。肌には鳥肌が立っていた。

 

忌々しそうにその様子を眺めるリデス。

それ見た目良と八木は、やっと(ヴィラン)として責め立てることができると安堵する。

 

「さあ、観念するんだ。直にヒーローが来る。どんなに理屈を並べ立てようが、悪意を持った者に人はついてこないのだ。もはや彼女を取り込むことはできないぞ。そうだろう?美樹少女。」

「無理無理!人のトーク勝手に覗く奴マジで無理!」

 

飯田と緑谷の後ろに隠れてしまうさやか。力づくでさやかを連れ戻さずに済んだことを二人は安堵する。

 

リデスはそれを見て大きくため息をついた。演技かも知れないが、本当に落ち込んでいるようにも見える。

 

「……こんなことになってしまうとは。残念です。私は美樹さんとぜひお話できればと思っていたのですが。」

「この期に及んでまだそんな世迷いごとを……」

「トーク画面の改ざんなど知りませんよ。確かに内容は我々が有利になるよう画策したものに見えましょうが、実際に我々がしたという証拠などないでしょう?……とはいえ、この場で信じていただくことは難しいようですね。」

「ええその通りです。さあ大人しくしてください。」

「御免被ります。では、ここからは別の交渉を始めましょう。」

 

リデスの醸す空気が一気に暗くなる。

 

「美樹さやかを解放しなさい。彼女の行う治癒行為にいちいちケチをつけるな。彼女の有用極まりない個性を邪魔するな。さもなくば、先ほどの一連のやり取りをインターネットに順次アップロードさせていただきます。」

「脅迫ではないか!」

「権力を笠に人様に言えないことをするあなた方が悪いと思いますよ。」

 

一触即発の空気が流れる。(ヴィラン)とのやり取りは本来こうだろうという雰囲気だ。

 

飯田と緑谷は、警戒するがどうすればいいか分からない。授業でこのような「こちらにも非がある場合」の対処方法など教えられていない。

 

しかしここで動いたのはやはり八木だった。彼は飯田の前に出ると、直角に腰を曲げた。

 

「飯田少年。すまなかった。割り込みなどということになって。」

「え!?八木さん?」

 

困惑する飯田に、八木は謝罪のような真摯さで続けた。

 

「もともと割り込みという形になってしまったのは、私の決断力の無さのためなんだ。以前から、ヒーロー公安委員会に治癒を受けないかと強く勧められていた。しかし私は、彼女のような一介の高校生の世話になることが申し訳なく思えてしまい、ウジウジと断り続けたんだ。しかしその……さまざまな事情があって、やはり治癒を受けるという気持ちになり、ごく最近になって受けるという決断をした。その性急な決断が、割り込みという形となって現れたのだろう。」

 

何故この男はそこまで優先されるのだろうと疑問に思いつつ、八木の話を飯田は聞いていた。非があるのは向こうのはずなのに、見習いたいとすら思えてくる態度だった。

 

「しかし……今回の件でよく分かった。やはり割り込みなどするべきではない。今回のように誰かに迷惑をかけたり、(ヴィラン)に付け入る隙を与えることになってしまうのだ。今日の治癒は、やはりインゲニウムに受けさせるべきだ。私の治癒の順番は、正規の手続きで、迷惑をかけない形で回すべきだ。それでいいですか?目良さん。」

「……ええ、分かりました。八木さんには正規の順番で手続きをさせていただきます。」

「ありがとうございます。だから、リデスよ。」

 

八木は(ヴィラン)を鋭く睨みつけた。リデスは忌々しそうに八木を見つめるばかりだ。謝罪行為が迷惑だと言わんばかりに。

 

「動画の公開など勝手にすればいい。貴様の思い通りにはさせんぞ。」

 

ドカン、と。

 

八木が力強く言い切ったと同時に、遠くで破壊音が響いた。

(ヴィラン)の襲撃が本格的に始まったのかと一同は驚くが、張本人であろうリデスでさえも驚きの表情をしていた。

 

「一体何が……」

「あっ!窓の外を見てください!ヒーローが来ています!」

「馬鹿な!?早すぎる!」

 

