ほむほむの出番はしばらくなしで、合宿組の描写が続く予定です。
林間合宿初日。
A組とB組の生徒はそれぞれ別のバスで合宿場所へ向かう。まどかとさやかはA組のバスに乗り、中央の通路部分に展開された折り畳み式の席に座っていた。
修学旅行の行きのバスとなれば、浮かれた生徒がおしゃべりに花を咲かせるものだろう。もちろんこのバスにおいてもそうだったが、通常と異なる点はその中心が美樹さやかだったことだ。
「私中学校の時は修学旅行沖縄だったの!でも伝統文化財とかは全然楽しくなかったんだけど、自由行動の時に許可が出て行けたお店はすんごい友達とおしゃべりできてね!」
「お、おう!俺の中学の修学旅行は京都で、大仏を色々見て回ったけどよ、確かに一番記憶に残ってんのは夜の枕投げ大会だな。」
「だよね!!!でね私、この合宿で女子会と枕投げを毎日やるって目標立ててるんだ!みんな協力してねアハハハハ!!!」
普段と比べても明るすぎるさやかに、一同は笑みを浮かべつつも少し心配になっている。
「さやかちゃん、すごくテンション高いわ。私達よりも楽しみにしていたのかしら。」
「当然だよ梅雨ちゃん!だって旅行だよ!?ボーナス感すごい!」
蛙水梅雨のつぶやきに、さやかは3倍ほどの声量で返したために一瞬びくりと彼女は身を震わせてしまう。
「一応強化合宿って話なんだから、あんまりレクリエーションとか観光みたいな感じじゃないと思うけどな……」
「大体一緒じゃん!うおおおおお楽しむぞおおおお!!!」
このバス内で、最も声が大きいのはさやかだった。
その理由はこの旅行が楽しみで仕方ないから。それはA組のおそらく誰もがそうだろう。だが、彼女のテンションの上がりようは異様だった。少し危ない薬でも摂取してしまったのかのように。
しかし、彼女のこの態度を不思議に思う者はいない。彼女のこの状態は、現在の彼女の環境が原因だった。
「……耳がキンキンする。さやか、もうちょっと声小さくできない?」
「え?あ、ゴメン響香。そっか、個性か。」
「美樹、注意されるの三回目だよな。一回目は相澤先生から、二回目は爆豪からだったっけ。」
「えー?爆豪君のブチギレはノーカンでいいじゃん。」
今まで興味なさそうに外の景色を見つつ寝かけていた爆豪だが、この発言に突如として覚醒しぐるりと首をさやかの方に回した。
そして直前まで寝ていたとは思えない激しさで抗議する。
「ンだとゴラ俺の怒りの重さをどう見積もってんだ青髪ィ!」
「うーん、羽より軽いけど。」
以前のさやかならば、何を言ってもキレる爆豪に対して話しかけることなどなかっただろう。
しかしある程度の時間を一緒に居たために、慣れが生じてしまった。さやかにとって爆豪とは、キレていない方が異常運転の存在である。ちなみにまどかも同様だ。それに加え、キレていても直接的に手を出してこないなど妙な線引きがあることを感じ取っており、さやかとまどかはキレている彼が見た目の割に無害であることを徐々に理解している。
「テメエ……上等だコラ。バス降りたら面貸せ。」
「すまん爆豪、このクラスの中で一番軽いと思うぜ!」
「アァン!?テメエも面貸せブッ殺してやらァ!!!」
「ま、まあ爆豪君はともかく、僕としても興奮しすぎて羽目を外しすぎないよう進言させてもらうぞ、美樹君。それと席は立つべからずなんだ。万が一バスが急ブレーキをかけた際に転倒するリスクがある。」
「うーん、分かったよ……」
飯田が率直に戒めると、渋々という風でさやかは自律的に興奮を抑えようとした。飯田はさやかにインゲニウムの件で恩があるためにあまり水を差すことを言うつもりは、バスに乗った当初はなかった。しかしあまりにも目に余るために、結局委員長らしく注意する羽目になっている。
ただし数十分前も似たことを言われており、効果のほどはあまり周囲から期待されていないが。
この明るい空気の中、上鳴がふと漏らす。
「まーまー、暗いよりは全然いいっしょ。みんな美樹のこと心配してたしな。最近美樹は治癒関係でいろいろ苦労してるって話だしな!てか最近アレどうなったの?」
その瞬間、さやかのテンションが一気に半分くらいになってしまう。他のクラスメイトも「あ、マズい」と直感した。
「ゴメン上鳴君この合宿中はその話マジで止めて欲しい。」
息継ぎもなく放たれた言葉に上鳴は少し委縮した。
「……お、おう、悪い。もうこの話はしねえよ。」
「うん。…………でさー!中学の頃とかは私お土産にさー……」
何事もなかったようにするべく、暗くなってしまった空気を元に戻すべく努めて明るく話し出した。
この合宿は、さやかにとって高校生という日常を取り戻す非常に貴重な機会だった。最近のさやかの生活は、高校生というよりももはや要人。登下校時は護衛のヒーローに監視され、それでさえも防げなかった彼女を狙う犯罪者。治癒関係で心無い言葉を投げつけられることも多々あった。
