今後語る場所が無いのでここで書きますが、今回
よく考えた結果、「世間への影響ならもっといい方法あるんじゃねえ?それに襲ってきた奴の仲間になるとも考えにくいしな。」と彼は思ったようです。
緑谷出久と出水洸汰は合宿施設に向かう。
OFAの負荷は、先ほどの個性使用が腕のみであったために脚部にはない。背中の出水に配慮する必要はあったが、それ込みでも十分な速度が出せるはず、最初緑谷はそう見積もっていた。
順調にいけば合宿施設まで一分もかからないはずだった。だがすぐに、思い描いていた移動にはならないことを知り、むしろ焦りが募って行った。
「……くそっ、ここまで土砂ばかりじゃないか!」
足元は先ほどから土がほとんど、それと少しの石と倒木だけ。
ところどころにあるそれらは天然の障害物。一つ一つは避けるのはたやすいが、位置関係を把握することに脳のメモリを割く必要がある。さらに、この暗闇だ。遠方に上がる蒼い炎と月光、それとOFAの放つ緑光が光源となっているのだが、それらを合わせても昼のように「パッと見れば地形が分かる」ほどではない。追い打ちのように、足元は海水を吸った土砂でグズグズ、それでいて岩を足場にしようとすると海水でツルツルしていて滑りやすい。
前の屋外のパルクールのようにはいかず、緑谷は苛立ちを抑えながらも正確に足元を確認して進む必要があった。
これだけでも今の緑谷にとっては大きなストレス。しかし、緑谷の脳内にはもっと大きな不安があった。
(生き埋めに……なってるんじゃないか!?)
自分の足元だけでなく、もしかしたら誰かいるかもしれないという懸念から緑谷は周囲に視線を向けることを忘れなかった。
暗闇であるために相当近くにでもいないと見分けられるわけがないのだが、それでも緑谷は地面に視線を向けることを止められない。
(……かっちゃんは、多分何とかなってる、はず。爆破である程度鉄砲水の勢いの相殺ができるはずだし、いざとなれば空を飛んでるかもしれない。轟君も氷結を使ってくれれば、何とか……なるか?切島君も、個性を使ってくれていれば、多分大丈夫。鹿目さんと美樹さんは……根拠はないけれど、あの個性なら何もできないってことはなさそうだ。
…………けれど、他は?麗日さんは物を浮かせられると言っても土砂崩れなんて物量は多分……無理だ。砂藤君は個性を使えばある程度対抗できるかもだけれど、前にセメントス先生に言われてた持久力問題が気になる。常闇君のダークシャドウ……どうなんだろう?今は夜だからかなりの力を発揮できるだろうけれど……それに、他のみんなは?)
自問する時間が増えるにつれて嫌な予感が大きくなるが、それでも移動が正確なままなのは緑谷のこれまでの訓練や経験の成せることなのだろう。
(…………ダメだ!個性で今回の攻撃に耐えられるのは、一部だけだ!みんなが無事に済んでいるなんてのは甘い考えだ。洸汰君を安全な場所に届けたら、すぐにみんなの救助に向かわないと!そのために必要なのはラグドールの力だ。もちろんプッシーキャッツの皆さんはすでに動いていると思うけれど、でも……
……って、あれ?)
緑谷は異変に気が付き足を止める。
見つけたのは境界線だ。あるラインから、再び木々が生い茂るエリアとなっていたのだ。まるでそこから海水の攻撃が無かったかのように。
(この辺から、土砂崩れが止まってる?攻撃の範囲外だったのか?てっきりこのあたり一面が攻撃されたのかもって思ってたけれど、全部じゃないのか。
……なんにしても、好都合!)
