夢物語   作:危橋たけ

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どこに行くんだろうなあ、この小説は。


抱擁編・その一

 

「私は、大丈夫ですから」

 そう言って帚木鵆は苦しそうに笑った。苦笑だった。

「何ならこのままだって構いません。だから、別にあっくんが無理しなくたっていいんですよ。ひょっとしたらこの方がいいのかもしれないですし」

 ちーちゃんは、自身が死んだ場所に縛り付けられていた。対象の行動範囲を一定のエリア内に限定させるアイテム、《神具・針憑(はりつけ)》。事実としてちーちゃんの足元には、鉄の杭二本が銀色の綱で結ばれていた。

「この方がいいって……どういうことだ?」

「だって、私が居るとあっくんの迷惑になるし……、どう足掻いたところで、私は幽霊じゃないですか。もう死んでるんですよ? だから私なんかのために頑張ったって――意味、無いです」

 まただ。

 こいつはいつだって、誰かの為に自分を貶める。

 それが美しいと思っているのか? 正しいと信じているのか? そんなのはただの、自己犠牲の自己満足だ。独り善がりの陶酔だ。

「いや、違うな……こんなのは、こんなのは十年前も考えたことじゃないか」

 帚木鵆は、そんな矮小な人間じゃない。そんな当たり前の性質には収まらない。この少女の異常なまでの善良と純粋さは、極めて無意識化のものになっている。それは自分の為じゃなくて、自己満足でも陶酔でもなく、やはり他人の為なのだ。

 だからこそ、性質が悪い。

「――傲慢だね」

「え……?」

「きみは自覚してないだろうけどさ。きみの性質ってのは傲慢で、我儘で、欲張りだよ。他人を求めるということはつまり他人に求めるということでもある。分かるか? 僕は、きみが考えているような人間じゃない」

 きみが考えているほど優しくはない。そう僕は続ける。

 きみが考えているほど温くはない。そう僕は続ける。

「きみが考えているほど、きみのことが好きじゃない」

 僕はそう続ける。

「だから期待して貰っちゃあ困るんだ。きみがいくら遠慮したって可愛い子ぶったって、何のやる気も起きやしないよ」

「あの、どういう意味ですか……?」

「僕はきみが嫌いだって話だ」

 それは決別であった。

 この言葉を言い放つのにどれだけ時間が掛かったことだろう。十一年。ようやく、言えた。

「……え?」

「あれ、よく聞こえなかったかな。僕はきみが嫌いだと、そう言ったんだよ。望むんならば何度でも言ってやるよ。気が済むまで再生すればいいさ。僕はきみが嫌いだ、僕はきみが嫌いだ」

 つう、とちーちゃんの頬を一筋の涙が濡らした。それを皮切りに少女の赤い瞳からは大粒の涙が溢れる。呼吸を荒立たせて、ちーちゃんの表情が歪んだ。声にならない泣き声と共に。

「また泣くんだ。馬鹿みたいだね。気持ち悪いよ、そういうの」

 あの日、雨に濡れた少女に掛けた言葉は今度こそ届いただろう。そうだ。あの日からずっと僕は、この少女を壊したかったのだ。

 壊したかった汚したかった腐らせたかった歪ませたかった焦がしたかった千切りたかった轢きたかった絶ちたかった途絶えさせたかった落としたかった抉りたかった凹ませたかった終らせたかった死なせたかった。

 悲願達成。

 なんて、戯言だけど。

「おやすみ、帚木鵆。僕は生きる。きみは死ね」

 踵を返して僕は歩き出した。最愛だった彼女に背を向けて、歩き出した。

「――好きですっ!!」

 少女の叫びが聞こえる。僕は歩みを止めない。

「私は――あっくんに嫌われても、あっくんのことが大好きですから!」

 少女の叫びが聞こえる。悲痛な叫びが聞こえる。僕は歩みを止めない。

「私に恋をさせてくれて、本当にありがとうございました!」

 少女の叫びが聞こえる。悲痛な叫びが聞こえる。まるで狂気な叫びが聞こえる。僕は歩みを止めない。

「……はあ」

 角を曲がって、蹲った。

「――くそ」

 好き?

 嫌われても好き?

 恋をさせてくれてありがとう?

 馬鹿な。

「だからそういうの……全部僕の台詞なんだよ……!」

 どうして心が痛むのだろう。人を傷つける痛みなんて、地獄に棄ててきた筈なのに。なのにどうして、今はこうも気持ちが悪いのだろう。

「……哀れとしか言い様が無いわ」

 顔を上げると、つむじがいた。

「いいのか、あれで。何というか――悲恋。そう、悲恋じゃぞ」

「いいんだよ、あれで。今のままならあいつも苦しい。だから突き放してやった方が良いんだ。――嫌なおじさんから教えてもらったんだよ、魔法の呪文をな」

「ふむ、まあいいじゃろう。場所を移すぞ」

 僕は立ち上がる。幼女は歩き出す。

「恋愛というのはつまり」

 ふと、つむじは振り返って僕に尋ねた。

「虚構か?」

「そうだよ。虚構だ。愛し愛され傷つけ合う。ヤマアラシのジレンマって奴だ」

「『じれんま』――というのはよく分からんが、恋愛が下らんことはよく分かった」

「下らないってことは無いぜ?」

「うん?」

「誰だって一度は嵌る強制イベントだ。愛し愛され傷つけ合って、そうやって人は人になっていく。これは神様には分かんねえだろうけど、なかなかたまらないもんだぜ」

「そうか。興味深い」

 空に黒い雲が立ち込めてきた。ここ数日、雨が降っていなかったからどうにも無頓着だったが、そう言えば今は六月。梅雨だ。いつ如何なる状況で雨が降るかはわからない。

「雨、降るな」

「そうじゃの。濡れるのが嫌ならそれまでに終わらせることじゃ」

「ああ。僕はお前を殺して、ちーちゃんを解放する」

 

