BlueArchive ~Another Hope~   作:笹の船

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日々修業

『先生! おはようございます!』

「おはようアロナ。仕事を始めようか」

 

 シッテムの箱から元気な挨拶をしてくれたアロナに挨拶を返しながら、悟飯は端末をホルスターに収めてオフィスを出る。

 悟飯がキヴォトスに来てから数日経った。

 サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に委譲した後リンによって連邦捜査部シャーレについて説明を受けた悟飯は、早速アロナに色々と教えてもらいながらこれからの自分の活動方針を決めることにした。

 結果、ひとまずはリンが残した連邦生徒会宛の救援要請を優先的に対応していくことにしたのだ。

 助けを求める生徒達の声は想像以上に多く、その種類も様々だ。

 落第して退学寸前だから勉強を教えて欲しい、と言った学生らしいものから学校の運営に必要な物資が届かなくて困っているといった組織的なものまで本当に多種多様だった。

 その中から、ひとまずすぐに対応できそうなもの──つまるところ物資の運搬や建物の増改築、解体と言った力仕事を重点的に受けることにした。

 

「さて……今日はまず百鬼夜行連合学院の中学校に足りない教材を届けるんだったな」

『はい! 先日の混乱で運搬予定だった人員が来れず、代わりの人も見つからないのが原因みたいです。急ぎましょう!』

「よし、行くか。アロナ、今日も道案内頼むよ」

『お任せください!』

 

 アロナの言葉にフッと笑い、悟飯は軽くつま先で地面を蹴りつける。

 次の瞬間には悟飯の体は宙に浮き、そのままD.U.地区のほとんどの建物のてっぺんよりも高い場所へと舞い上がって行った。

 

『教材はここから南西に4キロほど進んだお店にあり──あわわわわ!? せ、先生! 行き過ぎ、行き過ぎです!』

「ん? ああ、すまない。ちょっと飛ばしすぎたか。アロナ、お店の名前を教えてくれるかな」

『ダイコン教材出版社さんです! 大きめのお店ですから、地上に降りればすぐ見つかると思いますよ!』

「分かった。……お、あそこだな」

 

 目当ての場所を見つけた悟飯はゆっくりと地上へ降りて行った。

 が、時刻は朝9時を少し回ったところだ。それなりに大きな通りに面した店の前に、空からゆったりと降りてくる悟飯は非常に目立っていた。

 キヴォトスに来た時の山吹色の道着ではなく、グレーのスーツにワイシャツとジャケットという服装──事前に用意されていたらしいシャーレの活動資金で調達した──だから前ほど浮いてはないはずだ、と若干ズレた心配をしながら悟飯は道行く人々に愛想笑いを浮かべて挨拶をする。

 そんなことをしながら、悟飯は教材が置かれている店の扉をゆっくりと開けて挨拶をした。

 

「ごめんください、シャーレの孫悟飯です! 教材を受け取りに来たんですけど!」

 

 が、店内は静まり返っており誰からの返事もない。店内の電気は付いているから、営業していないということはないはずだった。

 

「すみません! 誰かいらっしゃいませんか!」

「朝っぱらからうるせえな……誰だ?」

 

 察せずとも忌々しいと思われているのだと分かるくらいに不機嫌な声色をした男──イヌ科の獣人が店の奥から出てきた。

 その目つきは鋭く、眉間には深いシワが刻まれている。並の人間が相対したなら驚くか、怯えてしまっても仕方がないといえるほどの雰囲気だった。

 

「ああ、よかった。朝早くからすみません。昨日ご連絡差し上げたシャーレの孫悟飯です。百鬼夜行へ届ける教材を──」

「知ってるよ。最近話題の空飛ぶガキってのはテメェか。どんな奴が来るかと思えば……片腕がねえじゃねえか。そんなんでホントにウチの商品をちゃんと届けられんのか?」

 

 無礼千万な態度を取る店主に、けれど悟飯は自身の左腕に一瞬目を向けてから笑った。

 

「量次第では一度で全部、とはいかないかもしれませんが……ちゃんと運びますよ。何なら、見せましょうか?」

 

 挑発とも取れる言葉を返す悟飯に、店主の顔がわずかに歪む。最も、悟飯としては挑発をしたつもりなど欠片もない。

 単純に隻腕の自分でもしっかり仕事がこなせるんだというところを見せて信頼を得よう。そう思っての発言だったのだ。

 とはいえ、そんな悟飯の心中を店主は察することが出来なかった。煽り返されたと感じた彼は額に青筋を浮かべながら悟飯に食って掛かる。

 

「なら見せてもらおうじゃねえか。ついてこい、こっちだ」

「お願いします」

 

