個性『魔法少女』   作:Assassss

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高評価、誤字報告、感想ありがとうございます。

ここ最近の展開のまとめみたいな回です。

序盤の部分は正直雰囲気ぶち壊し感がありますが、どうしても入れたかったのです。許せサスケ。


まあ、とりあえずお祝いしようよ。

放課後集められたのは、公安が表向きに所有している施設の一室。そこそこの広さで、八木、飯田、緑谷、さやか、そして車椅子に乗った飯田天晴が部屋の片面にいた。

部屋のもう片面には目良、そして問題となった拒望が立っていた。彼はかすかに震えつつ、彼らの方を向いているようで実際は誰も見ないようにしながら前に出た。

 

「……大変、申し訳ありませんでした。」

 

45度ほど腰を曲げ、謝罪する拒望。4人は何も言わずにそれを見守る。

 

「えー……その、私は、傲慢な態度で暴言を治癒を求める方々に浴びせ続け、その結果この度の重大な情報漏洩に繋がったことを、深く……お詫びします。」

 

一応謝罪の言葉だが、受け取る彼らはあまり気持ちの良い気分ではない。

お詫びの言葉はひどく歯切れが悪い。立場上強制的に言わされていることは明白だった。

 

その様子を見かねてか、目良は補足説明を兼ねたお詫びをする。拒望よりもすらすらと言葉を続けた。

 

「我々ヒーロー公安委員会としても、この度の件に関しては深く謝罪します。飯田さん……インゲニウムさん。彼の言動は彼個人の問題だけではなく、彼を雇用する我々ヒーロー公安委員会にも責任があることを正式に認めます。拒望から受けた暴言に関してはこちらで精査し、後に相応の慰謝料を支払わせていただきたいと考えています。」

 

車椅子に座る飯田天晴と、隣に立つ天哉に向かい、頭を下げる目良。

 

それに対し、天晴は冷静に言葉を返す。

 

「心から謝罪していただけるのでしたら、俺に対して慰謝料などは不要です。ただ、子供たち、特に弟に対しては十分な説明と謝罪をお願いします。今の時期のヒーロー志望生が、上に立つあなた方の褒められない態度を見れば、ヒーローとは何たるかを間違って学んでしまうかもしれません。」

「全く仰る通り。今回の件は、我々にできる埋め合わせがあるのならば可能な限り協力させていただきます。」

「ぜひお願いします。……それと、これは俺の単なる興味なのですが……なぜ拒望さんを雇用し続けるのですか?言動に問題があることは、前から知っていたはず、ですよね。」

 

この場にいる全員が思っていたことだった。何故この男をクビにしないのかと。

それを聞いた拒望は一瞬顔をゆがめたが、目良に小突かれて黙り続けた。

 

「拒望の言動は我々も把握していました。雇用していた理由は、彼が非常に優秀だからです。美樹さんの治癒の対処で、我々の組織は人手不足が深刻になってしまいました。色々と炎上しながらも、仕事をうまく回してくれたのは拒望なのです。彼がいなくなるのはどうしても避けたかったので……」

「……優秀な人間が必要なことは理解しますが、なぜ彼を外に出していたのですか?拒望さんが治癒を申し込む人間に接しないようにしておけば、今回のようなことにはならないと思うのですが……」

 

もはや「どれくらい拒望は怒っているのだろう」という目線で、彼らはチラリと拒望の様子を見る。黙って立っているが、怒りを抑えることで必死なためか、人間が可能であろう最大サイズの皺を眉間に作っていた。

 

「……いろいろと関係部署での交渉を取り持っている関係でして、なかなか役職を動かすことが難しかったのです。すみません、説明すると長くなります。今回の件は我々の方で責任を取りますので。」

 

目良は歯切れ悪く返答する。一同の頭に『大人の事情』という言葉が浮かび、不信感は増してしまった。謝罪の場なのに隠し事をするのかと。

 

「……っていうかさー、人が少ないんなら雇えばいいんじゃないの?」

 

ここで口を出したのが美樹さやか。

それは彼女にとって、ただの思い付きだった。しかしこの発言は大層彼のプライドを傷つけるものだったらしく、彼の握りしめられる拳は指が真っ白になってしまっている。

 

その様子に気が付かないさやかは、悪いのは向こうなのだからと遠慮することなく発言を続けてしまう。

 

「ほら、私が治した人が払うお金そっちが持ってくんだしさ。多分お金一杯あるでしょ?それにこれから増えてくんだし。そのお金で沢山雇えばいいじゃん。」

「美樹さん、組織の人事という物はそう簡単にできるものではなくて……」

「それにさあ、こんなに問題ある人ならこの人の仕事が他の人にもできるようにした方が良いんじゃないの?あんな言動してるなら一緒に働いてても嫌でしょ。組織とかあんまりよく分かんないけど、この人がいなくてもうまく回るようにすることがそっちの仕事じゃないの?」

 

「この人がいなくても」あたりが限度だったのだろう。拒望に決定的な変化が訪れた。

 

彼の45度だった腰が、不意に元に戻る。どうしたのかと一同の視線が集まった次の瞬間。

 

「…………ああああアアアアアアッ!!!!

 

突如として拒望が叫んだ。理性の無い動物のような声だった。

 

「え、えっ?」

俺はッ!公安を辞めるッ!!!

