flare 作:イタドリ
「続きまして、芸能科コース50期生の卒業証書授与を行います。芸能科コース50期生一同、ご起立ください」
三月某日。中野区にある全国でも珍しい芸能科コースを設けている私立
「(結局、3年生に上がったら仕事でほとんど学校に通わなくなっちゃったからイマイチ実感が湧かないんだよなぁ・・・しかも終わったらすぐに事務所で打ち合わせだから余韻にも浸れないし・・・)」
もちろん体育館の壇上に立つ理事長の一声を合図に席を立った芸能科コース50期生の生徒の1人が彼女だというのは、芸能界ではそれなりに知られている話である。
「百城千世子」
「はい」
“天使”の異名を持つスターズが誇る看板女優・百城千世子。彼女もまた、今日をもってこの神仙高校を卒業する卒業生の1人であった。
「やっ」
3年間籍を置いていた高校の卒業式を終えた次の日の昼前、ブラウン系のカラーレンズのサングラスとマスクで自らの存在感をカムフラージュするかのように素顔を隠した出で立ちで自宅マンションを出た千世子は、友達との約束で平日にも関わらず人混みでごった返すハチ公前に向かっていた。
「卒業おめでとう」
「もう、それ昨日LIMEで言われたばかりじゃん」
「ごめん。だけど千世子ちゃんにはどうしても直接伝えたかった」
「ふっ、冗談だよ。ありがとう、素直に嬉しい」
「そっか。よかった」
普段よりも気合いの入ったよそ行きの服装を身に纏った友達を見つけるや否や千世子が手を軽く振りながら声を掛けると、一足早く集合場所のハチ公前に来ていた景は開口一番に昨日卒業式を終えたばかりの千世子を祝福する。昨日のLIMEに続く友達からの祝福に満更でもない気持ちを感じながらも、千世子は嬉しさを静かに感じながら平然を装う。
「・・・ねえ、やっぱり集合場所もうちょっと違うところにしたほうが良かったかな?」
「どうして?」
「何だかいざ渋谷に来たら急にバレないか心配になってきた」
「今更?」
そして羅刹女が終わって始めて2人きりで会うのもつかの間、ふと我に返ったかのように景は周囲の視線を気にし出した。
「ひょっとして来るまでに誰かにバレたりした?」
「ううん。それは大丈夫よ」
「逆にそんなよそ行きの格好してよく誰にもバレなかったね・・・」
普段着こなしている個性的なセンスの服装からはかけ離れたよそ行きのような春物のワンピースに身を包み、自分と同じように伊達眼鏡と少し深く被ったバケットハットでなるべく目立たないように顔を隠す・・・という、変装のつもりが逆に自分自身のビジュアルを最大限に活用してしまっているせいで目立ってしまっている景の様子を、普段のファッションセンスを知っている千世子は心の中で笑いを堪えながら微笑ましい様子で見守る。正直この様子では、誰かの視線がこちらに向けられるのも時間の問題。
「ねぇ、あの紺のワンピース着てる人めっちゃ美人じゃない?」
「うわ、なんか横顔が芸能人みたい」
と、嫌な予感がよぎった瞬間、千世子の耳に人混みの中に紛れた声が届く。これは本当に、さっさとこの場所から離れたほうがよさそうだと直感する。
「ていうかそんなに心配だったらバレないうちにさっさと行こうよ。景が連れてってくれる
自分たちに気付いた人混みの声を聞いた千世子は、マスクの中で口角を上げて微笑みながら目配せで景を優しく急かす。
「・・・千世子ちゃんから
「なにそれ?そういう景は初対面のときから私のこと下の名前で呼んでたくせに」
「それはそれ、これはこれよ!」
「理由になってないんですけど(ホントに役者か君は?)」
まだ自分のことを下の名前で呼ばれることに慣れていない景は、分かりやすく照れる。とても大舞台で主演を務めるほどの演技力を持つ役者とは思えないほどの嘘の下手さに、呆れと面白さが交互に感情を揺さぶって、油断するとつい吹き出しそうになる。案の定、私の視線の先に映る友達は自分たちに視線を送っている人たちの声にも存在にも全く気付いていない。向けられる視線を気にするくせに向けられた視線には気が付かないところが、何ともあなたらしくもある。
