flare   作:イタドリ

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親心

 「似てるんですよ・・・黒山さんと()・・・・」

 

 演出家2人を残してお開きになった打ち上げの席で、狸寝入りを決め込んで俺たちの話を盗み聞いていた山野上から言われた一言。山野上の言っていた()が誰なのかは、『羅刹女』の初日を終えた後に天知からこいつが夜凪にしたことを明かされていた俺にとっては聞き返すまでもなかった。

 

 「今あなたがやろうとしていることは・・・彼の書いた小説と全く同じです」

 

 そしてつい1分前まで「やっと自由になれた」と晴れた顔をしていた山野上の眼に、黒い影のようなものを視た。この瞬間に俺は理解した。自らの口で燃え尽きたと言いながらも、こいつの心にまだ微かながらに残り火が灯っているということを。

 

 「山野上・・・お前、本当はまだ()()()()()があるんじゃねぇのか?」

 

 『羅刹女』が終わり、このまま文字通りに燃え尽きて世の中の端くれへと消えようとしていた山野上をまた()()()()へと呼び戻す。その選択を選ぶことになる言葉を山野上へ告げることに、迷いは一切なかった。

 

 

 

 「映画監督っていうのはね、見たこともないものを撮るためなら人の道を外れることだって厭わない。そういう()()()()()()にしか務まらないんだって・・・・・・果たしてガキンチョのクロにこの意味がわかるかな?」

 

 

 

 何も知らなかったかつての俺に映画とは何たるか、そして演出とは何たるかを教えてくれた同業の先輩はこう言っていた。映画監督とは、見たこともないものを撮るためなら人の道を外れることだって厭わない、呪われた人間だということを。

 

 「本当に描きたい絵がすぐに見つかるようなものだったら、打ち上げなんかそっちのけでアトリエに籠って次の絵を描いてますよ」

 「なら今すぐ戻って試してみりゃいいじゃねえか。これで答えははっきりするだろうよ」

 

 「もう絵が描けない」と言い張る山野上に躊躇いなく呪いの言葉をかけられる俺もまた、そういう人間だ。自分の撮りたい映画のためなら使える手段は全て使う。たとえそれで、昨日まで味方だった奴が敵になる日が来ようとも・・・

 

 「・・・()()()()()()()も、黒山さんは彼とそっくりですね」

 

 そう思っていたはずが、山野上のことを見ていたら、果たして俺のやろうとしていることが夜凪(あいつ)にとって正解なのだろうかと思い始めている自分(オレ)がいることに、気が付き始めた。

 

 「さっきからこういうところとか俺に言われてもわかんねえよ」

 

 

 

 

 

 

 「やあ、久しぶりだねクロ」

 「その呼び名やめろ、斑田サン」

 

 夜の7時。新宿駅から程近い場所にある懐石料理店の個室の扉を開けた黒山を、先にこの店に着いていた斑田が座敷椅子に正座で座りながら手を振り機嫌よく声を掛ける。

 

 「てかあんた、また髪色(いろ)変えた?」

 「ハハッ、気付いた?」

 「普通に気付くわ。あとあんま似合ってねえぞその髪」

 「まだ見慣れてないだけじゃない?」

 「いい歳こいてこういう髪色にしてると逆に老けて見えるぞ」

 「本当は“あれ?意外と似合ってるじゃん師匠”って思ってるくせに」

 「あんたが()()とか死んでも認めねえからな」

 「わーひどい」

 

 個室に入りまず黒山の視界に映ったのは、およそ1年ぶりに会うピンクブロンドに髪を染め上げた先輩の映画監督。映画を撮るたびに毎回のように髪色を変えている斑田を、後輩の黒山は一切気を遣うことなく「似合っていない」と言い切り、かつての師と挨拶代わりの軽口を交わし合いながら隣の座敷椅子に胡坐をかいて座る。

 

 「そう言いながらちゃっかりワタシの隣に座っちゃって」

 「しゃあねぇだろ。天知の隣に座るよりはマシだ」

 

 残り3席ある座敷椅子のうち、わざわざ隣の椅子に座った一回り年下の後輩である黒山を斑田は微笑ましく揶揄う。こう見えてこの2人は師弟関係を経て20年近くの付き合いがある映画監督同士であり、斑田の名が国内を問わず世界的に知られるようになった16年前の出世作の映画で助監督を務めたのが撮影当時まだ二十歳(はたち)であった黒山であることは、業界内では広く知られている有名な話である。

