「《キリ》――《ツボ》おおおおお――」
宙を舞う幼女が、二メートルはあろう巨大な槍を僕に向けて落下する。
「《ノット》じゃあああ!」
その大振りな動きは好機と感じた。身を捩ってその攻撃を避け、反撃に移すために拳を振りかぶった瞬間。
「――かかか、引っ掛かったの」
「なあ!?」
《神具・縟織(のくしき)》が採掘場の岩盤を砕く。寝転がるほど体勢を低くしていた僕にとって、それは足場を崩すどころか地震にも近かった。
「そら終わりじゃ!」
桐壷つむじの細い腕が迫る。――ほぼ、反射。反射神経で僕はその拳を、『黒揚羽』の埋まった腕で防御した。
「……ほおう?」
「終わるかよ……!」
腕を振り払う。見た目の通り軽い身のこなしで、宙返りをしながらつむじは後退した。
「ふむ、だいぶ動けるようになってきたのお、小僧」
「当たり前だ。毎日こうも殺し合ってりゃ、嫌でも感覚が戻ってくるさ」
「『殺し合い』は頂けんな――『じゃれ合い』、じゃろう?」
したり顔でにやりと笑うつむじ。はいはい、とおざなりに相槌を打っておく。
六月二十日。僕とつむじが夜中に一時間だけこうした『じゃれ合い』を行うようになって三日になる。じゃれ合いと言えども内容はこうやってただ思い思いに、一時間経つか、死ぬまで戦い続けるだけだ。
「しかしアレじゃの、小僧」
つむじは今度は打って変わって、幼女の外見に似合うような無邪気な笑みを浮かべた。
「楽しいの!」
「……そうか?」
「うむ。楽しい。儂はずっとこうして、貴様と語らいたかったのかもしれん」
「語らうって――拳と拳で?」
「意味は分からんが、そんな感じじゃ。貴様に憑いてからは大人しくしとったが、やはり儂と貴様が分かり合うにはこうやって存在を懸けて交えるしかないのかもしれんな」
いつもは少しだって理解出来ないつむじの言動も、今回ばかりは同感だった。
復讐も。運命も。義務も。権利も。使命も。怨恨も。敵意も。悪意も。全ての関係性を凌駕して、僕はつむじと戦いたかった。
知ってしまえば滑稽なものだ。帚木鵆は、自分の中で無理矢理位置づけていた『理由』に過ぎなかったのだから。
「残念だが、この辺で終わりとしようぜ。つむじ」
左掌を確かめる。テンションは高い。体は熱くなっている。足運びさえ上手くいけば、必殺技を喰らわせることが出来る。
「僕が勝って、終わりにしよう」
「降参」
突然。
突然つむじは真顔になって、両手を挙げて万歳の姿勢を取った。
「つ――つむじさん?」
「じゃから、降参。もう駄目じゃ。敵わん。ほーるだーっぷ」
すぐには状況が理解出来なかったが、どうやら桐壷つむじはこの勝負を『放棄』すると言っているらしい。――今日の所は、ではなくこの三日間を合わせた僕らの『じゃれ合い』に負けることで終止符を打つと言っているのだ。
「何というか――え、それでいいのか? 僕としちゃあこういう勝負の決し方はいまいち気持ちの良いものじゃないんだが」
「儂とてそうじゃ。じゃが仕方なかろう。既に儂の力は限界なのじゃ。ほれほれ、見てみろ」
言って、くるくるとその場で回ってみるつむじ。尾を引く長い髪が美しく、幼女の身体と相まって何だか可愛らしかった。
「……ほんで?」
「小さいじゃろう? 儂。知っての通り、儂がわざわざ小娘の死体を選んだのにはどーしよーもない理由がある」
「可愛いから?」
「そうそう、この未発達なろりろりぼでーが堪らんで――って、この、たー、わー、けー、」
神様の、ノリ突っ込みだった。
ていうか『ロリ』とか知ってるんだ。
ロリ突っ込みだ。
「容量、だろ」
ふざけるのを無しにし、僕は理由を答えた。
「お前が満足に動かせるようになるのに、大きな体だと時間が掛かる。各器官のサイズがそれぞれ小さい子供――それも女の子の方が都合が良かったんだろう? それくらい憶えてるさ」
「それ故に『弱い』のじゃよ。機動性駆動性は高いもののそれに費やす燃料――『えねるぎー』と言えば分かりやすいかの。その辺りの調整がどうにも難しく、正直に言えば貴様とじゃれ合うのは非常にしんどい。それが三日ともなると、つまり限界というわけじゃ」
「だから、降参?」
「うむ。本当に貴様に殺される前に白旗を挙げるが吉じゃ。もちろん、貴様が儂を殺してまで儂を殺したいと言うのならば、このまま強引に襲い掛かって来ても文句は言えんがの」
復讐だった。
それこそ死ぬほど、憎悪した。
出会えば歓喜し、飛び掛かった。
でもそれは――それは全て、帚木鵆の為だったのだ。彼女を殺したつむじへの、極めて個人的かつ勝手な復讐でしかなかった。
