修学旅行三日目。
昨日までを振り返って見れば、新幹線でドキドキ戸塚添い寝イベントがあったり、由比ヶ浜のボディタッチにドギマギしたり、麻雀したりウノしたり、お化け屋敷に清水寺の胎内巡りなど、俺にしては随分充実した修学旅行だった。
仁王門前の集合写真でアウトレンジスタイルとか、ゲリラスタイルとか、インファイトスタイルとかほざいてた頃が今は昔のようだ。
ちなみにアウトレンジスタイルは単にクラスメイトたちから距離を取って写真に映ることで、ゲリラスタイルは死んだ笑顔で馴染んだふりをすること、インファイトスタイルはあえてクラスメイトに近づき、むしろ近づきすぎて半分くらい見切れるスタイルのことだ。
この写真撮影のタイミングで『僕のおすすめは涅槃スタイルですよ』という文面とともに、一色の膝枕でくつろぐ今泉の写真がメールで送られてきたが、きっと偶然だろう。
…どっかで見てるんじゃないだろうな、なんてあたりを見回した瞬間に『やだなー見てませんよ』というメールが来た恐怖で、慌てて由比ヶ浜の近くまで走ったのは悪夢のような思い出だ。
そして、今日。
今日は皆ばらばらで行動できる日だ。
行く場所も、行く相手も自由。
一人で行動も全然オーケー。
そんな素晴らしい日に俺が規則正しい生活を送るなんてあり得るわけもなく、見事周りの流れに出遅れた。
まぁ、葉山からの奇妙な依頼はあれど、仕事もない。
これくらいの怠惰は許されるはずだ。
そう思っていた時期が俺にもありました。
「おはようヒッキー。遅いよ!」
「おー…おお?……おああ…?なんでお前ここにいんの?」
「さ、行こう!」
「ああ、飯な……なんか大広間だっけ。二階?」
「違う違う、朝食はキャンセルしといたから」
「は?キャンセルってなんだ。1日の活力は朝食からっていうだろ、朝食抜くのはよくないぞ」
「変なとこ真面目だ……。じゃなくて!いいから荷物纏めて出かけるよ!」
「いや、全然事態が掴めてないんだけど…」
寝起きではどうも、頭が回らない。
手持ちの荷物が少ない俺は、結局言われるがままに準備を終えると、再び部屋の前へと足を運ぶ。
そして。
「どうしよう…なんか壊しちゃったんだけど…」
「あの祠を壊したんか!?もうダメじゃ!」
「誰だよ。つーか祠ってその潰れた牛乳パックの汚い工作のこと言ってる?」
「あーあ。それじゃあもうダメだね。君、多分死ぬ」
「口調統一しなよ…」
「君はもう死ぬけどさ、ベソベソ泣きながら何もせず膝抱えて死ぬか、バケモンに一矢報いて死ぬかは選べるよ。どうする?」
「とりあえずお前を殴る」
「急にヒロアカに移行するのやめません?」
呆れる由比ヶ浜と俺の前に、今泉が現れた。
◆
和風な建物のテラス席。
どうやらここは喫茶店らしい、ということしかわからなかった。
なんでそこで雪ノ下が優雅にコーヒーを飲んでいるのかも、なんで今俺の隣に今泉がいるのかもわからなかった。
「あら、遅かったのね」
「なに、なにこれ、どういうこと」
「モーニングですよ。朝マックの喫茶店版です」
「もう少し情緒のある言い方はないのかしらね…」
「とりあえずここ、超有名なんだよ!」
「僕のおすすめです」
「いやそう、そうだよ。朝マックとかどうでもいいけどお前だよお前!なんでいんの?学校は!」
「サボりです」
「こいつ、いけしゃあしゃあと…」
「逆襲のシャア」
「は?」
「まぁ正確に言うとお墓参りなんですけどね。表向きは。つまりこれは致し方のない欠席。例え実は京都に前日入りしてて昨日先輩と平塚先生がラーメン食べてる後ろにいたとしても、僕は極めて妥当性の高い理由によってここにいるのです」
