flare 作:イタドリ
「ちよこ~、あははっ、笑ってくれた」
4月1日。私は舞台演出家の
「(先生の話を聞いてるときって、みんなこんな
そんなこともあって必然的にお母さんといる時間が多くなったことで、私はかつて女優だったお母さんの影響をしっかりと受け継いだ、昆虫と他人の横顔を見るのが好きな変な子供に育った。中でも、授業を受けているときに自分の席に座って先生の話にだけ意識を傾けているような、誰かから見られているなんて思いもしない、そういう無意識な表情を盗み見るのが大好きな子供だった。もちろんこれはお母さんが悪かったとかではなくて、家でタランチュラやサソリを飼うような虫好きの元女優から愛情を込めて大切に育てられたからこうなったというだけのこと。
「千世子ちゃん・・・そんなふうにあたしたちのこと見てたの・・・」
そんな小学1年のある日、流行っていたプロフィール帳の「好きなもの」のところに昆虫と一緒に「人の顔を見ること」と書いたら気味悪がられて、その日を境に昨日まで当たり前のように学校で一緒に遊んでいた友達が私から距離を置き始めた。そりゃそうだ。誰だって自分の知らないところでじろじろと見られるのは、嫌に決まっている。だけどまだ6歳だった私は、周りから指摘されるまでそれが不快だということに気付かなかった。
だったら、私の
「おかあさん・・・私、学校に行くのが恐くなった」
自分が周りからどう見られているのか、それが一気に気になり始めたら他人の目が怖くなって、私は周りからの視線を避けて内側に籠るような人見知りの激しい子供になった。人見知りが加速していくのにつれて、生きづらい現実から逃げるように作り物の世界に没頭した。
「ねえおかあさん、この女の人って誰?」
そうして没頭した作り物の世界で、私は
「私・・・この人に会ってみたい」
憧れの人の横顔を初めて見た私は、漠然とこの人に会ってみたいと思った。
「今まで千世子には黙っていたことなんだけど、実はお父さん。この女優さんと同級生で今でも仕事でたまに会ったりしてるんだって・・・だからもし千世子がこの女優さんに会いたかったら、次の休みにこの人と会わせてもらえるように私と一緒にお父さんにお願いしよっか?」
「・・・・・・うん」
それから3日後の土曜日。私はお父さんとお母さんに連れられて、憧れの人がいるという芸能事務所へと足を踏み入れた。
「そういえば私、ケイコがカレンを庇って流されるところから先を知らなかったわ」
エンドロールが流れ終わり、真っ暗闇に包まれた観客席を照明が優しく照らしたのと同時に、景は呟くように『デスアイランド』の感想を右隣に座る千世子へ告げる。
「無理ないよ。だってあの後に景ったら風邪をこじらせたせいで寝込んじゃって、復活したときには撮影が終わってたから」
「うん。そうだったわね」
雨天決行の撮影で熱を出して
「・・・
その後にエンドロールから五感に伝う終わりの余韻に2人で仲良く沈黙という形で浸った後、数秒ぶりに景が2人の沈黙を破る。言葉となって口から出てきたのは、完璧な仮面で作り込まれた千世子の演じるカレンが、仮面が外れて
「隣で一緒に走っていても感情が全く視えなかったカレンが、本気で悲しんでるのが視えた・・・」
何も映らなくなったスクリーンを耽るように見つめる紅い瞳に、クライマックスの情景がフラッシュバックする。それを景の表情で読み取った千世子もまた、豪雨の中で足を取られたときに咄嗟に
『ありがとう』
「・・・ほんとにあの場面の私って酷い
「だけど、本当に
約2時間のサバイバルの中で生じた一度きりの綻びを自虐的な笑みで振り返る千世子に、景はスクリーンへ向けていた視線を右へと移して嘘のない感情で微笑みながら天使の綻びを褒める。その言葉は故意か偶然か、クランクアップの後のバーベキューで自らが景を呼び出して2人きりになったときに言った言葉だった。
「私の芝居はもっと上手くなる・・・夜凪さんの芝居を盗んじゃったから・・・」
「ふふっ・・・芝居を盗ませてもらった本人からそう言われると、こっちは
景の言葉を聞いた千世子は、同じように自分で言った言葉を使って返す。映画自体の感想はもう何も言うことはない。だけど最後まで観終えた後の心は今までこの映画を観た中で一番満足している。初めて何も考えないでただ純粋に友達と2人で観た、自分たちの出た映画。
