BlueArchive ~Another Hope~   作:笹の船

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本編の時系列など知らぬ


悟飯出動!バレンタインの平和のために

 外回りの仕事ばかりで書類仕事を避けていた悟飯が、流石にマズいのではと思って溜まった書類仕事に取り掛かり始めて数日。

 隻腕故に初めこそデスクワークで何かと不便を感じていた悟飯も、この頃はそれに慣れ始めてすらすらとペンを走らせられるようになってきた。

 それがなんだか嬉しくて、仕事は思いのほか順調に進んでいた。

 もちろん、キヴォトスをほとんど知らない悟飯だからほとんどの仕事は手探りだ。それでも、アロナや時々シャーレに顔を出すようになったユウカを始めとした生徒達の助けもあってたまる速度よりも消化する速度の方が早くなっている。

 そんなある日のことだった。

 

「パトロール業務の協力要請について……?」

 

 悟飯のもとにビデオ通話の着信があり、応答をしてみればそこにいたのはヴァルキューレ警察学校の合歓垣(ねむがき)フブキと中務(なかつかさ)キリノだった。

 ドーナツを片手にリラックスした表情でフブキと通話越しでもピシっと姿勢を正し人好きのする笑顔を浮かべるキリノ。そんな対照的な二人が悟飯に要請したのは、パトロール業務の協力だ。

 なんでも、バレンタインの季節になるとD.U.のあちこちでそれにまつわる大規模なイベントが開催されるとのことだった。

 イベントが複数開催されるということは、それだけ人の動きも活発になるということだ。確かに、平時の人員だけではパトロールするのも一苦労なのだろう。

 イベントの内容も楽しそうなものが目白押しだ。悟飯はバレンタインに縁がなかったから、チョコレートを大切な人にあげる日という知識しか知らない。

 それでも、チョコレートケーキ選手権やその場でチョコを溶かして作るチョコレートデザイン選手権などは楽しそうだなと思ったのだ。

 ……最後にフブキから見逃せないと言われた「ペットチョコレートコンテスト」なるものだけは全く想像が出来なかったが。

 

「ってわけで先生、手伝ってくれない? 忙しいのは知ってるけど、先生だったらどこにだってすぐに飛んでいけるでしょ?」

「ちょっ、フブキ!?」

 

 フブキのあけすけな物言いにキリノが焦った表情で声をあげるものの、悟飯はそれに対して穏やかに笑った。

 

「ああ、別に構わないよ。そのくらいならお安い御用だしな」

 

 そんな悟飯の返答にフブキもキリノも嬉しそうな、そしてどこかホッとしたような笑顔を浮かべた。和やかな雰囲気での会話ではあったが、結構切羽詰まった話でもあったようだ。

 

「あはっ、ありがと先生。まあせっかっくのバレンタインデーだからね。チョコレートを渡して、渡し合って、幸せを感じられる日。その笑顔を守ってあげないと、私達はヴァルキューレなんだから」

「フブキ……! そんな殊勝なことを考えていたなんて、感動しました……!」

「あ、先生。お礼はドーナッツで良いかな? イベント終わったら業者の人たちが売れ残ったドーナッツ一杯くれるからさ。一緒に食べよーよ。いやあ、ヴァルキューレの生徒で良かったよねーホントに」

「フブキ、妙にやる気を出したかと思っていましたが最初からそれが狙いだったんですか……?」

 

 何とも現金なモチベーションに困惑を隠せずにいるキリノにフブキがいたずらっぽい笑みを浮かべるのを見ながら悟飯はスケジュールを確認する。

 幸い、バレンタインの日は特に用事もなさそうだった。

 

「分かった。手伝うのはバレンタインの日で良いんだよな?」

「うん。よろしくね先生。細かい動きは当日までに伝えるからー」

「ああ。頼むよ」

 

 そうして約束を交わし合って、その日は終わった。

 そしてバレンタインデー当日。

 

