零式オメガをしばいていたので遅れました
ヒロアカアニメも最終シーズンですね 作画がヤヴァイです(こなみ)
合宿初日から数日ほど前のこと。
佐倉杏子は、この日も嫌がる脳に鞭打って机に向かっていた。
「っああーーー……!今日も乗り切ってやったぜ……。」
計算ドリルの最後の一問を解き終わった彼女は、解放され大きな伸びをする。
しかしその直後、リラックスした精神が強制的に引き締められた。伸びた腕はそのままに、首だけせわしなく動いた。
建物中にブザーが鳴り響いたのだ。同時に、部屋が薄暗くなる。停電が発生したのだ。
「ん……なんだ?事故か何かか?」
耳をすませば、遠くの方でドカンという音が聞こえた気がした。「全員、その場におとなしくしておくように!」という指示がドア越しに小さく聞こえもした。もしかしたら襲撃でもあったのかと、佐倉杏子は念のために槍を手に持つ。
しかしそれきりで、部屋に誰かが近づいてくる音もない。あわただしく走り回る足音は聞こえるが、殺気立ってはいなかった。
身を固くしていた杏子だが、少しずつ緊張が抜けていく。
「はぁー……まったく、勘弁してくれよ。こっちはこれからここの美味い飯を食うってのに……ッ!?」
彼女は反射的に飛びのいた。
「あれは……前に見た、あの時の……!」
目の前に、黒い靄が現れた。それを見て、佐倉杏子は警戒レベルを最大までに引き上げる。
それはかつて、この世界で佐倉杏子を最も追い詰めたあの
決して開口部の直線状に立たないようにしつつ、いつでもそこから出て来るものを攻撃できるように構える。
「……まてまて、俺に敵意は無い。話くらいは聞いてくれないか?佐倉杏子さんよ。」
「はぁ?」
しかし最初に出てきたものは、礼儀を取り繕った男の声だった。
現れたのは、全身に手の人形のようなものを装着した不気味な
戦闘する意志が無いことを感じ取り、警戒しつつも攻撃することはとどまった。
「初めまして、俺は死柄木弔だ。話をしに来た。」
「自己紹介は必要なさそうだな。悪いけど、アタシはアンタたちとは話す気は無いんだ。」
「なんだと?」
不機嫌さが混ざった声に感じられたが、表情が全く見えないために杏子は感じ取った感情の揺れを無視することにした。
彼女は死柄木から決して目を離さず、槍で閉じかけの黒いゲートを指す。
「あのゲートは前に見たことある。あんたたち、AFOっていう奴の仲間なんだろう?」
「……先生のことを知ってるのか。」
「そうだ。認めてくれるってんなら、話は早い。そいつは前にアタシを襲って、アタシは死にかけた。ついでに、アタシはAFOという人間そのものが大っ嫌いだ。そんな奴のお仲間と、仲良くするわけねーだろ?」
佐倉杏子は、敵意をむき出しにして槍を死柄木に向ける。
彼女の脳内には、さっそく殺害の選択肢が浮かんでいた。
(なんだっけかな。ほむらのいる学校を襲った連中の一人……だったか?ほむらが言うにはそんなに強くないらしいけど……でも、殺してやった方があいつらの為になるし、手足の2、3本はへし折ってやろうか?)
この場で殺害行為をすると面倒ごとになるとはいえ、無力化くらいはするかと殺気を漲らせる杏子。槍にじりじりと魔力を込め、威圧感を叩きつける。
それを感じ取った彼は、まるでお手上げとでもいうかのように手をあげた。
「おいおい、頼むから話くらいは聞いてくれって。はぁ、わかったよ。言っちまうとな、俺は贋物なんだ。個性で作った分身。その証拠に、ほらよ。」
彼は、自分の頭に手を当てる。すると、みるみる頭から崩壊し、最終的に塵になって消えてしまった。
その直後、再び靄のゲートが開く。そして今しがた消えた人物とまったく同一の存在が姿を現す。
(……つまり、相手はアタシをいつでも襲えるってことじゃんか。クソ、厄介だな。あのゲートに飛び込んで向こうにいるやつを……危険すぎるか?)
警戒する杏子に対し、その緊張をごまかすように、彼はヘラヘラと話しだす。
「俺を信用できないっていうお前の言い分は分かるけどよ。こうして奇襲もせずにノコノコ姿を見せたんだ。話くらいは聞いてくれよ。こっちは苦労してこの状況を作ってんだからさ。頼むよ。」
「この停電はアンタたちの仕業かい?」
「そうだぜ。ついでに言えば、他にも準備してきたものがある。ほら、あんたにやるよ。」
「……なんだこれ?」
死柄木は、置いていたビニール袋を彼女の前に置く。そしてそこから一歩身を引いた。
槍先でつついて問題ないことを確かめ、杏子は恐る恐るそれを開けた。中身を見た杏子は、一気に目を輝かせた。
「おお!今アタシが一番欲しい物じゃん!
