本日2話投稿しています。①がありますのでご注意ください。
「まどかさん、右の方からまた来た!」
「任せて!えい!!!!!」
鹿目まどかの放つ矢が、闇に潜んで迫る
脳天に直撃したそれは、矢の見た目の神聖さに目をつぶれば、容易に人を死に至らしめる一撃だろう。しかし、それは人間ではなかった。
直撃を受けた
先ほどからこの状況。
まず判明していることとして、荼毘と名乗る
蒼い炎を出す脅威を持つ
放つ炎は脅威であり、炎をかき消すのに適した個性はこの場にいない。ゆえに、この
ちなみにだが。
まどかの能力だけでは、このようにスムーズに迎撃はできない。実際、最初の襲撃の炎には気が付けなかった。ソウルジェムの悪意感知は、敵の位置を正確に知ることができるほどのものではない。
ではどうしているのかというと。
「……今度は後ろだって!木の枝に上ってるらしいよ!」
「…………見つけた!えい!!!」
「グッ!……出オチばっかかよ、全く嫌になるぜ……」
まどかに正確に位置を伝える役割は口田が果たしていた。
「うん!やっぱり、『生き物ボイス』はすごい個性だね!とっても助かるよ!」
「……か、鹿目さんのおかげだよ、えへへ……あ、次が来るって?ええと……」
足元に来たモグラの話を聞くべく地に這う口田。森に住む動物や虫に力を借り、
ただし、最初からこれができていたわけではない。口田としても、最初にこのようなことができないか試しはした。
同じことを発想したマンダレイが「口田君!動物を使って周囲の状況を探れない!?」と聞くと、彼はこう答えた。
「この森に生きる者たちよ!私の声が聞こえるならばここに集うのです!
…………ダメです、火の音がうるさくて声が届きません!いやそれ以前に、火事で動物や虫たちは逃げてしまっていますし、聞こえたとしても炎がありますから、ここに来れるかどうか……」
「……わかったわ。」
というわけで、個性を生かせそうになかった彼は、しばらくは身を守ることだけに集中していた。
尾白などとともに、この状況に何か役立てないかとやきもきしていた。しかし人質を取られていたということもあり、プロヒーローの二人から「絶対に許可なく動かないで!」と念を押されたので余計なことはせずにいた。
状況が動いたのは、荼毘が襲撃してきたとき。
マンダレイが炎で最初に狙われたために、一時的に生徒たちがヒーローの目から離れた瞬間が生まれた。
「マンダレイさんに手を出さないで!」
まどかは許可を求めることも忘れ、炎を放った人影に矢を放つ。
そうして最初の分身の一体はまどかが仕留めた。しかしすぐに次が来た。
次から次へと来るそれらに対し、正確な位置をつかめないために炎による攻撃を再び許してしまった。
「次は俺かよ! あっぶねえ!」
狙われたのは尾白。幸いにも格闘技を相応に高いレベルで修めていた彼は回避に成功する。
だが、無尽蔵に
「どうしよう、このままじゃ……!」
「せめて、動物達の協力を得られれば位置が分かりそうだけれど……」
まどかの焦りの台詞に対して、口田がふと漏らした一言にまどかが反応する。
「口田君、動物さんたちに協力をお願いできれば、位置がわかるの!?」
「え?うん、協力をしてくれれば、動物、あと虫たちに協力をお願いできる、多分。でもこの様子じゃもう逃げちゃっただろうし、声も届かないと思うし……」
「……なら!一か八か、だよ!えーい!」
「か、鹿目さん何する気?え?うわあ!」
まどかが手にエネルギーのような何かを溜めた後、彼の背を強く押す。口田は思いの他強い衝撃により少しバランスを崩した。
口田には変化が如実に感じられた。エネルギーのようなものが全身を駆け巡っている感覚。不思議と勇気も湧いてくるような気がした。
「か、鹿目さん?今口田君に何したの?」
「……パワーアップ、です?」
「えぇ……?」