少しだけ安心しつつ、緑谷は残されていた森のエリアに足を踏み入れる。無事なクラスメイトが居るかもしれないと。
しかし直後、急ブレーキをかけることになった。
顔に強烈な熱を感じたからだ。もしかすると蒼い炎を放った張本人かもしれないと、緑谷の心臓が締まる。
「止まれ!誰だ!?」
一瞬警戒した緑谷だったが、すぐにそれを解くことになった。
それは赤の方の炎、そして知った声だったからだ。
「僕だよ!轟君。緑谷出久!」
「緑谷か!よかった。悪ィ、
「僕は大丈夫だよ。あ、かっちゃんも!」
「オイ!俺をオマケみたいに言うんじゃねエ!」
「ご、ごめん!えっと、背中の円場君は大丈夫?」
「気絶してるだけみてえだ。石か何かが頭に当たったらしい。」
そこにいたのは轟と爆豪。
轟の背には気絶した円場硬成が背負われており、あまり激しい動きが出来そうにない様子だ。
ひとまず二人の無事を喜ぶ緑谷だった。が、特に爆豪は喜ぶ素振りすらみせない。
「おいデク!テメエ俺より後発組だろ!なんで俺達の前方から来た!?答えやがれ!」
「かっちゃんも!よかった無事だったんだね!」
「いいから答えろデク!」
何故か警戒MAXの彼の言動を理解しきれていないが、ひとまず緑谷は答える。
「え?えっと、背中に居る洸汰君を探してたんだ。実はこの子の秘密基地を知ってるのが僕だけで、
「ハァ!?なんでテメェだけが都合よく知ってんだ!?オイマセガキ!コイツの言うことは嘘じゃねえのか!?」
(あ、そういうことか!だから僕の来た方向がおかしいって思ったんだ。)
「う、嘘じゃねえよ。一応、本当に助けてくれたんだ……。」
「……ッチ。そうかよ。」
舌打ちしつつも一応納得した様子の爆豪。緑谷は洸汰を下ろし、黙って息を整える時間を確保した。
緑谷は不慣れを感じつつも情報共有のための会話を始める。期末試験の時とは違い、両者共に建設的な方向性になることを意識していた。
「えっと。今の状況と、これからのことを話そう、二人とも。まず」
「ダラダラ仕切ってんじゃねえデク!」
「かっちゃん!こんな非常事態に」
「状況と行動方針は決まり切ってンだよ!
で、クソ青い火が上がってるところには人がいる。ざっと見たところ円状に火が上がってた。つまり土砂災害からワザと残しやがったエリアだからな。まずはそこに向かってヒーローがいないか確認。んで、そこにノコノコ来るであろう
文句あんのかアアン!?」
「えぇ!?いや、その……」
ぶっ潰すこと以外は思いのほか的確に状況整理がされていることに緑谷は驚く。そういえばこの幼馴染は、学業の成績も良かったなと思い出した。
「すごく明確に行動方針が決まってるんだね?ていうか、黒霧の個性って、やっぱりかっちゃんもそう思ったの?」
「んなもん『ワープ』の時点で常日頃から頭に入れとけや!いつ雄英の上から爆弾がワープされてくるのかって想定しながら生きてたわクソが!
今まで使ってこなかったことの方が不思議だ。まァ黒『霧』、だからな。物理的な強度か何かの制約があンだろ。」
「……そうだな。俺も思いついたことはあったが、無意識のうちに「今までやってこなかったんだから、これからもやらないだろう」って思ってた。」
「あ、うん……」
緑谷は、今までこの可能性を頭に入れてこなかったことを軽く恥じた。
「……えっと、ここには土砂崩れは来なかったの?」
「来た。まあ、ゴリ押しだけど何とかした。」
「え?……あ!」
轟は山の上方を指さす。見ると、一定ラインから上が不自然に陰になっている。
しかしよく見ると、それは単なる土の塊ではなく、木や石がごちゃごちゃになった塊だった。
緑谷はこのあたりで、周囲の空気が少し冷たくなっていることに気が付く。
「そうか!轟君の個性!」
「いや、俺だけじゃねえ。爆豪が爆破で土砂崩れ、っていうか海水だったか?そいつの威力を相殺してくれたんだ。爆破が無かったら俺は対処する間もなく飲み込まれてた。」
「テメエがトロいんだよ半分野郎!俺が『向こうに氷結放て!』って言ったときも一瞬ボサっとしやがっただろ!」
「……悪ィ、状況把握が遅れてた。」
轟は少しだけ落ち込むが、実際のところは爆豪の反応速度が異常だっただけだ。地鳴りのような音だけで何が来るかを直感的に判断できたことは並大抵なことではない。
「…………でも、本当に良くやってくれたよ二人とも!ここは比較的高度がある場所だ。ここでせき止めたおかげで、下にいた人は助かった。それに、多分下の方向は肝試しコースがそれなりにカバーされている。二人の協力プレイが無かったら、コース全体が呑み込まれていたよ!」