「昨日からいたのか…」
「え、あたしラーメンとか聞いてないんだけど!」
「やーい、ハブられガハマ先輩」
「むむむむ!生意気言う口はこの口か?この口なのかぁー!」
「いひゃいいひゃい。ほっへひっはらないへくらさい」
「はしゃいでんなぁ…」
「まぁ、ちょうどいいんじゃないかしら。葉山くんからの依頼もあるし」
「や、その前には帰りますよ。だって明日普通に授業ありますし」
「いよいよ何しに来たんだお前…」
「遊びに来ました。そんなわけで、奉仕部京都探訪楽しみましょう!食べ終わったらまずは伏見稲荷。そのあと天満宮でも行きましょうか!」
「お前昨日めっちゃ近くにいたのな」
なんで昨日の夜にした雪ノ下と俺の会話知ってんだよ。
や、小町の合格祈願のために行きたかったから助かるんだけどよ。
それに、その後の観光は確かに楽しかった。
これが奉仕部としての思い出の最後になるとは思えないほど、穏やかな時間だった。
稲荷神社の千本鳥居に行って雪ノ下が人混みに酔ったり。
「なんかあれですよね、この数の鳥居を抜けたら異世界みたいな。和風ファンタジーとかホラーみたいなの。…いいですよね」
「どうした急に」
「や、雪ノ下先輩が人混みで酔ったのでおんぶしてるんですけど幸せな気持ちになって。なんせあまりにもぜっぺ───」
「おい二人揃って倒れたらどうにもなんないだろ!つーかこないだも雪ノ下のパンチで気絶させられてなかったか!?」
東福寺の通天橋と紅葉に見惚れて、四人でしばし無言で立ち尽くす時間があったり。
「このハシ通るべからず」
「一休さんだ」
「わ、ガハマ先輩正解。どうしたんですか急に知性が芽生えて…はっ、まさか偽物…?たぬき…?」
「失礼な!」
渡月橋とグラデーションの山並みに歓声を上げ、俺にしては珍しく親に見せてもいいと思える集合写真を撮ったり。
出店の匂いにつられて買い食いする由比ヶ浜と今泉と、それを雪ノ下と俺が手伝ってみたり。
「夕食、入らなくなるわよ……」
「母親か?」
「え……、じゃあヒッキーにあげる」
「いらねっつーの……」
「間接キスになるから恥ずかしいんですよね?」
「ち、違えーよ!」
「恥ずかしいんですよね?」
「今泉くんやめてよあたしまで恥ずかしくなるから!」
「はぁ……私が手伝うのは少しだけね」
「あ、わ、ゆきのんありがとう!」
「あなたも手伝いなさい」
「…うまい」
「餌付けされてるみたいですねヒキガヤ先輩」
「確かに…動かずに食べる飯はうまいな」
そして、竹林の道に足を運んで、葉山からの依頼である見届けを実行するために隠れる場所を吟味したり。
「ここが…」
「ええ、戸部先輩の死に場所ですね」
「いやいや、ま、まだわかんないからほら…」
「至極どうでもいいのだけどね。彼が変わったと言うのだから、その無様な最後くらいは見届けてあげてもいいわ」
「お前葉山のこと嫌いすぎだろ…」
「別に、普通よ」
「それじゃあ僕は帰りますね!楽しかったです!」
「え、お前本当に帰んの?」
「…?はい。先輩たちと観光できて楽しかったですし、遠目に葉山先輩たちのこと見て、依頼の完了を確信したので!」
「また悪巧みしてる?」
「やだなーガハマ先輩。僕は他人の恋愛に首突っ込むなんて野暮なことしませんよ!それに墓参りは本当のことだし、タイミングがあったから来ただけです!それでは!」
「うわ、ほんとに帰ったあいつ…」
本当に楽しい思い出ができた。
そして、俺にとって変わってほしくないと思える場所ができたからこそ、葉山の決断の重さをより強く受け止めなくてはならなくなり。