「だろ?」
袋の中にあった物は、大量の菓子類だった。
この施設内でも、この類のものが杏子に提供されたなかったわけではない。しかし、この施設はそもそも高校生程度の女性が居住することを想定していなかった場所。
そこで提供される食事は、ヒーローとして訓練を受ける人間向けの内容だ。健康面での配慮が中心であるがゆえに、スナック菓子などほとんど提供されない。
ここに入るまでは主食と言えるまでに食べていた杏子にとって、それが無いことはじわじわとストレスを生んでいたのだ。
「さっそくいただき……あっ!待てよ?怪しい奴からの食い物には気を付けろって、昔聞いたことがあるぜ。」
毒の可能性にすんでのところで思い至った彼女は、危ないと手に取った菓子を袋に戻す。
死柄木はその一つを取り開封。日本国民では知らぬものがいないほどの細い棒状の菓子だ。中身と適当にシャッフルしてから一本を口に入れる。
「ほら、毒なんか入れてねえからよ。」
開封した袋を彼女は受け取った。中身を半分ほど一気に取り出し、口に放り込む。途端に懐かしさを覚える甘みが広がり、佐倉杏子はご満悦の表情となった。
その表情の落差に、死柄木は間違いなく驚いていた。
「……驚いたな。そこまで喜んでもらえるとは思わなかったぜ。」
「ここの食い物は無駄にヘルシーなんだよ。ったく、アタシの体は頑丈だからちょっとくらい偏ってても平気だって言ってんのにさ。」
「そいつはまァ、なんとも窮屈な話だな。」
そう言っている間にも、杏子はバリボリと菓子を口に放り込む。死柄木がしばらく話しかけることを躊躇する勢いだった。
袋の中身を食べきり、ついでに部屋に常備されていた水道から水を取ってグビッと飲み干す。
機嫌がよくなった彼女は、床にどかりと、胡坐を組んで行儀悪く座った。
「まあ、座れよ。話くらいは聞いてやる。」
「俺が言うのもなんだけどよ、菓子一つでなかなかの変わりっぷりだな、お前。」
「なんだよー、別にいいじゃねえか。」
死柄木は、促され同様に座り込む。
表情が見えない死柄木だが、心なしかホッとしていたような雰囲気だった。
「さて……だ。話ってのはな。さっき言った通り俺たちの仲間にならねえか、だ。俺たちは
「んー?ああ、なんかテレビでやってたな。雄英高校を襲った、とかなんとか。」
大切な友人の居る場所を襲った時点で杏子が仲間になる選択肢など頭から消えているが、もしかしたらAFOに繋がる情報が出るかもしれないと考え、彼女は話を合わせることにする。
「そうそう、それだ。ついでに言うと、保須市の事件で脳無を操っていたのも俺達だぜ。」
「へー、そうなんだ。ステイン以外にもそんなことがあったんだなぁ。」
「なっ……ッチ、今はそういう話をしたいわけじゃねえ。」
死柄木は湧き上がる嫌悪感を何とか抑え、話を続ける。USJの頃のガキみてえな俺じゃねえと自分に言い聞かせて。
「で、俺達は今、次の行動を起こす準備をしている。ヒーロー社会を壊すための行動だ。」
「何をする気なんだ?」
「悪いが、それを説明するのは俺たちの仲間に加わるってお前が言った後だ。」
無駄に情報漏洩対策をしやがって、と杏子は心の中で悪態をついた。
「まあ、すぐにお前の協力が取り付けられるとは思ってない。ただ、お前と話をしたかったんだよ。」
「……はぁ、分かったよ。おべんちゃらはいいからさっさと続けな。もたもたしてると、ここの施設の人間が来ちまうよ。」
「ああ。それでな。お前は俺達を信用できないだろうが、ヒーローのことも信用していないはずだ。」
「ふむ……」
実際、今でもヒーローのことはいけ好かない。力を無駄に見せびらかし、そして実際に成果を出して人々から称賛される。杏子が過去になしたかったことを、すらすら実現していく彼らのことはどうしたって苦手だった。
ただし、約束を守る信用という点では悪くない。杏子のことを色々と探ろうとする動きは相変わらずだったが、彼女に食事や寝床を与えていたことは評価していた。囚われの身ではあるが、人権に配慮しようとする扱いは感じられる環境である。
彼女としては、以前のような気ままな生活の方が性に合っていることは間違いないが、ここの生活も絶対に嫌と言うほどではない。
「何より……家族をヒーローに殺されている。そんな連中をぶっ潰すための作戦。それにお前を誘ってるんだ。」
「おっと、そこまで調べ上げてんのか。」
たびたび遡上に上がる、事実だが事実ではない過去。杏子としても時々リアクションに困ってしまう話題だった。
「お前はヒーローを憎んでいる。当然だ。表では正義の味方ヅラして、裏では都合の悪い連中をぶっ殺す。
「ふーん……まあおかしな話でもないな。」
「そこで、お前の力を借りたいってわけだ。俺はな、お前のことを、お前の生きざまを尊敬してるんだぜ。」
「……へぇ?」
尊敬しているなど言われたことは初めてで、彼女は少し興味を惹かれた。
彼を良く知る者ならば、このような歯が浮きかねない賞賛を決して他者に対してかけないものだが、この時はその種の苦痛を感じていないようだった。
「あたしの何がいいのさ?」
「自分の力で、嫌いな奴をぶっ壊して、個性を磨いて生きてきたのがお前だ。誰にも頼らず、お前自身の力で、個性でだ。調べていて、こっちが恥ずかしくなったぜ。俺は先生に頼りっきりで生きてきた身だからな。」
「確かに、いろいろと苦労はした。飯が手に入るかも運だったし、寝るところには困るし。風呂にだっていつ入れるかわからねえ。」
「その中で、お前が培ってきたものはヒーローをぶっ壊す手がかりだ。特に戦闘能力。マスキュラーと戦った映像は見た。お前なら、この腐れ切ったヒーロー社会に大きな罅を入れられる。俺はそう確信できたぜ。」
「こりゃまた随分と良い評価だな。」
「そうさ。俺だけでなく、連合のメンバー皆がお前が来てくれれば心強いって言ってる。お前はこんな窮屈なところに囚われていい器じゃない。……っていうか、お前はここで普段何してんだ?一日の内ずっとダラダラ過ごしてるなんて訳ねえよなあ。」
「勉強させられてるんだよ。はぁ、これマジでダルすぎるんだよ……ほんとにさぁ……」
これは本心だった。まどか達も頑張っているというから、仕方なく自分も何とか机に齧りついているが、これを面白いと思ったことは殆ど無い。社会科目は今までの生活にほんの少しだけ結びついているところがあって面白いと感じることがあったが、他は完全に関心の外だ。