お金を大量に得たことは大きなプラスだったが、彼女にとっては私生活が侵食されることのストレスの方が甚大だった。幸いにも、友人が比較的出来やすい彼女の性格により孤独には陥らず、雄英生の持つもともとの人の良さに助けられたことで、何とかメンタルを繋ぎとめた状態だったのだ。
そのような事情を知るがゆえに、A組の生徒たちはあまり強く彼女を宥めさせようという気になれなかった。
彼らとしては、本音ではいろいろと話を聞いてみたいと感じている。あのインゲニウムが再びヒーロー活動に復帰できるという話が出たときは、クラス総出でパーティが企画されたほどだった。それに加え、将来彼女の個性はヒーローとしてもかかわりを持つかもしれない。
そんな好奇心を抑え、今回の合宿では治癒関係の話は止そう、と。彼女の上鳴への反応を見て全員が心の中でひそかに決心していた。
「……おい、美樹。流石にそろそろ落ち着け。大目に見ていたが、これから世話になるヒーローにも同じ態度だったら流石に看過できん。」
場の空気にまったく遠慮する気が無い相澤は、他クラスメイトに出来ない鋭さでさやかに釘を刺す。
声からまずさを感じ取ったさやかは、また少し大人しくなった。
「す、すみません……でも、今いい所だからもうちょっとだけ」
「残念ながらそれもかなわない。いったんここで降りるぞ。」
「えっ?」
さやかだけでなく、A組の全員が怪訝な表情をする。
バスが停車した場所は、山道の中腹の小空間だった。積雪なら、タイヤのチェーンの付け替えにでも使われるのだろう。ここにあるものは場所だけで、人工物は道路とガードレールのみだ。
「……つか何ここ。パーキングじゃなくね?」
「オシッコオシッコォ!」
尿意が危険域らしい峰田だが、普段の素行のせいで彼に憐れみを向ける女子は残念ながらいない。
さやかはもちろん、特に人当たりの良いまどかもそうだった。
「うわ汚……」
「……峰田君はともかく、B組は?」
別々のバスとはいえ、B組も同時に出発した。別々のルートを辿るという話は事前になされていない。
「何の目的もなく、では意味が薄いからな。」
「……あれ、あの黒い車なんだろう?」
「トイレは?」
相澤の発言が終わった直後、いつの間にか駐車していた黒い車の扉が開く。
峰田の危機が迫る中、そこから溌剌とした声が上がった。
「ようイレイザー。」
「ご無沙汰してます。」
明るいヒーロースーツを身にまとった女性二人が現れ、注目が集まる。
「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」
ヒーローの登場に、一体何のイベントかと彼らは軽く呆けた。
「今回お世話になるプロヒーロー、プッシー・キャッツの皆さんだ。」
「連名事務所を構える4名1チームのヒーロー集団っ!!!山岳救助などを得意とするベテランチームだよぉ!キャリアは今年で12年にもなるぅべっ!!!」
「心は18゛!!!」
ピクシーボブは爪が付いたグローブで緑谷の頭をわしづかみにし問い詰める。グローブの爪がギリギリ食い込まない掴み方だ。
「心はぁ???」
「18……」
(必死かよ……)という突っ込みが彼らの心の中でありつつも、彼らは礼儀正しく挨拶を済ませた。
相澤も彼女たちに挨拶を済ませ、ようやくこの状況の説明が始まる。
「ここら一帯は私たちの所有地なんだけど、あんたらの宿泊施設は、あの山の麓ね。」
「えっ……遠?なんか嫌な予感が……」
確かに宿泊施設は見えるが、近眼の人間には見えないであろう程の遠さ。距離にして数kmは離れている。
何かを察した彼らは、適当な理由を付けてバスに戻ろうとする。しかし、それを見るプッシーキャッツは獰猛な笑みを浮かべていた。
「悪いね諸君。合宿はもう、始まっている。」
バスに乗り込もうとする彼らの前に、ピクシーボブが悪戯の笑みを浮かべながら立ちふさがる。
彼女は手を地面につけ、個性を発動。すると土がみるみる盛り上がり、津波のように彼らを襲ってしまった。
彼らは崖の下まで土に流される。それを見送ったマンダレイは、ガードレールから手を乗り出して下にいる彼らを覗き込んだ。
「私有地につき、個性の使用は自由だよ。今から3時間、自分の足で施設までおいでませ。この、魔獣の森を抜けて!」
すなわちこの苦難は、合宿の訓練の一つ。
ピクシーボブの妨害を潜り抜け、自分の足で合宿施設まで辿り着くことが目的のアトラクションだ。この合宿に参加した生徒全員に早速降りかかる、雄英らしい無茶苦茶な苦難だと言える。
しかし、2人例外がいた。
「あのー……私たちは?」
まどかとさやかは、土に飲まれた瞬間硬く目をつぶり身を固くしていた。しかし終わってみると、彼女たちは元の位置で同じように立っていた。
「……まあ、なんだ。流石にヒーロー科でもないのにアレをやらせると色々と問題になってしまう。」
