総武高校奉仕部うすしお味。   作:ひつまぶし太郎

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文化祭2話目です。
薄味継続中です。


十五時間目。嵐の前

 

 

いいんちょは帰り、ガハマ先輩もぷんぷんしながら部室を出た。

それを追いかけるべく、僕とヒキガヤ先輩も部室をあとにしていた。

 

「なんかもう!なんかもう!!なんかもうっ!!」

 

「おいちょっと待て、落ち着け」

 

上履きでリノリウムの床をべしべしと踏み鳴らすガハマ先輩を、ヒキガヤ先輩が呼び止める。

 

「なに」

 

振り返るガハマ先輩の顔はむっすーとしたふくれっ面だ。

パシャリ。

 

「…あんまり醜態さらすとそこの後輩のコレクションが増えるだけだぞ」

 

「いえーい、清涼剤活動」

 

「ちょっと今泉くん!?」

 

「でもぉ、雪ノ下先輩一人が依頼を受けようとしたところを止めた僕ってぇ、ファインプレーだったというかぁ?感謝してほしいというかぁ。ねぇー?」

 

「なんだそのそこはかとないうざい間延びした口調は」

 

「うっ、それはそうだけど…」

 

「由比ヶ浜騙されるな。絶対こいつあの相模を玩具にするつもりだぞ」

 

「…えっ」

 

「いやぁ、100%失敗する文化祭を文実の僕は成功させることが出来るのか!?楽しみですね!」

 

「まさかのゲーム感覚!」

 

僕の笑顔にガハマ先輩がびしぃっと優しくチョップを入れるが、残念もう遅い。

燃料投下された暴走列車は止まらないし止められない。

事故は起こるのさ。

人面機関車がそう言うのなら、僕が事故を起こしてもいいだろう。

ダブルクラッシュと行こうぜ!!!!

 

「まぁ僕の趣味はさておきですね」

 

「本当にさておいていいのか?」

 

「急に真顔に戻るの怖いからやめてほしい…」

 

「別に文化祭成功のために頑張るだけですよ失礼ですね。単に参加のモチベにするだけです…じゃなくてさておきですね!」

 

「お、おう…」

 

「ヒキガヤ先輩、僕との約束覚えてます?」

 

約束。

その言葉に、ヒキガヤ先輩が思わず目を逸らした。

ただでさえ目線が合わないのに、そこからさらに逸らされてしまえばもはや顔すら合わないレベルだ。

…ほんとに合わねえんだよなぁ視線が。

回り込んでやる。

あ、そらした。

 

「約束ってなに?2人はなんの話してるの?」

 

「そう、あれは林間学校終わってすぐのことです。ガハマ先輩も覚えてますよね。あの車を見たときのことです」

 

「…あ」

 

僕がチクリと言えば、やっばーそういや今泉くんに言ってなかったやっばー、みたいな顔でガハマ先輩が顔をそらした。

…2人揃って僕から目をそらすとはいい度胸ですね。

まぁとりあえず今は見逃しますけど。

 

「そう、僕がままのんと戯れている間に二人が勝手に溜め込んだ奉仕部ギスギスきっかけの話です」

 

 

───それは平塚先生の車が学校に到着し、僕が写真を撮って送った直後のこと。

 

 

「みんなご苦労だったな。忘れ物はないな?家に帰るまでが合宿だ。帰りも気をつけるように。では解散」

 

「先生もしかして昨日廊下で、『うーん…解散!だけのほうがかっこいいか?いやでもなぁ…』とかやってたの、これですか?」

 

「見てたのか!?」

 

「はいずっと」

 

「…指導が必要か?」

 

「やーん、指導とか超必要なんで是非二人っきりで!」

 

「…はぁ、もういい。帰りたまえ…反省文はいつもの原稿用紙に3枚な」

 

「うわ諦めた!」

 

「長時間運転のあとに君へのお説教できるほど私は元気じゃないんだ…昔ならともかくな」

 

つまりババアになったってことか。

とはさすがに口にしない。

 

「何か言ったか?」

 

「指導してくれるなら言います」

 

