閻魔大王。
人間の生前の善悪を審判するという地獄の主神。
一般的にはそう語られている。
「そんな生易しいものなわけがなかろうが、戯け」
ところが失墜した神、桐壷つむじはそれを否定する。
「儂が初めて彼奴と対峙したのは三千年前じゃった。
生と死の輪廻を操れる唯一の神。始まりと終わりを同一視する絶対の存在。貴様らが幽霊と呼ぶ存在は、基本的には彼奴の裁定で生まれる。死んで、彼奴が幽霊にしようと思うたら幽霊じゃ。
しかしまあ、そんなことはどうでもよい。重要なのは閻魔大王と名乗る彼奴は、『最悪』であったことなのじゃからな。
最悪。
貴様の友達にもおるのお、そう呼ばれる男が。
な、何じゃ恐ろしい顔をしおって。友達じゃない? む、それはごめんじゃった。
とにかく閻魔の最悪と呼ばれる所以は、自らの力で遊んだことじゃ。生と死を弄び、始まりと終わりを歓楽する。故に三千年前の世界は乱れに乱れておったよ。あれは今思い起こしても酷いものじゃった。あれぞ、『地獄絵図』という奴じゃな。
じゃから儂らは閻魔を終わらせようとした。儂と、他に九十九の神。百神で閻魔を討伐しに出向いたのじゃが、結果は散々じゃったよ。もちろん最終的には彼奴を封印することに成功した。じゃが百の神の内九十八の神が消滅した。
そこまでの犠牲を払っておきながら、封印止まりじゃ。消滅させることも出来んとは、あの頃の儂は『よわよわ』じゃったのお。
封印はされていても一応、幽霊化能力は理として発動しておった。もちろん『地獄絵図』のように自在に遊べるわけもなく、制限は付いておった。彼奴の封印期間中に関しては、幽霊の存在は珍しいものじゃったもんじゃ。
しかし千年後に封印が解けた。千年しか続かんかったのじゃろうな。しかし当時の儂は強かった。かかか、自分で言うと気恥ずかしいものもあるが、しかしはっきり言う。二千年前、紀元の境目時代の儂は神として存在してきた中で最も力を持っていた。
じゃからその時は百の神を連れたりはせず、千年前に残った二神で向かった。――そいつは浮舟(うきふね)という神じゃった。まあ名などどうでもいい。そいつと共に再び彼奴を封印することには成功したのじゃが――まあ、浮舟の方は消えてしまっての。それは今でもちょっと残念じゃったりする。
それから千年後。うむ、予想通りに彼奴は目覚めた。これに関しては本当に予想済みじゃったから、対抗策は完成しておった。
人間。
彼奴は人間に弱いのじゃ。
九十七の神と浮舟を消すほどの閻魔の力は、人間には通用せん。じゃから儂は人間と結託し、綿密に繊細に仕掛けを設けた。――しかしその時の儂はどうしようもなく迂闊じゃった。封印の期間を知っているのは儂だけではない。閻魔もまた、自分が復活すること、儂が自分を消そうとしていることを知っておったのじゃからな。
『地獄未身(じごくみみ)』。
彼奴は自身を、相性の良いとある人間の中に隠した。まあ儂が貴様に憑いておるのと似たような状況かの。原理と関係性は違えど、そのようなものだと考えてよい。つまり儂は、彼奴にまんまと出し抜かれた。出し抜かれた挙句に力のほとんどを喰われた。――ぎりぎりで仕掛けが発動してどうにか再び封印することが叶ったものの、あれはもう相打ちと呼ぶべきじゃろうな。
千年経つ頃――ええと、今から数えると十年ほど前かの。その頃には全盛期の半分ほどには回復しておったのじゃが、閻魔を倒す策の方は未完成じゃった。最悪自爆覚悟で特攻でもしてやるかと考えたのじゃが、肝心の閻魔が見つからんでな。
もちろん『地獄未身』じゃ。それでも世界の至る所を駆けずり回ってどうにかこうにか捜し出し、潜まれた人間を殺すことで彼奴を消そうとした。
が、逃げられた。
無駄に人間を一人殺してしもうただけじゃった。
それからも儂は彼奴を捜し回ったが、その間に貴様に出会い、貴様にやられて、神の座からも弾かれ状態じゃ。まったく、どうしてくれるのじゃろうなあ、かかか。
まあ、どうするも何も、貴様が閻魔を討てばそれで良いのじゃがな。そういう訳で、儂は貴様に協力する。もう誤魔化し無しではっきり言うが、今回ばかりは貴様に全面的に力を寄越そう。
