夢物語   作:危橋たけ

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 新章、文化祭「アトノマツリ」突入です。
 前回とどっちがとんでもないでしょうか。

 そしてのっけからちょっとエロいので、十五歳未満のお友達は画面を破壊してください。


アトノマツリ
一日目 屈服編・その一


 

「あっくん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、幽霊とか神様が視えるってどういう気分なの?」

 胡蝶翅(こちょう つばさ)が僕にそんな質問をしたのは、ようやく暑さも収まってきた九月の末の夜である。仕事を終えて家に帰って夕飯を食べて風呂に入って晩酌をして、日付が変わる頃に眠くなったので寝室に入った矢先、ノックもせずに彼女が入ってきたのである。

 挨拶抜きで、いきなり本題。相も変わらず唐突な人だ。

「……あんたはさ。会話術を磨いた方がいいよね」

「会話なんて成り立ちゃいいのよ。それより質問に答えて。幽霊とか神様とか――それってどういう感じ?」

「さあねー。どういう感じだったかな。眠いから分かんないや」

 いつも通り、研究に没頭するあまり他人への配慮が無くなっているようなので、僕はわざとはぐらかしてベッドに入った。もちろん普通にむかついたのもあるけど。

「ちょっとちょっと、そんなこと言わないで付き合ってよ」

 何故か強引にベッドに入ってくる翅さん。構わず僕は枕元に置いてあった電灯のリモコンを操作し、部屋を真っ暗にした。

「おやすみ」

「おやすまない、おやすませない」

 翅さんは僕からリモコンを奪い、電灯を点ける。ただし先ほどと同じ光具合ではなく、彼女が点けたのは何故か薄らとした常夜灯だった。

「ねえ……意地悪しないで、教えて……?」

 布団の中で、太腿を撫でられた。

「……嫌だ。寝る。僕、明日、早いんです」

「ふぅっ」

 首元に息を吹きかけられる。太腿を撫でる手つきは徐々に激しくなり、もはや揉むという表現が正しい。

「――ちょっと、止めて」

「うん」

 翅さんの手が太腿から離れる。ほっとしたのも束の間、離れた手は腰元を伝い、上着に潜り込んで腹を撫でた。

「つ、翅さ――」

「ちゅ」

 耳の裏に、柔らかい唇が押し付けられ。

「――っれろ」

 唾液をたっぷりを乗せた舌で、そこを舐められた。

「っ――!」

「……初めて『異常なるもの』を見た時のこと、覚えてる?」

 僕は観念して、潔く話すことにした。

「……よくは憶えてない。たぶん、小学校上がってない時かも」

「どう思った?」

「どうもこうも――人間じゃないな、ってのは分かった。しばらくして、お母さんに訊いてからはっきりしたよ。それが幽霊だって」

「そう。神様を見た時のことは?」

「四歳――五歳の頃だな。一人で山に入っちまって、御堂みたいなところに背の高いお姉さんがいてさ。それは人じゃないのは分かったけど、不安だったもんで声かけてみたら」

「みたら?」

 耳元で囁かれる。ぞくぞくと、何かが昇る感覚に襲われる。

「……えらく驚かれて、狼狽されて、気が付いたら麓だったよ。認識されたもんだからビビったんだろうな、あの神様」

「総じて、どんな感じ? どんな気分?」

「あー……確か、感覚としては眼鏡とかサングラスとか、視界を何かで遮った感じがあるんだ。――そう、視るために、何かが掛かってる感じ」

「ふうん――あー……あー、あー、なるほど。はいはい」

 一人でうんうんと頷く翅さん。ふと体を起こし、僕の顔に顔を重ねた。

 もっと言えば、唇で唇を抑えた。

 もっと言えば、キスをされた。

「……んっ」

 翅さんは舌が長い。その長いぬるぬるとした柔らかい肉の塊が僕の口腔内に侵入し、歯茎やら喉の方を味わうように舐め上げる。僕も応えるように彼女を舌を舐め、時折同じように彼女の口腔内に入ってみた。

