『それで、結局どうなったの? 須磨洟子は成仏出来た?』
「いや、あいつは依然として幽霊なままだ。まあ、地縛霊という称号は失ったがな。言ってみれば浮かない浮遊霊さ」
『というと、桐壷様の《神具・断鋏(たちばさみ)》かしら』
「あいつは格好付けて《キリツボブレード》だなんて呼んでいるがな。ったく、変なことばっかり覚えやがるんだ。明らかに《断鋏》の方が格好良いと思うのはあんたも同じか?」
『ふふ、どちらも棄て難いわ。でも私の場合は職種からして、正式名称である方で呼んだ方がいいのかしらね』
「どっちでもいいさ。――とにかく、桐壷は須磨と女子トイレの関係を切った。その後《神具・針憑(はりつけ)》――俗称《キリツボキッス》で別の場所と結びつけた」
『ふうん、それってどこと? 浮かない浮遊霊って言ってたけど、それとはどういう関係かしら』
「いや、それはただ僕がふざけただけだ。大体、浮いている幽霊なんて見たことないよ。生前の姿なんだから、脚は付いているに決まっている。それにあんた、見当は付いてるだろう? ――学校だ」
『学校……、予想通りと言えば予想通りね。一応訊くけど、どうして?』
「須磨は結局のところ『楽しい学校生活』っつうもんに憧れてるからな。同じことが起きないように、桐壷が許可してない、霊線が張ってない物には触れないようにして、仮初だけど学校生活を送らせようと言う、夢浮橋先生の粋な計らいってわけだ。申し訳ないが面倒は行幸(みゆき)に任せてる」
『まったく、そういう面倒くさいところだけ丸投げるのね。今はアレだけど、行幸様は生徒なのよ?』
「貸しがあったからな。それを返却してもらっただけだ。義理堅いのも受け継いでんだよ、あいつは。――まあそういうわけで、須磨の事件は解決した。女子トイレの件は松風がどうにかするとか、どうにかしないとか」
『松風さん……』
「ん、どうかしたのか?」
『いえ、松風さんに事情聴取した時、最後に何か言われたんじゃないの?』
「……どうしてそう思う」
『だって松風さんにとって、須磨洟子は元生徒でしょ? 何か思うところがあってもいいんじゃないかしら。少なくとも私であれば、気の利いたメッセージを送るわ』
「じゃあ翅さんはどう思う? 松風が僕に何て言ったか」
『そうね――似合わないけど、「須磨さんのことを頼む」とか?』
「お、正解」
『予想しておいて何だけど、あの人の口からそんな真っ当な台詞が吐かれるのも妙な話よね』
「………………」
『? どうかした?』
「いや……らしくないことはない。これは僕の推理――いや、そんな大層なもんじゃないな。予想……いや、言いがかりみたいなもんだ。邪推だ、邪推。あいつの言葉の裏腹がどうも気になってな」
『へえ、聞かせてよ』
「須磨を殺したのは、松風だと思うんだ」
『……ちょっと待って、あっくん。いくら若かりし頃と言えど、松風さんが自らの手を汚すような人かしら? あの人は人を殺すときは、偶然を装って奇跡に包んで誰かに殺させるような最悪の人間よ? 自ら手を下すなんて、まるで別人じゃない』
「いや、これはあくまでも過ぎた考えで……、そうだな。殺したってのも比喩表現みたいな極めて抽象的なもんなんだ」
『あー……、つまり松風さんが須磨洟子を自殺に追い込んだと、そう思ったわけね、あっくんは』
「ああ。松風はああ言ったが、普通は須磨のような人間であればクラスメイトとの和解なんてそう難しくはなかったような気がする。ハードな虐めではなかったって話だし」
『ふん……、確かに、冷静に考えてみればそうよね』
「それに、あいつがそんな普通の人間みたいなこと言えるのなら、女子トイレの立てつけを放っておく筈がない。須磨の最期の担任として、たとえ変態チックだろうとあの場所は気に掛けると思うぜ」
『そうよね。どうやら知らなかったわけでもないようだし』
「虐めの件にしても、今ほどではないにせよ、たった十二年前だ。虐め――っつうより避けられてる女の子を救う手だてなんて星の数ほどあった筈だろう? 知ってるか? 学校で配られる小さいカードで、こどもお悩み相談ダイヤルとかあるだろう。あれを利用する子供が果たしているのか甚だ疑問に思うんだが、手段としては、そういうのもあるにはあったことだし」
『なるほど。家族構成から考えて、それほど問題のある家庭でもないでしょうしね。そこは調べたんでしょう?』
「それはもちろんだ。仲が悪かったわけでもない。だから、あいつと直接話した僕の、一方的で証拠不十分にも程が有る言いがかりだが、もしこの事件に『犯人』を用意するとするなら――」
『それは、松風さんだと?』