彼はしごく不満そうにそう零す。
「あ、相澤先生が情けを!?合宿中集中豪雨とか来ないよね?」
「台風は来てないから安心しろ。まったくお前たち、俺をなんだと思っているんだ。」
「鬼教官。」
相澤はなんだとと言わんばかりにさやかを睨むが、ちらりとまどかに目をやると彼女もさやかの発言を否定する様子が無かった。
まどかとしては、相澤という人物を信頼している。しかし、A組生徒を入学式に出席させずさっそく個性把握テストをさせた話を聞いた時は、ヒーロー科は本当に自分に合わないものだと恐れを感じたのだ。
(世間一般の教員に比べれば、その評価は当然か。)
相澤は諦めたように頭をガシガシと掻く。
「あはは、まあ普通科の生徒からしたらそうだよねえ。」
プッシーキャッツの二人が、ヒーローモードを解いて少し気さくな雰囲気で二人に話しかける。
「まあ二人に関しては、色々理由があって私達と一緒に施設に来て欲しいなって思ってるの。イレイザーが言ったことも理由の一つ。というか、元々私たちが『二人くらい許してあげたら?』って進言したんだけどね。」
「俺としては、お前たちの個性なら突っ込ませても大丈夫だと思ってるんだがな。良い成長の機会であることは間違いない。」
「あと……もう一つ理由があって。人手が足りないの。」
「人手?」
「この合宿、すっごいハードスケジュールなのよ!まさに詰め込み教育の権化って感じ。あなた達の個性込みでも乗り切れるか心配しているくらい。……それで、大変なのは私達も同じなの。」
「この後、AB合わせて40人分の夕食を用意するでしょ?あの子たち、きっとへとへとになって施設に来るだろうから手の抜いたものは出したくないのよ。だから作り置きとかは出したくないし……というわけで、手伝って欲しい、ニャ。」
「猫が猫の手も借りたいって感じなんですね……確かにお昼までもう時間が無いですよね。」
まどかは手持ちのスマホを見た。すでに11時になろうかという時間。ここから40人分となると確かに大変だろう。
「あ、多分お昼じゃなくてお夕……いや、夜ご飯。魔獣の森は私の個性で作った土の妨害エネミーがたっぷりいるから、多分数時間突破するのにかかると思う。」
「……え、夜?マジですか?」
さやかは再び信じられないと、相澤とプッシーキャッツの二人を見た。
「そういうことだ。事前に言っただろ、この合宿はキツイって。言っとくが明日は今日のコレよりキツイぞ。」
「……ヒーロー科、私マジでやれる気がしない……明日大丈夫かな……?」
2人は、明日以降待ち受けるものを想像し身震いする。
確かに事前に訓練に一緒に参加させてもらうとは聞いていた。しかし二人は、言葉を選ばずに言えば、タカを括っていた。自分の個性ならばなんとかなるだろうと。
しかしまさかこれほどキツイことをさせることは予想外。肉体的な心配のみならず、ソウルジェムの穢れのことも頭によぎった。
「というわけで、あの子たちの為に相応のご飯を用意してあげたい。でも、私たちの個性だとどうやっても料理に活かせないのよ。ランチラッシュさんにでも来てもらいたかったわ……」
「事情は分かりましたけど……その、うーん……」
「……あれ、結構悩んでる感じ?てっきり『やった、楽できる!』みたいな反応するかと思っていたわ。普通科の子なんだからヒーロー科の子たちと同じように扱わないよう注意しないと、って気を張る必要、なかったかしら?」
まどかとさやかは渋る様子を見せた。
普通科の二人と聞いていたプッシーキャッツの二人にとっては意外な反応だった。
「だって、A組のみんながすごく頑張ってるのに、私達だけゆっくりするなんて……」
まどかは、ほむらが独りだけ戦いに行ってしまい、自分は殆ど何もできていないことを思い出していた。
「あの、私も正直みんなと一緒に居たいなって……。せっかくみんなと一緒に居れる機会だし、そういう時間は沢山欲しい、と思ってます。」
さやかとしても、ここから数時間彼らと離れることを惜しんだ。
キツイという脅しは恐ろしいが、今さやかが渇望しているものは友人との時間。それがさやかの背を押していた。
プッシーキャッツの表情が変わる。ヒーロー科でもないのにイイ感じじゃない、と。
「えっと、私たちが施設に向かうのって断るのは無理……ですか?」
「う、……正直滅茶苦茶来て欲しいけど、強制はできないわ。」
少しアテにしていた人手が無くなる残念さはあるが、彼女たちはそれを顔に出さないようにした。
代わりに、二人の為にあえて試すような厳しい顔を作る。
「君たちが強い個性を持っていても、絶対バテる辛さはあるよ。それでもいいのかしら?」
ピクシーボブは挑戦的な笑みを見せ、手を地に近づけていく。
その距離が近づくにつれ、二人の顔に決意が張っていく。
「……お、お願いします。できればお手柔らかに……」
