BlueArchive ~Another Hope~ 作:笹の船
「店長! このままじゃ閉店時間まで食材が持ちません!!」
「そんな……ば、馬鹿な……」
学園都市キヴォトス。世界でも有数の超大規模都市のD.U.というかなり立地の良い場所に店を構えること早10年。
これまで多くの苦難があった。その度に店員に、食材の仕入れ先の仲間に、そしてお客に助けられながらそれらを乗り越えてきた。
おかげでそこそこ名前も売れ、評判の良い店として噂が噂を呼び今では結構な有名店にまでなり上がることが出来た。
だから、これからだってきっと何とかなる。そんな思いを胸に今日までやってきた店主は、額を伝う冷や汗を止めることが出来なかった。
「うん、これも美味いな。……すいませーん、これもおかわりで!」
突然やってきた隻腕の青年は、料理を作るもの冥利に尽きるような満足そうな表情で出された料理を完食していく。
それは良い。客を満足させてこその料理人なのだから。
だが、問題はその食事の量だった。
テーブルの上には既に10人前ほどの空の食器が積み重なっている。
隻腕故か下品とまではいかないが、上品とも言えない食べ方で皿の中の食事をかきこんで空の食器を積み上げていくその様子はもはや漫画のワンシーンか何かだ。
しかし、残念なことに現実である。
店主とてプロだ。一日にどのくらいの食材を消費するのかは大体これまでの経験と実際のデータから導き出せる。
そして、その経験が店主の脳内に語りかけてくる。
このままでは、あの青年一人に店の食材全てを食べつくされかねない、と。
「店長!」
客である青年に聞こえないよう、けれども限りなく悲鳴にも近いような料理人の声に店主は我に返る。
そうだ。ここは店であって、彼の為の食堂ではない。
料理人冥利に尽きるような食べっぷりを披露されようと、こちらとてビジネスなのだ。
貴重な上客を逃すかもしれない。もしかしたら悪評を広められるかも。
そんな不安に、店主の手のひらに汗がにじむ。
だがやらねばならない。この店の料理を楽しみにしているのは、彼だけではないのだから。
覚悟を胸に店主は隻腕の青年に歩み寄る。
「お客様……その、大変申し上げにくいのですがこれ以上のおかわりはお控えいただけますでしょうか……?」
改めて間近で顔を見れば、額から左頬にかけて大きな傷跡があった。店主に声を掛けられ、キョトンとしたその表情はそんな大きな傷には似合わない純粋さをどこか感じさせる。
だが、その体つきはスーツの上から出もハッキリと分かるくらいにガッシリとした印象を受けた。
これで目つきが悪ければ、裏社会の若者であるといわれても信じられるくらいである。
もしその想像が当たっていたら。店主の背中に嫌な汗がにじむ。それでももう引き下がれない。
「料理をお楽しみいただけるのは大変ありがたいのですが、これ以上は他のお客様への提供が難しくなってしまいますので……」
店主の言葉に、青年はあっ、という表情をして申し訳なさそうに眉尻を落としながら小さく会釈をした。
「すみません、あんまり美味しいのとお腹が空いていたものですからつい……そうですよね。じゃあ、これ食べ終わったらお会計お願いできますか?」
「誠に申し訳ございません。次回、予約を入れて頂けましたらその時は存分にお楽しみ頂けるよう手配しますので、どうか……」
店主の言葉に、青年はやや考え込むような仕草をする。
一体なんだ、これが最大限の譲歩なんだぞと店主は身構えるが、青年の口から飛び出してきたのは彼の想像を超えるものだった。
「あ、そしたら連絡した上で必要な食材とか俺が調達したら料理してもらうことって出来ます?」
「……へ?」
黒舘ハルナは美味しいものを食べること大好きだ。まだ見たことのない美食を求めることこそが生きがいと言ってもいい。
美食の為ならばどんな苦難が立ちはだかろうとも乗り越えて見せる。そんな信念のもと美食研究会を設立し、今では同志も出来た。
そんなハルナはある日、とある噂を耳にした。
D.U.地区にある店が新しいサービスを始めたというものだ。
その店が出来てからそれなりの年月が経ち、確固たるブランドイメージをも築いた名店であることはハルナも知っていた。
過去に足を運び、確かにそのブランドイメージに恥じない料理を振舞える店であったことを覚えている。