「でもそうよね。一日は短いもんね」
「そうだよ。せっかくの休日だし、なるべく時間は無駄にしないで行くよ」
これをプロ意識が足りないと取るか、羨ましいと取るか。正直私は悩ましいけど、そんなことを考え始めた時点で負けな気がするほど、景と一緒にいるとただそれだけで心地良い。
『_千世子ちゃんって明日空いてる?_』
『_うん。空いてる_』
『_もし良かったら一緒に映画観ない?_』
『_映画ね。言っとくけど私って結構そういうのに煩いよ??_』
『_大丈夫!絶対後悔させないから!_』
「こっちはせっかくの休みを君のために捧げてるんだから、
昨日LIMEに送られてきた「卒業おめでとう」という祝福の言葉と共に送られてきた大袈裟な誘いのメッセージを思い出した千世子は、隣に立つ景からのメッセージを一部引用して揶揄うように横目で視線を送る。どうして景はこんなふうに自分を誘ったのか、集合場所が渋谷だということを聞いた瞬間に千世子は全てを理解していた。
「もちろんよ。千世子ちゃん」
思惑を全部知っている千世子に、カムパネルラの役作りで悩んでいたときに半ば休暇に無理やり付き合わせる形で渋谷へ連れて行き、自分が演じるべきカムパネルラを教えてくれた恩をいつか同じような形で返そうと思っていた景は、これから2人で休日を満喫するだけとは思えないほど気合いの入った視線と言葉で返す。
「これだけ気合いが入ってるってことは、期待しちゃっていいんだね?」
「まあ、ある意味?」
「
そんな相変わらずどこか普通の感覚とズレたところがある景の様子が、千世子にとっては友達として愛おしく思えて仕方がない。
「じゃあ行くわよ。
こうしてお互いに休みが取れた2人の若手女優は、目的地の映画館に向けて渋谷の街を歩く人混みに紛れながら夏のピークが去った去年のあの日と同じように並んで歩く。ただしあの日と違うのは、僅かばかり斜め前を歩くのが千世子ではなく景だということ。
「それでさ、景が私と一緒に観たい映画って何なの?」
「当然映画館に着くまでのお楽しみだから千世子ちゃんにはまだ教えないわ」
「ふふっ、そう言われちゃうと余計楽しみになってきた」
ちなみに千世子は、景からどんな映画を観るのかは一切聞かされていない。もちろん景が一切教えないのは、彼女なりのサプライズのようなものだ。
「前もこうやって2人で渋谷を歩いたの、覚えてる?」
「うん。私が銀河鉄道の夜の稽古をやってたときのことよね?」
「そうそう。あのときの景ったら“私はカムパネルラになれるとは思えない”ってすごく落ち込んでたから、どうやって励まそうか割と必死だった」
「よく覚えてるわね千世子ちゃん」
「忘れられないよ。私も渋谷に遊びに行ったのも友達と街歩いたのも結構久しぶりだったし」
景が2枚分のチケットを取ったという映画館へと歩く道中、2人の話題は初めて渋谷に行った日のことで少し盛り上がる。そんな2人の会話は渋谷の街を歩く人の群れにかき消されているおかげで、すれ違う通りすがりの人々は誰もこの2人がつい2週間前まで同じ舞台の上で羅刹女を演じていた2人だということに、全く気付かない。
「それを言うんだったら私だって覚えてるわよ。本当は千世子ちゃんが私を元気づけるフリして平凡な女子高生の役作りをしに来てたって」
「あ~言われてみれば言ってたね」
「しかもいきなりコーヒーフラペチーノを握りつぶしながら」
「ははっ、景こそよく覚えてるねそんなことろまで」
「千世子ちゃんが握りつぶしたあのコーヒーフラペチーノのおかげで、私はカムパネルラになれたのよ・・・あんなの一生忘れられないわ・・・」
「いつもキラキラしていて、どこか遠くを見ていて、誰よりも優しい、だっけ?ふふっ・・・変なの・・・なら君は初めから