ここを出たら勉強の本なんて全て燃やしてやる!というのは彼女のひそかな目標である。
それを聞いた死柄木は、大仰に呆れたというジェスチャーを取る。
「マジか!世紀の大
「それはもう本当に、そう思うぜ。」
吐き出してスッキリしたのか、彼女は笑みを浮かべてさらに菓子を口にかっ込む。
「だからよ、俺達と一緒に
「ふーん……でも悪いけどさ。」
死柄木の喋りは盛り上がるが、佐倉杏子の気分はそれに全く付いて行かない。
そしてここらが頃合いかと、杏子は彼の言葉を遮った。
これ以上、無駄なお喋りをさせるのも気が引けるように感じられたのだ。
意味不明だろうなと思いつつも、彼女は菓子を齧りながら拒否を口にする。
「アタシの説得は諦めな。アタシはアンタ達、
明確な拒否を受け取った死柄木は、露骨に気分が悪くなる。
黒霧に何度もしつけられた「物を頼む人間の態度」を崩さないように必死だった。
「……なぜだ。憎いヒーローをぶっ壊す。利害は一致しているはずだ。」
「あー、それなんだけどな。アタシ、ヒーローは嫌いだけど憎んじゃいないのさ。」
「はぁ!?」
死柄木はあり得ないとばかりに立ち上がり、手を広げ詰問し始める。
しかし杏子の頭にあるのは「さっさと帰ってくれねえかなあ」ということであり、面倒くささを強く感じるだけだった。
「なんでだよ?家族と仲が悪かったのか?」
「いんや。良い家族だったよ。知ってると思うけど、神様の元で働くに値する父ちゃんだったぜ。」
「はぁ?じゃ、じゃあ実はヒーローとは別の何かが殺したのか?」
「そんな話は知らんさね。まあ向こうも認めている話だから、多分事実だよ。」
「認めてんのかよ!なら、なんで憎まねえんだよ!?」
「いろいろあってねえ。説明しても絶対信じてくれないから理由を言うつもりはない。」
杏子は伸びをするように立ち上がり、再び槍を生成して唖然としている彼の後ろに向けた。
「わかっただろう?アタシを仲間に入れるなんて無理だよ。コイツに免じてアンタのことはここの誰にも言わないでやるから、もう帰りな。」
杏子は菓子の箱を新しく開け、中身をガッと口に突っ込んだ。「まあほむらには次会ったときテレパシーで伝えるけど」と脳内で死柄木に対し舌を出しながら。
「ンンアアア……!なんなんだよ、何がどうなってんだよチクショウが!!!」
交渉に応じる気が無くなったことを察した死柄木は、比較的丁寧な態度をやめ彼女を睨みつける。
佐倉杏子はそれを真正面から受け止め、しばらくすると死柄木は「ッチ!」と唾が飛んでいるのではと感じられるほどに舌打ちし。
不潔だと指摘され必死に我慢してきた首を掻きむしる行為を我慢しなくなり、不潔なものをまき散らす。
「クソ、予定が崩れた。何がどうなってやがる……でも、俺は諦めねえぞ、佐倉杏子。お前を絶対こっちに引きずり込んでやる。」
「無駄無駄。なんど来ても同じさね。」
忌々しく彼女を睨みながら、死柄木は再び開いたゲートに姿を消した。首からは掻きむしりすぎたおかげで血がにじんでいる。
彼女からすれば、今回の出来事はタダで菓子類を手に入れたというのが結果。
ラッキーだと次々開封して口に放り込みつつ、ささやかな喜びの中でふと言葉を漏らした。
「アタシも、さやかみたいに変なのに絡まれる人生なのかなぁ……。」
◇
夜9時半を過ぎたころ。
普通の修学旅行ならばまだまだ部屋でどんちゃん騒ぎをしたいであろう時間だが、ヒーロー科の彼らは就寝を視野に入れ始める者がいた。
というのも、次の日は5:30に朝食を済ませ外に集合と言われているからだ。初日の無茶苦茶な魔獣の森の試練もあって、寝なければ本当に明日に響くと危機感を感じているのだ。
美樹さやか、鹿目まどかはそのスケジュールに対して文句を言う故はない。もともとヒーロー科の厚意で同伴させてもらった身である上に、二人も同じく集合するよう言われている。
とはいえ、特に美樹さやかはヒーロー科の彼らに比べて旅行気分は強く、時間ギリギリまでどうやって同部屋のA組女子とおしゃべりする時間を作るかに頭を使っていた。
しかし残念ながら、その思考に費やしたエネルギーは無駄になってしまった。
「遅くに呼び出してすまんな。」
「ホントですよ!私の「修学旅行でやりたいことリスト」全部埋める計画が早速破綻したんですよ!?」
「内容は知らんが多分無理だから諦めろ。明日からさらにハードだぞ。」
2人は、生徒たちの居る部屋から少し離れた位置の部屋に呼び出された。同じ部屋にいるのは相澤、ブラドキング、そしてプッシーキャッツのヒーローの一人だった。
「えーっと、相澤先生と、確かブラドキング先生と……」
「ああ、二人は知らないか。紹介しよう。プッシーキャッツのラグドールさんだ。」
「猫の手 手助けやって来る!ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」
「……なんか声が小さいですね?」
「夜だから、迷惑かけないようにね!」
こんな場でまでパフォーマンスをする彼女に共感性羞恥のようなものを少し感じつつも、二人は世話になる相手に頭を下げた。
「えっと、美樹さやかです。」
「鹿目まどかです。えーっと、合宿中はお世話になります。」
「ええ、こちらこそよろしくにゃ!さて、少し長くて大事な話になるからとりあえず座るにゃん。」
5人は用意されたソファに腰を下ろす。
プロヒーローの3人の表情が遊びを無くしたものになり、一体何の話なのかと2人は身構えた。
「さて、本題に入ろう。呼び出したのは、君たち二人の個性について話すためだ。」
「個性……ですか?」
「今まで色々と君たちの個性に関して検査なり検証してきたわけだが、今回非常に重要な情報が彼女から得られた。」
「うん。あちきの個性、『サーチ』!この目で見た人の情報、100人まで丸わかり!居場所も弱点も!」
「えっ!?」
まどかとさやかは固まってしまう。
そしてせわしなく目配せを始めた。
(ど、ど、どうしよう!?絶対何かバレたよね!?)
(ヤバ、ほむらがブチ切れる様が目に浮かぶよ……と、とにかく余計なことは言わないように全力で会話を合わせるよまどか!)
