先日の騒動によって左腕が物理的に一皮剥けてしまったVは、サイボーグ部分を修理出来る技師か医者を探し、キヴォトスでも随一の科学力を誇るミレニアム自治区まで愛車を走らせていた。
この車はナイトシティ時代から乗り回してきたアウトローという車種で、見た目こそ普通車と大差無いが大量の銃火器を詰め込んだトランクを始め、ガラス部分を防弾仕様の投影モニターに換装、フロントバー部分に四連装機銃を備えるなど、実戦での運用を目的とした改造が随所に盛り込まれている。
しかも幼女になってハンドルに手が届かなくなってしまったVにとって、脳内インプラントを経由して無手でも運転出来るのは非常にありがたかった。
両手フリーの状態で見通しの良い直線の高速道路を快速で駆け抜ける。突き抜けるような青空の下を走る爽快感も合わさって、気分は一人気ままなドライブそのもの。そこに昼食用に買っておいたサルサドッグを口にすれば、もう言う事無し。
ただでさえ美味いホットドッグに、トマトと刻みタマネギがたっぷり入った旨辛のサルサソースを乗せた至高の逸品。行儀なんか気にせず一気に口へ頬張り、Lサイズのコーラで強引に流し込むこのジャンクな味わいは、他所の気取った食べ物ではそうそう味わえない。
やはりどの世界でも旨いものは美味いのだ。
特にキヴォトスに来てからは天然食材が大量に流通している関係で、味のグレードがナイトシティ時代より一回り以上高いのが当たり前。幼い頃やストリートとして芽が出なかった時期の食うに困った粗食の数々を思い出して、食べ過ぎてしまうのも無理はない。
上機嫌のまま今度はベターなホットドッグでも食べるかと、サイドレバー横に置いた持ち帰り用の箱に手を伸ばすVだったが、少し進んだ進行方向に勢いよく……生身の人間が落ちてきた。
「はぁぁぁぁ!?」
咄嗟にサンデヴィスタンを起動。自分以外が遅くなった世界の中、精密操作で必死に車輌を動かす。理由は分からないが、正面衝突だけはするまいと何とか回避には成功するも、元の速度が早かったために派手なスピンを起こして路肩に乗り上げてしまう。
少なくない衝撃に頭を抑えながら現場を覗いてみれば、着弾点というべき場所からピンピンした様子のミレニアム学園の所属であろう生徒が姿を現した。
「うぅ〜、ユウカ先輩のせいでジェットパックが壊れたー…」
蛍光色の長いピンク髪をツインテールに結えた少女は涙目でぼやきながら、背中に乗せていた機械を思いっきり遠くへ放り投げて、周囲を見渡す。
するとその先にはちょうど良く一台の車が…Vのアウトローが停車しているのを発見すると、これ幸いと勢いよく駆け寄って来た。
「すいませーん! えっと、鬼とか悪魔に追われてるんで助けてくださーい!」
なんだその、あやふやな理由は…。
思わず呆気に取られるVだが、今日の予定は既に決めてあるし、これ以上の面倒事を抱えるつもりもないので、彼女には悪いが無視を決め込んでアクセルを踏もうとする。
しかし。
次の瞬間には、電子ロックであるアウトローのドアセキュリティをいとも簡単に突破し、我が物顔で乗車して来るとは、流石のVも予想出来無かった。
「おまっ、どうやって!?」
「にははは、私に掛かればどんな鍵もセキュリティも、ちょちょいのちょーいなんです! ささっ、とりあえずこの場を離れましょー」
あまりの無体に逃げ去る作戦は失敗。おれよあれよと助手席に座られてしまう。それでも諦めずに少女の首根っこを掴んで追い出そうとするが、余裕の様子で車内を物色している。
「おっとー? 何やら私でも見た事ない機械がチラホラありますねぇ。ふむふむ、なるほど?」
「どこまで図々しいんだよ、こいつは…」
美食研究会のように悪意を持って妨害してくる輩ならともかく、何故か悪意を感じさせない、ある意味で純粋なコユキの行動はVに実力行使を戸惑わせる。
暴力と薬物で物事の9割が片付く世界に生きてきた荒々しい経験が、無垢な存在への足枷になっているのだ。
その間にも彼女は勝手にコンソールにボタンやレバーをガチャガチャと忙しなく動かし、その姿は完全に新しいオモチャを見つけた子供そのものだ。かといって下手に何らかセキュリティを無効化されても困る。