「正直めっちゃ怖いけど、お願いします!」
「その意気や良し!行ってこいわかものどもー!」
「う、ちょ、きゃああああああ!!!」
2人は土流に流され、A組の居る方向に流された。
◇
「うお……ととと、みんな!さやかちゃんが来たよ!」
「わ、私も来たよ!」
土流に揉まれながらも、なんとか姿勢を戻し、魔法少女に変身してA組がいる場所に移動したまどかとさやか。
2人を見た瞬間、ほぼ全員の表情が明るくなる。ただし一瞬のことで、目下の敵にすぐに視線を戻した。
「っしゃきたー!」
「二人はA組じゃないから来ないのかと思ってたよ!」
「もともとそうだったんだけど、私達からお願いしてこっちに移動したんだ!……で、えーとこの土のま……魔獣は何?」
「俺達もよく分かんねえ。ドラクエめいた森でドラクエめいた敵と戦ってるってこと以外はな。」
周辺を見てみれば、敵の残骸であろう土の塊がそこかしこにある。
いくつかは撃破されていたが、施設方向の前方からくるものは数が多いらしく、いまだに何体も残っていた。
「おそらく、ピクシーボブの個性だ。彼女の個性『土流』によって操作された土の人形、ってところだと思う。これを何とかして施設にたどり着いてみせろ、っていうのが今日の合宿の訓練なんだ。」
「や、やっぱりスパルタ……」
「でも!魔法少女ちゃん二人が来たから!もうきっと余裕!」
「おう!ぶちかましてやれ、美樹!鹿目!」
「わかった!いっくよー!!!」
美樹さやかは、眼前にいた一体の土くれ魔獣に向かって走り出す。その速度はA組の誰もが目を見張るものだった。
まどかと違い、さやかは個性を使った戦闘訓練をした期間が短い。轟と飯田と緑谷はステイン事件で、芦戸は期末試験の頃に一緒に居たが、他のクラスメイトはモニター越しだった。それ以降、治癒に関するトラブルのせいで、彼女の戦闘面における個性は余り注目されてこなかった。
従って、大半のクラスメイトはさやかの個性の性能を今初めて目の当たりにしたこととなる。
「足元が、お留守!!!」
常人には目にもとまらぬ速度で、いわゆるオークのような怪物の足元に走りこんださやか。怪物はそれに気が付き、のっそりと手に持っていた土くれの棍棒を振り上げる。
しかし、それが持ち上がりきることは無かった。途中で突然ガクリと怪物がバランスを崩す。怪物が足を見ると、左足の脛から下が斬り飛ばされていた。
「遅いよ化物!まどか、いっけぇ!」
「さやかちゃん、任せて!」
斬り飛ばした方の足が地に着いたところで、弓をつがえていたまどかが矢を放つ。
頭部に正確に命中し、爆発。化物の残っていた体の部分も土に還った。「倒した」判定が下りたのだ。
流れるような敵の撃破に、A組の面々は沸き立つ。
「すげ……美樹の方も鹿目に負けず劣らず強えんだな……」
「相変わらず個性が羨ましいーーー!!!」
「てかお前ら、絶対なんか訳アリだろ!魔法少女的な何かが!今そんなこと聞く場面じゃないのは分かるけど、個性の秘密がスッゲー気になるぜ!」
「え、えーと……とりあえず後にしてくれるかな?」
「皆さん!気を抜いてはいけません。次が来ます!」
前方から、ドタドタと3体ほど先ほどのような化物が向かってきた。
「よーし、まどか!あれもちゃちゃっとやっちゃって!取り逃しは私が倒すから。」
「わかった!いくよ、みんな!んー、っと!?」
まどかが再び矢をつがえようとした瞬間、BOMB!という豪快な轟音と共に魔獣3体が光に包まれる。反射的に目を閉じた彼らが目を開けると、3体とも腰から上が粉々になっていた。
「……ッハ!見た目の割に大したことねえな!所詮は土の塊かァ!?」
爆豪勝己が立っていた。手から煙を出し、獰猛にそこに立っていた物の残骸を睨んでいる。
さやかは少しムッとした。
「ちょっと爆豪君!気を付けてよ!」
「アァ!?何だ青髪!」
「今、まどかが「いくよ!」って大声で言ってたじゃん!危うく巻き込むところだったよ!もう少し周り見て動いてよね!」
彼以外のA組のクラスメイトにはごく正論に聞こえる話だった。
だが、爆豪は全く悪びれる様子が無い。
「大きな世話だっつーの!ピンク髪の矢なんか目をつぶってても避けられるんだよ!」
「なっ!?やっぱりコイツの態度ムカつく……!」
「大体なァ!コイツらの個性なら気を抜いたら獲物を狩りつくされるに決まってんだよ!」
「え、獲物……?」
土の魔獣は、二人にとって「敵」であって、「獲物」という認識はない。
爆豪は、A組の生徒に向かい指をピシッと指す。
「テメエらも何ボサっとしてんだよ!?ヒーロー科ですらない奴らに負けてんぞ!」
「ええ……なにそれ?」
まどかとさやかは、突然何を言い出すのかと困惑した。
その間に、彼は次の獲物を求めて先に行ってしまう。協調性の無い行動に、さやかは呆れてしまった。
しかし、A組の生徒たちは思うところがあるようだった。
