霧深き領域を超えて   作:バンリ

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再び期間が空きましたが不定期ですが投稿再開となります。
よろしくお願いします。


第16話・少女の覚悟。

戦況は瞬く間に変わった。

 

ルーシェ本体がアラタを追い詰めている。

 

「アラタ……!?」

 

《あらー。コレは…》

 

ゼノビアは声にならない悲鳴を上げる。

 

ルーシェ分体はやっぱダメかなーと頭を抱えながら天を仰ぐ。

 

《性能差、だよネェやっぱり。強化された人間とアタチじゃ、やっぱり元のポテンシャルが違うんだロウさ》

 

「そんな…けどついさっきまで、アラタはあいつと互角に戦えてた!?」

 

《その時点で無茶シテたんじゃナイ?》

 

どうでもよさげに聞こえる投げやりな声でルーシェ分体は言う。

 

《元々身体能力は高かったンダロウ。だけど、本体(アタチ)に追従する為に無理矢理動かしてタンだろうネ》

 

無茶なチューニングでマシン性能を引き上げれば、そのマシンはどうなるか。

 

もちろん、マシンは長持ちしない。その寿命は縮まり、常にギリギリの稼働をしていた本体は何時どんな拍子で故障するか分からないものだ。

 

ルーシェ分体は何となしに古代文明にあった『クルマ』とやらを記憶から思い起こすが、すぐにそれは考えから打ち消した。

 

《ま、君に分かんナイ例え話を言ってモ仕方なイカ》

 

「…………」

 

《デ、どうするー?……て言っテモ、今の分体(アタチ)にはナーンニモ出来ないけどネッ》

 

「………っ!」

 

ゼノビアはどうすればいいか分からなかった。

いいや、違う。考える事を放棄しようとしていた。

アラタへ助太刀を、今すぐ目覚めて助けに入って―――。

 

 

 

それで、私に何が出来るんだ?

 

 

 

未だ残る恐怖、絶望感。

 

仲間を失い未だ尾を引くこれらの負の感情は世界で一番大切な相手の危機を前にしても身体を、心を動かしてくれやしない。

 

なんて情けない女だ。なんて薄情な女だ。

 

結局は保身、自分自身の安全を、心を守る為にしか考えられていないのだ。

 

「……ふ、ふふ、これなら…いっそ私は…」

 

目尻に涙を溜まり続ける様な感覚。

 

光を灯さない瞳がルーシェ分体へと向けられた。

 

「あなたに飲まれて、消えた方が」

 

それで、きっと楽に―――。

 

 

 

《情けないネェ、君は》

 

 

 

ルーシェ分体は呆れた様に眉を八の字に下げながら言った。

 

《君がね、アタチにソノママ身も心も全て飲まれるって言うならイイヨ?どうせ遅かれ早かれダカラね、その全てをありがたく頂いチャウともさ。ケドネ?》

 

別にゼノビアを気遣う訳ではない。

 

ルーシェ分体は自身が思うままに話すだけだ。

 

分体(アタチ)本体(アタチ)に戻るツモリはない。君と話してイテ、ソウ決めタ》

 

「……何を、言いたいの?」

 

思いもよらぬ発言を前にゼノビアは困惑し、そして相手に問う。

 

ルーシェ分体は笑った。

 

《きっとソッチの方が自由に色々出来るジャン。ダカラさ》

 

ルーシェ分体はゼノビアのすぐ傍まで近寄った。

 

 

 

《サッサと立ち直りな。アタチが力を貸してヤルから。そして………契約を、結ぼうジャン?》

 

 

 

 

 

 

ゼノビアは静かに目を覚ました。

ルーシェ分体と共に見ていた空間を、実際に彼女自身の目が捉え、周囲を見渡す。

 

グレイ・スタープライドの背負われていたんだった、と改めて思った。

 

「………スター、プライドさん」

 

「…あ、クロエットさん…?」

 

「………うん、私だよ。間違いなく」

 

「良かった。意識が…!」

 

「…うん。それでね…一回背中から降ろして貰ってもいい?」

 

「大丈夫ですか?すぐに立てますか?」

 

「ん。ありがと。大丈夫」

 

グレイの背から降りた後、ゼノビアは少し身体を動かす。

 

疲労感はない。頭痛もない。異様に残っていた眠気だってきれいさっぱり無くなった。

 

体調は万全だ。

そして後は、これまで感じた事のない異物の力を体内に孕んでいる事を再確認出来た。

 

なら最後に決めるのは自分自身の覚悟だけだ。

 

ルーシェ分体の契約を受け入れる。

その代わりに、アラタを助ける力を借りる。そして―――。

 

「ごめんない、スタープライドさん。話を聞いて欲しい、です」

 

 

 

※2

 

 

 

「アラタにナニしようとしたのかなこの露出狂の変態女」

 

ゼノビア・クロエット。そしてルーシェ分体。

 

重なった二人の声が響き渡る。

変質した左目からは赤い光が溢れ、炎を思わせる残光を残す。

 

ボロボロとなった衣服の下からさらけ出す左腕にはルーシェ本体のソレと似たタトゥーが浮かび上がっていた。

 

《へぇ……そうイエバ、そんなノモ仕込んでたッケ。アタチって》

 

頭を抱えながら、上半身を起こしたルーシェ本体。

立ち上がり、砂埃を払うと目の前で此方を見据えるゼノビア・クロエットを睨んだ。

 

