アビドス3章にて、単独行動するホシノを追いかけて殺戮鉄道で死闘を繰り広げるニンジャスレイヤー=サンの活躍は見事でしたね…。ビームスリケンやガトリングカラテの応酬に大満足でした。ヤッター!
朝靄も晴れない早朝の時間帯。
前日から寝床にしていた車の座席で目を覚ましたVは、眠気眼を擦りながらバックミラー越しの自分の姿を改めて確認する。
そこには加齢による変化こそ入れど幼少の頃から見慣れた男らしい自分の顔が…存在しない。
今の彼は小児性愛者が好みそうな可愛さとあどけなさが残る少女の姿に変貌し、あれほど鍛え上げた筋肉など見る影もない。
…それ自体はノンバイナリーや性自認など新しい価値観が浸透していたナイトシティの住人として、化粧感覚で顔が変えられた経験からそこまで深刻に捉えていないが…彼の頭を悩ませているのはもっと大きな問題だ。
「まったく…何が起こったんだ?」
あの時、一時の感傷に従って己の命と引き換えに人助けをしたV。
しかし次の瞬間にはキヴォトス学園都市なる謎の場所に、現在も乗車している愛車ごと放り込まれるという異常事態に陥っていた。
最初はタチの悪い夢だとか、ナイトシティで流行ったBDと呼ばれる違法な体験型VRで幻覚紛いの映像を見せられていると推察したが、その割には余りにもこの世界は細部が作り込まれている。
むしろブードゥー辺りの呪いと言われた方がまだ信憑性がありそうだとVは感じ始めていた。
(まさか死後の俺を、ジョニーみたいに魂をデジタル化して記憶痕跡に…)
それは死ぬ前に経験した数奇な大事件。とある事情でジョニー・シルヴァーハンドという伝説の男と同化して過ごした日々は、Vという男の人生を良くも悪くも激変させ、世界的大企業アラサカすら巻き込んでナイトシティに革新の大混乱を齎したのは記憶に新しい。
そこまで考えて首を振るV。
(特殊な事情があったジョニーはともかく、あのアラサカが怨敵でもある俺を記憶痕跡にする理由が無い…)
ならば、今の自分は何処にいるのか?
少なくとも、海すら有する敷地面積を誇り数千の学園を未成年の女学生だけに運営させる都市なんてあれば、場所がどこであれば必ずネットの噂になった筈だ。
となれば異世界…。
眉唾物だが、信じざるを得ない証拠もある。
何せもう二度と使えない診断されていたサイバーウェア及び、機械化された身体部分…クロームの全てが復旧していたのだ。
キロシと呼ばれる眼球型のセンサー。
それに連動した脳幹部のクイックハックシステム。
ライフルの斉射にも耐え得る皮下アーマー。
圧倒的膂力を誇る人工筋肉。
どれも銃社会であるキヴォトスの生活では必要不可欠な機能ばかりで、特にヘイローという恩恵を持たないVにとってはありがたい生命線だが、逆に神様が奇跡でも起こさない限り再び立ち上がるなんて真似は出来ない。
「取り敢えず……何か腹に入れてくるか」
悩み続けても状況は良くならないと判断し、まずは腹拵えだなと車のドアを開いて外に出ると、一夜過ごすだけでもかなり固まってしまった筋肉を思いっきり延して解す。
その姿は相変わらずのTシャツ一枚とジーパンに護身用のハンドガンだけで、年頃の女の子として無視出来ないほど色気が無い。
だが、そんなのは知った事かとお気に入りであるラーメン屋へ足を運ぶV。
本人は気が付いていないが、生徒達の若い感性から見れば目立つ事この上ない身なりであった。
しばらく歩くこと数分。
ここブラックマーケットは人の出入りに制限が無く、活動する時間も様々。朝方だろうと夜更けだろうと人通りは常に活発で、特に食事処では夜勤帰りの客層に向けて開店直後に通常メニューが並ぶ店も多い。
細長い直線の路地を満たすような濃厚なスープの香りが漂う小さなラーメン屋に到着すると、やや草臥れた軒先には朝ラーメン有りますの一文が記された看板が立てられ、実に美味しそうなイラストも描かれている。
Vは高まる食欲に従ってゴクリと喉を鳴らし、暖簾を潜ると元気良く「らっしゃっい!」と声を掛ける店主に向かって、すかさず注文を飛ばす。
「ソイソースヌードルの大、ヤサイ増し。あとギョウザ」
やや高い位置にあるカウンター席に小ジャンプで腰を掛けると、据え置きのピッチャーからお冷やを注いで駆け付けの一杯を飲み干す。