「あぁもうジタバタすんじゃねぇ! これでも食ってろ!」
「あむっ!?」
とりあえずそのまま好きにさせる訳にはいかないので、子供を黙らせるには食い物を与えるのが一番という、なけなしの経験則に従って奇跡的に吹っ飛ばなかったホットドッグを彼女の口に捩じ込む。
最初こそ違和感に驚くが、それが無害どころか美味しい食べ物だと判断すると、素直に助手席へ戻ってモグモグと咀嚼を繰り返す。そして最後には残ったコーラを遠慮なくストローで飲み干して大満足といった様子で破顔する。
「いやーこのホットドッグめちゃウマですね! あとで売ってる場所教えて下さい!」
「そいつは構わないが…逃亡?の手助けはしないぞ。一人で勝手に逃げ回ってくれ」
「そんなぁ、ここで会ったが百年目です。この格好良い車でちょちょいと助けて下さいよー」
「そう言われてもなぁ…」
「ちなみに謝礼はたっぷりですよ?」
「……話を聞こうか」
そこから説明されたのは何とも頭を抱えるしかない内容で、どうやらこの生徒、セミナーと呼ばれるミレニアムの中でもトップ集団にスカウトされるだけの才覚を持ちながらも、だいぶ常識外れなところがあるらしい。事ある毎に運営資金や債権に手を出しては、面白そうな遊びに全力投入しては散財していた過去を持つ。
しかも今回は、セミナーの機密情報を抜き取って裏の情報屋に情報端末ごと渡そうとしたところを現行犯で見つかったらしく、物的証拠という言い逃れできない状況の中、隠し持っていたジェットパックで空を飛んで逃げて来たらしいが、先輩の一人に背中を撃ち抜かれて落下したとの事。このままではC&Cという何故かメイド服を着たエージェント部隊に捕まるのも時間の問題だと騒ぎ立てている。
「コントかよ」
「ユウカ先輩に捕まったらお仕置き確定なんですよー。しかもまた捕まったら追加でどうなるか…早く遠くへ逃げないとー!」
逃げてどうにかなるもので無いと呆れながらも、彼女のしでかした行動そのものには関心するV。
本人は造作も無いように語っているが、キヴォトスでも随一のプロテクトを誇るミレニアムのセミナーを手玉に取るその手腕は正に天性のソレ。
恐らくは解錠という行為に特化した才能なのだろう。そしてこういった手合いと繋がりを持つ事は後々、必ず力になるとVは経験から知っている。
「…唾、付けとくか」
「ふぇ?」
「いや、何でもないさ。…それよりこれからどうするんだ? 逃げるにしても何処までいくつもりだったんだ」
「そこまでは別に…とりあえずこの情報端末を売ってお金すれば何とかなるかなーって」
「…まぁ乗りかかった船だ。仕事として俺に依頼するなら、安全なセーフハウスまで逃してやるぜ」
「本当ですか!?」
目立ちたくはないが、この才女に恩を売る絶好の機会だと判断したVは、今日の予定を全て放り出してもお釣りが来ると判断。コユキを一旦、ブラックマーケットに匿おうと考えたのだ。
「それじゃあ、まずは自己紹介だな。…俺はV。ただの傭兵だ」
「Vちゃんですか。はぇー、身長は私より低いのに何かとっても大人びているというか、自然と敬語を使ってしまうこの雰囲気…只者ではありませんね! あっ、私の名前は黒崎コユキですよ」
「ちゃん付けかよ。…んじゃ、コユキ。匿うのは良いとして、どれくらいの期間でユウカ先輩とやらの機嫌が落ち着くのか、それとソイツを売る先についてなんだが…」
そんなこれからの予定を二人で纏めていると、動き出した事態はもう既に隣まで迫っていた。
「ーーー見つけたぞ、白兎。大人しく端末を渡しな」
「!?」
ズダンッとコユキが開け放ったままのドアから、人の声と着地した音が聞こえる。助手席越しで姿ははっきり見えないが、とても友好的な相手とは言い難いようだ。
「ひゅぃ!? ネ、ネルせんぱい…」
「この期に及んで抵抗なんてするなよ…あと、横にいるのは…共犯者か?」
「…どうしてそう思う」
「ハッ! あの白兎が心底楽しそうにお喋りする相手だぞ? 状況証拠ってやつだ」