自分のクラスメイト、幼馴染がファインプレーでおそらく何人もの命を救っていたことを緑谷は心の底から喜ぶ。轟はこの点は少しホッとした様子を見せ、爆豪は「ッチ」と舌打ちで反応するだけだった。
「ああ……そうだな。で、緑谷。お前の方は大丈夫なのか?腕が……体育祭の時ほどじゃねえが、内出血しているように見えるぞ。」
「あ、これはその、鉄砲水が来た時にOFAで相殺しようとして、その時にちょっと。確かに少し痛むけど、動くのに支障はないよ。」
「リスクでけえんだから無茶すんな……って言いてえけど、非常時だし仕方ねえか。
後ろの……こうた、だったか?そっちは怪我はねえか?」
「俺は……まあ、大丈夫だよ。」
「オイいい加減話を先に進ませろや!テメエらはそのガキの保護と生き埋めになった奴の救助だ!俺様はあの場所に向かって
「待ってかっちゃん、早まらないで!」
「ア゛ア゛ア゛ン!?!?」
「ひっ!?」
爆豪は相当苛ついている様子だったが、一応緑谷の話を聞く気があるらしく足を止めていた。
傲慢の権化のような彼でさえ勝手に動くことがまずいと感じているのだ。
「……単独行動は危ない。黒霧の個性を考えるなら、この場に新しく
「…………チイッ!!!!!デクのくせに生意気だなァオイ!」
爆豪は唾の量が無駄に多そうな舌打ちをした。が、反論もしていない。
「3人、あっと、洸汰君含めて4人か。」
「んなことどうでもいいんだよデクゥ!」
「とっ、とにかく一緒に行動だ。いったん肝試しのスタート地点の広間に戻ろう。轟君もそれでいい?」
「賛成だ。そうと決まればとっととオイ上!避けろ!!!」
「肉ゥ!!!」
轟がいち早く気付けたのは、正面にいた緑谷の肩に影がチラついたからだった。
3人は反射的にその場を飛びのく。洸汰は緑谷によって手を強く引かれ尻もちをついてしまった。
直後、その場に上から細長い刃が突き刺さる。地面に20cmは軽々と突き刺さる重みと鋭利さに、背筋に冷たいものが走った。
「肉、メエエエエエエェン……!み、見せろォ!」
「あれも……
数十m先に、かすかに見える人影。おおよそ成人男性の体格だが、なぜだか腕が拘束されている。そしてフラフラと落ち着きなくその場でさ迷っているような挙動を取っていた。
一目見て、まともとは思えない相手だ。少なくともこの合宿に元からいる人物ではない。
この戦闘中彼らは知ることが無い情報だが、この
「どう見てもイカレてやがるぜ。ブッ殺してやる!」
「か、かっちゃん!直接戦闘はまずいんじゃ!?」
緑谷が制止した直後、脳に訓練中何度か受けた感覚が走る。
『雄英高校ヒーロー科A組、B組の生徒の皆!プロヒーローマンダレイの名に於いて、個性使用を許可します!でもいい?生き残るために個性を使うのよ!
合宿施設周辺には
このテレパスが終わった直後、緑谷は恐る恐る彼の表情をうかがう。
緑谷が恐れていた通り、爆豪は獲物を見つけたというような獰猛な笑みを浮かべていた。
「なァデク。いったい何がマズいってんだァ?今のテレパス聞こえたよなァ?」
「かっちゃん、テレパスでは逃げるために最低限の個性使用って言ってたんだけど……」
「逃げるためにアイツをまずブッ殺すしかねえよなアアア!!!!!」
「待て爆豪!不用意に突っ込むんじゃねえ!」
轟の制止を一切聞き入れず、ムーンフィッシュに向かって走り出す爆豪。
「肉ウウウゥヴヴヴ!!!!!」
「!?」
轟は反射的に個性を使い、氷の壁を爆豪の前に出す。制止の意味もあったが、それ以上に攻撃の気配があったからだった。
そしてそれは大正解だった。ムーンフィッシュの口元から先ほどの刃のようなものが伸びてきた。スピードも尋常ではなく、伸びてきたというより射出されたと形容するべき脅威だった。
氷の壁が解かれた後、さしもの爆豪もやみくもに突撃することは止め相手の観察に入ったようだった。
「耐えなきゃ……仕事を、しなきゃアアアァァァ!!!」
常時口を開けているために、常に舌足らずのような発音が嫌に響いた。
「……多分、あれは『歯』だよ!歯が伸びる個性じゃないか!?」
「緑谷……なるほどな。だからバカみてえに口を開けているってわけか。」
「歯を氷で閉じ込めて!そうすればきっと身動き取れなく」
「ダメ゛だアアアァァァァ!!!!!」
轟は緑谷の言う通り氷結をさらに発動し、氷でムーンフィッシュを閉じ込めようとする。