(う、うん……)
今まで秘密にしてきた、魔法少女のあれやこれらが確実に何かバレたということ。ほむらなどに「面倒ごとを引き起こしかねないから黙っていよう」という話になって以来、苦労して守り続けてきた。
恐怖と友達への申し訳なさが心の中に渦巻く。ここでの話は、今後の彼女たちの生活を大きく変え得ることは確実だ。
「えーっと……わ、私たちの個性を見たってことなんですか?」
「そうにゃん。二人が魔獣の森で必死に戦っている間、遠くからこっそり見せてもらったにゃん。」
「そうなんですか……。それで、えーと、何か見えたんですか?」
「色々とね。2人の個性『魔法少女』なんだけれど……よく分からないにゃん。」
「分からない?」
ヒーローは、安心感を与えるために話術に関しても磨いている者が多い。災害救助などで活躍するプッシーキャッツなどはその典型だ。
その聞きやすさを保つために、ラグドールは相当に頭を回転させているようであり、時折視線を上に向ける様子があった。
「そうね、その前に、あちきの個性について少し説明するにゃん。まず個性名ね。これ、本人が自認している名前が出るにゃん。例えば、お役所に『水鉄砲』って届けていても、本人が『いや、自分の個性は「噴水」だ!』って思っていれば、あちきの目には『噴水』って出るの。」
「へー……」
「だから、君たちが自認している個性の名前が見えた。ここまでは良いの。もう一つ、その個性がどんな個性かもわかるにゃん。おおよその情報がね。それで、君たちを見た結果なんだけれど、他の個性とはいろいろと違う特殊なものに見えたにゃん。」
「特殊?」
自らの個性の特殊性に心当たりしかない二人は、身を固めることで、動揺を出さないことに精いっぱいだった。
「なんかこう……言葉にしづらいんだけれどね。刻一刻と読み取れる情報が変化しているというか……まどかちゃんだと、『みんなの為に弓を放つ個性』だっと思ったら、次の瞬間には『可愛い天使のような個性』になって、かと思ったら『魔獣を貫く光の個性』になって……みたいな?」
「え、えー……?」
まるで思考がそのまま読み取られたかのような名称の陳列に、まどかはうすら寒い物を覚える。
「こんな個性はあちきも初めて見たにゃん。本当に不思議な個性。多分、普通の個性とは違う起源を持つ気がするにゃん。……でも、それは一番大事な話じゃない。」
ラグドールの視線が一段鋭くなる。まん丸だった目が細長く見えた。
「えっと、その一番大事な話って一体……?」
「あーとね、その……」
ラグドールは口ごもる。視線を少し下に向け、言葉を口の中で転がし始めた。
ブラドキングとイレイザーも何か言いたげだった。しばらくイレイザーはラグドールの様子を見守っていた。しかし、彼女にそれを口にする勇気が出るには時間がかかりすぎると判断した彼は、はっきりとその事実を二人に告げた。
「やはり俺から言います。美樹さやか、鹿目まどか。君たちの個性は、使いすぎると死ぬ可能性がある。」
「…………」
もともと知っていたこととはいえ、改めて宣言されると二人の心には暗いものが訪れてしまう。
しかしその二人以上にラグドールは彼の発言に慌てた。
「ちょ、ちょっとイレイザー、ハッキリ言いすぎにゃん!こういうことはもう少し段階ってものが……」
「事実を告げずに死ぬ方がはるかに問題でしょう。二人とも、よく聞け。君らは今後、個性は緊急時以外は使用禁止とする。」
「えっ!?ちょっと、なんでですか!?」
イレイザーとしては重要な事実を真っ先に告げたつもりだ。しかし、まどかとさやか、ラグドールはそれを気遣いだとは思えなかった。
「ラグドールの説明によるとな。君たちの個性は君たちが持つ、『正エネルギー』なるものを消費して力に変えているらしい。そうですね、ラグドール?」
「う、うん。あちきが見た限りは、そうにゃん。」
「『正エネルギー』?」
身に覚えのない単語に、二人は首をかしげる。
「えーっと、それはあちきが勝手につけた名前にゃん。こう……とにかくイイモノ!みたいな感じ?集まるとハッピー!みたいな感じのエネルギーだにゃん。」
ラグドールは身振り手振りでハッピーな感じを表現しようと体を大仰に動かした。
「……なんですかそれ?」
「ごめんね、あちきも初めて感じ取るから表現が難しいにゃん。とにかくそういう感じものがあって、それを消費しているのが君たちの個性にゃん。」
「なるほど……そうなんですか。」
「それで……そこからなんだけれど……」
ラグドールはまたも口の中で言葉を転がしたが、今回は唾をのんで二人に正面から言葉を続けた。
「二人が個性を使うと、『正エネルギー』が減る……だけじゃなくて、それが『負エネルギー』になるにゃん。これもあちきがつけた名前なの。とにかく集めたら不幸になりそうな感じのものにゃん。」
「……い、嫌な感じですねー。」
「それでね。一番問題なのは、それがどこかに消えたりせずに二人の体に蓄積されることにゃん。」
「……えっと?」
「つまり!二人の個性は使えば使うほど、悪いモノが体内に溜まってしまう個性ってことにゃん!」
これを言うと、ラグドールとブラドキングは一層顔を暗くした。
ブラドキングは、ショックを受けているであろうと推測して二人に声をかける。
「楽しい合宿のつもりで来たんだろうが……こんな話になってしまってすまないな。個性は人のアイデンティティそのものだ。それを否定するような話、俺だって君たちの立場なら聞きたくないことだ。だが……君たちは知っておかなくてはならない。個性事故で死んだなんてことになったらもう取り返しがつかないからな。だから、ラグドールの話にもう少し耳を傾けて欲しい。できるか?必要なら少し休憩を……」
(休憩ならほむらちゃんやマミさんと相談する時間が欲しいよね、さやかちゃん。)
(電話、うーん、会話の内容聞かれたらいやだし……あ、そうだメッセージならいけるかな?ほむら、は多分スマホ出れないだろうけれど、マミさんなら、もしかしたら通じるかも!)
(あんまり時間はかけられないけど、すこしでも相談しないとね!)