多少値が張るが、高級店というほどではない。庶民がギリギリ楽しめる、そんな店だった。
そこが、突然不定期で新しいサービスを始めた。しかも、通常メニューとは比較にならない程の低価格で料理を提供するとある。
初めてその情報をSNSで見た時、ハルナは思わず眉をひそめてしまった。
あの店のやや高めの値段設定は、恐らく食材のランクや調理の手間までを考えればかなりギリギリな安さのはずだ。
値上げこそすれ、値下げだなどとビジネスとして良いやり方とは言えない。
また、値下げをするということはこれまでその価格の高さに手が出せなかった”質”の悪い客を招くリスクもはらんでいる。
客層の質の低下を考えれば回りまわって自分の首を絞めるだけになりかねない。
新規開拓をする必要があるほど、評判が悪いわけでも無名なわけでもないはずだ。そんなギリギリのレベルの物しか出せない店ではないのはハルナが保証できる。
なのに何故。
「……これは、実際に行って確かめた方がよさそうですわね」
せっかく良い店を知れたというのに、もしや食を冒涜するような輩に成り下がってしまったのか。
「皆さん。今日はこちらのお店に行きましょう」
ハルナの号令に美食研のメンバーがそれぞれ返事をし、立ち上がった。
もしも件の店が食へのリスペクトを忘れ、金儲けのことだけを考えるような低俗な場所になってしまったのだとしたら。
それは美食を探究するものとして無視をするわけにはいかない。
そんな使命感すら胸に、ハルナはその店へと足を運ぶことを決めたのだった。
「孫先生、一体なんてお礼を言ったらいいか……」
「もぐもぐ……お礼を言うのはこちらですよ。おかげでこうして美味しい料理をたくさん振舞って貰えてるんですから」
にこやかに礼を言ってくれた店主に、悟飯も口に運んだ料理を飲み込んでにこやかに返す。二人の周囲どころか、どこの席もすっかり満席で店内は非常ににぎわっている。
そんな店の様子を見て、店主は満足げに頷いていた。
悟飯は数日前、たまたま入った店の料理の味に感動していた。
ただの偶然であることは間違いない。それでも、その店の料理は母、チチの作るものをどこか思い起こさせるような味だったのだ。
それ故につい夢中になって次から次へと料理を注文したのだが、それが良くなかった。
店主に食べ過ぎだと注意をされてしまったのだ。
悟飯とて分かっていたはずだった。サイヤ人の血を引く自分は、普通の人に比べてかなりの量を食べる。
腹いっぱいになるまで食べようとすれば、とんでもない量の料理が必要だ。
ましてやあの日は力仕事が終わった後だったのと、悪目立ちするまいとキヴォトスに来てから食事の量を控えていたのもあってかなり空腹だったのがあって抑えが効かなかった。
店に迷惑をかけてしまったことを後悔する悟飯だったが、そこで店主が気を利かせてくれたのか事前に予約をしてくれればいくらでも、と提案してくれたのだ。
とはいえ、毎度大量の料理を出してもらうのは確かに必要な食材の量などを考えれば店側の負担も大きい。
この店の料理は好きになっていたから何度でも食べたいが、かといって来るたびに迷惑をかけるのも忍びない。
どうしたものか、と頭を悩ませていた悟飯だったがそこへ天啓が下りた。
ならば、食材くらいは自分で調達すればいいのでは。と。
思いついた話を店主に伝えた時、店主は面食らっていた様子だったがそれでも首を縦に振ってくれた。
それからの行動は早かった。悟飯はその日の内にアロナに頼んで食材を取り扱う店や港を洗い出してもらった。
次に、それらの店を渡り歩いて──実際は舞空術で飛び回ってだが──悩みを解決する代わりに報酬として食材を譲ってくれないかと交渉した。
案の定、重機を使ったり人手がなければ出来ないような仕事がそれらの店には多くあった。そしてそれは、悟飯にとっては非常に都合が良いものだ。
そうなれば後は簡単だった。数日前教材を運んだ時のように悟飯のサイヤ人としての力、戦士としての技術をフル活用すれば通常では考えられないほどの効率で仕事を進めることが出来る。依頼主の道具や食材などを傷つけないような力加減をする修行にもなって一石二鳥だ。
結果、悟飯は目論見通り食材を大量に手に入れることが出来た。そして、その店──ヤッツェに連絡を入れ、食事を作ってもらえることになったのだ。
「孫先生が持ち込む食材で始めたランチタイムサービス、おかげでかなり評判が良くて。スタッフ一同嬉しい悲鳴を上げていますよ」