「あ!もしかして期末の時にやってた「コネクト」ってやつか!?」
「そんなにすごい物じゃないよ。ただ、エネルギーを込めて頑張れー!って感じ?」
まどかが誤魔化すようにマンダレイと尾白に笑いかける。
実はまどかは今ヒーローの指示に従わず勝手に個性を使ってしまったのだが、マンダレイは謎の現象への混乱と炎への警戒で頭が手一杯で、叱ることを忘れてしまっている。
「……口田君、もう一回個性を使ってみて?」
「う、うん。この森に生きる者たちよ!私の声が聞こえるならばここに集うのです!」
横にいたまどかは、連日ずっと大声で訓練していたのによく声が枯れていないなと少しだけ感心した。
口田が叫び終えた後、一瞬の静寂があった。
やはりだめだったのか、いや判断するのはまだ早いか、とやきもきしていたころ。
「あ!モグラさん!?」
「キュウキュウキュウ!キィーーー!!!」
口田の足元からボコッという音が何度も聞こえた。いくつも土が隆起した部分が現れ、その一つ一つから生き物が現れる。
見たところモグラの群れのようだった。口田は最も近くにいた一匹に耳を近づける。
「わっ!?あ、鹿目さん!ここから5時の方向から来ているって!」
「わかった!!!えーい!!!」
まどかは指された方向へ矢を放つ。木々の隙間の闇に吸い込まれたかと思われたそれは、だれも気づいていなかった人影に突き刺さり、そしてそれをドロドロに溶かした。
近くにいた尾白やマンダレイは、口田が思いもしない成果を上げたことに喜びを示す。
「すごいな口田!見直したよ!こんな非常事態でも動物を呼び出せるなんて!合宿の個性伸ばしの成果と鹿目さんの個性のおかげってことか?」
「多分……そうだと思う。」
「口田君……もしできるなら、動物を使って沢山情報を集めてもらうことはできる!?」
「もちろんです!……え、な、なんですか?」
「……なんかそのモグラ、すごい気が立ってないか?」
尾白の言う通り、彼の足元に現れたモグラは妙に手をバタバタさせていた。土が飛び跳ね、口田の顔に少しかかってしまっている。
「ええと……
『今こそ長い忍耐の時代を終わらせる時!そのためにいかなる協力も惜しみません!先祖代々からのこの森を守るために、私たちも戦います!
ここ十年、私たちは苦難の時代を生きていました。我々はただ静かに暮らしていただけなのに、ある時突然住処の土を取り上げられ、恐るべき力により謎の巨大な土人形に変えられてしまった。それ以来、土に生きる者たちはいつ住処を追われるのか、あの恐ろしい力に巻き込まれて死ぬのかと怯えて暮らす日々だったのです。反撃しようにも、犯人は全く分かりませんでした。
しかし、感覚が鋭敏になった今ならわかる。あの邪悪な臭いを放つ連中!あなた方と違い、命を弄ぶことに一切の躊躇がなさそうな顔をしていますよね!奴らのせいで我々は辛酸を舐めさせられてきたに違いない!今こそ反撃の時!奴らを撃滅し、平和な森を取り戻す!今こそ!!!』
…………と言ってます。」
「なあそのモグラ、本当に大丈夫なのか……?」
改めて現れたモグラをよく見ると、口田は違和感を感じ始めた。目がかすかに桃色に光っている気がする。鳴き声も普通ではありえないほどうるさい。そもそもモグラは縄張り意識が強い生き物で、群れは作らないためにこれほどの数が集まるのは妙だ。さらに言えば、モグラは目が退化しているので正確に地上の物体の位置を知るのは難しいのではないか。嗅覚と触覚は鋭いが、先ほどから木の焼ける匂いが強く立ち込めているので、嗅覚で探し当てられるとは思えない。
動物に詳しい口田だからこそ、この生き物が本当に自分の知っているモグラなのか不安に駆られ始める。
(……い、いや!このモグラがどんな生き物だろうと、僕たちに協力してもらわないと。今、僕にできることをやらなくちゃ!)