緑谷の言葉通り、窓の外を除くと人だかりがあった。ヒーローと警察官が集まっていた。

何か言い合いをしているようだが、緑谷の目を引く場面があった。

 

「!?い、医者らしき人が個性を使ってヒーローと渡り合っている!」

 

この病院にいる医者に、ヒーローを兼務している人間はいない。個性を使った戦闘などできるわけがない。なのに眼下では手足から油のようなものを出している(ヴィラン)が、素早い身のこなしでヒーローを妨害している光景があった。

 

「貴様、一体何だこれは!貴様の背後には一体何がいる!?」

「……『成り代わり』を持った者が中核で動いていたのにねえ。いったいどこで計画が狂ったのやら。今日の為に多額のコストを支払ったというのに。収支マイナスは確定ですねえ。」

 

何かを諦めたリデスは、やれやれと肩をすくめる。この場では誰も共感してくれないであろう愚痴を吐いて、軽く天を仰いだ。

 

そんなリデスを慰めるわけもなく、八木はリデスに向かって吠える。

 

「一体何人忍び込ませた?貴様の背後には何がいる!?」

「さて?しかし得られたのが、ちんけな不正の証言だけとは。こんなことなら早く切り札を切っておけばよかったかもしれません。」

「……切り札?」

 

まだ何かあるのかと目良と八木は一層警戒した。その発言を受け、窓の下を見ていた緑谷と飯田も再びリデスに目を向ける。

 

「最強の手札は最大の効果を発揮する場面で使いたいのでまだ見せたくない手札なのですがねえ……。ああ、そうだ。バレてしまったことですし、交渉材料をもう一つ追加しましょう。ここに駆け付けたヒーローや警察官、この病院内の医師や看護師を我々の要求を……美樹さやかに自由を許すと言えば解放しましょう。しかし拒否するのであれば……どうなりますかねえ?」

「そんなことまでしていたのですか……!?」

 

目良は、このリデスという男の背後組織をAFOと同等の優先度で追うべき存在ではと感じてしまった。

この病院の警護にいるのは、トッププロには届かずともヒーローとしてそれなり程度には実力がある人々だ。そんな彼「ら」を拘束したなどというからには、この(ヴィラン)はプロと戦えるということ。それが彼の組織の傘下の一つとして存在している。ハッキング部門、実働部門とでもいうように。現代のヒーロー社会において群を抜くほど強大な組織と考えるべきだった。

 

「ちょっと待て、駆け付けたヒーローや警察官だと!?……そうか、緑谷少年や美樹少女が呼んだヒーローか!」

「さてねえ。しかし私から言えることは……今この病院は我々のテリトリーと言っても過言ではありません。十分な準備を重ねれば、この静かな病院に対し警戒もせずに歩く彼らをとらえることは難しくないのです。」

(ヴィラン)め、卑怯な真似を……!」

 

言い合いをしている中。

 

「……ん?今聞きなれた声がしたような……?」

 

ふと緑谷が漏らす。確かめるために、緑谷は窓に寄った。

 

それにつられて、飯田も外を見る。

そこには見知った顔があった。

 

「……?あ、相澤先生!?」

 

イレイザーヘッドが入り口に向かってきていた。先ほどの医師に扮した(ヴィラン)が、個性を抹消されて混乱している。それに対して捕縛布で拘束している最中だった。

 

緑谷は窓から身を乗り出し、大声で呼びかける。

 

「相澤先生ー!上です!」

「……?緑谷?お前、何してんだこんなところで!飯田はいるか!?」

 

距離の関係で大声での会話になった。これで(ヴィラン)がおびき寄せられないか警戒しつつ、イレイザーに情報を渡すために努めてハッキリ喋る。

 

「飯田君も中にいます!先生、病院内に(ヴィラン)が潜んでいるんです!そして人質まで!すぐにヒーローの応援を!」

「何!?分かった。HNでの通報から到着には時間がかかる。下手なことはするなよ!」

 

緑谷は形容しがたい違和感を覚えた。何か前提から違っているような会話をしているのではと。

 

「つ、通報から、ですか!?」

「?ああそうだ。この地域はヒーロー事務所が多い。そこまで時間はかからないだろう。」

 

