僕は仕事です。
夏休み。
僕はその学生にのみ許されたバカンスを満喫していた。
いやぁ一学期の終わり際は大変だった。
休み時間に登下校の時間。
いつもいつでも雪ノ下先輩が僕の教室に現れるんだから。
まぁ僕は逃げ上手のバカ気味なので、全部逃げ切ったけど。
『ごめんなさい、一つ聞いていいかしら?』
『え、はい…』
『今泉くんいるかしら』
『すいませんあいつはもう帰りました…私はこれで…』
『そう…手間を取らせてごめんなさい』
『じゃあの』
『じゃあの?』
『…雪ノ下先輩そいつ今泉くんです!逃さないでください!』
『一色さん?…あの女の子が?ってはやい!?───止まりなさい!』
『ばっかもーん、そいつがルパンだ!って言ってくれるなら止まりまーす』
『…ぐっ、ば、ば…くっ…!』
『やーい雪ノ下先輩のチキン。真面目風面白女!』
やー、女装ができるのって超便利。
なぜか女装して以来クラスの男子連中が話しかけてくるようになったから、変態仮面のコスプレした写真を1週間待受から変えれないようにしてやったら泣いて喜んでた。
いいことしたなぁ。
「ふんふん、これをこうしてこうじゃ」
さて、そんな振り返りはさておき僕はピタゴラスイッチを作っていた。
さっき携帯がなっていたが別に後でいいだろう。
メールなんていつ返してもいいんだから。
狙い通り割り箸の跳ね橋が起動し、飛んだビー玉が近くの高校の変な人。
玉なんとかさんの爽やかな笑顔を引き伸ばした写真の真ん中。
口に開けられた穴を通り抜け、ドミノに当たる。
そこから3つに分岐し…といったところで止まってしまった。
「うーん、やっぱビスコでのドミノは無茶だったか…あ、久しぶりに食べると美味しい」
集中力が切れたのでスマホに手を伸ばす。
メールの送り主はいろはすさんだ。
ボランティア?
楽しそう。
でも断っていろはすさんのリアクション見るほうが楽しそう。
いろはすさんをおちょくるメールを送って少し。
普通にピタゴラスイッチに飽きた僕が部屋を片付け始めたところでそのメールは来た。
送り主の名前を見て、僕は驚く。
「…ふーん、ますます面白そうじゃん」
思わず自分の声が冷えるのを感じる。
鶴見留美。
僕が家庭教師として勉強を教えている女の子。
そんな子からのメールに了承の旨の返信をしながら、僕は立ち上がった。
「これどうしよ。あそうだ今度ヒキガヤ先輩の机に貼っとこ」
口に穴の空いた玉なんとかさんの自作ポスターを丸めながら、僕は外出の準備を始めるのだった。
…なんかBL系のオナホみたいだな、みたいな感想はそっと胸にしまって。
◆
「ホラーでいい?いいよね?ホラーしかなくない?やっぱホラーなんだよなぁ」
「や、見ないけど…」
「え、なんで!?ホラーなのに!」
「どんだけホラー好きなの?それよりほら、これにしようよ!『君の名は膵臓。叫びたがってるその声は君に届かない』。前からCMで気になってたんだよねー」
「…がん検診のCM?」
「れ、ん、あ、い、え、い、が!」
「嘘だろまじか。絶対面白いじゃん是非見よう!」
「あと、ボランティアって千葉村に行くみたいなんだよね。荷物買いに行こうよ」
「水着とか?」
「…今泉くんのえっち…」
「はいかわいい。あざといいろはすさん流石あざとい。あざとい成分補給助かるなぁ…」
「やめろ」
そんな感じで楽しくいろはすさんと準備を済ませた僕は、帰りに留美ちゃんに一つのメールを送りながら、平塚先生からの奉仕部の活動を断る旨のメールを送る。
今回僕は、個人で動く。
先輩たちは巻き込まないようにしないといけない。
◆
そして、当日。
僕は気合の入った格好で千葉村へと足を踏み入れ、すべては順調だった。
ギリースーツは行きの車の中ですげー不評だったけど。
『普通に葉っぱが邪魔なんだけど』
『お隣同士よろしくねいろはすさん!楽しもうね!あ、ビスコいる?プリッツもあるよ!』
『めっちゃはしゃいでるじゃん。あとラップに包まれて割れてるビスコは普通にいらない』
『ドミノに使ったら割れた。まぁいらないなら僕が食うけど。美味しくて強くなるから』
『何を強くすんの?邪悪さ?毒素?』
