flare   作:イタドリ

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千秋楽

 夜凪景(よなぎけい)百城千世子(ももしろちよこ)。2人の若手女優が甲乙に分かれて己の全てを賭けて壇上の上で戦い合った、舞台『羅刹女』。賛否を巻き起こしたものの世間から大きな注目を集めた凄絶な愛憎劇は双方に多大なる成長を促し、ついにサイド甲とサイド乙それぞれが最終公演を迎えるだけとなっていた_

 

 

 

 「ねぇ夜凪さん」

 「何?」

 

 サイド甲の最終公演の本番前、景は羅刹女の衣装に着替える前にまだ誰もいないメイク室に千世子を呼び出した。

 

 

 

 「本番の前に、どうしても千世子ちゃんと2人きりでいる時間が欲しい」

 

 明らかに意味あり気な誘いに千世子は、きっとこれは何かしらの企みのようなものがあると昨日の共同稽古終わりに景からの誘いを受けた時点で察していた。

 

 「うん。いいよ」

 

 だが同時にこれが景にとって最後まで完璧に羅刹女を演じるために必要な手段であることも理解していた千世子は、二つ返事で景からの誘いを受けた。

 

 

 

 「何って、夜凪さんが呼んだんでしょ。もうすぐ本番なのに一体何の用?目まで瞑っちゃって」

 

 まるで何時間も前から自分のことを待ち構えていたような雰囲気を醸して、誰もいないメイク室の真ん中に置いた椅子に座る景から「隣に座ってほしい」と言われて、仕方ないなと思いつつ彼女の思惑通りに近くの椅子を拝借して、言葉通りに千世子は隣に座った。だが椅子に座る景は呼び出した理由をわざわざ誘いに付き合った千世子に教える素振りを見せないばかりか、隣に座る千世子の存在など無いも同然のように無視をして、瞑想でもしているかのように目を閉じたまま微動だにしない。

 

 「ああ、ごめんなさい」

 

 景の姿が目の前にくるように逆向きに座り気だるげな口ぶりでしびれを切らす千世子に、景は目を閉じたまま謝ると、それまでずっと閉じていた目をゆっくりと開けて、自分から見て左隣に座る千世子に視線を向ける。

 

 「ただ()()()()()()()()だけでいいの」

 

 ここ1週間の本番に加え、連日の過酷な稽古を乗り越えてもなおほとんど枯れることのない芯のある通った声で、景は静かに千世子へ呼び出した理由を伝える。

 

 

 

 「そこで立っているだけでいい」

 

 

 

 「ああ・・・いつかのお返しか」

 

 「そこにいてくれるだけでいい」。呼び出した理由としてはあまりに抽象的過ぎる景からの一言でも、千世子には十分に伝わっていた。“天使”として生きてきた自分を捨てることになっても、今いる自分の居場所がなくなることになっても(あなた)に勝つ。この世界にいる誰よりも景のことを意識して、恨んで、妬んで、そして愛した日々が、頭の中でフラッシュバックするように流れる。

 

 「お返しというか・・・やれることは全部やりたくて」

 「・・・うん。仕方ないな、許してあげる」

 

 得意げな表情で理由を明かす景に、千世子はどこか遠くを見つめるかのように目の前の景を見ながら、生意気にも仕返しされたことを素直に受け入れる。互いが自分の中にある怒りと向き合い始めた日から、2人はお互いにやれることを全部やってきた。全ては自分自身にとっての脅威に勝つため。それは共同稽古を経て最終公演を迎えようとしている今この瞬間も変わることはない。

 

 「・・・・・・」

 

 呼んだ理由を明かしたことで話題が無くなった2人きりのメイク室に、何とも言えない沈黙が走る。だけどそれが己の全てを賭けてこの日まで1人の女を演じてきた2人にとっては、妙に心地がいい。

 

 「・・・負ければ全てをあなたに奪われて、勝てば一生女優を続けられる」

 「?」

 

 10秒ほどの束の間の沈黙を破ったのは、この舞台の稽古がどれだけ過酷だったのかを物語る少し低くなった()()()()()だった。

 

 「そう信じてたの。バカみたいだよね・・・そんな単純な話じゃないのに」

 