この発言を聞いた彼らは戦慄する。

緑谷とさやかの通報は、まさか本当に無効だったのだろうか。

 

「緑谷!可能な範囲で状況を教えろ!ただし大声だから(ヴィラン)にも聞かれている前提を忘れるな!」

「はい……あ、いや、僕スマホ持っているので、電話で言っていただければ!」

「電話はダメだ!」

「ええ!?」

「今(ヴィラン)の広域通信ネットワーク攻撃でかなりの通信インフラがダウンしてるんだ!この一帯で、基地局を始めとした通信設備が攻撃されている!しばらく復旧の見込みはない!」

 

基地局への攻撃。

 

かつてリデスが言っていた「大がかり」なこと。目良も認めた、「過去ほとんど攻撃が成功したことがない設備への攻撃」が今まさに起こっている。

 

バッとリデスを見ると、意地悪く嘲笑を浮かべていた。

 

「な、な、まさか、本当に……!?」

「美樹さやかには、それをする価値がある。」

 

リデスは、心の底から言いたかったであろうことを語り始めた。高揚で、言葉が乱れることを必死に抑えているようだった。

 

「ええそうです。基地局の攻撃は我々がやりました。確かに大規模で過去殆ど成功していないとは私が言いましたが、別に不可能だなんて言っていませんからね。

まあ、今回は幸運にも協力人が申し出てくれた上に別のリターンもあるので実行したという事情はありますよ。しかし今このタイミングで仕掛けた理由は、他ならぬ美樹さやかさん。あなたのためなのですよ。」

「な、なにそれ……?き、キモッ!怖いよ!」

 

強い個性を持っているにも関わらず、さやかは身の危険を感じ壁に背がつくまでリデスから距離を取る。飯田や八木はさやかから離れないように位置を取りつつ、リデスを警戒し続けた。

 

「つ、つまり美樹さんを攫うためにこんな大規模攻撃をしでかしたと……!?馬鹿げているにもほどがある!」

「馬鹿げてなどいない。彼女には、彼女の個性……異能には、それほどの価値がある。」

 

リデスは、何かに対して恨みを吐くように信念を語る。

 

「もうすぐこの攻撃は解除予定ですから、実際に電話網などが停止した時間は30分としましょう。日本の名目GDPを約500兆円とすると、この30分間では約3000億円。今回攻撃した電話網は日本全国の約3%分ですから……まあ、総生産の1%分が失われたとしましょうか。すると今回の攻撃の損失は30億円程度です。美樹さんが一年もすれば稼げる金額ですね。ほら。美樹さんがわれわれの元へ来る可能性を考えれば、十分元が取れるでしょう?」

「ふざけるな!どれだけ周りに迷惑をかけていると思っている!それも彼女を悪の道に堕とすために!」

「悪?彼女を檻に閉じ込めて、彼女の極めて有用な個性を使わせない方がはるかに悪だ。彼女が力を振るわないために、治癒を受けられず、死んでしまう方がどれだけいることか。彼女には可能な限り力を行使してもらう。これが、これこそが善なのではないのか?彼女の権利の制限のせいで、一体どれほど社会損失が出るのか計算してみたことは?」

「そ、そんなことをすれば治癒の価格コストの秩序が」

「そんな秩序など崩壊して結構!これからは如何にして彼女に異能を行使してもらえるかを考えるべきだ。それこそ私たちが受け入れるべき秩序なのです!我々は、治療という面では美樹さやかに、彼女の異能に平伏して生きるべきなのです!!!」

 

緑谷と飯田は、狂気が宿り始めたリデスの目を見てある男を思い出していた。

 

ステイン。強固な思想を持った殺人者。

 

オールマイトが言っていたような、静かに燃える思想犯の目。それが今のリデスには宿っていた。気張っていなければ押し倒されてしまいそうな圧力を持ったまなざし。対抗するために強固な意志が必要となる目だった。

 

やれやれと言った風にリデスは首を振る。未だ余裕が透けて見える。

 

「……リデス、あなたは危険だ!悪いけど拘束させてもらいます!」

 

緑谷はOFAを発動。緑色の閃光が一瞬で彼の全身を駆け巡り、強化された身体能力でリデスを床に押し倒す。

リデスは抵抗することもなく、おとなしく床に押し倒された。しかし依然として余裕の表情である。

 

