夢物語   作:危橋たけ

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グロ注意!
たぶん。


惨劇編・その四

 

 テーブルの上には氷と共にコーヒーが撒き散らされている。ソファの上には、東屋法被がその体を痙攣させていた。

「う……っ……! ちょっと……夢浮橋先生……? あなた一体何を……!」

「別に何ってことは無いよ」

 僕は自分の何も入っていないアイスコーヒーを飲んで、痙攣する東屋を俯瞰した。

「玄舟学院ってさ。かなり規模が広いんだよね。どっからお金が入って来るんだか分かんないけど、馬鹿みたいに広くて馬鹿みたいに設備が整っている。――ところで僕、胸のところが痛くてね。誰かさんたちのおかげで、痛みが残ってんの。だから痛み止め貰いに内科担当の第一保健室、性格の悪い腐れ眼鏡が保健医してる保健室に行ったんだけど、その時くすねて来たんだ」

 緑の瓶を東屋に示す。『蜻蛉(かげろう)十一号』と書かれたラベルの上には、わざとらしくドクロマークが描かれていた。

「それって……!」

「勘違いするなよ。蜻蛉は自作の薬品には絶対ドクロマークを振る変態なんだ。この弛緩薬だって、致死量なければただの麻酔さ。便利な薬でね。首から上は自由になっている筈だ。まあそれはそうとして、今ならあんたの口にこいつを瓶ごと突っ込むことは赤子の手を捻るより容易いわけで、それでどうだろう。僕はあんたの命を見逃す代わりに、僕の質問に素直に答えてもらえないか?」

「……脅迫、ってわけ」

「まさか」

 おどけた風に肩を竦めてみる。

「提案だよ。あんたには乗らないという選択もある」

「そうしたら私は死ぬことになるんでしょう?」

「いや、拷問に入る。それで吐かなかった時だけ死ぬことになる」

 東屋の表情が固まった。人間、ここまで追い込まれれば分かりやすくなるものである。

「残念だけど……」

「残念だけど、あんたのスマフォと財布と怪しい通信機は没収してあるんで良しなに」

 部屋に招く際、擦れ違った時に抜いていた三点セットをテーブルの上に並べると、ついに東屋は観念したように溜息を吐いた。

「何でも訊けば。本当にヤバいことだったら舌を噛み切るけど」

「その場合、ソファから降りろよ。それ、学校の備品なんだから」

 舌を噛み切れば必ずとも死ねるとは限らないらしいが、とにかく出血量が半端じゃないのは確かだ。血塗れのソファは嫌だ。

「まず、あんたに課せられた任務を教えてくれる?」

「夢浮橋芥の殺害もしくは勧誘。あなたがこの学院に就職してから配属されたわ」

 つまりプログラムは最初から僕を自由にする気は無かったということか。むかつく話だ。

「暗殺者を差し向けたのはいつ頃?」

「今月に入ってからちょくちょく。ちなみにタイミングを計ってたわけじゃないわよ。ただようやく準備が整っただけ。機動局って本当に人手不足なのよ。あなたも知ってると思うけど」

「まあ、そうだな」

「………………」

「………………」

「……質問は?」

「えっと、好きなスタンドは?」

「セックスピストルズ。……って、嘘でしょ。もう無いの?」

 もっとよく考えて行動すればよかった。改めて脅迫してセッティングするほどの内容でもなかったのだ。

「うーん……、とりあえず上にはもう殺さないように言っておいてくれる? 僕には桐壷がいるから、ただでさえ人手の少ない機動局から更に手が減りますよって」

「たぶん通らないけど、一応進言しておくわ――ねえ。何なら私からも質問させてくれない? 取材。もちろん拒否権はありありだけど。いくつか確かめてみたいことがあるのよね」

 ミッキーマウスがデザインされた腕時計を見る、十一時半を指していた。

「二十分か三十分くらいね」

「どうも。――えっと、経歴を調べたんだけど、不明瞭なところがあるのよね。あなたは七年前にプログラムに参加した。機動局の第一機動室に配属。一年間、輝かしい戦歴を残してそれが認められ、十二室しかなかった機動室から新たに第十三機動室を与えられた。当然室長として配属」

「まあ、そんな感じだったっけ」

 そんなに憶えていないというのが本音だ。あの頃はただ必死だった。必死で戦って必死で生きていた。結果なんて後からついて来ただけで、僕は背後に気を配る余裕は無かったのだ。

「そこからは三年間、第十三機動室で次々を神を屠って来た。ついたあだ名が『百神殺し』・『闇色の鐵拳』・『仄暗い狼』・『死神遣い』・エトセトラその時から既に報道局にいたからよく知ってるわ。第十三機動室ではよく配属された討神師が死んでいた。故に入れ替わりの激しい少数精鋭の部隊だった」

 当時は気にしていなかった。神を相手にする人間が死ぬのは当たり前だと思っていた。強くなければ生き残れない。同時に弱くなければ生き残れない。当時の僕は、仲間が死ぬことは日常茶飯事と考えていた。

「それで室長就任三年目。遂にあなたは偉業を達成する。歴史上最強の神と謳われた『桐壷』をついに殺すことに成功。――しかしその後、突然の失踪。一年後にようやく見つけた時には、どういう訳かその身に『桐壷』を宿していた。――さて、最初の質問。夢浮橋先生。あなたはどうして、『桐壷』に憑かれたの?」

