~前回までのあらすじ~
・ほむらはAFOと戦うことになりました
・マミさんは杏子を昔の知り合いを装って連れ戻すことを狙っています
・まどかとさやかは林間合宿へ行くことになりました。
・インゲニウムとオールマイトはさやかのお陰で元気になりました
・さやかの身に降りかかる災難のせいで、ブチギレて治癒を他人の為に施すことを止めてしまいました。
・異能解放軍が原作よりも表立って活動を始めました。
合宿前日
佐倉杏子が公式には初めてこの施設を出る日まで一週間を切った。
ある日の夕方。いつもの勉強を乗り切った彼女は、どっと疲れた脳を癒すために食事にありついていた。
ここでの生活も残り一週間かとふと思い出した彼女は、もう少しでこの質の良い食事が自動で提供される生活ともおさらばかと思うと寂しさを感じる。だが同時に、この閉塞感のある生活からの解放でもある。楽しみ9割残念1割という感情だった。
今回の食事にはデミグラスソースが十分にかけられたハンバーグがあり、ここの職員に無理矢理教えられたナイフとフォークの使い方で器用に切って口に運ぶ。
肉汁に舌鼓を打っていると、コンコンと程よい力でノックされた。
「ん?誰だ?入って良いぜ。」
「……久しぶりだな、佐倉杏子。」
「ああ……アンタか。」
現れたのは、プロヒーローベストジーニスト。彼は杏子がここに収容されてからたびたび話を聞きに来ていた。
初めは彼に対してつっけんどんだった。しかし何度も丁寧な対応を取る彼に、流石にこの対応を無下にするのも悪いと杏子は感じ、ある程度は近い距離を許していた。
ジーニストは彼女の座っているテーブルの向かいに座ると、相変わらずの背筋の直線性を保ちつつ話し始める。
「もうすぐ出所だと聞いてな。今一度顔を見に来させてもらった。その様子だと、元気そうだな。何よりだ。」
「おかげさまでな。ついでに勉強の時間もリズムゲームに充てさせてくれたらもっと調子よかったんだけどなー。」
「ふむ。多少の息抜きは必要なのだろうが、君の場合はそれを与えると日中全てをゲームに充てそうだからな。その要望は飲まないように私から彼らに頼んでおいたのさ。」
「はあああーーー!?アタシがゲームできないの、お前のせいかよお!」
彼女はフォークをジーニストの眼前に突きつける。
ジーニストはそれを、行儀が悪いと指摘しつつ冷静に説明を続けた。
「すまないな。君がここから出所して、自律した生活を送れることを証明してくれたならば、私から特注の最新ゲーム機を一つ贈呈しよう。それで手を打ってくれないかね?」
「ううう……い、いや!そもそもアタシはお金一杯もらえるんだから、自分で買うもんね!」
「……なるほど、それに思い至るか。ならば、君にはお金に関する教育が必要だ。今のままでは、徒に消費するだけの人生になってしまうだろう。それはあまりにもったいないと、私は思う。」
「はああああ!?また勉強かよお!?」
そもそも机に向かって勉強することが人生にとってプラスと感じられない彼女は、ジーニストの当然に学びを推奨する言動にいつも頭が痛くなってしまう。
「例えば……そうだな。今の君だと喉から手が出るほどゲーム機が欲しいのだろう。しかし、実際にゲームセンターにあるゲーム機がどうやって購入され、どのように運用されているのかを知っているか?万が一お金持ちとなった君のことを悪意ある者が知れば、不当な値段で売りつけられたり、最悪詐欺に遭うのではと思わないか?君をそのような悪意から守るためにも、教育は必要なのだ。」
「……い、いやまあ確かにアタシは詳しくないけど……うーん……」
悩む杏子を見て、これからも学びを続けることを否定しなかったことをベストジーニストは喜ばしく感じる。
出会った頃なら、そもそも彼の説明を信じなかったかもしれない。
「そうだな。ここで出た後の話と言えば、君に尋ねたいことがある。」
「なんだよ?」