 トータルで見て、今回の舞台で代償を払うことになったのは景ではなく、千世子のほうだった。青い空のように透き通っていたはずのクリアな千世子の声は、休むことなく2か月以上もの間ぶっ通しで牛魔王への恨みに満ちた愛憎の想いを殺し合いの中で叫び続けた結果、稽古前より低くやや掠れた声になった。それは彼女を象徴とする異名である“天使”というよりかは、人の心を翻弄するミステリアスな“小悪魔”という言葉が似合う、独特なざらつきを放つハスキーな色合いの声。

 

 「忘れていたんだよ。舞台が終わっても、勝負は毎日続くんだって・・・胸が裂けるくらいに張り詰めた緊張とたまにやってくる少しの緩和を、これからもずっと同じように繰り返していくんだって・・・」

 

 もちろん千世子は目まぐるしくスターが入れ替わる競争の著しい芸能界という弱肉強食の世界で子役時代から10年にも渡って第一線で戦ってきたプロフェッショナルであるため、闇雲な発声では本番まで喉が持たないことは最初から理解していた。自分と同じサイド乙で孫悟空を演じる阿良也からレクチャーを受ける形で喉が潰れてもなお声を出せる発声方法を会得し、本番まで声がどうにか持つように日々酷使する自らの喉に対して自分なりに労わっていた。それでも稽古に没頭した日々を経て一度失ったかつての声が戻る保証は無いに等しいということは、何より千世子自身が一番理解している。“天使”という異名で若手トップ女優の座を欲しいままにしている現状を持ってしても、そこまでしなければ夜凪景という“怪物”には勝てなかったということも。

 

 

 

 「やっぱり負けるのは悔しいんだよ。悔しい・・・!」

 

 

 

 当然、自らを喰いかねないほど大きくなった景の存在を前にして共演を避けるという選択だってできた。それでも主演女優としての確かなプライドがある千世子は、正々堂々と怪物にぶつかって()()ことを選んだ。10年間の全てをぶつける覚悟を決めた彼女にとっては、声質が変わってしまうことぐらいどうっていうことはなかった。

 

 「だって、どうせ私たちはしわしわのおばあちゃんになっても役者だから」

 

 隣でただ座って言葉を受け止めるだけの自分に、この世界に入って初めて憧れた人から向けられる天使の仮面の下で千世子が抱えていた苦悩と、それを経て辿り着いた役者としての1つの答え。

 

 

 

 「恨まないでくれよ夜凪。俺たちは役者だ。自分以外は全て喰い物・・・そうだろ?」

 

 ある日の稽古で友達だと信じ疑わなかった人から殺意すらも感じるほどの敵視を向けられて、つい怯んでしまった自分。

 

 「私はあなたのお父さんとお付き合いしていました」

 

 そして、人生というバックボーンから羅刹女が抱えている怒りと同等の怒りを生む根源を探し出して、それを意識するあまり舞台の幕が上がる直前に予期せぬ告白があったとはいえ、怒りに飲まれ着地点を見失ってしまった自分。

 

 

 

 「・・・正直、視ていて“ふざけないで”って思ったよね?初日の私」

 

 羅刹女が牛魔王に対して焚きつけていた怒りに向き合えていなかった初日の自分を振り返った景の口から、間違った羅刹女を演じてしまった初日の自分への自責が乾いた笑みと共に千世子へと向けられる。

 

 「うん。だってあんなに不完全でダメダメな羅刹女に勝ったところで、私にとっては何の意味も価値もないし」

 

 当然ながら千世子は、配信による投票が行われる重要な局面で怒りに飲まれた不完全な芝居をした景に対して、穏やかな笑みを浮かべながら情け容赦のない言葉をぶつける。

 

 「何なら今でも()()()()()って思ってるよ・・・夜凪さんが私を想って演じてくれなかったこと」

 

 頬杖をつくような姿勢を作り逆向きで椅子に座ったまま、千世子は景に心の根底に溜まっていた心境を言葉にして伝える。こっちはあなたのために、10年かけて手に入れたものをたった1年足らずで全て奪い去ろうとする怪物を、どれだけの犠牲を払うつもりで愛したか。そこまでして私はあなたを愛したというのに、あなたがずっと怒りを向けていたのは牛魔王ではない、()()()()だった。