「……まあ、確かにちょっと思ってた。……うん、勝負。いいかもね。」
耳郎がふと漏らす。
普段爆豪に対していい顔をあまり見せない彼女が彼の意見に賛同したことのインパクトは、さやかにとっても、他の面々にとっても重みがあった。
「え、ええ?私とまどか、勝負とかしてたっけ?」
「いやそーいうわけじゃねえけどよ……さっきの倒しっぷりは見事だったなあって。」
「うん。さやかちゃんもまどかちゃんに負けず劣らずの戦いっぷりだったよね。」
褒める砂藤と麗日だが、普段笑顔で人を褒めることに躊躇が無い彼、彼女が、今回は少々不満げだった。
「ありがと……けど、なんでみんなそんな不満げなの?」
「不満……ああ、勘違いしないで欲しいが、君たちに不満がある訳じゃない。自分自身に不満があるのだ。おそらく、皆もそうだろう。」
障子の発言に、他のクラスメイトが頷く。
さやかとまどかは、中学や普通科では味わったことのない一体感を感じていた。
「……このまま順当にやってたら、キルスコア多分抜かれるよな。」
「このままだと、僕の個性じゃ出番ない、かも……」
「このままだと、私達、二人におんぶにだっこで歩くだけになるわね。」
彼らの表情に闘争心がのぞく。
直後、二人の横を冷気が通り抜けた。
その直後、前方から来ていた魔獣を炎が焼く。熱と氷の合わせ技で軽く爆風のようなものが発生し、他の土魔獣もダメージを受けた。
轟は魔獣を一掃すると、まどかを見た。
「体育祭の時は形式上俺の勝ちだったけどよ、俺は勝利だと認めきれねえ。鹿目、悪いが俺はここで『勝たせて』もらう。」
「……え?」
「先に行くぞ。」
轟は二人の前に走り出し、迫る魔獣を氷漬け、あるいは燃やし始める。
それはちょうど二人が魔獣を倒しにくくなるような位置関係だった。
さやかは小学校中学校をなんとなく思い出す。男子はこういう時、我を出して協調よりも競争を始める。それを見て、女子友達の中で「男子ってバカだよねー」と言い合うのがお決まりだった。
今は皆で協力してこの土くれを何とかしていく場面だろうと、内心やれやれと首を振っていた。ひと昔前と同じように、芦戸に声をかける。彼女ならば流石に自分の感覚に共感してくれるだろうと。
「三奈、お茶子、ああいうのってすごい男子って感じだよねー。絶対一緒にやった方が効率いいのにさ。」
「……」
「あれ、どしたの三奈?」
芦戸三奈は、しばらく轟が進んでいくのを見ていた。
しばらくすると、彼女は決心し、手に酸を溜める。
「ごめん、私も轟に賛成かな。」
「え、え?マジ?」
「えーい轟ー!まちやがれー!」
彼女は勢いよく走りだし、轟が捉え損ねた魔獣に酸を浴びせ始める。
疎外感のようなものを感じたさやかは、隣にいる麗日に懇願するようにその意志を尋ねた。
「お茶子は?お茶子も競走したいタイプ!?」
「ごめんさやかちゃん、私も先に行きたい。」
「えー!さっきの感想私だけー!?」
共感されなかったことに、さやかはショックを受けてしまう。
隣にいた麗日は、その様子を心配して頭をなでる。さやかは「うう……ありがと……」というが、競いたいという考えを変えるつもりはなかった。
「みんなもそうだと思うんよ。ほら、周り見て。」
「え、え!?」
見ると、他のA組クラスメイト達も前に進んでいた。攻撃性能を持つ個性持ちは見つけ次第魔獣を攻撃。そうでない個性も、例えば葉隠は敵の注意を引き付けるために走り、口田は鳥を呼び寄せ魔獣を妨害させる。ズボンがびちゃびちゃになってしまった峰田は、その恨みを個性の紫玉に込めて連投している。
麗日、さやか、まどかは置き去りにされている状態。麗日が残っているのは、二人が仲間外れになることを防ぐためだった。
「うすうす感じてたことだけどね。さやかちゃんとまどかちゃんの個性は、強い。」
「へ?あ、どうも……」
引き締まった表情で、麗日はそう口にした。
「いつも羨ましいって、みんな言ってる。私たちの個性に比べてできること多いし、力も強いし、それに見た目もかっこいい。二人みたいな個性があったら絶対いいヒーローになれるだろうなって。
今日のこれも、二人に前衛任せて動いた方が効率いいんだろうなって思ってた。でも、毎度毎度そんなことをしてたら、私達ずっと
麗日はそう言うと、耐え切れないとばかりに走り出した。
そして一瞬振り向いて二人に言葉を残す。さやかには別れのあいさつのように見えてしまった。
「だから今日は、前みたいなコネクトはナシ!一体でも多くあの敵を……いや、誰が一番ヒーローとして動けるかを、競いたい!だから、ヒーロー志望でもない二人にはなおさら負けられんってことや!というわけで、お先!」
麗日も前に走り去っていった。
残されたまどかとさやかは顔を見合わせる。
「……みんなすごい元気だね、さやかちゃん。どうしよう……?」
まどかは、そもそもこのような状況に慣れていなかった。どうするべきか分からない状態だ。