 が、そんな店主の様子に気が付かない悟飯は元気に返事を返してあまつさえ穏やかな表情のまま彼の後を付いて行った。

 悟飯が店主に連れていかれたのは店の裏手だ。恐らくトラックなどで大量の教材などを受け渡しするであろう、広いエリアの隅にそれはあった。

 大型トラックの荷台に何とか積みきれるだろうと言える程の量の教材がいくつもの段ボールに詰め込まれてそこに鎮座していた。

 流石の悟飯もこれには難しい表情を隠し切れない。そんな彼を見て、店主は鼻を鳴らした。

 

「これだよ。これを本当に今日中に全部運びきれんのか? 出来るって話だったから明日には違うものを入れる予定入れちまったからな」

「うーん、これは大変そうだな……」

 

 困ったような声を出す悟飯に店主が苛立ったように声を上げる。

 

「出来ねえなんて言うなよ? 何としても今日の内に全部運び出せ。勿論、中身に傷つけるような真似もするんじゃねえぞ。ウチの評判が落ちるからな!」

 

 がみがみと声を出す店主に、悟飯は右手で後頭部をポリポリとかきながら笑う。

 

「いえ、出来ないとかじゃなくて。これ、中身ってあんまり揺らしたりしたら良くないんですよね? 本とかじゃないって話だし」

「当たり前だ! 教材は全部BDなんだから衝撃なんて与えたら傷どころか割れちまって使い物にならなくなるだろうが!」

「ですよね……うーん。そうしたら、しばらくここを出たり入ったりしますけど、良いですか? あ、あと出来れば荷物を詰め込める頑丈で大きな箱とかあったら貸してほしいんですけど……」

 

 悟飯の願いに、店主がキョトンとした表情をする。が、すぐに元の不機嫌そうな顔に戻った。

 

「なら、その辺の空いてるコンテナを使え。こっちとしちゃ今日中にそれを全部運んでくれれば文句はねえ」

「ホントですか! いやあ、助かります。じゃ、さっそく持っていきますね」

 

 言うが早いか、悟飯は近くに置かれていたコンテナの近くに歩いて行った。

 大きさとしてはそれほど大きくはない。用意された段ボールの二、三割を詰め込めれば良い方だろう。

 

「ホイポイカプセルがあれば楽なんだけど、贅沢は言えないしな……これも修行だ」

 

 深呼吸をし、気を落ち着ける。

 戦うわけではないけれど、店主の言った通り荷物に傷をつけるわけにはいかないのだから集中は必要だ。

 そうして数秒、精神統一をした悟飯はゆっくりと閉じていた目を開けた。

 それから店主の方へ振り返って彼に微笑みかける。

 

「それじゃあ、これから仕事に取り掛かります。危ないので離れていてください」

 

 

 

 店主はこの数日、ずっと不機嫌だった。

 教材を取り扱って、子供達の勉学の役に立てるこの仕事をずっと誇りに思っていた。

 だからこそ、どんな事態が起ころうとも期日までに教材を学校へ届けられるように色々なルートを開拓して速度と品質を両立できるようずっと頑張ってきていたのだ。

 実際、その努力のおかげで彼の店は評判が良かった。期日に遅れたことなどゼロとまではいかずとも同じ業界内では屈指の少なさだった。

 なのに、少し前の連邦生徒会の混乱によって彼の店もその影響を大きく受けてしまった。

 これまで彼が築いてきたルートがことごとく使えず、それどころかライフラインが一時止まるなど自分の生活すらも危ぶまれるほどだったのだ。

 仕方がない、と言えばその通りだ。けれど、それは彼のこれまでの仕事で築き上げたプライドが許さなかった。

 そこへ連絡してきたのは、シャーレとかいう聞いたこともない組織の青年だった。

 もうこの際悪魔でもいい。一刻も早く荷物を待つ学校へ教材を届けてくれるなら。その一心で彼の申し出を受けた。

 が、約束を取り付けた後で店主は我に返った。どこの誰とも知らない相手が、果たして彼の築き上げた物を崩すことなく仕事を完遂できる保証が一体どこにあるのか、と。

 だが、他に手はない。どうかまともな奴が来てくれ。そう願わずにいられず昨日は一日ほとんど何にも手が付かなかった。

 そして今日。開店してすぐにやってきたのは隻腕の青年だった。

 店主は酷くがっかりした。荷物は多く、運ぶにしても相応の力が必要だ。こんな片腕の男に一体何が出来るのか。

 しかも、孫悟飯と名乗る青年は仕事ができるのか、と苛立ち紛れに放った自分の言葉に「見せてみましょうか」と笑ってみせた。

 こんな奴に一体何が出来るのか。どうしてそんなにヘラヘラしていられるのか。

 何なら、コイツの化けの皮を剥がしてやろう。そんな風にすら思った。

 

「それじゃあ、これから仕事に取り掛かります。危ないので離れていてください」

 

 悟飯が穏やかな笑みを浮かべて自分へそう言い放った直後だった。

 悟飯の姿が、増えた。

 

「ぶっ!?」

 

 突然の怪現象に、たまらず店主が噴き出す。

 しかも、あれだけ積まれていた教材がみるみると消えていくではないか。

 何が起きたんだ、と店主が声に出そうとしたそれよりも早く悟飯の姿が一つに戻る。

 

