夢物語   作:危橋たけ

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二日目 遊戯編・その一

 

 ぱちん

 こつん

 教頭室のテーブルの上で、盤を介して僕らは向かい合っていた。

「………………」

 総角飽飢人(あげまき あきひと)は口を閉じたまま、黙々と機械的に『ぱちん』と音を立てる。

「……何ていうか、流石ですね。凄まじいとしか言いようがないです。こうやって指している内に感覚は戻ってきたんですけど、だからって敵う気がしませんよ」

 僕は、時々そんな軽口さえ挟みながら『こつん』と音を立てる。僕の言葉に総角教頭は「どうも」とか「そうですか」と絶句するほど短い言葉で相槌を打つだけであった。

「チェック」

「待った」

 僕は二回目の『待った』を使った。総角教頭は桂馬を元に戻し、僕はルークも元に戻す。

「………………」

「……冷や汗ものです」

「そうですか」と総角教頭は返した。この「そうですか」は何回目だろうか。「どうも」とどっちが多いだろうか。ひょっとしたらこの老人は「そうですか」と「どうも」しか喋れないのかもしれない。なるほど、それだけでも何とか生きていけそうな気がする。ジェスチャーとその二言さえあれば世界すら掌握できるだろう。

 僕の頭はいい感じに順調に湯だってきて、そんな馬鹿馬鹿しいにも程がある夢物語すら想像し始めた。

 集中力が続かない。

 無言が。静寂が。沈黙が。ゼロが。ここまで心を乱すとは心理学に携わって長い僕でも意外ではあった。

 これがこの教頭の計算だとすると恐ろしいものだ。伊達に寡黙の中を生きていないというわけだ。この凄まじく忠実で、悍ましく残酷な玄舟学院教頭、総角飽飢人という男は。

「チェック」

 総角教頭は僕のビショップを奪って。

「待った」

 僕は最後の『待った』を消費した。

 そんな感じで、閻魔三銃士第二戦目は、ほどよく窮地であった。

 

 ----------

 

 長生きはしてみるものである。

 僕は現在、二十八歳。二十八年の人生を歩んでみたのだが、それはいささか『過ぎる』ほど濃密で凄惨で散々な人生であったと、自分でもよく思う。

 しかし残りどれだけ濃密で凄惨で散々な人生だったとしても、その勢いは一向に弱まる気配を見せない。僕の人生にはまだまだ途方もないほど奇妙で、途轍もないほど奇想天外な展開が用意されている。「わーい、こんなの初めてだよーう」なんていうことはさほど珍しくはない。もはや初体験ということ自体に、僕は慣れているのだろう。

 つまり二十八年なんて大した時間じゃなくて。

 二十八歳はまだまだ若くて。

 というか若いか否かに関わらず、僕は、僕たちは、これから先の人生を奇天烈な初体験と共に歩んでいるのだ。

「ちょっと夢浮橋先生、聞いてるんですか」

「はい、聞いてます」

 そういう感じで僕は現在、ふりふりのエプロンドレスに身を包んだ教え子、若紫志吹(しぶき)十七歳にけっこうマジな方で怒られていた。

 いつものカウンセラー室で。

「聞いてるんならもうちょっと申し訳なさそうにくらいしてみたらどうなんですか。聞いてるだけで理解することを放棄してるんじゃないですか? まったく子供と何も変わりませんね。よくそんなんでカウンセラー気取って『最近の子供は最近の子供は』って念仏みたいにのたまえますね。そんなの私に言わせれば『最近の大人は』ですよ。ええ、そうです。私達高校生と同列ですよ、それじゃ。それも比較的愚かな方に分類される高校生です。期末テストで勉強を試験前の二十分間の休み時間にしかやらない馬鹿な高校生と同じですよ。教師を馬鹿呼ばわりしなくてはならないこちらの身にもなって下さい。ていうか幻滅させないで下さい。私はこれでも先生のことを尊敬していたんです。尊敬していた方なんです。この学院で好きな教師で総選挙するならば神セブン入りは確定するくらい好きな先生でした。心理学のプロとして生徒を気遣う心優しい熱血教師だと信じ、それで今日までこうやって親しく接してきました。でも今回の件でもう本当、幻滅ですね。過大評価もいいところです。これまでは私の勘違いであった、と落胆せざるを得ませんね。そもそも前々から先生にはちょっと怪しいと思われるところがあったんですよ。そう、今思えば最初に会った時の印象が問題ではなかったのかと思います。そう、あれは一年前のセントバーナード事件――」