どうやら雑談に花を咲かせ過ぎたらしい。セミナーからの追手とやらが直ぐ横まで迫った危機的状況に陥っているらしい。
なので、まったく抵抗の意思を見せずにVはニヤリと笑う。
「じゃあ一言だけ。…コユキ」
「あん?」
「はぇ?」
怪訝な顔をするネルを他所に、怯え切って小動物みたいに震えているコユキを安心させるために口角を上げる。
「実は俺、こういう依頼が大の得意でな!」
助手席を通り越してナニカをネルに投擲。隙を作るのと同時に、脳内操作で車のハンドルを全開で切りながらアクセルもベタ踏み。
数瞬のスリップを経た超信地旋回紛いの横回転で車体を車道に戻すと、ネルと呼ばれた追手を置き去りにしてアウトローが走り去る。
「くっ…あのガキ、許さねぇぞおい!」
Vが投げたナニカを警戒して、反応が遅れてしまったネルはまんまと出し抜かれる結果に怒り心頭の様子。
そして片手で握り潰したナニカの正体は……ホットドッグの空箱。手榴弾でも無ければ刃物でも無い、ごくありふれた紙の箱。
故にたっぷりと残されたケチャップとサルサソースが彼女の髪をベッタベタに汚す程度しか、被害は与えていない。
『…00から各員へ。プランをAからDに移行しろ。03は車両の位置特定、02は狙撃の準備。01は大体の行き先を予想して教えろ…あと、あたしが捕まえるからな!』
ーーー少なくともコユキを追う鬼は実在したようである。
そして、C&Cは焦っていた。
『…目標は南東方面に向かって逃走中。進路はそのまま…いえ、少々お待ち下さい』
03のコールサインを頂くアカネは指揮所にて逐次更新される情報を仲間達に伝達しながらも、普段の冷静さを欠いた自分を恥じていた。
苦戦しているのだ。たった一台の車を相手にしたカーチェイスに。
セミナーから寄せられた依頼内容はいつもの白兎案件だったはず。飽きもせず犯罪行為と逃亡を繰り返す一年生が、今回は持ち出し厳禁の情報を端末にコピーして売り飛ばすという洒落にならない行動を起こし、その端末の回収を命じられている。
だが、今回に限っては共犯と思われる生徒が逃走を幇助しており、ネルが一度捕捉したにも関わらず、未だ逃走を許すというアクシデントが既に発生していた。
ミレニアムの道路を爆走するVのアウトローの運転は実に荒唐無稽で、進路を予測しやすい高速道路から一般道へいち早く降りたかと思えば、信号無視は当たり前、追越し禁止も知った事かと、車の間をすり抜けながらひたすらミレニアム外へと突き進む。
かといってただ直進するのではなく、ランダムな頻度で右へ左へ目紛しく進路を変えて行き先を惑わし、更にはあらゆる方向からの狙撃を意識してか、車の位置を微調整する動きは明らかに素人が咄嗟に出来るテクニックではない。
ミレニアム自治区が誇る大量の監視カメラでも完全に捉え切るのは難しく、位置の予測はおろか凡その進行方向しか伝えられない不甲斐なさに歯噛みする。
(キヴォトスでここまでカーチェイスに慣れた人物など、どこの記録にもありません。どのような人物が手引きしているのでしょうか…)
雨の日に傘を持ち出す感覚で対戦車砲を携行するキヴォトスにおいて、生徒の移動に使われる車輌は専ら戦車や武装トラックといった耐久度重視ばかり。軽快に走る普通車を純粋に追い掛けること自体が非常に珍しいのだ。
一つでも情報の伝達を間違えば完全に見失う。
そんな予感に突き動かされながらアカネは思考と予測を充分に重ね、眼鏡の奥の瞳を見開く。
『…南方面に向かって下さい。恐らくはゲヘナ方面に抜けようとしているかと』
『『『了解。』』』
僅かな情報の中にあったゲヘナの制服。それに加えて今までの進行方向から自らが所属する自治区へ逃げようとしているのだと予想する。
信じてくれるメンバー達の期待を裏切らないよう尚も車の位置を追い続ける。
しかし、まだ最大の問題が残っていた。
相手の動きは衰えを知らず、減速すらしていないような速度で狭い路地も駆け抜けていく。
このままでは如何に身体能力が優れるC&Cのエージェントメンバーとはいえ、何処かで必ず減速させなければ距離を詰められない。
ならいったいどうすれば良いのか?