「・・・景にはまだ言ってなかったんだけど、実は平凡な女子高生の役作りの話には
「続き?」
初めてこの2人で渋谷の街を歩いた日のことで話が盛り上がる中で、千世子はふとあのときに吐いた唯一の
「気になる?」
「うん。すごく気になる」
「ん~、でもやっぱり言うのやめようかなぁ~」
「えっ?ここまで来て?」
「だって聞いたらショック受けそうだし」
「そうなの!?・・・でもここまで聞かされると気になる・・・」
と見せかけて、千世子はお家芸の芝居で景を弄ぶ。これもまた、あの日と同じように。
「それじゃあ・・・これから君と一緒に観る映画が私にとって
そうこうしているうちに、2人は目的地の映画館に着く。景がチケットを取った映画館は、道玄坂にある渋谷の中で最も大規模かつポピュラーなシネマコンプレックスだった。
「意外だね。もうちょっとこじんまりしたところを想像してたのに」
前に渋谷へ連れ出したときはプリクラを撮るのも友達と街を歩くのも初めてだったという景。そんな彼女がこういったシネコンに行って映画を観るイメージがなかった千世子にとっては、それが少しばかり意外に思えた。
「だってこれから観る映画は、こういう大きい映画館の一番大きなスクリーンで観たいってずっと思ってたから」
目の前の映画館に視線を向けながら、景は楽しみな気持ちを隠せない様子が駄々洩れした表情で目を輝かせながら千世子へ理由を告げる。
「・・・ふ~ん」
その様子を視る千世子は景の観たい映画をもう一度だけ考察しようとして、自らが主役を演じた映画のポスターが入り口付近の壁に飾られているのが目に留まり、すぐにやめる。
「てことは大迫力な冒険活劇とかサバイバルとかかな?」
「それは観てのお楽しみよ」
景から「明日一緒に映画観ない?」というLIMEが来たときから、薄々そんな予感はしていた。わざわざ私を誘ってまであなたが観たい映画は、きっと
「私はもっともっとずっと一生!お芝居を続ける!!」
だけど、これから観る映画を撮っていたときより、私たちの
「まさか、私と観たかった映画がよりによって
予約を取ったちょうどスクリーンの真ん中あたりの席に座りながら上映時間を待つ千世子は、左隣の席に座る景へわざとらしく呆れた様子で話しかける。平日の昼間であるにも関わらず、話題作のこの映画は公開から3週目に入ってもなお興行収入ランキングで5位以内に入ることが既に確定しているだけあって、スクリーンの観客席は今日もほぼ満席だ。
「びっくりした?」
「ううん。何となくそんな予感はしてた」
もちろん当の本人は、昨日のやり取りの段階から「きっとこれだろうな」と予想はしていた。
「色々考えたけど、千世子ちゃんと映画を観るって考えたらもうこれしかないなって」
「私は試写会とか含めて5,6回ぐらい観てるんだけどねこの映画」
そんな呆れた様子の千世子に、景はもうすぐ観たかった映画が始まるとワクワクした気持ちを隠せない子供のような眼差しを横目で向けながら得意げな口ぶりでこの映画をチョイスした理由を明かして、売り場で買ったポップコーンを口へ運ぶ。
「ちなみに私は今日が初めてよ。舞台とCMの撮影で観れてなかったし」
「うん。でしょうね」
試写会に舞台挨拶ともう何度も観てきた主演が隣に居るのに平然とした悪意のない感情で「私は初めて」と謎のマウントを取り始めた景のことを内心でツッコみながら、軽く受け流す。いくらそんな予感を昨日からずっとしていたとはいえ、いざ予想通り過ぎる現実を目の当たりにすると一周回ってほとんど感情が無の状態になる。どのタイミングで誰が死ぬのか、最後まで生き残るのは誰か、黒幕の正体と驚愕の真相、生き残りを賭けた殺し合いの結末・・・カット割りも含めて、観る前から全てわかり切っている起承転結。
「結末も伏線も全部知り尽くした映画を観るのって、私の中じゃこの世で一番退屈な時間なんだよね・・・よほど
隣に座りポップコーンを食べながらさも“初見さん”の気持ちで
