霧深き領域を超えて   作:バンリ

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第12話・選択、どうするべきか

※1

 

 

 

ゼノビアが語るその内容を、アラタとグレイは黙って聞いている事しか出来なかった。

語りを続けていく中でゼノビアの顔色も悪くなって来た為、一旦一区切りをつけた所で休憩を取らせる事とした。

 

「普通の霊魔ではない、謎の少女か……」

 

霊魔を率いる謎の少女、そしてその少女自身もゼノビアが圧倒される程に強いという。

ガルフパーティーが文字通りの総動員で挑んでなお、その少女には通用しなかった。

 

「言語を話す、霊魔と同種の少女…ですか。恐らくギルドにも、技術研にもそのような発見と報告は一度も届いていないですね」

 

考え耽るアラタの傍で、毛布に包んだゼノビアの髪を撫でているグレイが教えてくれる。

確かに、それほどの強力な存在ならば報告を怠る所か、誰もが認知していない状態が逆におかしくも感じる。

 

これまでは活発的に動いていなかっただけか、もしくは。

 

「もしくは、ソレと出会って、生還した者がいないから、とかか」

 

「なるほど。全滅してしまえば、詳細を知る機会もないですからね……未帰還者が増えつつある一因であるかもしれない訳ですか…」

 

むしろその可能性が最も高い。

とはいえ、アラタ自身がこれまでそんな相手に遭遇した事がなかった為、これに関しては悪運が強いと言うべきなのかもしれないが。

 

アラタは眠っているゼノビアの顔を眺めた。

 

未だ消えない目尻に残る涙の跡と、時折見せる歪んだ表情の先では、どんな悪夢を見てしまっているのだろうか。

 

傍に付き添っていてなお、その心の苦しみを晴らす事が出来ない。

 

「……クロエットさんは、もう、駄目かもしれません」

 

ポツリとグレイが呟いた。

 

「なに?」

 

「あ、いえ、すみません……ですけど、これは」

 

アラタの語尾が思わず強くなる。

彼の気分を害したと思ったグレイは慌てるように手を振りながら、話を続けた。

 

「気持ちの問題です。探索者であり続けるか、そうではないか―――今回の悲劇を機に、この子は選択しないといけない」

 

「………そう、なのかもな」

 

ゼノビア・クロエットは純粋な女の子だ。

人見知りだが、相手からの好意を疑わない。

臆病な癖に、一度知己を得た相手との絆を最後まで信じ続ける様な子だ。

 

だからこそ、耐えられなかったんだ。

 

ガルフという父の様に慕った存在と、同じパーティーで娘の様に可愛がってくれていた仲間達を一気に失った衝撃は、彼女にとって余りにも大き過ぎた。

 

「…そんな覚悟で探索者になるな、とか思うか?スタープライドさんは」

 

仲間との死別は探索者にとってはありふれた出来事だ。

自分以外が全滅する、その中に身内もいた。それとてありふれた話だ。

 

ゼノビアは特に家族や仲間という関係性に依存している節がある。

アラタとの仲にしてもそうだ、彼という幼馴染であり好意を寄せる異性が今傍にいたからこそ、壊れ切れずに済んだのだ。

 

人によっては言うであろう言葉がある。

 

軟弱だ、覚悟が足りない、その程度の決意で探索者になるな。

探索者に向いていない、と。

 

「………そうですね、大多数の意見で言えばきっと……彼女は心が弱過ぎると言われてしまうでしょうね」

 

ゼノビアの髪を撫でる、グレイの表情は穏やかだった。

 

「ですけど、私はそれを理由にクロエットさんを責めるなんて事はしませんよ?」

 

「それは何故?」

 

「何故も何もないですよ、向き不向きは自分自身で決める事です。どんな事情であれ、どんな問題を抱えていようとも、当人が探索者になると決めたのなら、私はその意思を尊重します。逆に言えば、それで何かあってもそれは当人の責任ですから」

 

「結構ドライだな、意外だ」

 

「そうですか?私とて技術者から探索者になった口ですから、一部の同僚からは色々言われましたからね……成功しようが失敗しようが自分で決めたんだ、部外者が口出しすんなー!って」

 

うがー!と思い出したかのように怒った素振りを見せるグレイ。

それに反応して寝返りを打とうとしたゼノビアに少しアタフタする彼女を見てアラタも苦笑いを抑えきれなかった。

 

アラタは簡易ポットで沸かしていたコーヒーをカップに入れる。

自身とグレイの分を用意し、一方を彼女へと渡した。

 

「ありがとうございます」と言いながら受け取ったグレイだったが、それを一口含んだ後、考え込むように黙ってしまう。

 

「どうした?何かあったか?」

 

「はい……話の途中まで聞いた所で思った事なんですけど、その少女と少女が率いた霊魔を、私達って遺跡内で見ませんでしたよね?」

 

「遭遇したのはライトさんが変貌した化物が一体だけだな」

 

その化物と遭遇する前に、遺跡に入った直後の空間に広がった戦闘跡。

霊魔は確かにいた。そこにその少女も含まれていたかは分からないが、少なくとも戦闘の後にゼノビアだけはこうして逃げのびる状況が出来上がっている。

 

リックやライトが命を賭してゼノビアを逃がしたから?

