林間学校編は前回で終わりです。
特別回なので、いつもと時間が違います。
そして、今回はうすしお味ではありません。
お砂糖味です。
お砂糖味…に、なってるといいなぁ。
私の名前は一色いろは。
かわいいものが好きで、かわいい自分が好き。
恋をして、より可愛くなる。
そんな普通の女の子だ。
◆
「あ、ぁー…よく似合ってるよいろはすさん。浴衣、可愛い系じゃないんだ」
「…変かな?」
「だからよく似合ってるってば。似合ってるって言わせたいだけだろ」
「あ、ばれた?それでそれで?私、綺麗?」
「口裂け女か?…あーはいはい。そうね。綺麗だよとっても。正直見惚れました…でもタグ付いてるよ」
「え、嘘!?」
「なになに…黙ってマイリス、発想の勝利、そっと評価されるべき?」
「…もしかして照れてる?」
「別に?」
「ふーん?へー?」
「なにかないろはすさんなにかな。あざといよ鬼のようにあざといよ」
「ふふっ、なんでもなーい!」
今日の花火大会で、今泉くんとの本格的なデートも5回目。
勉強会にランドに映画に林間学校。
その度に今泉くんの私に対する態度というのが少しずつ変化してきているのを私は自覚していた。
最初はきっとただの興味本位。
やけに女子に嫌われてる子がいるな、ちょっかいかけてみよ。
みたいな。
絶対そんな軽い気持ちだった。
これはもうほんとに確信を持って言える!
今泉くんっていつもそうですよね…!周りの人のことなんだと思ってるんですか!
だから私のことを何処か記号的な、要素だけを抽出して接している節があったし、私に嫌われてもどうでもいいとすら思っていたのだろう。
他のクラスメートに対してそうであるように。
だが、今泉くんはロボットでもなければ血も涙もないタイプの冷血漢でもない。
長く接しているうちに次第にあだ名で呼ぶようになり、自ら私を遊びに誘うようになり。
そして、奉仕部の先輩たちと同じく楽しみを押し付けるのではなく、一緒に楽しみたい相手として接してくるようになった。
…正直ちょろいと思う。
今泉くんは毒気ある人のことすぐ好きになって懐く。
そんな今泉くんが嫌いと明確に口にする相手がいるというのも驚きだが、今は置いておこう。
そんなに重要なことじゃないし。
『見て見ていろはすさん。あやとりで校長の顔作ってみた』
『…校長の顔覚えてないから似てるかわかんないんだけど…』
『えー!嘘でしょいろはすさん!自分が通ってる学校の支配者だよ!?』
『普通は校長のこと学校の支配者なんて考えないんだよ。それに支配者のこともいちいち把握しようとしないんだよ。今泉くんには常識がないみたいだから教えてあげるけど!』
『バカな…女子高生におけるタピオカ並みに必修科目じゃないのか…校長は…』
『タピオカと同列にされても校長も困惑するよ…』
『しゃーない。今度一緒に見に行こう。結構タピオカに似てるから。そしてタピオカを飲もう』
『タピオカ飲みたいだけなんじゃないの?』
『あ、バレた?そうなんだよね。でも普通に誘うのも味気ないじゃん?』
『校長で味付けされるのは普通に嫌』
『なんてこと言うんだ!校長が一体何したっていうんだよ!』
『したのはお前な?』
そして、私も。
ただの顔が良いだけの痛いやつではないことを、もう十分すぎるくらいに理解していた。
───林間学校。
あの鶴見留美という少女のために、今泉くんが取った行動。
あれに私は覚えがあった。
それは小学生の頃の話。
あの頃から、というよりは昔からかわいい女性アイドルが好きで、かわいい服装や文房具が好きだった私は、当然の流れとして自分もそうなりたいと憧れた。
友達の少なかった私は、親や近所の大人たちの力を借りながら、少しずつ拙いながらも自分の理想の“かわいい”に近づいていった。
それが楽しくて、かわいいと褒めそやされるのが気持ちよくて、私はますます“かわいい”にのめり込んだ。
でも、自分磨きなんて言葉がまだ存在しない小学生のコミュニティにおいて、私は異物だった。
───いろはちゃんってなんかうざくない?