しかし彼は、頭を振ってその考えを振り払う。今は非常事態。協力してくれるのならば、それがすべて。謎解きは後だと自分に言い聞かせた。
「もしかして私、何か失敗しちゃった……?」
モグラの発言を聞いて、まどかは何かミスしてしまったのではと怯える。
力を与えた当人が何を弱気なのだと口田は柄にもなく突っ込みたくなった。
「えぇ……?……あ、だ、大丈夫だよ鹿目さん!
「……そ、そうだよね!モグラさんがやる気になってくれたってことだもんね!一緒に頑張ってこのピンチを切り抜けようねモグラさん!」
「キィーーーーー!!!」
二人の声よりも大きな鳴き声が、モグラたちから発せられた。
マンダレイが横でバツの悪そうな顔をしていたのは全力で見ぬふりをした。
◇
一方、この場に居合わせているさやかと虎は、しばらくの間はマグネとのにらみ合いに興じていた。
ピクシーボブを人質に取られているのだからやりようがなかった。たださやかは、ピクシーボブが
「この作戦はねぇ~~~、アンタ達が如何にずさんな教育管理をしているのかを世に知らしめる作戦なのよ~~~?」
「な、なんだと?」
その間、マグネはベラベラと作戦の内容を話し出す。
といっても、話しているのはあくまで目的の部分。これからどう攻撃する予定なのかといった重要なところは全く言わない。
「だって今回の事件、雄英が合宿の場所を
「はァ!?そんなわけないじゃん何言ってんの!!!」
「……今回の件、確かに我々ヒーローの失態であるのだろう。だが、ふざけるなッ!そもそも貴様らが情報を悪しきように使うからこそこの世に不幸が生まれているのだ!その責は、貴様らが言っていいものではないだろう!!!」
「土砂災害に強いプッシーキャッツが
「そんなことをさせるわけないだろう!今にここにヒーローの増援が来る!それまで貴様らには生徒たちに指一本触れさせはせん!」
「あああああ!!!虎さん!今すぐこいつぶっ潰していいですか!?!?」
「な、ならん!落ち着け美樹さやか。あれは
何か狙いがあるのだろうと察しつつも、その煽りは確実に精神に負荷をかけていた。
いつ爆発してもおかしくなさそうにプルプル震える彼女を、虎が横で必死に宥めている。それが続いていた。
しかし、荼毘が来たことでマグネの言動に変化があった。「人質を抱える必要がなくなった」とマグネは言ったのだ。
何か仕掛けてくるのではと警戒していたが、一向に何もしてこない。ニヤニヤ笑ってさやかと虎を見るだけだった。
視界の外でまどかが荼毘の分身を倒してくれるのをうれしく思いつつも、こちらは焦りを抑えながら待つことに努めた。
「…………ええ。そこね、まさに。」
「……?」
マグネがふいに小さく呟く。笑みがさらに深くなっていた。虎とさやかの神経がさらに尖る。
「じゃあさようなら。魔法少女サン。」
「え?何?」
「上だ!伏せろ!!!」
さやかは反射的に上を見る。
そこにあったのは黒い靄。そして何か丸い物体が落ちてきていた。
(あ、手榴弾だ。)
物体の危険性に反し、さやかはどこか冷静にそう判断した。
先ほどからマグネが煽ってきたのは、これに気付かせないためだったのだ。
虎は、頭上にある靄に気が付いた瞬間に彼女に駆け寄る。しかし距離がある。手榴弾の接触までには間に合わない。
虎の脳裏に最悪の光景が浮かぶ。至近距離での爆発により、地面のシミになってしまう生徒。ヒーローが最も忌避する事態。
(我は、我はヒーロー!こんなところで、生徒を死なせてなるものか!ええい我が足よ、もっと速く動かないか!こんなところで、諦めるものかあああああ!!!)