しかし直後、ムーンフィッシュは伸ばした歯を簡単に氷から引っこ抜いてしまった。そして新たに歯を伸ばし、木々に突き刺し伸ばす。反作用により、空中で位置を変え轟の氷結から難なく逃れてしまう。
さらに移動先が木々の中なので、姿を見失ってしまった。
明らかに慣れた動きに、緑谷と爆豪と轟は苦い顔をする。
「……チィ、地形と個性の使い方が上手え。」
「見るっからにヒョロガリの雑魚のくせによぉ、ンの野郎!」
「相当場数踏んでやがる……!」
ギギギという金属質な音を立てて、再びムーンフィッシュの身体が浮き上がる。しかしその姿勢は歪そのもの。
頭の部分を視点にして宙で反り返るという無理矢理な形。しかしその歯は臨戦態勢をとっており、いつでも伸ばして攻撃できるよう構えられていた。
「爆豪、意地張ってねえで逃げるぞ!こっちには守らなきゃいけねえ奴が2人もいる。戦うには不利だ。」
緑谷に背負われている洸汰は少しバツが悪そうな表情をし、緑谷が「大丈夫、心配しないで」と笑いかけた。
「数では勝ってンだよ!そもそも人を背負って移動することだってリスクだろうが!」
「緑谷!お前からもなんか言ってやれ!」
「……ごめん、轟君。僕も、戦って切り抜けないといけないと、思う。」
「お前もか!?どういうことだ!」
「アレを見て!あの、紫色の靄!」
「……何だあれは!?」
轟が後ろを振り返ると、後ろの方に確かに紫色の靄が見えた。
正体は分からないが、一目見て「触りたくない」と思える毒々しい見た目だった。
「僕も分からないけれど……吸い込んじゃいけない類のものだと思う。流石にちょっと触るくらいなら平気かな?木々が溶けたりはしてない。
……でも、どれくらい広がってるかの規模が分からないし、あの中に洸汰君や気絶してる円場君を入れるのは避けたい!」
「……クソ、話は分かったが、ならどうする!?」
「だから煙の無い向こう側に行くしか、うわっ!」
再びムーンフィッシュから歯の刃が飛んできた。轟は咄嗟に氷の壁を出す。
しかし向こうの方も先ほどから何か学んでしまったのか、先ほどよりも厚みのある刃を出してきた。そのせいで一部が氷の壁を貫通。刃の先にいたのは爆豪だったので、彼の瞬発力で咄嗟に回避が成功した。
仮に、守るべき人を背負っている轟や緑谷に迫ってきていた場合、無傷とはいかなかったかもしれない。
「……やっぱ相当な手練れみてえだな。」
「だァから俺がぶっ殺す以外ねえだろ!空中の敵に距離詰められるのは俺だろうが!」
言い合いをしてはいるが、彼らの目線はムーンフィッシュの方に常に固定されている。
会話のせいで攻撃を避け損ねる、などということは無いだろう。
「かっちゃん、個性で木々が発火したら大変だよ!他の人たちが動けないまま近くに居るかもしれない。そこに火が来たら……!」
「指図すんなデク!分かってらァ!!!燃え移ったら速攻氷で覆え半分野郎!」
「無茶言うな!爆発はこっちの視界も塞ぐ。仕留めきれなかったらどうする!?手数も距離も向こうに分があんだぞ!」
「なら俺が前に出る!テメエらは俺のサポートをしやがれ!空中の爆破なら早々木に燃え移んねえだろうが!」
「ダメだ爆豪!それでも個性の相性が悪すぎる。奴の攻撃をお前の爆破で受けるのは難しいだろ。」
「そうだよかっちゃん……あの
緑谷は途中で興が乗って話し過ぎたことに気が付き、もしやまたキレられるのではと、最後はかなり恐る恐るの口調になってしまった。
「……クソがァ!!!!!」
しかし爆豪は冷静に話を聞いていたようで、イライラを手のひらで起こせる小規模な爆発でしか発散できない爆豪。しかしその視線はムーンフィッシュに固定されており、油断なく刃の届く先を観察している。
轟は氷の壁で被害が及ばないようにしている。今のところ安定して防げているが、彼の心には少しずつ焦りが出ていた。
「……凌いじゃ居るが、このままじゃいつか当たるぞ。……勝負を仕掛けるべきか?だがどうやって……」
「轟君……僕に、考えがある。でも……」
「本当か!?」
緑谷は恐る恐るという風に切り出した。
緑谷の作戦立案能力に一定の信頼がある轟は、ほとんど受け入れる気ですらいた。
「考えがあるなら早く言え!緑谷、何を遠慮してんだ!?」
「かっちゃんの、協力、……っていうか連携が必要なんだ。その、えっと、連携の話をしたいんだけれど……」
「ンだその態度、俺を舐めてんのかデク!」
爆豪はいよいよ我慢ならないという風に緑谷の胸倉をつかむ。
(ど、どうしよう……!期末試験の時だって連携するのに結構時間かかったし、こんな土壇場でまたかっちゃんとできるのか……?)
