別にどんでん返しってほどのことでもない嘘の話。
久しぶりに隠し事なく奉仕部4人の掛け合いできて満足しています。
「───いつか言ってたわよね。悪いことをして暴かれたいって。私に美少女探偵になってほしいと」
「…まぁ、今回あなたがしたことが悪いこと、とは思わないのだけど。それでも先輩として、あなたのやり方を咎めに来たわ」
「…きっと今回の依頼が来た時点であなたは察したのでしょう?私が責任感以外の部分で欲を出すと」
「あなたのやりかたを暴くというのだから、もちろん私も話すわ。…ええ。認めましょう。私は姉への反抗で実行委員長にならなかったくせに、相模さんが羨ましくなった」
「だから、意地を張った。私ならもっと上手くできるのにって。だから喜んだ。相模さんが私に仕事を押し付けることに。それに、ちょうどよかったの。居心地の悪い場所から目を背けるのに、仕事に没頭することで救われてた」
「…もしSNSの一件がなくて、実行委員たちの意識が低いままだったら、私は潰れていた」
「そして、相模さんのライブを見て気がついた。あなただけはずっと相模さんのために動いていた。奉仕部として」
「…それで気付いたの。あなたの行動の僅かな違和感。林間学校で念入りに彼女たちの普段の会話から学校のディテールまで詰めて怪談を作り上げたあなたが、呟きがされてから動くなんて受け身、ありえないわ。遅すぎる。
「平塚先生に聞いたわよ、1週間かけて調査なんて頼んでいないって。順序が逆なのよ。あなたは調査をしてから報告をした。…あなたは自分でSNSで書き込んで、それをあたかもたまたま気がついたかのように全校生徒に確認して回った。そして文実がサボっている噂を薄く広く学内にまん延させた。文実への不信感を植え付けた。そしてSNSで同様の投稿が増えた瞬間に自分の投稿を消して、平塚先生に報告」
「あなたは噂を大きくするために騒いだんじゃない。ゼロから噂を流すために騒いだのよね。
「そうやってあなたは相模さんの、そして実行委員全体の危機感を煽った。逃げ道をなくして、全力で文化祭に取り組ませるために。同時に、自分のせいで悪い噂が流れた焦りと自分がいなくても回っていた事実で相模さんの心を折るために」
「…相模さんは間違いなく成長した。挫折と成功体験は確実に彼女の糧になった。甘やかすことが人のためになるとは限らない。…分かっていたのにね」
「私が未熟だった。先輩として不甲斐なかった…それでも言わせて。こんな危険な方法は二度としないで。一歩間違えれば、噂の出どころであるあなたへ悪意が集まる可能性があった。あなたが噂を大きな問題として取り上げたせいで保護者が出てきて警察も動いて、あなたが吊し上げられる可能性があった。相模さんがもっと追い詰められていた可能性も」
「あくまでも可能性の話だけど、それでももうこんなやり方はやめて。もっと私を頼って。私はたしかに未熟で、先輩として頼りないかもしれないけど。それでもあなたの先輩なのだから」
私、雪ノ下雪乃は思う。
思えば私たちは、随分この後輩に甘えてきた。
仲を取り持ってもらって、尻拭いをさせて。
挙げ句もうそんなことするななど、よく言えたものだ。
でも、先輩として後輩がテロリストになるのは防ぐくらいはしないといけない。
例えそれで、この後輩に嫌われたとしてもだ。
だって今のうちに止めないと、この後輩は2年後とかに世界的犯罪者になっていてもおかしくないのだから。
恩を仇で返すことになるなんて百も承知で、この後輩は止めないといけない。
彼は平気なのかもしれないが、私が嫌なのだ。
彼が嫌われ、貶められ、まるで理解不能な化け物のように扱われるのが。
私の後輩は心の優しい清涼剤だと、そう思っているから。
「やー、最高。神に感謝。みんなありがとう。フン。クッ、美少女探偵に負けた…!」
……現状その後輩は、私の推理を聞いて身体をぞくぞくと喜ばせているという事実はとりあえず置いておこう。
今泉くんのマゾヒストっぷりは、私にはどうしようもない。
「うへへへ、やー、頑張った甲斐がありました。絶対雪ノ下先輩なら気づいてくれると思ってたんですよね。僕が他人のふんどしで馬鹿騒ぎするわけないじゃないですか。おもちゃは自分で用意してこそですよ」
「あなたね…」
「それに雪ノ下先輩。そんな深刻にならないでくださいよ」
今泉くんはぐっと、背伸びをすると椅子から立ち上がる。
「とある人のお陰で保護者はでてきませんし、そもそも学内の悪意を僕に集めたところで足りない足りない。モブが何言おうが聞こえませんよ。主人公は耳遠いんで」
「とある人?」
「はい、雪ノ下先輩のお母様です」
「…なぜ」
「利害の一致ってやつです。そこから先は企業秘密ですけどね!…とりあえず思い出して欲しいんですけど、
「………そもそも火事がハリボテ。あの放送そのものが茶番だったと?」
保護者会が問題視してるなんて嘘。
地域の有力者が懸念してるなんてのも嘘。
教師の指示で調査していたのも嘘。
全て文実内の問題でしかなかったと、そういうことらしい。
なまじ私が母を恐れているからこそ起きた勘違い。
校内放送という派手なパフォーマンスにのまれた文実たちの思い違い。