 この辺から、僕は彼女の声を聞くのを放棄することにした。いくら何でも喋り過ぎである。彼女がここまで怒る理由は、二つ。

 一つは玄舟祭一日目に彼女のクラスも催し物であるメイド喫茶に行かなかったこと。二日目三日目があるんだから一日目に行かなくても大丈夫だろう、と言い訳をしてみたのだが、どういうわけか通じない。どうやら僕は蜻蛉の奴に裏切られたようで、あの腐れ眼鏡保健医、さっきメイド喫茶を訪れて若紫に僕に来る気がないことを密告(リーク)しやがったらしい。理由が二つあると言ったが、若紫がキレたラージャンみたいに激昂しているのは九十パーセントがこの一つ目であろう。

 二つ目は、僕が彼女から呪具を拝借したことだ。もちろんあの呪具は真木柱に使ってしまったので今は無く、とりあえず若紫には紛失しちゃった、ということで話している。

「セントバーナードとサモエドの区別が付かなくて何が悪いんですか!」

 若紫がとうとう訳分からんことで声を荒げたところで(本当に聞いてなかった)、僕はようやく口を開くことにした。

「そう昂るなよ、若紫。討神師はもっとクールであるべきだぜ」

 そう言うと、若紫は図星を突かれたようにたじろいだ。

 クロス・プログラム機動局第六機動室副室長、若紫志吹はうんざりするように僕から目を逸らした。

「プログラムを引き合いに出すのは卑怯ですよう……。今の私は、高校に通う一女子高生の若紫志吹なんです!」

「どうせ性格に差異は無いんだろう」

「そ、そそそそそ、そんなこと……えっと……」

 正直な子だった。

 僕が若紫がプログラムの人間であると気付いたのは去年の九月。実に一年前、僕と彼女が初めて出会った時である。

 つまり若紫は、自分のことをまったく隠せていなかった。彼女には僕の監視という役目があるのも察していたが、そういうスパイ的な活動をされようと僕はプログラムに関わる気は無かったので、まあしらばっくれていたという訳だ。

 しかし閻魔大王の件が浮上した現在は違う。二ヶ月前の終業式、僕は若紫をとっちめて閻魔大王に関する状況を引き摺り出せるだけ引き摺り出した。

 悪い言い方をすれば、プログラムを利用してやったのだ。

「てゆーか、普通に夢浮橋先生がプログラムに戻って来てくれたらいいじゃないですか! そしたらたぶん、閻魔の件にもプログラムのバックアップ付きで調査出来るし、私と一緒に仕事出来るし、一石二鳥だと思うんですけど!」

「お前と一緒に仕事出来ることはデメリットだ」

 そんな毒舌を投げかけてやったが、実際若紫の役職はかなり上の方に位置していると思う。十七歳。その年齢に偽りは無い。その若さで特例なく『副室長』を任せられているというのは、正直なところ凄まじいことだ。

 だが如何せん、生徒だ。

 いくらあの化物の巣窟で『副室長』を務める人間であろうと、若紫志吹は僕にとって『生徒』だ。故に巻き込むことも傷付けることも、絶対にしてはならない事項なのだ。

「まあ別にメイド喫茶なんかいいじゃないか。それより文芸部の作品展示見て来たぞ。お前の小説、なかなかいいな。話の構成力がある。あとは国語能力の向上と、ちょっと展開早いかな。まああの内容を短くまとめるのは難しいだろうけど」