「じゃあ、まずは一回運んできますね」

 

 気が付けば空だったコンテナの中に教材がいっぱい詰め込まれていた。

 ありえない。あんな速度で物を動かしていたのに、何かをぶつけたりするような音は一切聞こえなかった。

 そんな言葉を、店主は声に出すことが出来なかった。

 

「あ、ああ……気をつけてな……?」

 

 目の前で起きた出来事を理解しきれず、フリーズ気味の頭でそう返すのが精いっぱいだった。

 が、次の瞬間店主はさらに理解できない現象を目の当たりにする。

 

「よい……しょっと」

「な……ぁ……!?」

 

 コンテナの扉をしっかり閉めた悟飯が、片腕でコンテナを持ち上げたのだ。その動きに重さというものはこれっぽっちも感じられない。

 

「そ、そんな馬鹿な……!? コンテナを含めたら1トンは確実にあるはずだぞ……!?」

「じゃあ、行ってきます」

 

 驚く店主の前で、悟飯がコンテナを肩に乗せながら地面を蹴る。

 そして、宙に浮いた。

 

「……………!!!」

 

 店主は、最早声が出せなかった。

 何なら腰を抜かしかけて、数歩後ろによろめいていた。

 その時には既に、悟飯の姿はそこから消え失せていた。

 

「お、お、俺は……狐にでも化かされたのか……?」

 

 店の裏手に店主の小さな呟きだけが響き、そのまま溶けて消えていった。

 

 

 

「た、助かったよ。また何かあったら頼む」

「いえ、助けになれたのなら良かったです」

 

 最初の威勢はどこへいったのか、なんともぎこちない口調になった店主からお礼を言われた悟飯は軽く手を上げて再び宙に舞い上がる。

 

『お疲れ様です先生! 次はどうされますか?』

「そうだな、体を動かしたら少し小腹が空いたしどこかで飯でも食おうか」

『あ、それなら私気になってるお店があるんです!』

「ハハハ。なら、そこにしようか」

『やったぁ! 先生、そしたらここから東に58キロほど進んでください! 普通なら遠いですが、先生ならあっという間ですよね?』

「もちろんさ。じゃあ行こうか」

 

 言いながら、悟飯は白炎を体から立ち上らせながら舞空術で空を駆ける。

 空を飛びながら、悟飯は自分の右手を顔の前に持ち上げて呟く。

 

「俺もまだまだだな……」

 

 思い起こされるのは先ほどの教材運搬の仕事をしている時のことだ。

 速度と丁寧さを両立させるため、悟飯は空を飛ぶ時の姿勢や着地、コンテナを持ち上げたり下ろすときの動作には細心の注意を払っていた。

 結果としてものの一時間で全ての教材を運び終え、仕事を終わらせることが出来た。

 だが一つ、悟飯は失敗をした。

 コンテナを持ち上げたりする時、中の教材が傷つかないようにとコンテナを持つ手に力が入りすぎていたらしい。

 結果として悟飯がコンテナを持った場所が彼の手の形に歪んでしまったのだ。

 それはつまりまだまだ力の制御が甘いということだ。

 そう言えば、気のコントロールの練習というのはほとんどしてこなかったように思う。

 ナメック星へクリリン達と向かう道中で気を抑えたり、解放するといった修行は行った。

 だがそれはあくまで気配と無駄な体力の消耗を抑えるための物であり、どちらかと言えばスイッチのオン・オフをする為の修行だった。

 もちろん、人造人間達との戦いに備えた修行の中で無駄な動きや気の放出を無くすための訓練はした。

 だからこそ先のような仕事も手早く終わらせられたのだから、あの頃の修業にはちゃんと意味はあったと思う。

 けれど、それでは足りないこともハッキリと分かった。

 もっと、もっと繊細に気や膂力のコントロールが出来なければ行く先々で人に迷惑をかけかねない。

 その繊細なコントロールが果たして戦いに役に立つのかどうか。それは分からないがやるべきだと悟飯は感じた。

 

「よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく眠る……か」

 

 かつて父が師事していた亀仙人の教えをふと思い出す。

 今のところ、キヴォトスは平和だ。助けを求める人は多く入れど、未来に絶望するような人々であふれかえっているわけではない。

 トラブルも多いが、道行く人たちは皆笑顔でいることが多い。

 ならば、少しくらい。

 ほんの少しくらいは、そういう戦いの役に立たないかもしれない修行をしてみても良いだろうか。

 

『せ、先生! 先生!! お店行き過ぎてます先生!!』

「おっとっと……!」

 

 アロナの声で悟飯は我に返る。

 まあ今はとにかく、空腹であると主張し始めた自分の腹を満たすことが先決だ。

 どんなものが出てくるかな、とほんのすこしウキウキしながら悟飯はアロナに謝りながら目指している店を探すために来た道を戻り始めた。

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