夢物語   作:危橋たけ

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 この話が一番、ゲームっぽいかなあ。


二日目 遊戯編・その三

 

 玄舟学院の教師陣で、例外を除いて僕のカウンセリングを受けたことがない人間はいない。教師というのはストレスが溜まる仕事であり、夕方のニュースでよく目にする教師の犯罪は意外と然もありなんと言った感じがあるのだ。

 例外というのは最悪・松風界隈や蜻蛉輪吾を始めとする裏社会に繋がりを持つ特殊なメンタルを持つ人間である。ああいうのにはカウンセリングをする必要は無い。ただ奴等とはある程度腹を割って話すので『アプローチ』を仕掛けるにはそれで十分だ。

 しかし総角飽飢人というどうやら普通の人間に関しては、未だに繋がりを持てずにいる。

『何かお力になれることがあれば言って下さい。僕で良ければいつでもお手伝いします』

 いつだったか彼にそう言ったことがある。もちろん言葉通りの行為などではなく、この教頭の隙を突くがための賢しい誘惑だ。

『ありがとうございます』

 それが総角飽飢人の返答だった。

 顔色一つ、変えなかった。

 つまるところ僕は、総角教頭のことが苦手であった。総角教頭のような人間が、恐怖を感じるほど苦手であった。

 無感情。無感動。真っ白な壁のように強固で面白味が無く、精密機械のように正確。そういう人間は、壊れてしまっているんだ。自分の人生とか他人の評価とか、面倒なものを全て諦めてしまっている。どこかで、何かが、誰かに、殺されて。その終着点が破綻なのだ。

 僕と同じ。

 同族嫌悪。

「お話とは何ですか?」

 カウンセラー室より半分は広い教頭室。たとえ総角飽飢人が教頭だということを知らずとも、この部屋を見れば総角飽飢人が教頭なのだと誰もが確信するであろう。室内の家具設備は極めて必要最低限。無駄も娯楽も堕落も無く、それはあたかもモデルハウスのような偽りの生活感の漂う部屋であった。

 ただ一つだけ、奇妙な点があった。

 部屋の中央の無地の木製テーブルの上に、マス目が刻まれたゲームボードが置かれていた。

 ゲームボード。

 いかにも無駄で娯楽で堕落っぽい代物だ。もちろんインテリアとして機能はするものの、この教頭室には――総角飽飢人には、あまりにも不似合いだ。

「単刀直入に言いますが」

 僕に席を勧めて、総角教頭も椅子に腰を掛けた。

「私は閻魔三銃士の一人です」

「……はい」

 意外と言えば意外で、というかぶっちゃけたところ、これぞまさにと言ってしまえばいいほど意外であった。

 可能性の一つとしては考えていたものの、それでもパーセンテージにするとかなり低い。僕はてっきり、閻魔三銃士なんて全てが神か、もしくはそれに準ずる能力を持つ裏の人間かと考えていた。

 が、ここで総角飽飢人。恐らく『普通』な方に分類される、探せば割とどこにでもいる、とある高等学校の教頭先生だ。

「どうしてあなたが?」

 そう尋ねずにはいられなかった。僕はこの人が嫌いだし理解出来ないけれど、だからといってそれが『あっち』の繋がりを読めない理由にはならない。誰にだって判別差別無く注意を払っていた。閻魔大王の件が浮上してからは特にだ。

 なのにどうして僕は、この人のことが分からなかった?

「それについては返答しかねます」

「質問の内容は分かっているんですか?」

「その上での返答です」

 まるで用意された文章を音読しているかのような機械的な即答。実はこの人、ロボットなんじゃないだろうか。

「……いくつか不明瞭な点があるんですけど」

 このゲームは途中リタイア有りなのかとか、僕一人でやらなくちゃいけないのかとか、考えてみればそんなの愚問である。僕はこのゲームを『やらなければならない』し、僕は『一人でやらなければならない』。そんなの考えるまでもなく当たり前だ。

 だけど一つだけ、これだけははっきりさせておきたい。

「何でこんなゲームをやらなくてはならないんですか?」

「パスワードを解くためでしょう」

「パスワードを解いた先は情報がある。それは知ってます。だけどこんな『茶番』、やはり何の意味も無いように思えるんですよ。だってそちらへのメリットが無い。僕の能力を測るのか何か時間稼ぎをしているのか、どういうことか知りませんけど、そこをはっきりしてもらわないとこっちもやる気が起きないんですよ」

 操られるのは気に入らない。

 はっきりと、そう言った。

「……申し訳ないですが、私には分かりません」

「分からない?」

「私は一介の傀儡に過ぎません。私の仕事はただあなたとゲームをし、負けた場合にあなたにヒントを渡すのみ。正直なところ閻魔大王なる人物があなたにとって、何かにとって、どのような意味を為すものなのかも聞かされてはいませんので」