骨が折れそうなほどに強く地を蹴りさやかに向って飛び出す。
だが、一瞬遅い。何をどうやっても間に合いそうにない。
絶望感が虎を支配するが、虎の視界には予想外の姿があった。
冷静に落ちてくる手榴弾を見据え、剣を構えるさやかの姿だ。
虎にとって、その光景は何の救いでもない。手榴弾は切断しても構造的に爆発が止まることなどない。仮にうまく撃針部分を破壊できたとしても、切断による摩擦熱などさまざまな衝撃が火薬に作用する可能性が高いのだ。
ましてや女子高生の彼女が、そんな知識を持っているはずもない。
しかし彼女は、迷いなく剣を振りぬいた。
そして手榴弾は美しく二分される。
爆発してしまう、と虎が考えたところでさやかにようやく指が触れた。しかしもう爆発してしまうだろう。
やはり庇えなかった、と虎が目を閉じる。
しかし次の瞬間、虎はさやかをかばう形で地に彼女を押し倒した。庇うことに成功したのだ。
同時に爆発音は確かにしたが、想定していた爆発の衝撃はほとんどなかった。
「え、ちょ!?うわ!!!」
「……む、むむむ?遅れてしまった気がしたのだが……?」
「ちょっとなんですかいきなり!?……って、あ、そっか。爆発からかばってくれたんですね?」
「あ、ああ。押し倒してしまってすまん、すぐに退こう。」
虎は立ち上がり周囲の様子をうかがう。まどかや口田達が、こちらに大丈夫かと声をかけるのが聞こえた。
それに問題ないと応えつつ、状況が理解できていなさそうな顔をしているマグネも相変わらずであることを確認。
そして手榴弾はどうなったのかと軽く見渡してみると、信じられないものを見つけた。
切断された手榴弾の片割れだった。
つまり、さやかは手榴弾を起爆せずに2分割し、片方を切り『飛ばした』。飛ばした方は起爆するための反応が起きている部分だったのだろう。それが器用に切り飛ばされ、爆発はしたが被害が最小限になるような形となった。
こんな都合のいい現象は、さしものマグネも予想していなかったようだった。
細心の注意を払って爆発しないように片方の爆弾部分を遠くに放る虎を唖然と見ることしかできない。
「ハ……ハァ!?なんで爆弾が起爆しないのよ!?それも個性だって言うの!?」
「え?あーと……」
「……奇跡が起こったな。
「…………そ、そうなんですね!いやあ、危なかったなー!」
虎としても奇跡としか言いようのない現象だったが、彼女の個性が何かしらうまく働いたのだろうと無理やり自分を納得させた。そうしてマグネだけでなくこれからは黒霧にも警戒しろと自分に言い聞かせるのだった。
実のところ、さやかにとっても冷や汗ものの攻撃ではあったのだが、彼女にとってこの現象は奇跡ではなかった。
(ほ、ほむらと戦う練習していてよかったああぁぁ!)