「君は、今後の人生をどう生きるのか、何か考えはあるのか?」
「決まっている。アタシは、アタシのしたいことをする。それだけだ。」
それは、ここに収監されてからずっと変わらない内容だった。
自分の為に生きる、と言えばわかりやすい。がしかし、実のところ彼女のそれは簡単なようで達成が難しいことを彼は察していた。
「なるほど。ここの担当職員からも、君がそのような答えを出していることは聞き及んでいる。しかし、私はこの答えに疑問を感じているのだ。」
「なんだよ。なんか文句あるってのか?アタシの人生なんだから、どうしようとアタシの勝手だろ。」
杏子は腕組みをして軽くジーニストを睨みつけた。
「ケチをつけたいわけではない。しかし、一つ聞きたい。君の言う『したいこと』とは、一体何なのだ?」
「それはまあ……ゲームやったり、たくさんお菓子食べたり?」
この答えを出すことに、杏子は多少の思考を要した。
ジーニストは、その間を見てやはりかと確信を深める。彼女にはまだまだ導きが必要だと。
「すると君は、これから一生働きもせず、ゲームや偏った食事をとる生活を送ること、それが望みということなのだな。世間一般ではだらしないなどと言われる生き方だろう。同年代の人間が見れば、落ちぶれた人間だのと嘲笑される可能性が高い。本当に、そんな生活を望んでいるのか?」
「……いや、まあ、そういうのは、嫌かな……」
杏子としても、堕落生活というものに少し思うところがあった。
彼女はテレパシーでまどか達の学校生活の様子を聞いていた。共有される話題は、試験が近いだの、朝がつらいだのと言った苦労話も含まれる。好きな時に寝て起きる生活だった彼女とは無縁だった悩みだ。
そして、彼女たちがそのような生活を送る人間を「ダメな人間」だと考えていることもうすうす感じていた。無論佐倉杏子には彼女なりの苦労が彼女たちとは別にあるので、杏子だけが一方的にダメ人間とはみなされない。
しかし、数少ない心を許せる人間の心情を無視できるほど、佐倉杏子は図太くなかった。まどか達に出会う前の彼女は全く気にしていないことだが、今の彼女は、まどか達と、彼女と同年代の高校生とまったく異なる人生を歩むことに少しの抵抗感を感じているのだ。
「だろう。というわけで、私の用意した新教育プログラムに従えば、人間として恥ずかしくない折り目正しい生活を送れるのだが、どうかね?」
「いーやだ!そういうかたっくるしいのはもうごめんだね!」
「なるほど。では、どうしたいのだ?君はその手にする大金をどう使う?」
「……そ、それはまあ、おいおい、考えるよ……」
迷いを抱える彼女に対し、ジーニストは努めて優しく語り掛ける。人間の欠点を指摘する為に、彼は神経を尖らせて言葉を選んでいた。
「賢い君のことだから薄々感じてくれているとは思うが、君が求めているものは、自らの人生のコントロール権だ。私はそう感じられた。私もかつてそういう時期があったからな。」
「う、うるさいなあ!分かってんだよそんなこと!アタシは、自分にかかる幸福も、不幸も、全部自分のせいの、自業自得の人生を送るんだ!」
「そこまで強烈に決意しているとは。ならば話は早い。つまり結局のところ、君はこの先どういう人生を送るか迷っているわけだ。それを認めることが、これからの君の人生のためだと私は思う。」
「ううう……ちくしょう、分かったよ、認めるよ……」
恥ずかし気に認める杏子。
誤魔化すように残りのハンバーグ、副菜を口にかっ込み、何もしゃべらないことの言い訳を作る。
ジーニストは、ふと彼女は絶対に食べ物を残さないらしいな、ということを思い出した。この食事が終われば一言言っておかねばと心のメモに追記した。
「……これは、ただの勧誘だがね。ヒーローのような、人の役に立つための仕事をしないか?」
「おいおい……アタシに向かって本気に言ってんのか?アタシが今どういう立場なのか知ってるだろ?」