さやかもそうだったが、ここで置いてきぼりなどというのは耐えきれるものではなかった。
「どうしようって……そんなの。」
さやかは一歩前に進み、まどかの手を引いた。
「やるっきゃないでしょこんなのー!わ、私だって負けないんだからー!」
さやかはやけくその様に叫んだが、それほどやぶさかでもなかった。
◇
「競争どころじゃなかった……」
およそ午後五時。A組の生徒とさやか、まどかは施設に到着した。
しかし、無事にという状態ではなかった。全員服が薄汚れていて、息も絶え絶え。そして全員が一日で最も個性を使った日となり、人ごとに多種多様な疲労を抱えている。
まどかとさやかも例外ではなく、手持ちのグリーフストーンの量が心配になってからは「エネルギー切れ」などと誤魔化して魔法の使用をケチるようになり、そのせいで無駄に傷を負ったのだった。
施設の扉の前にある小広場にたどり着き、緊張の糸が切れた彼らはどっかりと腰を下ろす。
「何が3時間ですかぁ~!」
「……そ、それ、私達なら、って意味。悪いねぇ。」
「ピクシーボブもなんか疲れてる?」
「なんでそんなハッスルしてまで俺たちに試練を……ちょっとくらい手加減してくれよー!」
彼らほどではないが、ピクシーボブも軽く疲弊している様子だった。
「え、えっと、なんか君たちがこっちの予想よりも簡単に突破しそうだから、バランス調整した、ニャ!」
ピクシーボブが、疲労に負けないよう無理矢理意地悪な顔を作りつつ種明かしした。
A組生徒たちからはブーイングに近い声が出る。
「あー!確かに途中からなんか敵が固くなったり俊敏になった気がしてたんですけど、やっぱりそう言う感じなんですかー!?」
「余計なお世話すぎる……」
「途中からなんか変なのが混ざりだしたよな?」
「冷静に考えると土のワイバーンが空飛ぶっておかしくね?翼に鎖みたいなのついてるってもっとおかしくね?」
「『土流』とワーム型の敵は相性が良すぎです、ピクシーボブ……。でも、なんか体が妙に金属っぽかったのは一体……?」
「馬に乗った騎士って強いのね。どうせ個性社会以前の存在と、正直舐めていたわ。……でも、ハルバードを持たせたのはやりすぎだったと思うの。いくら土だからって、質量相応の重さが危険だったわ。」
「いやー……私もちょっと頑張りすぎたかなって。正直こっちもめっちゃ疲れたニャ……」
でも、とピクシーボブは続ける。
「そんなバランス調整をしても、君たちはこっちの予想よりも一時間くらい早く来た。特に、そこ4人!」
彼女は爆豪、緑谷、轟、飯田を指さす。
「躊躇の無さは経験値によるものかしらぁ~?」
獲物を見つけたかのように、舌なめずりをする。
「3年後が楽しみ!唾つけとこ~!!!ペッペッペッペッペ!!!」
「ちょ、ちょっと汚いですよピクシーボブさん!」
「私たちは女の子だから関係ないのかな……?なんだか早乙女先生みたい……」
30程度の女性が男子高校生に唾を付ける光景は犯罪的だった。まどかとさやか、他のクラスメイト達はピクシーボブから軽く距離を置く。
そこで、まどかの発言につっかかる人物がいた。
「おいピンク髪!テメエ今さらっと自分が俺達と同格発言しやがったな!?」
「え、いや、その……」
爆豪は唾を腕でガードしつつまどかに対してにらみを利かせた。
「あー、そう言えば轟君が競争とか何とかいってたね。」
「……悪い、途中から何体倒したかとか数えてられられなかった。あといい加減やめてくださいピクシーボブさん。」
「俺は数えてた。俺は101体、てめえらはそれぞれ94、89!つまりテメエらは俺より下!普通科が俺様に敵うわけねえんだよ!QEDィ!!!!!」
「…………ップ、わざわざ数えてたんだ……」
ガードに使っている腕で、器用に彼女に見えるように親指を下に立てるサインを見せる。
普通ならばまどかは悲しくなるが、彼の状況と発言内容の頓珍漢さにむしろ笑いが出てしまった。
幸いにも、それはピクシーボブがちょうど壁になる位置に来たために見られずに済んだ。
「数え方をすごいズルい方法使ってそう……」
「んだとゴラ!?証拠でもあんのか!?」
「あ……そう言えば、あの男の子は!どこのお子さんですか!?」
緑谷は、マンダレイの隣にいる赤い帽子をかぶっている少年を指さした。
「ん?ああ……この子は私のいとこの子供だよ。洸汰、ほらあいさつしな。一週間一緒に過ごすんだから。」
しかしその少年は、ムスッとしていて明らかに彼らを歓迎していない。
普通ならばその態度からあまり関わらないようにしようと考えるまなざしだったが、緑谷は構わず彼の傍に行った。
「あ、僕、雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね。」
緑谷は優し気な笑みを浮かべて手を差し出す。事前にピクシーボブにつけられた唾をぬぐうことも忘れない。