(かーっ、冷えた水のサービスが基本無料ってのはジャパンが誇る良い文化だよな)
欲を言えばアルコールの一つでも提供して貰いたいが…まぁ学生しかいない街じゃあメニューには並ばないよな。と内心でボヤきながら次の水を注いでいく。
そして未成年と来れば当然、タバコ類が販売している筈もなく、必然的に暇を持て余してしまう。
なら単にぼうっとするよりも、付近のネットワーク機器に侵入して情報収集に勤しむ事にした。
キヴォトスもいくら科学技術が発展しているとはいえ、倫理観を捨て去って過度な高度化を果たしたナイトシティ基準の技術には遠く及ばない。何せVはパソコンや携帯端末を用いなくとも脳内チップから無線でネットワークに侵入し、立ち塞がるセキュリティの数々を顔パスレベルで突破出来る。
その後は優々と自分が少しでもこの地で有利に立ち回れる情報が無いかをネットサーフィン気分で検索するだけ。
するとミレニアム方面のデータベースに怪しげな取引記録があるのに気が付いた。
大量の建材が新規施設のために購入されているのは良いとして、その搬入費だけが他の事案より明らかに嵩んでいるのだ。勿論、それだけなら末端の作業員が工賃の一部を割り高にして私服を肥やしているとも考えられるが、この共通点から建材の見積書を逆に追ってみるとその全てが、とある個人による単独決裁に収束するキナ臭い共通点が見つかった。
しかもそれは昨日今日に限った話ではなく、下手をすれば年単位で周到に進められているようで、並大抵では無いほど計画的に事を進めているらしい。
…これはちょっとばかり現地で調査してみるのも面白そうだと思い立ったVは、断片的な情報からその場所がエリドゥと呼称されているのを記憶し、マップにピン刺しよく留めておく事にした。
「ん?」
そろそろラーメンが出来上がる時間なので閲覧を切り上げようとするVだったが、一瞬だけ発生したラグに違和感を感じてログアウトの手を止める。
すると案の定、コチラに気が付かれないよう逆探索のハックを仕掛けている者がいた。このままでは自分という存在が割り出されるのも時間の問題だ。まだキヴォトスでの立ち位置を決めていない段階で詮索されるのは困る。
そう考えたVはまず護身用のファイアウォールを起動。相手が手間取っている内にダミーを放出しようとするが…。
(もう抜けられた!? おいおい、どの世界にも凄腕のネットランナーってのはいるもんだな)
電子プログラムを一瞬見ただけでその本質を見抜き、虚偽と判断するセンスはとても得難く希少なものだ。
こうなったらより攻撃的なハックシステム、デーモンプログラムを食らわせるしかないと判断して、【行動鈍化】のプロトコルで牽制しつつ、【オーバーヒート】で相手のネットワーク機械に過負荷を強いて物理的に破壊する手段に出た。
が、相手はやはり只者ではなく、デーモンによる時間稼ぎ自体は成功しつつあるが、その横で逆探索プログラムの進行を止める事は叶わず、今まさにVの喉元にまで届きつつある。
(これ以上は…駄目か。いくらこっちの技術が進んでいるからといって、荒事専門である俺には荷が重かったか)
軽い気持ちでハッキングして痛い目にあったVは己の軽挙を悔やみつつ、最上位デーモンである【強制自爆】を実行。最終手段としてネットワークサーバーの一部を破壊。いわば物理的ログアウトで危機を脱する。
これでもVの位置がブラックマーケット周辺なのは判明してしまうが、逆に言えばそれだけしかリスクを負っていない。
何せ普段から犯罪だらけのこの場所で違法アクセス自体は日常茶飯事。個人の特定はまず不可能で、まして何の端末を使わずに脳にチップを埋め込んだ人間が存在するとは露にも思わないだろう。
(はぁ、朝からいきなり頭脳労働をする羽目になるとは運がない)
いつの間にか冷や汗を掻いていたVの前に、ちょうど良いタイミングで注文の品が届いた。
香ばしいソイソースを基本に沢山の野菜と共に煮込まれたチキンスープが織り成す香りのハーモニー。シャキシャキの葉物野菜と厚切りの焼豚がドカンと乗った極上のビジュアルは、安価な合成食となんちゃってアジア飯ばかりの侘しい食生活ばかりだったVを唸らせる至高の逸品だ。