 

だが、ゼノビアが語る少女がここまでボロボロとなった彼女を取り逃す事があるのだろうか。

あえて逃す理由として考えられるのは何なのか―――。

 

「分からん」

 

「ですね、分かんないです」

 

2人とてお手上げであった。余りにも分からない事が多い。

しかし、この遺跡にあるオタカラとやらを守っているのなら、まだこの遺跡内にいる筈だ。

 

エーテルリソースの回収はギルドからの最優先内容だ。

しかし、今まで一切情報のなかった未知の敵を前にしてそれを是が非でも遂行する必要があるか否か。

 

ゼノビア達が敵わなかった少女に挑むリスクとリターンはどうだろうか。

 

「………いいや、違うな。そういう損得勘定で俺は判断している訳じゃない」

 

ガルフのおっさん達の仇を見逃す事が俺に出来るか否かだ。

アラタの本心はそこにある。探査者としてではない、アラタ・アカツキとしての個人が持つ感情だ。

 

それを踏まえて考えてしまえば、そんな事決まっているだろう。

 

「……俺は」

 

「アカツキさん」

 

周囲の音が一切聴こえていないような錯覚の中にあった。

そんな時にスタープライドさんから声を掛けられる。

 

「冷静に、なりましょ?ね?」

 

コーヒーカップを割れんばかりに強く握り掛けていた手にグレイが触れている。

心配気に眉を下げた彼女の顔をアラタは思わず見つめてしまっていた。

 

「……………」

 

「………あの、アカツキさん?」

 

「……ごめん、何か落ち着いた」

 

「私を見てですか?」

 

「ああ、お前を見てだ」

 

「……ふふ、そうですか」

 

「アカツキさんが見惚れる顔立ち……私もまだまだ捨てたものじゃないですね」とグレイはくつくつと笑みを零す。

どこかおちゃらけた言い回しだ、きっと気を遣ってくれたのだろう。

 

一度深呼吸をし、アラタはコーヒーを飲んだ。

 

グレイの言う通り、冷静になろう。

戦闘を避けれると言うのなら、別に戦う事に拘る必要もないだろう。

ゼノビアを助け出した以上、このまま撤退でもいい。

 

この遺跡の位置情報、今回の少女の件を報告。

それでいい。この内の怒りは、今は留めておけ。

 

今は何より、ゼノビアの無事が最優先だ。

 

「―――スタープライドさん。ゼノビアを起こそう。すぐにここを離れる」

 

「今すぐですか?」

 

「ああ、今すぐ」

 

「…まだ体調が悪そうです、もう少し休ませてやれませんか?移動中のアイゼンも快適とは言えないですし…今の彼女には移動でさえ負担が大きいと思います」

 

「それでもだ」

 

アラタがその場から立ち上がる。

傍に置いていた外套を纏い直し、鞘に納めた剣を腰に下げる。

 

「少女が健在であると言うのなら、何時見つかってもおかしくない。今のゼノビアを傍においてそれと遭遇するのは…あまりにも危険だ」

 

ゼノビアをまだ休ませてあげたい。それはアラタとて思う所であった。

だが、今回はそれを差し置いてでも此処を離れるべきだ。

 

グレイは少しの間、アラタとゼノビアの顔を交互に見たが、諦めた様に息を吐いた。

 

「……分かりました。アカツキさんの言う通りですし……準備します。少し待ってて下さい」

 

「ああ、俺が先行で露払いをする。ゼノビアと装備…両方大丈夫か?」

 

「問題ありません。探索者は等しく力持ちですよ?」

 

心配いらない、と言わんばかりにグレイは力こぶを作って見せた。

アラタはそれに頷き、準備が出来るのを待った後、扉の前に立つ。

 

後ろで荷物を纏めたグレイの姿を見た。バックパックは前に抱え、ゼノビアを背負っている。

準備は完了のようだ。

 

「……よし、出発だ」

 

グレイも頷き、それを確認したアラタは扉を開ける。

 

そう、開けようとした瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

《あレれ、帰っちゃうのォ?》

 

 

 

 

 

 

そのノイズ混じりの声はアラタ達と同じ室内から聴こえた。

 

 

 

「……っ!」

 

アラタは咄嗟に剣を抜いた。

室内を見渡すもそこは何もない空間。

目の前の扉以外に何かが出入り出来そうな隙間も見当たらない。

 

「誰だ…どこにいる…!」

 

この声が、ゼノビアが言っていた少女の声か。

だが、どういう事だ。恐らく数時間はここにいた、だと言うのにこれまで気配の一つも感じられなかった。

 

「スタープライドさん、俺の傍に―――」

 

得体が知れない。

グレイに呼び掛けんとしたアラタであったが、そんな彼が見たのは怯えた様に目を見開き固まっている彼女の姿であった。

 

何か、されたのか。

 

「スタープライドさん!」

 

「……あ、アカツキさん。この声って」

 

グレイは恐怖に飲まれている。

何故だ、この一瞬で何があった。

 

「一体何がっ!?」

 

《ヤダなァ…まだ何もしてないヨ?》

 

「……は?」

 

再び、その声が聴こえた。

今度はその声がどこから発せられたものなのか、アラタも分かってしまった。

 

それは正面。

グレイ・スタープライド―――その後ろから。

 

 

 

《この子の中身見てタらツイツイ気になっちゃッテ、出てきちゃっタ☆》

 

 

 

グレイの背負うゼノビアから、ゼノビアじゃない声が聴こえる。

先程までの苦し気に眠っていた彼女から一転し

 

今の彼女は新しいおもちゃを見つけたような楽し気な笑顔を浮かべていた。

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