夢物語   作:危橋たけ

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 みんな大好き、校長先生回です。
 みんな大嫌い。


二日目 遊戯編・その二

 

 脱兎の如く、とはよく言ったものだ。

 松風の入室とほぼ時を同じくして、若紫は脱兎の如くスピードでカウンセラー室から退室した。

 残されたのは無料券が三枚。

「可愛い格好だったねえ、若紫ちゃん。どうしたのアレ。君の趣味か何か?」

「冗談は存在だけにしてくれ」

「今日も毒舌っぷりが冴えてるようで何よりだ」

 松風は笑った。僕は笑わなかった。

「それにしても若紫ちゃんは足が速いんだね。フットワークが軽いというか、この狭めの室内であの動きはなかなか出来るもんじゃないよねえ、ハンドボールか何かやってるのかな?」

「あー……、うん。さあ、どうなんだろう」

 どうやら、討神師として十分な能力は所持しているようだ。まさか自分の学校の校長先生から逃げるためにそれを使うとは、彼女自身も思っていなかっただろうけど。

「俺はよっぽど嫌われてるねえ」

 面白そうに笑う松風。自覚しているだけマシなのだろうか。

 ――否。自覚してコレなのだから、自覚していないより性質が悪い。嫌がっていると理解していて嫌がることをするなんて、そんなのは捻くれた人間性で、真っ直ぐな最悪だ。

「誰にだって嫌われるだろ、お前は。まともな人間にも異常な人間にも差別なく際限なく嫌われる」

「そうかい? そうかもね。でも君だけは違うよね、夢浮橋くん」

「機雷」

「兵器化するほど嫌いなのかい」

 ちなみに僕はミリタリーには詳しくないので、機械水雷なんてものは海中の地雷、というお粗末な説明しか出来ない。まあ確かに、爆弾がふよふよ漂う様は想像していて空恐ろしいものがある。

「ところで何の用だよ。文化祭なんだからこんなところで僕とサボってたって何も面白くないだろう」

「校長の前でサボり宣言するとは殊勝だねえ、夢浮橋くん。俺は用が無くっちゃ友達のところに来ちゃいけないのかい?」

 用があっても来てほしくなかった。

「いやもちろん用はあるよ。用ってほどでもないかな。お話? まあそんな感じかな。話があるんだ」

 珍しくそんな『建前』を付属させて、松風は「よいしょ」と大仰に発して来客用ソファに掛けた。

「風の噂に聞いたんだけどさ。なーんか君、最近面白いことやってるそうじゃん」

「面白いことって――ああ」

 閻魔大王についての話がこいつの耳に入ったということか。しかし相変わらずこいつは、どうやって裏世界の情報を仕入れているのだろう。どこの組織にもいずれの機関にも所属した形跡さえ無いのに、ほぼ堅気の人間だというのに、あっちの人間で松風界隈のことを知らない人間はいない。

 気味が悪い。

 こういう訳の分からない第三勢力が最も恐ろしいという話は、どうやら本当のようだ。

「別に、どうってこと無いさ。ほんの――ゲームみたいなもんだ。うん。造作も無ければ益体も無い。下手をすれば意味だって無いかもしれない」

「あっそ。何だったら手伝ってあげてもいいんだけど? 俺もそろそろ、夢浮橋くんに恩を売りたい気分だからさ」

「御心配には及ばない。僕一人だってどうにかなるよ。どうにかする。どうにか出来る。だから桐壷にも手を出さないよう――」

 ん?

 僕、一人?

「どうしたんだい夢浮橋くん。急にはっとして。イマジンでも乗り移った?」

「いや、僕は最初から最後までクライマックスだから大丈夫な筈だけど」

「涙はこれで拭いとき」

 差し出された一万円札をシカトして、僕は考え事を続ける。

 用意周到だの褒められておきながら、何て様だ。三銃士戦のルールについては全然、不明瞭じゃないか。時間帯も、傾向も、参加人数も、制限日数も。

 こんなんでよく『どうにかなる』『どうにかする』『どうにか出来る』なんてのたまえたものだ。くそ、馬鹿が。勝つ気があるのか夢浮橋芥。

「無視するなよお。泣けるでえ」

「黙れ。答えは聞いてない」

 或いは。

 或いはこのまま松風を引き込むか?

 確かにこいつは最悪だ。敵に回すも味方に回すも悍ましいことこの上ないが、利用のし方さえ間違わなければ以外と頼れる仲間になるのではないか?