そこに無料のペッパーを存分に効かして、モッチリした食感のヌードルをフォークにこれでもかと絡め、それを一気にひと啜り。
「……気に入りませんわ」
とは行かなかった。
いざ口に入れようとした瞬間。
テーブル席に陣取った悪魔の角と蝙蝠翼が印象的なゲヘナ生徒の四人組から、文句の声が上がったのだ。
「まずはスープ。濾しの作業を怠ったせいで以前より口当たりに違和感があります。同様に乳化の塩梅も中途半端、人気店の名に胡座を掻いて手間を惜しんでいるのでは? 焼豚も歯応えがあると仰いますが、これでは単に硬いだけの赤身肉ですわ。…グレードを落として安価な仕入れ先に変えましたわね」
見た目の気品さとは裏腹に、途轍もない辛口を溢す美女がいた。
「私は食べ応えがあって好きだよ〜」
「アンタはそればっかじゃない!」
「ウフフ…まぁ折角早起きしたのに期待外れだったのは事実ですしねぇ」
そこから相継ぐ3人の悪口も相まって、普段は大人しい店主も怒りの感情が抑えられないのか、それとも図星を突かれて逆上したのか、思わず手に持ったお玉を振り上げるが、それよりも早くクレーマー達が銃器を構える速度が早い。
「このような食事を出されては私達の矜持に反しますわ。…お覚悟を」
胡乱な目を向けるVは知らないが、彼女達は美食研究会という字面だけなら平和的な部活動に勤しみそうな生徒だが、その実態は狼藉者が多いゲヘナ自治区の中でも特に札付きとされる有名なテロリストである。
美食という言葉を盾に食事が気に入らなければ銃器を突き付けて脅す…だけで終わる訳もなく、店そのものを物理的に破壊しては反省を促すという自分勝手極まる行為を重ねた極悪人。
そんな彼女らの横暴がまさに始まらんという決定的瞬間を前にして、慌てふためく客の中ではいち早く騒動の予感していたVはゆっくりと視線を元に戻し。
ずるるるっっ、ずるっ、ずるっ。
「……」
「……」
モグモグ…モグ、んっぐ…ゴクン。ふぅ。
平然とラーメンを食べ始めた。
(やっぱり一口目にペッパーが来ると内側から目が覚めるな。ここでお冷やをひと口飲んで、次は野菜だけをスープに浸して…うんうん、噛めば噛むほど甘みが出る食感と焼豚の旨味がベストマッチだ)
存分に箸を進めたら、今度は味変とばかりに小皿へ酢と辣油を注いで、焼き立てのギョウザをサッパリとした味わいで頂いていく。ニンニクの効いた豚肉の味も味わいつつ、身体に活力が湧くのを感じる。
「わぁ〜☆ 美味しそう〜」
「…随分とマイペースな方がいらっしゃいますのね」
そんな声を聞きながらお冷やで口の中を洗い流したVは、心底嫌そうに応えた。
「そりゃあ、いちいち子供の癇癪に付き合って食事を邪魔されてたまるかよ」
「何ですって! 私よりちっこいクセに!」
「はぁ…。ならコイツを見たら黙っててくれるか?」
Vが取り出したのは銀色のハンドガン。シルエットこそオートマグ系列のモデルに近いが、銃身下部据えられたマガジンはモーゼル式を思わせ、何より拳銃と呼ぶにはサイズが大き過ぎる銀銃だった。
「あら? ここで争うおつもりで?」
「まぁ、アンタらがこのまま馬鹿な真似をするなら吝かじゃねえな。食いもん屋で暴れる不届き者にはお仕置きが必要だろ?」
「それでしたら罪があるのは店主の方ですわ。美味なる食事を提供する努力を怠るなど、見過ごせないと言っているのです」
「…あぁ?」
ここでようやくVは、ナイトシティで良くあった食い逃げやイチャモンを付けてタダ飯を食いに来たギャング共とは、そもそもの動機が違う事に気が付く。
「私達は美食研究会。食の探求に日々邁進し、食の冒涜には制裁を下す部活動をしています。此度は早起きをしてまで人気のラーメンを食しに来たのですが…期待外れでしたの」
露骨に肩を落としたリアクションをするのは部長であるハルナ。その後ろで首を縦に振る小柄な少女ジュンコと微笑みを携えたままのアカリ。そして勝手に食を進めるイズミの四人が奥のテーブル席を囲んでいた。
どうやら彼女達は彼女達なりの矜持を持って行動に移したらしいが、今日ばかりは運が悪かった。