 

拒望は天に向かって宣言した。

慌てて目良が宥めようと肩に手を置くが、拒望は乱暴に振り払う。

 

「い、いきなりどうしたんだ拒望!?頼むから落ち着いて」

「うるっせえ!お前の頼みでももう我慢の限界だ!さんざん扱き使った上に降格して給料カスにしやがって!どれだけ、どれだけ俺がこの小娘のせいでクソな目にあわされたか知ってるってんのかあぁあ!?」

 

唖然とする一同。その様子に構うこと無く、彼は胸ポケットにあったカードのようなものを床に叩きつけ、それを踏みつける。バキリという音がした。

 

「確かに、俺が情報管理部長だったよ!ああ、そうだ。情報が漏洩しちまったから俺が責任をとらなきゃいけねえ。あいつらは何一つとして俺の落ち度を具体的に指摘できなかったけどな。だがAFOへの対策部、ヒーロー情報統制部の奴らが責任負わねえのはどういうわけだ!?あいつらにこそ落ち度があったはずだ。なのに俺ばっかり、俺ばっかり悪いみてえに扱いやがって!!!」

「ちょ、ちょっと、内部の情報は」

「そんでもって次の仕事は、必死過ぎてイカれちまった連中の相手だ。こっちがいくら説明しても何も筋を通さねえで感情論ばっかり言いやがる奴らの相手。そいつらに優しくしろだの、俺はホストか何かか!?挙句の果てにこいつらに謝罪だあ!?」

「え、ええと、優しくしろと言うのはそもそも君の態度が」

「もういい!俺は公安を辞める。誹謗中傷で裁判?勝手に起こしやがれ。こんなクソ職場で働いているより百倍マシだっつーの!もう職場には二度と戻らねえ!」

「な、なにを言っているんだ。規定だと退職は最低でも申請から一ヵ月後だぞ。その間引継ぎとか」

トラップカード発動ッ!去年と今年の有給休暇を全て召喚し、さらに700日連勤の分の法定休日を主張することで俺は一ヵ月の全ての日を休暇にすることができる!2年ぶりに俺は布団で寝るんだ!うおお、退職した途端、エナドリ漬けの体から力が湧いてくる!退職が健康に効くのは本当だったんだ!ヒイイィィィハアアアァァァーーー!!!!

 

男はステップを踏みながら部屋を出て行ってしまった。

同僚らしき目良すらも、拒望のこの奇行は完全に予想外だったようで、何も言うことができずただ立ち尽くすばかり。

 

「……どうすればいいんだこんなの。」

 

目良は公安委員会の人間としてこの状況を取りまとめる必要がある立場だ。しかし出てきた言葉は、むしろ彼自身が助けを求めるものだった。

 

元を辿ると、さやかの発言だ。それを思い出し、彼女は流石にバツが悪くなった。

 

「……えっと、なんかゴメンなさい。」

 

 

その後目良は、拒望の後を追いかけ部屋を出て行った。

彼らはどうすればいいかわからずしばらく部屋でぼそぼそ話しつつ待機していたが、5分もすると目良は部屋に戻ってきた。

 

そして席に着き、開口一番に懇願する。

 

「すみません。先ほどのことは忘れていただけませんでしょうか?」

「「「流石に無理です。」」」

 

何人もの声が重なった。拒望の発狂の様子は彼らの忘れられない思い出になってしまった。

 

「ですよね……。拒望が疲れていることは察してはいたのですが、ああなるとは予想できなくて。」

 

ため息をつきつつ、目良は彼らに座るよう促す。

 

口火を切ったのは、飯田天晴だった。この中で最も社会人としての経験がある人間として、話を進める義務感を感じていた。

 

「……ええと、色々大変なのはお察ししますが、結局あの拒望さんは本当に退職を?」

「その通りです。別室に待機していた人事部の人間に辞表を投げつけてどこかへ行ってしまいました。引継ぎもしないで……」

「うわあ、最後まで自分勝手な奴!」

「ま、まあその、今少し興奮状態のようなので、時間がたって冷静になってくれたら考えてくれる可能性も、無きにしも非ずですが……」

 

その言葉とは裏腹に、期待は全く感じられない。

 

「いろいろお疲れのようですね……オレンジジュース飲みます?」

 

飯田天晴がおもむろにジュースを目良に差し出す。

 

「……良いのですか?我々は相当なご迷惑をかけてしまったのですが。」

「俺だって公安委員会に思うところはあります。でも、あなた方だって人間の集まりです。国のトップに立ってるからといって、完全無欠ってわけじゃない。ミスや間違いを犯すことだってある。」

 

飯田天哉の「流石兄さん!」という視線を感じ、少しむずがゆく思った。

 

「もちろん組織としての責任はあると思う。けれど、この目良さんは僕たちに対して誠意を持って対応してくれている。だったら労るのは当然です。それに、問題がある組織とはいえ一人の人間。ヒーローとして、手を差し伸べないわけにはいかないでしょう?」

「……どうもすみません。さすがインゲニウム。人としての器が我々とは違います。」

 

目良の顔がほころぶ。

彼にとってかなり久しぶりの表情だった。彼相手だったら多少言葉に気を使わなくてもクレームにはならないと信じることができた。

 

「すみません。一杯失礼しても?」

「ええ、どうぞ。」

 

彼は持っていた缶コーヒーを開けた。この先彼らに誠実に対応するだけに気力がわいたので、脳をそれに付いて行かせるためのカフェインだ。

 

一気に飲み干し、ぷはっと息を吐く。目良以外には、心なしか姿勢が崩れたように見えた。

 

「……先ほどの拒望なんですがねえ。皆さん、どういう人間に思えます?」

 

これから本音の話が始まるだろうことを感じた彼らは、真面目に拒望のことを考えた。こちらも本心をさらしてよいのだと判断した彼らは口々に彼を辛辣に評価し始めた。

 

「…………僕から正直に申し上げますと、人格を疑わざるを得ません。権力を笠に着てあんなふうに好き放題言うなんて……」

「いくら優秀だからってアレはないよ。絶対もっとマシな人いたでしょ。」

「その、僕からも……人には得意分野や苦手分野があるわけですし、別の仕事に就かせてあげた方がいいんじゃないか、とは感じました。あ、すみません、内情も知らずに出しゃばるようなことを。」

 

飯田、さやか、緑谷が順に言いにくかった本音を述べる。最後、緑谷は自身の発言を失言と感じ慌てて謝罪したが、目良は気にしなくてよいと制した。

 

「気にすることはありませんよ、緑谷君。おそらく皆さんの感想が世間一般と大体同じなのでしょう。我々の内部でも、彼に対しての評価は微妙なところでしてね。仕事の処理能力とあの人格で差し引きゼロという感じです。」

「じゃあなんで……?」

「最初の頃は、美樹さんの件はもっとまともな人員に対応させていたのですよ。」

「その人に、何があったのですか?」

「買収されてしまったのです。」

 

