雨の中の少女を見た。
少女は傘も差さずに、学校の中庭に一人佇んでいた。銃弾のように降り注ぐ大雨。雨の音でドアが開く音はかき消され、少女は僕の来訪に気付かない。
僕の手には傘があった。とりわけ深い考えもなしに、僕は傘を広げて少女を入れた。ようやく僕に気付いた少女は驚いたように振り返る。その顔を濡らしていたのは、雨だけではなかった。
「泣いてたの?」
僕は尋ねた。少女は頷いた。
「何でこんなところで泣く?」
「濡れちゃえば涙なんて分からないからです」
「分かるよ。バレバレだ」
僕は笑って見せた。少女は笑わなかった。
「何で泣いてたの?」
「……猫が、死んじゃったんです」
「きみの?」
「いえ、野良猫です。よくこの辺で寝てて、でも近づいたら逃げて、とうとう一回も撫でたりできませんでした。――さっき――体育館裏で、死んでました」
「そんな猫のために泣いてたの?」
「死ぬって、悲しいです」
少女は俯いて、肩を震わせた。僕には彼女が涙を流す理由が分からなかった。どうして無関係の小動物のために泣けるのだろう。親が死んでも泣かない人間だっているのに。
「馬鹿みたいだね。気持ち悪いよ、そういうの」
僕は少女を罵ってみた。こういう惰弱な人間は嫌いだ。見ているだけで反吐が出る。何というか――むかつく。壊れてしまえばいいと思った。壊してしまおうと思った。
だけど少女は、最後まで僕の言葉にびくともしなかった。まるで僕のことなど無関心。会話はできているくせに視界に入っていないような。少女の中にはただ、悲しみしかなかったのだ。
「無茶な泣き方すんなよ」
いつしか僕は、少女を壊すことを諦めていた。極めて早々に、無駄と悟っていた。
「風邪をひいてきみこそ死ぬぞ。猫と一緒に死にたいってんなら、話は別だけど」
「……そうですよね。ごめんなさい」
「泣きたくなったらその場で泣いたっていいんじゃないか? みっともないかもしれないけどさ。ひょっとしたら誰かが、きみの悲しみを分かってくれるかもしれないし」
そう言うと、少女はまた泣き出した。声を上げて、声を震わせ、子供のように、鬱陶しいくらいに、思い切り泣いた。
「夢浮橋芥だ」
「――知ってます。同じクラスだから」
「そうだっけな」
「帚木鵆です」
「知ってる。同じクラスだから」
それは十一年前、僕らが高校二年生の六月のことだ。運命のようで偶然のようでいたずらのようで失敗のようで夢物語のような僕らの出会い。
いつしか雨は上がり、雲間から太陽が覗いていた。
これがすべての始まりであった。
終わりの、始まりであった。
何か、各編の最初ってこういう回想から始まってる気がします。