BlueArchive ~Another Hope~ 作:笹の船
悟飯は今にも飛び出していきたい衝動を必死に抑えていた。
目の前で、戦いが起こっている。
リンを始めとした自分よりも10歳近く離れているであろう少女達が銃を持ってドンパチ撃ち合っているのだ。
誰かが傷つくのはもう見たくない。そう願いながら何年も戦い続けてきた悟飯にとって、目の前の光景をみてじっとしているなんてとてもじゃないが出来そうにない。
それでも悟飯が飛び出さない……否、飛び出せないのは、少女達から自分が銃を持っていない非戦闘員──しかも隻腕ということで要介護者であるかのようにすら受け取られていた──として扱われていたからだ。
それでも彼女達の役に立ちたいと悟飯が押した結果、戦闘指揮位なら任せても良いだろうとリンから意見具申され、とりあえずの落としどころとして悟飯がリンを始めとした生徒達を指揮することとなった。
指揮、と言っても大したものではない。どこから、何人、自分達に銃を向ける不良達が現れるのかを戦士として鍛えてきた五感で持って察知し、常に先手を打てるように手隙の少女達へ指示を出しているだけだ。
正直、人造人間やフリーザ*1達に比べるまでもない相手達ばかりであるから、気を読む必要すらない。
それを考えれば、悟飯の知る世界に比べて格段に平和と言っていいのかもしれない。
銃撃戦が日常の世界を、平和と言っていいのかは疑問が残るが。
「早瀬さん、守月さん右前方から7人来るぞ。羽川さん、火宮さん。正面の車の影に4人いる。七神さん、後ろから3人。やれそうかい?」
「デスクワークばかりなのは否定しませんが、これでも射撃訓練は怠っていないつもりです。それより先生こそ、銃をお持ちでないのですからもっと安全な場所に……」
リンの言葉を遮りながら、悟飯は首を左右に振る。
「悪いけど、女の子を戦わせておきながら自分だけ安全なところにいるなんてこと、俺には出来ないよ。本当だったら俺が前に出たいくらいなんだ」
「何言ってるんですか先生! そういうのは銃の一丁くらい持ってから言ってください!」
襲い掛かってきた不良達をSMGで滅多打ちにしながら、ユウカが悟飯を非難するような声を上げる。
そんなユウカの態度に何とも言えない表情で他の”生徒”達の顔を見渡せば、程度に差はあれ皆同じような考えであることは明らかだった。
(参ったな……本当に大丈夫なんだけど)
困ったように右手で頬をかきながら、それでも五感を常に働かせながら生徒達の戦いの様子を観察する。
人造人間達に負けてしまったとは言え、悟飯は世界でも指折りの達人だった。視覚は勿論、聴覚や空気の流れなどを感じる触覚などをフル活用すればレーダーなんて物がなくても人の気配、それも敵意を剥き出しにしてくる相手のソレを察知するなど朝飯前だ。
そんな悟飯がいるのだから、いくら不良がこちらに向かって飛び出してきたとしてもその瞬間には悟飯の指揮下の生徒達によって無力化される。
数だけで見ればそれなりではあるが、二人の人造人間の阿吽の呼吸によって繰り出される必殺の拳に比べれば数も密度も比較にならない。その程度の攻撃、悟飯が見切れないはずもなかった。
勿論、それは生徒達が銃の弾丸を再装填する隙まで含めての見切りだ。
流石に最初は分からなかったけれど、数ブロックも進めば悟飯は誰がどんな銃を使って、どれくらい撃てば弾切れになるか完璧に把握できていた。
結果、凄まじい勢いで悟飯たちは目的地であるシャーレオフィスのあるD.U.外縁地区へと進んでいた。
「なんだか、戦闘がいつもよりやりすかった気がします……」
「……いえ、やりやすかったなんてものじゃないわ。あんなの、戦闘って言っていいのかってくらいに一方的だったもの」