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 クロス・プログラム。別称『十字架機関』。通称XP及びプログラムと略される。神へと対抗するため様々な局が存在するが、その中で最も強い力(この場合は全ての意味での『力』だ)を持つのが、技術を用いて神と相見えるプログラムの柱、『機動局』だ。

 全十二室。三年前までは十三室目があったのは伝説だが、既に僕の脱退により事実上壊滅を迎えた。戦闘集団である機動局員は討神師、アーカーシャーと呼ばれ、開発局と呪術局の全面的協力の下、日々神との戦闘に勤しんでいる。

 彼らが敵とする神はあくまでも人間への敵意を持つもののみであり、基本的にその出動回数は少なめである。だが相手は神。当然、ただで済むはずがない。まず視認することからして問題だ。呪術局が長年の研究の末ようやく作り上げた錠剤を服用することによってようやく敵を見据えることが出来るのだが、その錠剤というのが厄介なことに副作用付きだ。この時点で神と戦う者が無事では済まないことを物語っている。

 戦闘手段は開発局から支給される武器に頼るほかない。何でも出来る神には、常軌を逸した機能性を持つ装備で対抗する。これも肉体を一定のライン以上に鍛えていなければ扱えないし、そもそも神に通用するかどうかも賭けだ。

 最後に殺戮手段だが、これが曲者だ。開発局の装備プラス、呪術局の呪いを合わせてようやく神への攻撃が通るようになる。簡単なものを上げるとするなら、例えば刀に呪いを合わせて武器として使用することが出来るようになるわけで、ただの刀ならばいくら振れどその体をすり抜けるのみだ。

 つまり、神対人間の争いは人間方に圧倒的なハンデがある。群れを成さない神に対して集団で対すれば勝てる見込みも生まれるのだが、それだけ多大な犠牲を伴うことにもなるのだ。

 その不利な態勢をどうにかこうにか五分に近いところまで持って行ったのか、『鬼心(おにごころ)』と呼ばれる特殊装備だ。曰く、太古に神と戦争の末に一片の根も残さず滅びた『鬼』という物の怪がいたらしく、その『鬼』の怨念やら悔恨を封じ込めたものが『鬼心』である。もちろん使いこなせるにはその装備に込められた『鬼』に耐えなければならないらしく、室長クラスでないとまず使用は難しい。

 ところで、別の『鬼』の話をしよう。

 手習わをんという僕の師匠は、どうしようもなく鬼であった。非情にして非道。弟子にした僕に一切の優しさを与えず、反抗どころか自分の意に沿わないだけで爪を剥がせる鬼としか形容できない正しく鬼女だ。

 その鬼は、僕の両腕を『鬼心』にした。

 名は『黒揚羽』。特殊能力は無し。頑丈であることに重きを置いた両腕だけに扱いやすい鈍器である。その得物を用いて僕は何体もの神を屠り、幾度となく桐壷と激突したものだが、残念ながらその腕もXP脱退時にあちらに徴収されてしまった。再生治療により僕の両腕は血肉の通った血色の良い人間の腕に戻ったのだが、ここからが内緒の話。血肉は通えども、肘から先の腕骨は指先まで含めて全て、形状が変化した『黒揚羽』となっている。

「これがバレたから殺されかけたのかもなあ……」

 試しに腕で鉄筋コンクリートの壁を殴りつけてみる。――拳がとても痛かったが、とりあえず左腕は壁を貫通していた。『黒揚羽』の効果だろうか。痛かった割に、無改造の拳でさえ無傷だ。

「何じゃったかの。中学生がどうのこうの」

「は?」

「じゃから、今はそういうのが流行しとるじゃろう。やれ特殊能力やら専用武器やら秘密組織やら」

「お前の口から『流行』という単語が出てくるのは驚きだが――まあ確かに、神を相手に戦うっていう宗教に喧嘩売ってる少年漫画とかラノベとかゲームとかはよくあるよな」

「おお、思い出した。『中三病』じゃ」

「……それはただの高校受験のノイローゼじゃなかろうか」

 言い間違い聞き間違いじゃなくて一年分を間違えたというのは素直にびっくりだ。どこで知ったのかは不明だが、どうやらつむじも教育システムくらいは学んだようである。

「ま、中二病レベルにぶっ飛んでる故に、XPはあまり知られてなく、恐るべき組織なんだろうな。まったく、妄想だったらどんなにいいことか」

「なれば儂とて空想か。それもまた、悪くあるまい」

 シニカルに笑うつむじ。もしもそうだったらどれだけいいかと、僕も半ば本気で考えた。

 何もかも虚構で。

 誰も彼も冗談で。

 全てが作り話で。

 一切が夢物語だったのならば、どれだけ良かっただろう。

「――なんて、行き過ぎた後悔だけどな」

 虚構だろうと冗談だろうと作り話だろうと夢物語だろうと、とりあえず僕らは『ここ』まで来てしまったのだ。既に僕らの戦いは、夢浮橋芥と桐壷の殺し合いは避けられない。

「殺し合いって軽々しく言えるところが中二病っぽいかもな」

「ならば何と言う」

「傷つけ合い?」

「今一つ」

「じゃれ合い」

「うむ。そんなことじゃろう」

 そんな気の抜けた会話の終了を合図として、元・最強の討神師と元・最強の神の通算十数回目となる『じゃれ合い』が幕を開けたのである。

 

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