 絶句。

 静かに僕は、絶句した。

 この人はつまり、本当に何でもない、普通の堅気の人間なのだ。神々についても裏社会についても、およそ皆無なほど無関係で、閻魔三銃士を名乗れどもそれはあくまでも雇われに過ぎないのか。

「……失礼、しました」

 閻魔大王がどういう奴なのか徐々に見えてきた気がする。まったく、裏を掻いてきやがる。確かにこうなれば、対策も糞も打ちようがない。

「ゲームをお願いします。とにかく今日は、早めに終わらせましょう。それで、どんなことをするんですか?」

「至極簡単なことです。目の前のボードを――ルールはご存知ですね?」

 僕と総角教頭に挟まれたテーブルの上には、入室当初から不自然に思っていたゲームボードが敷かれていた。ああ、そう言えばここに座っちまったか、と今更ながらに思う。

 白と黒のマス目。

 それは、チェス盤であった。

 入室した時にはどこか違和感があってチェス盤だとは気付かなかったのだが、何故かゲームボードであることは理解出来た。それはきっと、僕が少なからずチェスという遊戯に慣れた人間だからだろう。

 なるほど、チェスか。師匠によく付き合わされたものだ。結局一勝もできないまま死なれてしまったものの、致命的なまでに弱いつもりはない。

「チェスを?」

「ええ、あなたは」

 妙な言い回しで応えた総角教頭は立ち上がり、自分のデスクの引き出しから木製のケースを取り出した。

「並べて下さい」

 席に戻って、ケースを開ける。案の定、そこにはチェスの駒が丁寧に保管されてあった。木製の、なかなか綺麗なやつだ。

「え……?」

 思わず、声を上げた。

 それは間違った和洋折衷というか、異種格闘技というか。

 総角教頭は、自分の陣に『将棋』の駒を並べていた。

「私は、将棋です」

 つまり、僕が入室した時にこのゲームボードを『チェス盤』と認識出来なかったのはそういうことだ。普通のチェス盤は八マス×八マスの六十四マスで行われるが、この盤は九マス×九マス。八十一マスだ。少なからずチェス慣れしていたから? 否、そういう慣れがあったから気付かなかったんじゃないか。

「……将棋対チェス――ですか」

「歳相応のくたびれた趣味だと笑って下さい。ですがどうせならばお互いに得意な土俵で会い見えましょう。私はキングを、あなたは王将を、それぞれ奪えば勝ちとなります」

 このような対決は初めてですがね、と皮肉のように総角教頭は言った。僕はというと、この時点で違和感に突っ込むのを諦めて勝ちを目指すことにした。

「いやいや、えっと、すいません。僕、チェスなんか昔少し齧ったくらいで、その、強さの度合いで言うとそうでもないんですよ。素人に産毛が生えたくらいというか。だからその――いくつかハンデを貰えませんか?」

 我ながら浅ましい。

 師匠は僕に教えた。汚くても勝て。欺いてでも勝て。死んでも勝て。殺してでも勝て。何をしてでも勝て。必要なのはただ一つ。勝ちました、という結果だけ。

 それが、僕の心の気高くなくおっ立つ勝利への執念。もちろんこんなのは気構えだけで実行に移せることはあんまりないんだけど、それでもそれで、勝つことが出来る。

「……分かりました。ではこうしましょう」

 頷いて総角教頭は、並べた将棋の駒の中から飛車・角行・金将・桂馬の計六駒を排除した。

「え、そんなにいいんですか?」

「他に欲しいハンデがあればどうぞ」

 それが余裕なのか無表情からは読み取れない。しかし勝つためには、チャンスには問答無用で飛びつかなければならない。

「では、『待った』の回数を決めましょう。僕は三回。教頭先生はゼロ回でお願いします」

「いいでしょう。他には?」

「さすがにそこまでして貰えば……」

「分かりました。では早速ですが――」

 閻魔三銃士第二戦目。

 いざ尋常に、開始。

 

 ----------

 

 開始十分で、僕は自分が騙されたことに気付いた。

 ハンデその一。通常八マスで行われるチェスでは、この盤だと一マス分余ってしまう。よって僕には空白を補う駒として、九体目のポーンと二体目のクイーンが与えられている。

 クイーン。

 縦横無尽に盤を駆け巡る女王は、文句無しで強い。

 ハンデその二。総角教頭の使用する駒は飛車・角行・金将・桂馬を除いた十四駒。改めて見てみるとこれは致命的だ。戦力として数えられるのは銀将と香車。よほど腕に自信があるらしい。

 ハンデその三。『待った』の回数。自分のターンまで盤の状態を戻すルールだが、これについてはまあ、よほど大きなミスをしなければ使わずとも良い。何となくで設けたようなものだ。