故に、俺は戸部の末路に大きく揺さぶられることになる。
◆
俺さ、頭悪いべ
だからうまくいえねーけど、わかる。
海老名さんは恋なんて今するつもりねーって。
俺、BLとかよくわかんなくて、それでもあの映画結構好きだぜ。
最初は隼人くんに見ろって言われてなんのことかわかんなかったけどさ、海老名さんの本音を見れたから。
あの映画の「壊れてしまうならそれまでだって諦めたい。…諦めたいんだ」って言葉、本音なんだろ。
原稿に何回も書き直したあとがあったもんな。
正直校長のセリフって思わなきゃもっと感動できたかも。
でもうんちブリブリ言いながら映画見させられたのは結局なんでだったのかよくわかんなかったな…。
……わかる。
いや、うんちブリブリのほうじゃなくて、海老名さんの気持ちが。
諦めるほうが楽だもんな。
俺も隼人くんみたいになりたかったーって思うけど、なるための努力はしてねーべ。
でもよ、俺は海老名さんのこと諦められないんだ。
本気だから。
だから、聞いてほしい。
───俺と、友だちになってくれませんか。
まずはお友達から、なんて建前じゃなくて。
諦めたくないって思ってもらえるほど、いい友達になるからさ。
友だちになろう海老名さん。
クラスの仲良しグループの一人と一人じゃなくて、ちゃんと1から関係を始めたいんだ俺。
◆
仲良しグループから友だちになったやつがいる。
字面だけ見れば何じゃそりゃって感じだが、それでもきっと。
それは新しい関係と呼んでいいのだろう。
壁を作って、仮面を被って、あえて空気読まずに擬態する少女。
周りの制止を振り切って、そんな仮面の下にある諦観に満ちて同時に怯えている瞳と目を合わせにいったバカがいた。
結果として、そいつの本当ののぞみは叶わないけれど、いつかを予感させるその心意気は間違いなく少女へと届いていた。
…と思いたい。
俺は後ろの由比ヶ浜たちの方へと向き直り、頭をガシガシとかく。
「これで良かったのか?」
俺は、他人の心理を読み取るのは得意だ。
そういう自覚がある。
だから今回だって、戸部が告白して失敗し、グループが離散になる…と思っていたのだ。
そしたらどうだ。
結果はご覧の有様だ。
あの文化祭でのBL劇場。
俺達は同じものを見たはずなのに、俺自身はそこに本音を見いだせなかった。
でも、戸部はおそらく正解を引き当てた。
あるいは空気に敏感で、その場その場に即対応していく経験が、僅かに顔をのぞかせたその本音を見つけ出したのだろうか。
相模南は、おためごかしの仮面を脱ぎ捨て、失敗すらも糧として自分をさらけ出した。
葉山隼人は、生温い停滞ではなく痛みを伴う前進を選んだ。
戸部翔は、憧れから始まった恋を、相手への本気の思いやりへと昇華させた。
今泉と関わって顕著に変化したのはあの三人だが、他にもたくさんいる。
テニス部、小学生、文化祭実行委員。
最近は、材木座もなにやら原稿を書いて出版社に送りつけたらしい。
結果は惨敗だったらしいが。
今泉は多くの人間に影響を与え、笑ってきた。
そのままでいい、そのままが1番だと本人は言うくせに、あいつの影響を受けたら変化せずにはいられない劇薬。
俺は、それが羨ましくて。
「比企谷くん。なにか難しそうな顔をしているけれど、事はそう難しい話ではないはずよ」
「なに…?」
「ゆきのん…?」
「居るんでしょう?もったいぶらずに早く出てきて、小細工に関して教えてくれるかしら」
「失礼な!別に小細工とか…そんな…ちょっとしかしてませんよ!」
「ちょっとはしてるんじゃん!」