 一分くらいのそうした後、どちらからともなく唇を離した。

「――ふう」

 余韻に浸るように甘く溜息を吐く翅さん。そんな彼女の腰元に、僕はおもむろに手を伸ばした。

「あ、待って」

 遮って彼女は上体を上げる。てっきりそのまま衣類をキャスト・オフしてくれるのかと思ったが、何と胡蝶翅はそのまま立ち上がり部屋のドアノブに手を掛けた。

「それじゃ、おやすみ」

「ちょ、ちょっとちょっとちょっと!」

 思わず同じように立ち上がる僕。彼女の奇怪な行動に、興奮は見る見るうちに萎えていく。

「え、何? 何やってんの? もしかしてこれで終わり?」

「当たり前じゃない。もう訊きたいことは聞けたし」

「蛇の生殺しって言葉知ってるか? 情報を訊き出したらその後ポイって、あんたは『あぶない刑事』か!」

「あーもー、うるさいわね。眠いんなら寝なさいよ。面白い突っ込みは明日聞いてあげるから」

「どうして僕が我儘を言ってるみたいになってるんだ!?」

 胡蝶翅が帰国して二ヶ月になる。独り暮らしが二人暮らしとなって二ヶ月になる。夫婦らしい(?)生活を始めて二ヶ月になる。

 僕はいつも通り玄舟(くろふね)学院の心理学教師及びスクールカウンセラーとして働いているが、胡蝶翅の職業は『研究者』だ。現在の研究内容は『閻魔大王』。翅さんの数多くある悪いところの中で代表的なものは、研究のためならば何でもすることだ。

 だからって、色仕掛けは無えだろ。

 旦那に。

「まあまあ、そうふてくされないでよ。えっちいことなら一週間くらい前にやったじゃない」

「一週間も時間が空くのは、何というか――そう適度なペースじゃないと思うのだが」

「何それ、心理学? わけ分かんない。何でもいいけど、あっくん明日早いって言ってたじゃない」

「そりゃ明日は――玄舟祭(げんしゅうさい)だし」

「それ、開催期間三日だったわよね。じゃああと三日くらい我慢してみればいいじゃない。伝説のカウンセラー夢浮橋芥ならそのくらい造作もないでしょう?」

「いや、伝説とか呼ばれたことないし、カウンセリングと我慢は無関係――」

 静かにドアが閉められ、胡蝶翅は退室した。

「……何だか、ここんところ僕の扱いが雑だぞ」

 誰にも聞こえない、溜息を吐く。

 まあ確かに明日からの三日間は、マンモス進学校こと玄舟学院では珍しく、誰一人として勉強をしなくなる極めて重要な日である。

 一般的にその日は、文化祭と呼ばれる。

 

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 玄舟学院文化祭、『玄舟祭』(ネーミングがまんま過ぎるのが格好良い)。九月二十八日から三日間に渡って行われる大規模な学院に似合いの大規模なお祭りである。生徒の大半は文化系の人間が占めているので、割かしクオリティは高いと評判だ。

「だから俺達教職員も自動的に忙しくなるわけだが――つっても保健室とカウンセラー室となると、課せる題目も無えよなあ」

 賑わう校庭をまるで俯瞰するかのように眺めながら、第一保健室保健医にして白衣で銀縁眼鏡の内科医、蜻蛉輪吾(かげろう りんご)は呟いた。

「お互い辛え身分だな、夢浮橋(ゆめのうきはし)。俺らお医者勢はハブられ組だぜ」

「別に、僕はサボれて嬉しい限りだ」

 基本的に教師陣は警備や徘徊で忙しいのだが、立場の難しい我々にやるべき仕事は、正直、無い。

「サボれて嬉しい? おいおい夢浮橋。夢浮橋先生さんよ、それは堕落した人間の考えだぜ。クソ高え給料貰ってる身、一生懸命誠心誠意、えんやこら喚いて労働に身を窶しようぜ」