雪ノ下陽乃というわかりやすい存在にまんまと気を取られだがゆえのミスリード。
今泉浩平は噓をついた。
偽ツイートを使った偽調査という自作自演によって、文実の人間がサボっているという事実を広めて反感と文実を貶めていいという空気を作り、ゼロから「文実がサボっていることを問題視している生徒がいる」という問題を生み出した。
そもそも噂が流れなければ、何をしているかもわからない文実がサボっているかどうかなんて、気づく人間はほとんどいなかったはずだ。
そして、問題を生み出してから一度職員会議の議題にあげさせることで、実際は議題に上がっただけで、規模が小さすぎて具体的なことはなにも問題視されていなかったにもかかわらず、「教師も問題視している」という既成事実を作った。
締めに個人的に連絡を取っていた知人の保護者の名前を勝手に使って「保護者会と地域の偉い人も問題視していますよ」という噓をついた。
真実は保護者のうちの二人が問題視していただけ。
あまりにも堂々とした嘘は、生徒を騙し、教師すらも今泉くんが個人的に保護者会と繋がっていると勘違いさせた。
出した名前が大きくて、真偽を確かめるのを躊躇わせたというのもあるだろう。
あとからこれが嘘だとわかったとしても、雪ノ下建設の会長と地域でも有力者とつながりのある弁護士は事実として問題視しているという現実が、非難の声を上げさせない。
あなたほどの人が言うなら…というやつだ。
そして、保護者会もまた雪ノ下建設と弁護士に大声で楯突く人間はいない。
そもそも誰が校内放送を使って事実無根の嘘八百を並び立てると思うのか。
文実がサボっていたという事実が、その噓に真実味を与えてしまった。
「…まぁ平塚先生にはアホほど怒られて反省文書きましたけどね。大きな問題なんてどこにもなかったんですよ。そう思っていたのはやましいところのある生徒だけ。僕は雪ノ下先輩と葉山先輩のお母様と個人的な連絡をとって名前を借りただけ。すごくないですか?僕、雪ノ下先輩以外の全生徒操りきりましたよ。雪ノ下先輩を助けるため、もありましたけど、雪ノ下先輩に負けたかったんですよね。だから大、大っ、満足です!」
「はぁっ…あなた、ろくな大人にならないわよ」
「現在ろくでなしな大人目指して奮闘中ですっ」
弾けるようなウィンク。
返答のため息。
私は無駄に顔がいい後輩のあざといポーズをスルーして、改めて口を開く。
「…私が見張っておく必要あるかしら?」
「そん時はぜひ目のハイライト消して、僕に首輪はめて監禁してくださいね。ヤンデレ雪ノ下先輩はとても見てみたいので!」
言われて今泉くんに首輪をはめる自分を想像する。
…この端正な後輩の顔を自分にだけ向けさせるのも案外悪くないな、というふとよぎった気の迷いに慌てて蓋をする。
そんな内心を見透かしたように蠱惑的に笑い、するり、と顔を近づけられハグでもできそうになった距離に、思わず手が伸びかけ…理性を総動員して下におろす。
本当にこの後輩は劇毒だ。
刺激的で、危険で、美しい。
関わらないでいれたならどれほど幸せか。
彼に存在を認知されないことがどれだけ幸せか。
彼の鮮烈すぎる生き方を目にせずに生きられたら、どれほど平穏か。
だが、関わってしまったら最後この危険な好意は忘れられない蜜となる。
普段誰にも興味ない男が、自分のために容易く悪事を働くという危険な甘露。
邪悪で人を魅了して止まない花が、自分に傅く心地よさはあまりにも中毒性が高い。
世の女性が、悪い男に引っかかる理由が今泉君を見ているとよくわかる。
ダメなことほど気持ちいい。
タブーは戻ってこれないから禁忌なのだ。
禁じて忌みて、遠ざけるのだ。
そうしないと、簡単に誘惑に負けてしまうから。
「とりあえずラーメン食べに行きましょう雪ノ下先輩。打ち上げです打ち上げ」
「あら二人っきりで?」
「や、そろそろくるヒキガヤ先輩とか、それに気を使ってクラスを抜けてくるガハマ先輩も一緒にです」
「いいわ。とりあえずこの進路希望表を書いてからね」
1枚のプリントを取り出して、私は机に向かい直る。
そんな私に、今泉くんは笑った。
「…先輩の気持ちはよくわかりました。なら、僕からもお願いです。次もし、やりたいと少しでも思うことがあったら僕に言ってくださいね。今度は真正面からお助けしますよ」
「…ええ。ありがとう」
「あと先輩らしくラーメンも奢ってくださいね!」
「いいでしょう。先輩の私に感謝し尽くしてむせび泣きながらラーメンを啜りなさい」
「塩ラーメンかぁ」
書き始める前に、私は大切なことを思い出した。
「それとあなた、由比ヶ浜さんと約束したらしいわね。…嘘ついたら、って」
「……まぁはい」
私は、珍しく嫌そうな顔をするその後輩に向かって微笑んだ。
「嘘つきだーれだ?」
「…僕です」
「私は優しいから、別の罰ゲームにしてあげる──────うんスク、しなさい」
◆
うんちブリブリ。
比企谷八幡は言った。
嘘だってついていいと。
許容しないで強要する方がおかしいのだと。
うんちブリブリ。うんちブリブリ。
雪ノ下雪乃は言った。
嘘ではない。
あなたのことなんて知らなかったと。
でも、今は知っていると。
うんちブリブリ!