「まず暗闇から突然現れたことにツッコミ入れてくれます?」
「や、もう別にそのへんはいいかなって…どうせそのへんにいるだろうなって思ってたし」
「つーか眩しいんだよ!視界がうるせぇ!俺がデーモンコア呼ばわりした当てつけか!?」
雪ノ下の声に答えるように、全身七色に光らせながら、今泉は現れた。
やはりというかなんというか、帰ってなかったらしい。
本日2度目の登場である。
「あなたの瞳にエレクトリカルパレード!なにもんなんじゃ、もんじゃ焼き!ゲーミング清涼剤です!」
「語呂の悪さ」
◆
「まぁ、別に大したことはしてないんですけどね。単に海老名さんの素顔が出やすい環境を用意しただけで」
僕がしたのは、得意分野で好き勝手できるという油断しやすい状況にした上で、クラスの劇との同時進行、ゲリラライブゆえの速度重視の執筆状況で思考を圧迫しただけ。
結果として海老名先輩の仮面の下を覗き込みやすくしたわけだが、学校全体を巻き込んで初めて仮面が剥がれる陽乃さんに比べると、とても楽な仕事だった。
そう仕事。
ただ僕が森見登美彦大先生の作品を真似たかっただけではないのだ。
「それはもうわかってるのよ。素顔で語る時、人はもっとも本音から遠ざかる。仮面を与えれば真実を語り出す…なんて言葉もあるくらいなのだし」
「へー、そんな言葉あるんですね。知りませんでした。雪ノ下先輩はなんでも知ってるなぁ」
「もちろんそうよ(雪ノ下無双)」
「おい…おい大丈夫か雪ノ下。葉山以上に毒回ってないかお前?」
まぁ、僕まで腐海に巻き込まれたのも予想外だったけど。
海老名先輩…侮れない人だ。
「で、まぁ海老名先輩の執筆風景の動画とか、原稿とか、ゆっくり解説動画とかを収録したのが、あのEファイルってわけです」
「ゆっくり解説?」
「ガハマ先輩はご存じないかもですけど、世の中にはそういうジャンルの動画があるんですよ」
宇宙を背景に鹿のマスク被った葉山先輩と馬のマスク被った僕がウンスクしている映像と抑揚のない音声読み上げソフトのトーク。
ゆっくり解説動画の背景は意味不明であればあるほどいい。
実に完成度の高い自信作だ。
…何十回もリテイクしてる内に葉山先輩が壊れていったので、最近の変化に関しては、ウンスクによる致命傷な疑惑があるけれどこれは秘密にしておこう。
なんか僕からいい影響受けたみたいな勘違いをしてる雪ノ下先輩とヒキガヤ先輩の夢を壊すのはよくないし、うん。
ガハマ先輩だけなんか察してるフシあるけど、あれだ。
ガハマ先輩だけ僕のことだいぶフラットに評価していて、ヒキガヤ先輩は深読みのしすぎ、雪ノ下先輩は僕のこと後輩として好きすぎみたいな。
「まぁ、今回作ったのは、ゆっくり今泉とゆっくりいろはすによる、海老名先輩憤死確定赤裸々に生態を語り尽くしちゃったぜスペシャルって動画ですけど」
「悪魔の動画すぎる!」
「僕にしては穏便な手段取ったんだから感謝してほしいですけどね。拉致監禁からの衰弱、強制吊り橋効果、好きにならないとでれない部屋みたいな倫理観ガン無視の方法使ってもよかったんで」
「それはもう犯罪だからね…?」
「…ガハマ先輩、バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」
こんな感じで、一つの決着を見届けた僕は千葉に帰り、そして。
───いろはさんを勝手に生徒会長に推薦した奴らが出た、という話を聞くのだった。
今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。
次回最終回です。