夢物語   作:危橋たけ

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この作品を、執筆当時の若き僕に捧ぐ


夢物語
徘徊編・その一


プロローグ

 

 僕、夢浮橋芥(ゆめのうきはし あくた)には不思議な特技がある。

――いや、特技と言えるほどのものではないのかもしれない。病気とか、欠点と評しても決して過言ではないだろうし、しかし現状ではその治療方法なんてものは無い。

 不治の病と言うべきかもしれないが、さすがにそこまでスケールの大きいものでもないだろう。第一、『こんなもの』を医者に相談できるわけがない。そこまで、僕の心臓は強くない。

 とは言え基本的に命に関わるわけでもない。どうしても命に関わるとすれば、それはきっとそれは僕の責任だ。

 もちろん除けるものならば除いてしまいたい。

 仮に、除けるものならば。

 例え大袈裟でなくとも大事でなくとも、それを持っている僕としては非常に鬱陶しいもので、『こんなもの』があっても何か役に立った経験は思い出せないし、つまり厄介極まりないものなのだ。

 単純に、直接的に言って、ウザい。

 幽霊が視える、ということは。

 ……いや、マジで。

 俗に言うと「霊感が強い」という人になるのだろうが、しかし今まで自分以外に幽霊やら何やらをはっきりと確証があり、それでいて日常的に『そういうもの』を視ることが出来る人間を僕は知らない。高校三年の冬、大学入試終了に伴(ともな)い日本各地の寺や神社を尋ねてみたが、どこの住職さんも神主さんも誰も彼も、そういう能力を持つ人はいなかった。

 ……能力、ね。

 能力なんてちゃんちゃらおかしい。それはまるでこの『病気』が才能とか利点みたいだ。とんでもない。これは悪い意味でしか才能でなく、間違いなく欠点だ。頑張って良く言っても、個性だ。

「夢浮橋くんって、たまに変なところを見ますよね」

 高校時代、好きな女の子にそう言われたことを覚えている。

 生きている人間と付き合っていく上で、おかしなものが視えるというのは厄介極まりない病気だ。関わらなくていいことが視えて、間違った存在が視える。迷惑もいいところだ。

 まあ昨今では『そういう』漫画とかもあるわけだし、僕のこの個性に憧れる人もいるのかもしれない。

 しかそれを――馬鹿じゃねえのかと思う。

 一回よく考えて見ろよ。気が狂うわ。マジで。死んだくせに未だに『あっち』へ行けない、変な物体が視えてしまっているんだ。

 ――なんてキレてみてもしょうがない。どうせ僕と同じ悩みを持つ人間なんていないんだし。

 しかしポジティブシンキングをしてみよう。何でもマイナス方向に考えていては、今にこっちの方が幽霊になってしまう。

 たとえば、僕に視えるのは幽霊だけじゃないということ。

『神様』なるものも視えるということ。

 神社に奉られているものや土地に住み着いている守り神に加え、これはどちらかと言えば幽霊に近いものに思えるが、器物から生まれた付喪神など、それこそ八百万の神とも接触できるのだ。

 わあい、凄い。

 ――って、だからなんだ。

 一口に神様と言っても、それは人間の願い事を何でも叶えてくれるような都合の良い理想的なものではない。何でもは出来ても、何でもはやらない。或いは人間にとって敵意や悪意を持ったものも存在するし、そもそも神様の形だって人型とは限らない。何か動物を模していたり、何か得体が知れなかったりと、理想とまでは行かなくても想像とは極めてかけ離れた存在なのである。

 それは存在ではなく。

 それは生物ではなく。

 単なる現象なのだ。

 だから僕は神霊を認識し始めてから、宗教というものに距離を置いてきた。神や仏、アッラー等――彼らの存在について否定する気は無い。(むしろ実際に居たのかもしれない。そういう陽に当たった神様が)ただし多くの神は人間のことをまったく気にしていないのだ。

まるでそこら辺に鉛筆や消しゴムが転がっているかのような、大雑把過ぎる認識。僕らだって飛び回る虫を細かく認識できない。そう。それと同じようなものなのだ。敵意や悪意がある奴の方がまだマシだ。それでも救われたというのなら、それは彼らの気紛れか消費者の勘違いだ。

 まったく、こんな妙な障害がなければ、僕はこんな捻くれた男にならずに済んだのだろう。こんなに捻くれているくせに、何やかんやの紆余曲折を経て心理学を学び、今では国立玄舟(くろふね)学院の心理学教師及びスクールカウンセラーになっているのだから、分からないものである。

 未来なんて神にしか分からない。

 或いは神にも分からない。

 神の心は分からない。

 とにかく夢浮橋芥、二十八歳。

 今日も虚空に、溜息を吐く。

 

―――――――――――

 

「先生、トイレの花子さんって知ってます?」

 二年三組出席番号四十番、若紫志吹(わかむらさき しぶき)は、ジグソーパズルを組み立てながら不意にそう言った。昼休み・放課後の十分間ほど、毎日のように僕の根城であるカウンセラー室を訪れる、用も無いくせに常連ぶって冷やかしに来る女子生徒である。

「花子さん?」

 聞きなれない言葉に、僕は質問にして返す。

「はあ、まあ一応存在としては知ってはいるけどさ」

「それがね、どうやらこの学校に居るそうなんですよ」

 思わず首を傾げた。今時トイレの花子さんってどうだろう。学校で持ち上がる怪談話としてはあまりにも――少なくとも高校においては、異常だ。花子さんも年を喰って高校入学したと言うことだろうか。