 

 

 

 『この怒り・・・どうしてくれよう』

 

 得体の知らない誰かに向けたあの怒りは愛というにはあまりに危うく毒々しい、明確な殺意だった。もはや私のことは蚊帳の外で、眼中にすらなかった。

 

 「夜凪のやつ・・・・・・完全に芝居が解けているね」

 

 それどころか、終幕間際のあなたは明らかに演じることを放棄して自らの意思で舞台を終わらせようとした。自分自身と役の間に隔てられた境界線が限りなくゼロになるほど他人に入り込んで演じるはずのあなたが台本通りに動くだけの操り人形になった瞬間、「ふざけんな」という気持ちが言葉となって溢れ出した。これは決してあなたが最後まで演じ切れなかったからあの言葉が出たわけじゃない。ただ、あなたが最後まで私のことを想って演じてくれなかったことが悔しくて、腹立たしかった。完璧な羅刹女(あなた)に勝たなければ何の意味もない。私はただ、最初から完璧なあなたでいて欲しかった。 

 

 王賀美(あいつ)はただ舞台を捨てたんじゃない・・・舞台を捨てて夜凪を守ったんだ・・・どっちに転ぶにしろ、夜凪から臭いが消えた時点で勝負はついてしまったようなものだけど」

 

 そして禁断のアドリブの後にあなたが魅せた、あまりにも綺麗すぎる一筋の涙と、全ての迷いを断ち切った一筋の風。あなたは何を思い、どんな想いを抱えながら壇上に立ち、芭蕉扇を振り下ろしたのか。あの瞬間は分からなかった。ただそこに広がっていたのは、数字だけの勝ち負けじゃ決めつけられない輝きだった。彼女の中にある芝居が完成してしまう瞬間に見られなくなってしまう、発展途上の今しか見れない一瞬の輝き。

 

 「あのとき、夜凪さんは誰のことを想いながら羅刹女を演じていたの?」

 

 そういう思い通りにいかない不確かなところも含めて、私は夜凪景という女優がどういう役者なのかをまたひとつ知った。互いの芝居を通じて本気でぶつかり合ったことで、私はまたひとつあなたという人間を知って、()()になった。だから・・・

 

 

 

 「私は完璧なあなたに勝ちたい・・・これからもずっと」

 

 表情は穏やかなままに、景へと向かう千世子の語気が僅かに強くなる。真横から自分の顔をまじまじと見つめるその眼には、喜怒哀楽の四文字では言い表せないほど複雑な感情が渦巻く。

 

 「・・・そっか」

 

 千世子を横目に見た景は、彼女の形容できない感情を自分なりに受け止める。出来ることなら、もう一度だけ初日に戻りたい。今ならきっと、花子さんの口から()()()のことを打ち明けられても、怒りに飲まれることなくその苦しみを受け止めきって、本当の羅刹女を演じられたかもしれない。だけど、時はもう戻せない。自分に負けたせいでみんなの舞台を台無しにしてしまった弱さを、完璧に演じて断ち切らなければならない。

 

 

 

 「夜凪さんは興味ない?私とあなた、どっちの芝居が上か」

 

 

 

 ひとつの舞台が終わっても勝負は続いていくけれど、()()()()で千世子ちゃんたちと勝負できるのは今日で最後。たとえ一度できてしまった甲乙の差はもう縮まらないとしても、せめて最後だけは自分たちが上だということを証明したい。じゃないと、怒りに飲まれた私のことを守ってくれたみんなが報われない。一度でいいから、()()()()()()になってあなたの前で演じたい・・・

 

 

 

 「ありがとう。ちゃんと本当のことを私に言ってくれて」

 

 ほんの一瞬だけ弱音の言葉を吐こうとした自分を心の奥にしまい、景は「ごめんなさい」に代わる「ありがとう」を千世子に告げる。本当の羅刹女を演じる覚悟を決めた彼女の心から、迷いが消えた。

 

 「どういたしまして」

 