「熱意が怖い…」

 

そんな会話を平塚先生としているうちに先輩方の帰るルートが決まったらしい。

バスやら電車やら、なんとなく同じ方向の人たちに分かれている。

 

だが、そんな先輩方の前に一つのハイヤーが静かに止まった。

そこから降りてきたのは、浴衣をきちっと着こなす一人の美女。

きちっと着こなすのはいいけどなにその柄物の浴衣。

スナックのママみたい。

いや普段使いしてる分にはいいんだけどさ。

 

「母さん…」

 

「私はあなたの母親ではないわ」

 

僕の呟きに律儀に返すその人は。

 

「雪ノ下先輩の母さん…」

 

「ええそうね。あなたのことは誰だか知らないけれど……雪乃、夏休みは家に帰ってくる約束だったでしょう?全然来ないから迎えに来たわ」

 

「母さん…」

 

僕と同じ反応じゃん。

つまり僕も雪ノ下先輩のお母さんの娘だった…?

 

「え、ゆきのんの……お母さん!?お姉さんじゃなくて!?」

 

「ほぁー似てるし若い…綺麗」

 

雪ノ下先輩の呆然とした呟きに続くように、ガハマ先輩とこまっちゃんが呟く。

それに頷く戸塚先輩を見て僕は思った。

この人がお風呂入ってるとこ見たけどやけに湯気が多かったなって。

 

「ゆきのん…?ああ、なるほど。雪乃のお友達なのね…」

 

「はい!仲良しです!」

 

「あら、それは素敵ね。雪乃のことよろしくね」

 

「任せてください!」

 

「…さて、雪乃。行きましょうか」

 

「…っ。ええ、わかってるわ」

 

「ところで、束縛する母親って嫌われると思いません?GPSですか?」

 

そんな阿呆なことを考えながら放たれた僕の言葉に、その女性の足が止まる。

 

「…そんな訳ないでしょう。母親の勘よ」 

 

目が泳いでるの面白すぎかよ。

雪ノ下先輩も困惑してるじゃん。

 

「ふーん、すごいなぁお金持ちって。うちの母親なんて、昔家にいた僕のこと迷子になったっていって外に探しに行きましたよ」

 

「…………」

 

沈黙したその人を見て僕は笑った。

 

「早く世界を変えてくださいね。じゃなきゃ先に僕が壊しちゃいますよ」

 

「…そうね。負けるつもりはないわ」

 

「母さん…今泉くんと知り合いなの?」

 

「いえ普通に初対面よ」

 

「ぶっちゃけ名前も知らないです。ままのんって呼んでいいですか?下の名前知らないんで」 

 

「いいわよ」

 

「じゃあその一体感のある小芝居はなんなの…」

 

「「さぁ?なんとなく?」」

 

「嘘でしょ…」

 

「とりあえず都築、出してちょうだい」

 

「あなたは車から降りなさい。そして私のモノマネもやめなさい。不快だわ。というかいつの間に都築と仲良くなったの」

 

「こないだ陽乃さんと会った時に流れで?ぶっちゃけ陽乃さんより仲いいです。今日見た猫の写真とか共有してる猫友です」

 

「猫…」

 

「なんなのこの子…」

 

 

人妻との楽しく弾んだ会話。

雪ノ下先輩の困惑顔も相まって超楽しかった。

だからだろうか。

その裏で、奉仕部に小さな亀裂が入ったことを僕は見逃したのだ。

 

そう、このままのん…ではなく、都築さん。

その運転手さんがハンドルを握っていて、かつ僕が無許可で勝手に乗り込んでソファーで寝転がったハイヤーこそが、ヒキガヤ先輩の足と入学時の人間関係をクラッシュした車だった、という話。

 

ややこしいのは、ヒキガヤ先輩が轢かれたことを根に持ってるわけではないというところ。

雪ノ下先輩が黙っていたこと、それに一瞬モヤッとしてしまった自分への嫌悪感でぎこちないという。

ガハマ先輩はシンプルに言い出しにくかったはずの事実を相手が勇気を出す前に知ってしまったという気まずさなので問題ないが、この腐った目をした先輩のこの潔癖症じみた性格はほんとどうにかならないのか。