期末試験の時、オールマイトに追い詰められるまで二人は連携どころか喧嘩をするようなありさまだった。
あの時は土壇場で何とかなったが、緑谷はいまだこの幼馴染との距離を測りかねている。
そして今の爆豪の態度で、緑谷は失敗したと感じていた。この非常事態ならばこちらの話を聞いてくれるのではと思っていたが、やはり相当追い詰められるまではこの幼馴染は自分の話を聞いてくれないのだ、という不安がやはりある。
しかしこの非協力的な姿勢に、怒りを募らせたのは緑谷よりも轟だった。
「おい、いい加減にしろ!みんなの命がかかってんだぞ!さっきから聞いてりゃ否定しかしねえ。自分勝手に動くのがヒーローのすることかよ!?」
「アァ?何言ってんだ半分野郎!」
爆豪の返答は、轟の予想通り。この非常時にすら癇癪を起す。轟の中で彼の評価が一気に下がった。
「だから、こういう時くらいはまともに協力しろって……!」
「俺がいつまともにやらねえって言ったんだ?あァ?おいデク、さっさと話しやがれ!」
カツアゲのような体勢で説明を要求された緑谷は、目の前の幼馴染が何を望んでいるのかしばらくの間理解できなかった。
轟も発言内容にあっけに取られている。
「え、えーっと……?」
「何ボサっとしてんだ!とっとと言えや!」
「かっちゃん、協力してくれるの……?」
緑谷も轟も、「マジか……?」という表情だ。それが爆豪には気に入らなかったらしく、さらに顔のしわが深くなった。
「そりゃ内容次第だ。馬鹿みてえな作戦だったらぶっ殺す。筋が悪くなかったら……」
爆豪は、先を話すのに数秒を要した。
「ッチ、やるべきこと、やってやるよ。」
「かっちゃん……!」
緑谷は幼馴染が話を聞いてくれたことに感激すら覚えた。目が光で満たされてすらいそうだった。
だが彼の反応は、爆豪にとってはなおさら不愉快だったらしい。
言いたいことが爆発しそうだった彼だが、期末試験のことを思い出した。そして、緑谷の反応がほぼ身から出た錆であることを自覚し、舌打ちしつつも飲み込む。
「…………言っただろ。俺を舐めんな。俺にクソな部分があったら、そいつをぶっ潰す。当たり前だろ。俺はてめえどころかオールマイトをも超える最強のヒーローになる。最強のヒーローが、人の話も聞けねえバカな奴な訳がねえ。」
「かっちゃん……!すごいよ!僕の話を聞いてくれるなんて!」
「だからそのクソムカつくキメえ感想を今すぐやめろデク!ともかく。俺はテメエらの為に動いてやるわけじゃねえ。俺が最強のヒーローになるために、踏み台のお前らに、協力してやるだけだ。」
「……な、なあ、そういうのってツンデr」
「クソガキはダァってろ!!!!!」
「ヒィ!!!!!!」
「か、かかかかっちゃん!これから作戦を話すから降ろしてくれないかな!?!?」
このままだと協力が閉ざしてしまいそうだと焦りを感じた緑谷は、無理やり話を戻した。
「……で、ンだよ?」
「まず、轟君には洸汰君と円場君の守りをお願いしたい。轟君は氷の壁を作れる。動ける3人の中で最も防御することに向いていると思う。」
「まあ異論はねえ。緑谷、そいつを下ろしてくれ。」
洸汰と円場は同じ場所に集められ、その周囲を氷の壁が覆った。上部は空いているが、高さ数メートルの円柱の壁。一回程度は攻撃を防げるだろう。
「……話からして、二人があの
「その通りだよ。」
「早めに頼む。二人とも氷の中で体温が奪われているからな。あの壁は本当に一時的なものだ。」
2人を見ると、洸汰は身を縮めてガタガタ震えていた。夏場であるために薄着であったことで、冷気をダイレクトに感じ取ってしまっているのだろう。
その様子を見た緑谷は、この作戦を絶対に成功させなければならないと自分に言い聞かせた。
「3分くらいで倒せれば、大丈夫だよね。」
「ああ、それなら問題ねえ。」
「デク、さっさと続きを言えや!当然俺に
「殺しはしないで欲しいけど、でも大切な攻撃役をお願いしたんだ。肉面に執着してるなら、まず僕が――――――」
◇
「アアア゛アアア!当たれ!当たれ!当たれ当たれ当たれ!肉、見せろオオオォォォ!!!」
「……あぶなッ!また掠めちゃった!」
緑谷の頬に刃が掠める。痛みでわずかながら集中力がそがれるが、緑谷は空中から刃を降らせる
(大事なのはリズムだ。出力は常に20%を維持。
決して慌てちゃいけない……動けない二人は轟君に任せて、僕はひたすら、