「はい。先生の指揮の正確さはすさまじいものでした。まるで、戦場をはるか上空から俯瞰しているのではないかと思ってしまうほどに」
「なんか、的当てゲームをやってるような気分だったわ。先生の指揮した通りに敵が出て来たし……何より、途中から私達の残弾数まで把握されていたような……」
ユウカの言葉に、悟飯は素直に鋭いなと感心した。
戦闘が終わった後とは言え、振り返ってそのことに気が付けるあたり相当に周りが見れる子らしい。
「俺は銃について詳しくないけど、何度か戦闘をしている間に皆がどれくらい撃ったら弾をこめなきゃいけないかは分かったよ。襲ってくる不良達は……まあ、気配を感じ取ったとか。まあそんな感じかな」
「そんな非科学的な……」
悟飯のネタバラシに胡散臭いものを見るようにジト目を送ってきたユウカに対して、悟飯は笑って返した。
「ははは。そうでもないさ。広く視野を持って、戦いの場をよく観察すること。耳を澄ませて、不自然な音を聞き逃さないこと。空気の流れや揺らぎを感じ取ること。そういった五感を研ぎ澄ませて、わずかな兆候も見逃さなかった。これを一言でまとめると”気配を感じ取る”っていう言葉になるのかな。どうだろう、これなら俺の指揮が科学的な根拠に基づいているように聞こえるだろ?」
「む……そう言われたら納得するしかないかも……」
悟飯の説明にユウカがほんの少しだけバツの悪そうな顔をした、その時だった。
「ん? ……皆、戦闘の準備をするんだ。敵が来る」
悟飯の言葉で、生徒達が臨戦態勢に入る。けれど、皆どこか肩の力が抜けていた。
悟飯の指揮下なら、どんな相手でも勝てる。そんな空気が辺りに漂っていた。
けれど、そんな空気の中で悟飯だけが険しい表情で進行方向を睨みつけていた。
やがて、地面が小さく揺れ始める。その揺れは徐々に大きくなっていき、それに伴って耳障りなキャタピラの音が悟飯たちの耳にも届く。
そして、その音の主たちが姿を現した瞬間、ユウカが驚きの声を上げる。
「ちょ、ちょっと! こんなの聞いてないわよ!?」
それもそのはずだ。なにせ、悟飯たちの前に現れたのは道を埋め尽くす戦車の群れだったのだから。
ちょっとした戦争でも起こせそうな目の前の光景に、生徒達は動揺を隠せないようだった。
生徒達が持つ銃は人に向けて撃つものだ。決して戦車を倒すためのものではない。それくらい、銃に疎い悟飯にだって分かっていた。
もういいだろう。こんな状況に追い込まれてまで、ただ後ろで指示をするだけなんてピッコロさんが見たら怒るだろうから。
そんな言い訳をしながら、悟飯はゆっくりと生徒達の前へ立つように歩き出す。
「せ、先生!? 戻ってください!」
背後からリンの焦った声が聞こえるが、軽く振り返って悟飯は笑う。
「大丈夫さ。俺に任せてくれ」
それだけ言って、悟飯は再び戦車群の方へ向き直る。その時にはもう、生徒達に向けた優しい笑みはどこにもなく。
超戦士、孫悟飯の顔になっていた。
悟飯が一人で歩いてきたこと対し、戦車群がその動きを止めた。
それを見てから、悟飯は息を吸い込んで腹から大声で呼びかける。
「俺は今日、キヴォトスにやってきた孫悟飯だ! 俺はこの先に行きたいだけで、君達と戦う意志はない! 道を空けてくれないか!」
大通りいっぱいに悟飯の声が響き渡り、一拍遅れて戦闘の戦車のハッチが開いた。
中から、ヘルメットを被ったセーラー服の少女が顔を出す。
「悪いがお前らを通すなって命令だ! お前こそ、尻尾巻いて逃げ出すってんなら見逃してやってもいいんだぜ! ああでも、有り金全部おいて行けよ!?」
いつの間にか戦闘の戦車の少女同様、戦車から顔を出していた他の不良達がケタケタと笑う。
そんな彼女達にも、悟飯は変わらず冷静に再度問いかけた。