C&Cは同じ治安維持の任を担うヴァルキューレとは異なり、質の高さと引き換えに動員人数が圧倒的に不足している。
こんな時、進行方向にあらかじめ人員でも配置してあれば話は別だったのだが…。
『!! 03からリーダーへ、策を思い付きました』
『言ってみな』
『はい。これから私の権限で交通プログラムの一部に介入し、そこで……』
『渋滞を起こします』
「…なるほどな」
ビルの屋上から屋上へ。空を飛ぶようなパルクールでVを追うネルは、今回の奇策に感心の声を上げる。
巻き込まれてしまう一般生徒や住人達には申し訳ないが、未だ影すら踏めない下手人を捉えるには、そうでもしなければならないのだろう。
「闇雲に追い駆けるより…進路を予測して待ち伏せするより…一般車両を投網代わりにして交通渋滞で絡め取るわけか」
ミレニアム自治区は一部を除いて、設立当初から交通網や人員の流れを計算してから新規の建設や増築を行っているため、地図に記載漏れが起こりそうな路地などの小道が極端に少なく、車の行き来が制御しやすい。
そこで信号機を操作して赤信号の時間を長くするなど小細工を施せば、比較的安全かつ何処だろうと交通渋滞を発生させられる。
どれだけドライビングテクニックに長けた輩であろうと、平面でしか移動出来ない車では動きを止めざるを得ない。その間にC&Cのメンバーが接敵する寸法だ。
現にVのアウトローは為す術なく渋滞に巻き込まれて立ち往生している様子で、ネルの遠目からでも再び姿が確認出来る。
このまま距離を詰めて終わりにしようと駆ける足に力を込めるが…C&Cの面々はVという存在を甘く見ていた。
「なっ!?」
ーーー歩道が空いているではないか。
そんな幻聴が聞こえて来るような無茶を平然と実行するのは予想外に過ぎた。
ハンドルを横に切ったと思えばガイドレールを薙ぎ倒し、道行く人だらけの歩道へ侵入したかと思えば、申し訳程度のクラクションを鳴らしながら爆走していく。
人々の悲鳴と吹き飛ばされるゴミ箱や車輌販売店。合間を縫って走行しているが、進む度に小さくない被害を撒き散らす暴挙。コユキとの共犯を問うつもりが、とんでもない重犯罪を軽々しく行う相手に戦慄する。
「くそっ、このまま逃げられてたまるかぁぁ!」
ここまでやられて見てるだけ、なんて結果をネルは許さない。少なくとも障害物が多い地形を無理やり走っているせいで速度は出ていない。
ならば全身全霊を以て捕まえてみせると改めて自覚したネルは、あろう事かパルクールの途中で手を離して天高く自分の身を放り出す。
そのまま慣性に従えば地面に落ちて終わりだが、彼女は愛銃同士を繋ぐ鎖を外し、前方のビルに投げ放って基点にすると、ブランコのように己を加速させるという掟破りのスパ●ダーマン式移動法を繰り返してVへと迫る。
そして渋滞の最後尾を捉えるのと追い付いたのは全くの同時。
上空から車を踏み潰す勢いでアウトローの上面に着地したネルはもう獲物は逃さないとばかりに凶悪な笑みを浮かべてサブマシンガンを構えるが…そこは相手にとっても間合いの内側である。
耳触りな高周波音に不審感を抱いている内に何の警告もなく発砲された方向は真下。電磁加速による障害物の貫通を可能としたショットガン"サタラ"の不意打ちだった。
盲打ち故に直撃を免れたのか、怪我一つないネルだが、上空へ飛び立つ轟音の弾速からその威力を想像して冷や汗を流す。
現にサタラという銃は電磁加速装置によって折り紙付きの破壊力を誇り、特にVが持つカスタム品は通常タイプと比べて3倍のチャージ時間を有する代わりに、当たればどんなに頑丈なキヴォトス生徒であろうと致命傷は避けられないクラスまで高まっている。
(下手な防御は悪手だな。だったら…)
手持ちのサブマシンガンを真下に向かって放つが、車は当然のように防弾仕様にしてあるらしく、先ほど襲った規格外の散弾で空いた細かな穴以外に擦り傷も付けられず、それに加えて下手に上方向以外から攻撃すれば、散弾の余波で一般生徒を巻き込みかねない。ならば。
「全員、逃げてろよぉぉぉ!!」
尚も走り去ろうとするアウトローのタイヤに向かって鎖の一部を引き千切り、ワザと巻き付かせる。正確には車軸部分を狙った投擲は、金属製の輪が複雑に絡み合いタイヤの動きをこれでもかと阻害する。