 

 「で、俺たちを呼び出した守銭奴のプロデューサーはまだ来ないのか?」

 

 そんな世界的に評価されている2人の映画監督をこの店に呼び出したのは、舞台『羅刹女』を商業的に成功させた芸能プロデューサーの天知である。無論、この個室でこれから行われるのは、この2人がそれぞれ手掛ける映画に纏わる話し合いだ。

 

 「なんか20分ぐらい遅れるってメールがワタシのところに来てた」

 「ったく、遅れるなら俺にも言えやあのクソノッポが」

 

 だがこのように食事の席を用意した張本人の天知は、20分ほど遅れてくるという。

 

 「(しかし、あの野郎が遅れるのは珍しいな・・・あいつとは長い付き合いになるが、まず俺より遅れてやってくること自体が滅多にない・・・)」

 

 連絡をよこさなかった天知に向けた不平不満を口にしながら、こういった会食の場でも滅多に遅刻しない彼の正確さを知る黒山は、遅れる理由を怪しむ。

 

 「(・・・いや、そういうことか)」

 

 ただ思い当たりはすぐに黒山の頭の中に浮かんだ。

 

 「楽しみだね、クロ」

 「何がだよ?」

 「だって素性不明の小説家のお顔をついにお目にかかれるからね」

 

 もちろん今日の会食に参加する4人目の存在を把握している斑田もまた、遅れている理由を察していた。

 

 「・・・腹の底から楽しみにしてんのは天知ぐらいだろ」

 

 足を横座りの体勢に崩しながらわざとらしく笑いかける斑田に、黒山は誰もいない目の前に視線を向けたままどこか浮かない表情で溜息交じりに言葉を返す。

 

 「あれ?あんまり乗り気じゃないね?」

 

 複雑な表情を浮かべる黒山を横目に見る斑田は、浮かない理由を察した上で敢えて聞く。

 

 「そりゃあ、相手が()()だしな」

 

 右隣でほくそ笑んでいるかのような表情を横目で浮かべる斑田に、黒山は取り繕うことなく素直に心で思っていることを打ち明ける。舞台『羅刹女』を終えたサイド乙の演出家は、映画のために1人の少女を役者として育てていく中で徐々に心境の変化が起き始めていた。

 

 「・・・独身のクロでも、手塩に掛けて育ててる子がいると人の親っぽくなるってところか」

 

 かつて作り手として手塩に掛けて育てた弟子の些細なリアクションでその変化を察した師の斑田は、微笑ましく呟いて黒山の心境を察する。黒山にとって、自らが惚れた役者以外は使わないというポリシーは処女作の短編映画を撮ったときから何一つ変わらないが、自らの手でゼロから原石を育てるというやり方は一度もやって来なかった。だからこそ実感する、単なる監督と役者という関係性を超えた、愛情にも似た得体の知れない感情。

 

 「独身は関係ねえだろ」

 「()()()()()嘘が下手なのもそっくりだし」

 「親子じゃねえよ。つか夜凪に一度も会ったこともねえくせに知った口叩くな」

 「冗談だよ冗談。もうガキンチョだったときから変なところで真面目なのも変わらないよなぁクロは」

 

 意地でも塩対応で乗り切ろうとする弟子に向けて冗談交じりにその関係性を親子呼ばわりする斑田に、黒山はバツの悪い表情で真面目に言い返す。師としてゼロから黒山を弟子として育て上げた斑田にとっては、彼のこういうところが可愛くて仕方がないのである。

 

 「天知君から聞いたよ。夜凪ちゃん(あの子)のマネジメントをアリサ氏に任せてるって」

 

 相も変わらず塩対応な黒山へ向けて、斑田は相手の心をさり気なく開かせるように本題の話を掘り下げる。

 

 「おう」

 

 核心に迫る斑田に、やや投げやりな相槌で黒山は反応を示す。そんな黒山が代表を務めるスタジオ大黒天に所属する景がかつて彼女をオーディションで落とした因縁のあるはずの芸能事務所からマネジメントを受ける形で複数の大手企業とCM契約を結んだという話は、この1週間で一気に業界内で広まり出していた。

 