「すまないが、俺にも事情がある! 出来れば手荒な真似はしたくない! どうかどいてくれないか!」
悟飯の言葉に不良達の動きが一瞬止まる。それから、近くのモノ通しで顔を見合わせたかと思ったその時だった。
悟飯の声に負けないくらいの大きな声で不良達が大笑いし始める。
「銃どころか、片腕失くしたお前が手荒な真似だって!? 馬鹿なのか!? それとも、そんなに後ろにいるお気に入りの奴らを当てにしてるっていうのか!?」
「このっ、言わせておけば──」
不良達の酷い態度に耐えかねたのか、ユウカが銃を構えようとしたのをハスミが止める。
「待ってください早瀬さん。今私達が攻撃をすれば、一番危険なのは先生です!」
「くッ……」
とはいえ、歯がゆい思いをしているのはユウカだけではなくハスミも、スズミも、チナツも、リンも皆同様だったようだ。
悟飯がチラリと後ろを覗き見れば、誰もが悔し気に表情を歪めている。
だから、悟飯はまた笑って生徒達に言い聞かせた。
「大丈夫さ。俺、これでもそれなりには強いつもりなんだ」
悟飯のその姿に、最早何も言えなくなったのか生徒達は彼を止めようとはしなかった。
それをいいことに、悟飯は一歩戦車の方へと足を踏み出す。
「お願いだ! 道を空けてくれ!」
なおも交戦を避けようと頼み込む悟飯を、不良は鼻で笑った。
「くどいな! そんなに行きたきゃアタシらを倒してからにしな!」
そして、その言葉を言い終わると同時に悟飯の正面にいた戦車の主砲が火を噴く。
凄まじい衝撃が辺りに走り、悟飯の後ろにいた生徒達が思わず目をつぶる。
「せ、先生!?」
悲鳴にも近い金切り声でリンが悟飯を呼ぶ。
あの距離で真正面から戦車の主砲を撃たれたのだ。耐久力に自信のある生徒ですら、まともに食らえば無事では済まない攻撃だった。
しかし、その場にいた全員はそこで信じられないものを目の当たりにした。
「……危ないじゃないか。これは、人に向けて撃つものじゃないだろう」
そこには、まるでドッチボールの球をキャッチしたかのような気軽さで戦車から放たれたであろう砲弾を片手で受け止めた悟飯の姿があった。
「な、な……」
流石の不良達も、目の前の光景が信じられないのか言葉を失っている。
そんな不良達に、悟飯は再度一歩前に踏み出して問いかけた。
「これで分かっただろう。そんなものじゃ俺は倒せない。だから、道を空けてくれないか」
何とか誰も傷つかずに済めば。そう思って悟飯は不良達に笑いかける。
それがまずかったのかもしれない。
悟飯の笑みをどう受け取ったのか──少なくとも、友好的な意味では受け取られなかったのだろう──不良達はそれぞれ目配せし合って再度戦車の主砲を悟飯に向ける。
「撃てェェェ!」
リンたちに止める暇などなかった。マズいと思って駆け出そうとした時には砲撃の轟音が立て続けに起こり、悟飯の姿を爆炎の中にかき消す。
誰も何も言えなかった。ただ、絶望の表情を浮かべてリンがその場に膝を付く。他の生徒もまた、守れたはずの命が目の前で散ったことにショックを隠せず、茫然としていた。
最初に異変に気が付いたのはスズミだった。
「……待ってください。あれは、まさか」
スズミの言葉に、他の生徒達が先程まで悟飯がいた方向を見る。
そして、そこに立つ人物の姿を見て一様に目を丸くする。
「え、え……そんな、信じられません!」
チナツがその場の生徒達の心中を代弁していた。
何故なら、そこにはあれだけいた戦車が全て大破し煙を上げていて、なのに戦車に載っていたのであろう不良達が一か所にまとめて寝かされていたのだから。
そして、その中心には傷一つない孫悟飯が立っていたのだから。
生徒達の視線に気が付いた山吹色の戦士が再び笑った。
「言っただろ? 俺、それなりに強いんだって」