「……蜻蛉、それは堕落した人間であるお前の台詞じゃないのか?」

「サボり、最高」

「死んでしまえ」

 蜻蛉はいやらしく笑うと、第一保健室のデスクチェア、引いては自身の椅子に腰かけた。彼の背後の棚には夥しいほどの薬品が並べられており、いずれの瓶にもドクロのシールが貼られていた。この変態白衣眼鏡は自作の薬品に必ずこのシールを貼る。

『毒じゃねえとは言い張れねえ。毒に成り得ての薬だ』

 それがこいつの持論だ。

「死んでしまえとは随分だなこの詐欺師。俺は三ヶ月前にてめえに『十一号』を盗まれたのをばっちり根に持ってるぞ」

「それを言うなら二ヶ月前の麻雀でお前がイカサマしたことを僕はばっちり根に持ってるぞ」

「それはアレだ。――勘弁してくれ」

 口調の割には意外とメンタル面の弱い保健医だった。

「つうか夢浮橋。お前は回らなくていいのかよ。知ってるぞ、あざとく色んな生徒に恩を売ってるから、大体のクラスから声は掛けられてんだろ」

「一方的に声を掛けられただけで、オッケーした覚えは無い。僕が文化祭を楽しんだのは高三の時だけだ。いついかなる時も、僕はああいうやかましいイベント事には興味を示さないんだよ」

「はっ、捻くれたカウンセラーだぜ」

「捻くれた保健医に言われたくない」

 どうせ蜻蛉だって、行事が面倒臭くて保健室から出ないのだ。病人が運ばれるかもしれないというのはただの口実だろう。

「マジでいーのかよ。ほら、若紫(わかむらさき)ちゃんのクラスなんかメイド喫茶やってんだろ? あの子はツンデレメイドを完成させてると見た」

「だから嫌なんだよ。僕は偽物に興味は無い。本心からのツンデレとそれに相反する服従すべき職。生まれる葛藤。あの美しさは奴に出せまい」

「心底尊敬するよ」

 ていうか文化祭でメイド喫茶なんかするなよ。学校側も許可するのはおかしいだろう。ライトノベルじゃあるまいし。

「――まあでも、回るか回らないかはともかくお前のところに居座るってのも気色悪いよな」

「薬打つぞ糞野郎」

「面倒じゃなさそうなところを回ってみるとするよ。じゃあな、蜻蛉。お勤めご苦労様」

 僕は腰掛けていた来客ソファから立ち上がったが、踵をかえしたところで、「おい」と突然蜻蛉に呼び止められた。

「お前さ。『閻魔大王』に手ぇ出そうとしてるってマジか?」

「……知ってんの?」

「ここ半年ですっかり『あっち』じゃ噂になってるぜ。閻魔のこともお前のこともよ」

 たった三ヶ月の間に、僕がしこたま苦労して訊き出した秘匿にして禁忌の神、閻魔大王の情報は出回ってしまっているようだ。あの三日間が無駄になったと思うと、釈然としない。

「なあ夢浮橋。お前、いつまで『頑張る』つもりなんだ? 確かにてめえが十字架機関だったことは紛れもない事実だが、それも昔の話だ。今はカタギでやっていけてるじゃねえか。閻魔のことは色んなとこが気張ってる。『蜻蛉毒薬局』もそうだ。何なら俺も協力するつもりじゃある。だから――お前はもう、休んでていいと思う」

 その言葉に甘えることが出来たらどれだけ楽だっただろう。僕が平穏に身を投じ、大衆に迎合してしまえばどれだけの人間が救われただろう。

 だけど。

「気持ちは嬉しいが、僕は閻魔大王に個人的な恨みがあるんでな。この手で奴を討たない限り、隠居生活はまだ早えよ」

「討神師(アーカーシャー)、夢浮橋芥の復活か――ところで夢浮橋。お茶でも飲んでいかないか?」

「冗談じゃねえ」

 僕は蜻蛉にそう言い放って、第一保健室を後にした。

 

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