「それは良かった。そう言って貰えると俺も頑張った甲斐がありますよ」
第一印象こそ決して良いものとは言えなかった悟飯と店主──店と同じくヤッツェという名の猫獣人だった──だが、今ではこうしてにこやかに会話しながら食事が出来るほど親密になった。
そんな二人が会話をしている時だった。
店の扉が開き、数人の客が入ってきた。
4人組の彼女達は、どこかの学園の生徒のようだった。最も客の半分ほどが生徒なのだから別に不思議なことはない。
ただ、他の生徒に比べて一際強い気……に近いものを持っているのが悟飯には分かった。
どうやらヤッツェは彼女達に見覚えがあったらしい。
「これはこれは。黒舘様。ご無沙汰しております」
「ごきげんよう、店主」
肩に狙撃銃を担ぎ、上品に微笑む黒舘と呼ばれた生徒が店内を見渡すのを見ながら悟飯は残っていた食事を口に運ぶ。うまい。
その目つきは値踏みをするようなものだった。その視線が、悟飯に向けられる。
次いで、悟飯の傍らに積み上げられた空の食器へと向けられた。
「……そちらの方は、随分とこちらでの食事を楽しまれているようですね?」
黒舘の言葉に店主はにこりと笑う。
「孫先生ですね。不定期とは言えこの時間帯にやるランチタイムサービスは、あの人のおかげでもあるんですよ」
「あら、そうなんですね。……あら? 今、”先生”と? もしや、あなたが最近噂のシャーレの先生でしょうか?」
黒舘の言葉に悟飯は流石に自己紹介をしなければと食べていたものを飲み込んで立ち上がろうとした。その時だった。
「ああ、いえ。そのままで大丈夫ですよ”先生”。お食事の邪魔をしたいわけではございませんから。その代わり、もしよろしければ私達もご
黒舘の言葉に、悟飯は口元を緩めながら頷いた。
「ああ。構わないよ」
「それでは、失礼いたしますわ」
そうして黒舘と、その後ろにいた三人の生徒達は悟飯と同じテーブルを囲むように席に着く。
皆が席に着くのを見届けてから、悟飯は改めて自己紹介をすることにした。
「さて、改めて。俺は孫悟飯。察しの通り、”先生”をやらせてもらってる。それと、連邦捜査部シャーレの顧問もだな」
悟飯の自己紹介に黒舘もまた穏やかに微笑みながら上品にお辞儀をした。
「自己紹介をありがとうございます。私は黒舘ハルナ、と申します。ゲヘナ学園で美食研究会という部活の会長を務めさせてもらっていますわ。一緒に座っている彼女達も、同じ部活のメンバー……いえ、志を共にする同志ですわね」
「私は
「私、
「
「ああ、皆よろしく。こうして会ったのも何かの縁だ。食事に来たのなら、俺がご馳走しよう」
悟飯の言葉に、美食研究会の生徒達の目が輝く。
「わあ! 嬉しいです!」
「いっぱい食べてもいいですか!?」
「いいの!? 何頼んでもいい!?」
目を輝かせただけではなく身を乗り出してくるアカリ、イズミ、ジュンコの三人を見てハルナがやや困ったように笑いながら口を開いた。
「いきなり押しかけておいて今更ですが、よろしいのですか?」
「構わないさ。どうせ食べることくらいにしかお金を使わないし、今はランチタイムサービスで安いからさ」
悟飯の言葉を聞いて、ハルナは再び上品な笑みを浮かべた。けれど、その笑みは先ほどのものよりも喜びがにじみ出たものだった。
「そういうことでしたら、ご厚意に甘えさせていただきましょう」
そこからは悟飯にとっては久しぶりの騒がしくも楽しい食事の時間だった。
次々と運ばれる料理に舌鼓を打ちながら、美食研究会の活動について聞いたり。
逆に悟飯の好きな食べ物について聞かれたり。
時折見え隠れする、美食研究会のやりすぎな一面に若干顔を引きつらせることもあったけれど、誰かと食卓を囲んで賑やかな食事をするというのは随分と久しぶりな気分だった。
そして何より、美味しそうに、楽しそうに食事をする美食研究会の姿を見れることに心から安心をした。
ああ、この世界に
そうして食事を始めてそれなりに経った頃、口元を紙ナプキンで丁寧に拭いたハルナが口を開いた。
「実は、急にこの店がランチタイムサービスを始めたと聞いて、いてもたってもいられなくて来たんです」
「うん? まあ、ここの料理は美味しいからなぁ」
悟飯の言葉に、ハルナは小さく首を横に振る。
「はい。ですが、それは通常時の値段設定でもかなりギリギリのはずです。使っている食材や、調理方法を見ればそうとしか考えられません」