「恐らく」
『……まあ、松風さんが最悪なのはよく知ってるけれど、まさか十二年も前から人を壊す才能があったとはね』
「あいつはきっと産まれ落ちてからずっと人を壊してきたんだよ。通った後には死体が積み上げられてるし、目線の先には焼かれるのを待つ花畑、ってな」
『私には――あっくんが松風さんの下で働けている理由がどうしても分からないわ』
「僕もだよ。まあそれっぽい理由を嘯くとするなら、あいつの寝首を掻くためかな」
『ああ、それはあっくんらしくていいわね。とてもいいわ。あくまでも羽柴秀吉じゃなく、明智光秀ってわけ?』
「三日天下ってところがまた味噌だな。僕には所詮、上に立つ才能は無い」
『光秀の場合、上に立つ才能とかそういうのは関係無さそうなんだけど……、まあそれはいいわ』
「ところで話は変わるが翅さん。この間電話かけた時、携帯に繋がらなかったけどどうかしたのか? そうだな、ニ週間くらい前だ」
『ああ、その時はちょうど研究所に居たのよ』
「研究所? 電話も通じないところだったっけ、ケンブリッジは」
『あ、そう言えば言い忘れてたわ。研究所が移ったの。ドイツの方に。二週間前はまだ電波状況が悪くて。今はこの通りだけど』
「……そういうことちゃんと言えよな」
『あら、心配させちゃったかしら。ごめんごめん、次から気を付けるわ』
「いまいち信用出来ねえな……。まあいいや。あんたはあんたで、やりたいことを好きなだけやったらいい」
『あら、いつになく寛大ね。何かいいことでもあったのかしら』
「何もないよ。何かあったとしても、僕はそういうのに左右されるほど出来た人間じゃないんだから」
『出来た人間、ね。そうね、確かにあっくんは人間的に不十分で、未完成よね。まあもちろん私は、あっくんのそういうところに惚れたのだけれども』
「あー……よく言われるけど、僕ってそんなに人間っぽくないだろうか」
『あら、実は気にしてたりするの?』
「まあ、桐壷はともかく生徒にまで言われちゃあな。それはもう、単なる性格の話じゃないだろう?」
『単なる性格の話でもいいと思うけど……、まあいいわ。ええ、本当にもう、どうでもいいじゃないのそんなこと。あっくんはその眼を除けば完全に人間なんだし』
「そうかもな。文字通り眼を除いたところで性格まで変わる訳でもないし。――一応参考までに訊いておくが、例えば僕のどんなところが人間臭くない?」
『今回のことね。わざわざ須磨洟子を助けてあげたところ』
「ああ、須磨については、実は確固たる魂胆があってさ。桐壷にも最低と言わせるまで引かれたんだけど、須磨は他の人に視えるわけが無いから上手いこと校内を徘徊してもらって、情報を頂こうと思ってるんだ。それこそ非人道的な言い方だけど、『動く監視カメラ』としてな」
『うわあ……――とまあ、引いてみたけど、やっぱりね』
「何が?」
『割に合ってないのよ。例えば一ユーロの新聞紙を……いえ、ここは円単位で例えましょうか。千円分タクシーに乗って、一万円出してお釣りを受け取らないのと同じなのよ、今回のあなたの行動は。それは気前の良い行動でも何でもなく、ただ九千円を掃き棄てたただの愚かな行動なのよ。そんな愚かなことが出来る人間なんて、お金を大切にできない人間なんてもはや人間じゃないのよ』
「……やっぱ賢いな、あんたは。分かったよ、翅さんには教えてあげるよ」
『何を』
「ここだけの話だがな。実は僕と須磨は昔――二十年も前だが会ってるんだ」
『……それは、目から鱗ね』
「それでまあ、幼いながらも須磨洟子には恩があって――いや、まさか死んだとは思ってなかったからこっちこそ目から鱗な状況だったから、何とか割り切ってたんだが……まあ、そういうことだ」
『何だ、そうだったの』
「ああ、そういうことだ」
『あっくん、須磨洟子が好きだったんだ』
「……翅さん?」
『何を弁解しようとしているの? つまりそういうことじゃない。それに昔の話しでしょ。昔、あっくんは須磨洟子が好きだった。だから優しく、それでいて使ってあげてるんじゃない』
「……そう、かもな」
『妬けちゃうわね』
「いやあ、これは本当に眼から鱗――いやさ、ドラゴンでも出て来そうだな。そうか、僕はあの人に恋をしていたのか。新事実だぜ」
『良かったじゃないの、あっくん。恋をして、その相手のために頑張って、徘徊して、奔走して、そして決戦する。つまりあなたは、紛れもなく普通の、どこにでもいる、確かにここにいる一人だけの人間なのよ』
次回、衝撃のラスト!
ちなみに夢物語シリーズ二作目は、今のところ投稿するつもりです。
そのうちね。