一同は息を呑んだが、飯田天晴はなるほどと納得したような反応を見せた。

 

「とある資産家に、何とか順番を譲ってくれと泣きつかれたそうです。しかしその人が望む治癒は、失った薬指を生やしてほしいという内容でした。確か、結婚指輪がはめられないのが耐えられないだとか何とか。緊急性、重要性が低いということでさすがに断ったのですが、そうしたら「順番を回してくれた暁には、君に個人的に渡したいものが……」などという話を持ち掛けられたそうです。つまり賄賂ですね。そしてそれに乗ってしまったようで、別の名目で治癒を受けられるように書類を改竄してしまったのです。不幸中の幸いなことにその企みは露見し、その担当者は懲戒処分となりました。」

「ヒーロー公安委員会でも、そんなことが……」

 

飯田は現実に発生する汚職の話を聞き、あり得ることとは言え残念だと軽く失望してしまう。

 

「それで議論になったのが、では担当者にどのような人間がふさわしいのかということです。それで白羽の矢が立ったのがあの拒望だった。」

「……どういうことですか?」

「あの男、不正などがあると片っ端から晒してしまうのですよ。敵にも味方にも攻撃的……と表現すればいいんですかね。それにああいう様子ですから、治癒を申し込む人間の数が減って、どうしても治癒を望む人間のみにフィルタされるようになった。前任者の時はそれはもう大量の申請が来て、我々の事務処理能力がパンク寸前だったものです。そういう事情も相まって、「外聞は悪いがしばらくは彼に任せよう」ということになったのです。」

 

この裏事情に、一同はなんとも肯定しにくいという感想を抱いた。

本当にそれでいいのかと反発したい。がしかし、目良の言う事情も納得できるものだった。

 

(そうか……かっちゃんがあのまま成長すると、こんな感じになるのかも。大丈夫かなあかっちゃん……。いつか、この話をしてあげた方がいいのかも。)

 

緑谷は、身近な人物の未来を見た気がした。よく緑谷に被害をもたらす人間とはいえ、その将来があれとは許容できないと感じていた。

 

 

「……しかし、事務処理能力がパンク寸前というのは気になりますね。」

 

少し沈黙が流れたのち、飯田天晴が話題を切り替える。

 

「どういうことですか?」

「私たちヒーローとしても、あなた方が機能不全になってしまうのは困ります。それにあの男は優秀だったのでしょう?今後、美樹さんの治癒関係の仕事は……大丈夫なのでしょか?」

「……何とか残りの人員で回すしかありません。皆様には少々ご迷惑をおかけしますが、頭を下げられるだけ下げて諸々の期限を延ばします。まあいつものブラック労働です。胃薬は常備してますので気にしないでください。」

 

その話に、天晴は気の毒そうな表情を浮かべた。

 

彼の事務所は「持続可能なヒーロー活動」を一つの目標としている。ヒーローという職業の都合上どうしても長時間労働となるが、それでも体を壊すことだけは絶対にさせない、という宣言だ。そのために福利厚生等は完備しており、その点もインゲニウム事務所が評価されている点である。

 

胃薬を常備しなければならない環境など、彼からすれば不合格の職場なのだった。

 

「ううむ、そうして健康を害されながら働かれるのも歓迎できない話ですが……どうでしょう?例えば俺のインゲニウム事務所に仕事を業務委託するというのは。これでも様々な人員が揃っている自信があるのですが……」

「業務委託……無理ではありませんがなかなか難しくて。」

「というと?」

「仕事内容が広範すぎて、どの部分を委託していいのかを考えている暇さえないのです。美樹さんの治癒に関する仕事は、希望者の名簿管理だけではありません。例えば希望者の身辺調査、警察各所と連携した優先順位の意思決定、毎日のように来る順番への決定への抗議、美樹さんの護衛に関する処理……ついでに最近は海外からも依頼が来ていまして、対応を協議する必要もありました。この辺はヒーローだけでなく安全保障の観点から外務省と連携して意思決定をしていく必要があります。これらを、外部に絶対に漏らさないようにしないといけません。ヒーローに対しても、です。

ついでに、さやかさんの能力を数か月分すっ飛ばした事情もあるので特にイレギュラーな仕事がバタバタと……ああ、今回の拒望の件で訴訟への対応もしなければならないかもしれません。はぁ……退職者が出ないことを祈りましょう。幸いボーナスは出せそうですから。」

 

目良はチラリとさやかを見た。普段の彼女ならば「嫌らしいお金の話だなあ……」となるところだが、今回はむしろ役立てて欲しいという気分だった。

 

「……なるほど、俺が想定していたよりも高度な能力が必要ですね。」

「まあ業務委託に関しては前々から出ている話なので、今後あるかもしれません。ただ、美樹さんの個性が発覚してからこの時期までにそういったことを出すことは不可能に近かった。最近いろいろあったせいでもう何年も経過してしまった気分になっていますが……。」

「そういえば、まだステイン事件から一か月も経っていなかったね……」

 

緑谷が感慨深げに呟く。さやかの件があまりにも目まぐるしかった。

 

「なんかすいません。私が治癒個性持っていることをバラしたせいでこんなことになるなんて思っていなくて……」

 

彼らが激務に追われていることを知ったさやかは、負い目のようなものを感じ頭を下げた。

 

目良はハハハと安心させるために軽く笑う。ただし疲労の色はどうしても隠せていなかった。

 

「まあ、気にしないでください。美樹さんの場合は相当特殊ですが、強い個性持ちの方は似たような状況になることが昔からありますから。」

「すみません……あの、一ついいですか?」

「なんでしょうか。」

「皆さんは、その……私のことやっぱり嫌い、ですか?」

 

さやかはおずおずと質問する。

彼女の頭にあったのは、病院内でのあの医者の態度。大人に明確に嫌われる経験をした彼女は、今回もそうなのではという不安に駆られたのだった。

特に今回は、自らが世話になっているところに嫌われているかもしれないという話。その不安は一層強かった。

 