「ありがとう・・・楽しかった」
景と一緒に自分たちの出た映画を観ていた瞬間だけは、役作りのためにこうやって隣に座っていることを完全に忘れられた・・・
「良かったわ。千世子ちゃんに楽しんでもらえて」
芸能界に足を踏み入れて初めて出来た友達からの嘘のない「ありがとう」に、景は目を細めて向けられるこっちが眩しく思うほどの笑顔を見せつける。自分とは違う仮面になんか覆われていない純粋な表情を、千世子は平然とした様子で受け止める。
「本当は不安だったの。私ってまだ千世子ちゃんみたいに仕事で映画を観るってことをしたことがないし、それに千世子ちゃんのことだからもう『デスアイランド』なんて飽きるくらい観てるだろうなっていうのは私も思っていたから」
「一応思ってくれてたんだ・・・」
と、余韻に浸る間もなく右に向けていた視線は天井のほうを見上げて、左に座る景はいきなり舞台役者の独白のように斜め上を見上げながら密かに感じていた不安を打ち明ける。もちろん今の彼女の一挙手一投足に、役作りのためという無粋な思惑なんて何もない。
「だけど同じ映画でも、仕事で観るのと休みの日に友達と一緒に観るのはやっぱり違うって、千世子ちゃんを見てて分かったわ」
「人の顔を見て分かるようなものなのそれ?」
「うん。だって千世子ちゃん、心の底から楽しそうな
思惑だとか嘘が何もなくて口に出している言葉が全て純粋な感情だから、どんな役だろうといとも簡単に染まることができて、恐ろしいくらいに物凄いスピードで自分の身体へと見地を吸い込んでいく。
「そんなの楽しいに決まってるよ・・・友達と一緒に観る映画は、いつだって」
本当に、これほどの
「僕はね、彼女の描く炎・・・すなわち“フレア”がキャンバスの囲いから外の世界にはみ出して、彼女が放つ“怒り”が彼女以外の人間に触れたときにどんな揺らめきを起こすのか・・・・・・ずっとこの眼で確かめたかった」
「ねえ、
映画の感想を聞き出した景は、ここに来る直前で千世子から明かされた役作りの話を掘り下げる。気が付くとほぼ満席状態だった客席はガラガラになり、ほとんどの観客が外へと出て行っていた。
「・・・分かったよ。今回は隣に座ってる
周りに人がほとんどいなくなったことを目視で確認した千世子は、観念したかのように両手でやれやれとリアクションをして景に今までずっと隠していた嘘を明かすことを決めた。ただし“平凡な女子高生の役作り”と嘘を吐いていたことは、友達と一緒に観た『デスアイランド』が面白く感じようが退屈に感じようが告白しようと最初から決めていた。
「私、あのとき景に“平凡な女子高生の役作り”しに来てたって打ち明けたけど・・・本当は“人を殺したことを隠して友人と遊ぶ女子高生”の役だったんだよね」
「そっか・・・何だか思ってたより物騒な役ね」
「ちなみにこのままの予定だと初夏ぐらいに公開される予定だから、観たいって思ったらどうにかスケジュールの合間を縫って観に来てね?」
「もちろん観に行くわ!ルイとレイも連れて!」
「申し訳ないけどR-12指定だからルイ君とレイちゃんは観れないよ(前から思ってるけど景って情緒が忙しいな)」
さり気なく今年の初夏に公開が予定されている映画の宣伝を挟みながら、千世子は7か月越しに景を渋谷へと連れ出した本当の理由を打ち明ける。本当はどこにでもいる平凡な女子高生のフリをした人殺しの女の子の気持ちを理解するために、家を尋ねて遊びに誘ったことを。
「まあ
「友達といるときは笑っているものでしょ?」
初夏の映画で主人公の幼馴染が劇中で私の演じる人を殺した主人公に向けて言う、魔法のような呪いのような台詞。その一言で良心の呵責に苛まれていた主人公は、いずれ全てが明るみになるその日までは空元気でも幼馴染と一緒にいるときだけは笑おうと心に決める。そして唯一の心の拠り所となった幼馴染といるうちに、幼馴染と一緒にいるときだけは自分の罪のことを忘れて、普通に笑えるようになる。どこかで聞いたが、人はそれを自己暗示という。もちろん私はそんな真似なんかしていないけれど、それがまさに今
「次は私のために
私はいま、1つの