 そこまでのハンデを貰っておきながら。

 この勝負、どうやらそもそもチェス側があまりにも不利だ。

「……ルールをよく思い出しておくべきでしたね」

 嘆息するように、呟いた。

「そういや将棋って高校の時ちょこっとやっただけだから、すっかり見落としてましたよ、将棋の醍醐味とも言えるそのルール」

「だからハンデを与えたのです。そしてハンデを考えさせた。考えていたよりずっと軽いハンデでしたが、やはりチェスに自信がお有りでは?」

「えー……っと、そうですか?」

 チェスに無く、将棋に有るルール。

それは『相手の駒を利用出来る』ということだ。

「チェス駒から将棋駒への変換について明確にしていませんでしたが、ポーンは歩兵。ルークは飛車。ナイトは桂馬。ビショップは角行。クイーンは金将ということでよろしいでしょうか」

「そうですね。……そう、しましょう」

 くそ、すっかり騙された。堅気の人間だからって完璧に舐めていた。こちらの二体目のクイーンを与えたことも、自分の駒をあらかじめ削ったことも、全て『ならば奪ってしまえばいい』という策略があったからだ。

 そういえば昔、師匠と一戦交える時はよくキング以外の駒を全部取られて丸裸にされたことがあったが、それはチェスだから出来たことであって、奪った駒を使える将棋ではなかなか見ない光景だろう。

「……だからなんだ」

 聞こえないように呟いて、僕は相手の陣内にビショップを投入した。

 いかに負け戦だろうと、たとえ勝率が低かろうと、仮に光が見えなくても、それは勝てない理由にも負けた時の言い訳にもなりはしない。

 騙された? それがどうした。

 騙し返して、負かし殺してやる。

 

 ----------

 

 そして二十分後、粘った挙句に僕は三回に限られていたパスを全て使ってしまい、十八の駒は三分の一ほど奪われてしまい、対して総角教頭の駒はそこそこ充実している状態だ。

 端的にはっきり言わせてもらうと、これは負けている。

 明らかに圧倒的に現在進行形で、負けている。

「あはは、ちょっとヤバいですね」

「そうですか」

 総角教頭の素っ気ない返事ももはや耳に入らない。これはどうも勝ち目がない。やはりチェスが将棋に勝つなんて土台無理なのだ。相手の駒を使えるルールと共に、相手側三マス以内で昇格するルールも加えて、総角教頭の駒は当初に除いたものを補って余るほどである。ちなみに僕のクイーンは、片方を奪われている。

「クイーンを貰います」

「あ」

 ぱちん。

 こつん。

 たった今、両方を失ってしまった。

「えっと、もう一回だけ『待った』使うって有りですか?」

「無しです。ルールなので」

 堅物だ。

「ただ降参は有りです」

「……教頭先生も、冗談とか言うんですね」

 さてさてそれじゃあ、この辺でお遊びは終わりにしよう。

 それから僕らは十五分ほど打ち合った。総角教頭は元より僕も軽口を封じ、黙って打ち続ける。

 ぱちん。

 こつん。

 ぱちん。

 こつん。

 寂しく双方の駒が動く。外は間もなくすっかり暗くなる。総角教頭の持ち駒はまあ、たくさん。僕の駒は数え易い。見様に寄っては悲惨とも取れる光景だが、そこでようやく、準備が整った。

 細工は流々、仕上げを御覧じろ。

「微妙にマイナーなんですけど、チェスの駒にも昇格があるって知ってます?」

「……いえ。私はチェスを指した経験が乏しいので。――そうなのですか。それは一体、どのようにすれば?」

「昇格可能なのはポーンのみ。動きの変動はクイーン・ビショップ・ナイト・ルークのいずれか『好きな駒』に変身できるということ。そしてその条件は――」

 ポーンが、相手の陣地の最奥列に辿り着いた時。

「プロモーション」

 こつん、と音を立てて、ポーンが最奥列に踏み込んだ。

「……なるほど。これは私の勉強不足です」

「お互い様です。僕だって将棋ルール見落としてましたしね。ちなみに昇格はもちろん『クイーン』。なので、王手です」

 ここでようやく、総角教頭の表情が歪んだ――気がした。恐らく眉元がピクリくらいはしただろうが、そこはさすがの総角教頭。すぐに無表情に戻り、王将を動かした。

 さてようやくマウントを取ったが、しかしそれでいて有利とはあまりにも言い難い。総角教頭はまだいくつかの駒を隠し持っているし、僕はというと現在盤上にあるものだけでそれらをどうにかしないといけないのだ。

 どうにか出来るかと言うと。

 どうにか出来る。

 どうにかしないといけないのだからどうにかするに決まっている。成立しない勝負を成立させ、無理難題から無理を取り除き、不可能を可能に、夢物語(フィクション)を実話(ノンフィクション)に。そんなの既に慣れっこだ。

 さて、そろそろ本気で暴れよう。

 




 ざわ……
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