「すごい人だな……」

「でしょー。先生、私達からはぐれないようにねー」

 

 フブキたちと合流した悟飯はD.U.の商店街のひとつにやってきていた。事前に聞いていた通り、かなりバレンタイン関連のイベントで盛り上がっているようで、アーケードの下は老若男女様々な住人が行き交っていた。

 イベントを楽しむ客の喧騒もさることながら、それに負けじと店のスタッフの呼び込みの声もすさまじい。

 パトロールで歩けば、左右からバレンタインにまつわるいろいろな商品やサービスの宣伝文句が聞こえてくるのだ。

 西の都でもここまで活気に満ち溢れた場所というのはそうそうなかったように思える。そんな自分の知る世界の記憶と比べたら、銃撃戦が毎日のように起きるとは言えこの世界はやはり平和なことには違いない。

 だからこそ、何があっても自分がこの平和を守らなければならない。

 そう思っていた矢先のことだった。

 

「へぇ。つまりそれって、食べたら『マジで』幸運になるんだよな?」

「え、あ、いえその……幸運のチョコレートというのはあくまで名前と言いますか、『マジで』と申されましても……」

 

 悟飯の耳に、剣呑な響きのやり取りが聞こえてきた。

 思わず足を止めて声がした方を見やれば、柄の悪い生徒が店先の店員に絡んでいるのが見えた。

 

「ちょうどさっき宝くじを買ってきててさ、せっかくだしこのチョコを食べてからにしようかなって」

「まあ最初の番号だけ見た感じ、どの当選番号にも当たってなかったけど」

「ここのチョコレートを食べたら何とかなるかもしれないっしょ? なんせ『幸運のチョコレート』だもんなぁ!?」

 

 店員に絡む二人に生徒の話に耐えかね、悟飯は人混みの合間をスルスルとすり抜けながら彼女達の方へと近寄る。

 

「ちょ、先生はやっ……!?」

 

 背後からフブキの慌てた声が聞こえたが、構っている暇はない。

 

「どうかしたのかい?」

 

 今にも何かをしでかしそうな雰囲気の生徒二人の前までたどり着いた悟飯は、出来る限り穏やかの声色で彼女達に話しかける。

 

「……あん、何だお前?」

「俺はシャーレで先生をやっている孫悟飯っていうんだ。今はパトロールの手伝いをしてるところなんだけど、何か困ったような声が聞こえたからさ」

 

 キヴォトスの年頃の女の子たちは気難しい。言葉選びひとつ、表情ひとつで銃を向けてくることがあるのだから。

 そう分かっていて、だから注意をしたつもりだった。それでも、中々上手くいくものではない。

 

「うるさいっ、バカにすんな! もう宝くじが外れたことくらい分かってるんだ! でも夢は諦めきれないだろ!?」

「そうだ、このままじゃ終われねぇんだっ!」

 

 結局、今回も話しかけた生徒達は逆上してしまった。そのことに自分の力不足を感じながらも、悟飯は先生としてではなく戦士として銃を構えた二人を見据える。

 ちょうどその時だった。悟飯の耳に、少し離れた場所から何かが筒から勢いよく射出されるような音が聞こえてきた。

 キヴォトスに来てまだ短い悟飯でも、それが銃火器の音――それもいわゆるグレネードランチャーのものであることもだ。

 そうだと分かってからの悟飯の動きは素早かった。

 文字通り目にも止まらぬ速度で動き、店先にいた店員を抱えて店の中へ避難させる。

 直後、店員に絡んでいた二人の生徒の足元で爆発が起きた。

 悲鳴と共に吹き飛ばされた生徒達が地面を転がっていく。大きな怪我はしていないかと悟飯が転がって行った生徒達を見やるが、特に出血などはしていなさそうだった。

 キヴォトスの住人達は信じられない位頑丈だ。銃弾をまともに食らっても全く出血しないし、あざが残るかどうかなことも多い。

 悟飯も初めて見た時は驚いた。とはいえ、それでも全く怪我をしないわけではない。だから、やはり手荒な手段を避けられるなら避けるべきだと思うのだ。

 守られたことに気が付いた店員からのお礼に小さく手をあげることで返事としながら、爆発に吹き飛ばされてた生徒達に近寄ろうとした悟飯の前に、一人の生徒が歩いてきた。

 