「嫌い、というと?」

「だ、だって私皆さんにすごい迷惑かけてるみたいだし。」

「ご心配なく。あなたのような方に対処することが我々の責務ですから。まあ、個人レベルで見れば嫌っている者もいるかもしれませんが……私個人としては邪険にするつもりは全くありません。

ああ、そうだ。これは昨日……ああいや、今日でした。の夜に決定したことですが、今後美樹さんへの報酬金額について、治癒料金の約1割から3割に増額することが決定したので、ここでお知らせしますね。ちなみにここからの増額交渉にも応じる意思も我々にはあります。」

「へ、え?なんで?」

 

喜びよりも戸惑いが勝った。さやかは今の金額で十分すぎるほどに満足していたからだ。増額要求などしたことは無い。

 

「そうですね。本日、我々から美樹さんに最も強くお伝えしたいことがあります。」

「な、なんですか?」

 

目良はここで居住まいとネクタイを正す。そしてさやかを正面から見据えた。

 

(ヴィラン)に堕ちないでいただきたい。なんとしても、です。治癒行為は最悪やめても構いませんが、(ヴィラン)になることだけは、どうか。」

 

目良は深く頭を下げる。

さやかは戸惑うばかりだった。(ヴィラン)になりたいなど思ったことは今まで一度たりとも無い、表明したこともないのだ。

 

「私犯罪者になるなんて嫌ですよ……?」

「自発的に(ヴィラン)になるとは思っていません。しかし、(ヴィラン)組織が個性目当てに一般人を勧誘した例は枚挙にいとまがないのです。例えば昨日の事件で、リ・デストロに心を許しかけたことがありましたよね。あのようなことを恐れているのです。」

 

ここで彼女は、彼らが何を心配しているかを悟った。確かにこの件は不安にさせても仕方がないと、再びバツの悪い顔をする。

 

「あれは……その、すいません。なんか自分でもペラペラしゃべっちゃって。」

「我々の最重要目標はそれを防ぐことです。だからこそ、例えばお金で惑わされないように報酬の増額を決定しました。自覚はあるかと思いますが、あなたが(ヴィラン)に与した際の脅威はもはや計り知れないレベルです。傷ついた(ヴィラン)を無尽蔵に回復できるなど……考えただけでも恐ろしい。ですから、美樹さんの要望はなるべく応えますから……(ヴィラン)に与することだけは、どうか。」

 

目良は再び深く頭を下げた。さやかはここまで彼らを不安にさせてしまったことを恥じ始める。

 

「わ、わかりました。私、絶対(ヴィラン)の味方をしません。昨日みたいなことは絶対無いように気を付けますから、その、頭をあげてくれませんか?」

「そう言っていただけて何よりです。」

 

そこで目良はまたコーヒーを口に含んだ。一見するとかなりだらしない飲み方だったが、それを咎める者はいない。

 

さやかを含む生徒たちは、ヒーロー公安委員会が予想以上に尽力してくれていたのだという感想を抱いた。今までの件から、何か悪事を企んでいるのでは。それとも思っていたよりも、無能な組織なのかという疑いがあった。しかし話を聞いてみれば、良し悪しはともかくヒーロー公安委員会は彼らなりに出来ることを可能な限りしていた。ストレスで胃をすり減らしながら。

 

そのコーヒーをどうぞ好きなだけ味わってくれ、という気持ちを全員が持っていた。

 

 

「さて美樹さん。次点での用件をお伝えしてもよろしいでしょか。」

「え、はい。なんですか。」

「治癒に関して、今日の分をお願いしてもいいでしょうか。」

 

また耳の痛い話でもされるのかと身構えていたさやかだが、なんだその件かと安堵する。

 

「……ええと、そっか。昨日は襲撃があったから八木さん治せなかったんだね。じゃあ八木さんちょっと失礼して」

「あ、待ってくれないかい?美樹少女。」

 

一仕事するかと体を伸ばしながら立ち上がる美樹さやかを、八木は手の平で止めた。

 

「なんですか?」

「ほら、昨日も言ったけれど、割り込みって良くないと思うんだ。だから、先にインゲニウム……飯田少年のお兄さんを先にお願いできるかな?」

「えっと、いいんですか?」

「あー……まあ、はい。それで問題ありません。」

 

目良も同意する。

ただし渋々といった様子だ。飯田天哉は、なぜこの八木という人物をそうまでして治癒してほしいのかと一層不思議に感じた。

 

ともかく、いよいよ兄が治癒されるのかと喜びを見せる飯田天哉。しかしさやかは腕組みをして少し唸っていた。

 

はやる気持ちを抑え、飯田天哉は問いかける。

 

「……どうしたんだ美樹君。その、早く治癒を……」

「いや、思ったんだけど、二人まとめてやっちゃっていいですか?」

「え?」

 

最も驚いた顔をしたのは八木だった。

 

「しかし、君の体に負担がかかるのでは?」

「えーとですね。一日一人って言うのは私の個性の詳細が分からないからとりあえず様子見でそのくらい、って感じなんです。つまりまあ、万が一のため、みたいな?でも私の感覚的に二人くらい大丈夫だと思います。」

 

そんなことが……と、八木は本当に驚いた様子を見せた。さやかにとっては、もはや他人が自分の個性のすごさに驚くなど慣れっことなってしまったので、特に反応を返さない。

 

「それは……そうならばいいのだが、他の問題はないのか?例えば、規則的な面で。」

「別に……いいですよね?目良さん。」

「あー……失礼、ちょっとお待ちを。」

 

目良は少し考え込んだ。

持っていたスマホでどこかに通話を始める。一分もすると、通話を切った。

 

「問題ありません。昨日と今日の分をまとめて、という扱いにしておきます。」

「よかったあ。ほんとこういうのめんどくさいですよね。じゃあやっちゃいますよ!」

 

さやかの足元から青い光が放たれ、一瞬光に包まれる。その眩しさに全員が一瞬目を閉じ、開けた次の瞬間にはさやかは魔法少女の姿になっていた。

 

「……えい!」

 

いつの間にか手に持っていたサーベルを床に刺す。目を閉じ、何か祈るような体勢になる。部屋全体の床に楽譜を連想させる魔法陣のような何かが現れ、音符のようなものが現れては消える。

 

