「泣いてたの?」
僕は尋ねた。少女は頷いた。
「何で泣いてたの?」
「……好きな人が、私の代わりに嘘を吐いてくれたんです。それが苦しいことだって分かっていたのに、本当は私が言わなきゃならない魔法の呪文を、唱えてくれたんです」
僕は帚木鵆の手に触れた。死人のように冷たかった。
「僕は――勘違いしてたね。いくら自分を誤魔化したって、いくらきみを突き放したって、ちっとも心の中がすっきりしない。カウンセラーのくせに」
「でもそれが、あっくんの選んだ正しい答えじゃないんですか?」
「違うね。正しくないと悟ったから、僕は今ここにいる」
あんな別れ方じゃあ駄目だった。駄目もいいところだ。最悪だ。少女は世界を愛していた。だったら最後まで、最期の時まで世界を好きでいてほしい。禍根も遺恨も後悔もなく、彼女に似合った綺麗な感情でこの世を去ってほしい。
「成仏の方法、覚えてる?」
「はい。一つ目は未練を解消すること。二つ目は半年間、過ごすこと。そして三つ目は――」
そこでちーちゃんは言いよどんだ。分かっているのだろう。僕が正に、その三つ目の方法を実行しようとしていることを。
「そう。――きみを、殺す」
死んだ人間をこの世から追うためには、幽霊となった状態で更に死を迎えることだ。それを行えるのは理を越えた存在である神と、例外的に霊への接触が許された僕だけだ。
「……なあ、ちーちゃん」
「ごめんなさい」
先に、彼女の方が頭を下げた。
「嫌ですよね、死んだ人でも殺すのは。……嫌な事させて、本当にごめんなさい」
「あ――謝るなよ。それは僕の台詞なんだ。あの日、きみを救えなかった僕の……」
十年前の後悔だ。
「僕はきみを守りたかった」
ただそれだけだ。
神に敵わなくたって、力が足りなくたって、だからと言って責任を感じずにはいられない。せめて一緒に死んでやりたかった。――なんて、それこそ弱い発言だけど。
「……嬉しいです。それを聞けただけで、私は幸せですよ」
涙を浮かべて、笑みを浮かべるちーちゃん。それは悲しく、そして儚い笑顔だった。
「……どうやって、死にたい? 変な質問だけど」
「首を絞めて下さい」
「いいの? 苦しいよ」
「苦しくていいんです。そうしたらきっと、近く、長く、あっくんと一緒にいることができますから」
「……そっか」
やはり、どこまでも純粋だ。
純粋に僕を好きでいてくれる。本当に堪らない。そういうところに、惚れたんだ。
「ねえ、あっくん――さっきの、別れ際の言葉をもう一度言ってもらっていいですか?」
「最後のって――あれ?」
「あれを聞いたら、たぶん怖くなくなります」
僕も言っていて悪い気になったのだが――それでも、彼女が望むのならしょうがないだろう。打って変わって優しい表情で、暖かい口調で、その言葉をかけた。
「僕は生きる。きみは死ね」
きみを殺して、僕は生きる。
手を伸ばす。
きみに触れる。
肩を握る。
抱き寄せる。
「おやすみ、ちーちゃん」
死者への言葉を送り。
「ありがとう」
僕はゆっくりと、腕に力を込めた。
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空から雨が降って街を濡らす頃。帚木鵆は、僕の腕の中から消えていた。
体温の無い彼女の不思議な暖かさがまだ残っている。
「……雨に濡れれば、分からない――か」
あの日、ちーちゃんはそう言った。
あの日、僕らは出会ってしまった。
出会わなければよかった――なんて、今は思わない。あの時出会わなければ、僕はまともに生きることすら出来なかっただろう。
十一年前の出会いは。
それから二年無いくらいの短い青春の日々は。
紛れもなく、僕の宝物だった。
運命のような出会い。偶然のよう日々。いたずらのような告白。失敗のような別れ。夢物語のような僕らの世界。
それを乗り越えて、僕はようやく前に進む。
だから今だけは、この雨に紛れて。
「何が濡れちゃえば分からない、だ……適当な事言いやがって……バレバレなんだよ……畜生……!」
頬を伝う雫は、降り注ぐ雨に似ていた。