霧深き領域を超えて   作:バンリ

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第14話・甲獣のルーシェ

※1

 

 

 

戦闘が始まった。

アラタの最速の一撃が開戦の狼煙となり、ルーシェもまた下半身を厳つい甲殻で纏い彼へ猛攻を仕掛けた。

 

常人が目で追えない程に速いのはルーシェが速度に特化した戦士である為。

これに追従出来るものは中々いない。

少なくともエーテル晶石で強化された人間でも無理だ。

上位探索者であるゼノビアでさえ手加減した彼女に翻弄されたのだから、その強さが際立つというものである。

 

グレイに背負われているゼノビアの体内にて、ルーシェの分体はほくそ笑む。

探索者が埋め込んでいるエーテル晶石は高純度のエーテルの塊である。人間一人を強化するには余りある程にそれがもつエネルギーは豊潤だ。

エーテルを好むルーシェがこれを食すれば自身の強化にも繋がる程に。

 

ルーシェからすれば人間はただの玩具であり、餌に過ぎない。

 

分体は敢えて彼を挑発する事で本体の前まで誘導させた。

倒さないとゼノビアは助からない。たったそれだけでアラタ・アカツキという男は本体のルーシェに挑む決意をしたのだ。

 

バカな男だと分体は嗤った。

ゼノビアの記憶を探ってみればアラタ・アカツキという男も人間の戦士の中でも上位らしいが、位とすればゼノビアと同等。

そのゼノビアとてルーシェには敵わない。ならばアラタもまたルーシェに挑む事はただの自殺行為にしかならないのだ。

 

これでまた一人だ。エーテル晶石を取り込み強くなる。

彼が終われば、その付き人であるグレイとかいう少女、自身が取り憑いているゼノビアだ。

 

その際に分体の自身も再び本体へと還り、全てが完了となる。

―――そう楽観視していた訳だったが。

 

事態はそう簡単ではなかった。

 

彼女の主観でしかない記憶を鵜吞みにしていた故ではあるが。

その戦闘風景を見て、分体は目を見開く。

 

本体(アタチ)の戦闘形態を一発で引き出しタ……!》

 

外甲殻・棘(がいこうかく・いばら)』とルーシェは自身の変化を呼称していた。

下半身を主とした強化であり、それによって戦闘方法も劇的に変化するのだ。

 

長らくその姿を出していなかった故に、ああも躊躇なく使った事に驚愕する。

 

「ん、流石アラタ。つよい」

 

どこか舌足らずな少女の声が響いた。

 

《……君、案外立て直すの早かっタネ》

 

「ん。何時までも好き勝手、させられないから」

 

《ハッ…ソレもそうダ》

 

眠り続けるゼノビアの中で二つの意識が邂逅する。

彼女自身であるゼノビア・クロエットがその意識を僅かに取り戻したのだ。

 

「大分弱ってたと思う。心も、身体も」

 

《……ハハ、そうだネェ。だからアタチが付け入る隙がアッタ訳だ》

 

「あれは私の不覚。どんな事をやってでも、あなたが出てこないようにするべきだった…」

 

苦し気に呟くゼノビアを鼻で笑うルーシェ分体。

しかし状況はこちらが想定したものと違った為に、あまり面白いと言えるものではなかった。

 

本体(アタチ)本体(アタチ)だ。ワザワザあの姿になる必要がアル程だとでもイウのか…!》

 

その声色には苛立ちがあった。

まるで本体の判断が納得出来ていないと言わんばかりに荒らげた声だ。

本体(ルーシェ)

「……あなたは、アレと同一じゃないの?」

 

《んア?》

 

ゼノビアは不思議そうに問う。

アレとはアラタと戦っているルーシェ本体の事である。

彼女自身も戦った為に分かるが、目の前の分体《ルーシェ》と本体《ルーシェ》が同じ存在のように思えなかった。

 

「アレは…そう。戦う事を楽しんでいた。相手の手札を引き出させ、何をしてくるのかをワクワクして待ってる様な……えと、つまり変態?」

 

《せめてバトルジャンキーと言ってくれまセンカネェ?》

 

呆れた様な声で分体は言う。

そうそれ、とゼノビアは己の語彙力の無さは棚に上げて話を続ける。

 

「だけど、あなたはそうじゃない。君は搦め手を狙う様な……つまり、姑息?」

 

《姑息って何?悪口カナ?》

 

「少なくとも私があなたを褒める訳ないと思うんだけど」

 

《そりゃソウダ。ハハハ》

 

そして沈黙。

互いに意識体な為に今は体がある訳ではないが、あるなら恐らくこれでもかと睨み合っている事だろう。

 

それから沈黙が続く中で、根を上げた様に溜息をついたのは分体の方であった。

一瞬、言葉を躊躇するように詰まらせた後、分体は話し始める。

 

《―――は。イイエ、これは全てのネガナンバーズに言エルんだけどサ》

 

「ネガナンバーズ?」

 

《あ?…アー気にしナイデいいよソレは。つい言っちゃったケドネ》

 

どうせ知った所で意味のない事なんだから、と。

首を傾げる思いのゼノビアだったが、相手の話の続きを待った。

 

《アタチ達はその身からアラゆる物を生み出せる。アーティフィシャルタイプ……君達のいう霊魔だってエーテルさえあれば幾らでも生み出せるノ》

 

「生み出せる…霊魔を?」

 

《ソウサ?まあほとんどガ自然発生している個体だケドねー。アタチがその気になれば霊魔の兵隊だって思いのママ。君達を包囲して見せたのはつまりソウいう事》

 

「…………」

 