しかし異変が起こる。さやかの顔に大粒の汗が浮かび始めたのだ。表情は苦悶を表している。

 

「……な、なんかすごい疲れる、ナニコレ?」

「だ、大丈夫ですか!?無理はしないでください!決して!」

 

目良が慌てて駆け寄る。何かできるわけではないが、ひたすら心配という感情に突き動かされていたようだった。

 

「八木さんの方にすごいエネルギー持ってかれるんですけど!?う、おおおおおおおお!!!!!」

 

八木に対抗するように光は一層強さを増す。そしてついには誰の目も開けられないほどに強くなった。

 

それが数十秒すると、急速に光が収まりだす。

 

「はー、はー、はあ。なんでこんなに疲れるの……ちょっと誰か、飯田君飲み物……」

「オレンジジュースがあるぞ!大丈夫か美樹君!?」

「平気じゃないけど、すごい疲れただけ。なんなのあれ……」

「す、すまない美樹少女。私のために……」

 

ストローからジュースを飲み干し、容量の半分程度になったところでようやくさやかの息切れは収まる。

 

渡されたオレンジジュースを眺め、気を落ち着かせるためにも会話を始めた。

 

「……ていうか、これ飯田君の飲みかけじゃないよね?」

「なっ!?ち、ち、違うとも!未開封かつ新品のストローだ!」

 

慌てる飯田を愉快に思いつつ、さやかは飯田天晴と八木俊典の様子を確認した。

 

「そっか。で、二人とも……体の方はどうなんですか?」

「!そ、そうだ兄さん!」

 

飯田天哉は跳ねるように立ち上がり、兄の元へ向かう。

 

飯田天晴はいまだ車いすに座った状態だ。兄に視線を合わせ、天哉は今までの人生の中で最も力を入れて兄の挙動を注視する。

 

「兄さん……体の方はどう、だ?立ち上がれるかい?」

「天哉……俺は……」

 

天晴は手で車いすの手すり部分を強く握りしめ、ゆっくりと足に力を入れる。

 

そして、天晴は「脚に力を入れる」ことができることを発見した。

 

「……た、てる……!」

「兄さん……!」

 

彼の足の角度が、90度から徐々に180度へと近づいていく。

さやかにとっては見慣れ始めた奇跡だが、飯田天哉にとっては生涯忘れられない景色だ。

 

天晴は慎重にスリッパを履かされた足を動かし、車いすの足置き部分から床に動かした。

両足ともそれを完遂し、床に足を付ける自分をまじまじと見つめる。

 

天晴は、万が一うまくいかなかったときに彼女に八つ当たりしないように、必死に過度な期待をするなと心を締めてきた。それを解き、自分の状態を確信した瞬間、彼の目から感情があふれ出す。

 

「俺は……俺は、また、立った!歩いた!」

「おおお、おおおおおお……!!!」

 

足をわざとらしく上下に動かす天晴。多少のぎこちなさはあったが、少しリハビリをすれば健常者と同じ動きができることは明白だった。

 

ブルンブルンという祝砲のような音を腕のエンジンから出す。そして、ダラダラと流れる涙を拭うことなく、力強く宣言した。

 

インゲニウムは、復活した!!!

にいさああああああん!!!!!!!

 

兄弟で抱き合い、人目も憚らず子供のように二人で泣きじゃくった。

ここにいる誰もが、その様子に暖かいものを覚えていた。口々に「おめでとう」と言い、拍手する。

 

しばらくそれが続くと、飯田兄弟はさやかの方を向く。そして手をハンカチでよく拭いてから、片方ずつその手を握った。

 

「ありがとう!本当にありがとう美樹君!兄を治してくれて!これで、兄弟そろって走るダブルインゲニウムの夢が叶う!本当に、なんとお礼を言ったらいいのか!」

「俺からも言わせてくれ。本当にありがとう美樹さん!君は、俺たち兄弟を、インゲニウムというヒーローを救ってくれた。この恩は一生かけて返す!」

「い、いいですよそんな。二人の苦労に比べれば私がしたことなんて……」

「そういう問題じゃあ……いや、今はただ謝意を言わせてほしい。ああ、報酬はきちんと支払わせてもらう。それと、困ったことがあったら俺の事務所に言ってくれ。可能な限り助けさせてもらう。」

「しょ、正直報酬は……その、知ってる人からお金とるってちょっと……」

「何を言っているんだ美樹君!親しき仲にも礼儀あり、だ。大切な友人である君にこそ正当な謝礼を出すべきだろう。」

「そ、そんなあ、えへへ……」

「私からもいいかな?美樹少女。」

 

まんざらでもなさそうに感謝を受け取る様子のさやか。

 

そこにもう一人の対象者、八木俊典が歩み寄る。

 

「あ、はい、ってうおお!?」

 

彼は直角に腰を曲げ、さやかに頭を下げていた。指先までピンと伸びていて、全身から礼という感情が伝わってくる。

 

「私からも、本当にありがとう。私の場合は具体的な変化が分かりにくいが……それでも、さっきまでとは感覚がまるで違う。血の巡りが良くなったような、体が軽くなったような。良い影響があったことは間違いない。これで私は、これからも……私の仕事で、世のため人のために尽くすことができる。私を心配してくれた人々も、いくらか安心してくれるだろう。」

「……よくわからないですけど、お仕事が好きなんですね?」

 

八木は「仕事か。」と軽く笑った。

 

「まあ、そうだね。私は私の仕事が大好きさ。……そして、すまない。君にはこれまで多大な迷惑をかけた。割り込みの件もそうだが、今日君には治癒の際に予想外の負荷がかかってしまったようだ。本当に済まない。」

「そんなに大事じゃないですから、もう頭を上げてもらっていいですか?なんか首がつらそう……」

「首の痛さなんて、君にかけてしまった迷惑に比べたらどうってことないさ。それに加え、私は多くの隠し事を君にしてしまっている。人にものを頼む立場なのに。」

「あー……まあ、いろいろ事情があるんだなあとは思ってました。」

「……その通り、本当にいろいろと事情があるんだよ、私には。そしてそれはまだ君には言えない。本当にすまない。けれど、私が仕事を引退したときには言えると思う。だから、その時に必ず」