 凛々しいほどに自信に満ちた眼つきで静かに笑い見つめ返す景を見て、()()を確信した千世子は悪戯に微笑み言葉を返すとそのまま軽々しい身のこなしで椅子から立ち上がる。

 

 「さてと、さすがにこれ以上は夜凪さんを足止めするわけにはいかないから、私はもう出るね」

 

 言いたいことは言えたし、聞きたかったことも聞けたからもう満足。と言わんばかりに椅子から立ち上がった千世子は、軽い足取りでメイク室を後にしようとする。

 

 「うん」

 

 自らの我儘で呼び出したとはいえ、他の共演者や演出家を待たせていることを誰よりも理解している景は、メイク室から出ていく千世子を止めることはしない。

 

 「?」

 

 だが千世子は、メイク室のドアの前のところまで歩くと徐に立ち止まった。もちろん千世子を座ったまま見送ろうとしていた景は、いきなり立ち止まった彼女に少し困惑する。

 

 「・・・()

 

 立ち止まった千世子は振り返ることなく背を向けたまま、景の名前を呼んだ。『デスアイランド』の顔合わせで初めて会ったときから一貫して呼び続けていた苗字ではなく、下の名前で景を呼び捨てた。

 

 「!?・・・」

 

 出会ってから初めて呼ばれた下の名前に、景は無言のまま目を丸くして驚く。芝居を通じて分かり合ったかけがえのない大切な友達が自分のことを「()()()()」ではなく「()」と呼んでくれた言葉にできない嬉しさと、今までの苗字呼びにすっかり慣れていたせいで自分の中で受け止めきれない戸惑いにも似た驚きが、同時に景の心を襲う。

 

 「・・・最後くらいは私のことを惚れさせてよね?」

 

 そんな動揺する景の心などお構いなしに、千世子は背を向けたまま捨て台詞のように鼓舞する言葉をぶつけて、返る言葉を待たずしてメイク室を後にした。振り返らずとも、景がどんな表情を浮かべどんな感情を抱いて背を向ける自分を見つめていたのか、千世子は分かりきっていた。

 

 「(ごめんね、景。あなたには私だけを想って演じてほしいから・・・)」

 

 千世子は最後の最後で、景に“愛”という炎を焚きつけた。理由は違えど、奇しくもそれは初日の本番直前に17歳の少女が抱えるにはあまりに大きすぎる“怒り”の炎を焚きつけた花子と同じく、身も心も羅刹女になって欲しいという独りよがりの我儘。全ては完璧な(あなた)に勝つため。それ以外の何物でもない。

 

 「・・・絶対惚れさせるから。千世子ちゃんのこと」

 

 自分1人しかいなくなったメイク室の中で、景は千世子が立っていた場所に目を送ったまま部屋から出て行った彼女へ想いをぶつけた。

 

 

__________

 

 

 

 「王賀美さんは立ち回りの変更に気を付けてください」

 「ああ、分かってる」

 「武光さんはここ最近前に出過ぎるきらいがあります。悪目立ちしないよう意識することを心掛けてください」

 「はい」

 

 本番直前。舞台袖へと繋がるホールの通路で、舞台『羅刹女』を執筆した脚本家でサイド甲の演出を務める花子は、羅刹女役の景を除いた舞台衣装に着替えたサイド甲のキャスト陣に集合をかけて最後の公演に向けた最終確認を行っていた。

 

 

 

 「終いまでやれねぇなら手ェ出してんじゃねぇよ。ウチの役者に」

 

 迫真というものを通り越した本当の怒りに触れて、改めて正面から向き合ったことで自分自身が怒りに縛り付けられていたことを思い知り、よく知りもしない映画監督の男に自分の心を気づかされ、自分が解けなかった怒りの根底にある感情をいとも簡単に乗り越えていったもう一人の羅刹女の抱える愛をこの身で感じて、自分自身も同然であったはずの燃え盛る炎の絵すら描けなくなった。

 

 「本当の羅刹女を演出して・・・花子さん」

 

 しかし、芸術家・山野上花子(やまのうえはなこ)は折れることなく立ち上がった。絵が描けなくなっても、悔しさという名の炎だけは花子の中に残っていた。そんな彼女に、景を始めとしたサイド甲の面々は消えかけながらも小さく揺れ動く炎に薪をくべ続けるように、破綻寸前の自分たちの舞台の立て直しに取り掛かった。

