――君の言う通り、僕には君の気持ちが分からない。僕も昔いじめられたとか、苦しい思いをしたことがあるとか、今更そんな嘘を吐くつもりはないよ。
僕が須磨に告げた言葉。それは、嘘だった。
何だかんだ言って、僕にもそういう時期があったのだった。
虐げられ、避けられ、周囲に染まることが出来す、流れに混ざることが出来す、孤独だったころがあったのだ。そしてその現状に、涙を流すほど苦しんだことがあったのだ。
――こんにちは! 一年生? どうしたの?
だけど僕には手が差し伸べられた。小さいけれどその時の僕には雄大で、神々しいほど大きく見えた。
――へー! お化け視えるんだ! すごーい!
同級生が信じず、あろうことか僕を虐げるにまで至った事実を、彼女は屈託のない笑みで受け止めた。
僕はそれが嬉しくて。
純粋さが、嬉しくて。
きっと彼女に、恋をしていた。
しかし半年後、彼女は学校から姿を消した。
転校してしまったそうだ。もちろん寂しかったし悲しかったし、何よりどうしていいか分からなかった。彼女がいなければ、僕は学校での居場所が無くなってしまうからだ。
悩んだ結果、僕は周囲に染まることにした。流れに混ざることにした。それは初めての僕の嘘であり、そして嘘が僕の処世術なのだと、初めて気づいた瞬間だった。
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「――つまり、君さえいなければ僕はこんな嘘吐き野郎にならずにどこか適当なところで野垂れ死んで、楽になれたんだろうな」
カウンセラー室の窓からの風景。行幸亥来(いくる)の隣に、行幸以外の人間からはまったく認識されていない、須磨洟子の姿があった。
須磨はたまにカウンセラー室に来てくれる。僕の口先に乗って、何も知らずに学院内で見たこと訊いたことを余すところなく話してくれるのだ。まあ、お喋りなので訊き辛いかと言われたら、否定はしない。
「何できみはあの時、信じてくれたんだよ」
聞こえる筈もないが、何となく、校庭の須磨洟子に声を掛けてみた。
僕が言ったのは、二十年前のことへの糾弾だ。
何で信じてくれたんだよ。
君が信じた所為で、僕は君のことを信じなければいけなくなってしまったじゃないか。
「……馬鹿みてえ」
僕はゆっくりを立ち上がり、窓から離れる。
綺麗になんかなれやしない。
良い人でなんかいられない。
正直者には死んでもなれない。
それが、僕という人間なんだから。
「さよなら、洟子お姉ちゃん」
十二年前死んだ筈の少女に、別れの言葉を告げた。
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この物語は一教師の業務記録ではなく。
異常者の日常ではなく。
ただの、小さな初恋の物語だった。
おわり