「立場上、君が正規のヒーローとして活躍することは難しいことは承知している。しかし、君と会話していて思ったのだがね。君は過去の殺害行為を悪いものとして捉えている。そうだね。」
「……うるさい。」
数ヵ月前、ジーニストは彼女が何故殺害という手段に手を出したのかを、信頼を崩さないよう恐る恐る尋ねたことがある。
どうせ拒絶されるだろうと殆どダメ元での試みだったが、意外にも彼女は答えた。それによると、「異形型の
その後も、どうやって
大抵、未成年の
そんなことがあったから、もう少し踏み込んだ話をしても良いものだと、ジーニストは少し油断してしまっていた。
「難しいことを承知で言うが、君は正義の立場に立って生きた方が幸せに生きられる人間と、私は感じている。しかし、君には全く非が無い大きな不幸が降りかかり、君は悪の道を進まざるを得なくなってしまった。だが今、再び表の世界を堂々と歩けるチャンスを得ている。そのために、君に必要なことは、贖罪のプロセスだ。君も幼いころに教会に居たのならば、覚えがあるだろう。そうすることで」
「うるさい!アンタには分かんねえよ!」
敵意を突如としてむき出しにし、槍を向ける杏子。
彼としては予想外の反応だった。彼女の人生観を良い方向へ導くためにこれまで話を積み重ねてきたが、最後の最後でこけてしまった。
ひとまず手を挙げて、これ以上は話をしないというポーズを取る。それで彼女は槍を抑えたが、不機嫌になってしまった表情は戻らずプイとそっぽを向いてしまった。
(……やはり、彼女はまだまだ秘密が多いのだろう。これからも、彼女との対話は必要だ。今回のような事故を防ぐためにも。)
自分の放った言葉を思い返してみたが、何がここまで彼女を激昂させたのか思い至らなかった。だが、いまだ彼女の過去に謎が感じられる以上、それが明かされない限りこのような事故は起こってしまうものだと考えるほかない。ひとまず、何か深い所へ土足で踏み入ってしまったのだろうとジーニストは反省する。
「すまない、言いすぎてしまったようだ。今日はここまでとしておこう。」
「ああ、ぜひそうして欲しいね。」
「……出立の日には、私も一緒に居られるように尽力する。よろしく頼む。」
ジーニストはおとなしく部屋を出て行くほかなかった。絶交と言えるような状態ではないだけ御の字だ、そう頭を切り替えて。
それを見届け、杏子は槍を仕舞いはあと息をつく。
彼に非は全くない。今の怒りは、どうしようもないやつ当たり。それは彼女も自覚していることだった。
彼女の持つ悲劇は自分自身が引き寄せたもの。今までそのつもりで生きてきて、これからもそう生きると決意している。これは、もはや彼女のアイデンティティだ。
しかし杏子も人の心を持つ。これからの人生に関してといえば、時々思うことがあった。
「……でも、学校には行ってみてえなあ。ま、無理だろうけど。アタシっていろいろ面倒ごとを引き寄せるからなあ。」
自分は、同じ年齢の人間とは違う。事情はあったとはいえ、殺人犯だ。簡単に認められる話ではない。
街を歩いていたとき、テレビに映る
流石にその発言は褒められたものではないらしく、周囲の人間から不愉快そうな視線を向けられていた。それを察知してもなお、その言葉は彼女の心にズキリと重い楔を打ち込んだ。
(まあ……魔法少女の力なんて、言ってみれば元人間を殺すために与えられた力だもんな。アタシも……そんなもんか。結局、人殺しなんて周りにいて欲しくねーもんな。)
殺しをした人間を、当然のように社会の異物と見なし、自分の周りから排除しようとする。それをほとんど誰も疑わない。そんな世界で一体どうやって生きてけばいいというのか。受け入れる存在がいるとすれば、それは
まどか達と一緒の世界に生きてみたいという思いは真実だが、実現出来るとは微塵も思えず、その資格も彼女は感じられない。