しかし三日前、ようやく僕はその復讐と決別した。
帚木鵆と、ようやく絶交出来たのだ。
「……別に。お前はまだ、殺さねえよ」
殺したくないわけじゃない。ただ、殺す理由が無くなってしまった今、それを急ぐ必要は無いのだ。
「そんなことより、僕が勝ったってんならあの約束も守ってくれるんだろうな」
約束。そう言えば聞こえはいいのだが、もっと言えばそれは取引のようなものだ。何もただ戦いたいが為にじゃれ合っていたのではない。来たるべく戦いの為に鍛えていたわけでも、もっとない。
「須磨洟子と帚木鵆。あの二人を幽霊化させたと思われる、唯一無二の特殊能力を持つ神の存在。そいつのことを教えろ」
「――いいじゃろう」
頷くつむじは、挑発するようにシニカルに笑みを浮かべた。
「じゃがいいのか? 神にとっても秘匿とされる奴の名を聞けば、貴様はどう足掻こうと後戻りが出来なくなるぞ?」
「愚問だな」
むしろ戯言だ。
後戻りが出来ないのなんて、逃げ道が塞がれているのなんて、十年前に手習わをんに師事した時点で覚悟している。
「何が相手に立っていようが、僕とお前が組んでる時点で敵なんかいないだろう?」
「かかか、その言葉を聞きたかった」
ぐ、と拳を突きだすつむじ。僕もそれに応え、小さな拳に自分の得物である拳を合わせた。
「理を超越した奴は、死した人間の魂を好きなように操ることが出来る。封印と復活を繰り返している規格外の『神』じゃ」
「そいつの名は?」
「名は無い。代わりに奴は古来より悍ましき名を自称しておる」
「何て?」
「閻魔大王」
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「はーあ、まだ腫れが引かないなあ――まったく、思いっきり殴ってくれちゃってさあ、夢浮橋くんは。
まあでも、これはこれで結果オーライとも言えるかな。彼の心中を乱すことには成功したわけだし、これはつまり俺とあなたの計画についても大きく前進したってわけだね。
ん? 芳しい反応じゃないね。もしかしてあなたはまだ、夢浮橋くんについて計りかねているのかな?
彼はね。彼は――化物だよ。
人間よりも悍ましく、神々よりもグロテスク。僕の見立てじゃあ夢浮橋くんのような存在はこの宇宙をどれだけ探したって彼だけだと思うんだ。
彼は神を否定できる。
その超常的な能力に彼は気付いてないだろうけど、たぶんXPとか胡蝶翅博士なんかはその辺まで辿り着いてると思うな。
きっと彼の能力を知る人間の中じゃ、その本質に気付いている人間の方が多いんだろうけど――可哀想なことにね、夢浮橋くん自身はそれに気付いてないんだよ。
ひょっとしてあなたはまだ、彼に手を出しちゃいないのかな? それだったら分からないのも然もありなん。実際にちょびっとちょっかい掛けてみりゃあ分かるよ。
如何なる能力を用いても、それが夢浮橋芥に通用することはないんだ。
神の否定。
夢浮橋くんは自分が神霊を視認できる人間だと思っているようだけれど、そんなのはただの分かりやすい否定の結果だよね。ていうか俺は、彼が人生のほとんどで神と関わっていながらそれに気付けていないってことがびっくりだよ。
はっきり言っておくけど。
能力に物言わせるだけじゃ、策を練るだけじゃ、夢浮橋芥という障害を取り除けない。
攻めるべきは精神。仕掛けるべきは奇策。それでようやく、五分ってところさ。
実際ね、何より厄介なのは否定能力より夢浮橋芥の『性質』なんだ。嘘吐きで、冷徹で、策士で、詐欺師で、自己犠牲的で、偽善的で、独善的で、人を人とも思ってなくて、自分を人とも認めていなくて、神を恐れず、霊を恐れず、俺なんかよりずっと世界を破壊する力を秘めている――そんな化物だよ。
まあでも、逆に言えば夢浮橋芥さえどうにかすれば実質的にもう終わりだろうね、XPに四翅傾名。警察庁捜査0課に鋼鉄同盟(アイゼンリーゼ)。俺達の敵となるべき組織団体はまだまだあるにしても、彼さえ潰せば他にだってまず勝てる。
だから俺は、あくまでも夢浮橋くんを標的にすることを進言するよ。
策? もちろんあるさ。とっておきの奇策がね。それにはもうちょっと準備するものがある。二ヶ月くらいは要るかな。ちょうどいい、決行は文化祭。文化祭期間を使って、彼を徹底的に沈める。
あなたにももう一人霊を呼んでもらうから。よろしく頼んだよ、閻魔大王」
最悪がそういうと、暗闇の中で頷くように何かが微笑んだ。
「涙に似た雨」、これにて完結。
シリーズもやっと折り返しに入りました。
次回は文化祭編。自信作ですので、どうぞお楽しみに!