「そんで…もう一丁っ!」
それでもVの愛車はカスタム仕様故の大推力に物を言わせて突き進むが、反対側も絡み取られてしまえば流石に動けない。
甲高いブレーキ音と共にアウトローは今度こそ完全に停車を余儀無くされて道端で動きを止める。
「さぁ、これでおしまいだな。とっと諦めちまえ」
ネルの宣告に対して、なかなか目標は動かなかった。そして痺れを切らすギリギリでドアを開けて出て来たのは、最初の邂逅では顔まで見ていなかったコユキの共犯者と思わしき人物だった。
「やる事が派手だな、エージェント。マックス・タック並みに目立ちたがり屋らしい」
啖呵を切る相手を見て驚くネル。
現れたのはドスの効いた声色とは裏腹に、ゲヘナの上着にスラックスを履き小学生でも通じるような幼さを持つ少女だった。
ただ向けられる目つきの鋭さは無言の圧力とも言うべき雰囲気を纏っており、随分と年季が入っているようにも感じる。
何より、胸元の大型ハンドガンと背中に×を描くように背負ったショットガンとアサルトライフルはどれもキヴォトスで流通する規格品とかけ離れた凶悪なフォルムで、それを使い熟すというならば並大抵の実力者ではないのだろう。
「素直に白兎を突き出すつもりは無いみてぇだな」
「生憎と、仕事の依頼を途中で放り出すような半端はしない主義でね」
するとVはじっとネルを見つめ始めた。
怪訝に思いつつも特に何かされた様子も無く、むしろガンを飛ばされていると勘違いした彼女は正面からVの瞳を覗き込む。
そして、その眼球が瞬きを一切せずに瞳孔の内側でカメラレンズの焦点を合わせるような動きをしているのを見つけてしまう。
「…てめぇ何者だ」
「やっぱり、人体相手のクイックハックは無理か…ん?」
いつの間にか二挺のサブマシンガンが真っ直ぐと構えられている。同時に危険を察知したVも銀銃をホルスターから抜き去って銃口を向けていた。
「ミレニアムにも度し難い馬鹿ってのは何人か居るけどよ。…【何があったらそんな身体になる】」
「あー、なるほどキロシを見たのか。目が良いな…」
「答えろ」
「やだね」
会話の答えは否。そして相対しているのは敵同士。ならば自ずと互いが次の行動を起こすのは決まり切っていた。
「なら、とっ捕まえて吐かせる!」
二挺持ちのサブマシンガンから放たれる濃密な弾幕が扇状に広がる。が、それを予測していたVは脚部の強化腱によるダッシュ機能を用いて渋滞している車道へと躍り出た。
「ここまで来て簡単に見失うかよ!」
更に連射。トリガーハッピーのような猛攻だが、その狙いは実に正確で一般車両への誤射は全く無し。回避先をなぞる様に銃弾がアスファルトに刻まれ、Vに一瞬の回避遅れも許さない。
ならそのまま後手に回るのか、と聞かれたら彼は首を横に振るだろう。ダッシュの継ぎ目が来る度に銀銃から射撃を行い、こちらも相手側に隙あれば攻勢に出る気満々だった。
結果。渋滞という一般人からすれば逃げられない籠の中で、二匹の猛獣が暴れ回るという見せ物として見るだけなら面白いであろう競演に強制参加する事に。
そんな戦況は矢継ぎ早の攻撃を続けるネルにやや傾いているように見えるが、実際には圧倒的にVが不利を被っている側だ。
何故ならコユキを追っているのはC&Cという集団であり、一箇所に留まるのは応援を呼ばれる絶好の機会だからだ。それが分かっているのか、ネルは勢いの強い言葉を吐きながらも決して無理はしないよう立ち回っている。
少なくとも、Vがコユキを見捨てない限りはこの場に押し留めるつもりなのだろう。
「なら、コイツはどうだ!」
周囲に響くのは最近どこかで聞いた高周波音。そんな危険な代物を密集地帯で撃つつもりなのかとネルは一瞬だけ顔を顰めてVが盾にしている車両に回り込む。そしてチャージの時間など与えんとばかりに弾を打ち込むはずだった。
しかし。
「目と耳の良さは命取りになるぜ」
Vはチャージの音だけを鳴らして、ネルが飛んできた方向にナニカを放物線に投げる。
…それは決してホットドッグの空箱でも無ければケチャップでも無い。手のひらサイズの小さな板切れ。…今回の依頼に対して行われたブリーフィングで確認していた情報端末…!