食べ物が安全に得られる環境で、人目につかないようにしつつダラダラ余生を過ごす生活が現実的な未来だろうと、彼女も彼女を取り巻く人々も予想している。
◇
彼女の予想通り、
都内にある、無数にある寂れたバーの一つ。表の世界とは程遠い空間。そこに3人の男がいた。
義爛は煙草を得意げに吸い上げ、一枚の写真を取り出し死柄木に見せた。
今までトガ、荼毘を始めとする実力のある
現在彼らは雄英の林間合宿を襲う計画の準備段階であり、そのために
そんな
「コイツの名前は佐倉杏子。知ってるか?」
写真に載っているのは、トガとおよそ同年代の赤い髪の少女の写真。
死柄木はまた人格破綻者を連れてくるのかと気が沈んでしまう。同時に、どこかで見た記憶があった。
「……なんだっけな、どっかで見たことある気がするが……」
「ああ、私は存じ上げております。義爛さん。」
「なら話は早い。コイツは、アンタたちにとって最も強力なカードに成り得るだろう。」
「……どういうことだ、このガキはそんなに強いのか?」
「ああ、強いとも。何せ……」
義爛は興奮度合いを上げつつ、彼女のことを説明した。マスキュラーを殺害した彼女の個性、そして彼女自身の戦闘能力の高さ。現在は、公安の施設に収容されていること。
「……おお、確かに強い
「それがなぁ、死柄木弔。彼女は100%、ヒーロー社会に憎しみを抱いていると言える。なんせ、家族をヒーローに殺されたって話だってよ。」
「なんだと……?」
義爛は、彼女の過去を死柄木に聞かせた。当時の傲慢な公安委員長の決定、その結果家族を失い、
普段気だるげな死柄木も、この時ばかりは興奮を隠せなかった。彼女が真実を知っているのならば、ヒーローを憎んでいることは明白。
「逸材じゃねえか!いいね、最高。で、この佐倉杏子を紹介してくれるってことか?義爛さんよ。」
「いや、申し訳ないが直接はできない。さっきも言ったが、彼女は公安施設にて囚われの身だ。今日の俺の商品は、彼女がいる施設の情報だ。施設の位置はもちろん、内部構造、そして彼女がどの部屋にいるかまで突き止められた。」
「……よくそんな情報が手に入りましたね。厳重に秘匿されているでしょうに。」
黒霧が感心したようにつぶやく。
「最近、公安の方々は多忙なようでね。小さなミスが頻発しているらしい。聞いたところによれば、旦那のところのボスも色々と手を回しているそうじゃないか。最近頭角を現す『異能解放軍』によ。」
「ああ……その通りだ、クソ!先生、一体何考えてやがんだ。『彼らのような実直な
「いろいろ大変だねえ。まあ俺としてはこんなチャンスはめったにないから、俺の情報網を全力で稼働させていいモン拾えないかって待ち構えていたら、俺の『友達』の一人が見事に内部ネットワークに入れちまったってわけだ。」
「ああ、最近彼らは人手不足だとか何とか。……いえ、それを加味しても、公権力のネットワークが簡単に侵入を許すものですかね?」
「俺の『友達』によると、ネットワークにリクエストしたときに妙な挙動をしたなんて話は聞いてる。もしかしたら、帝王様が何かしたのかもな。ま、俺はその点を詮索するつもりは特にねえ。とにかくこれは千載一遇のチャンスだぜ、旦那。どう考えても買いの商品だ。アンタのワープ個性なら、位置情報さえわかれば彼女に接触できる。そうだろう?」
「最高の商品だ……!黒霧、この情報は買いだ!襲撃計画も修正する。他の事項よりも優先度を上げろ。クハハ……!今から笑いが止まらねえ。ヒーローの卵が、そいつらが憧れた先達の罪のせいで無惨に殺される……いいね、最高の見世物だ。録画してヒーロー社会に放流したら一体どんなカオスになるか。」
林間合宿の襲撃の主な目的は、ヒーロー社会に罅を入れ、ヒーローの信頼を失墜させること。
破壊することが信念だと最近自覚した死柄木は、どうすれば最高効率でこの社会を破壊させられるのかを考え、その結論がこの襲撃だった。