ガルフ達を突如包囲した霊魔の群れ。

あれの為に退路が限られ遺跡の中に誘導された。

そして皆は、仲間達は自身を逃す為に死んでいった。

 

《フフフ。何か雰囲気怖くなったヨー?まあ、表情なんて分からないんダケド!》

 

「分かって言った癖に…性格悪い」

 

《当然。だってソノツモリで言ったしィ?》

 

定期的に相手を煽る事で幾らか気持ちが晴れるのかどこかスッキリしたと言わん様子の分体。

話の内容はまだ続く為、そのまま語り続ける。

 

《まあ、それデネ。霊魔を生み出せる様にアタチはアタチの分体も生み出せるンだけどねェ……何故かアタチ自身を作り出したら、それの意識は独立したモノとなる訳》

 

しかも本体と分体で意識間の共有もなし。

人格面に個体差も出るというオマケ付き!とルーシェ分体は笑った。

いや、それは結構致命的じゃないかと話を聞いていたゼノビアは思ったが。

 

《アクの強い性格してるとアタチ同士で殺し合いにもナルからサ。あんまり分体って作らない筈なんだケド、今回は君を本体(アタチ)の新しい素体にしたカッタんだろうネ。人間にしては強いシ、新しい身体も欲しかったミタイだから。それで分体(アタチ)を戦闘の合間に体内に潜り込ませて、そこから侵食させるつもりダッタんだろうケド…》

 

そして侵食されたゼノビアごと本体が取り込む手筈だったのだろうと。

この分体はそれを良しとした為に実行していた。実行していたのだが。

 

今は新しい玩具に夢中になってアタチの事忘れちゃってるネェと、再び本体とアラタの戦闘光景に目を向けながら言った。

 

「………なら、私がこのままだと助からないって言うのは」

 

《君自身の身体なんだカラ分かるデショ?》

 

何てことのないようにルーシェ分体は言った。

 

《ソレは本当の事だよ。コノママ時間が経てば君はに身体と自我を全て奪われるワケ》

 

 

 

※2

 

 

 

外甲殻・棘を纏った甲獣のルーシェはその戦闘スタイルを変化させる。

両手の爪を主体とした格闘戦から両足のかぎ爪と脹脛の棘を用いた蹴り主体のリーチを活かした戦い方へ。

 

蹴り際の勢いで飛び跳ねる等、三次元の動きを交えての超高速戦。

それがルーシェの真骨頂だが、この戦いを見せる事なぞ長らくなかった。

あるとすれば、それは彼女の同胞や、過去の遺物との闘いのみ。

人間相手に使う事はないだろう力。

 

今日、この瞬間まではそう思っていた。

 

《もっと見せてみナヨ!君の力をサ!!》

 

「……っ!!」

 

ルーシェは猛る。最初からのフルスロットル。

様子見するという考えはとっくに無くなっていた。

 

彼女の目的はただ一つ。

目の前の、対峙してなお渡り合ってくる人間。

 

彼を知り、彼を想い、彼を上回り、そして彼を殺す。

 

いいや、それ以上のこの感情を。

 

《人間で、ソコまで動けル!そこマデ強く!ナンデ!何で!?》

 

地面を削り、壁を穿ち、支柱を叩き折る。

風を切る程の蹴りが無数に放たれ、その一撃の尽くが必殺だ。

 

当たれば即死、回避が必須。それが何と困難な事だろうか。

だがアラタは、その全てを捌いて見せた。

 

放たれる蹴りを剣で弾き、最小限の動きで避け続ける。

何度目からの交差、ルーシェの突撃に対しアラタもまたそれに合わせる様に敢えて相手の間合いへとその身を突っ込ませた。

 

そして、衝撃。

幾度も続くぶつかり合い。

 

ルーシェの上段蹴りがアラタの頭上を空ぶった。

がら空きとなった腹部を突いたアラタの刺突はルーシェが右腕を盾とする事でその一撃が逸らされる。

 

「ちっ」

 

《アハハハ!!!》

 

互いが同じタイミングで後方へと下がった。

アラタは油断なく剣を構え、左手の小型銃の銃口を向ける。

 

ルーシェは曲芸染みた動きで空中で一回転して見せ、優雅に着地して見せた。

構えらしい構えはなく、ただその場で楽し気にクルクルと回り出す。

 

《いいネェこの感覚。このギリギリ感!》

 

歓喜する感情、愉悦で満たされる。

 

《ゼノビアより強い。それはワカった!けれども、まだまだ君はアタチに追従してクル。それが!ナニよりも!ウレシイ!!》

 

アハハハハ!とその甲高い笑い声が響き渡る。

踊るように動く彼女は戦闘の渦中にいるとは思えない程に。

その光景はアラタに苦虫を嚙み締めた様な表情を作らせる。

 

ああそうだ。確かに今は互いに決定打に掛ける状況が作り出されている。

彼女が言うのだ、本気は出しているのだろう。だが、それでも彼女には余裕がある。

戦いを楽しむだけの余裕が未だある。

 

(言葉通りに受け取っていいのか。もしくは……いや、これ以上はダメだな)

 

ブラフを装うような相手ではない。相手は見ての通りだ。

恐らく負けるという状況なんて一切想定していまい。

 

それに対してアラタはどうだ。

付いてこれている。しかしそれは相手の動きに合わせて動いているだけだ。

持ち前の反射神経で相手の攻撃に攻撃をぶつけるという無茶な事を連続で行っているだけなのである。

 

つまりは後出し。つまりは受け。

一切の攻勢をアラタは行っていない。いいや行えない。

 

はっきり言おう。

この戦いはアラタにとって勝ち筋の見えないものに既になっているのだ。

 

 

 

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