「緑谷少年、個性も分からない相手にそんな無茶を……」

「そうは言っても、この男の背後にある存在は異様です!基地局に攻撃できるハッカー、ヒーローと渡り合える(ヴィラン)、そして公安内部の情報を入手している……危険な(ヴィラン)がかかわっていることは確かです!」

「……すみません、あなたのような高校生にこのような役回りを。あなたの個性行使に関しては我々ヒーロー公安委員会が許可を出したことにさせていただきます。どうかそのまま拘束していただきたい。ただし何かおかしいと思ったらすぐに離れて。君の身の安全を第一にお願いします。」

「わかりました!」

「私も手伝うよ!絶対捕まえてくださいね、このストーカー組織!」

 

美樹さやかはサーベルを形成し、リデスの首元に突きつける。そうされてもリデスは嫌悪感を示さず、むしろ逆にニコニコとさやかを見ていた。それを見たさやかは「ひっ!?」と声を上げるも、次の瞬間には負けじと剣を突き出していた。

 

 

「……美樹さん。」

「何よ、この覗き魔!」

「トーク画面の件は、私の関与する話ではないが……しかし私の部下が、勝手に、暴走して、そんなことをしてしまった可能性はある。仮にそうだったのならば、然るべき謝罪と賠償をさせてほしい。」

「知らないよそんなこと……もういいからさっさと警察に捕まって!」

「そう思われるのも致し方ない。ただ、これだけは言わせてほしい。ヒーロー公安委員会とは、本当に君のような子がいるべき場所なのか、ね。」

「何言ってんの……」

「正義や悪を抜きにしても、君にとって本当にそこは利益があるのか、安全な場所なのかという話さ。そもそも君たちの能力に疑問があるね。我々が今回のコトを起こせたのは、幸運にも協力人がいたからだが……君たち、(ヴィラン)に情報を抜き取られる公安委員会とはいかがなものかと思わないかい?ヒーローの卵たちよ。」

 

飯田と緑谷を見てリデスは語る。

全ては彼が勝手に言っていることだが、リデスの持っている情報量は異常だった。これが誰のせいにしろ、ヒーロー公安委員会の情報秘匿の杜撰さを責められてしまうだろう。

 

緑谷と飯田は確かにそうかもしれないと一瞬感じたが、惑わされないように反撃する。

 

「問題はあるかもしれないけど、元をただせばハッキングなんてするあなた達が悪い!矛先をそらさないでください!」

「確かにそうかもしれないね。しかし『悪さ』で言うならば。先ほど話した割り込みなど、彼らの数々の不正のほんの一部。美樹さん、あなたはどう思います?」

「いや、だからそういうのもういいって。」

「君ぐらいの女の子の家族を、丸ごと崩壊させたことがあったという話を聞いてもか?」

 

リデスは挑戦的に宣言した。ここで見ているのはさやかではなく、目良だった。

彼は明らかに動揺していた。八木、緑谷、飯田は話が分からずきょとんとしている。

 

「な、何を言って……?」

「なるべく切りたくなかったカードだが、この状況では致し方ない。だが、彼女をヒーローという欺瞞から守るためには必要なことだ。」

「はぁ……?」

「この少女だよ。」

 

リデスは手を無理やり動かして、ポケットの一つから一枚の写真を取り出す。そこには、赤い髪の少女が映り込んでいた。

 

八木、緑谷、飯田は相変わらずピンと来ない。しかし目良には効果覿面だった。

 

「な、な……!それは!?」

ヒーロー公安委員会は!!!活動の邪魔という理由で!佐倉一家の父を狂わせ!娘の杏子以外を死に追いやった!!!そして今も!彼女は世間に公表されること無くどこかの施設の奥底に閉じ込められているのです!!!