死柄木の目的に、彼女の存在はピッタリすぎるほどだ。雄英の防衛能力と同時に、彼らがひた隠しにしてきた悪行を日の目にさらせば、ヒーローが存在しなかった超常黎明期の
それまで彼の頭にある計画を全て投げ捨て、佐倉杏子を中心にしてどうやって暴れさせようかを考え始める。
「ああ……その、死柄木弔。その前に伝えなければいけないことがあるのですが……」
黒霧は、機嫌の良い彼にためらいがちに進言する。
「AFO曰く、彼女に関しては協力が期待できないだそうです。」
「はぁ!?なんでだよ!」
信じられないと死柄木が叫ぶ。
これは義爛も予想しなかった話であり、理由を知りたがる。
「黒霧さん、一体どういうことだ?そもそも彼女のことを知っているのか?」
「いえ……言ったままの意味です。実は、彼女が確保されたときはAFOが説得に向かったときのことなんですよ。私も少し協力させていただきました。しかしその時、説得に失敗したようでして。」
「……あの悪の帝王が失敗するとは。彼ならば個性で説得もどうにもできそうだけどな。」
「説得系の個性は当然使ったそうですが、効かなかったとのこと。理由不明ですが、妙にAFOのことを警戒していたらしいです。」
義爛は真面目に理由を考えなければならなかった。
今回の商品は、彼にとっても大きな取引。これを逃せばかなりの損だ。
死柄木や黒霧を説得する方法を出さなければならなかったが、現状では情報が少ないためにアイデアを出すことができない。
「……彼女の個性だろうか?腹の内を感じ取られて、悪の帝王に恐れをなした、とか?」
「それに、ヒーローに対して予想よりも嫌悪を抱いていなかったそうです。彼としてはそのような印象を抱いたという話で、確証がある訳ではないですが……」
「さすがに考えにくいと思うが……親と仲が悪かったのか?それに初対面の相手に敵意ってのもおかしな話だな。事前にAFOのことを知っていたのか……?」
一同はしばらく考え込んだが、最も可能性が高い答えを出したのは死柄木だった。
「……真実を知らねえからじゃねえか?」
「ふむ、というと?」
「騙されてるんだよ。ヒーローの連中に。考えてみれば、そうだ。あの個性なら施設なんて簡単にぶっ壊せるはずだ。なのにそれをしないってことは、そもそも家族を殺されたことを知らされてねえんじゃねえか?……いや、逆にあんたが持ってきた『過去』が間違っている可能性もあるかもな……」
義爛はムッとしつつも反論する。
今回の情報――裏稼業ゆえにいつものことだが――は、裏の人間との仲間とのつながりがあってこそ得られたもの。それを何の根拠もなく疑われることは、義爛としては仲間を疑われるような気分だった。
「俺の想定以上に賢い考察だと言いたいところだが、こっちの情報は疑ってほしくないね。複数の情報筋から証言を得ている。俺自身、過去の資料を確認したし、それに去年の事件は不自然なほどにネットから情報が消されているだろう?奴らに都合が悪い証拠さ。さらに、彼女自身『ヒーローが嫌い』と言ったという映像記録も入手した。間違いない。」
「……そうかよ。まあアンタがそう言うんならそうなんだろうさ。」
争う理由もない死柄木は、意地を張らず義爛の言い分を認めた。
ここで彼が素直に認めたことを、黒霧は成長のあかしとしてひそかに喜んだ。
「……義爛さん。色々気になる点はありますが、情報は購入ということでお願いします。」
「はぁ?黒霧。引き入れられる見込みが無いんじゃねえのかよ。」
「いえ。AFOから彼女を仲間にするなとは言われておりません。むしろ情報を得られる機会は逃すな、とのことです。私の先ほどの発言は、単に情報共有の意味が強いですね。」
「……ったく、紛らわしいことすんなよ、黒霧。」
死柄木たちはその後も、事実関係に関していくらか話し合った。