 「本当に良かったの?数千万単位の利益をスターズに流すような真似なんかしちゃってさ。ワタシが大黒天の社長だったら絶対に自分のところで全部済ませるけどね?」

 

 

 

 「意外ね。あなたの方から私に相談を持ち掛けるなんて」

 

 サイド乙の千秋楽を終えた後の夕暮れ。黒山はあることを相談するためにアリサを自身の会社であるスタジオ大黒天のオフィスに呼び出していた。

 

 「俺の事務所(ところ)にきた夜凪へのCMオファー、あんたのとこで預かってくれないか?」

 

 アリサを大黒天に呼び出した理由は、羅刹女の公演期間中に舞い込んだ複数の大手企業からの広告オファーを、全てスターズ側に委ねるというものだった。

 

 「私を呼び出して何を言い出すのかと思ったら、随分と()()()()()ことを突き付けてきたわね」

 

 当然このような前代未聞とも捉えられかねない黒山の要求を前に、アリサは同業として当然の如く懸念を呈した。誰もが知るような大手企業からのオファーを外部に委ねるという行為は、低く見積もっても数千万単位で発生するであろう利益を自ら溝に捨てるも同然の経営者という視点で言えばメリットのない行為とも言えた。

 

 「起用される広告の規模が俳優の価値と言ってもいい。夜凪景は今や大手企業も注目するほどの場所にまで来た・・・逃す手はないわ。引き受けなさい、黒山」

 

 ただそれ以上に「俳優は大衆のために在れ」をスローガンに1人1人をスターにすべく所属俳優の育成に力を入れているスターズにとっては起用してくれる広告の規模こそが絶対的な俳優の価値であり、アリサにとってその裁量を代わりに任せるという黒山の考えは、お世辞にも理解できるようなものではなかった。

 

 「スタジオ大黒天の()()()()なのよ。あの子は」

 

 もちろん斑田の下で助監督として現場でカメラを回していた頃から黒山のことを知るアリサにとって、彼が大の広告嫌いであることは百も承知だった。その上でアリサは、舞い込んだオファーは責任を持って引き受けるべきだと黒山へ諭した。役者の幸せと芸能界の未来を想い芸能事務所・スターズを立ち上げてから十余年。これまでに何人もの俳優を育て輩出してきたアリサの言葉が、初めて1人の俳優()を持った独身の黒山へと重く向けられた。

 

 「シェアウォーターにギーナ・・・これらのオファーは小せぇメーカーのウェブCMとは訳が違うからな」

 

 それでも黒山は、首を縦に振ろうとはしなかった。

 

 「呆れたわ。まさかここに来てまだ迷っているの?広告嫌いは相変わらずのようね」

 

 首を縦に振る気のない黒山に、アリサは揺さぶりをかけた。一体なぜ彼がここまで自身に景のことを委ねようとしているのか、そして彼自身が何を考えているのかというのを心中で理解した上で。

 

 「・・・いや、山野上を見て思ったよ・・・俺たち作り手は役者を通して他人の心を変えるようなもんを作ってる。そこだけ見りゃ映画も広告も似たようなもんだ。どれも皆等しく度し難いよ・・・ただそれでも広告はなあ・・・夜凪と喰い合わせが悪すぎる」

 「それであなたはメディアへの露出をなるべく控えさせ、あの子に舞台の仕事を立て続けにやらせてたって訳ね?」

 「そんなところだ。あいつはお宅の天使のように、自らの感情を完全に殺して芝居ができるような器用さは一切持ち合わせちゃいない。良くも悪くも愚直で、手前の心が自分自身の心と向き合えないと真の実力を発揮できない・・・そういう夜凪みたいな非効率で不器用な役者(やつ)は、小さな劇場で自分の芝居を追求したほうが幸せかもしれねぇ・・・」

 

 景の才能と芝居の本質にいち早く気付いていた黒山にもまた考えがあった。自らの過去から引っ張り出した感情をバックボーンにして独学で身に付けた彼女のメソッド演技はまさに驚異的で目を見張るものがあったが、反面として一瞬の綻びが崩壊へと繋がっていく危うさも持ち合わせていた。だからこそ黒山は景を人間性も含めて役者として真っ当に育てるため、純粋な実力が評価され観客の反応を直で感じ取れる舞台に活躍の場を集中させ、極力メディアからは距離を置かせていた。目の前のソファーに座るかつての大女優と()()()に彼女を進ませないために。