この世界に来ても、時々暁美ほむらとは戦闘訓練をすることがあった。彼女の攻撃は基本銃撃、時々時間停止を織り交ぜて変則的な攻撃をするという流れだ。
がしかし、たまに彼女の機嫌が悪い時があった。例えばまどかとの約束がやむを得ない理由でドタキャンされたりなどだ。そのとき、さやかが「あれれ~?今日はまどかに来てもらえなかったんだ~。」などと煽ると、彼女は無言で時間を止め、さやかの眼前に手榴弾を置いて時間停止を解除する。もちろん安全装置は抜いた状態で。
魔法少女なので死にはしないが、心臓に悪い上に相応にダメージを食らうために「さすがに爆弾はナシでしょ!危なすぎ!」とほむらにクレームを入れる。しかし、「ソウルジェムが砕けないように置いているわ。あなただってちゃんと回避したじゃない。それに、回復は得意分野でしょう?」と言い合いして、最後に双方が巴マミに諫められるのがお決まりだった。
しかしさやかにとってもやられっぱなしは癪だったので、仕方なく手榴弾の構造を調べ、魔力を使って片方を起爆させないように切断し被害を抑える方法を編み出したのだった。
ちなみにそれをほむらに披露したところ、最初ほむらはさやかのドヤ顔を数秒眺めた。その間だけは、さやかはほむらの品がない悔しそうな顔を見ることでとても幸せな時間を味わった。
その後さやかの前に2個爆弾が現れ、結局食らったのだが。
つまり、手榴弾攻撃はさやかにとって対策済みの攻撃だったのだ。
◇
「……ん?うぅん?」
ふと、マグネの足元から声がした。
ピクシーボブの目が、薄く開いていた。先ほどの小さな爆発が、彼女の意識を覚醒させたのかもしれない。
「ピクシーボブ、起きろ!個性を使って上のやつを飲み込め!」
目ざとくそれに気が付いた虎が、反撃の時は来たと大声で呼びかける。
一瞬、虎は勝ったとさえ思った。彼女の個性があれば、土を使って周囲の消火ができる。生き埋めになっているかもしれない生徒を助けられるかもしれない。
状況は一気に好転するだろう、と。
「あっ、ヤバ!!!」
しかしそれにマグネも気が付いたようだ。
マグネは持っていた鈍器を大きく振りかぶる。視線の先には彼女の頭部。
人質とすることを諦め、彼女を殺害するつもりなのだろう。
さやかと虎はそれを直感的に感じ取れ、危機感が体を突き動かした。
「させるかああああああ!!!!!」
「投擲ですって!?」
さやかは反射的に持っていた剣を投げた。やぶれかぶれのそれではない。剣は一切の回転なく、まるで機械によって正確に射出されたかのようにマグネに向かう。
マグネはどこか油断していたのだろう。「この距離ならさすがに殺害は妨害されない」と。しかし、それはさやかが生身で突っ込んでくることだけを想定していた。投擲攻撃ならば、その時間は大幅に短縮される。
「ギャッ!?あ、磁石が!!!」
着弾したのは、鈍器を支えていた手の部分だ。指の間に刺さる形で入ったので切断とはならなかったが、少しかすったために痛みがある。
しかしそれ以上にマグネにとって痛手だったのは、鈍器が手から弾き飛ばされてしまったことだった。
ピクシーボブを殺すために、追加で数秒必要になってしまった。
「おらあああああ!!!!!」
「しまっ!?」
「待て、迂闊に前に出るな!!!」
しかしその数秒は、美樹さやかにとって距離を詰めるのに十分な時間。
声の方に目を向けたマグネが見たのは、次の瞬間には攻撃レンジに入ってくるであろう美樹さやかの姿だった。後ろでは虎が慌てて追いかけている。
まるで正義のヒーローのように、自分のわずかな隙をついて状況を打破してくる相手。
その瞬間、マグネに湧いたのは怒りだった。自分のような社会のはみ出し者が舐めてきた辛酸を、ようやくヒーローどもに返せると思っていたのにこの結果。しかもとどめを刺そうとしているのは、苦労などほぼ無縁でただ強い個性をおそらく偶然手にして、悠々と暮らしているであろう女子高生。
なんとなく、
「……な、舐めるんじゃないわよおおおおお!!!!!!」
「おわ!?」
