「好きです」
帚木は僕に、そう言った。唇が震えていて、頬が紅潮していた。とても分かり易く、彼女は『緊張』している。だけど真っ直ぐ、僕を見ていた。
「夢浮橋くんが、好きです」
もう一度言った。粉雪が降り始めたこの夜は、十二月二十五日。全国的にクリスマスであった。
いつもの面子で行われ、不気味なほど平和で細やかに締められてたクリスマスパーティのあと、僕と帚木は夜の道を二人で歩いていた。電車を二駅乗り継いで、無人駅に降りる頃にちらちらと雪が降り始めた。
こなゆき。
細かくてさらさらとした、積もらない雪。
「ホワイト・クリスマスですね」
帚木が笑う。なるほど、そうなるのか。僕にとっては雪が降ればただ寒いじゃないかとしか感じることができなかった。価値観の違いだ。帚木はあたたかく、僕は冷たい。
空を見上げた時、ふと箒木は僕を呼んだ。
そして、言った。
好きです、なんて。
僕が好きです、だって。
「……そう、なんだ」
間抜けにも僕は頓狂に応えてしまった。しかしその言葉は正に僕の心境を捉えていただろう。
そう、だったのか。
帚木が僕のことを好き?
何だ、それ。
「……はい。そうなんです」
更に間抜けなことに、わざわざ帚木は僕の言葉に返答した。こういう奴だ。躍起になって善良になり、固執するように良い子であろうとする。愛されたいから他人を愛し、嫌われたくないから誰も嫌わない。正しい生き方を不器用ながらも実践して、正しい在り方を不細工ながらも表現できる彼女を、僕は恐れていた。
僕は彼女が嫌いだった。
優しい彼女に恐怖して、正しい彼女に畏怖して、美しい彼女を嫌悪して。
誰からも好かれる彼女を嫌いになった理由は簡単。その真っ直ぐで綺麗な彼女の瞳に、僕の姿が映っていたからだ。
なんて醜いのだろう。
なんて汚いのだろう。
僕と帚木が真逆だなんてことは出会った時から意識していた。だからこそ相容れないと認識していた。だからこそ今、こうやって仲良く遊んであまつさえ告白されているという事態が信じられなかった。
「……僕はね」
ようやく口を開く。逃げよう。こんな状況になってでも、僕は逃亡を望んでいた。
「僕はきみが思っているよりずっと酷い人間だ。酷くて、冷たい。醜いし、汚い。人を傷つけることに躊躇しないし人を壊すことに二の足を踏まない。誰かを好きになるという感覚も知らない。避けることしか考えてない。きみたちといる時だってにこにこ愛想よくしているだけだ。優しい『振り』をしているだけだ。何となくで通い始めた高校生活を、出来るだけ実のあるものにしたくて、高校生っぽく振る舞っているだけだ。それだけの人間なんだよ、僕は。誰かに好きになってもらえる権利なんて――無い」
否定しろ。そんなことないよ、と優しく否定しろ。突き付けられた現実から目を逸らせ。自分の正しさを主張しろ。みんながそうするように、自分の都合のいい未来を望め。
そうすれば僕は、ようやくお前を否定できる。
帚木鵆という人間に、ようやく刃向かうことが出来るのだ。
「……ごめんなさい」
僕の期待とは裏腹に、彼女が最初に口に出した言葉は謝罪であった。
「ごめんなさい、夢浮橋くん。私、全然気付けませんでした。ただ楽しくて……夢浮橋くんと一緒にいるのが楽しくて……夢浮橋くんも楽しいかな、って思ったら嬉しくなっちゃって……本当に、ごめんなさい……」
やめろ。
何で謝る? 何で泣きそうになっている?
今の流れ、悪いのは確実に僕だろう。悪役は僕のものだろう。何できみが謝るんだ。皮肉じゃなくて嫌味じゃなくて、何で本当に罪悪感に苛まれている顔をしているんだ?
壊れてしまえばいいのに汚れてしまえばいいのに腐ってしまえばいいのに歪んでしまえばいいのに焦がれてしまえばいいのに千切れてしまえばいいのに轢かれてしまえばいいのに絶たれてしまえばいいのに途絶えてしまえばいいのに落ちてしまえばいいのに抉れてしまえばいいのに凹んでしまえばいいのに終わってしまえばいいのに死んでしまえばいいのに。
どうしてこんなに綺麗なんだ。世界はこんなに汚れているのにどうしてきみだけはこんなに綺麗でいられるんだ。おかしいおかしいおかしい。狂っている。
きみもぼくも。
「でも私……夢浮橋くんが、好きなんです」
…………。
……………………。
…………………………………………。
くそっ。何だよこれ。
「はっ」
傑作だ。
楽しかった? 楽しかっただって? 僕と一緒にいるのが楽しかった?
「そんなの――僕もじゃねえか」
手を伸ばす。
箒木に触れる。
肩を握る。
抱き寄せる。
「ごめんな、帚木」
謝って。
「ありがとう」
お礼を言った。
「僕もきみを、好きになっていいか?」