「は……!?ど、どういうことですか目良さん!」

 

最も大きな声を上げたのは飯田だった。割り込みなど比にならないレベルでの『悪行』だ。黙っていられないのも当然だろう。

緑谷、八木も信じられないという目で目良を見ている。

 

その間が、隙を生んでしまった。

 

「……ヌンッ!」

「うわっ!?」

 

突如としてリデスの腕部と脚部が肥大化し、黒い物質がまとわりつく。

 

個性であろうそれは彼に強大な筋力を与え、OFAを発動させていた緑谷を振り払ってしまった。

 

そしてさやかの腕をつかむ。反射的にさやかは腕を振りほどこうと抵抗するが、彼女の力でも抜けない。

 

ただし予想外なのはリデスも同様のようで、彼女の力につられてよろめきかける。しかし立て直し、両手でさやかの腕をつかんだ。

 

「い、嫌!離して!」

「なんだこの力は……どうか無礼を許してください、美樹さん。埋め合わせは後でいくらでもさせていただきます。」

「美樹君から離れろ!レシプロ・バースト!」

 

飯田は個性を使って急加速しリデスに接近し顔を蹴ろうとする。

常人ならば避けられない速度だったのだが。

 

「おっと、しつこいですよ学生君!」

「なんだと!?」

 

リデスは身をかがめて回避する。咄嗟の攻撃に対しての咄嗟の回避だった。彼自身も、戦い慣れていることが見て取れるものだった。

 

この場で戦闘能力があるのは飯田と緑谷。しかし今の瞬間は、そのどちらもが身を崩している状況。今のうちにと、リデスは窓を見る。

 

そこから跳躍して逃げようとした、その瞬間だった。

 

「がはあっ!?」

 

リデスの腰部分に強烈な衝撃が走る。骨が砕かれたであろう程の衝撃。

 

流石に耐えられず、膝を突く。力が緩んだためにさやかに腕を振りほどかれた。

 

「一体何が……!?」

 

リデスが衝撃が来た方向を見ると、八木俊典が立っていた。

相変わらずガリガリの病人姿だが、腕から煙のようなものが立っている。リデスは、流石に何か個性を隠し持っていたのかと、己の警戒不足を悔いた。

 

「……悪いが、私もヒーローなのでね。美樹少女が連れ去られることを見逃すことは何があっても看過できない。」

「クソ、病人ならば大人しく静養していればいいものを……しかし彼女だけは!」

 

その瞬間、ドタドタとという音がリデスの耳に届く。それを聞いた瞬間、リデスの顔に一気に黒いものが広がり、同時に汗が噴き出る。顔は悔しさに歪んだ。

 

「…………イレイザーか!?チクショウ、損切だっ!」

 

その瞬間、耳をつんざくような高音と、目を焼きかねない光がリデスから発せられた。

 

不意打ちを喰らった一同はしばらく目を開けられなかった。

すこしして、真っ先に回復したのは八木と美樹さやか。二人は、割られた窓に気が付く。向かいの建物の屋上に、リデスが息を切らしながらも立っていた。

 

彼の後ろには、仲間であろうスーツ姿の男たちが肩を貸している。そしてそこを脱出しようとしていた。

 

「ま、待て!逃げる気か!」

「ええ、そうさせていただきましょう。イレイザーが来るとなればね。」

 

そのまま逃げだすのかと思いきや、少しして何かを思いついたように彼は足を止める。

病室を振り返って、力強く宣言を始めた。

 

「今日はここで退きますが、私は、我々は諦めない。美樹さやかの自由を、個性の自由を、守ってみせる。欺瞞に満ちたヒーロー公安委員会の首輪を取り払う。絶対に、絶対にだ!社会秩序のためなどという建前で、数多の人々を救える可能性を潰している貴様らには絶対に屈しない!それこそが個性の、異能の解放の真髄!真に有用な個性こそ、誰よりも自由であるべきなのだ!我々は異能解放軍!私はデストロの意志を継ぐ者。リ・デストロだ!