「千世子ちゃん。私・・・顔ケガしてない?」
「役者さんだもんね・・・大丈夫。夜凪さんの顔は綺麗なままだよ」
「千世子ちゃんにとって、
これから始まる映画を「この世で一番退屈な時間」とサングラス越しでスクリーンへ視線を送ったまま言い切った千世子の意識に、少しだけトーンダウンした景の声が入る。駆け引きなんてない、何一つ嘘のない感情のこもった彼女の声と存在が、これから始まる退屈な時間を彼方へと追いやる。
「さあ?どうだろうね?」
愚直なほどに正直な心で無意識に揺さぶる景に、千世子は自らの心中を表に出すことなく“天使”のときと同じく言葉と感情を選ぶ。本当は左に座っているあなたと同じように、今から始まる映画を心から楽しみにしている自分がいる。ストーリー自体は私ありきの脚本に、演技方針を搔き乱す原作にはないオリキャラの存在も相まっている上、事故をそのままOKテイクにして本編で使うという、監督の手腕でどうにかなっているだけで本来だったらお世辞にも何度も観たいなんて思わない映画だ。
もちろん、
「・・・だったら、今日でこの映画は千世子ちゃんにとって
ポップコーンの入った容器を抱えるように持って左に座る景の横顔が、静かに微笑みながら私を見つめる。いつになく、「あなたのことなんか全部お見通しよ」とでも言いたげな端正で凛とした顔立ちは、油断すると見惚れてしまうくらいに綺麗で、理由もなく少しだけ腹が立つ。ついこの前に渋谷へ連れて行ったときは役作りで悩んでいてずっと伏し目がちだったのに、いつからこんなにも私を前に悪戯な表情を作れるようになったのか・・・いや、私がそうさせたのか。だからあなたは今でも、隣にいてくれるのだろうか。現在進行形で
「どうしてそう言い切れるの?」
もしも私たちの始まりが映画の中じゃなくてどこにでもいる普通の友達だったら、お互いに役作りなんてめんどくさいことなんか考えないで、もっと純粋な気持ちで一緒に映画を観たり、一緒にクレープを買って食べ歩いたり、ちょっとお金が溜まったらお洒落な服を買いに行ったり遊園地へ遊びに行ったり・・・同じ教室のクラスメイトだったら、お昼休みに教室か学校の屋上とかで一緒にお弁当とか購買のパンを食べながら、大して中身なんてない下らない話で時間を潰す。そんな本当に何のドラマもない小さな幸せに包まれた何気ない日常の中で、
「これはただの映画じゃなくて、私たちにとっての
果たしてどっちのストーリーが幸せだったかなんて、どうせ私たちは死ぬまでわからない。わからないから、私たちはこれからもずっと役者として生きていく・・・そして生きていくためなら私は・・・
「千世子ちゃんは、私のことをどう想ってるの?」
「・・・ははははっ」
まるで映画のポスターに写る
「えっ!?何か私おかしなこと千世子ちゃんに言ったかな??」
案の定、至って真面目に自分が思ったことを発した景はいきなりマスクの口元を押えて笑い出した千世子に思わず困惑する。
「おかしいっていうか、景の口からそんな言葉が出てくるなんて夢にも思わなかったからさ」
千世子もまた、返ってきた一言があまりにも予想の斜め上だったあまり素の感情が心の外側に溢れ出た。これが本当に狙って言っているわけではなくまごう事なく本心なのが分かるから、ただ隣にいるだけで普通の会話すらも愉快で楽しくなる。黙っていれば誰もが羨むほどの美人だが、喋り出せば綺麗な外見が霞んでくるほどの個性が飛び出す。これもまた才能の1つだと、サングラスを外して左を見つめる琥珀色の瞳が静かに微笑む。
「でも、そうだね・・・あなたの言う通り、これは私たちにとって
そして再び視線をスクリーンへ戻した千世子が景へ呟いたのを合図に照明が落ちて映画泥棒と別の映画の予告編を挟んで、2人が初めて共演した映画である『デスアイランド』の上映が始まった。
実は“よなちよ回”が一番書くのが難しかったりする。と言いつつ、次回も“よなちよ回”です。