───わかる。さいきんちょうしノってるよね
じわじわと。
それは紙にインクが染み込むように、悪意は私に襲いかかった。
初めはほんの少しの違和感。
なんとなく私に対する態度がよそよそしい。
なんとなく遊びに誘われる頻度が減った。
なんとなく一人行動が増えるようになった。
その違和感は次第に大きな棘となって、私を苛んだ。
次第に私の顔からは奴らの思い通りに笑顔が消えて。
もうやめよう、なんて自己嫌悪に陥っていた時にそいつは言った。
『え、やめちゃうんだもったいない。せっかくかわいいのに』
そいつにとって、それはなんてことない言葉だったのだろう。
思わず漏れた泣き言に、ただなんとなく反応しただけ。
だけど、その言葉に私は確かに救われた。
『しょうがない…バトエンでぼくがせかいをとる日が来たか…』
そいつはいつも教室の隅っこで本を読んでいるような男の子だったけど。
その伸びた前髪の下から覗く、娯楽に飢えて爛々と輝くその瞳が、やけに印象的だった。
『ついでにおしえたげる。いろんなかざりを自分につけてるけど、君に一番にあうのはえがおだよ。というかぶっちゃけ顔よりでかいキティーちゃんのぬいぐるみがまんまぶら下がってるカチューシャってかわいいの?重くない?じゃまじゃない?』
後日、『うんちブリブリスクワット』なるものが流行し、私への興味は学校の中から消え去った。
バトエンで世界を取る、の意味を知ったのはこないだ結衣先輩に『うんスク』の話を聞いてから。
どうやら、小悪党への制裁と自分のお小遣い稼ぎも兼ねていたらしい。
ようはもののついでで私は助けられた。
それに私は私で、彼の何気ない言葉のおかげで開き直っていたから、もうその後わずかに残っていた周りの雑音なんて気にならなかった。
『へいへーい!今ならバトエンさいきょうのマオウエンピツがたったの2000円!安いよ安いよ〜!え、テンバイ?いやなら買わなくていいよ。でも君のライバルのカギヤマくんは買ってってたなぁ…こういうとこであいちゃんのこうかんどって変わるよね。金ばらいいいかわるいか。バトエンがつよいかよわいか。さぁ、君はどっちがわのおとこになりたい?』
その日以降、教室の隅っこで本を読んでいる名前も知らない男の子がいなくなったことで、私は彼が引っ越したのだと思っていた。
だって見知らぬやかましくてあくどい男の子がその席に座っていたから。
その変な男の子ともそのクラスっきりで、顔すら思い出せなくなっていったんだけど。
でも本当は私を救ってくれた男の子が解き放たれただけだった。
劇的すぎるビフォーアフターは、今でも正直受け入れがたい物があるが、弾けるきっかけを求めてうずうずしていた彼の背中を私が押したのだ。
つまり今の今泉くんを生み出して世に解き放ったのは私ということになる。
世間の皆様本当にごめんなさい。
『同じ中学のよしみで教えてあげるけど』
あの言葉。
あの嘘のせいでなかなか確信が持てなかったけど、『うんスク』が致命的だったね今泉くん。
たぶん隠すつもりも別になかったんだろうけど。
騙されたよ。
まったく、やれやれだね。
ずっと探してたヒーローがこんな近くにいるなんて思ってもみなかった。
「ね!」
「え、急になに?しりとり?ねかぁ…ネルネルネルネ?」
「何言ってんの?」
「今回ばっかりは僕が正義なんじゃないかなぁ…?」
さて。
そんなずっと探していたヒーローとの花火大会デート中ではあるが、失敗したなぁ、と私は思う。
隣に歩く男は『見てみなよいろはすさん。あれパチモンのカード屋だ。すげーなこのご時世にまだ絶滅してないんだ。逆に買いたくなってきたな』と意味のわからないことを言ったかと思えば、『あ、これあそこの屋台で売ってたラムネ。喉乾いたでしょ?』と私の疲労を見計らったように気遣いを見せる。
それはいい。
というかとてもいい。
普段イカれた言動をして空気を読まない男が、私だけを見て私に尽くしている。
超いい気分だ。
自尊心が満たされる。
問題は私の方。
私は今、浴衣に下駄という花火大会デートとしてはとてもスタンダードな格好をしている。
ちなみにこの姿を見た今泉くんが、目を見開いたのを私は見逃さなかった。
そこでまた私のテンションが高まった。
だって普段からあれだけの綺麗所に囲まれて顔色一つ変えない男が、私の姿を見て固まったのだ。
最高だ。
2週間かけて浴衣を選んだ甲斐があった。
だが下駄が不味かった。
もともと持っていた下駄の鼻緒を、こないだたまたま目についた可愛いものにすげ替えたのだが、さっきから足が痛い。