「も、もういいですって!ほら頭を上げて!」

 

さやかは彼の頭を無理やり上げさせた。

八木の清々しさと感謝があふれ出る笑顔が現れた。

 

「……ハハ、すまないね。君はあんまりこういう話に興味がなかったか。」

「ないですって。ほらもう……みんなが元気になって私もうれしいです。それでいいですから。」

「美樹少女……改めて、ありがとう。君は私のヒーローだ!」

「ヒー……!?あ、いや、どうも……」

 

八木は再び頭を下げ、何か言われる前に戻す。

「私のヒーローだ!」の部分で緑谷はさやかに対して少しだけ羨ましそうな表情を見せた。しかしこれは単なる嫉妬だと自分に言い聞かせ、表情を無理やり元に戻した。

 

そして元の位置に戻った。それを見計らって、目良が話を先に進める。

 

「飯田少年、いやインゲニウムのふたり、ですか。」

「え、僕、ですか?」

 

自身の呼び名に驚いた飯田天哉は、いいのかと兄を見る。飯田天晴は、弟の視線を優しく受け取り手でグッドサインを作った。

 

「君達には積もる話があるでしょうし、お兄さんは今一度身体検査を受ける必要もあるはずです。どうでしょう、この場はひとまずお開きということで。私からはこれ以上用件はありません。」

「ああ、わかりました。さあ兄さん、父さんと母さんにも連絡を!」

「ああ、そうだな天哉。ああ、美樹さん!今回の件は本当にありがとう!また後日改めてお礼を言わせてほしい!」

「いやもういいですって……」

 

さやかは呆れ気味に手を振りつつ。出ていく二人を見送った。

 

 

この暖かい空気の中、さやかは今日くらい気分よく帰れるだろうと鞄に手をかける。

 

目良もそうしようとしたところで、緑谷が声を掛けた。

 

「……え、あ、ちょっといいですか?」

「何でしょう。」

「リ・デストロが言っていた『佐倉杏子』という人に関してなんですけど……」

 

その瞬間、目良の表情から先ほどの感情が消えた。

 

そして、また仕事の疲れが色濃く出た顔になってしまった。

 

「あ……」

「僕なりにも調べてみたんですけど、全然情報が出てきませんでした。あれはリ・デストロの出まかせの嘘、なのでしょうか?」

 

緑谷が尋ねるが、目良はしばらくの間返答しなかった。

 

やがて絞り出すように言葉を出すが。

 

「……申し訳ありません。その件への対応は現在協議中でして。」

 

返ってきたのは、先ほどとは打って変わり誠実さが感じられない内容だった。

 

緑谷はわずかに顔を顰める。しばらく黙って目良の様子を見ていた。目良もいかにも「言いたくても組織の都合で言えないんです!」と訴える顔をしていたが、この件は緑谷としてもなあなあで済ませる気にはなれなかった。

 

「……その、僕がこんなことを言うのは差し出がましいのかもしれませんけれど。こういう時、違うものは違うって、はっきり言ってもらえないでしょうか?さすがにリ・デストロが言った内容は名誉棄損に相当するレベルですし。」

 

そういいつつも、緑谷は疑念がぬぐえない。実は本当に、悪の権力者の所業があったのではと。

しかしそんなことを信じたくない緑谷は、「どうか違うと言ってくれ」と願いながら目良の反応を根気強く待った。

 

しかし、目良は何かを躊躇していた。その時間はたった数秒だが、このわずかな空白にも耐えられなかった緑谷は自分の不安、怒りのような感情を吐露するために追及する。

 

「……そ、そもそも、いくら何でも嘘ですよね?いくら皆さんの妨害をしたとはいえ、一つの家族をほぼ全滅に追いやっただなんて。」

「…………申し訳ありません。現時点でお伝えできることはありません。」

 

しかし、目良はこれにも明確に答えず、頭を下げるばかりだった。

すなわちそれは、部分的にでも認めざるを得ないことがあるのか。緑谷は今までの人生でほとんど感じたことが無い「義憤」を持っていた。

 

「……目良君。私からもいいだろうか。」

「…………なんでしょうか。」

 

続いて八木が声をかけた。明らかに重苦しい声。彼自身も憤っていることは明白だった。

そして、それに対する目良の声は明らかに震えていた。緊張より、怯えだった。

 

「君達にもいろいろと事情があるのだとは思う。しかし、リ・デストロの言ったことが真実だというならば、私は見過ごすことはできない。」

「それは……当然の判断かと思います。」

 

絶対に間違った言葉選びをしないという意志が感じられる返答だった。彼からの信用を失うことを何よりも恐れていた。

 

「そして、今の君たちが、そのようなことを是と考えているならば、私は君達との付き合いを考え直さないといけない。」

「い、いえ!今の我々はそのようなことは決してしません!」

「今は……か。」

 

過去にはしでかしてしまったことを認めるような発言だった。

これには八木も少し沈んだ様子を見せるが、すぐに気を取り直す。

 

「あの赤い髪の少女のことは、私の方でも少し調べた。どこかで見たことがあると思ったが……去年だったかな。(ヴィラン)としてヒーローにつかまっていたんだね。奇しくも、AF……ああ、いや。強大な(ヴィラン)の存在が明らかになった事件の時の少女だったのか。確かに彼女は(ヴィラン)のようだが、その原因を作ってしまったのは他ならない君達だ。どれほど過酷な人生を送ることになったのかは、君たちも想像がつくだろう。本当に、君達から言うべきことは、ないのかい?」

 

目良は思わず顔をそむけてしまう。

何か言いかけようとするが、口を開きかけ、結局閉じてしまう。それを何回か繰り返した。

 

(内部告発という行為は、犯罪ではありません。しかし実行すれば私は公安委員会をおそらく追い出されるでしょうし……それに、私自身この件を公にしないメリットというものもある程度理解をしている。

……しかし、確かに私自身この件にモヤモヤしたものを感じているのも事実。最近、私には正義感というものを持っていることに気が付きました。まさか、この緑谷という少年の言葉にこれほど罪悪感を覚えるなんて。まあ、ヒーローに関わる人間は普通この程度の正義感を持ってしかるべきなのでしょうねえ。しかし、どうしたものか……)