「百城さんは自分が好きだと思う人のことをどうしても愛してしまう自分が許せない。そういう経験をしたことはありますか?」
これでも私は嘘を吐くのは好きじゃない。だから何も知らないあなたのいつもと変わらない様子に癒されながらも、花子さんに
「あるよ・・・だから私を演出して。花子さん」
現在進行形で抱えるこの嘘が発信源の痛みは、
「どう?ショックは受けた?」
吐いていた嘘を明かして、千世子は視線を景へと向けて問う。
「そうね・・・『デスアイランド』を撮ってたときの私だったら、もしかしたらショックを受けてたかもしれないわね・・・」
向けた視線の先に映る友達の横顔は、千世子の想像に反してクールに笑って平然としていた。
「だけど、身の回りのものは全て喰うのが役者だって千世子ちゃんと本気でぶつかったことで分かった今なら、それが役作りの目的だったとしても全部ひっくるめて千世子ちゃんのことは全部受け止められる自信があるわ」
「あははっ、それは結構な自信だね」
直後に返って来た自信に満ち溢れた決意のような言葉に、千世子は堪えきれずに優しく笑う。
「あれ?私千世子ちゃんに結構本気で言ったつもりなんだけど、大袈裟だったかしら・・・?」
あまりの本気度合いに思わず笑ってしまった千世子へ、間髪入れずに景はあたふたしながらただ困惑する。そのどこまでも純粋だからこそ常人とは少しだけズレている感性が飛び出す様子が面白おかしく千世子の眼に視えて、怒りに囚われた1人の女を演じていたときとは違う痛みを抱える心を癒す。
「・・・そんなことないよ。あなたが私のことを
皮肉にもその純粋な感情に癒されれば癒されるほど、傷は大きくなっていく。だがこれらは自らの炎でしか心を満たせないミカの感情を知るためには必要な痛みだということを、主人公に選ばれた千世子は理解し、受け入れている。もちろん、平気なフリをして誤魔化さなければいけない程度の痛みを伴う日々が続くことも、覚悟した上で。
「だって景は、私の友達で
ごめん・・・また嘘吐いちゃった・・・
「じゃあ次、どこ行こうか?」
心の奥から出かけた
「今回は景が決めていいよ」
そろそろここを出ようという意味合いも兼ねて、千世子は天使のような笑みを浮かべたまま次の場所を景へと聞く。どんなときでも友達といるときは笑っているほうが楽しいし、友達といるからこそ今は笑っていたい。
「本当にいいの?渋谷は全然詳しくないわよ私?」
「大雑把に何買いたいかとか何食べたいとか言ってくれたら、私がそこに連れて行くよ。渋谷は人並みに知ってるから」
それは千世子に限らず、景にとっても同じことだ。せっかく取れた休日は、1秒でも長く楽しい時間を過ごしていたい。特に、演じる役によって
「じゃあ、千世子ちゃんと一緒に服を見たり、お揃いのアクセサリーとか買いたい」
「いいね。そうと決まったら
「マルキュー・・・名前からして絶対高そうなところだわ・・・」
こうして映画館を出た今を時めく若手女優の2人は、芸能人同士ではなく
「やあ・・・久しぶり」
一方その頃、下高井戸にある納骨堂では、1人の男が遺骨が安置された仏壇を前に優しく語りかけていた。
「ここに来るまでに随分と長い時間が経ってしまったこと、本当に悪かった。だけど、君のことを忘れたことは一日たりともないのは本当だから、許してくれたら助かるよ・・・」
納骨堂の一番端に鎮座する仏壇の前に立つや、男は徐に目の前にある4年前にこの世を去った妻の遺骨に、今日までずっと来れなかったことへの罪悪の気持ちを吐き出しながら話しかけると、ゆっくりと目を閉じて両手を合わせて無言で拝む。彼がこのお墓の前に来るのは、今日が初めてのことだ。
「心配性な君のことだからもう知っていることかもしれないけれど、今日はどうしても伝えたいことがあるから知人からこの場所を教えてもらったんだ・・・」
10秒ほどの無言のを経て合わせていた手を放すと、男はゆっくりと目を開けて再び収められた妻の遺骨に向かって話しかける。遺骨となって眠る彼女を見つめる視線と表情は、まるで目の前に話しかけている彼女本人がいるかのようにとても優しい。
「
死別した妻の名前を呼んで自分たちの娘が
タグにシリアスって付けてるけど、ぶっちゃけシリアスの基準がわからない