 

 「“他人の幸せをあなたが決めるの?”だったかしら・・・フッ、あなたも人の親らしくなってきたわね。独身のくせに」

 

 黒山が景のことを考えた末のスタジオ大黒天流の教育方針を、アリサは微笑ましそうに鼻で笑いながらかつて黒山が自分に向けて言ってきた主張(ことば)を引用して核心を突いた。

 

 「・・・悪かったな」

 

 自らの言った主張が巡り巡って返ってきた恰好となった黒山は、的を得てしまっている自分を不本意に思いつつも素直にそれを認めた。本物の才能を拾うことなく見捨てたかつての大女優に本物の役者とは何たるかを教えてやると啖呵を切った自分が、気が付くとそんな彼女と同じような考えに陥っている現実。丸くなったつもりはこれっぽっちもないが、生まれてしまった()()を自覚した前に、突かれた正論を言い返す余地は残されていなかった。

 

 「謝ることはないわ。()()とはそういうものよ」

 「さすが、子持ち社長のお言葉は説得力が違うな」

 

 そんな黒山の心境を知ってか知らずか、ソファーに座るアリサは同じく千世子を役者として手塩に掛けて育ててきた()としての言葉を優しく送った。それがあのときの仕返しでも何でもないただの親心だということに一瞬で気付いた黒山は、皮肉を込めながらもアリサの言葉を受け入れた。

 

 「だからこそ、親は子が進むべき道へと進むために身をもって尽くさなければならないのよ・・・」

 

 アリサは黒山が思い悩んだ末に景をスターズに委ねることが彼女にとって最善であると判断したことを、最初から見抜いていた。大手企業の広告という自らにとっても未知数の領域に景のような“()()()()()()()()”が足を踏み入れたとき、果たして自分の力だけで彼女を正しく守りきることができるのか。メディアという媒体から程遠い世界で自らの撮りたい映画を撮るために時には戦地へも赴いていた自分には、その保証が持てない。故に、景を正しく売らせるにはその方法を誰よりも知っている者へと任せるのが、最短かつ最善であると。

 

 「“芝居が商業活動である限り俳優は商品”。私たちはその事実に生かされ殺されてきた・・・それでも戦い方はあるはずだと足掻いてきた・・・」

 

 そしてアリサはそれを見抜いた上で、黒山からの依頼を引き受けた。景がいなければ1人息子のアキラと自らが誇る最高傑作の千世子はそれぞれに立ちはだかっていた壁を乗り越えられず、かつてその才能に惚れ込み芸能界へと招き入れた王賀美が再び芸能界という世界で生きる権利を与えられることもなかった。かつての自分に匹敵するほどの原石を発掘したことで2人の子を生かし1人の子を生き返らせた黒山への恩という名の借りを、アリサは一刻も早く返したかった。

 

 「・・・だから最善を尽くすわ。借りは早く返したいから」

 

 

 

 「()()()の事情に口出しすんな。全部俺が夜凪(あいつ)のためを思って決めたことだ」

 

 景のために下した選択に敢えての揺さぶりをかける斑田を、黒山は睨むような眼つきを横目で向けて堂々と言い切る。30半ばの独身の映画監督がかつての師へ向ける眼光に浮かぶ感情は、面と向かって本音は言わないが何が何でも子を守ろうとする不器用な親父そのものであった。

 

 「フフッ・・・親子じゃないって言い張るくせに、()()()()()()()よりよっぽどクロのほうがちゃんとお父さんやってるじゃん」

 

 

 

 その今まで見たことのない厳しくも優しい眼つきで睨むかつての弟子が微笑ましく思えたのと同時に、これほどまでに一つの映画や惚れた役者のことを一途に()()()クロのことを、自分の撮った作品が映画館のスクリーンで流れて完成した途端にパタリと愛情が無くなって次の景色を求めてしまう飽き性な私には羨ましくも思えた。

 

 

 

 「・・・そんなことよりそっちは順調なのかよ?」

 

 揶揄う口ぶりで言い逃れできない事実を指摘された黒山は、露骨に話題を斑田の映画についての進捗へと移す。

 

 「心配ご無用。()()()()()()使()()()()が尽力してくれたおかげで、こっちは絶好調だよ」

 