『姉御姉御、あんま僕に毒吐いてっと大好きになっちゃうんで気をつけてくださいね。ガハマ先輩の悲劇を忘れましたか?』
『はいはい、あんたがあーしのこと好きになっても振ってあげるから安心しな』
『さすが姉御!』
『っべー、なんだっけ?あのあれ、ドラゴンボールに出てくるあれみたいだわ』
『ブロリー?』
『今泉絶対違うってわかってていってるよな?』
『ブロリーです…(激似)』
『ピッコロ大魔王じゃね?あーし昔テレビでやってんの見たわ』
『無視は酷いですよ姉御』
『今泉くんは今日も元気ねぇ〜』
『葉山先輩のお母さんは今日もお美しいですね!あと今日は車出してくれてありがとうございます!今度またお茶しません?』
『息子の目の前で母親を口説くのやめてくれないか?』
『これがあの葉山くんと寝た上で結衣に公開ラブレターを渡した後輩くん…改めて間近で見るとイケメンだなぁ。捗る!ノンケ受け?それとも両刀攻め?いやぁどっちでも美味しいなぁいいね!』
留美ちゃんも約束通り動いてくれるみたいで、策は完璧だ。
だから、僕は呼びに来てくれたヒキガヤ先輩を通して、雑務スタッフのボランティア全員に集まってもらうことにした。
「さて皆さん。…おっと、節穴の皆さん」
「なんでいい直したし!?」
僕は集まってくれた小町ちゃんと高校生たちを前に、ふんぞり返った。
「実はこの小学校のあるクラスには問題があります。誰も気づきませんでしたけど」
「ふっ、でもそれも仕方ない。私の演技が完璧だった」
留美ちゃんにはいくつかのお願いをしたが、そのうちの一つが演技だ。
まるで仲良しクラスであるように、自分がハブられてると気付かせないように演技してほしいと。
なぜなら、バレてしまえば先輩方が介入の準備をしてしまうから。
だから、ネタバラシは今。
もう後が無いタイミングでおこなうのだ。
ヒキガヤ先輩が知恵を巡らせるよりも、ガハマ先輩が優しさで手を差し伸べるよりも、雪ノ下先輩がその苛烈さで殲滅を始めるよりも、僕が早く動くために。
「そう、留美ちゃんのおかげでこうやって狙い通りマウント取れて僕は大変満足しています」
「最低だ…」
「…ガハマ先輩、急にご褒美与えないでください。時と場所をわきまえない破廉恥な先輩ですね…!」
「やめてよほんとに!違うから!ほんとに違うから!!」
「あんたはいちいち結衣に迷惑かけないと気がすまないわけ?」
「でも姉御、僕のあの怪文書のおかげでガハマ先輩に軽い気持ちでちょっかいかける輩いなくなりましたよ」
「…それはそうなんだけど…」
「結衣を射止めるには今泉くんより顔が良くならないといけないし、今泉くんの公開ラブレターとかいうインパクト超えないとって噂で持ちきりだからねー。実質この噂が消える大学まで彼氏できないよね」
「う…有り難いような迷惑なような…」
「感謝一択でしょ」
ガハマ先輩の恋愛事情はさておき、僕と留美ちゃんのドヤ顔に置いてけぼりの皆さんのために、きちんと説明しておくことにしよう。
「…それで問題ってなんなのか、教えてくれるんだろ?今泉」
「はい葉山先輩。じゃあ留美ちゃん、お願いね」
「…私のクラスにはある流行りものがあった。誰かが言い出して、なんとなくみんなで一人をハブってっ…ていう。そのうち終わって、しばらくしたら次の人になる。そんな最低なマイブームみたいなもの」
「あるあるですねー」
いろはすさんが感慨深げに語るが、全員が何と言っていいか分からないという顔をする。
二人の女の子の闇に、雪ノ下先輩もまたいろはすさんと同じく昔を懐かしむように顔をしかめ、ガハマ先輩は古傷を押さえるように顔を曇らせる。
ヒキガヤ先輩はけっ、と唾棄すべきものであるその空間を想像したのか舌打ちを一つ。
だが、舐めないでほしい。
彼女は僕の教え子だ。
まるで可哀想なものをみるような目で見るのはやめてほしい。
「ある日私の友達がそのハブの対象になった。だから私は───」
「私は?」
「全員ぶっ飛ばした。アーニャばりに、全員ダミアンしてやった」
「「「「!?」」」」
「男子も女子も関係ない。私はこの拳で全員に正義の鉄槌を打ち込んだ。得意技は右ストレート。打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間…空間は歪み、呪力は黒く光る。私は黒い火花に愛された女」