いやそこがいいところなんだけども。

 

本人的にも、雪ノ下先輩への無意識に押し付けていた『完璧さ』への憧れは僕のサプライズで完全に壊されていたと思っていたらしい。

だが、人間そんな簡単に気持ちをリセットできたら苦労しない。

ほんの少し。

本当にほんの少しだ。

肉にかける胡椒くらい少しのそのわずかな未練が、ヒキガヤ先輩の心にトゲを刺した。

 

それが嫌だったらしい。

潔癖すぎる。

なので、僕は一つの賭けをすることにした。

 

「…ああ、約束な。覚えてるよ。もし俺が文化祭で負けたと思ったら、雪ノ下に本音をぶちまける」

 

「はい。逆にそう思わせることができなかったら、ヒキガヤ先輩のペースでゆっくり期限なしでどうするか決めてください。それまで僕が清涼剤します」

 

「清涼剤しますってなんだよ。造語で動詞つくんなよ」

 

ふぅ、と相変わらず僕から目線を外しながらため息を付くヒキガヤ先輩と、そこになんとか目線を合わせようと回り込む僕らの攻防を見て、ガハマ先輩はようやく肩の力を抜いて笑った。

 

「…うん、ならヒッキー。前した私との約束も守ってね」

 

「うわ、約束の二股だ」

 

「人聞き悪いこというなよ」

 

「ゆきのんが困ってたら助けること!これ、今泉くんもだからね!」

 

「そうですね、なら指切りしましょ。指切りマンマン、嘘ついたらケツアナ確定な」

 

「お前まじめな空気に耐えきれなくなったからって急に下ネタいうのやめろ」

 

「さーせん。最近のクセでつい…」

 

こうして、文実二日目が始まる前に奉仕部の方針は固まったのだった。

 

「今泉くん」

 

「はい」

 

「お説教ね」

 

「やったぜ」

 

 

 

 

ねぇ、今泉くん。私、待つよ。

 

待つことにしたの。

 

ゆきのんは今、苦しんでる。

 

言いたいけど怖くて、伝えたくても方法がわからなくて。

 

私ね、一回逃げたからわかる。

 

逃げることも大事だって。

 

だから待つの。

 

それに、私には最高の後輩がいるからね。

 

遠慮なんてぶっ飛ばして、待ってはくれるけど結局逃がしてくれなくて、背中を押してくれる最高の清涼剤が。

 

今泉くん、ゆきのんのことよろしくね。

 

私の時みたいに、また繋いでね。

 

あ、でも無理強いはダメだよ!わかってると思うけど!

 

…ちょ、何その笑顔!どーぱみん?どばどばみたいなやばい顔してるって!ねえ何か言ってよ怖いから!

 

 

 

 

文実三日目。

昨日の委員会はひどいものだった、と俺は振り返りながら思う。

サポートに入った雪ノ下の活躍は凄まじく、初日からの遅れを取り戻した。

それはいい。

素晴らしいことだし、雪ノ下なら容易いことなのは初めから分かっていた。

問題は、雪ノ下は別に委員長ではないということ。

案の定、委員長である相模の表情は優れなかった。

口さがない者は、どちらが委員長かわからないなんて呟いていたのだからなおさらだろう。

 

「───それより今泉くんその隣の子誰?…はっ!まさか彼女!?隅に置けないねこのこのぉ」

 

「…その年でもう噂好きおせっかい井戸端会議おばさん化してやがる…魔王気取りの痛い女の人には青春が足りなかったんだ…。モテるけど付き合う気にはならないからとか言ってるうちに独身貴族になるんだ…。どーせ私は家のために結婚相手も決められるんだとか思ってたらそこだけ自由恋愛で、婚期逃した陽乃さんは、酔えないアルコールで無理矢理溺れてしあわせスパイラルキメるアル中OLに転げ落ちていく…」

 