彼の思惑通り、ムーンフィッシュは緑谷の動きに釘付けだった。
肉を見たいという発言からして、近い相手から攻撃を始めるのではという発想から始まったこの作戦。予想通り、ムーンフィッシュは最も接近している緑谷を優先的に切ろうとしていた。
「肉、肉ゥ!肉面、肉、肉面肉面肉面肉面ンンンンンン!!!!!」
「くっそ、そんなに肉が好きなら肉屋にでも行けばいいんじゃないか!お前は何がしたいんだ!」
「そんなの、ダメだァ!人の、肉!肉!肉ゥ!!!」
「話が通じているのかいないのか分からない
愚痴りつつも、緑谷は動くことを止めない。
幸いにも周囲には木々がある。細かい水平移動によりムーンフィッシュを翻弄することが可能だった。時々かすりはしてしまうが、致命的な傷は受けずに2分ほど動けている。
しかし状況は一見すると緑谷にとって不利だ。ムーンフィッシュの攻撃を避けるだけで、攻撃できているわけではないのだから。彼は上をとってひたすら攻撃している。緑谷が攻撃を届かせるにはどうしても高く跳ばなければならない。そしてその間、ムーンフィッシュのように位置を変えることはできない。空に跳んだところで、刃に串刺しにされることは目に見えている。そしてそれを向こうも理解しているのだろう、決して地面に足を付けようとせずに戦っていた。
「あ、ああ、あと少しで、肉!もう少しで、赤い、肉ゥ゛!」
「っはあ、はぁ、思ってたより足にくるな、これ。20%でも、疲労の蓄積が段違いだ。……っと!やば……!」
人間の集中力は、どうしたって有限だった。
ついに綻びが来た。先ほど轟が作った氷が足元にあることに緑谷は気が付けなかった。
転ぶとまではいかないが、足元の異物のせいで一瞬姿勢が崩れてしまったのだ。
「に、肉!!!!肉ゥゥゥウウウウウウウ!!!!!!」
言葉はめちゃくちゃだが戦闘に関しては嫌になるほどの冴えを見せるこの
ここがチャンスだとばかりに、歯から大量の刃が伸びだす。刃が伸びる途中で何又にも分裂し、さながら箒のような形状で緑谷に雨の様に襲い掛かる。
だが、緑谷はそこから動くことはしなかった。幼馴染を信じていたからだ。
「俺を、忘れてンじゃねえよヴァアアアアアカ!!!!!!!!」
爆豪が飛び出す。今まで木々の陰に隠れていたのだ。緑谷から見て、ちょうど
手を前に構え、いつでも個性を発動できる構えだった。
「!!肉ゥゥゥ!!!!!」
しかし、
途中から姿が見えなくなったことから、いつか奇襲が来るかもと警戒していたのだろう。言動は狂人のソレなのに、戦闘の勘はやけに鋭い
爆豪の掌が光り始める。しかしそれと同時に、歯の刃が彼の目前まで迫っていた。
先ほど緑谷の言ったように、爆破では点に対する圧力が無い。
このまま爆破させても、せいぜい刃の先端が折れるのが限度。カッターの先を折っても無意味なことと同じ。
爆豪は目の前に垂直に来る刃をはっきり認識していたが、個性を発動させることを躊躇しなかった。
BOOOOOoooooM!!!!!!
爆破を発動した直後、刃の軌道は爆豪へ向かう線からズレた。
「ア、アがアアアァァ!?!?」
直後、
その混乱の原因は、
「やった!狙い通りだね、かっちゃん!
「うっせえわデク!この程度できて当然だわアホ!」
爆豪の爆破はそれ自体特別なものではなかったが、ムーンフィッシュの予想から外れていたのは、その向き。
爆豪は自身に向かってくる刃に向かっていた、発動直前までは。しかしその直前で、向きを変えた。緑谷に向けられていた刃に対して爆破を打ったのだ。
爆豪が狙っていたのは、最も刃が伸ばされる瞬間。箒のように何本も伸ばされた刃は、『面』と表現できる程度には数があった。
さてその伸ばされた『面』に、爆豪の『面』制圧力が加わるとどうなるのか。例えば、
結果ムーンフィッシュの頭首は、バルブハンドルのように強烈に回転を強制された。
「アガ、く首、くく首がァ!痛あいああいあアア!!」
もともと、ムーンフィッシュの歯で全身を支える体勢には無理があった。首に相当な負荷がかかることは誰が見ても明らか。彼の着ていた全身拘束具は、連合によって多少改造されていた。その弱点を補うべく首元がサポートされる構造だった。しかしそれでも弱点克服とまではいかず、爆豪の攻撃は大ダメージとなってしまったのだ。
「人は頸椎が弱点なンだよ!外科医でも目指して勉強しとけバァァァカ!!!」
BOOOOOOOOM!!!!