じゃから、勝つぞ」
それが、三ヶ月前に桐壷つむじの口からようやく訊き出した全ての真実。
今まで僕の知りたかったことの多くが語られたような気がしたものの、それさえ今では取るに足らないことであった。
つまり、間違いなく閻魔大王は存在している。
そして僕には、そいつを討つ義務がある。
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「いやあ、愉快愉快。人間がわけ分からんほどにうごうごと人が蠢いてある種の気持ち悪さも感じだが、いやはやそれで拒むのは時期尚早。貴様の名前さえ出せばどいつもこいつも儂を神の如く持て囃しおって。正しき神の在り方から外れて久しく敬われたわい。かっかっかっ」
桐壷つむじらしきものは、えらく気分が良さそうに笑った。一体誰がここまでこいつを増長させたのであろう。いや、誰が何をしたかなんて考えたところで詮無きことだ。きっと誰もが、寄ってたかってこの幼女の姿をした神を可愛がったのであろう。
真っ赤な縁取りのサングラスを額に。恐ろしいくらい真っ黒で、悍ましいくらいに長い髪には色彩鮮やかなヘアゴムが合計五本、巻きつけられていて、左手には水鉄砲が握られており、右手で水ヨーヨーを弄び、足首にピンク色の風船を巻きつけて、テーブルの上にたこ焼き・焼きそば・お好み焼きをそれぞれ二パック。そして小さな口内にはアイスキャンディーが二本、咥えられていた。
「お前は誰だ!」
図らずも、声を荒げてしまった。
桐壷つむじとこの僕、夢浮橋芥(あくた)が正式に共謀関係を持ってから早三ヶ月。今までも一蓮托生だったり桃園に義を結ぶ関係だったりしたのだが、閻魔大王を討つという一つの目的を持つに当たって、本格的に結託することになったのだ。
手伝う、ではなく一緒に。
補佐ではなく共犯。
そういった流れで今まで以上に僕とつむじは近しくなったわけだが、相乗効果としてつむじは、人間とも近しくなりつつある。
僕じゃない人間とも会話が出来るようになった。
金を憶え、買い物が出来るようになった。
普通に道を歩くようになった。
知識が増えた。
「儂が誰かじゃと――神様じゃ!」
「あ、それ凄え久し振り」
「決め台詞にするつもりじゃったがすっかり忘れておった。これから定着させるつもりじゃから貴様も協力せよ」
「嫌だよ。ていうか絶対それまた忘れるだろ」
記憶力――の方は曖昧だが、『思い出す』という現象は起こるようになった。
何というか、それはあたかも。
『桐壷』がこのまま人間になってしまうような、そんな危機感さえ覚えた。
それが良いことなのかそうでないことなのかは一人間である僕には見当がつかないのだが、少なくとも『そう』なってしまっては、閻魔大王を倒すことは出来なくなるだろう。
逆に少なくとも『そう』なるとしたら、きっと――
「ん」
口に、アイスキャンディーを突っ込まれた。
食い掛けの。
「……冷たいのだが」
「何か要らんことを考えられたような気がしたのでな。かかか、儂に断らず要らんことを考えるとはいい感じに増長しとるのう小僧」
「思想は自由だろうよ」
言いながら僕は、アイスキャンディーを食べ切った。凝っていることに、冷たさしか残っていない木製のアイスの棒に「あたり」と書かれていた。
「あ! 貴様、生意気に当たりおったな! ちょーだい!」
「いや別にいいけどさ……お前のはハズレ?」
「うーむ、もう分からんくなってしもうた」
見ると、つむじの口に残っていた一本のアイスキャンディーの棒は、その長さが半分になっていた。
「……つむじさん。あくまで一般的な統計だが――我々人間は、アイスの棒を喰わない」
「行けそうな気がしたんじゃ。現に、食感が妙にたまらん」
「この林業害虫」
ともあれ、この出来損ないの神様は人間の、比較的若い世代が中心となって作り上げたこの祭りを、なかなか満喫してくれているようだった。
そしてそれは、皮肉にも『束の間の平和』という言葉が非常に似合う光景であった。
次からやっと、バトル的なものが始まります。