「……恐ろしい想像させないでよ!そ、それに?私モテるんだから!彼氏くらいすぐ作れるし!静ちゃんじゃないんだから!」

 

「へー。それ、ほんとに好きな人なんですか?あなたのことを好きなだけの奴隷くんでは?平塚先生のほうがよっぽど幸せな家庭築けそうですけどね。あ、そうだゼクシィ要ります?差し入れでーす…ふひ」

 

「めぐりー!後輩がいじめてくるよー!」

 

「あ、生徒会長不審者ですよ不審者!通報していいですか!この人、誠意を見せるなら私がなにを欲しいかわかるよね?君の体だよ…って言ってきたんです!」

 

「はるさん…?」

 

「真っ赤な嘘すぎる!もはやそれっぽいやり取りすらしてないじゃんそれは!卑怯だよ!」

 

「どーも嘘つき村の村長でぇ〜す」

 

「変顔ムカつく!」

 

「もはや僕はあなたへの嫌悪感を克服したのだ。あるのは舐め腐った態度だけ。そ、れ、に。『私が他の女じゃ満足できないようにしてあげよっか?』…この録音に聞き覚えがないとは言わせませんよ!」

 

「…?……っ!あー!最初に会ったときの!ぬぁぁ!過去の私のバカ!」

 

「はっはっは、僕の前で黒歴史になるようなこと言うからです。完封気持ちぃ〜!勝った!文化祭準備編完!」

 

雪ノ下陽乃襲来。

それを閉まった扉を貫通して知らせる騒がしさに、俺はなぜか教室から一緒に歩いてきた葉山と顔を合わせ、互いがげんなりした顔をしているのを確認した。

 

お前が開けろよ…いやお前が…。

そんな醜いやり取りをしながら、結局せーので2人で開けたその先には、やはりというかなんというか、台風に巻き込まれないように首をすくめる文実のメンバーという状態が広がっていた。

葉山はその中でも比較的入口近く。

というか今泉と来たせいで逃げ遅れたであろうその後輩に近づいていって尋ねた。

 

「何があったの?いろは」

 

「あ、葉山先輩…いや、私にも何が何だか…あ、あと、これからは私のことは戸部先輩と同じいろはす呼びでお願いしますっ」

 

「…ああ。うん、わかった。ふっ、よろしくないろはす。…にしてもはぁ、今泉と陽乃さんか…」

 

「お前があの二人引き合わせたんだろ?なんとかしろよ」

 

「無茶言わないでくれヒキタニくん。あの二人を俺なんかが制御できるわけ無いだろ」

 

「それもそうか…」

 

「それに、手綱を握るなら同じ部活の先輩がやるべきじゃないか?」

 

「もっと無理」

 

そんな会話をする俺達のもとに、いい汗かいた〜みたいな表情をした今泉が近づいてくる。

だが、俺の隣で不機嫌なオーラを放つ一色に気付いたらしい。

今泉にしては珍しく焦った表情を見せた。

 

「なんか怒ってる?」

 

「別に?」

 

「あ、もしかして嫉妬?大丈夫だよ、僕なりに上手い距離感に落ち着いたけど、そもそも相容れない人なのは変わらないから」

 

「違うけど?聞いてないけど?あの美人と楽しくお話してくれば?」

 

「…僕が友人以上だと思ってるのはいろはさんだけだよ。それにあの人は美人かもだけど性格終わってるし、他の誰よりも僕はいろはさんがかわいくて美人だし素敵だと思う」

 

「…ぐふっ。そ、そ、そうなんだ…ぁ、ありがと」

 

「なぁ俺の横でいちゃつくのやめてくんない?」

 

「別にいちゃついてはないですけど。単に本音です」

 

「たち悪ぅ…」

 

この陽乃さんの襲来が、文化祭をさらに加速させ混迷へと引き連れる。

つまりは今泉に餌とガソリンを与えてしまったということを、今このときの俺は知る由もなかった。

 

…後日俺はこのときの自分を振り返って思う。

いや予想できるかあんなもん。

 

 




今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。

次回清涼剤が出しゃばります。
事故が起こります。
よろしくお願いします。
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