首の痛みと強烈な視界の回転。
いつの間にか上に移動していた彼は、下方向へ向かって再び爆破を放つ。
◇
「かっちゃん、あの個性で外科医ってのはちょっと無理じゃないかなあ……?」
「ア゛アン!?なんも無理じゃねえぞ俺様の人生指南にすら文句あんのか!?言ってみろやデクゥ!!!」
「えっと、あの個性で肉を切断するのって衛生的にどうかって思うんだよ。ほら、唾液とか……」
「バァカ!!!個性使う必要ねェだろ!
「な、なるほど確かに!……でも、医者になるのって相当勉強しなきゃだし、結構難しい提案にも感じられる、かも?それに色々個性の精神的な影響とかありそうだったし……」
「んなもんどー考えても本人の努力不足だろうが!!!雄英に受かるよりは楽に決まってんだろ何
「おい、二人とも無事だったか。どうでもいい話をしてたみてえだな。余裕ありそうで良かった。」
「ア゛ア゛ア゛ン!?」
2人が会話しているところに轟が駆け寄る。
緑谷は細かい切り傷がいくつもあり、OFAの使用や合宿の訓練もあって万全には遠い状態だが、それでもまだある程度は動ける。爆豪と轟に至ってはほぼ無傷だった。
お互い問題なく動けることを確認して安堵した。
「緑谷の作戦は流石だったな。……ちなみにあの
「気絶してる。僕も知らない
「今そいつはどこにいる……?あそこか。念のため死なねえ程度に閉じ込めとく。あの個性相手だと効果薄そうだが……時間稼ぎにはなるか。」
3人は
「……これ、低体温症で死んじゃうんじゃ?」
「それ言ったら、さっきの爆豪の攻撃で首がねじ切れる可能性だってあるだろ。」
「俺がそんな馬鹿みてえなミスするわけねえだろうが!」
「……ともかく、今の俺たちにそんなこと気にしてる余裕はねえってことを言いたいだけだ。今もクラスメイトの誰かが生き埋めになってるかもしれねえ。円場と洸汰を先生方のところに預けたら、早く探しに行くぞ。」
「うん、早く行こう。」
ムーンフィッシュを後にして、三人は動けなかった二人を置いておいた場所に戻る。
彼らの胸には小さな達成感があった。なかなかに強い
だがそれも、数秒後に消えてしまうことになった。
「…………は?」
それは誰の口から洩れた声だったのか。
氷で守られていたはずの二人。その人影が、ない。
相も変わらず周囲は薄暗いので近くまで寄らないと正確に判別できなかったが、逆にそうすることで確実に認識してしまった。
「おい半分野郎!守ってたんじゃねえのかよ!?」
今回の爆豪の誹りに対して、轟は流石に言い返す気にはなれなかった。
「な……なんだと!?目を離していたのは1分くらいで、いや、
「……氷に穴をあけられた形跡がない?氷の壁の上部分から攫うにしても、こんな短時間には無理だ!」
「その無理を通すのが怪盗のお仕事なんだよねえ、雄英ヒーロー科諸君。」
その声は、聞き馴染みのないものだった。
「ッ!!!」
声が聞こえたと同時に、轟はその方向へ大氷結を放つ。
雑だが、並の相手ならばひとまず氷結に閉じ込められる一撃だ。とりあえず成果は出せただろう。
「おぉーっ、体育祭で見たけど、やっぱすごいね君。さっすがエンデヴァーの息子、ってところか。」
「クソッ!!!」
しかしそのわずかな結果さえも得ることはできなかった。空を見ると、仮面をかぶった
「返せよ!!!」
「返す?とんでもない。せっかく手に入れた人質だ。俺たちが有効に活用してやるよ。」
これ見よがしに、新たな
「それにしても、ムーンフィッシュは随分よく働いてくれたみたいだな。彼を時間稼ぎ役にする判断は大正解だったよ。あ、ムーンフィッシュは君たちがさっき戦ってた
「……!!!」
本当にそこに生徒が閉じ込められているのか不明だが、彼らにとって余裕をなくさせるには十分だった。
「クソがああああ!!!次から次へと湧きやがるなァ!クソ
「おお怖い怖い。流石雄英生。俺に付いてこれるなんて。やっぱりまともに戦闘なんてしたくねえな。」
爆豪が飛び上がる瞬間に、
サポートアイテムでも使っているのか、爆豪に追いつかれること無く木々の上を鳥のように飛んでいく様はまさに怪盗といえた。
緑谷、轟も爆豪の後を追う。
「……おいおい!いいのかよ?俺にばっか構ってよ。」
「ハァ?」
「もしかして他の奴らを見捨ててでも俺を捕まえたいのか?いやー、有名人はつらいね。」
思い浮かぶのは、生き埋めになっているかもしれないクラスメイトの姿。