 

彼らは建物を飛び降り視界から消えた。この場にそれを止められる個性は、残念ながら無い。

 

 

その後、イレイザーヘッドが812号室に無事到着。続いて応援のヒーローも続々到着する。

一同は安堵するが、そこで彼らから今回の事件の規模を教えられ、彼らは戦慄することとなる。

 

まず、緑谷達の携帯端末は全てハッキングされていた。緑谷とさやかの電話通報だが、あれすらも届いていなかった。おそらくは個性による基地局攻撃のせいで接続先は書き換えられていたらしく、応対した人間は警察ではない不審者というわけだった。

 

基地局に対する攻撃は、近年でも最大規模の(ヴィラン)犯罪として数日間ニュースをにぎわせた。それに乗じた窃盗や誘拐が発生していたらしく、それがリデスの言っていた「別のリターン」なのだろう。

警察はリデスの背後組織を今後最優先で追うことを宣言。リデス改めリ・デストロの名乗った「異能解放軍」は今後しばらく現代日本の最大(ヴィラン)組織として扱われることになる。

 

病院内の人間も、ことごとく拘束されていた。ヒーローが来る直前に何らかの手段で抜け出してしまったらしい。彼らは、飯田を護衛していたヒーローや付近の警備員を拘束し、物置部屋に閉じ込めていた。そして誰かの個性で身なりを本人そっくりにし、入れ替えられなかったものに悟らせなかった。八木が言っていた「生存確認の応答が無い場合に対応に来るヒーロー」さえも彼らの餌食になっていた。

 

幸い、全員に逃げられたわけではない。イレイザーヘッドが病院の前で捕まえていた(ヴィラン)は確保できたために、その男から情報を得ていくことができる。

イレイザーが病院へ駆けつけることができたのは、飯田がイレイザーに対し「兄の居る病院に行く」ことを何とか伝えたためだ。念のためにと飯田の後を追ったイレイザーが、基地局攻撃による混乱に対処しつつも病院に到着したのだ。

飯田のその発言が無ければ、イレイザーは病院には来ず、ひいてはリ・デストロにさやかは連れ去られてしまっただろう。イレイザーはのちにそのように飯田を褒めた。

 

だが今回の「ヒーロー専用特殊病棟侵入事件」において話題になっているのは、このような大規模かつ深刻な攻撃をほぼ成功させた(ヴィラン)の脅威よりも、ヒーロー公安委員会の組織としての不健全さだ。

 

今回は冗談にもできないレベルで、美樹さやかの治癒の状況が(ヴィラン)の手に渡っていた。なぜそうなったのかと調べてみると、原因はあの拒望にあることが分かった。彼の高圧的かつ傲慢な態度は、治癒を求める人々に公安委員会への不信、反発を生んでしまった。特に治癒を断られた人間には逆恨みすらしている者もいて、そういった人間が(ヴィラン)に情報を渡してしまっていたのだ。

 

その他ハッキングへの対策など、細かい部分でのミスも多く、非難の声を上げる者は公安委員会の内外に多かった。

 

翌日。この件に関してヒーロー公安委員会から謝罪と説明をさせて欲しいという理由で、飯田、緑谷、八木、さやかは再会することとなる。




最近の話は「さやかがガチで治癒できるんならどうなるんやろなあ~」と「飯田君クソ公安の話聞いたらどう反応するんやろうなあ~」という筆者の欲望により書かれています。

・〇〇〇
適当に実在するアーティストの名前出そうかと思ったけど、やっぱり怖いので止めました。読者の皆さんは何か音楽系ランキングを見て1位の人をいい感じに当てはめてください。(丸投げ)

~~どうでもいい話~~

ここまでさやかがガチで治癒出来たらどうなるのかな~という話を書いてきましたが、最近流石に引き延ばしすぎた感があります。

個人的にはもっと書いてみたい話がありますが、自分がやってもあんまりおもしろくできそうにないので、そろそろ展開を巻いてさっさと合宿編にしようかと思っています。

というわけで、もしかしたら今後唐突感のある場面があるかもしれませんが、そう言う事情なので許してクレメンス。

ちなみに、この決定でもともと予定されていた以下のシーンが省略されます。(感想などで要望が多ければ書くかもしれません)

・美樹さやかの対して話していない同級生が親の指令で突然すり寄ってくる
・美樹さやかの父親が仕事を止める。理由はお金たっぷり入ることと職場にリアル凸する輩が現れたため。
・先天性の為に治癒しても治らなかった患者から理不尽にキレられる
・仁美から「治癒って本当ですの!?ところで私の電話に不審な電話が……」という連絡が入る
・恭介から「もしかして僕の腕が治ったのって君のお陰なのかい!?ところで不審な電話が……」という連絡が入る
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