二人は互いを知った。
ようやく、半年をかけて。
一つ一つ破片を集めて形を作るなんていうあまりにも遠回りで不器用なやり方ではあるが、ようやくひとつの答えを出せたのだ。
うんちブリー!!
「あの、うるさいんだけど…絵面も声も…」
二人が互いに歩み寄る感動的な場面を眺めていたら、ヒキガヤ先輩はなぜか真顔で僕と、僕にどこから取り出したのかわからない首輪をつけて椅子に座る雪ノ下先輩に向かってため息を付いた。
「なにか?」
「ブリ?」
「やかましいわ。なにがブリ?だ。さすがにかわいくねーわ。平然としないでくれる?普通人に首輪ははめないんだよ、なんのプレイ?」
「ガハマ先輩との約束履行中なんです。気にしないでください」
「何がどうしてそうなった?」
「やっはろー!みんなで後夜祭、行こう!うわぁ、ゆきのん今泉くん何してるの!?」
「すみません、僕これから雪ノ下先輩とヒキガヤ先輩とラーメン行くんですよ」
「私だけ誘われてないんだっ!?ねぇゆきのん、私も連れてってよー!」
「おいそのラーメンの話俺聞いてないんだけど…?ていうかその格好のまま行くの?普通に一緒に行動したくねぇ…」
「まぁヒキガヤ先輩と雪ノ下先輩いちゃいちゃしてましたもんね。二人っきりじゃないと嫌ですよね」
「してないからな?やめてね、変な噂流すの。どっちかって言うとお前ら2人だからそれ」
「もう噂で他人を操るなんてことはしませんよぉ…しばらくは」
「最初からするな」
「やだなぁ、僕は清く正しい清涼剤ですよ?そんな外道な事したことなんてないですよ。嘘つき童貞処女です」
「嘘つきすぎない?」
「なんですか僕が嘘つきビッチだとでも言いたいんですか!」
「言いたくないけどそうだよ」
「安心してください。先輩が初めての相手ですよ?」
「やめろ耳元で囁くな!嘘つき!」
『飲み込んで俺の富津岬…』
「その黒歴史は永遠に寝かせとけ。トラウマなんだよ葉山に迫られたの!」
『ののののののののの、のみーん。け↑っこ↓んしたのか、俺↓ぃがぃのやつと↑』
「やりたい放題か?」
「とりあえずヒキガヤ先輩のおすすめラーメン屋をさっさと紹介してください。僕は雪ノ下先輩に奢ってもらえるんで高いところがいいです!」
「いい度胸ね比企谷くん」
「こえーよ。俺まだ何も言ってないじゃん…」
「私!私も!ついてくからね!」
「ガハマ先輩、寂しんぼだなぁ」
「ていうか聞いたよゆきのんから!元から私を誘うつもりだったって!それなのに嘘つくなんて…私にそんなに構って欲しかったの?」
「やれやれ…バレちゃしょうがない…。ほらガハマ先輩、何してるんです?早く構ってください?」
「ふてぶてしすぎる!」
祭りの後の祭りが始まる。
起こったことは全て後の祭り。
もしとか、たらればとか。
そんな可能性は存在しない。
一人を犠牲にした仮初の誰も傷つかない世界も存在しない。
純然たる事実として文化祭は成功した。
きっと、それでいいのだ。
ちなみにこんなモノローグをしてるが、別にほんとになにもない。
ちょっと意味深なことを言ってみただけである。
とりあえずこれにて文化祭は終わり。
悪事は罰せられ、正義に傅かされた。
悪役は敗北し、世界は平和。
全部解決ハッピーエンドということで。
しーゆー!
今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。
火種は自分で作ってこそみたいな思考のテロリスト。
対岸の火事を見て、よしこっちも燃やすかとより大きな騒ぎにして勝ち誇るみたいな。
それがうちの主人公です。
とりあえずこれにて文化祭編おしまいです。
次回後夜祭したら、一度休みます。