 

 「私たちの初日は一部で強く評価されていると言いますが、やはり・・・」

 

 だがマイナスの状況から起死回生を図るにはあまりにも差は大きく、3回目の公演を終えてもなおサイド甲はこの舞台に対する最適解を見出すことができず、逆に千世子の新たな芝居が板につき始め自他共に認める完成度に達したサイド乙との差は、縮まるどころかむしろ広げられているようだった。

 

 「利用しよう。私たちが」

 「ありがとう」

 

 それでも勝つことを諦めずなりふり構わなくなったサイド甲は、サイド乙に共同稽古を申し込んだ。互いの芝居への意見交換によって双方の向上に努めるというもので、実際にこの共同稽古は甲乙の双方に大きな効果をもたらした。だが皮肉にも同時に双方の完成度が上がってしまったことにより、共同稽古が甲乙の差を縮めるような効果をもたらすことはなかった。

 

 「明日は分かんねぇだろうが」

 

 もう既に甲乙のどちらが勝つのか、結果だけを見れば既に決まっていたのかもしれない。それでも舞台は明日も続いていく。だからこそ最後くらいは一矢を報いてやりたい。役者も演出家も、芝居の良し悪しを数字で決めつけられるほど単純な生き物ではない。花子を始め、最後の共同稽古になってもなお、サイド甲の面々は自分たちが負けることなど一切考えず、勝つことに拘り続けた。

 

 「泣いても笑っても明日が最後です。私たちの羅刹女を、魅せつけてやりましょう」

 

 理由はただ1つ。勝負はまだ終わってなどいないからだ。

 

 

 

 「お待たせ」

 

 最終確認で集合した主演を除く花子たちサイド甲の元に、羅刹女の衣装に着替えメイクを終えた景が合流する。その颯爽とした足取りは、いつになく自信と闘争心に満ち溢れていた。

 

 「ハハッ、空港んときといい、主役(ヒロイン)は遅れてやってくるってか?」

 

 やや遅れてやってきた主演に、サイド甲・孫悟空役の王賀美は開口一番に余分な緊張を解きほぐすために軽くジョークを飛ばしながらクールに笑いかける。このさり気ない心遣いに、唯我独尊で破天荒な振る舞いが時に批判の対象になることもある映画の都ハリウッドも認める映画俳優・王賀美陸(おうがみりく)が見せる彼なりの優しさを垣間見る。

 

 「景。ギリギリまで百城といたって聞いたけど、意味はあったか?」

 

 サイド甲に合流した景に、王賀美はクールに笑いながら本番前に千世子と2人だけでいたことの意味を優しく問う。もちろんこの2人の事情に割って入ることはナンセンスだと認識している王賀美は、これ以上は問わない。

 

 「うん・・・()()()

 

 王賀美からの問いに、景は静かに答える。前を真っ直ぐに見つめるその眼は、まるで本物の羅刹女の如く燃えているように花子たちには視えていた。憎しみによる怒りに支配されていた初日とは真逆の、牛魔王への純粋な想いに満ちた炎がそこにはあった。

 

 「夜凪さん・・・その炎を、最後まで燃やし続けてください」

 

 紅い瞳に映る炎を見た花子は、もう彼女は自らが何も言わずとも最後まで羅刹女を演り遂げてくれることを確信した。そして確信した上で、花子は景に一言だけ言葉を送った。それは炎を描けなくなってしまった演出家からの、最後の我儘だった。

 

 「・・・ええ」

 

 花子からの我儘に、景は言葉で頷く。ようやく仮面を解いて心を開いてくれた友達からの想いを胸に秘めた彼女の心には、もう何の迷いもなかった。

 

 「今日は勝つ」

 

 キャストが全員揃ったサイド甲の面々は、もう間もなく(きた)る千秋楽に向けて各々の行くべき場所へと歩き出した。




書き終えてみれば、ほぼ原作の106話な件。(※本作では利用規約を考慮して、原作の台詞の一部を脚色しています)

というわけでストーリーはここから千世子ルートへ突入します。

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