「黙秘する」

「おっけ」

 どうやら立場は理解しているようで、存外東屋はすんなりと退いた。記者魂とやらは持ち合わせていないらしい。

「じゃあ次。遡ってプログラム参加前なんだけど、高校卒業後とXP入局までおよそ二年間の空白が存在する。二つ目の質問ね。あなた、その時どこで何をしていたの?」

「黙秘する」

「いいけど……」

 さすがに釈然としないのか、彼女は溜息混じりに頷く。いやだって、それは僕にとって機密事項ですから。

「それじゃ最後の質問。更に更に遡って、あなたの出生について訊かせてもらうわ」

「出生って……遡り過ぎじゃないか? 僕は普通の家庭に普通の過程で生まれた普通少年だったんだけど」

「『三人の母親』に始まり『渡欧』による『義務教育の中退』が、普通の少年ですか?」

 調子を戻したのか、東屋は得意気に笑みを浮かべた。身体の麻痺が限界に来たのか、ソファに寝転がっての状態だったが。

「へえ――けっこう調べ、ついてるんだ」

「腐ってもXPよ。いや、腐ったXPだからこそ出来た調査よ。その気になれば世界を丸裸にさえ出来るんだけど――あなた個人となると難しいのよね」

「そりゃ世界と比べればスケールが小さ過ぎるからな」

「いえ、あなたは世界よりも謎なのよ」

 だから――過剰評価なのだ。そりゃ僕は秘密が多い。だからと言って謎な人物に仕立て上げられてしまっては困る。確かに血液型はAB型だけれど。

「それで――何を訊く? 僕はこの話が嫌いだから、出来るだけ早くしてほしい」

「了解。じゃあ色々とはしょって質問だけ投げかけるけど――」

 麻痺が薄れてきたのだろう。東屋は上体を上げてぎこちなく指を動かし、やがて膝に力を入れ、どうにかこうにか立ち上がった。

「二〇〇〇年にオーストリアで父親、夢浮橋塵(ちり)と母親、夢浮橋愛(あい)・夢浮橋逢(あい)の三名が死亡したけど」

 東屋法被の確信を得た瞳が僕を見据えている。もう彼女の中では確信が出来ているのだ。どこからそんな情報を得たのか、どうやってそんな確信を得たのだろう。ただ僕は、この時点で彼女を止めておくべきだったのだ。座らせる――それだけで、ひょっとしたら東屋法被が死ぬことは無かったのかもしれない。

 

「彼らを殺したのって――あなた?」

 

 瞬間、僕は滝を見た。

「……あ」

 東屋は頓狂な声を上げる。彼女の胸には、直径約一五センチの穴が空いていた。

 赤い縁取りの空洞。断面図からは血管やら骨やらが見えている。どの部位も歪んだり潰れたりはしていない。綺麗に、ぞっとするほど綺麗に抜けているのだ。

「あ……はは、こう……なるんだ……」

 ごぽっと、東屋の口から血が吹き出る。虚ろな目は、傷口から僕に移されていた。

「あなたに……関わったからかな……ふふ、変な、人――」

 開けられた口は、閉じることが無かった。東屋法被の上顎から上は消失していた。べろんと飛び出た舌。切断された頭部から噴水のように飛び散る血が、カウンセラー室を汚していく。僕から見て左側の壁に東屋の消えた上顎から上が叩きつけられていた。血と髄液がこびりついた壁から、頭部はやがてずるりと床に落ちる。

「冗談じゃねえぞ……ソファどころか、床も壁もテーブルまで汚してくれやがって」

 胸の穴。僕はそれに見覚えがあった。昨日と、十年前。頭部の切断。僕はそれに心当たりが在った。この切断能力は、とある神具によるもの。

 胸の空洞から恐ろしいくらいに真っ黒で、悍ましいくらいに長い髪が見える。東屋の胴体はぐらりと倒れ僕はようやく奴を捉えた。

「――儂の必殺。《キリツボパンチ》と《キリツボカッター》」

 血肉の詰まった鉄筒とギラギラと光る直刀を構えた、桐壷つむじだった。

「……じゃ」

 

 ----------

 

 高校卒業後、僕は日本全国を放浪した。

 放浪というより、彷徨だ。何かを探すように何かを恨むようにとにかく手当たり次第、彷徨っていた。

「幽霊とか神を、見たことが有りませんか?」

 とりあえず僕は日本全国の目に付く限りの神社や寺を回り、神主を始め住職、僧侶にそう質問して回った。帰ってくる応えは様々であったが――僕と同じ異常を持つ者は、誰一人とさえいなかった。

「そりゃあそうさ。だってそれは、君だけの宝だ」

 彼女の出で立ちは奇妙としか形容できなかった。まるで今しがた棺桶から出て来たかのような真っ白な死装束を身にまとい、その手には紫煙を揺らめかせる煙管。

「初めまして、夢浮橋芥くん。私の名前は手習わをん」

 彼女は――『師匠』は、僕の求めるものを全て持っていた。

「帚木鵆を殺したのは、最強にして最大の制圧力を持つ神。どうだい、夢浮橋芥くん。私と一緒に『桐壷』を殺さないかい?」

 あの日から僕の復讐劇は始まった。

 ちーちゃんのために、自分のために、僕は最強に挑み続ける。それは十年経った今でも――押し殺しているだけで、何も変わっていない。

 失墜した神だとしても、きっと桐壷が――つむじの存在を終わることがあるとすれば、それをやるのは僕の役目だ。

 ともあれ、三年前にXPを脱退するまで桐壷は僕を宿敵と呼んでいた。

 しかし十年前から今でも、僕にとって桐壷は殺すべく怨敵である。

 

 決して途切れぬ呪いの絆。通じる呼吸。一蓮托生。

 だからといって、殺してやりたい。

 

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