マグネは個性を発動させる。マグネの個性『磁力』でできることは、近くにいる男性にS極を、女性にN極を付与すること。
自身には磁力を付与できないが、有効範囲内にもう一人、人間がいる。マグネの足元にいたピクシーボブだ。
マグネは磁力をかなり器用に制御できた。ピクシーボブに対しては単に全身を強力なN極にしただけだが、さやかに対しては全身ではなく、足元のみを狙って磁力を付与した。
結果、さやかは足払いを受けたような形となり体勢を崩してしまう。そしてマグネの近くに到達したときには、無防備に頭をさらしてしまう形となってしまった。
「最後に油断したわね!!!この小娘があ!!!」
最後の最後で勝った。逆転勝利のドーパミンがマグネの頭から大量に分泌された。
マグネの肉体は、裏世界で生き抜くために鍛え上げられたもの。下手な武器よりも凶悪な筋力と体格だ。
それが一切の遠慮なく彼女の脳天に拳の形で振り下ろされる。
ゴンという鈍い音とともに、何かが折れる感覚。頭蓋か頸椎か。どちらにしても即死、治癒は意味をなさないに違いない。
その推測はマグネだけでなく、追いかけていた虎でさえも同じ考えだった。
「やってくれたなあ!!!この!」
「へ、え?」
しかし直後、マグネは腹部に熱い線が走った感覚を覚えた。
見ると、目に飛び込んできたのは本当に赤い線だった。偶然刀が当たったのではない。服の下には簡易ではあるがプロテクターが仕込まれている。つまり、意思と力を持って切り裂かないと切り傷などできない。
さやかの体勢を見ると、片手を地につけた不格好な体勢ではあるものの、もう片方の手で刀を振りぬいたことが見て取れた。
「確保おおおぉぉぉ!!!!!」
「あ、しまっ!!!」
直後、マグネは遅れて駆け寄ってきた虎に拘束。ゴムのように伸びる手足を全身に巻き付けられ、万力のような力で締め上げられる。血管が締め上げられ、脳に送られる酸素がゼロになる。
「……ざけんじゃないわよ、なにその、理不尽な、個性……」
意識を失う直前、マグネは何もかも恵まれたように見える相手への呪詛を吐くことしかできなかった。
◇
「大丈夫か!?思いっきり殴られていたが、怪我は?」
「だ、大丈夫です。当たり所が良かったみたいですね!」
マグネの気絶を確認した虎は、大急ぎで美樹さやかの状態を確認する。
虎の見立てでは、彼女は常人ならば完全に首が折れる一撃を食らっていたように見えたのだ。しかし実際は、さする程度のことはしていたがピンピンしていた。
「だ、大丈夫さやかちゃん!?」
「このぐらい平気だよまどか。……そういえばさっきから荼毘って奴も出て来なくなったね。」
「うん。それでやっとまわりを見渡せる余裕ができて、そうしたらさやかちゃんが殴られるのが見えて……」
「あはは、心配させちゃってごめんね。このくらいさやかちゃんなら平気だって。」
まどかの言うとおり、荼毘と名乗る分身体は少し前から出現しなくなった。分身による奇襲攻撃は無意味だと悟ったのだろう。
さらにいえば、上空のカメラもいつの間にか消失していた。ヒーロー側の優勢を悟り配信を止めたと思われた。
「あ!ピクシーボブさんは!?」
「…………い、いない。もしかして飲み込まれた!?」
「クソ、我が気を取られている間に……!なんということだ!」
しかし何もかも勝利といえる状態ではなかった。ピクシーボブの姿がなかったのだ。
先ほどマグネを拘束しようとしたときに、磁力によって彼女は一時的に遠くに飛ばされた。そのせいで視認しづらい位置に行ってしまい、その間に黒霧のワープゲートに飲み込まれた、というのが事の真相である。
ここにいるヒーロー達は細かい経緯は把握していないが、黒霧によって回収されてしまったことはおおよそ想像がついた。
「……情けない、ヒーローとしてここまで何もできなかったとは。」
状況が落ち着き、虎は地団太を踏んで悔しがり始める。
「ヒーロー科生徒諸君、そして普通科の二人とも。こんな危険な目に遭わせてしまって、本当に済まない。」
「あ、頭を上げて下さい!虎さんが頑張ってくれて私たちはとてもうれしいですよ!」