AFOの言葉を伝えた黒霧だが、彼自身も本当に仲間に成り得ないとは思えず、死柄木の意向に反対するつもりはなかったのだ。
結局、話し合いは合意の方向へほぼスムーズに運んだ。
「黒霧、今すぐにでもコイツに会いに行く。説得に必要なことがあるなら言え。」
「承知しました。十分な計画と、準備をして臨みましょう。」
「どうも、毎度あり。じゃ、データは後であんたらのメールアドレスに送らせてもらうよ。」
義爛はこの大取引が無事に終わったことを安堵して出て行った。後日、彼の口座には大金が振り込まれ、死柄木の下に彼女の情報が記されたデータが送信された。
同時に、万が一彼らが説得に失敗したときに機嫌を取るための別の商談を作ることを、義爛は頭の片隅に置いた。
◇
まどかと私は、キャリーケースの中身を広げ、その中に一つ一つ必要なものを二人で確認しながら入れていく。
「これで……忘れ物は無いかしら、まどか。」
「えーっと……着替えは確認したし、グリーフストーンは重いくらい鞄に入れたよね。他には……」
メモを見ながら荷物を確認するまどか。それを見ていて、何とかして明日という日が来ないようにできないかと思ってしまう。
明日は、まどかとさやかが合宿に行く日だ。まどかのご両親が寝静まったことをまどかから連絡を受けてから、私はまどかのご家族にバレないようにコッソリ部屋に忍び込み、魔法少女関係のアイテムの整理を手伝っていた。ちなみにさやかのところには今マミさんが行っているはずだ。
グリーフストーンは、魔法を使っても10日くらい持つ量を持たせた。隠しきれるか心配になる量だけれど、魔女化よりはずっといい。合宿は7日だから、十分足りるはず。万が一足りなくなったら仮病を使ってでも帰ることになっている。
その間、私とまどかは離れ離れ。私は単にここで待機するのではなく、AFOと戦うことになっている。
まどかは、この状況をかなり気にかけているようだった。魔法少女の中だと私だけが戦うから。まどかはつい最近まで合宿よりも私に付いて行くだなんて言ってくれていた。とても嬉しい申し出だけれど、それだけは聞き入れられない。殆ど喧嘩に近いレベルまで言い合って、最終的になんとかまどかは折れたのだった。
「ほむらちゃん……本当にごめんね。ほむらちゃんだけをこんなに危険な目に遭わせちゃうなんて。」
「気にしないで、まどか。私が勝手にやっていることだもの。」
……思い返してみれば、AFO関係はたいていが私が発起人だ。私が言い出さなかったら、まどか達はUSJの事件があっても「怖い事件だね……」と思うだけでそれ以上何かしようとはしそうにない様子だった。
私だけがオーバーリアクションなのかと時々不安になったものだけれど、実際あの殻木という奴はまどかに目を付けていた。積極的に動いて本当に良かったと私は思っている。
「でも……実はね、もっと私にできることがあるんじゃないかって、ずっと思っていたの。」
まどかが潤いを感じさせる瞳で私を見た。
そこにある強烈な感情が私をとらえる。
「その優しさだけで、私の心は元気いっぱいよ。」
「……でも、現実のことはちゃんと考えなきゃだし……私もほむらちゃんみたいに色々動いていればって……」
まどかは物足りなさそうな表情をしている。そんな顔をされると、どうすればまどかが役立てるかをついつい考えてしまう。
けれど、実際まどかにして欲しいことや手伝ってもらいたいことはこれ以上は本当にない。今回の戦いに必要なものは、武器集め、変装用具の用意、あとは持っている武器のメンテナンスといったところか。
武器集めは私にしかできない。時間停止が無ければこんなことはできないから。……でも、杏子にちょっとだけお世話になった。彼女、良さそうな武器を蓄えている
