夢物語   作:危橋たけ

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さあ、物語がこじれ始めるぞ!


惨劇編・その三

 

 翌日、六月十七日。土曜日。いくつかの部活動は練習やらで登校が許されているものの、それでも休校日である以上、校内の生徒数は四分の一にも満たないだろう。どころかただでさえ人入りの少ないカウンセラー室を訪れる生徒なんてゼロ確定だ。

 そんな曇りの日に、カウンセラー室に東屋法被を呼び出した。

「すいませんね、お忙しいのに」

「いいえいいえお構いなく。ちょうど一段落着いてむしろ暇だった感じでしたからね」

 コーヒーを入れて自分と彼女の前に差し出す。当然ながら大量の氷が入ったアイスコーヒーである。

「来週には記事、出来上がりますよ。いやー、なかなか筆が進みまして。会心の出来です。何なら毎週夢浮橋先生のコーナーを書きたいくらいですよ」

「そろそろ本当のことを話してくれませんか?」

 冗句を無視して、本題を投じる。きょとんとする東屋さん。やがて再び笑みを浮かべた――屈託のない明るい笑みではなく、どこか砕けたようなシニカルな冷たい笑顔。

「よく分かったわね。私がXPの人間だって」

「ま、何となくかな」

 クロス・プログラム。クロスは十字架を意味する。神を殺す、十字架。つまりXPという組織は、神から人間を防衛するために造られた組織だ。その勢力図はこの地球を完全に覆っていると言ってもいい。各国の権力者は必然的にどんな形であれプログラムに関係するし、『神を越える』という魅力的なコンセプトは知識人や賢者を引き寄せる。

 秘密結社、と譬えると分かり易い。

「お察しの通り、私はXP報道局第八報道室室長、東屋法被。改めましてよろしくね」

「……取材した地方誌はでたらめか?」

「まさか、ちゃんと潜り込んだわよ。ていうかあなた、この辺の地方誌も知らないの? つくづく変な人ね」

 見下したように鼻で笑う東屋。飄々とした記者のキャラクターは既に放棄されている。

「二日前にデカい男に襲撃されたんだけど」

「答え合わせってわけね――正解よ。彼は機動局第十一機動室所属の討神師(アーカーシャー)、関屋錯誤(せきや さくご)。酷いわね。彼、病気の妹さんのために頑張ってたのに」

「そっちが勝手に仕向けたんだろうが。そもそも僕は殺す気なんか無かったんだ」

「『桐壷』をけしかけておいて?」

「不可抗力だ。殺すとは思わなかった」

 何て、言い訳にもならないけれど。しかしこれは本当の話で、まさかつむじがあの男――関屋錯誤を殺すというのは想定外であった。神にとって人間は虫のようなもの。だが曲がりなりにも人間と共存しているつむじが、あそこまで容易く人の命を奪えるとは思わなかったのだ。

 そこまで僕の命が惜しいのか。

 そこまで自分の命が惜しいのか。

「単刀直入に訊くが――何故?」

「何故とは」

「プログラムが僕を狙う理由だ」

 よくよく思い起こしてみれば関屋の襲撃以前にも『そういう』節はあった。何かがずれているような、居心地が悪くて落ち着かない感じ。『見られている』。大して気にしなかったのはその視線がつむじのものだと思っていたからだ。あいつはよく僕を見に来る。だからどうせつむじだろうと気に掛けなかったが――なるほど、考えてみればあの閉塞感は神っぽくなかった。いささか粗い、人の視線。

「なかなか上手くいかないものね。割と何度も殺そうとしてはいたんだけど、そのたびに『桐壷』が邪魔をする。六人は死んだわ。何にせよ、あなたを殺すのはとても難しい」

「………………」

 昨日のはけっこう上手くいってたよ、と褒める気にはならなかった。そうか。また僕は知らない間にあいつに守られていたのか。知らない間に、人を殺していたのか。

「見事なものよ。六人送って六人死体で帰ってくるんだもの。斬られ穿たれ抉られ潰され千切られ燃やされ。この調子で殺害方法見本市が開けそうね」

「……どうして、そこまで」

 六人の人間を犠牲にして。

「僕を殺そうとする?」

 ふん、とまた東屋は冷笑した。

「上の考えなんか理解しようと思っちゃいけない。まあでも私だって第八報道室室長までのし上がったわけだから、何だかんだで上の考えも理解したくなくても理解出来るの。――強すぎる者はとにかく危険だってね」

「まさか。だって僕は……プログラムから既に抜けている。プログラムの方だって僕から手を引いた筈だ」

「だから許されたとでも?」

「そういうわけじゃなくて……」

 確かに僕は二年前、クロス・プログラムと正式に交渉の席を設けることは出来た。『桐壷』を含めた全ての力を封印すること。極力神との関わりを持たないこと。組織を忘れること。エトセトラ。多種多様な条件を呑んで、僕は晴れて自由の身となった。もちろん条件の全てを完璧に守れているなんてことはない。だけど、命を狙われるほどのことはしていないつもりだ。

「あなたの力を奪うためなら、如何なる犠牲も厭わない。味方に信頼、敵には憎悪。しかし訳の分からない第三勢力には恐怖と殺意しか向けられない。だから壊した方がいい――んですって」