「……いや。やっぱ無し」

 その構想は、すぐに消えてしまった。

 混乱してるからって混乱し過ぎだ。ちゃんと最初に決めたじゃないか。翅さんに調査を頼み、XPを利用する。しかし現実的に閻魔大王と戦うのは僕と桐壷つむじの二人――一人と一神だけでやる。

 誰も巻き込まないし、誰も傷つけない。

 堅気生活が長いからって甘え過ぎだ。

「ま、君が一人で頑張るというのならそうするといい。きっと君は一人のほうが強いからね。どうせあと二人なんだろう? 頑張れる頑張れる」

「そうだな。そうだといい。――そうだ松風。これを上げよう」

 僕は二年三組のメイド喫茶無料チケット三枚を、目の前の最悪に手渡した。

「……いいの?」

「いいよ」

「わーい! やったやったやったやったー! 今日は間違いなく人生最良の日だ! 最悪にも最良が与えられると証明された最良の日だ!」

 狂喜乱舞だった。

 ていうか四十過ぎのおっさんがわーいって。

「本当にいいんだね夢浮橋くん! もう返せと言われたって返せないよ!? もうこのチケットは俺の指から離れることは未来永劫無いと思うよ!」

「ああいいよ、若紫のクラスを良い感じに盛り上げてくれ。何を隠そう、さっきあの子はお前を迎える為に大急ぎで猛ダッシュでクラスの方に準備しに向かったんだ!」

「わーい素敵素敵!」

 だから四十過ぎのおっさん。

 ビジュアル化されないからといって調子に乗るな。

「じゃさっそく行って来るね! 今日はもう俺の財布を財布ごと消費するつもりでメイド三昧だ!」

 勇んで廊下への扉を開けた松風。僕の中では徐々に若紫への罪悪感が溜まってきた。

「松風。あんまり羽目を外すんじゃないぞ?」

「おいおいおいおいおいおいおい何を言ってるんだ夢浮橋くん! 今日は文化祭だぞ! 羽目を外さず何を外すと言うんだい! 肩の関節でも外すのか!」

「もういいから行って」

 駄目だ。

 あのクラスは終わった。

「それじゃあね夢浮橋くん! 本当にありがとう! そしてありがとう! スカ――イ・ハ――イ!」

「うん――ああ、松風」

「何?」

 一応、参考だけでも聞いてみることにした。

「お前さ。パソコンのパスワードとかどういう風にしてる?」

「ひらけごま」

 聞いた僕が馬鹿だったようだ。

 

 ----------

 

 二年三組が地獄と化したという情報が入ってくるのは早く、松風は校長なのに出入り禁止を言い渡されることになったらしい。

 職員会議でそれが問題として語られることはなかったものの、諸注意やら各々の役割の確認。そして明日は最終日なので人の出入りが多くなります、ご協力よろしくお願いします、と極めて機械的に教頭先生の説明があったところで、玄舟祭の二日目が終了した。

「夢浮橋先生―、飲み行きましょー」

 職員会議終了後、夕顔(ゆうがお)ゆうや先生(現国教師。女性。デブな兎が飼いたいらしい)にそう声をかけられた。

「今日ですか? 明日が最終日だから明日でいいじゃないですか」

「でもー、明日はみんなで行くでしょー? ていうか夢浮橋先生はどうせ飲み会サボるし―。それに久し振りにあたし、夢浮橋先生と飲みたい気分なんですよー」

「ははあ、僕は奥さんいますよ?」

「知ってますよー。じゃあ奥さんも一緒に飲みますー? 夢浮橋先生と結婚した勇気あるヒト見てみたいなー」

 止めた方がいいですよ、と忠告しようとした同時に、背後から名前を呼ばれた。

 それはさっきまで耳に染み着いてしまうほど聞いていた声なのだが、その声に名前を呼ばれることは始めてなため、「はい」と応えて振り返るのにワンテンポ遅れた。

「少しよろしいでしょうか」

 総角飽飢人。玄舟学院教頭。全ての仕事に等しく忠実であり、寡黙であり緘黙であり、さながらこの学院の全てをその手腕により成り立たせているのではないかというほど有能な、裏方作業を極めた初老の男性である。

「あ――っと、はい」

「では、教頭室へ」

 誘う総角教頭。思わず僕は夕顔先生の方を見遣る。夕顔先生の目は「何かしたのー?」と尋ねているようだった。

「さっぱりわかりません」と目で返した。

 

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