「どうやら、まだ緊急事態にはなっていないようですね」

 

 青を基調とした制服に、病院で見かける看護師が被るような帽子と銀髪の合間から覗く角が特徴的な少女だった。

 

「君は……ゲヘナの生徒かい?」

 

 ゲヘナ学園。キヴォトスにおけるマンモス校のひとつ。そこの生徒の身体的な特徴として、角が生えていることが多いことを悟飯は知っていた。

 そんな彼女は悟飯に声を掛けられたことに気が付き、そして驚いたように目を見開いた。その視線は、悟飯の失われた左腕に釘付けになっている。

 

「負傷者!? まさか、先ほどの攻撃に巻き込まれて――」

「ああ、いや。この腕はキヴォトスに来る前からのものだから君の攻撃によるものじゃないよ」

 

 慌てて悟飯がそう訂正すれば、慌てた表情をしたその生徒はホッと胸をなでおろした。

 

「失礼しました。……ああ、思い出しました。あなたが噂になっている”シャーレの先生”なのですね。隻腕ながら、三面六臂(さんめんろっぴ)の活躍であちこちのトラブルを解決しているという話は耳にしたことがあります」

「それは……なんだかこそばゆいな。それよりだ。そこに倒れてる子達を運ばないと」

 

 悟飯の指摘に生徒は再びハッとして自分が倒した二人の生徒へ歩み寄り、軽々と担ぎ上げた。

 

「そうでした。この死体……ではなく、負傷者たちはこのまま、病院に搬送するとしましょう」

 

 ちょうどその時、目の前の生徒を追いかけてきたのであろう慌てた表情をした2,3人の生徒達が駆け寄ってきた。

 彼女達が背中に背負った折り畳みの担架を広げると、不良生徒を無力化した生徒は手慣れた手つきで不良達を担架に寝かせる。

 

「さて、自己紹介が遅れました。私はゲヘナ学園、救急医学部部長のをしています氷室(ひむろ)セナと申します」

「俺はシャーレの孫悟飯だ。氷室さん、よろしく。でも、どうしてゲヘナの子がD.U.に?」

「私達は救急医学部の活動の一環として、この周辺でのパトロールをしていまして。何せバレンタインデーは大切な日。それぞれが胸に秘めた大事な思いを形にする特別は日ですから」

「なるほど……」

 

 セナの言葉に、悟飯は何とも言えない気持ちになった。

 バレンタインデー。素敵な行事だと思う。色んな人が思いを形にして、大切な人に伝える。そんなイベントが、もし自分が生きているあの地球でも毎年のように行われていたのなら。

 そうしたら、自分ももっと違った未来を歩めていたのだろうか。

 母であるチチや祖父の牛魔王、そして父親である悟空に自分もチョコを送ったりする日があったのかもしれない。

 そこまで考えて、悟飯は小さくかぶりを振った。過ぎ去った過去のことをいくら考えても仕方のないことだ。

 そんな悟飯に追い打ちをかけるようにだろうか。

 突然、すぐ近くで爆発音が鳴った。その直後、何か建物が崩れるかのような音も。

 本能的に恐怖、あるいは危機感をあおる大きな音に周囲の人々がにわかにパニックになる。

 直後、商店街に設置されたスピーカーから警報が流れ出した。

 

『「災厄の狐」が出現しました! 第3商店街付近にいらっしゃる方は、ただちに非難を!』

 

 どうやら、素敵なイベントとちょっとの騒ぎで終わるような日ではなくなりそうだった。

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