自分の小さな握り拳を見て微笑む留美ちゃんを前に、葉山先輩や戸部先輩はドン引きだ。
だが逆に女子たちは大興奮だ。
「へぇー、やるじゃん」
「うんうん、女の子がかっこいいのもいいよね…たまにはレズもね、楽しいよね」
「やー、私は暴力なんて怖いかもですっ。ね、ヒキガヤ先輩?」
「お、おう…」
「うわぁ、お兄ちゃんにまで愛想振りまくなんてこの人徹底してるなぁ…」
「お米ちゃん何か言った?」
「小町です!小町の名前は小町です!」
「…それで、解決したの?」
そして、雪ノ下先輩は冷静だった。
そう。
そうなのだ。
肝心なのはここから。
「してない。結局私の顔色伺って、別の人がハブにされるようになっただけ…私も、親と先生にめちゃくちゃ怒られたから当面はこの拳は封印しないといけない…私は失敗した」
静かに、声を震わせながら首を横に振る留美ちゃんの頭を、ガハマ先輩が撫でる。
「だ、だよね…私もそうかなって思った。でも、立ち向かった留美ちゃんのその勇気は凄いなって思うよ。誰にも失敗なんて呼ばせない」
「ハレンチお姉さん…」
「…勇気は褒めるけど、その今泉くんの悪影響丸出しなとこは褒めれないかな…」
悪影響て。
「さすがガハマ先輩、と言っておきましょう。僕への評価はもっと二人きりの時に激しく強い言葉で教えてもらうことにします」
「え、やだ」
「お前由比ヶ浜のこと好きすぎだろ」
「へぇ、今泉くんってそうなんだ?」
「違いますよヒキガヤ先輩違いますよ!急に変なこと言わないでください!もうほんと、ぜ、全然気になってなんかないんですからね!」
「今泉くん挑発やめてぇ!あたしがいろはちゃんに刺されちゃうから!」
おっと、まずいまずい。
雪ノ下先輩の我慢ゲージがそろそろ限界だ。
まったく、堪え性がないなぁ。
コロボーシでももうちょっとがまんするのに。
さて、仕切り直してと。
「…そう。暴力で悪意は止められない。なぜなら同じレベル同じ土俵で戦わせたら悪意が乗った言葉が最強だから。話し合いもだめ。だって言葉こそ一番悪意が乗るものだから」
言葉を弄して他人を傷つける相手に、言葉で嗜めたところで意味はない。
だって言葉にどれほど悪意を乗せられるのかよく知っている人種にとって、ただの言葉ほど軽いものはないから。
止めるなら、歯向かう気も起きないほど圧倒的な言葉か暴力による殲滅だ。
「…じゃあどうしろって言うんだ。全員が傷つかない、仲良くするってのは無理なのか?」
「葉山先輩、理想もいいですけど現実も見なきゃですよ。ま、もちろん似たようなことはできますが今日はしません」
うんちブリブリスクワットを流行らせたら一発だ。
くだらないブームより、汚いブームのほうがマシだろう。
それに健全な肉体に健全な精神が宿るというし、身体を動かしていい汗かいたら余計な毒もデトックスされるのは確実だ。
…だが、そんななぁなぁで許されるなんて方法僕は使ってやらない。
僕はこれでも怒っているのだ。
「どうしてだ」
「逆に聞きたいんですけど、なんで他人を傷つけておいて自分だけは傷つきたくないなんて言葉にこっちが合わせなきゃなんです?集まってもらったのは邪魔しないでくださいって伝えるためなんで。どうぞ見ててください」
勝負は今日。
ここで決める。
「今この状況でみんな傷つかないことは不可能です。僕が許しません。集団は1人が変わっても変わりません。でも世界をぶっ壊すことはできます」
「さすが先生。私の憧れる悪の帝王」
「私はダークマイト。やはり、次は俺だな…!」
「そっちじゃない」
「ごめん最近一番好きなセリフだったからつい…」
一人ひとりを説得してもだめ。
集団が変わるのを待つには時間がかかりすぎる。
立ち塞がるのは、自覚のない悪意という空気。
やることは、そんなにたくさんない。
地味に行こう。
今回も最後まで読んでくださってありがとうございます。
家庭教師。
対象は小学生が多い。
サキパイセンを雑に救済する以外にも、今回の林間学校編に今泉を絡ませるための伏線でもありました。
だからなんだって話なんですが。