わかりやすいくらいの靴擦れ。
だが、せっかくの有料観覧席で身動き取れなくなるなんてもったいないし、デートも台無しになる。
それは嫌だ。
でもなんとか笑顔を維持しているが、歩くのも疲れて───
「よいしょ」
そんな軽い掛け声とともに、足の痛みがなくなった。
「これで大丈夫?」
距離が近い。
顔が近い。
普段は意識していなかったのに、私を支える腕の筋っぽさに男らしさを感じる。
俗に言うお姫様抱っこ。
「──────っ!?」
そして、昔と変わらない。
面白いことに飢えた瞳が、他のなにも映す事なく私の顔だけを映している。
「待って待って近い近い近い近い!ちょ、汗で化粧乱れてるしそもそも汗で臭いし重いしだいたいいつから気づいてというかそんな気遣い急にされても───」
その瞳に映る私は、彼が褒めてくれたままちゃんと“かわいい”だろうか。
そんな不安で早口にまくしたてる私を見て一瞬きょとんとした顔をした今泉くんを見て、私はまた思う。
ああ失敗した。
どうせまた詠唱とか言って、流されてまたいつもの雰囲気に───
「そう?いろはすさんは相変わらず可愛いしいい匂いだし重くもないよ。あと僕は空気は読まないけど、楽しみを共有できる方が好きだし気遣いはしてるよ普段から。…うん、一部の人には」
「…なんで聞き取れんだよ。普段詠唱とか言って聞き取れないくせに」
ぽしょり、と我ながら蚊の鳴くような声で出た文句を、今泉くんは笑って受け流した。
「いつもより近いからね」
無駄にいい顔と声で囁くな。
いや本人的に大きな声出すと近いからうるさいかなとか言う、無自覚な気遣いなんだろうけど。
顔が熱い。
地面を離れた足の代わりに、もう一つの鼓動に近づいた心臓がとても痛い。
でもその痛みが、どうしてだか心地よかった。
「あ、花火上がるみたいだよ」
「…ほんとだ」
「楽しみだね」
「うん…」
どうしたことだろう。
もうほんとに。
今日の私は自分を偽れない。
あざとい仮面を被れずに、初心な女の子のような反応をする自分を隠したくて、今泉くんの胸に自分の顔を押し付ける。
「ねぇ、いろはすさん」
「…いろはって呼んで」
「…いろは。来年も一緒に見れるといいね、花火」
「………ぅん…」
花火の音は聞こえない。
だけど、自分のものじゃない大きな鼓動だけは、やけにはっきりと耳に残っていた。
───夏休みが終わる。
変化した距離はたった半歩。
だけど私は、半歩近づいたこの距離感を楽しもうと思った。
ふざけてるけど真面目に周りを見ていて。
空気は読まないけど周りの空気を軽くできて。
踏み込むことはあっても踏み込ませることのない男の隣に、半歩踏み込めたのはきっと私が初めてだから。
そんな些細な事実に喜ぶなんて、初めてだけど。
今泉くんも初めてなんでしょう?ここまで人に近づいたの。
互いに初めて同士仲良くしようね、今泉くん。
「………私をこんなふうにした責任、取ってよね」
そんな小さな呟きは花火に簡単にかき消される。
誰の耳にも届かない。
自分の耳にすら。
でも、ちらりと見上げた先にいる今泉くんが微笑んだ。
そう。
きっと私は恋をした。
君の瞳に。
だからずっと私だけを見ててね、私のヒーロー。
「あ、見てごらん
「えどこどこ、まじか。そっちかぁ…てっきり私雪ノ下先輩の方に行くかと」
「いやいやわかんないよ。案外あの人ちょろいからね。どっちに転ぶかな!」
「え、なに奉仕部ってそういう感じなの?面白そうだし今度見に行くね」
「歓迎するよ。無自覚ラブコメしてるからねあの人達…でもなぁ、なんか最近様子変なんだよねあの三人。またトラブルか?僕がママのんと遊んでる間に一体何が…」
「ママのんって誰。新しい女?」
「うん人妻」
「殺すね」
「こわ!急にキレるじゃん!」
さて、長々と語ったのだ。
今回ばかりは私が締めることにしよう。
おほん。
それでは。
これにて夏は終わり!
私の恋は始まったばかり!
そんな感じで。
しーゆー!
今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。
次回番外編を挟むかもですが(完全未定)いよいよ文化祭編開始です。
更新はたぶん結構しばらく止まりますが、相模さんには盛大に踊ってもらいます。
あといつもとテイストの違う文章なせいで楽しんでもらえたか不安なので、感想、ここすき、評価等で応援してもらえると幸いです。
それとは別に林間学校編最終回の感想もいっぱいください(強欲)。