「ね、ねえ君たち……」
「は、はい?」
ラグドールが二人を怪しんでいた。悪い相手に向ける表情ではなかったが、驚きが半分混ざった懐疑だった。
イレイザーとブラドキングは、二人の沈黙を心の整理をつける時間だと認識する。
「……やはり休憩が必要か。積もる話もあるだろう。別室で少し話してくるといい。」
「は、はい。そうさせてほしい、です。」
プロヒーロー3人のそれぞれの思いが乗った視線を背に受けつつ、二人は15分ほど別室で休憩を取ることとなった。
ヒーローたちの視線が切れた瞬間にメッセージアプリを開き、巴マミがいるチャットルームを開く。「マミさん、大事なお話があるんです!」というメッセージに10秒ほどで既読が付き、二人は安堵のため息をついた。
◇
「えーっと、お待たせしました。」
2人はきっかり15分が経過したころ、元の部屋に戻った。
時間をかけすぎたのではと二人は心配していたが、3人の様子を見る限り不審がっている様子はなかった。
「心の整理はつけられたか?」
「はい……ショックな話ですけど、やっぱりこんないい個性がタダで手に入る訳なかったなって。」
「ああ。俺もその直感は同感だ。実を言うとな、二人をここに連れてきたのはラグドールさんに見てもらうためだったんだ。もちろん美樹の慰安ということも事実ではあるが、やはり個性の調査の方が比率が大きいつもりでな。」
「俺もそう感じていた。ただな、現にこの世にはオールマイトやスターアンドストライプのような別次元のデメリットが無い……ように見える個性が実在する以上、本当にただ強力で万能なだけの個性であることを否定することはできなかったんだ。」
「……オールマイトの個性ってなんなんですか?力が強いだけであんなことになるとは思えないんですけど……」
「それは俺達も知りたい。機会があれば本人に聞いてみてくれ。まあ適当に誤魔化されるだろうけどな。」
イレイザーは少し忌々しくそう吐き捨てる。
ラグドールはそこになにか険悪なものを感じ取ったようだった。
「え-っと、話を戻すにゃん。君たちの個性は使うと悪いエネルギーが体内に蓄積される、ってところまでは話したね。」
「となると次に問題になるのは、その『悪エネルギー』がたまり続けるとどうなるのか……ですかね?」
「そうね。あちきにも正確なところは分からないけれど、絶対悪いことが起きると感じているにゃん。それで、これが一番の問題なのだけれど、君たちが溜めこめる『悪エネルギー』の量には限界があるにゃん。」
「限界、ですか?」
「そうにゃん。なんか二人の……なんていうか、弱点?みたいな、エネルギーの核になっているような部分があって、そこに『悪エネルギー』はたまり続けているにゃん。それは何というか……容器?みたいな感じで、上限があるということが感じられるの。」
さやかとまどかは、黙って3人の会話を聞いていた。隠し事がどんどん暴かれることに、言いようのないむずがゆさを感じていた。
「なるほど。それでラグドール、その容器に『悪エネルギー』が溜まりきるとどうなるのですか?」
「それもあちきには分からない。けど、命に係わるような何かだということは確信できるにゃん。どうしてかと言われると、あちきの個性による観察結果だから説明が難しいけれど……」
「いったん信じましょう。とりあえず、その許容量オーバーが起こった場合には死ぬ、と考えた方がよさそうですね。」
死ぬ、の一言で場の空気はさらに重くなる。
この情報を共有できてよかったという安堵と、個性のリスクの大きさに、言葉を詰まらせてしまっていた。
自分の中で何かの整理をつけたらしきラグドールは、軽く息を吐いてから気持ちを切り替える。
「そうね、あちきも賛成。ごめんね、二人とも。でも、大事なことだからハッキリ言わないとだめにゃん。」
「…………」
ラグドールの真摯な視線を受け、二人は隠している罪悪感が一気に膨れ上がる。
「それと、これはもしかしたら関係ない話なんだけど……」
「なんですか?」
「その『弱点』の位置、二人で微妙に位置が違うのよね。まどかちゃんは胸、さやかちゃんはおへそのあたり。多分二人の個性は系統が同じなのに、そこはちがうんにゃんね。うーん、絶対同じ種類の何かだと思うんだけど、違うところも多くて、同じ個性と判断していいのか理解に苦しむにゃん……」
「ふむ……検査で体内に異物が見つかったという話は聞きませんが……」
そこまで話がおわり、切れ目が生まれる。
ブラドキング、イレイザー、ラグドールは軽く息を吐き、その隙間をここまでの情報を整理するために使った。いったい彼女たちの個性は何なのか、そしてこの難儀な個性とどう付き合うよう導いていけばいいのか。
しかし彼らの真摯な思考は、まどかの一言によって一気に中断された。
「あの……『弱点』って、もしかしてこれのこと、ですか?」
まどかはおずおずと、手を伸ばして開いた。
そこに乗せられていたのはソウルジェム。ブラドキングとイレイザーは「なんだそれは?」と見るだけだが、ラグドールはそれを見るなり立ち上がって指をさし叫ぶ。
「あーーー!それ!それにゃん!まさにそこにエネルギーが溜まっているにゃん!っていうか、それ出せるの!?」
「は、はい。なんだか……でき、ます。」
「やっぱり知ってたにゃんね!なんで教えてくれなかったにゃん!?」
「す、すみません。なんだか怖くて……」
「おい、そういうことはやめろ。いろいろと迷惑が掛かる。」
申し訳なさそうにするまどかだが、この秘密主義にブラドやイレイザーは流石に渋い顔をした。
「……こちらにもいろいろと落ち度があったのは理解する。それに2人にも事情があったんだろう。だがな、君たちの個性を調べるために、貴重な時間を割いてこっちも色々と動いていたんだ。君たちの為に家に帰らず雄英に寝泊まりして仕事してたんだ。」
「え、えええ!?そんなことしてたんですか?」