 

しばらくすると突然、オールマイトが彼の手を取った。

彼の不思議な力強さを持つ青い瞳が、真っすぐ目良をとらえる。それは彼の迷う心を、徐々に正義の方向に動かしていた。

 

「先ほどのインゲニウムから君への態度を思い出してほしい。君は、あの素晴らしいヒーローに認められている。そんな君だからこそ、できることはきっとあると思うんだ。」

「私、は……」

 

ついに口を開き、真実が出かかったとき。

 

「少し待っていただきたい!」

 

突然バンとドアが開かれる。

入ってきたのは見知らぬスーツ姿の男が3人。ドカドカと入り込み、

 

「目良。その件に関して今何を言おうとした?」

「あ、いや、その……」

「ちょ、ちょっとなんだ君たちは!?」

 

八木が苦言を呈するが、新たに現れた彼らはかたくなな態度を崩さない。

 

「ヒーロー公安委員会の者です。八木さん、この件の話を拒絶する意思はありません。しかし、我々の意思決定にかかわる非常に重要な案件だ。公安委員会会長から、直々に……八木さんと話をする機会を設けるという通達が来た。この場で浅慮に発言することはやめていただきたい。八木さん。もしお時間があれば今からでもこの件に関してお話しさせていただいても?」

「私は構わないが、しかし……」

「ちょっと、なんでこのタイミングで来たんですか?まるで見計らったようなタイミング……」

 

さやかが苦言を呈するが、彼らは聞く耳を持たない。拒望ほどではないが、横暴な態度だった。というよりも、何か焦って話を遮っているように見える。

 

「悪いがそれには答えられない。そして、君達はこの場は帰ってほしい。彼女の件は後日また改めて連絡する。それまで、決して誰にも言わないように。」

「ちょ、ちょっと……!?」

 

さやか、緑谷は無理やり部屋を追い出されてしまった。

八木の怒ったような声が小さく聞こえたが、その男たちに施設を無理やり追い出されてしまったために、聞き耳を立てることは叶わなかった。

 

 

「多分、嘘と本当が入り混じっていたんだと思うよ。」

 

緑谷とさやかは、夕日が鋭く二人を照り付ける中で駅までの道を共に歩いていた。その道中はお互いに無言。先ほどの件で治癒の感動が吹っ飛んでしまい、かなり暗い空気になってしまっていたからだ。

 

その途中で、緑谷は突如そう呟いた。今までぐるぐると先ほどの件のことを頭の中で回していて、彼なりに納得できる答えができたのだ。

 

「公安委員会の人たちって、多分ものすごく発言に気を使わないといけない立場なんだと思う。いくら何でもリ・デストロの言ったこと全部が本当だなんて、さすがに思えない。ヒーローの上に立つ組織が法律を無視して一般市民の殺害を選択するなんて。でも……委員会の人たちの落ち度もあったんだと思う。例えば捜査の途中で、その佐倉杏子って人の家族を犯人と決めつけちゃったとか。だから迂闊には受け答えができないんじゃないかな。」

 

そこまで言って、緑谷はさやかの顔を見る。ここまでの発言で何の返答もなかったので、どんな反応をしているかが気になった。

 

(……思っていたよりも憤りがない?)

 

彼女の性格ならば、多少なりとも怒りを見せるだろうと思っていた。自分の所属している組織が、同世代の女子に酷いことをした話。彼女の性格ならば、「だからって殺すなんて信じらんない!」というような感情的な答えが返ってくると予想していた。

 

しかし彼女は、どんな表情をすればいいのかわからないという表情だった。緑谷が彼女の顔を見た瞬間だけ目が合って、それに気が付いたさやかは驚いて前を向いた。

 

「あー……うん、ひどい話だね。でも私には、大人の世界ってよくわかんないよ。」

「え……?」

「私が気にしてもしょうがないかなあって。何ともならないもん……」

 

緑谷は、さやかが憤りを隠しているのではなく、本当に反応に困っているだけだと判断した。

そして同時に、その様子を疑問に思う。この件に関して考えることを止めてしまったようだと感じた。

 

「その……不安になったりしない?」

「不安?」

「ヒーローを取りまとめる組織がそんなことをするなんて。僕は信じられないし、正直信じたくもない。僕は、ずっとヒーローに憧れてきて、ヒーローが自発的に悪いことをするなんて思いもしなかった。犯罪行為をしないなんて言わないけれど、でも悪意を持って……っていえばいいのかな。確かな意思で悪いことをするとは思えない。そしてそんなヒーローの上に立つ組織なら、ますますそういうのには厳しいだろうって。でも、あの内容が一部でも真実なら、僕はすごくショックだよ。」

「緑谷君ヒーロー大好きだもんね。やっぱああいうの聞いてショックだったの?」

「うん。それに美樹さんだって、自分が所属する組織が「自分と同じくらいの年の女子にそんなことをするかも」って思ったら、やっぱり怖いでしょ……?」

「まあそうだけど……いや、そう考えるのが普通だよね。うーん……」

 

緑谷は、さやかの発言に違和感を覚える。

 

(「そう考えるのが普通」……?な、なんだ?何か事情があるのか?)