無論
ヒーローを目指す者ならば、
轟と緑谷は一瞬迷ったために足が止まってしまう。
「……ンなもんテメエを速攻でぶっ殺してその後やればいいだろうがァ!!!」
「えぇー……何そのヒーローらしからぬ反応。」
しかし爆豪は少々豪快な発想をしたようで、二人と違い一切迷いを見せない。
「デク!半分野郎!テメエら救助に回れ!俺はコイツをぶっ殺す!!!」
「かっちゃん……わ、わかった!任せた、お願い!絶対取り返して!」
緑谷は爆豪の言うことを素直に聞き後ろを向くが、轟は反発。爆豪に向かって走り出す。
「悪ぃが聞けねえ。俺も行かせてもらう。」
「アアン!?俺の獲物を横取りすんな半分野郎!」
「俺はお前と違って狩りをしに行くんじゃねえ。責任を果たすんだ。あの二人を、みんなを守る責任を……!」
轟の眼には並々ならぬ意思。体育祭でのような暗さは無いが、それに負けない強さがあった。
爆豪は一瞬黙る。轟をどうにかすることがどの程度大変か。そして今の状況で彼の意思を圧するメリット。
彼が出した結論が比較的常識的だったのは、成長と言えるのかもしれない。
「……ッチ、勝手にしやがれ。俺の邪魔すんじゃねえぞ!」
「ああ。あくまで俺の仕事は二人の救出だ。」
出た答えに対し、轟は少し満足そうにする。
しかし、轟が止めていた歩みを再び進めようとした瞬間。
彼の顔の横に掌がかざされる。
「いーや、お前の仕事は俺の遊び相手だよ。轟焦凍。」
「ッ!!!!!」
轟が反射的に声の方に氷塊を放つのと、
轟は氷を生成した直後に反射的に後ろに飛びのく。その甲斐あって炎の直撃は免れた。
しかしその行動により、攻撃の規模がよく目に映った。
「な、なんだコイツの火力!?」
1秒しないかという内に氷塊は完全に融解した。周囲には融点を通り越して沸点に達したかつての氷が白く立ち込める。
すぐに次の炎が来るのではと轟は警戒したが、氷が融解すると
新たな
ただし三人にとっては初対面となる。
「次から次へと!轟君!今加勢しに」
「来るな!緑谷!!!」
反転して走っていたところをさらに反転して駆け寄ってきた緑谷を、轟は手で制する。
「コイツの相手は俺がする!お前は救助を!」
「で、でも!その
「生き埋めになった奴を助けるのに一番向いてる個性はお前だ!重い土砂を一番効率よくどかせられる上に、要救助者の運搬もできる!この状況下、俺や爆豪の個性じゃそういうのは出来ねえ!そうだろ!?」
「……!」
自分の個性が一番向いている、そんなことを言われたのは初めてだったのかもしれない。緑谷の胸に、感じたことのない使命感と嬉しさがこみ上げる。
「お前ならできる!だから行け!」
「……分かった!轟君、絶対無茶しないでね!」
「ああ。こんなところで死んでたまるか!」
緑谷は轟に背を向けて走り出す。
その様子を、継ぎはぎの
「いやあ、優しいもんだなァ。ヒーローの心があるうえに有事の優先順位も的確に付けられると来た。随分とまあしっかり育ったんだなァ、焦凍。」
「お望み通り遊んでやるよ
「荼毘だ。これからしばらくの間遊ぶんだからさ、この名前をちゃんと覚えててくれよ?轟焦凍。」
「馴れ馴れしく呼ぶなッ!お前がここらに火を放ったんだな!?この放火魔め!」
直後、赤い炎と蒼い炎が衝突。もはや周囲への燃え移りなど気にすることは出来なくなり、そこはこの山間部で最大の明かりとなった。
それには目もくれず、緑谷は個性を発動させつつ必死に走る。
邪魔が入ったが、今度こそみんなを助ける。そう思っていたのだが。
「……こ、今度は脳無!?」
「ウウウウウウウウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!!!!」
彼の前に現れたのは、「改造人間」という呼び名が似合う何か。脳をむき出しにしていることから、USJや保須の時の脳無だと緑谷は判断した。特徴は、全身からチェーンソーだのと言った武器を無秩序に継ぎはぎされた人型兵器だということ。
およそ人の言葉など発しないことは明白。見た瞬間、取り得る手段は「撃破」か「逃走」しかないかと思わされた。
しかし逃走の選択肢は取れなかった。成功したとして、この脳無が他の誰かを殺しに行くことは明白だったから。
「クソ……!みんなを助けなきゃいけないのに!」
ヒーローの卵たちの戦いは、いまだ終わる気配を見せない。