「俺たちじゃなく、公安の方々、雄英の先生方、たくさんの人が君たちの為に動いていたんだぞ。個性の把握はそれほど重大事項なんだ。それぞれの個性に見合った教育を提供するのが雄英の方針。その努力がまるまる……とまでは言わないが、それなりに無駄になった可能性が高い。俺たちは2人に協力しようと色々動いているが、君たちが秘密にされると割けるエネルギーも少なくせざるを得なくなる。君たちのためにもならない。分かったか?」
「ご、ごめんなさい、本当に……」
強面のブラドキングに迫られて、まどかは目に涙が浮かんでしまう。小学校を卒業してから久しく感じなかった、叱咤による恐怖と罪悪感だった。
「……理解したならもう隠し事は止めて欲しい。で、それは何なんだ?」
「えーっと、私たちは『ソウルジェム』って呼んでいるものです。多分壊れたりすると『死ぬ』……と思っています。」
大仰な名前に、ラグドールは確かにピッタリな名前だと納得した。
「お前たち妙にショックを受けていないなと思ってたが……やはりか。」
「『ソウルジェム』……魂の宝石、か。やはり重大性は認識していたというわけか。」
イレイザーはやはりかとため息をついた。
少しばかり責めるような視線に、まどかとさやかは縮こまる。
ラグドールは彼女たちが隠している事実にそれほど腹を立てていない様子で、ずいずいと質問を重ねた。
「それで、君たちはその『悪エネルギー』をどうやって解消しているんにゃん?」
「え?ラグドール、解消されているのですか?」
この情報はブラドには共有されていなかったらしく、素っ頓狂な声をあげる。
「うん。実際に戦闘中にみたにゃん。容器が満杯になりそう、って思ったら突然その『悪エネルギー』が減って……原因不明だったけれど、もしかしてこれも知ってるにゃん?」
「あー……はい……」
まどかはごそごそと袋を取り出す。隠すことを諦めた彼女にはもはや躊躇いが無い。
その中からグリーフストーンを一つ取り出す。他者には見えないそれを見た3人の反応は、2人の想像通り何をやっているのかという懐疑しかないものだった。
「……何をしてるにゃん?」
「えーっと、私には黒い石をつまんでいるように見えるんですけど……どうですか?見えますか?」
ヒーロー3人は一様に「は?」と声を漏らした。
「何も見えないぞ。俺には。」
「俺も見えない。ラグドール、見えますか?」
「個性を全力で使っているけど、何にも見えないにゃん……」
「その、とにかく私とさやかちゃんにはそういう石みたいなのが見えて、これをソウルジェムにくっつけると、穢れが……あ、ラグドールさんの言う『悪エネルギー』のことをそう呼んでいるんですけど、とにかくそれが吸い取られるんです。」
まどかはグリーフストーンの一つをソウルジェムに当てた。まどかとさやかに、ソウルジェムから濁りが消え元の輝きを取り戻すさまが見えた。
この現象に関しては3人にも見えたらしく、驚きの表情を浮かべる。
「……た、確かに『悪エネルギー』が消えたにゃん。」
「確かに色が明るくなったように見えるが……ちょ、ちょっと待ってくれ。その『グリーフストーン』……だったか?悪いが、そんなものがあるなんて信じられなくてな。」
「俺も同感だ。」
ブラドとイレイザーは混乱気味にまどかに詰め寄る。大人になってから珍しく、常識を根底から破壊された気分になっていた。
「つまり二人にしか見えない透明な宝石、ということなのか?」
「そうなんですかね?不思議だなと思っていますけど、あんまり細かいことはちょっとわからないです……」
「試しに俺の手のひらの上にそのグリーフストーンを載せてみてくれないか?見えずとも感触はあるはずだ。」
「は、はい。」
まどかはイレイザーの差し出す手のひらにグリーフストーンを一つ載せる。
まどかとさやかには、イレイザーの手の上に載っているだけに見えた。しかし、イレイザーの困惑は深まるばかりだった。
「……何も感じないぞ。」
「え?」
「重さも、感触も感じない。本当に載せたのか?」
「まどかはちゃんと手の上に載せましたよ!まどかはこういうところでふざけるような子じゃないです!」
「疑うわけじゃないんだが……すまん、俺もすこし混乱していてな。」
イレイザーはたまらずこめかみを手で押さえる。
試しに握ったりしてみたが何も感じられず、しかし目の前の生徒二人は黒い石が手の中にあると言い張るのだ。
「……俺からもいいか?鹿目まどか、その石を机の上において、君の指を載せてくれ。」
「は、はい。」
まどかは言われたとおりに動く。
「少し失礼する。」
動き終わると、ブラドキングは自分の指をまどかの指の上に置き、すこし強めに下に押し付けた。
同時に、興味に駆られたラグドールがスマホでその光景を撮る。
まどかの顔が少しだけ歪む。ブラドは混乱の余り力加減に思考を割くことを忘れてしまっていた。
「先生、い、痛いです。」
「あ、す、すまん。強く押しすぎた。」
慌ててブラドは指を離した。
「……とにかくだ。今の瞬間、3人とも見ただろう。俺には、彼女の指が机についているように見えた。」
「俺もそう見えた。」
「あちきもにゃん。」
「えー?私にはまどかと机の間に宝石が挟まっているように見えましたよ?」
さやかの疑うような声。
ブラド、イレイザー、ラグドールは信じられないという表情でさやかを見た。さやかには、ヒーローをやっているすごい人間でもこんな顔をするんだあという能天気な感想が頭に浮かんでいた。
「ハイハイ!あちき、写真を撮ってるにゃん!ほら見てこれ!あちきには指がくっ付いているようにみえるにゃん!これなら、どうにゃん!?」
ラグドールはすこし慌てながら、スマホを操作し画面をよく見えるように掲げる。
「俺もそう見えます。」
「俺もだ。」
「あ、間にグリーフストーンが挟まっているように見えます……」
3人の間に沈黙が流れる。何も害を与えられていないのに、何か恐ろしい裏側を見たような、背筋が凍った気がした。
「こ、こわいにゃん!なにそれ?どっちかが幻覚でも見せられているにゃん!?」
「……今までいろいろな個性を見てきましたが、こんなことは初めてです。」