先行き不安な身である事に加えて先程の不始末で静かにフラストレーションを溜めていたVにとって、彼女らの言い分はスルー出来ない言動だった。
「ふざけてんじゃねぇぞ、クソガキども」
Vは元々ストリートチルドレンと呼ばれる孤児の出身だ。幼い頃は何の後ろ盾も無く、充分な栄養どころか日々の糧を得るだけで精一杯。選り好みしている余裕なんてどこにも無かったというのに。
「テメェらは本気で飢えた連中を見たことがあるか? ドブネズミを生で齧り、腐った残飯を食い、土を掘ってミミズを啜る毎日を、世界で一番幸せだと思う人間が世の中には居るのを知ってるか?」
これは単なる八つ当たりだ。
しかし、それでも気に入らないからという理由だけで飯屋に粗相をしでかし、破壊行為を行うというのなら、多少なりとお灸を据える必要があると彼は考えた。
「…考え方の相違ですわね。下を気にして極上への足枷にするなど単なる怠惰。進むべき道を他者に邪魔されるなら排除するだけです」
「なるほど。そこだけに関しては同意見だ。つまり今、俺の足枷になってるお前らも同じ覚悟してるって事だよな」
まさに一触即発。
剣呑とした雰囲気がそこまで広くないラーメン屋を満たして吹き荒れる。
そして癇癪を起こす寸前だったジュンコがまず動き始めた。
愛用のアサルトライフルを二挺持ちで構えて乱射に次ぐ乱射。とりあえず何かに当てればそれで良いとばかりに、ろくに狙いもつけないトリガーハッピーの状態でトリガーを引き続ける。
「ひ、ひぇ〜!」
頭を抱えて避難するラーメン屋の店長と他の客達と、弾け飛ぶ食器に調理器具。風穴だらけの椅子や机が宙を舞い、続いて愛用の機関銃を構え終えたイズミによる弾幕射撃が店内を満遍なく蹂躙していく。
「はっ、ノーコンのチーカ如きに舐められたもんだな」
そのどれもがVを直接狙わない…今の彼が幼女かつ一人という見た目の不利を鑑みた、彼女達なりの手加減を感じ取った彼は、久々にストリートの掟である"舐められたら終わり"を思い出し、サイバーウェアの一部を起動する。
ーーーネオファイバーに置き換えられた神経網と迅速な加速を可能とする強化腱。
そこから弾き出される圧倒的な初速をもって美食研究会の面々へ肉薄。反射的に身構える何人かを無視して天井付近に向かって跳躍すれば、視界から完全にVの姿が消える。
そして銀銃からフルオートで弾丸が吐き出され、全弾命中で穿たれたのは…彼女達の銃器だった。
(ハナから拳銃程度の口径じゃあキヴォトス生徒に傷を付けるのは難しいのは分かってる。ならこういった遭遇戦で狙うべきは、グリッチだよな)
神秘という謎めいた力によって、生徒達が常人としてはあり得ない頑健さや銃弾に威力を込められるのは知っていた。だからこそ、耐久力で劣る銃器を狙ったV。
勿論、完全に破壊する事は叶わないが、それでも細密部品の塊である銃はどの世界であろうと少しでも歪みや破損が発生すると途端に威力を落としてしまう。
Vはそのまま、彼女達が囲んでいたテーブルの上に立つ。
「このぉ!」
「きゃっ!?」
片方だけ銃を取り溢したジュンコが残ったライフルを鈍器代わりに振り回すが、それはすぐ横にいたイズミに衝突する。所詮はラーメン屋のテーブル席。長物ばかりを装備している彼女達にとって近距離戦は想定外の鬼門だった。
その間にリロードを完了させたVが発砲。散り散りに距離を取ろうとする彼女達の中で最も足が遅かったジュンコに狙いを付けて肉薄する。
「ちょっ! さっきから何で私ばっかりー!」
文句を聞き流しながら背後に周り、片腕を首に巻き付けて締め上げる。この自分を守る即席の盾として敵のメンバーを前面に突き出す動きは、一対多の戦いに慣れたV得意の戦術だ。
これならば相手はどうしても同士討ちを避けざるを得ない上、遮蔽物として利用すれば安全に弾丸のリロードも出来る。
ここでじっくり説教でもしてやろうと一息を付くVは、残りの美食研究会の表情を伺い、そして息を呑んだ。
「今までお世話になりました、ジュンコさん」
「これが運の尽きってやつかな〜?」
「今日は散々ですね!」
「おまっ…! 最低限の仲間意識もねぇのか…!?」