「ぎゃーやめて! 恥ずかしい恥ずかしい!」

 自分の作品に触れられるのは慣れていないらしい。

「そういや文芸部ってこれで三年生引退だよな。次の部長って誰がやんの? お前?」

「まさかー。私に部長職なんか務まりませんよう。オシゴトの方も有りますしね。次の部長は雲隠(くもがくれ)くんです。人呼んで『獅子累累(グレイブヤード)』の雲隠くん」

「あー、奴がいたか。ところでその異名、どういう意味?」

「さっぱりわかりません」

 今後の文芸部がどうなっていくのか、若干の心配を覚えた。

「そんなことより『神留(かみどめ)』! あれすっげー貴重品なんですけど! それ失くすとかあんまりじゃないですか!?」

「かみどめってなんだっけ」

「呪具ですよ!」

「ああ、あれね。うん、ごめんごめん」

「そんなフランクなごめんで済む問題じゃないんですけど! 室長に怒られるのは私なんですよ!?」

「その時は僕も一緒に怒られてやるよ」

「更に怒られる!」

 話によると、第六機動室の室長は比較的『恐いヒト』らしい。馬鹿じゃなければ僕と若紫に繋がりがあることくらい見抜いているであろう。室長・副室長共に馬鹿とか目も当てられないわけだし。

「とにかく!」

 メイド服の女子高生は、苦し紛れに話を終了させた。

「ちゃんとうちのクラスの店に来てください!」

「『とにかく』でその問題を蒸し返すのか」

 呪具の件はもうどうでもいいらしい。

 若紫副室長、無能疑惑浮上。

「つってもなー、ぶっちゃけ言えばなんかあんまり良い予感がしないんだよなー。もっと言えば悪い予感がする。あーやだやだ」

「さっきから口が悪くありません?」

「悪くありません。ほら、心理学的に。心理学的にこういうパターンは悪いことが起きる感じだから、行きたくない」

「二言目には心理学ですね。そういえば何でも許されると思ってませんか?」

「お前なら騙せると思ってる」

「馬鹿にし過ぎじゃないですか!?」

「馬鹿を救うには馬鹿にするしかないのだ」

「うがー!」

 うがーって何ですか。

「……ふっ、どうせ先生ならそんな感じで拒否ると思って、志吹ちゃん秘密兵器を持ってきたんですよ」

 不敵に笑って若紫は、エプロンのポケットから三枚のチケットのようなものを取り出した。

「これあげます!」

「……何これ」

「無料券!」

「マジですか」

 見ると、それはコーヒー無料券・デザート無料券・写真無料券と書かれていた。

「コーヒーが無料で飲めて、『デラックスパフェZ』以外のデザートが無料で食べれて、好きなメイドさん一人と写真が取れる夢浮橋先生のために作ったスペシャルな無料券です! お願いですからこれで来て下さい!」

「お前は僕にどれだけ賭けてるんだ」

 恐らくだけど。

 僕はその店に一歩踏み込んだが最後、この無料券を差し引いても骨の髄まで搾り取られるに違いない。

「あー、いや。本当、悪いんだけどさ」

 ここはちゃんと断っておこうと、手を合わせてみた矢先だった。

「あれ、夢浮橋くんと若紫ちゃんじゃないか。相も変わらず仲が良いねえ、妬けちゃうよ」

 針金細工を彷彿させる、背の高い細身の男。この学院で知らぬ人はいない『最悪』。玄舟学院学校長、松風界隈(まつかぜ かいわい)。気配無く物音無く、最悪はカウンセラー室のドアを開けて僕らを見据えていた。

 




 僕も当時、書いてる途中に思ったんですけど。
 設定を盛りに盛ってるから、わけ分かんなくなってきてんですよね。
 何か不明瞭なところがあったら遠慮なく訊いてくださいね。
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