 

緑谷が訝しんでいると、さやかは突然周囲をきょろきょろ見渡す。近くに誰もいないことを確認しているようだった。

 

「緑谷君……近くに誰もいないよね?」

「え?ま、まあ僕が見る限りでは……あ、でも美樹さんの護衛のヒーローは後ろに居るね。」

 

さやかが後ろを振り返ると、確かに一般人に偽装したヒーローが二人の後をついてきていた。

自分たちのためとはいっても、やはり居心地の悪さを感じるのかさやかは少しだけ顔を顰めた。

 

「あー……まあ、あの人って確か個性が聴覚に関わるものじゃなかったかな。緑谷君、ちょっと耳貸して。今から言うこと、絶対他の人に言わないでよ。」

「え?う、うん。」

 

好奇心とわずかな恐怖を感じながら、緑谷は彼女に寄る。

 

そしてさやかは緑谷の耳に口を近づけ、普段の半分もない声量でそれを口にした。

 

「佐倉杏子って子、私知ってるの。」

 

は?と言いかけ、緑谷は慌てて口を塞ぐ。さやかが険しい顔で「しー!」と指を立てて唇に当てていた。

 

「で、多分あの(ヴィラン)が言ったことほとんど真実だと思うよ。本人から聞いたもん。」

 

緑谷は言葉が出ない。

頭の中は真っ白で、そこから何か暗い感情が彼の心を支配していった。

 

「立ち止まってるのも不自然だから、歩いて。」

 

言われるがまま、二人は再び歩き出す。ふと後ろを見ると、その護衛ヒーローが少し訝しげに二人を見ていた。ただ盗み聞きをしているわけではなかったようで、慌ててどこかへ連絡している様子はない。

 

「…………」

 

緑谷は、何を考えるべきかもわからなくなってしまう。自分の頭にあった常識のような何かがガラガラと音を立てて崩れていく感覚はあった。確実に良くないことなのだが、どうすることもできなかった。

さやかに対しては、絶対に何かを質問するべきであることはわかる。しかし具体的なことは何も出て来ず。ただ言葉にならない空気が肺から出ていくばかりだった。

 

(……あ、そうか。最初から知ってたから、何も言わなかったんだ……)

 

思えば、佐倉杏子の件に関して美樹さやかは何も発言していなかった。あの感情的な面がある彼女が、たいていの人ならば怒りを感じるだろうこの件について、一言もだ。緑谷はそれをずっと疑問に感じていたが、既に彼女はこの件に関して感情に整理を付けたあとだったのだ。それで緑谷はすとんと納得できた。

 

「な、なんで僕にその話を……?」

 

やっと絞り出した言葉は、もっと他に聞くべきことがあるだろうと思えるものだった。

 

「なんで……いや、なんかさ。緑谷君、見てると……不安になるんだもん。」

「不安……?」

「だって、あの目良って人の動揺を見ても頑なに「悪いことしてないはずだ」って信じたがるんだもん。私はさ、事前に知ってたこともあるけど、世の中いい人ばっかじゃないよねーって思って、それでもういいやってなっちゃってた。でも緑谷君は、なんかヒーローが悪いことをしてるっていう事実をすごく受け入れがたそうで……」

「そ、そうかな?僕ってそんなに現実を見れてない感じ?」

「うーん……そういうんじゃないんだけど……なんか、自分の信念がダメになったら爆発しそうな感じ?あ、違ったらゴメンね。でも体育祭での緑谷君、なんか腕ボロボロにしてまで戦ってて、そういうところあるのかなって。」

 

体育祭の腕をボロボロにした戦いはそこまで印象的だったのかと、緑谷は少し恥ずかしくなった。

 

「だから、さ。私がなんでこんなこと言ったのかっていうと……自分の信じたものって、結構簡単に曲がっちゃうよってこと。私もそういうこと、中学生の頃にあったしね。」

 

たははと誤魔化すようにさやかは笑う。

 

「その、いろいろあってさ。中学生の頃、醜くてつらい現実を受け入れられなくて、マジで病んじゃった時があるの。その時は友達のお陰で乗り越えられたんだよ。その後、なんでああいう風になっちゃったのかなって色々考えたんだけど……昔の私って、いいことしたら必ず自分に見返りがあるって信じてたんだ。でもそんなこと無くて、それどころか嫌なことばっかり立て続けに起こっちゃった。自分の信じたいものに裏切られちゃったんだ。」

「……大変、だったんだね。」

「マジで大変だったよ。それでさ、緑谷君も同じかなって。」

「同じ……?」

「大好きなヒーローが悪いことしてるのに耐えられなさそうだなって。将来緑谷君がヒーローになったときに、そういう嫌なものを受け入れられなくて爆発しちゃいそう。」

「それはちが……!あ、いや……」

 

緑谷は、一瞬「ヒーローはそんなことしない!」と叫びそうになった。がしかしそれを抑え、直後に自分にはそんな盲信的な面があることを自覚してしまう。

 

「だからさ、私から言えるのは……気負い過ぎても仕方ないよってこと。人助けもほどほどに、もっと柔らかく生きた方がいいんじゃないかなあっていう感じ?」

「それは……」

 

確かにその通りだ。理屈は通っている。

 

だが、緑谷はそこで素直にそうだと言い切れなかった。そこが折れてしまうと、緑谷という人間の核となる何かが崩れてしまうような感覚。

だが同時に、彼女の緑谷を心配する気持ちも蔑ろにしたくはなかった。ならば「気持ちは嬉しいけれど、賛成できないんだ」と言えばいいのかとも思った。しかし先ほど、自分が自分のことを良く知らなかったことが露呈したのだ。そのうえでそう返すのもどうにも違う気がした。

 

ただモジモジするだけになってしまった緑谷。さやかはその様子で居られることを居心地悪く感じ、努めて明るい表情を作った。

 

いつの間にか、それぞれ異なる電車に乗る駅にたどり着いていた。もう夕日が見えなくなった時刻で、周囲はサラリーマンや学生の喧騒でまったく落ち着かない。

さやかはこの空気のままであることは歓迎しなかったが、引き延ばして無理矢理会話するのも変な空気になるかもしれないと思った。

 

「じゃあね。いろいろあったけど、飯田君のお兄さんが治ってよかったよ。今度お祝いパーティとかできたらいいね!」

 

さやかは軽く手を振って別れた。しかし、帰宅ラッシュの人込みに吸い込まれていくさやかに手を振り返す気力は、今の緑谷には全く無い。




・一ヵ月の全ての日を休暇にすることができる
実際の日本の法律だとちょっと話が違ってきますが、まあヒロアカ世界労働基準法ということで……

・オールマイト治癒
効果は全体的な身体能力の底上げ+活動時間が一日に30分程度延長 程度を想定してます。
さすがに残り火状態なので全盛期まで回復とはいきませんが、これでも神野戦で同条件でAFOと戦えば比較的余裕をもって勝てる程度にはなったかと思います。
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