そこにあったのは【飛んで火に入る夏の虫】を見るような無機質な笑み。残りの3人は無言のまま同じタイミングで隠し持っていた手榴弾のピンを抜き、投擲する瞬間だった。
まさに外道。
ツッコミも虚しく、ラーメン屋に残されるのは彼と半泣きのジュンコと三つの手榴弾。こうなれば残った時間に出来る事はごく僅か。
この場だけは、Vの思惑を超えて手段を選ばなかった美食研究会の完全勝利と言っても差し支えないだろう。
「サンデヴィスタンッッ!!」
ただし。ほんの一秒後に、勝敗は逆転する。
「なっ…!?」
駆け抜けるのは神速。
目の良さが命であるスナイパーのハルナを持ってしても追い切れない、人外のスピードで動くVがラーメン屋から飛び出たかと思えば、既に対面のビルを蹴って飛び上がり、目の錯覚なのか、空中で二段ジャンプして上へと向かう。
そのタイミングで早朝の日差しがブラックマーケットの路地に眩しく降り注ぎ、呆然とするハルナ達が見たのは天高く放り投げられた三つの手榴弾と、真下に落ちながら銀銃を構えるVの姿。
それはまるで縦長のキャンバスに描かれた宗教画のように美しく、周囲の人間は思わずその光景に見惚れ、脳裏に深く焼き付ける。
だが、次いで聞こえるのは目を覚ます無骨な炸裂音と大爆発。
普段から清掃されていないビルの側面や窓枠、散らばっていたゴミなどが拡散して煙幕のような視界不良を引き起こす。
…そんな中でも、Vは爆風で地面に叩き付かれながらも次の瞬間には、冷静に周囲の情報を把握していた。
サンディヴィスタン。
先程、Vが発動したのは彼の隠し玉の中でも最上位にランクインする機能で、その能力は目にも止まらない超速稼働だ。脊髄を丸ごと入れ替えて実装したクロームが脳内の時間をこれでもかと圧縮。身体能力を短時間だけ極限まで引き出すのだ。
生物の限界を超えた戦闘が可能となる恐ろしいこのサイバーウェアなのだが…余談として、人体の中枢を担う脊髄の換装を実行する行為は一歩間違えば全身不随になってもおかしくない危険な手術を必要とする上、精神に異常を及ぼしやすいとナイトシティでも実装する者が極端に少ない曰く付きの代物でもある。
しかしそれだけあって、性能の高さは折り紙付き。
手榴弾の処理だけで無く、落下の際に左肩ごとビル壁に擦り付けて絶妙に勢いを殺し、大部分の衝撃を軽減まで可能にしていた。
誤算だったのはVの人肌を模したスキンが剥がれ、代わりに金属質なクローム義腕が露出してしまった事だろう。
(不味いな、この身体をヘタに勘繰られても困るし…とっとと終わらせるか)
粉埃が舞う路地裏を再び、神速が駆け巡る。
未だ己の状況を把握していない美食研究会を一人ずつ昏倒させていくのは最早、流れ作業に近い。
…最後のハルナだけは振るわれる銀の腕に目を見開いていたが、Vは煙の濃度が薄くなっていくのと厄介事の雰囲気を感じて無視を決め込む。
最後に哀れな生贄となって気絶していたジュンコには悪いが、長袖制服の上着を剥ぎ取って左腕ごと覆い隠す。
「悪いな店長。あとはよろしく。今日の支払いはツケといてくれ」
「あ、あぁ…」
これ以上の騒動は勘弁とばかりに、Vはブラックマーケットの奥へと消えていく。
なお、ここら一帯の治安を守るマーケットガードが爆発騒ぎを聞きつけて現場に到着する頃には美食研究会は全員、ちゃっかりと意識を取り戻して逃走を果たしている。
そしてこの日を機に、Vの存在は否応無しにキヴォトス中で注目されてしまう。
ある者は、ミレニアム随一の美少女ハッカーであったり。
ある者は、何故かボーッとする事が多くなった美食研究会の部長だったり。
ある者は、ただ静かに「クックックッ」と笑みを浮かべたり。
いつか燃え上がる大騒動の火種は、今確かに燻っている…。
マロリアン・アームズ3516
Vの持つ銀銃にして、ジョニー・シルヴァーハンドの代名詞となったハンドガン。
ジョニー=サンがどんなモーターヤブだろうと一発で撃ち抜ける破壊力を求めて発注したワンオフ品で、繰り返す改造によって原型は留めておらず、リボルバーとオートマチックピストル両方を掛け合わしたようなデザインをしている。
サイバネ化しなければ反動で腕の骨が折れてしまうほど強力な弾丸を放てる他、焼夷弾や閃光弾など多種な弾頭を使い分け可能。