「なっ…!?」
何かするにしても攻撃だと思っていたネルに思考の空白が訪れる。元々はこれを回収するためにコユキを追いかけていたのだ。放り投げられた端末を見逃す訳にはいかない。
だからこそ、反応出来なかった。直前のVの言葉の真意に気が付いてしまった。
まさかの2投目は閃光弾。薬品の化合による強烈な発光現象によって人間の視力を一時的奪う非殺傷兵器の一つである。その光量はあらかじめ瞼を閉じたとしても、皮膚を貫通して目眩を起こすほど強く、同時に引き起こされる炸裂音も合わさって、並の人間ならば数分は身を固くして動けなくなってしまうほど。
それは如何に頑丈なキヴォトスでも無視出来る効果ではなく、ネルという脅威を一時的にでも凌ぐには絶好の選択だった。
「コユキ!」
「バッチリです! 私に掛かれば鎖で出来た知恵の輪なんて朝飯前!」
いつの間に外へ出ていたのか、コユキはアウトローのタイヤ部分に巻き付いていたチェーンを解いて再び走行可能な状態にしていた。
…ネルに捕捉された際、僅かな時間とはいえ相談する時間を作ったVは【解錠】という行為に万能な才能を持つコユキに、足回りの復帰を頼んでいたのだ。
本当に可能かどうかは未知数だったが、どうやら運の神様は彼らに微笑んだらしい。
「待ち…やがれ…つぅッ!」
恐ろしい事にヨロヨロとだが、情報端末を握り締めながら既に立ち上がるネルに驚きを隠せないVだが、追撃の閃光手榴弾をお見舞いして難を逃れる。彼は内蔵したキロシによる対閃光防御によって影響は及ばないが、勝利を確信して調子に乗ったコユキがガン見していたらしく、両目を抑えて「目がー!目がー!」と愉快に叫んでいる。それに苦笑しながら、まずは一刻も早くこの場を離れるべきだとアウトローに乗り込んで、人気が無くなった歩道を再び進む。
「じゃあなチビメイド。2度と会わない事を祈るよ」
「にはははっ! Vちゃんと私の初勝利です!」
ネルとVの騒動によって少なくとも歩道はガラガラになっており、アウトローは快速で現場を離れていく。もうすぐそこはミレニアム自治区の外側で、ネルは滲む視界越しに自分が出し抜かれたのを理解した。
依頼自体は成功している。
外部に漏らす事が出来ない情報端末は回収出来たが、当の犯人と共犯者による施しのような形で手に入れた不名誉な結果となった。
「ヴィー…。てめぇは次会ったら、絶対に締めるからなぁ! あと誰がチビだぁぁぁ!!」
怒髪天を突いて叫ぶネルを他所に、遠ざかるアウトローはゲヘナ自治区の方向へと進んでいく。
この進路は決してV自身が選んだわけではなく、C&Cから最短で逃げるためのルートなのだが、その事実を知る者は誰もいない。
マックス・タック
手配度MAXで登場するケンドー機動隊の最上位。
ライオットマッポを遥かに上回る性能で犯罪者を粛清する。
またミヤモト=マサシが生み出した最強の兵法【囲んで棒で叩く】をマスターしており、ボス体力が複数人かつ同時に襲いかかってくる絶望感はセキバハラの合戦にも及ぶ。