「……フン!」
「――――――――――!!!ア、ア……」
しかし彼は緑谷の股間を思いっきり殴りつけた。
緑谷はもはや声を出せなくなり、その場に崩れ落ちた。
飯田はなぜと抗議するが、洸汰は悪びれるどころか憎しみを込めた言葉を返した。
「ヒーローになりたい連中と、つるむ気はねえよ。」
彼はそれ以上何も言わずにその場を去ってしまう。マンダレイは、謝りなさいと言いながら彼を追いかけた。
それを見たまどかは、心配になり緑谷の近くに来る。
「えーっと……だ、大丈夫?緑谷君……?」
「ダ、ダイジョ……ダイ……」
緑谷はロボットのように答えた。
「……私、弟がいるんだけど、前にその、そこを強く打っちゃったことがあって、今の緑谷君みたいになっちゃって……それ以降ちょっと、時々怖がるようになっちゃったことがあったの。大丈夫かなあ、って思ってるんだけど……」
「鹿目、お前の気持ちは嬉しい。」
いつの間にか近くに来ていた上鳴が、まどかの肩に手を置いた。
しかし目はきつく閉じられ、涙すら浮かんでいる。
「でも、でもなあ!お前に緑谷は救えない!これは、俺達男子が生まれ持った罪と罰なんだ……!」
他の男子もうんうんと共感する。
まどかは、何もできない無力感が1割、男子たちの結束に困惑する気持ちが9割だった。
◇
マンダレイらが苦労して用意した夕食を豪快に平らげた彼らは、部屋にて荷ほどきを済ませた。
そして入浴の時間となる。
「すごい!旅館の温泉みたい!」
「……さやかちゃん、これ本当に温泉だよ!色がついてる。効能とかあるのかな?」
「あ゛あ゛~……マジで気持ちいい……本当に今日疲れたからありがたいよ。」
A組とB組は入浴時間が分かれており、まどかとさやかはA組の面々と一緒に入っていた。
「……うわ!ナニコレ!?」
さやかが突如驚きの声をあげる。指さす先、湯の中に不自然に水が存在しない空間があった。
A組女子は何事かと一瞬驚いたが、その現象に慣れている彼女たちはすぐに事態を把握する。
「ん?ああ、透ちゃんだよ。」
「え?あ、そっか。透明人間だから、そうなるんだ、ごめんごめん。」
さやかは友人に対して指さしなどをしてしまった罪悪感を感じた。
「ああ、よくあることだから気にしないで。さやかちゃん。これ、お風呂屋さん行くといつも驚かれるんだよ!頭にタオルでも乗せておけばよかったかな?他人から認識されないって、ぶつかられる時結構危ないんだよね。裸の時とか特に。」
「……前から思ってたんだけどさあ。」
さやかは葉隠透の見えない顔に視線を向けた。
「どうしたの?」
「体育祭の時とか、完全に他人から見えないようにしていたよね。」
「そうだね。気合を入れていたからね!」
「……てことはだよ、あの時本当に何にも身に着けていなかった、ってことだよね。」
「うん。足が痛くなったけど、我慢したんだ!」
「…………つまり人前で素っ裸ってことぉ!?」
「ほ、本当なの透ちゃん!?身につけたものは透明になるとかじゃなくて!?」
まどかとさやかは顔を真っ赤にして彼女に詰め寄る。
「ええ?うん、私、他の物体を透明にするのはできないんだ。二人みたいに色々できるわけじゃない。でも、ヒーロー科としてやっていっているからひとまず問題なしって感じかな!」
「そーいう問題じゃないでしょうがあ!」
ガクガクと彼女を揺さぶるさやか。まどかはあわあわと手を動かすばかりだった。
その様子を見て、A組女子の面々は感動すら覚えたような様だった。
「……言われてみれば、ウチらなんでこのことに突っ込んでいなかったんだろ。」
「私たちは慣れちゃったけれど、普通そういう反応よね、ケロ。」
「い、一般的な感想のはずなのになぜか私感動してる……!」
「どうして今まで私は何も思わなかったのでしょう……葉隠さん。見えないとはいえ、もっと自分を大切になさった方が良いと思われます。殿方にみだりに肌をさらすべきではないと、幼いころから何度もご教授いただきましたわ。」
八百万の発言に、他の女子たちは「え゛」と声を出してしまった。
「あんなコスチューム着てるヤオモモが言えることじゃないんじゃないかな、それ……」
「?私はヒーローとして必要なコスチュームを着ているだけですわよ……?」
「え、マジでなんとも思ってないの?アレを?マジで?」
「はて……?」
八百万は本当に分からないという風に首をかしげる。さやかは引いた。
「……ヒ、ヒーロー科って成績もそうだけど感性も変な人しかいない説……?」
「ちょっとさやかちゃん!私達を変人の集まりみたいに言うつもり!?私は常識人だよ常識人!ね、まどかちゃん!」
芦戸がまどかにそう言って迫るが、まどかは返答に困っていた。
「う、うーん……みんなとってもいい人、すごい人だと思うんだけど、人間力的な意味で凄くて、私なんかじゃついていけないんじゃないかな……って思う時はあるかな。」