 否、冷やかしと言えども彼女がたまに口にする他愛も無い話が意外と意味を持っていたりする。つまり生徒を知る重要な情報源だ。邪険にするべきではない。

「何というか……また懐かしいもんが流行ってるんだね。僕らの時代じゃ、そんなの『学校の怪談』とかいう子供向けの本でしか聞いたことないけどね」

「いやいや、これマジらしいっすよ先生。どっかの女子トイレの手前から数えて十二番目のドアをノックして「はーなーこさーん」って呼ぶと、何と隣のトイレから「はーい」っていう不気味な恐怖の声が……」

「隣かよ」

 何だ、その異次元は。いや、つうか女子トイレって、十二個も個室があるんですね。男ゆえに新事実だった。

「面白い花子さんだね。でたらめ臭がぷんぷんする」

「うわ、信じてない。駄目だよ先生、生徒の言うことはちゃんと信じないと。仮にも教師なんだから」

「あくまでも本職がカウンセラーだけに、マジで『仮』だよな」

 誤魔化さないで下さいよお、と若紫は苦笑する。これで話の路線が変わらないとは、この女子もそろそろ僕のペースに慣れてきたようである。

「しかし若紫。教育を受け守ってもらっている立場の生徒だというだけで、調子こいて『信じてもらおう』だなんて思っちゃいけないよ。僕はお前ら教え子のことが可愛くて可愛くて、好きで大好きで愛してるけど、信用しているか、信頼していないかはまた別の話なんだから」

「ほー、また勉強になりますにゃー」

 ジグソーパズルの手を止め、彼女は僕に向き直る。思春期の真っただ中にある彼女たちにとって、心理学というのは思いの外クリティカルヒットな学問らしい。そこまで大層なものではないのだが、何だか騙しているようで気が引ける。

「先生のそういうところ、あたし好きだな。包み隠してないし気取ってないし、見栄も意地も張ってない。無駄に盛った昔話もしないし、正直に相手してくれるもんね」

「そいつはどうも。――まあただ僕は格好付けたりするの苦手だし、過去に君らの教訓になりそうな話なんて無いし、そもそも『仮』にも教師なんだから嘘なんか吐いてちゃ駄目でしょ」

「仰る通り」

 何かが面白かったのか、可笑しそうに若紫は笑った。

「何かアレだな、先生は」

「いや、アレって何だよ。アレやソレやで何でもかんでも通用すると思ったら大間違いだぞ、このゆとり教育世代」

「ごめんなさいねー、最近の若い子はアレソレで通じるんですよ、おじさん」

 勝負は互角だった。

しかし心理学に精通する人間が、女子高生と口喧嘩で引き分けるのはどうだろう。

「……で、結局何がアレなわけ?」

 少し凹んで、改めて僕は若紫に尋ねた。

「えっとね、ちょっと悪口染みてるというか、別に私に悪気とかは無いんですけどね。むしろ褒めてる感じなんですけど……」

「何だよ、珍しく煮え切らないじゃないか。ほら、どんなこと言われても僕は怒らないから」

「それって怒るフラグじゃないの?」

「違う違う。僕はそんなの立てたことも怒ったこともないだろう? ほら前に授業で居眠りしてる子がいたんだけど、五限目ということで起こさずにそのままにしたことがあったろ?」

「その後、授業態度の点を引いた挙句に担任まできっちり連絡した教師が何を言う」

 ちなみにその生徒は、目の前で僕を睨みつけている。

「お腹一杯なんだから眠くなるのも仕方ないでしょう……!」

「ああ、仕方ない。仕方ないけど仕方ないから、僕は授業態度の欄にチェックするし先生に密告(ちく)る」

「一番嫌な先生だな、あんた……」

 彼女は頭を押さえて突っ伏した。どうやら担任の紅葉賀(もみじのが)先生に随分と絞られたらしい。あの先生は恐いからな。色んな意味で。

「まあ昔の話はおいといてさ。今は今を生きようぜ、若人」

「白々しい教師だな……ま、いいか。志吹ちゃんはカウンセラー先生の言う通り、今を生きるとしちゃいますよ」

 ぶっきらぼうに言って、彼女ははっと気づいた。

「何の話しだっけ……?」

 うん、逸れてるなあとは思った。

「僕がアレな話」

「うん。先生ってホモだよね」

 拳骨した。

 割と本気で。

「教師が生徒に暴力を振るった!?」

「次、そんな冗談言ってみろ……? 紅葉賀に君の犯した過去の罪を有ること無いこと洗いざらいちくって、お前の人生を滅茶苦茶にしてやる」

「ごめんなさい……、つうか横暴過ぎる……つうか怒った……?」

「怒ってない。カチンときただけだ」

 同義語だとは言わせない。悪いのはこの生徒だ。

「……で、結局のところ何なんだよ。ふざけずに言ってごらん」

「はあ――じゃあ、言いますけど……」

 ようやく若紫は重い口を開けた。

 

「――――、―――――――――」

 

それは僕にとって『よく言われる』言葉であったけれど、図星を突いたその言葉は『言われたくないこと』であったし、つまり若紫感心したうえで、苛立った。

 不覚だけど、怒りたくなった。

 




短くまとめましたが、ここまでまったく話が読めませんね。
ていうか面白くないですね。
乗ってきたらじゃんじゃん投稿していくので、どうか見放さないでください。
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