「そ、そうだったのか……知らなかったよ」
もしかして、自分はやはりヤッツェに無理をさせているのでは、と悟飯は内心不安になる。
そんな彼の内心を知ってか知らずか、ハルナはさらに続けた。
「はい。ですから、私は心配になったのです。ちゃんと食に敬意を払えていたはずのこの店が、売り上げや知名度にばかり目が行ってしまって大事なことを忘れてしまったのではないか、と」
「……俺は、そんなことはないと思うけどな」
口からこぼれた言葉は、思ったよりも低いものだった。口に出して初めて、そこで悟飯が思ったよりも自分がムッとしてたことに気が付く。
しまった、と思った悟飯に、けれどハルナは穏やかに微笑む。
「ええ。私の思い過ごしでしたわ。この店は、ちゃんと以前来た時と変わらず食に敬意を払っています。と、なればどうしてこんな無茶が出来るか、ですが。私の予想では孫先生。あなたが食材の調達をしているからではありませんか?」
ハルナの推理が当たったことに、悟飯は驚きに目を見開いた。
「驚いた。よく分かったな」
「ふふ、簡単な話ですわ。孫先生は──料理を作ることに馴染みはなさそうでしたし、あれこれ交渉することにも慣れていらっしゃらないでしょう? となれば、残された可能性は決して多くはありません。すなわち、食材の運搬などです。先生は体つきもがっしりしてらっしゃいますから、そう言ったことの方が得意なのだとお見受けしました」
得意げな表情を浮かべるハルナに、なるほど確かにその通りだとなる。少なくとも、隻腕になってから自分で料理を作るなんてことはしなかった。精々が釣った魚を丸焼きにしたりとか、その程度である。
交渉についてもそうだ。食材の調達の仕方については交渉と言えなくもないが、きっとハルナの言っているものとは違うだろう。どちらかと言えば、値段交渉とかそういう方面と思われた。
「参った。全部正解だよ。すごいんだな、君は」
「それほどのことではありませんわ。美食を探究するものとして、私たちが口にするものがどのようにして食卓に運ばれてくるかも知っておく必要がありますから」
口では謙遜の言葉を言うハルナだったが、その唇は綺麗な三日月のような笑みが浮かんでいた。どうやらそれほどのことでもあったらしい。
「なんにせよ、ここで先生と出会えたのは
ハルナの言葉に、ほんのわずかに悟飯の頬が引きつる。
確かに食事は好きだ。学ぶことの次に好きなことだといってもいいかもしれない。
それでも、食事中に聞いた彼女達の信念とも呼べるその強い気持ちを食事に対して持っているとは言えなかった。
「いやあ、俺は君達程料理の善し悪しが分かるわけじゃないよ。美味しいものをたくさん食べるのが好きなだけさ」
そう苦笑いして返す悟飯だったが、一方のハルナは穏やかに微笑みながら小さく首を横に振る。
「いいえ、それで良いのです先生。美食とは、高価な料理を食べるだけに
「私はたくさん食べることが好きですけど、ハルナさんの言っていることは分かります☆」
「うんうん! 工夫次第でどんなものも美味しくできちゃうしね!」
「まあ、高いお菓子とかより皆で食べる安いお団子とかの方が美味しいって思うこともあるし……あ、たまにだからね!?」
ハルナの言葉に首を縦に振って思い思いの言葉を口にする美食研究会を見て、悟飯の脳裏に
(よく食べて……か)
父、悟空が学んだ武術流派、亀仙流の教えのひとつだ。
武術の教えであるのだから、英気を養うためにたくさん食べろと素直に解釈をするべきなのかもしれない。
それでも悟飯は目の前で美味しいものを食べるということに真剣に、そして楽しそうに話す美食研究会の生徒達を見て、きっとそれだけではないのだと思えた。
「そうだな。俺もまだまだ学ぶことは多いみたいだ。そうだな、君達さえよければまた一緒に飯を食おう。きっと楽しい時間になる」
悟飯の誘いに、ハルナたちはふわりと花が咲いたように笑顔になった。
「ええ。先生が良ければ喜んで!」
「……あ、でも気に入らないからって店を壊すような真似はしちゃダメだからな」
「それは──前向きに検討いたしますわ」
素敵な笑顔のまま、スッと視線を逸らしたハルナの言葉に悟飯は困ったように笑うしかなかった。
なんかよく分かんないけど今んとこ悟飯先生に目をつけてるの問題児しかいない。どうしようねこれね。