「いいや。本来ならば、我々プロヒーローが諸君を守らなければならないのだ。それが、
「……私からも謝らせて。本当にごめんなさい。
「そ、そこまで言わなくても……あ、あ!そうだ!ラグドールさんは!?」
「……連絡がつかないことを鑑みると、彼女も先制して襲われた可能性が高い。」
昼間の訓練の時の威圧感が嘘のように、誠実に自分たちに対し謝るヒーロー2人に4人は困惑するしかない。
いたたまれなくなったまどかは無理やり話題を変えたが、そちらもあまりいい話ではなかった。
「だ……大丈夫なんでしょうか?こういうときって……」
「案ずるな。彼女とて一人のプロヒーロー。さらわれ人質になったケースの訓練も当然受けている。彼女の『土流』ならば、場をかき乱すことは得意中の得意だからな。まず君たちは、自分たちの心配をするのだ。」
「ま、まあでも、いったん落ち着きましたよね?とりあえずよかったです。」
「いいえ……全く落ち着いていないわ。」
マンダレイの鋭く否定する言葉に、4人は少し気圧された。
「状況は全く油断できん。我らはいまだ脅威にさらされている。確かUSJを襲った奴の名前は、そのまま「黒霧」だったか?そのワープの個性の存在だ。」
「あ……!」
尾白と口田はその名を聞いて恐怖を抱く。USJの時に来た
「これまではね。あの個性で襲われた場合のシミュレーションは、情けないけれどあんまりされてこなかったの。想定される攻撃方法に際限がないから。今回の襲撃で、ワープが如何に強力な事か、あなたたちもよく分かったでしょう?
しかし実際は、
……でも、今日の襲撃で認識を変えないといけなくなった。制限はあるのかもしれないけれど、現在、
「何が……って、例えば?」
「……あんまり怖がらせることは言うべきではないのかもしれないけれど、あなたたちは現実を冷静に受け止められそうだから言うわね。
頭の上に爆弾が落ちてくるかもしれないし、足元に宇宙空間とのワープゲートが突然開くかもしれないってことよ。」
「そんなむちゃくちゃな!?……って、そうか、そうですよね。実際にそれをやられたのがこの状況ですし……」
暗い空気がこの場を支配し始める。そして全員周囲をきょろきょろする回数が増えた。
どこかに黒い霧が生まれているのではないか。足元に火山の火口への入り口が明くのではないか。対処が難しい数々の可能性が脳裏に浮かぶ。
「……これからどうするんですか?助けは来るんですか?こんな森の中で……」
「助けは来るわ。HNWっていって、特別な救助システムがあるのよ。もう20分もすればヒーローの応援が来る。これはハッタリじゃないわ。
だからとにかく救助優先。怪我をしている人を見つけて、ここに運び込む。」
「でも、ここは安全なんですか?さっきの話を聞く限り、ここにいても黒霧の個性のターゲットにされたら……」
「口田君の言うことはもっともよ。だから、ここを安全な場所に
どういうことなのかと4人は困惑していると、マンダレイは立ち上がりある生徒の元へ歩き出した。
肩に手を置いて顔を覗き込んだ相手は、鹿目まどかだった。
「鹿目さん。あなたに、ここの守りをお願いできるかしら?」
「へ?私、ですか?一体何を……」
「黒霧が現れたら、そこめがけて全力で個性の矢を放ってほしいの。」
「……えっと?」
まどかはなぜそんなことをするのか、まだピンと来ていない。
「普通科の生徒にこんなことをお願いするなんて……やっぱりどうかしてると思う。でも、いま対抗できる方法はこれしかないの。黒霧のワープゲートが開通するには多少の猶予時間がある。そして多分……『霧』である以上、物理的な衝撃にはあんまり耐えられない、と私は推測しているわ。だからこの土砂災害を何度も起こしてこない。何かの方法で準備した分しか、今回の攻撃はできないから、ということよ。
……まぁ、本当はできるのかもしれないけれど……」
マンダレイは嫌な考えをしてしまい一瞬目を伏せてしまったが、振り払って話を続けた。