 満更でもないと感じている内心を理解しながらも、斑田は視線を前に向けて『フレア』の進捗を黒山へと端的に伝える。

 

 「・・・そうか」

 

 花子への説得が成功したということを瞬時に把握した黒山は、何とも言えない複雑な表情で静かに相槌を打つ。その表情は自らの映画に必要なピースがまたひとつ出揃ったことを純粋に喜んでいるようには、少なくとも見えない。

 

 「大丈夫。ガンガン行くけど百城ちゃんは絶対潰さないから」

 

 今ひとつ浮かない表情の黒山へ、斑田は気丈に笑いかけながら寄り添うように身体を少しだけ近づけて優しく声をかけた。“役者泣かせ”と言われるほど厳しい指示を出すこともあるほど起用する役者と正面から向き合いながら映画を撮ってきた彼女だからこそ分かる、()()()()()()を撮るためだけに命を賭ける映画監督の苦悩。

 

 「分かってるよ。そうやってあんたから同情されるほど、俺はヤワじゃねえ」

 

 師からの20年近くの付き合いが故の()()に、気を引き締めた黒山は助監督(弟子)だった頃と同じように憮然とした態度で軽く突っぱねる。

 

 「そう言うと思った」

 

 そんなかつての弟子の相変わらずな様子を見た斑田は、近づけていた身体を元の場所に遠ざけて心の安堵を半ば投げやりな口ぶりで隠し、視線を再び誰もいない前へ向ける。この言葉が強がりでも何でもない本音だということを知っている斑田は、彼への心配が杞憂だったことに安堵した。景という存在と出会ってすっかり親心が芽生えても、映画監督としての本質は“ガキンチョ”と呼ばれていたときから何一つ変わっていない。

 

 「百城のこと、よろしく頼む」

 

 斑田が悩み相談をするまでもなく腹を決めている黒山は、横目で千世子を“怪物”にすることを託された斑田へ軽く頭を下げながら告げる。自分にとって斑田の作る映画は絶対に必要なピースであることを黒山は最初から理解していて、()()()1()()()()()のために立ち上げたスタジオ大黒天という事務所を設立したときから、とっくに覚悟は決めていた。

 

 「ええ。言われなくとも」

 

 

 

 もしも撮りたい映画のせいで父親に向けていた()()と同じような感情を向けられる日が来ようとも・・・

 

 

 

 「すみませんお2人とも。()()()を迎えに行っていた都合で遅れてしまって」

 

 師弟の2人だけの水入らずになっていた懐石料理店の個室に、この2人をここへ呼び出したプロデューサーの天知が遅れたことに詫びを入れながら顔を出す。

 

 「思ったより早かったな」

 「幸いにも道が空いていたのでね」

 

 「20分ほど遅れる」と斑田へ伝えていた割には早めに着いた天知へ、黒山は言及する。それまで比較的に穏やか空気が流れていたこの部屋に、少しずつ不穏な空気が流れ始める。もちろん天知によって今日ここに呼び出されていた2人の映画監督は、とっくにこの空気の()()に気付いていた。

 

 「先に言っておきますが、今日は楽しく行きましょう」

 

 最後の1人を迎える前に、不気味に笑みを浮かべる天知は黒山と斑田へ念を入れる。

 

 「もちろんだよ。喧嘩だけじゃ良い映画は撮れないしね」

 

 不適に笑い天知へ言葉を返す斑田を合図にするように、天知の背後から1人の男が個室へと入る。

 

 「どうも・・・この度は景がお世話になっております。黒山監督」

 

 天知に続く形で個室に足を踏み入れたその男は、座敷椅子に胡坐をかいて座る黒山の姿が目に留まるや否や開口一番に会釈をしながら静かに笑みを浮かべ挨拶する。

 

 

 

 こいつが夜凪の抱える感情の奥底にいる、()()()()か・・・

 

 

 

 「・・・あんたのことは既に聞いてるよ。夜凪(あいつ)になに不自由なく食えるくらいの仕送りを毎月送っているのにそれすらも使いたくねえと拒まれている、()()()()()()だってな」

 

 あまりにも身勝手な父親の言葉に、立ち上がった黒山は心中に感じた不快さを隠すことなく挨拶代わりに軽蔑を込めた皮肉を返した。




台風。うぜえ
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