「まさかこんなことが現実に起こるとは。はぁ……鹿目、そのグリーフストーンを1つ貰ってもいいか?」
「はい。一つだけなら。」
「感謝する。それでええと……そうだな、ひとまずこの袋に入れてくれ。」
イレイザーは、ヒーロー活動時に証拠品収集用のポリ袋を取り出し、口を開けて差し出した。まどかはそれに何かを入れる動作をする。それを見届けて、イレイザーは袋のチャックを閉じた。
袋の形が変わるようには見えず、軽く握ってもやはり感触はなかった。何かの衝撃で壊してしまいかねないなと軽く心配になってしまう。
「……とにかく、二人から見てこの中にそのグリーフストーンなる物体が入っているんだな?」
「はい、ちゃんと入ってます。」
「これは個性研究機関に持って行って調べてもらうことにする。世界中から探知系の多種多様な個性が集まるところだ。流石に何か発見がある……と、信じたいな。」
「あそこで出なかったら本当に怪奇現象にゃんね……」
「もうちょっとイイ感じの表現無いんですか!?私達化け物じゃないんですよ!本当に!」
「あ、ごめんね!表現が悪かったにゃ。」
イレイザーは、袋をしまうと自分の中に燻る困惑を無理やり押さえつけ、話を前に進める。
「ともかくだ。俺は君たちに個性使用禁止を言い渡すつもりだったんだが……君たちの言う『穢れ』を落とす手段があるのなら、話は別だ。もちろんなるべく使わないようにするべきではあるが、当初俺たちが想定していたレベルよりは緩めても問題ないだろう。」
「あ、本当ですか!?やった!」
まどかとさやかは心の底から安堵した。
ソウルジェムのことを話した目的はこれだった。
先ほど巴マミを交えた話し合いで、ソウルジェムのことをある程度話すことを提案したのはマミだった。
マミはラグドールのことを少し知っており、彼女の個性の前で隠し事をするのは話をややこしくしてしまうという確信があった。特にソウルジェムの浄化手段が無いままに穢れのことなどを知られた場合に、個性使用禁止を言い渡されてしまうだろうと。
普段の彼女たちは、生活を魔法に依存しきってしまっている。生活で使う程度ならば、ソウルジェムの濁りのことなどほとんど気にしなくていいレベルだ。そんなものまでいちいち禁止されてしまっては余りにも不便。
このことを知られて周囲が何か余計なことをしてこないか心配ではあったが、もはや隠し通すのは無理ということで、彼女たち3人はチャットルームの中で合意した。
「だが、危険であることには変わりない。」
イレイザーは釘をさすように言う。
さやかとまどかには心当たりが多すぎて何を指しているのか分からなかった。
「えーっと、何のことですか?運動しすぎは体に良くない、みたいな……?」
「確かに何事もやり過ぎは良くない。だが、二人の個性のそれは群を抜いて危険だ。君たち、その穢れとやらが溜まっても、見たところ自覚症状は無いんだろう?」
そういえばないな、と二人は今までなかった視点に軽く驚く。
「え、ええ、そういえば何も感じませんね……。えっと、濁ったりしているのは危なそうだと思って、いつも思い出したときに浄化していました。」
「それが極めて危険だと言っている。ソウルジェムを目視することで確認することができるのは良いが、ついうっかり忘れることもあるだろう?人間でいえば、痛覚が存在しないに等しい状態だ。鏡を見るまで身体の異常に気が付けず、適切な休息をとることができない。疲れ『だけ』を感じずに走り続けてしまい、体を壊す。君たちはそういう体なんだ。」
「う、うわあ、なるほど……」
「君たちは個性と長い付き合いのようだから、日常的にソウルジェムを確認するクセはついているのだと思う。だが、そうしろという指示を、その危険性を、おそらく誰も教えてくれなかっただろう?誇張でもなんでもなく、君たちがここまで生きてきたことは奇跡だと俺は思っている。今まで偶然『ソウルジェムが濁っていて嫌だから浄化しておこう』という意識を持っていて、それを忘れることがたまたまなかったから、死なずにすんだ。本当に運が良かったな。」
「うわ、こわぁ……」
実際には魔法少女になってひと月もせずに突きつけられた事実なのだが、改めて説明され、彼女たちの背に冷たいものが流れた。
「……まあ、ここで気が付けてよかった。それともう一つ、重大な問題がある。」
「今度は何ですか?」
「そのグリーフストーンとやらはどうやって手に入れるんだ?」
「あー、それはですねえ……」
またややこしくなりそうだと思いつつも、さやかはおずおずと説明する。
「その辺に落ちてるんですよ。」
「は?」
ブラド、イレイザー、ラグドールは阿呆のように口を開け、閉じることを忘れてしまった。
「えっとだから、私達にとってはグリーフストーンが石ころみたいにその辺に落ちてるんです。」
「ええ……」
イレイザーは口をあんぐりと開けてしまう。文句すら言いたげな目で二人を見てしまった。
「………………」
「えっと、先生?」
「すまん。予想外すぎてなんていえばいいのか……」
イレイザーは顔を手で覆って天を仰いだ。ブラドキングやラグドールは、このようなオーバーリアクションを取る彼を初めて経験していて、そして違和感も感じなかった。
「……あ、あちきからも聞きたいんだけど、落ちてるって言葉通りの意味なの?何かの比喩じゃなくて?」
「そうなんですよ。おかげで他の人に不審がられないように物を拾う変な癖がついちゃって。」
「……思い返してみればたまにそういう行動をとっていたことを見たことがあるな。」
「え、なんで覚えているんですか先生……?」
「人間観察は教師の基本だからな。まあともかく……そこかしこに黒い石が落ちているのが君たちには見えていて、それは生きるのに十分な量がある、ということでいいんだな?」
「はい、その通りです。」
「……ンンン、分かったよ……」
「イレイザーのこんなうめき声初めて聞いたにゃん……」
イレイザーは自分が聞きたい情報と今聞くべき情報を仕分けることに必死だった。
まるで緑谷のように、ブツブツと理解不能な情報を整理するために言葉があふれる。