それと変装用具。これは、まどかも役立ったと言える、おそらく。魔法少女の姿に変身するだけじゃ誤魔化せないので、身元がバレないような服装をマミさんとさやかと一緒に考えた。……3人に任せてみたら結構派手になっちゃって、予定より3時間延長したお話の結果結局私が最初に持ってきたシンプル・イズ・ベストのフード付きのマントになった。マミさんが「なんだか変質者みたいじゃない……?」と渋っていたけれど、あのころから変質者扱いは慣れているから、私としては全然気にならない。
……ああ、そうだ。今後の話ではないけれど、今回の件でまどかに本当にお世話になったところがある。
「オールマイトへの手紙は本当にありがとう、まどか。あの件は本当に助かったわ。」
「ううん、あのくらい全然。ちょっと頭を使っただけだし、それにマミさんがもっと助けになったことだもん。」
添削に添削を重ねられて、オールマイトへ出した手紙は私が書いた元の文章の三倍くらいの長さになってしまった。
本当にこんなにいろいろ書く必要があったのか、正直疑問だった。でも、実際オールマイトはあの手紙で動いてくれた。
昨日学校にいるときに、オールマイトがヒーロー基礎学を終えようとしている時間を見計らって私は時間を止めた。雄英は広すぎる運動場を持っているが、授業の場所は緑谷君に聞きだしたから探す手間が省けた。この点彼に少し感謝している。
オールマイトの腰ポケットに手紙を入れて、離れたところで停止を解除して様子をうかがった。
悠々と歩いていたオールマイトが突然足を止め、直後に怪しまれないように歩き出した。その後、誰にも見られないように中身を取り出して読み、すぐさまどこかに電話をかける様子が見られた。返事に指定した日は明日だけれど、あの様子なら無視したりはしないだろう。
「けれど実際オールマイトは無視しなかったもの。私が書いた文章だったらどうだったか分からないわ。」
「うん……でもね。私もっと役立てるものを、一人だけ戦いに行くほむらちゃんの為になるものって何かなってずっと考えていたの。」
「私の為にいろいろ考えてくれて嬉しいわ、まどか。……それで、何か答えは出なかったのかしら。」
「ごめんね、思いつかなかったの。私、ネットで兵器とか調べてみたんだけど、全然わからなくて。それで、他の人に相談したの。いろんな人に。」
「……ちょ、ちょっと待ってまどか。まさか私が」
「あ、もちろんほむらちゃんや魔法少女のことは言っていないよ!ただ、えーと……『仕方なく、みんなの為に一人で戦うヒーローさんの為に私たちができることがあるとすれば、なんだろう?』って緑谷くんとお茶子ちゃんに聞いてみたの。」
……ここで、ヒーローという表現が出て来ることに私は少しだけショックを受けた。悪い意味ではないのだろうけれど、わたしのことをこの世界の「ヒーロー」と言うなんて。
この世界においての表現だという理解はできるけれど、私はここでヒーローと言われることに物凄い違和感を感じてしまった。まどかもこの世界の価値観に染まり始めた、ということなのだろうか。
「そうしたらね。
『僕はまだヒーローじゃないから分からないけど……オールマイトが言っていたことなら知ってる。「私の為にできること?君たちが笑顔で居てくれることさ!本当に、それ以外私には必要ないんだ!HAHAHA!」って。だから、まずは笑顔を見せるのが良いんじゃないかな?』
『うん、私もそう思う!昔から思ってたんだけど、ヒーローはみんなの笑顔に助けられて力が出て来るもんなんよ!』
って。だから、マミさんやさやかちゃんと相談して、こういうの作ってもらったんだけど……」
まどかがおそるおそる取り出したもの。それは、ペンダントだった。金色の細かい鎖が紐の役割で、核の部分はダークカラーの宝石のよう。アクセントのように金色の装飾が入っている。決して安い買い物ではなかったのだろう。
そしてそれは開封式になっていて、中には小さい紙が張り付けられていた。小さすぎて目を凝らさなければ見えないけれど、そこにあるのは……私達5人の集合写真?