 過剰な評価だ。うんざりする。だけど東屋の態度からして、そんなことないよと弁解して逃れられる状況でもないだろう。

「最初の質問に答えろよ。僕を殺す、その理由を」

 ようやく東屋はアイスコーヒーに手を付けた。

「あなたの周りで『何か』が蠢いている。あなたが敵に回らない内にあなたを殺す。それがあなたを殺す理由。そして狙う理由は、こうやって膝を突き合わせる状況を作って、あなたをプログラムに復帰させること」

 アイスコーヒーを呷って、悪戯っぽく東屋は呷った。

「もう一度人類のために戦って下さい。クロス・プログラム機動局第十三機動室室長、最強の討神師。夢浮橋芥殿」

 

 ---------

 

 端的に言って、帚木鵆には欠陥があった。

 彼女は他人とのコミュニケーションを極端に恐れていた。これといったトラウマがあるわけではない。ただ他人と関わるようになった幼稚園生時代に唐突にそれを悟ってしまい、そして対人関係を恐れるようになった。それから彼女は、誰かを傷つかないように『優しい人間』の殻を被った。

 ただ執拗に、善良に。

 ただ執拗に、純粋に。

 両親も教師も世界も、自分に善良で純粋であることを求めた。帚木鵆は世界の期待に応えたのだ。ただそれ故に、孤独であった。

 本当の自分を見せない人間に、本当の友達が出来る筈がない。誰も傷つけないように敷いた『一線』は、皮肉なことに自信を傷つける結果となった。

気付いたころには手遅れだった。『優しい』人格はどうしようもなく自分の皮膚にこびりつき、既に外すことが出来なくなっていた。

 それこそ呪いだ。

 自分に、呪われていた。

 しかし呪われた少女は運命的出会いを果たす。彼女の認識を破壊する、破綻した男との出会いを果たす。

「泣いてたの?」

 六月十七日。とある、雨の日。帚木鵆と夢浮橋芥は、互いの存在を発見してしまった。

 そこからはもう、芋蔓式。ずるりずるりと互いに互いを壊し合った。二人は人を信じ、人を愛し、結果的に自分自身への嫌悪感を持たなくなった。三年生に上る頃には交友関係も広がっていて、紅葉賀弦弧・空蝉是空と共に行動するようになった。十二月には恋人関係になり、より互いの距離は近くなった。

 帚木鵆はどうしようもなく泥酔していた。

 夢浮橋芥に心酔していた。彼に恋し、彼のために全ての事項を励み、好かれようと努め、善良と純粋さを彼のために向け、彼を想って自慰し、いずれは結ばれたいとまで考えていた

 しかしながら、年が明けて二月。バレンタインデーの日。バレンタインチョコを渡し損ねた帚木鵆は夢浮橋芥に連絡し、そして走り出した。紛うことなく幸せであった。

 幸せの中で、帚木鵆は『それ』に遭遇してしまった。

「……それから、死んじゃったんですよね」

 現在、幽霊となった帚木鵆は、自身の死んだ道端を訪れていた。夢浮橋芥は昼には戻ると言って学校へ行ってしまった。

「別に、逃げたわけじゃないんですけどね」

 勝手に夢浮橋邸を出たのには罪悪感を覚えたが、それでも悩みたかったのだ。こういう場所で、悩む必要があった。

 昨晩、松風界隈と名乗る男が言っていた。夢浮橋芥は未だに自分の死を引きずっている。それから解放されるには。自分が彼に一言『嫌い』と言ってしまえばいいということ。

「私は――あっくんが、嫌いです」

 口に出してみるが、とてもそれを彼の前でいう気にはならない。やはり幽霊の認識が変化することはないのだ。たとえ夢浮橋芥が見境なく生物を殺戮する殺人鬼だったとしても、自分は彼を嫌いになることはないのだろう。

「私は――あっくんが好きです」

 ほら、こう言ったほうがよっぽどしっくりくる。

「となると、私は成仏したほうがいいのかな」

 そうは言ってもその方法が分らないから困っているのだ。自分が何を求めているのか。あの頃は何を求めていただろうか。バレンタインチョコを渡したかった? キスしたかった? それともそれ以上の行為をしてみたかったとか――そういえば、結婚したいと思っていた。

「……無理ですよね」

 自分は幽霊だ。誰が祝福してくれるというのだ。

「でもそれ以外ないですよね。あっくんともみちゃんは先生になった。くうくんは今、お巡りさんになったらしいし……」

 まったく、自分に呆れる。こんな時に人の幸せなんか考えてしまうなんて。これは夢浮橋芥にも言われてきたことだ。

『きみは、自分の幸せに無頓着すぎるぞ』

 思い出して、帚木鵆は頭を垂れた。ショックと懐かしさで涙が出そうになった。しかし今は泣くべきではない。この状況を打破するために何か手掛かりを見つけるのだ。

「よし――!」

 顔を上げた、彼女の視界に。

 幼女がいた。

「え……?」

 恐ろしいくらいに真っ黒で、悍ましいくらいに長い髪。浴衣を着こなした、可愛らしいというより美しい幼女。

 幼女は、その細腕くらいある鉄の棒二本が端で繋がれたものを所持していた。あまりに異様なのでよくわからないが――ちょうど文房具の、ホッチキスのような。

「《キリツボキッス》――」

 幼女は唱えて、二本をばちんと閉じた。その瞬間、帚木鵆の動きは封じられた。

 

 




桐壷ちゃんが夢浮橋先生にとって、敵なのか、味方なのか。
それは次の話ではっきりすると思います。
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