「グリーフストーンとは何だ……?ラグドールの発言から実在を疑うわけにはいかん。がしかし、すると……2人には世界にそのグリーフストーンという黒い石がそこら中に落ちていているのが見える……しかも単に透明ではなく、俺たちが触れたりもできない代物らしい。透明なだけならば、その石の実在もとっくに誰かが気付いている。
そもそもなんで「悲嘆の石」なんて名前なんだ?回復手段なのにそんな名前になるはずがない。誰が名付け……いや、一旦置いておこう。さっきのブラドの件からわかることは……俺たちと二人の見ている世界が、感じているものが異なる可能性。そんなSFじみた話があり得るのか?だとすると、もっと何か根本的な認識のズレがある可能性……ブツブツ……」
「イ、イレイザー、しっかりしろ。生徒の前だ。」
ブラドはイレイザーの肩をゆすり、イレイザーの目を覚まさせる。
口を慌てて結び、すまんと返したイレイザーは、ペットボトルから水を取り出し口に含む。
その間、ブラドキングも質問を二人に投げた。
「……ちなみに、そのグリーフストーンがどこから来たのかを知っているか?例えば、何がそれを道に落としているのか、だ。」
「あー……そういえば、
イレイザーは飲み終わった水を置きながら、さやかを手で制す。まるで降参だとでもいうように。
水を飲み干す間を開けて、イレイザーが二人に嘆願した。
「…………聞いた俺達が悪かった。今の俺たちではお前たちの情報を受け止めきれる気がしない。そのあたりの話は、後日ゆっくり聞かせてもらうことにしよう。話してくれたのにすまないな。」
「いえ……そうですよね、普通はこんな話、訳が分かりませんよね。むしろ良く信じてくれたなって思ってます。」
「さっきは秘密にしていたことをキツく言ったが……こうも荒唐無稽な事象となると、黙ることで面倒ごとを避けようという判断も理解できるな。はァ……まあ、今後色々と細かく話を聞く機会が出るだろう。その時は協力を頼むよ。」
「は、はい。できる限り頑張ります。」
「あっと、あちきからもう一ついいかにゃん?」
ラグドールがハイハイと子供のように手を挙げた。
「ラグドールさん、なんですか?」
「えっとね、個性で見たときに時々『エントロピー減少対策感情転化個体No.39DFA112』と『No.39DFA121』っていう感じの情報?みたいなのが見えたんだけど……心当たりあるかにゃん?」
「え゛っ」
冷静に考えれば他者が疑いを持ってしまうであろう声をさやかは出したが、3人は追及することは無かった。
彼らは「これ以上妙な情報を頭に入れたくない」という欲望を抑え込むのに必死だった。イレイザーは特に目が乾いてもいないのに目薬を差してしまった。
「はああぁぁぁ……なんだそりゃ……」
「……なんだか見てはいけないものを見ている気がするにゃん……。陰謀論を聞いているような気分にゃ。それで、えっと、何かわかるにゃん?」
「えっと、いえ……分からないです。」
半分嘘の答えをまどかは出した。
2人はエントロピーやら宇宙の寿命やらの話を確かにキュゥべえから聞いたために、心当たりはある。だが理解できない、する気などない。
将来的に人類が困るらしいという話は二人もぼんやりと理解しているが、今を生きる彼女たちに関係ない話であることは間違いない。
「……もう就寝の時間だから今日はこれで切り上げる。ともかく……ともかくだ。二人の個性は、リカバリー方法はあるが、大きなリスクを伴うものであるということが確認できた。ここに全員がそれを確認できた。問題……ないな?」
「ああ、俺もそう認識している。正直頭が痛くなるばかりだが……」
「あちきもプッシーキャッツの3人に説明するのがすごく大変そうだって思ってるにゃん……さっきから頭の中がはてなマークでいっぱいだにゃん。」
ヒーロー3人はこの短時間で多大なストレスを受け疲れた様子だった。
さやかやまどかは、まるで仕事帰りの疲れた父母のようだなと、自分たちがその疲れを齎したということをすこし棚に上げてそんな感想を抱いた。
「今日はそれで良しとしよう。最後に二人から言いたいことはあるか?」
「えっと……特には……あ。」
まどかの頭の中に、先ほどの話から連想して忌々しい存在が浮かび上がる。
(さやかちゃん……キュゥべえのことって先生に言った方がいいのかな?)
(あの害獣かあ……どうしよう、この世界から消えたわけじゃないだろうしね。)
キュゥべえは人類にとって害。この認識は今でも変わらない。
最近は調査で忙しいのか、表立った活動を見せない。彼女たちが邪険に扱うために姿を現すことも無くなった。
しかしもしかしたら、いつかこの世界のどこかで魔法少女と契約の勧誘を始めるかもしれない。宇宙の寿命を延ばすという意味不明な目的のために。
もしかしたら、目の前の大人たちに言えば何か対策を取ってくれるかもしれない。まどかはそう思ったのだ。
しかし、さやかは首を振った。
(ごめん、私は反対。相手は宇宙人なんだよ?悪いように言いふらしたら何してくるか分かんないよ……)
(……そっか、確かに怖い、よね。)
キュゥべえは地球外生命体だ。母星があり、人類を遥かに超えた科学技術を持った相手。
つまりは、向こうが本気を出せばこの星など容易く滅ぼせるだろう、ということだ。そんなものの相手など、オールマイトですら不可能。キュゥべえは詐欺師であると同時に、魔法少女という人の心を弄ぶシステムをもたらした、恐るべき存在なのだ。
キュゥべえに対する怒り、悔しさを飲み込んで、まどかは笑顔を作って言った。
「心配してくださってありがとうございます。えっと、今のところは特に思いつきません。」
「……そうか。何かあったらすぐに報告してくれ。夜に呼び出して悪かったな。」
そうしてこの場は解散。まどかとさやかは部屋を出てA組の女子がいる部屋へ戻る。
プロヒーローの3人は、疲れた頭に鞭打ち彼女たちがもたらした情報の整理を続けたのだった。
ところで、雄英に個性のことを終盤まで話さなかった人が原作に居ますね……