杏子も写っているから、かなり前に撮ったもの。よく見ると背景に瓦礫が……思い出した、ワルプルギスの夜を乗り越えた時に、落ち込んでいた私を元気づけようととして撮った写真だ。私は暗い顔で、まどかは私を抱きしめながら少し無理に笑っている。他3人もそんな表情だ。
まどかのスマホに、このデータが残っていたなんて。世界改変の時に身に着けていたから影響を受けなかったのだろうか。
「えっとね。さやかちゃんが『ほむらはまどかLOVEすぎるから、こういうの喜ぶんじゃないの~?』って言ってたの。それで、マミさんにこのペンダントを選んでもらって、魔法も使って作ったんだ。
……その、実用性とか全然無いし、本当にこれしかできなくてごめん、なんだけど、その、どうかな……?」
まどかは、恐る恐る私にこのペンダントを差し出した。
とても申し訳なさそうで、これが私の為になるのかと信じ切れていない様子。伏し目がちに差し出すさまは、学校一のイケメンになけなしの勇気を振り絞って告白する女の子のような弱弱しさがあった。
それにしても……美樹さやかがこれを提案したのか。最近のさやかは暗い表情をすることが多いけれど、それでもこれを作ろうと言ったときはそれはもうニヤニヤとアイデアを披露したのだろう。想像するだけで憎らしくなる。
どうせ、私はまどか関係の物を与えておけば満足するチョロい女とでも思っているのだろう。
本当に、悔しいことこの上ない。
大当たりだもの。
「まどか、一生の宝物にするわね。」
「え……?」
この点で、私は自分に嘘をつけない。私はそのペンダントをそっと受け取り、留め具の部分が決して壊れないように慎重に操作し、首に取り付ける。
邪魔にならない程度の重みを感じさせるそれは、私の胸に確かな温かみを与えてくれる。魔力も宿っているおかげか、動きにくさも軽減されている気がした。
そして、私はまどかの不安を取り除くべく言葉を考えた。
「本当にありがとう、まどか。あなたは何も恥じる必要は無いわ。間違いなく、これは私の役に立つわ。」
「本当?それなら嬉しいんだけど……本当に大丈夫かな。邪魔になっていたりは……」
やっぱり、目の前の彼女は鹿目まどかだ。
最近、不安に感じていたことがある。まどかは私から離れてしまっていくんじゃないか……そして、私の知っている鹿目まどかではない何かに成長してしまうんじゃないか、と。
私の中で、『鹿目まどか』は殆どあのループ中の言動がその
最近は高校生になって、私の知らないまどかの友達も増えた。これからも、どんどん私の知らないまどかになっていく。
すこしだけ距離を置き、寝間着姿のまどかを眺めた。
「……結構、背が伸びたわね。10cmくらいかしら。」
「え、え?」
大人っぽさが足されたような感じ。やっぱり、あの頃のイメージが強く刻み込まれた私からするとほんの少しだけ違和感を感じてしまう。
だから不安だった。本当にまどかは私の知るまどかなのかと。
けれど、杞憂だったみたい。このペンダントのお陰で、それがよく分かった。この中には、あの頃のまどかがずっといるのだもの。
体をしげしげと見つめるのも悪いだろうと、私は目線をまどかの顔に戻した。
「気にしないで。高校生だから育ちざかり、というだけよ。このペンダントのお陰で、私はいくらでも戦えるわ。どんな武器よりも、私に強さを与えてくれるの。」
「……ほむらちゃん、すごい自信を持って、言ってくれてるんだね。」
まどかは顔を赤くしつつも嬉しそうだ。
そして唐突に私のことを抱きしめた。心拍数が一気に跳ね上がる。まどかはこの鼓動を感じ取っているだろうか。
「じゃ、じゃあ!絶対、絶対無事に帰ってきてよ!約束だからね!」
約束。私がかつて守れなかったもの。
それを再びだなんて、なんて残酷なことを。そして、何にも勝るやる気を私に与えてくれるのだろうか、まどかは。
高まる心拍数とそれに見合わない冷静さでこの喜びを私は噛み締める。
味わっていれば、もう何でも成し遂げられる気さえした。前守れなかったから、今回も無理じゃないかなんて少し思ったけれど、そんなことがどうでもよくなる使命感が私にはある。
私はまどかの頭に手を当てて、安心させるように言う。本心から、言うことができた。
「必ず無事に帰ってくるわ。まどかも、林間合宿は楽しんできてね。私の分まで。」
「……帰ってきたら、またほむらちゃんとお出かけしようね!約束だよ!」
「ええ。約束よ!」
そこできっぱりと私たちは別れた。
夜闇の中、家路をたどる私の足取りにはエネルギーがあった。
今の私には失敗は許されない、絶対に。
AFO。お前はこの世から必ず消し去ってやる。
そして、まどかとの安心できる日常を取り戻す。
・ペンダント
お代はさやか持ち。お金は余りまくっているので。