「とにかく、賭ける価値のある可能性であることは確かよ。あなたの個性ならば、黒霧のワープゲートを『破壊』できるかもしれない。仮にゲートが開いたとしても、その向こうにある爆弾やらなんやらを一気に爆破できるかもしれない。
だから、あなたはここにいて常に周囲の状況に目を光らせて、いつでも矢を最大威力で打てるようにしていてほしい。
ハッキリ言って責任重大。助けが来るまでずっと神経を張りつめることになるわ。でも、鹿目さんにしか頼めないの。……お願いできる、かしら?」
「……わかりました! 必ず、みんなを守ってみせます!」
まどかが普段の優し気な様子からは考えられないほどに強い意志を持つ声で返答する。
それに続いて、他の生徒三人も声を上げた。人の助けになりたいというのはヒーローの本能と言ってもいいだろう。
「……あ、あの!俺たちにできることはないんですか!?」
「ぼ、僕も!何か手伝えることはありますか!?」
「口田君は引き続き生き物と協力して、さっきの分身体みたいな奴が来ないか、そして周囲に人がいないか探ることをお願い。もしかしたら私のテレパスを組み合わせてもっと沢山の生き物に協力してもらえるかもしれないわ。」
「はい、もちろんです!」
「尾白。貴様は我とともに来い。見たところほぼ無傷だな?ならば要救護者を我とともに探しに行く。担ぎ役を頼みたい。ただし
「は、はい!もちろんです!」
「あ、じゃあ一緒に私も行きますよ!」
「いや。美樹よ、君もマンダレイと共にここにいるのだ。」
「え、なんでですか!?私全然動けますよ!っていうか、さっきもう個性使って戦っちゃいましたし、もう戦闘許可だのなんだのって今更じゃないですか!?」
さやかは腕を振り回してアピールするが、虎は手をかざして制止する。
「そういうことではない。君にも重要な役割がある。」
「え、っと?」
「貴様の個性だ。この状況、わかるだろう?」
「あ……」
つまりは、さやかに怪我人の治癒を任せたいということ。
この襲撃状況で怪我人ゼロなどあり得ない。しかも発生したのは土砂災害。ヒーロー科であるからと言って、皆が命を守り切れたなどと考えるのは楽観的過ぎるだろう。
どころか何人も死んでいてもおかしくないが、それはここにいる誰もが決して口にしていない。あまりに不吉すぎるから。
「ちなみに、後どれほど個性を使える?グリーフストーン……だったか、それは後どの程度あるのだ?」
「そりゃたくさん持ってきました、か、ら……あ……」
さやかは思い出す。
荷物はあの宿泊施設に預けてしまっていたのだ。グリーフストーンもそこにあった。それが、土砂によって流されてしまった。
幸いにも常備分が手元にあるので多少はあるが、何も考えずに回復を使うわけにはいかない。
「……10人くらいには最低でも使えます、多分。施設に結構置いてきちゃって……」
「…………そうか。なら、これからは極力個性を使わないでくれ。最近の出来事で思うところはあるかもしれないが……この場は、皆を助けるために個性を使って欲しい。」
虎の発言には少しの沈黙があった。思っていたよりも制限があることの落胆だったのかもしれないが、仮にそうだとしても虎はそれを表に出さないよう全力で努めた。
「も、もちろんです!今使わないでいつ使うの?って感じですよ!」
「その意気や良し。尾白、口田!貴様らも気合を入れろ。活躍で普通科に負けるな。そして決してあきらめるなよ!明けない夜などないのだ!!!」
「え……ええ!望むところです!」
「は、はい!」
そうして、この安全地帯とした広間にはマンダレイ、まどか、さやか、口田が留まることになり、虎と尾白は要救助者の捜索に当たることとなった。
この2人ですべての要救助者を探し出せるかと言われれば、怪しいと言わざるを得ない。分かっているだけでも、合宿施設と肝試しコースの一部で土砂崩れが確認されている。そして、
それでも今は、彼らにとってやれることをやるしかない。ヒーローとは、可能性がゼロではない限り人を救ける存在なのだから。
ちなみに今のスピナーは役立たず状態と見なされて一時的に後ろに回されたようです。