先程までの愉悦を孕んだ笑みは既に引っ込んでいた。

今の彼女はお楽しみを邪魔された為に機嫌を損ね、その怒りや殺意を隠そうともしていない。

 

《ほんと、意識の共有も出来ないナンテ困ったモのだネ。分体なんて作って後悔シテルヨ。まさか…アタチの邪魔をするダなんて》

 

「それはご愁傷様。いい気味だね」

 

二つの声を重ねてゼノビアは笑う。

銃剣の切っ先をルーシェへ向けながら、その表情は不敵だ。

 

ルーシェは首を傾げる。

目の前のゼノビアから感じるのは間違いなく自分自身だ。

しかし、完全に侵食したものではない。言うなれば…中途半端。

 

いや、敢えてその中途半端な状態で残していると言うべきだろうか。

 

《不可解だねェ分体(アタチ)。どうしてゼノビアの意識を残してルのカナ?》

 

《ハッ!ソンナの決まってルよ本体(アタチ)

 

分かり切った事を言うなと言わんばかりに、今度はルーシェ分体の意識が表面化し答えた。

 

手にした銃剣に光が宿る。

ルーシェ分体が放出したエーテルが刃を補強し、より鋭く強力なものへと変える。

 

 

 

《契約したノサ。本体(アタチ)を消シテ分体(アタチ)が唯一とナる為に…ネ!》

 

 

 

その身で大地を蹴りルーシェ本体へと斬りかかった。

 

 

 

※3

 

 

 

「……一旦、下がれましたね」

 

「…………」

 

戦闘が始まる直前、立ち上がったアラタをグレイ・スタープライドが体を支えそのまま距離を取って安全な位置に二人で離れた。

 

距離を離してから間もなくして戦闘音がアラタとグレイの元まで届く。

戦いの始まり、それを感じ取ったアラタはグレイの肩を借りつつも、その視線をゼノビアへと向けている。

 

「………あれは、何なんだ」

 

「クロエットさんの中のルーシェが力を貸している、らしいです」

 

「力を…?」

 

「私も詳しくは分からないんです。ただ、急に意識を取り戻したと思ったら、話をされて」

 

状況に流されるままに何事かと確認をする前にここまで駆り出されてしまった。

詳しい理由も聞けなかった為に、グレイとて納得をした上で動いた訳ではなかった。

 

しかし状況が切迫していた。

アラタが追い詰められている姿を見せられて考える暇があっただろうか。

戦えずに足手纏いにしかならない状況で出来る事があるのならと。

 

グレイにはそれくらいしか出来なかったのだ。

 

「…いや、ダメだ。戻らないと、あんな…何もない訳がないじゃないか!」

 

今の状況を徐々に認識していく。そしてアラタは声を荒らげた。

ルーシェの分体と契約?力を行使する為に、それで何もない訳がない。

 

何を代償にして、自分達の前に立ったというのだ?

 

「―――アカツキさん!」

 

「放せ!ゼノビアを戦わせちゃダメだ!あんな、見るからに人を超えた様な力を、使わせちゃ!?」

 

「分かってますよ!けど…どうしようもないじゃないですか!今の私達に何が出来ます!?ボロボロのあなたが!一人でまともに立てていない程に傷付いたあなたが!?」

 

「肉壁くらいにはなる!いいや、そうじゃない、違う。戦える!俺は剣が折れない限り、まだ戦えるんだ!だから―――!!」

 

「そんな感情論で!」

 

グレイはアラタを引き留める。

その身体を強く、抱き締めるようにしてでも留めようとする。

 

万全のアラタならなんて事のない拘束だ。

だが今の彼は、それを振り解く程の余力もない。

 

「クロエットさんの意思なんです!あそこに立っているのは!」

 

「そんなこと……!!」

 

「ありますよ!!戦いに介入する前に少しだけ話した私でさえ分かりました。彼女のことをそんなに知らない私でさえ!!」

 

「………っ!」

 

アラタの体勢が崩れ、その場に尻もちを着いてしまう。

そんな彼をグレイは視点を合わせながらも、まだ抱き締めている。

何があってもすぐに留めていられるように。

 

―――いや、それだけではない。

 

諭すように、あやすように、抱き締めながらグレイは言葉を続ける。

 

グレイは戦いに赴く前にゼノビアから話を聞いた。彼女の想いを。

 

「あなたを助けたいから、もう一度覚悟すると言っていました」

 

ゼノビアの言葉を、思い返すようにグレイは彼女の言葉を伝える。

 

「大事な家族が、仲間を失った喪失感や絶望も、きっと残ったままなのに」

 

その声は震える。

 

「クロエットさんは、あなたも失うかもしれない今この瞬間を良しとしなかった」

 

グレイは彼女の言葉を思い出すと、自分の事の様に悲しくなった。

その決意が、余りにも悲壮なものであったかもしれないから。

 

「得体の知れない力だって、その為に受け入れて、だから……!」

 

「っ!……だけど、それでも俺は…」

 

「アカツキさん…」

 

「……俺、は…」

 

グレイの身体を振り解けなかった。

今日この瞬間までこれほど自身が弱ってしまう事を想像もしていなかった。

 

全身から力が抜ける。グレイの抱擁を受け入れたままだ。

 

それでも、右手に握る剣は離せなかった。

これだけは離すまいと、心身が弱ってなお、それだけは頑なだった。

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