「ガーーーーン!?そんな距離の取られ方があるなんてぇ!」
芦戸はうなだれた。
他のA組女子も、このタイプの感想には直面したことが無いらしく、真剣に悩む表情を見せていた。
「そんなこと気にせんでいいのに……」
「ウチら、ちょっと前まで普通の中学生だけどね。立派になった実感なんて全然ないなあ。」
「まどかは優しいし、さやかは一緒に居て楽しいし、全然私たちに負けてないよ。」
「まあ確かに、ヒーロー科のみんなって人間的にスゴ!って感じることはあるかな。比べるのは悪いかもだけど、中学のころと比べると……みんな尊敬できる人だなって思える。女子も男子も。」
「あー、すごい分かる!中学の頃も楽しかったけど、高校の今はすっっっっっっっごくみんなと一緒に居て楽しい!」
「うん、ヒーロー科の人たちってみんな」
このまま友情のボルテージが上がりかけようとしたとき、それをぶった切る声が聞こえた。
「求められてんのはこの壁の向こうなんスよ……」
その声は普通の大きさだったはずなのに、女子の警戒心を一気に膨らませた。
芦戸は、自分のクラスのセクハラモンスターを制御できていないことに恥ずかしさを感じてまどかとさやかに謝りたくなってしまった。
「……ごめん。みんなじゃなかったね。」
「あ、アイツマジでなんなの?いっつも胸とかお尻とか見て来るし!下ネタばっかりだし!中学でもあんな奴いなかったよ!?」
「峰田君は……なんなんやろうね。私達にもよく分からないや……」
麗日は諦めたようにつぶやいた。
その間にも、性欲モンスターは迫りくる。
「今日日男女の入浴時間ズラさないなんて事故……そう、もうこれは事故なんスよ……」
ぺたぺたという足音から、峰田が壁に近付いていることが感じ取れてしまう。
「……なんかすごい不吉な予感がするんだけど。」
「ま、まさか、ね。覗きとかするわけ、ないよね。ヒーロー科なのに。」
まどかがお願いするように言ったが、彼から発せられる言葉は無慈悲だった。
「壁とは超える為にある!Plus Ultra!!!」
峰田は個性を使って、壁をヌルヌル登り始めた。女子からすればゴキブリの滝登りのように見えるだろう。
動きは洗練されていて、まるで何日も前からこの状況を想定していたようなものだった。
それを感じ取ったまどかは、パニックに陥ってしまう。
「キャーーー!エッチ!変態!」
「あ、ちょ、まどか!いったん」
周囲の女子は止めようとしたが時すでに遅し。まどかは一瞬で弓を作り出し、魔法の矢を壁に向かって放った。
「うわあああぁぁあぁ!?ちっくしょおおおおおお!!!」
壁の向こうからドカドカという音がする。峰田が壁から落ちたことによるものだろう。
普通ならば怪我を心配する場面だが、峰田は今まで何度女子に制裁されても立ち上がりセクハラを続ける猿並みの生命力を持つ男。この程度で死ぬことを心配する必要はない。
だが、今回は別のことを心配する必要があった。
「あ!洸汰危ない!」
「え!?」
壁の上には洸汰が隠れて立っていた。彼は事前に峰田が何か良からぬことをしないかを見張るよう言われていた。そのために壁の上に待機していたのだが、まどかが放った矢に驚いてしまい、男子浴場に落下してしまったのだった。
「……ご、ごめん!もしかして人がいたの!?」
「大丈夫!僕がキャッチしたから!僕、洸汰君をマンダレイのところに運んでくる!」
「よかった……」
緑谷の返答を聞き届け、まどかから峰田への恐怖が抜ける。そうして冷静に状況を把握できるようになって、自分のしたことに対し不安を募らせた。
「……ど、どうしよう。洸汰君が怪我しかけちゃったし、壁に穴が……」
「絶対平気だと思う。峰田が100%悪いし。まどかが責められることは絶対ない。」
後の話だが、男女を隔てる壁に穴が開いてしまったのは確かだ。しかしこの件で補修作業をさせられたのは峰田。合宿のハードスケジュールに存在するわずかな休憩時間を、彼はこの穴をふさぐ労働作業に充てることとなる。
「あの穴なら覗こうとしない限りは覗けない位置だよ。……男子、覗くなよー!」
「「「の、覗かねーよ!」」」
堂々としているとは言えない返答。
女子たちは、覗こうとしていたことを否定しきれなかったと感じられてしまい、懐疑の目が男子たちに向けられるようになってしまった。
◇
「……今の話は本当ですか、ラグドール。」
「ええ、真実よイレイザー。……このこと、あの子たちにどう伝えればいいのか、あちきにはよく分からないの。……できることなら、言いたくない。」
「それでも、やらなければならないことです。俺が中心になって話します。ラグドールは同席お願いします。」
「もちろん。あちきには人の秘密を見た者としての『責任』があるニャ。」
「『個性使用原則禁止』……さて、一体何から話したものか。」